2017年6月 2日

安倍首相はG7で米独の仲介ができなかったのか?

今月のNATOおよびG7首脳会議からほどなくして、ドイツのアンゲラ・メルケル首相はアメリカとの同盟の妥当性とブレグジット後のイギリスとの継続的な関係に厳しく疑問を呈する発言を行ない、大西洋両岸のメディアと有識者達を驚愕させた(“After G-7 Summit, Merkel Says Europe Can No Longer Completely Rely On U.S. And U.K..”; NPR News; May 28, 2017)。ドナルド・トランプ氏が人格でも政治的見識でもアメリカ史上最悪の大統領であることはわかりきっている。さらに今回のヨーロッパ歴訪ではNATO首脳会議の際にモンテネグロのドゥシュコ・マルコビッチ首相を公衆の面前で無理矢理押し退けたような粗暴な言動によって、トランプ氏がアメリカの恥を晒しただけになってしまった(下記ビデオを参照)。共和党であれ民主党であれ、これまでトランプ氏ほど酷い振る舞いをした大統領はいなかった。



メルケル氏がトランプ氏に抱く憤慨は国際世論で広く共有されている。しかしこうした激しい口調は環大西洋社会で大いに懸念を抱かれている。ギデオン・ラックマン氏はトランプ大統領がNATOおよびG7首脳会議でアメリカの孤立を深めるという致命的な失敗を犯したことは認めながらも、メルケル首相の挑発的な発言については「トランプ氏が大統領に就任して4か月も経つのに、ヨーロッパ諸国も特に防衛上のバードンシェアリングに関して相手側が抱く疑念を払しょくできなかった」として批判している。さらにメルケル氏はイギリスもトランプ政権のアメリカと同列で、利己的な行動で西側同盟の結束を乱していると非難している。実際にはイギリスは気候変動に関してはEU側についているばかりか、NATOにもしっかり貢献している。ラックマン氏が主張する通り、メルケル氏がブレグキット交渉をドイツ有利に運ぼうとしてイギリスと対立し、事実を軽視することは無責任なのである。これではトランプ氏によって大いに傷つけられた、民主主義と人権の価値観に基づく西側同盟を弱体化させるだけになる(“Angela Merkel’s blunder, Donald Trump and the end of the west”; Financial Times; May 29, 2017)。

ラックマン氏が厳しく批判するメルケル氏の「ドイツ版ゴーリズム」は、ドイツの内政とヨーロッパの地域安全保障を反映している。トランプ氏のヨーロッパ同盟諸国軽視の態度はドイツの有権者に苦痛を与えているので、メルケル氏が9月の総選挙で勝つためには反トランプの姿勢を訴える必要がある。またNATO加盟国のほとんどはイギリスなど数ヶ国を除いてGDP2%の国防費という要求を達成できず、そうした国々はドイツに自分達を代表してトランプ政権の圧力に立ちはだかってもらうことを望んでいる。そうした国内情勢および国際情勢から、ドイツのエリート達はトランプ現象とブレグジットを同一視し、アングロサクソン両国に対して大陸での自国の立場の尊重を求めている(“How to Understand Angela Merkel’s Comments about America and Britain”; Economist; May 28, 2017)。ドイツの自主路線追及は文言だけでなく実際の行動にまで及ぼうとしている。メルケル政権は今年に入ってチェコ軍とルーマニア軍をドイツの指揮系統に組みこんで共同防衛を行なうという合意にいたった(“Germany Is Quietly Building a European Army Under Its Command”; Foreign Policy --- Report; May 22, 2017)。ドイツの言動はどれを見ても、トランプ大統領のオルタナ右翼的な世界観への強い警戒感に突き動かされている。

トランプ氏の大統領就任以来の米欧関係を考慮すれば、ドイツとアメリカがG7で熾烈に対立するであろうことは予測できた。G7参加国の中では日本が両国の仲介には最も良い立場にあった。安倍晋三首相はトランプ氏の大統領就任前と就任後に会談し、日本の国家的生存を保証するとともに国際問題への対処での影響力の拡大を目指している。よって日本のオピニオンリーダーの中には、日本はトランプ・ショックを国際的地位向上のチャンスとして利用すべきだとの声もあった。彼らへの賛同の是非はともかく、安倍氏はG7でトランプ氏とメルケル氏の橋渡しをするという重要な役割は果たせなかった。実際に安倍氏はサミットではメルケル氏に次いで経験豊富なリーダーであったが、イギリスのテリーザ・メイ首相とフランスのエマニュエル・マクロン大統領はトランプ氏と同様に初参加であった。しかし北朝鮮による緊急の脅威は非常に重大だったので、安倍氏はヨーロッパのリーダーに極東の安全保障に対する注意を喚起する必要があった。

欧米のメディアも日本のメディアも米欧亀裂の緩和のうえで日本が持つ特別な強みを考慮することはほとんどなかった。しかしこれはメディアだけを叩いても無駄である。安倍氏は自身の関与が疑問視されているにもかかわらず、永田町で森友学園および加計学園事件でのいわゆる腐敗スキャンダルにかかりきりであった。首相はしばしば日常の雑事に忙殺される。国家の指導者に国際政治の大局観を与えて重要な外交行事により良い準備で臨むようにはからうのは、外交など諸問題を管轄する政府官僚機構、知識人、その他ステークホルダーらの役割である。

しかし事態は手遅れではない。まず、日本はG7で面識を持ったマクロン政権との緊密な連絡を模索できる。マクロン氏は大西洋同盟重視で、イギリスに対しても強硬で教条主義的な態度で臨むメルケル氏とは一線を画してブレグジットには柔軟で実務的な合意を主張している(“Macron ‘in favour of a softer deal’”; Times; April 25, 2017)。トランプ政権への過剰なすり寄りと批判された安倍氏だが、そこで得られた経験と相手方との関係構築は外交上の強みともなり、良いパートナーを得られればそれが活かされるだろう。米独両国の仲介という仕事は非常に難しいが、きわめて重要である。たとえトランプ氏が弾劾されても、西側同盟に残された傷はすぐには癒えない。よって、日本はできるだけ早くそれに着手する必要がある。

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2017年5月19日

トランプ大統領は本当にオバマ前大統領より決然としているのか?

ドナルド・トランプ大統領がシリアのアサド政権による化学兵器の使用を受けて突然の攻撃に踏み切ったことが国際世論を驚愕させたのは、彼が当地への介入には消極的だったからである。さらに驚くべきことに、トランプ氏はシリアで化学兵器攻撃を受けた被害者に同情の意を示す人道主義に満ちた演説を行なって、自らが発したイスラム教徒入国禁止の大統領令が連邦裁判所に差し止められたことを忘れさせるかのようであった。これは弾道ミサイル実験を繰り返して核不拡散秩序への反抗の意を示す北朝鮮に対する強い警告だと見られている。しかしトランプ氏が悪名高きアメリカ第一主義を捨て去りつつあると考えることは不適切である。また、トランプ氏が戦略的忍耐を標榜したオバマ氏より頼りになるという見方は完全に間違っている。トランプ氏は迅速で強固な対応に出たかも知れないが、シリアにせよ北朝鮮にせよ危機に対処するだけの明確な戦略があるわけではない。またロシアや中国を相手にどのように取引をするのかについても明確なビジョンがあるわけではない。いずれにせよシリアと北朝鮮での現在の危機はトランプ外交に対する重要な試金石となる。

まずシリアについて述べたい。トランプ大統領がアサド政権に対するミサイル攻撃に出た直後には、アメリカの外交政策が世界との関わりを断つかのような孤立主義から通常のあるべき姿に戻ったようにさえ見えた。2013年にシリアが化学兵器使用というレッドラインを超えた際にオバマ前大統領がアサド政権に何の懲罰も科せなかったことで、シリア内戦でのアメリカの影響力は低下した一方で、ロシアとイランの存在が大きくなった。よってロバート・ケーガン氏はトランプ政権にはさらに踏み込んで、反アサド勢力への支援に乗り出して究極的にはシリアからの難民流出を防止すべきだと訴えている(“It’ll take more than a missile strike to clean up Obama’s mess in Syria”; Washington Post; April 7, 2017 および“'This is not the end': John McCain warns Trump, torches Rand Paul on Syria missile strikes”; Business Insider; April 7, 2017)。しかしトランプ氏はISIS打倒のためにはアサド政権とロシアを受容するという戦略を変えていない。

