2021年10月26日

アフガニスタン撤退と西側の自己敗北主義

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昨年11月のアメリカ大統領選挙でジョセフ・バイデン氏がドナルド・トランプ氏を破り、世界は喜びにあふれた。西側同盟の一体性は、G7カービスベイとNATOブリュッセル首脳会議で確認された。また、バイデン氏はNATOで指導力を発揮し、4月にはロシアのウクライナ侵攻を阻止した。しかしアフガニスタンからの米軍撤退とそれに続く現地の混乱により、バイデン政権への国際社会からの信頼は損なわれた。トランプ氏はこの機を逃さずバイデン氏を非難したが、タリバンと早期撤退の取り決めを行なったのは彼自身である。

 

忘れてはならぬことに、トランプ・リパブリカンはバイデン氏のものよりはるかに早く機嫌を設定したトランプ氏の撤退スケジュールを支持したのである。その一例としてイボ・ダードラー元駐NATO大使は、ミッチ・マコネル上院議員がバイデン氏の撤退を非難しながらも自身はアフガニスタンへの駐留継続に反対であったことを批判している 。

 

 

ケビン・マッカーシー下院議員からジェフ・バン・ドリュー下院議員にいたる他のトランプ・リパブリカンも大なり小なりマコネル氏同様に偽善的である。何よりも、トランプ氏自身が自身のサイトで撤退を支持する発言を削除した。

 

 

 

 

よってアメリカ国内の政治的衝突にはバランスの取れた視点が必要である。

 

西側の自己敗北主義については多くの主張が飛び交っている。そうした議論のいくつかに反論したい。アメリカのアフガニスタン攻撃を批判する者は、帝国的なオーバーストレッチ、あるいは9・11同時多発テロに対して怒りに任せた過剰反応だと言う。だがこれは批判のための批判でしかない。アメリカ本土への攻撃は西側民主主義への攻撃であり、彼らの極悪犯罪に難の行動も起こさなければ世界の安全はもっと損なわれていただろう。外交問題評議会のリチャード・ハース会長は、反戦主義者の主張には以下のように反論している。

 

 

 

 

他にも西欧啓蒙思想とリベラリズムの普遍性を否定し、タリバンの宗教的狂信主義による暴虐な統治を正当化する者さえいる。イスラムの伝統もさることながら、彼らは複雑な民族宗派および部族的背景を抱えたアフガニスタンの歴史にまで言及し、西側が擁立した近代的なネーション・ステートを否定している。しかしタリバンによる統治はパシュトゥン人のイスラム過激派による権力独占に見られるように、より中央集権的で多様性に欠けている。よって都市部の住民と違い地方の住民はタリバンの方を支持しているという論調は、全くの間違いである。またタリバンによって、9・11同時多発テロ以前には彼らの盟友であったアル・カイダや、米軍撤退後には彼らの敵となるIS―Kに見られるような国外の過激派がこの国に入り込むようになっている。

 

上記のようにテロとの戦いに反対する見解には、反西欧主義と第三世界の独裁者やテロリストへの偏った好意に満ち溢れている。カルザイ政権とガニ政権の統治は、メディアが両政権の腐敗ぶりを報道するほどは悪くなかった。フリーダム・ハウスによると、米軍侵攻以降は市民の自由に関する指標が最低の7から5に上がっている。また、女児の就学率はほとんどゼロだった2001年から、2018年には小学校で83%、中高等学校では40%にまで上昇した。さらに目を惹くものは一人当たりのGNIで、2001年の$820から2019年には$2,229に跳ね上がった。他方でアフガニスタン政府はケシ栽培面積と民間死傷者数を抑制できなかった(“The Legacy of the U.S. War in Afghanistan in Nine Graphics”; Council on Foreign relations; August 17, 2021)。

 