地政学的にシリアは中東北辺諸国と隣り合わせであるが、その地では19世紀には英露が、冷戦期には米ソがせめぎ合った。現在、ウラジーミル・プーチン大統領はロシアの影響力をトルコからイラン、アフガニスタンに及ぶこの地域に拡大しようという帝政時代以来の野望を追求している。ロシアはS400ミサイルをトルコに輸出してNATOの防空システムを空洞化しようとしている(“Turkey says in talks with Russia on air defense system”; Reuters News; November 18, 2016)。また、ロシアはアフガニスタンでのタリバンの抵抗を支援している(“Afghanistan to investigate alleged growing military relations between Taliban and Russia”; International Business Times; December 8, 2016および“Russia is sending weapons to Taliban, top U.S. general confirms”; Washington Post; April 24, 2017)。にもかかわらず、トランプ氏のミサイル攻撃によって彼のシリア政策および北辺地域政策がコペルニクス的転換をするというわけではない。南北戦争に関する失言(“He lacks a sense of American history and its presence with us today.”; National Review Online; May 3, 2017))にも見られるように、トランプ氏は歴史的教養が恐ろしく欠如しているので、中東における英米の覇権の最前線にロシア勢力が浸透してくることの意味合いを殆ど理解できない。あのミサイル攻撃はシリアでアメリカのコントロールを強化するよりも、北朝鮮へのデモンストレーションの意味合いが強い。さら突然のMOAB使用はアフガニスタン国民の怒りを買い、まるで自分達が北朝鮮攻撃の実験台にされたと非難される始末である(“Why the Big US Bomb Was Dropped on Afghanistan”; VOA News; April 14, 2017)。いずれにせよ、トランプ氏の中東政策はオバマ氏よりもそれほど決然としているわけではない。

次に北朝鮮について述べたい。一見、トランプ氏はオバマ前政権がキム政権による核兵器および弾道ミサイル技術の発展に歯止めをかけられなかった戦略的忍耐からの転換を図っているように見える。しかし実際にはトランプ政権は中国に事態の解決を委ねようとしている有様である。しかし中国は現状維持を望むだけで、長期の制裁を科すことには消極的である(“Trump’s Risky Reliance on China to Handle North Korea”; Diplomat; April 24, 2017)。さらに問題なことに、朝鮮半島の安全保障に関するトランプ氏の理解力には著しく問題がある。また歴史問題についても朝鮮は中国の一部であったとして、韓国を憤慨させている(“South Korea to Trump: We’ve never been part of China”; Hill; April 20, 2017)。ここでも、トランプ氏は東アジアの歴史に関する微妙な問題を理解していないばかりか、さらに驚くべきことに外国の歴史や文化に関する自らの無知と鈍感を恥ずべきことだとも何とも思っていないのである。さらに問題なことに、トランプ氏はTHAAD配備と貿易の問題で韓国に対して非常に高圧的な態度だったので、H・R・マクマスター国家安全保障担当補佐官とエド・ロイス下院議員は同盟国との言い争いよりも北朝鮮への制裁強化に集中すべきだと進言したほどである(“Congress wants Trump to pressure North Korea, rather than U.S. allies”; Washington Post; May 1, 2017)。そうした中で日本はトランプ政権とそうした争いに陥ることは何とか回避し、選挙中に日米両国の専門家から怒りを買った「ゆすり」があったとは思えぬほどには収まっている。

にもかかわらず、トランプ氏のこれ見よがしな言動とは裏腹に北朝鮮対策については特に目新しいものはない。アメリカは彼らの核廃棄を待ちながら中国には圧力強化を要請するということだ。それはオバマ前大統領の「戦略的忍耐」とほとんど同じである。実際に北朝鮮との戦争が破滅的な結果をもたらすことは明らかなので、誰が大統領であれアメリカには多くの選択肢は残されていない。このような状況では韓国と歴史やTHAAD配備費用をめぐって対立するなど望ましくない。それでは韓国が対米同盟よりも北朝鮮の核戦力強化への宥和に走りかねない(“Trump’s North Korea policy sounds a lot like Obama’s ‘strategic patience’”; Washington Post; April 29, 2017)。

個別の問題に関する詳細はさておき、トランプ外交の根本的な問題を見てゆかねばならない。シリアと北朝鮮の双方とも、ロシアと中国との関係が事態を大きく左右する。シリアでのミサイル攻撃は、トランプ氏が親露的な政策を転換させたということではない。もっとも顕著なことは、プーチン大統領の友好的な関係は終わったと見られていたにもかかわらず、トランプ大統領が最近のロシアの人権問題に対して全くと言っていいほど非難声明を出していないことである。クレムリンは人権活動家のニコライ・ゴロゴフ氏(“Lawyer for Russian Whistleblower’s Family Falls Out of Window”; Wall Street Journal; March 22, 2017)とデニス・ベロネンコフ氏(“Former Russian politician killed in Ukraine”; World Israel News; March 23, 2017)を殺害し、アレクセイ・ナバルニー氏が全国的な腐敗撲滅運動を主導したとして逮捕している(“Russian police detain hundreds during anti-corruption protests”; Euronews; 27 March, 2017)。国家的な規範と基準に従う限り、党派を問わずに誰が大統領であってもロシアを非難すべきであり、また独裁政治に対してアメリカの価値観を高らかに掲げるべきである。

遺憾ながらレックス・ティラーソン国務長官は外交政策における人権とアメリカの価値観の重要性を軽視する発言をし、ワシントンの外交政策エスタブリッシュメントを憤慨させている(“Tillerson calls for balancing US security interests, values”; AP News; May 3, 2017)。これは驚くべき発言だが、予測できるものでもある。メディアはシリア攻撃直後にトランプ氏がロシア離れをしたかのような印象を与えてきたが、コミー事件からもわかるように彼とロシアの関係は離れるに離れられないものである。トランプ氏にはロシアの人権抑圧を軽視するだけの理由だらけなのである。一見するとトランプ氏はバルト海および黒海地域でロシアと西側の緊張が高まる事態を受けて、超党派の主流に政策転換しているように見える。それでもなお、H・R・マクマスター氏が親露派のマイケル・フリン氏に代わったことにより、トランプ氏は国家安全保障問題のスタッフとの間に政策上の齟齬を抱えている。トランプ氏はロシアを中東のテロに対処するうえでの戦略的パートナーと見ているのに対し、ジョン・マケイン氏の顧問も歴任したマクマスター氏は西側同盟を重視している(“WILL NEW NATIONAL SECURITY ADVISER MCMASTER CLASH WITH DONALD TRUMP ON RUSSIA?”; News Week; February 22, 2017)。また、トランプ政権内で外交政策に携わる閣僚は押しなべて対露強硬派である。

そうした中で、トランプ政権移行チームの政策顧問を務めたヘリテージ財団のジェームズ:カラファーノ副所長は、シリア攻撃とNATOへの支援表明をしたからといってトランプ氏のロシアに対する姿勢は変わっていないと語る。カラファーノ氏によればトランプ大統領はプーチン大統領との実利的な取引を追求しているだけだという(“On Russia, Trump and his top national security aides seem to be at odds”; Washington Post; April 18, 2017)。この通りだとしても、閣僚達がプーチン政権のネオ・ユーラシア主義を強く警戒する一方でトランプ氏が中東やヨーロッパの安全保障をめぐってロシアとどのように取引するのかは定かではない。同様に、トランプ氏の中国政策が取引志向な方向性であることも懸念すべきものである。中国の習近平国家主席との二国間会談ではトランプ氏は北朝鮮への圧力を強めるなら貿易紛争で譲歩してもよいとまで言った(“On North Korea, Trump signals break with US-China policy”; CNN News; April 18, 2017)。そのように取引志向の政策の揺れ動きがあると、域内の同盟諸国がトランプ政権は本気で北朝鮮の非核化に取り組む気があるのかという懸念を刺激することになる。むしろトランプ政権はアメリカ本土がミサイルの射程外になってしまえば北朝鮮の各保有を認めるという中途半端な合意を結びかねない。実際にウイリアム・バーンズ元国務副次官は、トランプ氏はアメリカが自らの作り上げた世界秩序の人質になっていると見なしているという恐るべき懸念を述べている(“The risks of the Trump administration hollowing out American leadership”; Washington Post; April 19, 2017)。