上記のような親西欧政権の成功面に鑑みれば、アメリカが党派にかかわらず撤退を決定したのはなぜか理解する必要がある。それによる混乱と地政学的な力の真空は容易に見通せるだけに。アメリカは自国の国益のためにアフガニスタンを見捨てたとの声もある。しかしそれをどのように、しかも誰が決めるのか?アフガニスタンでの長い戦争には超党派の厭戦気運が漂ってはいたが、ヨーロッパ政策分析センターのカート・ボルカー氏は「アメリカの軍事および外交を司る最上層部の高官達はこの10年間で一貫して、有力政治家達には米軍撤退によってアフガニスタン政府の崩壊、人道的な被害、そして敗北したアメリカによる同盟国見捨てという認識がもたらされるだろうとのブリーフィングを行なってきた」と論評している(“Afghanistan’s End Portends a Darker U.S. Future”; CEPA; August 13, 2021)。アフガニスタンに関し、トランプ氏もバイデン氏もどれほど外交政策エスタブリッシュメントを疎外して左右のポピュリストから歓心を買おうとしたかをボルカー氏は語っているのだ。

 

上記の見解はアメリカを代表する外交政策形成者達の間で共有されている。しかしバイデン氏が彼らの批判に妥協しない理由は、有権者がアフガニスタンでの「長い戦争」への厭戦気運にあり、彼自身も内政問題と中国との戦略的競合に優先順位を置くようになったためである(“Here's Why Biden Is Sticking With The U.S. Exit From Afghanistan”; NPR News; August 14, 2021)。コンドリーザ・ライス元国家安全保障担当補佐官はバイデン氏はアフガニスタン国民のネーション・ビルディングをもっと暖かく見守るべきだった、そして世界からのアメリカへの信頼回復のためにもウクライナ、イラク、そして台湾への関与を強化すべきだと論評している。またアメリカの有権者にはアフガニスタンの戦争が常軌を逸して長かったわけではなく、朝鮮戦争は今も形式的には続いていると説いている (“Condoleezza Rice: The Afghan people didn’t choose the Taliban. They fought and died alongside us.”; Washington Post; August 17, 2021)。

 

軍事戦略の観点からは、アメリカン・エンタープライズ研究所のフレデリック・ケーガン氏がバイデン氏はトランプ氏がタリバンと成した合意を破棄することもできたのに、そうしなかったと評している(“Biden could have stopped the Taliban. He chose not to.”; AEI ; August 14, 2021)。外交問題評議会のマックス・ブート氏も同様に、トランプ氏の偽善とバイデン氏のタリバン進撃に対する鈍い対応を批判している(“The Biden administration’s response to the Taliban offensive is delusional”; Washington Post; August 12, 2021 および “Trump & Co. engineered the pullout from Afghanistan. Now they criticize it.”; Washington Post; August 19, 2021)。2020年にタリバンとトランプ政権双方の間では、テロリストにアフガニスタンをアメリカ本土への攻撃に使用させないとの合意が結ばれた。しかしIS-Kに見られるように他の過激派によるテロ攻撃が、タリバン統治下のこの国で再び強まっている。さらに合意に従うことなくガニ政権との和平交渉を進めなかったばかりか、彼らは前政権をカブールから追放した(“U.S.-Taliban Peace Deal: What to Know”; Council on Foreign Relations; March 2, 2020)。多くの専門家達が言うようにトランプ氏はガニ氏に圧力をかけ、タリバンの捕虜5千人解放と引き換えに3ヶ月の停戦交渉を行なうように仕向けた。バイデン氏はその合意を破棄せず、アメリカの同盟国は見捨てられることになった。

 

今回の撤退計画にはバイデン政権内からも異論があった。ボブ・ウッドワード氏とロバート・コスタ氏の近著『Peril』によると、アンソニー・ブリンケン国務長官とロイド・オースティン国防長官は大統領に性急な撤退はしないようにと訴えたが、それは聞き入れられなかった(“Biden ignored Austin, Blinken warnings on Afghanistan withdrawal: Woodward book”; Hill; September 15, 2021)。また上院軍事委員会ではマーク・ミリー統合参謀本部議長とケネス・マッケンジー中央軍司令官が、トランプ氏もバイデン氏も同じ「戦略的失敗」を犯し、タリバンがアフガニスタン政府を相手にあれほど早く成し遂げたカブール制圧を阻止するために最低でも2,500人の地上兵力を残しておかなかったと証言した(“Military leaders, refusing to fault Biden, say troop withdrawal ensured Afghanistan’s collapse”; Washington Post; September 28, 2021)。

 