さらにトランプ氏が依然として反エスタブリッシュメントおよび反官僚の感情に囚われていることは致命的な問題である。キャノン・グローバル研究所の宮家邦彦研究主幹が論評するように、トランプ氏は依然として選挙モードにどっぷり浸かっているので大統領らしいものの考え方や行動をするように成長していないのである(「トランプ氏は「選挙モード」のままだ オバマケア廃止法案撤回を教訓に「統治」を始めるのか」;産経新聞;2017年3月30日)。メディアはスティーブ・バノン氏が国家安全保障会議から降ろされた時に歓声を挙げたかも知れないが、彼は依然としてホワイトハウスで首席戦略官の地位にある。またバノン氏の地位低下に伴うイバンカ・トランプ/ジャレド・クシュナー夫妻の影響力増大で、トランプ政権が穏健化するという見方は完全に間違っている。同夫妻の地位向上によって政府への一族支配が強まり、アメリカは第三世界並みのクレプトクラシーに陥ってしまう。さらに両氏の影響力が強まれば高度な教育と訓練を受けた官僚機構の権威と信頼性が揺らいでしまう。彼らの専門能力と献身が婦人服屋の小娘と不動産屋の小僧っ子によって軽視されるようになれば、法の支配も政府の透明性も崩壊し、アメリカの民主主義を脅かしかねない。バノン氏とイバンカ・クシュナー・コンビはコインの裏表に過ぎない。だからこそ、私はアン・アップルボーム氏の怒りに強く同意する(“Ivanka Trump’s White House role is a symbol of democratic decline”; Washington Post; April 27, 2017)。

私が述べた論点の全てから判断すれば、トランプ氏はオバマ氏よりも決然としていなければ頼りになるわけでもない。トランプ政権内で唯一の希望は、ジェームズ・マティスおよびH・R・マクマスター両氏の軍事プロフェッショナリズムによってアメリカの外交政策が主流派の方向に向かうことである。それはシビリアン・コントロールによる民主主義と矛盾するであろうが、ドナルド・トランプ氏が権力の座に留まり続ける限り他に望みはない。

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2017年3月31日

拙寄稿、国際版に3回目の選抜掲載

この度、日本国際フォーラムへの私の投稿が国際版への掲載に選ばれたとお伝えできることを喜ばしく思います。題名は”The Dangerous Nature of America First”で、拙ブログ記事に基づいた内容となっています。

アメリカ第一主義とは文字通りの意味以上のものがあることが重要です。それはバノン氏による反エスタブリッシュメントの排外主義で、だからこそヨーロッパと日本の極右がトランプ氏のナショナリズムに共鳴しています。これはアメリカ自身が作り上げた自由主義世界秩序への脅威です。

3回目の選抜掲載を名誉に思います。

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2017年3月26日

ドイツは本当に西側民主主義諸国のリーダーになれるのか?

ドイツを人権や自由貿易といった国際的な道義や規範の擁護者として期待できるだろうか?通常ならこのような問いかけをする者はまずいないが、「アメリカ第一主義」を掲げるトランプ政権の登場は全世界の外交政策有識者を震え上がらせている。アメリカが自らの作り上げた世界秩序から手を引くなら、他の国が取って代わる必要がある。そのように不安定な国際情勢では、ドイツのアンゲラ・メルケル首相がアメリカのドナルド・トランプ大統領に対して最も厳しい批判勢力として立ち上がり、西側民主主義の価値観を守り抜くよう期待するのも無理からぬことである。先の米独首脳会談で、メルケル氏はドイツがNATOにただ乗りをしているというトランプ氏の主張を敢然と退ける一方で、寛容な入国政策と自由貿易を訴えた(“Opinion: Clumsy Trump meets confident Merkel”; Deustche Welle; 18 March, 2017)。ホワイトハウス訪問からほどなくして、メルケル氏は日本の安倍晋三首相と会談して保護主義に反対する共同メッセージを打ち出したばかりか、日・EU自由貿易協定の構想まで公表した(“Abe, Merkel take stand against protectionism”; Nikkei Asian Review; March 21, 2017)。これら外交成果を見る以前に、クリントン政権期のジェームズ・ルービン元国務次官補は、トランプ氏の自国中心のナショナリズムと無知丸出しの親露的な世界観がアメリカの指導力を低下させる一方で、メルケル氏の経験と知識に対する評価が西側同盟の中で高まっていると論評していた(“The Leader of the Free World Meets Donald Trump”; Politico; March 16, 2017)。

しかしドイツはどう見ても超大国の候補ではない。ハードパワーだけを見れば、ドイツはアメリカよりもはるかに弱小である。2016年ではアメリカのGDPはドイツの6倍である。軍事力ともなると比較にならない。ドイツの真の力は多国間外交にある。フランスとの強固な関係によって、ドイツはヨーロッパ統合の要であった。またNATOとEUがミッテルエウロパ(中欧)に拡大する時代に、ドイツは非常に重要な国である。さらに重要なことにユーロはIMF特別引出権で第2位の通貨であるが、それはドイツの経済力に負うところが大である。ユーロは実質的にドイツマルクだともみなせる。よってドイツが西側民主主義国の有志連合を主導し、トランプ政権のアメリカが自由と民主主義の価値観を踏みにじるようなら、彼らへのカウンターバランスになるように期待しても不思議ではない。しかしドイツがそれほど頼りになるなら、イギリスのテリーザ・メイ首相はもっとソフトなブレグジットを採用したであろう。何よりも、メイ首相がホワイトハウス訪問でトランプ大統領にあれほどすり寄ることもなかったであろう。これはメルケル首相との会談ではトランプ政権の保護主義に警鐘を鳴らした安倍首相についても同様である。何と言っても安倍氏はトランプ氏の大統領就任前に会談をしたほどである。パックス・ゲルマニカがパックス・アメリカーナに取って代わることは、たとえトランプ政権が全ての国際関与から手を引いて大統領自身が認識できる範囲内での国益追求に走ったとしても有り得ない。よって世界でより積極的な役割を担ううえで、現在のドイツの弱点を査定することが必要である。

最も明らかな弱点は大西洋同盟の防衛への貢献である。ドイツの国防費はNATOが目標とするGDPの2%にははるかに及ばず、それがトランプ氏の根拠薄弱なNATO懐疑論に対抗してヨーロッパを結集してゆくだけの指導力の発揮を妨げている。さらに冷戦終結以来、安全保障の課題は中東アフリカ地域のイスラム過激派、サイバー戦争、ロシアの再台頭など多様化している。しかしウクライナ危機以降はドイツでも地域安全保障への意識が高まり、冷戦最盛期から再び国防費の増額に向かっている。これはトランプ政権の圧力とは関係ない (“MP claims increased German defence spending would alarm European neighbours”; UK Defence Journal; March 14, 2017)。EU最大の経済大国であるドイツが軍事力の強化に本気で乗り出せば、ヨーロッパの防衛力は大幅に向上するであろう。しかしドイツの国防力強化はとてもNATOの要求水準を満たすには至らず、依然としてこの国は日本のような平和主義の思考にとどまっている(“Amid Growing Threats, Germany Plans to Expand Troop Numbers to Nearly 200,000”; Foreign Policy --- Cable; February 23, 2017)。

メルケル政権のドイツが無知で無責任で予測不能なトランプ大統領に対して立ち上がるように期待する声もあるが、国際政治情勢は必ずしもこの国にとって好ましいとは言えない。メルケル首相自身がそうした考えを「グロテスク」かつ「馬鹿げている」と言うほどである。第二次世界大戦後のドイツは長年にわたってリベラルな外交政策を採っていたが、対独恐怖症は依然としてヨーロッパ全土に広がっている。西ヨーロッパでの右翼ポピュリズムの台頭に加えてポーランドとハンガリーの専制政治に囲まれたドイツは、一般に思われているよりはヨーロッパで孤立している(“The isolation of Angela Merkel’s Germany”; Financial Times; March 6, 2017)。さらにドイツが経済でのリーダーシップに必ずしも長けていないことは。ユーロ危機で典型的に表れている。特にメルケル氏が行なったギリシアとキプロスの債務危機に対して救済策については、国際世論は何か高圧的で消極的なのではないかと受け止めていた(“Blame Germany for Greece’s uphill euro zone struggle”; Globe and Mail; April 24, 2015 および“Cyprus showcases Germany's clumsy leadership in Europe”; EUobserver; 19 March, 2013)。

ドイツはヨーロッパと世界の秩序を維持するための牽引車にはなるが、単独では何も為し得ない。ドイツの指導力は強固な独仏枢軸によるものである。しかし近年はフランスの国際的な存在感は低下している。国際政治においてインド太平洋地域へのパワーシフトが見られるとはいえ、私は世界第3位の核大国がなぜここまで存在感が希薄になっているのか疑問に思い続けている。ブレグジットが深刻に受け止められているのは、フランスが国際社会の期待に応えていないことも原因の一つである。フランスはIMFでイギリスと同数の投票権を得ているが、EUの予算への貢献度ではイギリスの半分である。欧州委員会が2015年の予算に関して行なった調査によると、イギリスの脱退はEU予算に120億ユーロの損失となるのに対し、フランスの脱退では60億ユーロの損失である。さらに2016年の国防費ではフランスは軍事力の誇示に消極的なドイツとほとんど同額の支出しかしていないが、イギリスはその1.5倍の支出である(“How Brexit Means EU Loses Cash, Influence, Might: Six Charts”; Bloomberg News; February 27, 2017)。独仏タンデム体制が上手く機能したのは両国が相互補完の関係だったからである。しかし冷戦後にヨーロッパの経済および通貨の統合でドイツの力が突出してくると、フランスの存在感は急速に低下した。ドイツがグローバルおよび域内でより強いリーダーシップを発揮するにはフランスの再活性化が必要である。

最も差し迫った問題は、独仏両国も含めたヨーロッパ各国の選挙での極右ポピュリズムの台頭である。幸いにも先のオランダ総選挙では現職のマルク・ルッテ首相がナショナリストのヘルト・ウィルダース氏を破った(“Steve Bannon’s dream of a global alt-right revolution just took a blow”; New Republic --- Minuites; March 15, 2017)。これはフランス国民戦線のマリーヌ・ルペン党首とドイツAfDのフラウケ・ペトリー党首にとって少なからぬ打撃となろう。 フランスの大統領選挙は4月23日および5月7日に行なわれ、中道派でENA官僚出身のエマニュエル・マクロン氏とルペン氏の間で激しく争われそうである(The Amazing Race: Tracking the twists and turns in France’s presidential election”; LSE Blog --- EUROPP; March 9, 2017)。他方ドイツではメルケル氏が9月24日の総選挙に勝利する見通しではあるものの、既存政党への倦怠感とともに寛容な移民政策への不満が高まっている。メルケル氏のキリスト教民主党(CDU)とマルティン・シュルツ氏の社会民主党(SPD)の連立ならAfDを止められるであろう(“When is the German federal election 2017? Will Angela Merkel LOSE power? “; Express; March 16, 2017)。しかしSPDもまた有権者の間に広がる反既存政党の気運に苦しめられている(“Socialist Schulz loses early momentum in German election race”; CNBC; 10 March 2017)。他方で先のオランダの選挙では緑の党が4議席から14議席と大躍進を遂げたことは注目に値する(“GreenLeft proves to be big winner in Dutch election”; Guardian; 16 March, 2017)。緑の党は反ビジネス姿勢ではあるが本質的にコスモポリタンである。こうした政党ならドイツの極右ポピュリズムへのカウンターバランスになるであろう。

ここまで述べてきた国際および内政の課題からすれば、ドイツは独仏枢軸を新時代に適合させる必要がある。かつてドイツとフランスは環大西洋社会での影響力をめぐって米英両国と競合関係にあった。しかし独仏枢軸は進化する必要がある。フランスのゴーリズムはすでに時代遅れであり、NATOもEUも東方に拡大してしまった。よって独仏枢軸が自らをアングロサクソンの優位に対して大陸の声を代表する存在だと見なすことは無意味なのである。むしろ独仏タンデム体制は西側民主主義の再建のためにもっと他国を受け入れ、中でもイギリス、日本、そしてアメリカでトランプ氏の世界観に強く反対している超党派で主流派の外交政策形成者達とも連携してゆくべきである。よってドイツはブレグジットをめぐってのイギリスとの関係も改善しなければならない。日本に関しては、安倍首相が先の歴訪でメルケル首相と共通の価値観と自由主義世界秩序への関与を確認した。さてドイツとそのパートナーの諸国が実際にどのように行動するのかを注視してゆこう。

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2017年2月28日

アメリカ第一主義という危険思想

先の選挙運動を通じて、ドナルド・トランプ大統領は外交政策のキーワードとして「アメリカ第一主義」を強調してきたが、それはアメリカの同盟国の間で懸念を呼んだ一方で、ロシアや中国は西側優位の世界秩序の転覆を積極的に模索するようになり、イランや北朝鮮はワシントンの新政権を試している。国民国家が自国民とジオ国の国益を優先することには何の問題もないと何の疑いもなく信じる人々もいる。事態はそれほど単純ではなく、このイデオロギーの危険で破壊的な性質を決して見過ごすべきではない。

何よりも、トランプ氏のアメリカの外交政策についての理解は非常に貧弱なので、世界情勢を利己的で防御的にしか見ることができない。幼少時に旧ソ連からのユダヤ系移民として帰化したマックス・ブート氏はトランプ氏の偏狭なゼロサム思考を批判している。何と言っても、トランプ氏はアメリカが非常に利他的だったために貿易相手の諸外国はラスト・ベルトの労働者階級を搾取してしまったと考えている。しかし世界の普遍的な見解では、アメリカが旧敵となった国々をも友好的な貿易相手や同盟国として再建したことは外交政策の成功を示す金字塔であると理解されている。トランプ氏が人権をはじめとしたアメリカの価値観を高く評価していないことは憂慮すべきもので、それがヨーロッパ同盟諸国と国際NGOから厳しく批判されている。実際に人権擁護がソ連のようなアメリカの敵国を弱体化させたばかりか、民主主義と自由の普及によってアメリカの力を増大させた。ブート氏のようなソ連からの移民の方が、そのことをトランプ氏よりはるかによく理解している(“Grave Dangers and Deep Sadness of “America First”: .Foreign Policy --- Voice; January 23, 2017)。

他方でヨーロッパト日本の極右ナショナリストはトランプ氏の世界観では自分達の国の安全保障と国益が損なわれるにもかかわらず、そうした考え方に感情的に共感している。これはそのように自らをグラスルーツの愛国者と見なす者達がグローバリストを嫌悪し、高圧的なトランプ氏にコスモポリタンの支配者階級を打ち負かして欲しいと思っているからである。トランプ氏のアメリカ第一主義に哲学的な土台をもたらしているのは、スティーブ・バノン大統領上級顧問である。ノース・カロライナ大学のダニエル・クライス教授はバノン氏の思想の二大支柱は経済的ナショナリズムとコーポラティストなグローバル・エリートへの反感である。バノン氏の見解では、世界は本質的に国民国家の競合の場である。こうした観点から、バノン氏は貿易、移民、そして多国間協力は国家の主権とアイデンティティーを損なうと信じている。近代啓蒙思想が提唱する普遍主義ではなく、バノン氏は文明の衝突の観点から国際政治を理解し、イスラムを本質的に好戦的なものと見なしている。グローバルな階級闘争を論じたバノン氏の理論の視点では、コスモポリタンのエリートは自分達の企業利益のためにはアメリカの国益をも犠牲にするほどのコーポラティストであり、メディアは彼らの味方だということだ。そうしたエリート主義の国家を転覆するためには、コーポラティストの支配階級と緊密で人民を侵害する行政国家を破壊しようとバノン氏は望んでいる。アメリカ第一主義とは、このように危険な思想なのである (“Stephen K. Bannon’s CPAC Comments, Annotated and Explained”; New York Times; February 24, 2017)。