明らかにバイデン氏とトランプ氏は国家安全保障政策に関わってきた者達を脇に追いやった。ここで国際社会からの批判を代表して、イギリスのトニー・ブレア元首相の見解を取り上げたい。ブレア氏がアフガニスタン撤退に反論した理由は、その決定が戦略的な考慮よりも内政事情に基づいてなされたからである。さらに優先順位を間違えば 、西側民主主義諸国はイスラム過激派の脅威に対して脆弱になり、それによって中国とロシアを勢いづけてしまうと主張する(“Why We Must Not Abandon the People of Afghanistan – For Their Sakes and Ours”; Tony Blair Institute for Global Change; 21 August, 2021)。そのようにアメリカ国内の孤立主義気運で左右双方から外交政策エスタブリッシュメントが足を引っ張られる事態に鑑みて、ブレア氏はヨーロッパとNATOは自主防衛行動のための能力を高めて西側民主主義を守り抜かねばならないと説いている(Speech at the RUSI; 6 September, 2021)。非常に重要なことにブレア氏が言う自主防衛とは普遍的価値観に基づいていて、日本の靖国ナショナリストのようなリビジョニストの発想はない。

 

歴史的に見てアメリカ人は自国が国際的な危機にみまわれた時には熱しやすいが、それが過ぎると冷めやすいことは第一次世界大戦のルジタニア号事件に見られる通りであるとブルッキングス研究所のロバート・ケーガン氏は言う。ドイツを破ってしまえば、米国民は世界と関わる熱意など失ってしまった。当時と同様にアメリカ人は9・11同時多発テロに怒り心頭であったが、テロ被害からの世界秩序の再建などは欲していなかった。彼らがテロとの戦いを熱心に支持した時には次のテロ攻撃への恐怖に駆られていた。しかし長い戦争を最中で有権者達が次のテロ攻撃はないものと感じるようになると彼らは戦争に懐疑的になり、それどころか国家安全保障エリートによる陰謀を疑うようにさえなった。それが厭戦気運の現実である “It wasn’t hubris that drove America into Afghanistan. It was fear.”; Washington Post; August 26, 2021)。ケーガン氏の見解からすれば、当時のイスラム教徒差別が激化した理由は、コロナ危機以降のアジア人差別の激化と同様だと理解できる。また外交政策エスタブリッシュメントがウィルソニアンのビジョンを追求した一方で、有権者はジェファソニアンあるいはハミルトニアンの本能を維持し続けた。ジャクソニアンどころかデビソニアンとさえ見られているトランプ氏は2016年に、この機を逃さなかった。バイデン氏はトランプ前大統領から政権を奪取したものの、このような状況を覆すだけの意志も能力も持ち合わせていない。

 

大統領選挙直前に開催されたあるウェビナー会議では、日本を代表する専門家達によってバイデン氏が提唱する「中産階級のために外交政策」の意味が議論されていたが、遺憾にも私は彼のキャッチフレーズを軽く見てしまった。それは外交政策エスタブリッシュメントがトランプ氏の再選を怖れ、殆ど一致してバイデン氏を支持していたことが主な理由である。またトランプ氏は在任中にロシアのウラジーミル・プーチン大統領と歩調を合わせるかのようにアメリカ民主主義の評判を落とす言動さえとったので、トランプ政権下でロシア問題担当補佐官を務めたフィオナ・ヒル氏はトランプ氏がロシア以上に国家安全保障上の脅威になると述べている(“Trump is a bigger threat to the US than Russia: Former foreign policy expert”; Raw Story, October 10, 2021)。上記の観点から、私は左右の枠を超えたウィルソニアンの専門家達によるバイデン氏への熱心な支持に強く印象づけられていた。さらにバイデン陣営は上院外交委員会でジョン・マケイン氏と超党派で問題に取り組む写真を頻繁に流した。しかしバイデン氏はバイデン氏であって、マケイン氏ではないことに私は気付くべきであった。

 