トランプ氏はヨーロッパや日本との同盟解消さえ示唆したので、彼の外交政策は一般には孤立主義だと見られている。しかしクライス教授はバノン氏の思想は本質的にナショナリズムであり、各国が無慈悲にせめぎ合う世界の中で、ただ国益を最大化するためなら海外への介入には躊躇しないと主張する。ネオコンが掲げるレジーム・チェンジとは違い、トランプ氏が為そうとする介入はそうした普遍的な理念ではなく国際情勢に対する突発的な認識に基づいて行なわれることになる。トランプ大統領が予測不能なのは彼の人格だけでなく、バノン氏のイデオロギーのためでもある。エリオット・コーエン氏と彼の賛同者が公開書簡でトランプ氏の国際非関与から好戦的冒険主義への揺れを非難したのも、当然のことである。トランプ大統領へのバノン氏のこのような影響を考慮すれば、イギリスのテレーザ・メイ首相と日本の安倍晋三首相のような主要国の指導者がいわゆる「へつらい」外交に出たからと言って、新政権と安定した関係を発展させられる保証はない。ジェームズ・マティス国防長官とH・R・マクマスター国家安全保障担当補佐官といった閣内元将官の高い専門的能力が、バノン氏によるオルタナ右翼の影響力を後退させることができる。それはトランプ大統領の反イスラム的な政策や言動に対して両氏が反対の意を表明したことからもわかる。統合参謀本部議長のジョセフ・ダンフォード海兵隊大将とジョン・マケイン上院議員も両閣僚を支援している。3人の将軍はイラクおよびアフガニスタンでイスラム教徒と同じ釜の飯を食いながらテロリストと戦ったうえに、マケイン氏は上院軍事委員長として高い評価を受けている(“Trump's new security advisor differs from him on Russia, other key issues”; Reuters News; February 22, 2017)。

マックス・ブート氏は「根無し草のコスモポリタンに対するそのような嫌悪感が排外主義と反ユダヤ主義を刺激しているが、そうした思想はヨシフ・スターリンやチャールズ・リンドバーグのような反民主主義のナショナリストと緊密に関わっている」と主張する。彼がアメリカに移住してから、ここ数年までは反ユダヤ主義の台頭などなかったという(“The Bannon Administration?”; Commentary; January 31, 2017)。ブート氏の懸念はトランプ政権がセバスチャン・ゴルカ氏を大統領次席顧問に任命したことで現実となった。2012年にアメリカ国籍を取得する以前、ゴルカ氏はハンガリーの政界およびジャーナリズムでのキャリアを通じて当地の極右、反ユダヤ主義、人種差別主義の個人や団体と緊密な関係にあった。さらにゴルカ氏は対テロ作戦の専門家として、バノン氏にとって「身内のシンクタンク」にもなっている(“Exclusive: Senior Trump Aide Forged Key Ties To Anti-Semitic Groups In Hungary”; Forward; February 24, 2017)。

アメリカのオルタナ右翼と呼応するかのように、ロシアのネオ・ユーラシア主義者であるアレクサンドル・ドゥーギン氏はトランプ政権の誕生を好機に関係を強化して現在の自由主義世界秩序を破棄する一方で、ロシアの影響力をウクライナから中東のトルコ、イラン、シリアにまで拡大しようとしている。アメリカのマイケル・マクフォール元駐露大使はドゥーギン氏を「プーチンのバノン」と呼んでいる。ドゥーギン氏はトルコのレジェップ・エルドアン大統領に、アメリカとNATO同盟諸国はフェトフッラー・ギュレン師によるクーデターを画策して露土両国間にくさびを打ち込もうとしていると説いた。それはNATOに懐疑的なトランプ氏の主張とも通じ合う。アメリカ第一主義とは西側民主国家の同盟を解体させるイデオロギーである(“The One Russian Linking Putin, Erdogan and Trump”; Bloomberg News; February 2, 2017)。そうしてみると、トランプ大統領とプーチン大統領が緊密で離れられない関係にあることも、バノン氏の反グローバル主義がヨーロッパと日本の土着主義者を魅了するのも不思議ではない。アメリカ第一主義の危険性はあまりに重大で見過ごすことができない。

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2017年2月13日

トランプ政権によって人権問題の劣等生となったアメリカ

アメリカは自らを世界への民主主義と自由の普及を担う、不可欠な国だと見なしてきた。アメリカの価値観は自らの世界戦略とも互いに深く絡み合っているので、人権でのアメリカの関与を疑う者はほとんどいなかった。しかし、ヒューマン・ライツ・ウォッチが新年に当たって刊行した報告書では、トランプ政権のアメリカは今や世界の人権に脅威になってしまったと記されている。

The Dangerous Rise of Populism”と題された報告書では、経済のグローバル化によって多くの人々が疎外され、格差拡大にもかかわらずそんな自分達には全く目を向けていないと思われる各国政府やグローバル・エリート達に不満を抱いているという概観が述べられている。問題はデマゴーグが自分こそが国民大多数の代表だと言い張り、そうした大衆の怒りを悪用することである。彼らは多数派の意志を押しつけ、自国民および外国人の人権を犠牲にしている。嘆かわしいことに、西側の政治家は人権の価値観に対する自信を失ってしまい、ドイツのアンゲラ・メルケル首相やカナダのジャスティン・トルドー首相を除くほとんどの者は偏狭で危険なポピュリズムと対決する気概を喪失しているように見える。しかしそれではトランプ氏の巨大ショックに立ち向かうには弱すぎる。またイギリスのテリ-ザ・メイ首相はナショナリストの突き上げに受動的な一方で、メルケル氏は今年の総選挙でAfDの挑戦を受けている。

そうした動向から、ヒューマン・ライツ・ウォッチの報告書ではトランプ現象の影響をどう見ているかを見てみたい。トランプ氏が移民や貿易相手国をスケープゴートにするという挑発的言動は無知なブルーカラーの支持者を満足させてはいるが、それが実施されれば経済が不況に陥るだけである。にもかかわらず、トランプ氏がTPP破棄とイスラム教徒入国禁止の大統領令に署名したのは、中東からの難民を安全保障上のリスクと見ているからである。この観点から、トランプ氏は国民への監視を強めようとしているが、それは司法当局の監視下で行なわれる対象を限定したものをはるかに逸脱している。トランプ氏のイスラム教徒入国禁止は憲法違反だと批判され(“Immigration analyst: Trump refugee ban is illegal”; Hill; January 28, 2017)、大統領令はいくつかの州の連邦判事に差し止められたが、トランプ氏の方は自らの命令に従わなかったサリー・イェーツ司法長官代行を解雇した(“Trump’s Executive Order on Immigration: What We Know and What We Don’t”; New York Times; January 29, 2017)。

大統領就任演説からほどなくして、ヒューマン・ライツ・ウォッチのケネス・ロス代表は「たとえ問題だらけの公約の10%でもトランプ大統領が実施するなら、国内外で人権が後退してしまうようになる」と述べている。さらに「トランプ氏の公約が実施されればアメリカおよび国外で数百万人もの人々の権利を踏みにじられるばかりでなく、全ての人権が侵害されることになる」とまで訴えている。アメリカ民主主義を混乱に陥れる一方で、トランプ氏は専制国家との協調関係にも躊躇しないので、人権の普及にはさらに懸念が持ち上がる(“US: Dawn of Dangerous New Era”; Human Rights Watch; January 20, 2017)。非常に由々しきことにトランプ氏は選挙期間中に厳しい批判にさらされた大統領令を矢継ぎ早に、しかも関係省庁や議会に相談もせずに発令している(“White House failed to consult federal agencies on Trump's executive orders, report claims”; Aol News; January 26, 2017)。自己中心的で自己顕示欲が強いトランプ氏の性質を考慮すれば、ロシアに関してはイギリスのテレーザ・メイ首相、そして難民問題ではドイツのアンゲラ・メルケル首相の助言に真剣に耳を傾けるかどうか疑わしい。

さらにトランプ氏の人権に対する問題意識の低さは、拷問がテロ容疑者からの情報収集に効果的だといった不用意な発言に端的に表れている。しかしトランプ氏がジェームズ・マティス退役海兵隊大将に国防長官主任を要請した際には自らの主張を撤回し、信頼と報酬が容疑者を協力的にするのだというマティス氏の主張を受け入れた(“Marine General 'Mad Dog' Mattis got Trump to rethink his position on torture in under an hour”; Business Insider; November 22, 2016)。しかしトランプ氏は再び拷問の復活を唱えて議会を紛糾させ、ジョン・マケイン上院議員は大統領なら法を遵守するようにと要求した (“McCain to Trump: 'We're not bringing back torture'”; Hill; January 25, 2016)。トランプ氏は米英首脳会談の記者会見ではマティス氏の助言に従うと述べたものの(“Laura Kuenssberg's stern questioning of Donald Trump angers president's supporters”; Daily Telegraph; 27 January, 2017)、そのことからトランプ氏が人権に関してほとんど学んだことがないばかりか、絶望的に無知であることが明らかになった。

レックス・ティラーソン氏の国務長官起用も懸念材料である。元エクソン・モービル最高経営責任者のティラーソン氏の経営能力と交渉力に期待する声もある。しかし公務は利潤追求ほど単純ではない。上院外交委員会の公聴会では、ティラーソン氏はISISなどアメリカ外交の重要課題についての知識に乏しいことが露呈した(“Rex Tillerson is unqualified to be secretary of state”; Boston Globe; January 12, 2017)。さらにロシアとの関係にまつわる疑惑に加え、ティラーソン氏の人権に対する問題意識の低さは国務長官の職責には非常に不利に働きかねない。公聴会において。ティラーソン氏はサウジアラビアの女性の権利、シリアでのR2P、フィリピンでのドゥテルテ政権による抑圧政策といった重要な人権問題には満足な答弁ができなかった(“Tillerson doesn’t seem to realize speaking up for human rights is part of the job” Washington Post; January 12, 2017)。ドナルド・トランプ氏の思慮分別を描いた中傷は、人権に関する認識がまるでなっていないことを示している。公聴会での答弁のまずさを考慮すれば、ティラーソン氏がトランプ氏の酷い欠点を補えるとは考えにくい。

国際社会、特に西側同盟は、このようなトランプ政権のアメリカにはどう対処すべきだろうか?我々はトランプ氏のアメリカ第一主義が完全に競争本位で無秩序な世界での適者生存の考え方に基づいていることに留意しなければならない。トランプ氏はそうした無秩序を利用して自らが考えるアメリカの国益を最大化しようと考えているので、いかなる手段によっても現行の国際規範や多国間の枠組みを弱体化しようとしている。トランプ氏がそこまで人権を軽視するのも何ら不思議ではない。『シュピーゲル』誌の論説では西側民主主義国がトランプ政権に対抗して結束し、国際規範と普遍的なかち価値観を守るようにと力説している(“Time for an International Front Against Trump”; Spiegel; January 20, 2017)。我々はこのようにして人権の重要性を再確認できる。

また民主主義諸国の指導者達はアメリカの中に影響力を確保する経路を模索する必要がある。何よりも、トランプ氏とアメリカを同一視してはならない。イギリスのテレーザ・メイ首相はホワイトハウス訪問に当たってトランプ政権との強固な関係構築にとらわれていた。しかしイスラム教徒入国禁止への反応が鈍かったことで、イギリス国内ではトランプ氏への追従が過ぎると厳しい批判の声が挙がった(“Theresa May has put the Queen in a 'very difficult position' over Donald Trump's UK visit”; Business Insider; January 31, 2017)。別にトランプ氏との衝突を推奨するわけではないが、この人物の大統領としての資質と正当性が非常に貧弱なことは銘記しなければならない。

トランプ氏は第二次大戦終結以来で最も不人気な大統領であるばかりか、ヒラリー・クリントン氏より総得票では300万票も少ないという点で前例がないほど正当性を欠く指導者なのである。いわば、彼のことをゲリマンダーの大統領と見なすこともできるのである。民主主義の政治家としては、トランプ氏はまるで訓練ができていない。メディアと司法に対する侮辱はその最たるものだ。彼は権力分立も法の支配もほとんど理解していない。トランプ氏には追従するよりも、民主主義諸国は彼の理不尽な圧力からみずからを守るためにもアメリカの中にファイアウォールを持つべきである。例を挙げれば、ジョン・マケイン上院議員はトランプ氏の暴言にからオーストラリアを擁護した。またジェームズ・マティス国防長官は国家安全保障関係者の主流派の声を代表するためにトランプ政権に加わっているのである。


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2017年1月 1日

謹賀新年

Cockfightinindia3


闘鶏の激闘


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2016年12月12日

ヨーロッパのトランプ対策

トランプ・ショックは国際安全保障に多大な悪影響を及ぼしているが、それはドナルド・トランプ氏がアメリカ第一主義を掲げて同盟ネットワークの破棄さえ示唆し、海外防衛の出費を削減すると息巻いたからである。さらに、トランプ氏はロシアのウラジーミル・プーチン大統領を称賛し、クリミアとシリアでロシアに譲歩しようとさえしている。そのため、ヨーロッパ諸国は共同の地域防衛を真剣に考慮し、ロシアの脅威が増す中でトランプ体制下のアメリカが孤立主義に陥った場合に備えようとしている。

トランプ氏の外交政策で最も危機的な問題は、損益に対する過剰な固執である。アメリカの国防費がNATO全体の70%と突出していることには誰も異論がない。冷戦期よりアメリカの大統領および大統領候補が誰であれ、ヨーロッパ同盟諸国にはバードン・シェアリングを要求している。しかしNATOによってヨーロッパの安全保障を維持することがアメリカの死活的な国益であることに疑問を呈した者は、ほとんどいない。しかしトランプ氏はこうした考え方を一蹴し、アメリカの国力が世界の公共財だとは夢にも思っていない。国際政治に関する彼の極端なゼロサム思考を考慮すれば、ヨーロッパは国防費を増額するとともに、アメリカがアフガニスタン、イラク、バルカン半島で行なった戦争に自分達がどれほど貢献してきたのかを相手にわからせる必要がある。さもなければトランプ氏はロシアやイラン核合意といった問題でヨーロッパ同盟諸国とは強調せず、彼自身が感じ取れる範囲でのアメリカの利益を追求するだけになるだろう。またヨーロッパ諸国はトランプ氏の恐るべき圧力から大西洋同盟を守るためにも、強固な結束を示さねばならない(“Does 'America First' mean EU defence at last?”; Centre for European Reform Bulletin; 22 November, 2016)。

11月30日にベルリンで開催されたNATOの軍事関係者の会議では、ヨーロッパ同盟諸国は自分達の国防費増額が必要だという結論に至った(“Defense spending boost best answer to Trump: EU, NATO officials”; Reuters News; November 30, 2016)。この目的のためにEUは共同の基金を設立し、特に研究と技術革新を推し進めてゆく計画を表明した。それによって新規開発の航空機の単価を引き下げるとともに、域内の軍事産業への支援を行なってゆくことになる。ブレグジットという問題はあるが、イギリスはEUと共同での兵器の研究と調達を検討している(“Spurred by Trump and Brexit, EU plans five-billion-euro defense fund”; Reuters News; November 30, 2016)。イギリスはヨーロッパ有数の軍事大国なので、これは各国の協調による取り組みの強化には重要である。欧州懐疑派と見なされがちなイギリスがトーネードやユーロファイター・タイフーンといった大型の共同兵器開発を主導してきたのに対し、より欧州統合派と見なされてきたフランスはどちらの計画にも参加していない。こうした観点から、域内での共同防衛計画にはイギリスとドイツの協調が鍵となる。イギリスがEUの防衛に関与すれば、日本、オーストラリア、インドといったヨーロッパ圏外の民主国家もそれに何らかの寄与をしやすくなる。日本はイギリス主導のミーティア空対空ミサイルの開発に参加しいている一方で、オーストラリアはBAEシステムズ社にタラニス無人ステルス機の試験場を提供した。ヨーロッパ圏外からも参加される研究開発事業があれば。ヨーロッパが共同防衛でトランプ・ショックに対処するうえでも役立つだろう。