急な撤退はヨーロッパの同盟諸国を驚かせた一方で日本国民がアメリカの敗北主義をある程度は受容している背景には、アメリカが戦略的な重点を中国に振り向けることを切望しているという事情もあるが、それが可能になるためには中東の安定が必要である。今や中国は一帯一路構想に見られるように、東アジアの大国にとどまらない。実際に中国はCPEC(中パ経済回廊)を通じてアフ・パック地域で力の真空を埋めようとしていて、インドがそれに警戒感を抱いている。これはインド太平洋地域での対中戦略パートナーシップとなるクォッドの信頼性にも関わる重要な点である。インドの地政学戦略家、ブラーマ・チャレニー氏は『日経アジア』紙への投稿に際して以下のようにツイートしている(“Biden's Afghanistan fiasco is a disaster for Asia”; Nikkei Asia; August 30, 2021)。

 

 

 

 

 

留意すべきことに、H・R・マクマスター元国家安全保障担当大統領補佐官は2017年の国防戦略作成でテロとの戦いから中国とロシアを相手にした大国間の競合に政策の重点を移したが、それでも今回の撤退には強く反対している。

 

地政学と戦場の状況に加えて、タリバンとの対話が可能なのか考え直すべきだ。数年前にロバート・ケーガン氏は、トランプ氏がジャマル・カショギ氏殺害で全世界から非難されていたサウジアラビアのモハマド・ビン・サルマン皇太子と緊密な関係にあることを批判していた。問題点は独裁者はどれほど改革的に見えても、本質的に圧政志向であるということだ(“The myth of the modernizing dictator”; Washington Post; October 24, 2018)。タリバンに関しては人道的な問題での外交交渉なら有り得るが、彼らが穏健になったように見えるというだけで正当性を認めるべきではない。マクマスター氏は西側が引き下がる時にタリバンと対話を行なうことが無意味なことは、カブールを奪取した彼らの慢心ぶりを見ての通りだと述べている(“H.R. McMaster Warns Against 'Self-Delusion' That Afghanistan Withdrawal Means War's End”; News Week; August 21, 2021)。

 

我々はアメリカばかりかヨーロッパからアジアに至る国際社会で、これほど多くの戦略家達がトランプ・バイデン両政権の撤退に異を唱えていることに留意すべきである。西側民主主義が中世の野蛮に蹂躙されても黙認するような、無責任な歴史観測者であってはならない。バイデン政権と国際的なステークホルダー達が撤退による混乱を鎮めるため、アフガニスタンに何をするのかを責任をもって見守って行こう。

 

 

 

 

 

 

 

 

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2021年8月 4日

国際舞台での日本の首相

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本年6月にはG7カービスベイから米露首脳会談まで、大きな外交行事が目白押しであった。しかしG7で各国首脳と非公式のやり取りの場での菅義偉首相の振る舞いは拙く自信がないように見えたので、日本の国民やメディアからは不安の声も挙がった。菅氏は外交での知識と経験が充分とは言えず、英語も流暢とは言えないので、それが国際舞台での日本の政治的存在感の高揚には支障をきたすとの懸念が抱かれている。しかし実際には英語力でも外交経験でもなく、G7で討議されたグローバルな課題一つ一つでの問題意識の共有の方が重要ではないかと私は考えている。

 

日本のメディアはG7史上で初めて、コミュニケで台湾海峡への言及があったと歓喜している。これは日本が長年にわたって西側同盟諸国に中国への警戒を怠らぬよう説得してきたことが、成果となって表れたと言える。しかしこの問題は共同宣言の第60項に数行ほど記されたのに対し、環境、デジタル・エコノミー、第三世界の開発とエンパワーメント、人権、中国の一帯一路に対抗するインフラ建設といった他のグローバル問題には、もっと多くの語数が費やされている。G7で同席する大西洋諸国の指導者達と比較して、日本の政治家はそれら議題の必ずしも全てに通常業務から馴染んでいるわけではない。例えば第三世界でもシリア、イラク、アフガニスタン、そしてエチオピア対ティグレ紛争などの中東やアフリカに関する問題となると、永田町の政治家達には相対的に馴染みが薄くなってしまう。

 

G7のすぐ後にジョー・バイデン米大統領とロシアのウラジーミル・プーチン大統領の会談を控えていたこともあって、ロシアも重要な議題であった。しかしクリミアを除いて、菅氏が人権や選挙介入といった問題で各国首脳と問題意識を共有できたのかどうかは疑わしい。それはただ、プーチン氏が日本の選挙には介入しなかったという理由だけではない。戦後の日本は諸外国との経済関係を優先し、吉田ドクトリンの下で第三世界の独裁者を受容してきた。ロシアもまた例外ではない。人権に関してさらに顕著な問題を挙げれば、菅氏はウイグル抑圧への強硬な非難によって、日中関係が決定的な影響を及ぼす事態を懸念していた。