またヨーロッパは、アメリカ国防関係者の主流派がトランプ氏や国家安全保障担当大統領補佐官に指名されたマイケル・フリン氏のような親露的な世界観を共有していないことも銘記すべきであろう。それどころかアメリカの軍首脳部はプーチン政権の攻勢に危機感を強め、ロシアを最も重大な脅威と見なしている。そうした中でヨーロッパはロシアがトランプ氏の就任前にウクライナとシリアで大胆な行動に出るのではないかと懸念している (“The US military now sees Russia as its biggest threat”; Business Insider; December 5, 2016)。またブルッキングス研究所のロバート・ケーガン氏は12月6日の上院軍事委員会で、ロシアは極右への支援やシリアからヨーロッパへの難民流出の画策によって西側の政治的伝統への自信に揺さぶりをかけている一方で、アメリカが発揮する力と紛争地域の安定への貢献には懐疑的な声が高まっていると証言した。

上記に述べたように、アメリカの外交および国防政策の関係者の間ではトランプ的な世界観は共有されていない。政権移行チームでは軍人出身者が何人か指名されてはいるが、経歴だけで十把一絡げに論ずるのは単純すぎる。特にフリン氏は陸軍で現役の頃から軍事および諜報の関係者の間では異端児であった。これは次期大統領の外交政策の陣容が奇妙きわまりないことを示す氷山の一角である。トランプ氏には外交哲学もなければ、信頼性のある政策顧問が充分に揃っているわけでもない。大統領職を真面目に務めあげる気なら、最終的には国家安全保障の主流派に頼らざるを得なくなるだろう。ヨーロッパはアメリカの外交政策を担う民主共和両党の主流派とともに行動できる。他の地域のアメリカの同盟諸国も、トランプ・ショックに対処するうえではヨーロッパ諸国と共通の国益を有している。1月20日の大統領就任式以後は全ての見通しが陰鬱ではあるが、何とかしてこの危機に対処する方法はある。


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2016年11月30日

トランプ・ショックを契機とした日本自主防衛論に疑問

先の大統領選挙でのドナルド・トランプ氏の当選は予期されなかったばかりか望まれてもいなかったので、全世界のアメリカの同盟を恐怖に陥れることになった。トランプ氏は全世界での同盟ネットワークの破棄を口にしたばかりか、日本、韓国、サウジアラビアといった同盟諸国には自前の核武装さえ要求したので、アメリカが一方的に覇権を破棄することによる新世界無秩序が恐れられるようになっている。日本とヨーロッパではトランプ・ショックは戦後の安全保障枠組を再考し、自主的な外交および国防政策を模索する機会だとの声も挙がっている。

日本の外交政策の有識者の間ではトランプ政権の登場による不確実性を伴う不安定化に重大な懸念が広まっているが、ナショナリスト達は在日米軍の撤退によって「戦後の政治的な対米従属」を脱却するという自分達の願いを叶える絶好の機会だとして歓喜の声が挙がっている(「日本でじわり広がる”トランプ大統領”待望論―対米自立か隷属か―」;;Yahoo!ニュースJAPAN;2016年3月27日)。ヨーロッパの識者からはもっと冷静沈着な議論も出ている。ブルッキングス研究所のマッテオ・ガラヨグリア氏は独伊二重国籍の立場から、ヨーロッパは独自の国防能力の強化、域内での相互協力の深化、そしてオーストラリア、ブラジル、カナダ、日本、インドといったヨーロッパという枠組みを超えた主要民主主義国とともに世界の安定化に向けて手を携えてゆくべきだと主張する(“Never waste a crisis: Trump is Europe’s opportunity”; Brookings Institution; November 10, 2016)。

問題はアジアが文化的にも歴史的にも政治経済的発展度合でもあまりに多様なために、日本は多国間地域安全保障機関に入っていないことである。また日本は韓国や台湾といった安全保障での提携の可能性のある国々とも領土上の見解不一致を抱えている。よって日本がいわゆる自主安全保障政策を執れば、世界から孤立しかねない。ナショナリスト達は日帝の復活という長年の夢のために歓喜に浸っているが、真の自主防衛を叶えるだけの軍事力を備えるには、防衛費を大幅に増額しても長い時間がかかる。兵器は注文生産であり、支払いがなされたからと言ってすぐに顧客の許に届くわけではない。また、兵器を使いこなすには訓練も必要である。思い出すべきは、ISISがバグダッドに迫る中でオバマ政権がF16戦闘機の引き渡しとイラク軍パイロットの訓練に遅延をきたした時、イラク政府がどれほど焦燥感に駆られたかということである(“From Iraq to Syria, splinter groups now larger worry than al-Qaeda”; Washington Post; June 10, 2014)。この観点から言えばトランプ氏が以前に口にしたような北朝鮮に対する独自核抑止力などは、馬鹿げている。

問題は尖閣諸島を含めて日本牡領土を中国から防衛するだけではない。背後にアメリカの力がなければ、地政学的にも経済的にも日本がアジアで中国の影響力とせめぎ合うことは難しい。日本が規範に基づいた国際関係という普遍的な価値観を訴えてはいるが、アジア諸国は大なり小なり中国の台頭には抗えないとして受容している。経済では日本の商品やサービスが高品質を誇ったところでアジアの顧客には必ずしも受け入れられず、むしろ低価格で猛烈な営業攻勢をかけてくる中国製のものが席巻するようにもなっている。自主独立の日本がたとえ中国からどうにか自国の領土を守り切ったとしても、アジア外交ではこれほど脆弱になるのである。アジア諸国は中国の脅威に対して立場が一致しているわけではない。カンボジア、ラオス、ミャンマーのように親中の国もある。親欧米かつ親日と思われる国々でさえ、中国に宥和することもある。小国にとっては崇高な理念を掲げるよりも、大国の競合の間での国家生存の方がずっと重要である。よってこうした国々が時に中国の台頭は「不可避」として容認してしまうのは、AIIB加盟やインドネシア高速鉄道の受注でも見られる通りである。ナショナリスト達が夢見るような日本主導の大東亜共栄圏の復活などは、ただ馬鹿げていて危険である。

トランプ氏は孤立主義の選挙公約を掲げたが、歴史的に見てアジアは1890年のフロンティア消滅以前からアメリカの影響圏である。マシュー・ペリーの艦隊が1853年と1854年に日本に派遣されたのは、それだけの理由があるのである。それは中東でのアメリカの関与が大英帝国から引き継がれたこととは著しい対照をなす。トランプ氏がリアリストの外交政策を執るというなら、ビジネスマンにありがちな近視眼的な損得勘定にしがみつかず、アジアでのアメリカのプレゼンスの深い背景を理解しなければならない。しかし新アメリカ安全保障センターのロバート・カプラン氏はトランプ氏がリアリズムを理解していないと批判する。トランプ氏は世界の中でのアメリカの役割と立場について明確なビジョンもなく、同盟国の防衛にも世界の安定に寄与することにもほとんど関心はない(“On foreign policy, Donald Trump is no realist”; Washington Post; November 11, 2016)。選挙中のトランプ氏の発言はカプラン氏とは正反対で、ゆすり屋さながらの収奪的なゼロサム思考にとらわれている。それがアメリカ国内外の外交政策有識者の懸念を募らせている。

どう考えてもトランプ・ショックは日本が「従属的」な対米関係を終焉させ、「自主独立」で「誇り高い」外交政策を採用する好機ではない。それなら、我々はこの危機にどう対処すべきだろうか?何よりもトランプ氏の基本的思考パターンを理解しなければならない。コロンビア大学のジェラルド・カーティス名誉教授によれば、トランプ氏が取引にこだわるのは、始めに最大限の要求を突き付けて相手との妥協点を探ってゆくという不動産ディベロッパーの交渉技術に由来しているという。