 

そうした紆余曲折はあるが、誰が日本の首相であれ正式な会談でのグローバルな諸課題の議論では、官僚の助力でさほどの困難もなく乗り切れるだろう。しかし首相自身が諸外国の首脳と問題意識を共有していなければ、どれほど英語ないし他の外国語に堪能であっても非公式の意見のやり取りは難しいだろう。本当に重要になるのは思考様式である。ジャパン・ファーストで視野の狭い政治家が国際会議に参加しても稚拙な振る舞いとなるばかりで、国際社会の信頼は得られないだろう。

 

内政において菅氏は派手でもなくカリスマ性にも欠けるかも知れないが、永田町の政治に精通した冷静沈着な仕事人ではある。これが典型的に見られたのは、安倍政権の官房長官の時であった。首相としての管氏は「自助、共助、公助」という政治理念らしきものを掲げ、どうやら「小さな政府」を信奉していると思われる。ともかく「大きな政府」であれ「小さな政府」であれ、イデオロギー論争よりも派閥力学が幅を利かす日本の政治において、こうした姿勢はきわめて異例と言っても良い。しかし菅氏の東京オリンピック運営はあまりに稚拙でグローバルな価値基準を満たすにいたらず、事務当局内では女性蔑視や反ユダヤ主義の失言でスキャンダルにみまわれるほどである。

 

日本には他にも国際社会と問題意識を共有できなかった指導者がいる。森喜朗元首相は最悪の例と言っても良い。東京オリンピック競技大会組織委員会の会長職にあった森氏は不用意にも「(委員会に)女性を必ずしも増やしていく場合は、発言の時間をある程度規制をしておかないとなかなか終わらないから困る」という失言を発し、辞任に追い込まれてしまった(“Facing Backlash For Sexist Remarks, Tokyo Olympics Chief Apologizes But Won't Resign”; NPR News; February 4, 2021)。問題は女性蔑視だけではない。世界からの厳しい非難に直面した森氏は妻と娘達からその失言で叱られたと言って、自らの家庭では父権的男性優位的でもないとの言い訳に走った(「《五輪開催で恥をかく日本》「妻に怒られまして…」森喜朗会長の“恐妻家しぐさ”にみえる身内至上主義の“マフィア感”」;週刊文春; 20212月11日)。明らかに森氏は問題点を理解していなかった。国際社会は公人としての森氏のジェンダー問題への見解を問い質したのだが、意図的か非意図的かはともかく公私混同してしまった。

 

欧米の指導者にも国際的な価値基準を満たせなかった者もいる。典型的な事例として、2008年のアメリカ大統領選挙で共和党候補の相方となったサラ・ペイリン氏によるロシアについて発言に世界の聴衆が失望し、ジョン・マケイン上院議員の当選への見通しが遠のいた件が挙げられる。共和党はロシアとカナダに隣接するアラスカ州知事というペイリン氏には、余人にはない外交経験があると主張した。しかし、それは国民には懐疑的に受け止められた(“Palin not well traveled outside US”; Boston Globe; September 3, 2008)。『CBSイブニング・ニュース』のケイティー・クーリック氏はこの点を問い質した(“New Sarah Palin Clip: Keeping An Eye On Putin”; CBS News; September 25, 2008)。ペイリン氏はアラスカがロシアによる対米攻撃で最初の標的になると強調した。それは全世界にあるアメリカの同盟国やその他の国々が求めていたものではなかった。当時、アメリカとロシアは東欧へのミサイル防衛システム配備、ウクライナの選挙、ジョージアの紛争をめぐり、互いに対立していた。明らかに、ペイリン氏はアメリカと同盟諸国の外交政策形成者達との問題意識の共有ができていなかった。

 

上記の事例に鑑みて、日本の政治家とオピニオン・リーダー達は、英語コンプレックスから脱却すべきである。今や21世紀で、我々は1970年代や80年代の思考様式から進化しなくてはならない。ともかく、そのことに深刻になり過ぎなくてもよいだろう。通常業務では欧米の指導者も内政で手一杯なことは、ペイリン氏の事例にも見られる通りである。しかしG7の議題でかなりの部分が割かれたものは、開発、エンパワーメント、公衆衛生など、国家同士の関係よりも個々の市民の生活の質と強く関連する課題も多い。よって、菅氏あるいは他の誰かが日本の首相であっても、普段から接している国内(domestic)問題とグローバルな問題を関連付けられれば、もう少し自身のある振る舞いもできるのではなかろうか。最後に、森氏は自らの家庭内(domestic)の問題に上手く対処する能力を国際公益のためには活用できず、残念としか言いようがない。

 

2021年7月12日

アジア人差別と日本人の国際問題意識

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一昨年12月に中国の武漢で発生したコロナ禍を機に欧米でのアジア人差別が激化した事態を受け、アメリカではバイデン政権が去る5月20日にコロナ反憎悪法案に署名した(”Here's What The New Hate Crimes Law Aims To Do As Attacks On Asian Americans Rise”; NPR; May 20, 2021)。だが我々はそれがパンデミックに対する不安よりも根深いものであることを忘れてはならない。その背景にはブレグジットやトランプ現象に見られるような、反グローバル化や国内の政治的分断がある。何と言っても、黒人、イスラム教徒、ユダヤ人、メキシコ人、その他難民などへの差別や暴力が激化している状況下で、日本人や他の東アジア諸国民には被害が及ばないということは考え難い。

 

これまでに当ブログにてロシアによる欧米極右への支援について再三にわたり述べてきた私の視点からすれば、やっと日本の言論界や一般国民がコロナ禍を契機に白人キリスト教ナショナリズムの脅威に目覚めたことは遅きに失したと思われる。欧州大西洋圏での極右ポピュリズムは東欧からイタリアを席巻し、やがては西側同盟の本丸である英米に及んだ。非常に奇妙なことに、こうした極右政治家の頭目とも言うべきプーチン、トランプ、ファラージ諸氏は実際にはレイシストではないと擁護する声もある。確かに彼らにも非白人、非キリスト教徒の友人もいるかも知れない。しかしある人物が内心ではどこまでレイシストなのかという内面の問題は、心理学者でもないとわかりにくい。むしろ政治観測および分析の観点からは、彼らに代表される極右政治家達が大衆の間に残るレイシズム感情を自分達の政治目的のために利用していることの悪質性に着目すべきである。

 

極右政治家が社会的分断と不安を煽って自分達の政治的目的を最大限に達成しようとしているとこは、周知の通りである。レイシズムは大衆扇動に「好都合な道具」に過ぎない。その典型例がロシアのウラジーミル・プーチン大統領で、ロシア正教会との伝統的な関係による国家統治とイスラム過激派に対する強硬姿勢は、欧米の白人キリスト教ナショナリストと文化的な親和性が非常に高い。そしてトランプ氏が落選してもなお、本年4月にセルゲイ・ラブロフ外相はアメリカでの白人に対する逆差別に懸念を表明して揺さぶりをかけている(”Russia Warns of Anti-White 'Aggression' in U.S.”; Moscow Times; April 1, 2021)。だが欧米における極右ポピュリズムは国内政治から台頭してきたもので、プーチン氏が作り上げたものではない。何と言ってもプーチン氏が欧米のホワイト・トラッシュに共感を抱くとは考え難い。クレムリンの欧米極右支援は、地政学とイデオロギーの双方で西側民主主義の内部分裂と弱体化を謀る非対称戦争である。

 

実際にプーチン氏は人種にもイデオロギーにも拘泥はしない。欧米では極右を支援しながら対米地政学の観点からラテン・アメリカではキューバやベネズエラ、中東ではバース党政権下のシリアといった社会主義国を支援している。また、イギリスのEU離脱投票では極右支援の投票介入を行ないながら、スコットランドの独立をめぐっては左翼を支援している。ここで銘記すべきことは、旧ソ連自体が世界の共産主義の指導的役割を自任しながらリベラル民主主義の弱体化のために欧米の極右も支援していたということである。プーチン氏はそうした政治工作で重要な役割を担った旧KGB出身である。