このことを念頭に置いたうえで、トランプ政権の不確実性に対処してゆくための米国内での影響力行使法を考えてゆく必要がある。カーティス氏は、議会、メディア、シンクタンク、そして国務省および国防総省の官僚機構を通じた権力分立によって日米同盟の破棄など認められないと論じている。また誰が大統領であっても基本的な国益は不変であるとも主張している(“Trump couldn't change Asian policy even if elected, Columbia professor says”; Nikkei Asian Review; November 8, 2016)。さらに、我々は価値観を共有する西側民主国家と手を携え、ワシントンのエリート達と共通の解決手段を模索しなければならない。幸いにも先の選挙でトランプ氏を支持した低学歴層は、このレベルでの政策のやり取りにはほとんど影響を及ぼすことができない。また、政治家としては完全な初心者であるトランプ氏は、自らの問題解決能力のなさを突き付けられた時には著名な専門家の助力を仰ぐしかない。従来とはかなり変わった大統領を完全に制御することはできないが、我々としてはあらゆる手段を模索しなくてはならない。


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2016年11月 5日

西側民主主義の再建によって不確実性を増す世界を乗り切れ

今や多極化する世界の不確実性が語られているのも、アメリカ国内での孤立主義の高まりによって、国民の間で世界の警察官という役割への支持が低下しているからである。ロシアと中国が自国の力を強く意識していることは疑いようもないが、それはアメリカと西側同盟国が自由主義世界秩序への関与に消極的になり、西側のハードパワーが相対的に低下しているからである。しかし注目されるのはそうした生の国力の側面ばかりで、西側民主主義の弱体化という憂慮すべき事態は見過ごされているように思われる。民主主義への信頼が失われると、専制国家とデマゴーグが勢いづく。これによって世界はますます不安定で不可測性を強める。

まず、現在の民主主義の危機についての全体像を述べたい。不確実性の時代に入った今や、ポピュリズムの台頭が世界各地で見られるようになった。ハーバード大学のニール・ファーガソン教授は10月20日にシンガポールで開催されたバークレイズ・アジア・フォーラムにて、このことに関する概要を述べた。ブレグジットやトランプ現象に見られるように、先進国では金融危機の移民、自由貿易、「腐敗した」エスタブリッシュメントへの反感が広まっている。他方で新興経済諸国では国民のナショナリズム感情を満足させるために強権指導者が望まれているが、それによってこれらの諸国では権力分立も透明性も弱くなっている。以下のビデオを参照されたい。



ポピュリズムはどのように民主主義を劣化させるのだろうか?スイスの歴史学者ヤーコプ・ブルクハルトは1889年に友人のフリードリヒ・フォン・プリーンに当てた手紙で「事態を恐ろしく単純化する者」について警告し、「悪徳」な指導者が自らを国家が抱える複雑な問題の解決できる全能者のごとく振る舞い、究極的には法の支配が否定されてしまう。現在では法案も条約も過去のものに比べて非常に長大で複雑になった。マグナ・カルタや独立宣言といった歴史的文書は数枚の紙に書かれただけであるが、TPPの原案は5,554ページ、オバマ・ケアは961ページにも及ぶ(“Simplifiers v. complicators”; Boston Globe; October 3, 2016)。このような状況では、政治家は問題の全体像を充分に理解することなく互いに枝葉末節な議論に陥りがちである。エリートがこのように混乱してしまえば国民は上からの「説教」にはますます反発し、醜悪な感情に突き動かされてしまう(“It’s Time for Elites to Rise up against Ignorant Masses”; Foreign Policy; June 28, 2016)。今日の国民はブルクハルトの時代よりも「悪徳な指導者」に容易に影響を受けかねない。

ドナルド・トランプ氏は「事態を恐ろしく単純化する者」の最も顕著な例で、西側民主主義の信頼を傷つけて世界を不安定化させかねない。にもかかわらず、反エスタブリッシュメントの労働者階級にとって彼は救世主である。トランプ氏は保護主義と政府の規制を支持して経済的な選択の自由を尊重しないばかりか、「俺だけが問題を解決できる」という発言に見られるように民主的手続きを軽視している。『ワシントン・ポスト』紙コラムニストのジョージ・ウィル氏はマックス・ウェーバーによるカリスマ的権威の分析を引用し、大衆がトランプ氏のカリスマを渇望しているということは、アメリカ国民が魔術的な救世主に対して従来にはないほど受動的で簡単に信じ込みやすくなっていると主張する。そうした社会規範と国家の性格の変化がデマゴーグの台頭に一役買っている(“If Trump wins, the Republican party will no longer be the party of conservativism.”; National Review; September 28, 2016)。さらにトランプ氏は人生を通じてファミリー・ビジネスの経営者としてキャリアを積んできたが、それでは権力分立という行政管理者に求められる要件に合うとは言えない。雇われ経営者と同様に、大統領や首相は国家に雇用される身分である。トランプ氏の「ビジネス感覚」なるものはむしろ独裁者に適合している。

西側での民主主義の弱体化は専制的な大国を勢いづける。これは今年のアメリカ大統領選挙に典型的に見られ、それは政策上の真面目な意見交換よりも民主党と共和党の候補者同士の低俗な中傷合戦に陥っている。本来は良き統治の模範であったアメリカの民主主義に、国際世論は幻滅している。そうした事情あるものの、ヒラリー・クリントン氏はドナルド・トランプ氏に対して全ての討論会で、政策上での理解ついて優位にあることを見せつけた。クリントン氏の当選によって「悪徳」なポピュリズムが自国優先主義、人種差別主義、男性優位主義、そして孤立主義の有害な影響を弱められるだろう。ロシアのウラジーミル・プーチン大統領がトランプ氏を支援しようと選挙に介入してくるのも当然である。国際世論はトランプ現象、ブレグジット、ヨーロッパ大陸諸国での極右の台頭が低俗で反主知的な性質であることを良く知っている。皮肉にもこうした愛国者気取りの人々の間に広がるNIMBYな排外主義は、西側主要国の名声と国際的地位に害をなすだけである。

政策エリートが自由で開放的で理性的な民主主義を再強化するには、どのようにすべきだろうか?この問題に対して単純明快な答えはないが、少なくとも大衆の自国優先主義に妥協してはならない。例えばオバマ政権は在任中にアメリカ国際開発庁を通じた民主化支援の予算を削減したのは国民の関心が低下したからである。2013年に行なわれたピュー研究所の調査では民主化の促進が外交政策上の優先事項だと答えたアメリカ国民は18%に過ぎず、80%が海外への介入よりも国内の問題を優先すべきだと答えている。しかしそうした対外不関与の傾向がアメリカの国家安全保障に重大な危険を及ぼしている。こうした人々は、ソ連撤退後のアフガニスタンに対する西側の無関心が9・11同時多発テロという大事件につながったことを思い出すべきである。トランプ現象やブレグジットのような極右の台頭は、エリートが国民を正しい方向に教育できなかったことの結末である。

しかし西側民主主義の全てが悲観的なわけではない。フーバー研究所のラリー・ダイアモンド上席研究員は経済成長の鈍化によって中国とロシアでの専制政治の正当性は失われつつあると指摘する。民主主義は完全ではないが、ダイアモンド氏が言う通り暴力性が低く、人権が尊重されやすく、また市場経済も発展させやすい。オルタナ右翼の理念はそのように開放的で自由なものではなく、全く正反対である。彼らの思想はむしろ国家社会主義に近い。国際安全保障における民主主義の重要性に関しては、マイケル・マクフォール元駐露大使の「過去においても現在においても世界の民主主義諸国の全てがアメリカの同盟国ではないが、アメリカの敵となった民主主義国は過去にも現在にもない。そしてアメリカにとって最も永続的な同盟国は全てが民主国家である」という発言を思い起こすべきである(“Democracy in Decline”; Foreign Affairs; July/August 2016)。皮肉にも国内で機能不全に陥った民主主義は、自由世界にとって外部からの脅威と同様に大きな脅威となっている。よって我々の国内での民主主義を再建するとともに民主化普及の取り組みを再強化し、我々にとってかけがえのない安定した世界秩序を取り戻す必要がある。


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