 

これに対しドナルド・トランプ前米大統領は国内政治に於いて世論の分断を煽って自分の岩盤支持層を高揚させるために、レイシズムを利用した。2016年の大統領選挙ではメキシコ人をはじめ、移民への差別感情を顕わにした。大統領就任後もシャーロッツビル暴動で白人至上主義者による暴力行為を非難しなかった。それどころか2020年大統領選挙の討論会ではレイシスト団体プラウド・ボーイズへの暴動扇動と受け取られかねない発言をし、司会を務めた保守系FOXニュースのクリス・ウォラス氏をも驚愕させた。さらに大統領退任を前にした1・6暴動への教唆はあまりに悪質だったので、ツイッター社はトランプ氏のアカウントを停止したほどである。ナイジェル・ファラージ氏がブレグジット運動を主導したUKIP(英国独立党)は後にレイシスト化、特に反イスラム化を強め、やがてはファラージ氏自身が離党するほどになった。国民の分断を煽る反グローバル主義の右翼政党の支持層とは、このようなものだ。

 

上記のような欧米極右の動向からすれば、コロナ禍がなくてもアジア人差別の爆発は必然的であった。非常に奇妙なことに、いわゆる「和製トランプ支持者」達はアジア人への攻撃は白人よりもむしろ黒人からなされていると言い張る。だがこれは社会的分断による人種間の憎悪感情激化が原因なので、彼らの主張には全く意味がない。日本人全体の傾向として、欧州大西洋圏についてブレグジットの経済的影響などビジネスに関する事柄には敏感だが、本題のように文化や宗教に安全保障問題まで複雑に絡み合った問題にはそこまでの関心を向けていない。いずれにせよアジア人差別の問題では、目先の事象に対する不安感から被害者意識で物事を考えてはならない。それでは白人労働者階級を中心とした、極右に魅せられた人達と同等の思考様式に陥ってしまうだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

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2021年5月11日

何がバイデン外交のレッドラインとなるのか?

 

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先の記事では、マックス・ブート氏が中東でのアメリカの国益へのイランの攻撃に対するバイデン氏のレッドラインについて有益な見解を述べたコラムを引用した (“Opinion: Biden actually has a strategy for the Middle East, not just a Twitter account”; Washington Post; February 27, 2021)。ジョー・バイデン大統領は妥協の達人ではあるが、妥協とはレッドラインが明確であってこそできるものである。バイデン氏にはバラク・オバマ氏とドナルド・トランプ氏のようなカリスマ性はないが、慶応大学の中山俊宏教授によると、バイデン氏は自らの職務を通常通りにプロフェッショナルなやり方で行なう大統領だということである(『「オバマやトランプと違って…」アメリカ人が過去最多得票でバイデンを大統領に選んだ理由』;文藝春秋;2021年1月21日)。

 

バイデン氏のカリスマ性なきプロフェッショナリズムは、バランスをとる能力とレッドラインを引く能力によるものと思われる。実際にオバマ氏とトランプ氏があまりにアマチュアなために、敵対勢力から重要な国益を守れなかったことも何度かあった。中でも前元大統領の両人ともシリアでは大きな過ちを犯した。2013年にはオバマ氏がバシャール・アル・アサド大統領による反政府勢力や非戦闘員への化学兵器攻撃に、反撃の空爆ができなかった(“The problem with Obama’s account of the Syrian red-line incident”; Washington Post; October 5, 2016)。トランプ氏には前任者を非難する資格など全くない。2018年にはテロとの戦いが終了したものと思い込んで、当地より米軍撤退をしてしまった。その結果、アメリカと長年にわたる同盟関係にあった現地クルド人勢力が見捨てられ、ペンタゴンから厳しい批判の声が挙がった(“Trump orders US troops out of Syria, declares victory over ISIS; senators slam action as mistake”; USA Today; December 19, 2018)。またフランスのエマニュエル・マクロン大統領は「我々が現在経験していることは、NATOの脳死である」という有名な一言を発した(“NATO alliance experiencing brain death, says Macron”; BBC News; 7 November, 2019)。その時以来シリアの安全保障は改善せず、トランプ氏が間違っていたことが明らかになった。

 

オバマ氏とトランプ氏の外交上の失敗に鑑みて、バイデン氏は世界各地でのアメリカの重要な国益を守るために、どのようにしてレッドラインを引くのだろうか?まずロシアを挙げるが、それはウラジーミル・プーチン大統領が世界のどの国の指導者にも増して、手段を選ばずに一線を越えてきたからである。本年3月のNIC報告書に記されたように、ロシアは2020年にもアメリカ大統領選挙に介入して共和党のドナルド・トランプ候補に肩入れした。明らかにロシアはレッドラインを越えてアメリカの本土を攻撃してきた。いわば、これは第二の9・11同時多発テロなのである。中国でさえ、そのような攻撃に訴えることには躊躇した。その報告書によるとプーチン氏はサイバー攻撃ばかりでなく、トランプ陣営の人物と接触も重ねた。

 

クレムリンはブレグジットとトランプ現象よりはるか以前からヨーロッパで選挙介入を行ない続け、西側のリベラル民主主義の正統性を損なおうとしてきたことを忘れてはならない。プーチン氏、トランプ氏、英国独立党のナイジェル・ファラージ氏らに代表される極右政治家は、ヨーロッパとアメリカの白人労働者階級の間にある怒りとレイシズムを利用して自分達の政治目的を達成してきた。ウクライナのジャーナリスト、アントン・シェコフツォフ氏は、ロシアによる欧米極右への支援はプーチン氏と彼を取り巻くシロビキの仲間達よりはるかに根深く、ソ連時代まで遡ると指摘する。嘆かわしいことに、日本と東アジア近隣諸国の人々は今頃になって欧米でのアジア人差別の高まりに懸念を顕わにしているが、それがロシアによる白人キリスト教ナショナリズムへの支援からすれば当然の帰結であるにもかかわらず、クレムリンが欧州大西洋圏で行なってきた政治工作の脅威についてほとんど無関心だった。

 

ロシアの攻撃への対応でバイデン氏は明確なレッドラインを引いている。NIC報告書の講評を機に、同盟国の支持も得てロシアへの制裁を強化した(“Biden administration imposes significant economic sanctions on Russia over cyberspying, efforts to influence presidential election”; Washington Post; April 16, 2021)。さらにバイデン氏がNATO同盟諸国の協力も得てプーチン氏に圧力をかけ、ウクライナとの国境地帯からロシア軍を撤退させたことは、トランプ時代のアメリカ・ファースト払拭を印象付けるに充分である(“Russia to Withdraw Troops From Ukraine Border, Crimea”; Moscow Times; April 22, 2021)。忘れてはならぬことは、オバマ政権ではロシアがクリミアに侵攻して併合まで行なった際にアメリカのレッドラインを守れなかったということである。トランプ政権はさらに悪かった。大統領自身がロシアの併合を認めたばかりか、プーチン氏とのヘルシンキ首脳会談では、あろうことか自らが当選した大統領選挙でのクレムリンの介入に関してはアメリカ側よりもロシア側の情報機関を信用するとまでのたまった。そのことトランプ氏が大統領の職責など全く理解していないことを露呈した。留意すべきは、イギリスのボリス・ジョンソン首相が自らの首相就任には有利に働いたにもかかわらず、ブレグジット投票でのロシアの介入を非難したことである。ジョンソン氏はイギリスのレッドラインを理解している。

 

ロシアと違い中国は選挙に介入しなかったが、この国はパックス・アメリカーナへの挑戦者の筆頭である。中国は東シナ海、南シナ海、台湾海峡周辺といった自国近隣の水域で独自のレッドラインを一方的に設定し、それは中華モンロー・ドクトリンとまで言われている。そうした中でアメリカはウイグルと香港の自由に関して国際的なルールと規範のレッドラインを敷いている。中国にとって、後者はアメリカ主導の本土攻撃に思えるかも知れない。実際に王維外相は日本に、米英EU加が新疆と香港での人権擁護を訴えるために形成した連合に入らないように要求した(“China tells Japan to stay out of Hong Kong, Xinjiang issues”; Straits Times; April 6, 2021)。また中国とアメリカは情報テクノロジーの覇権をめぐっても対立を深めている。

 

一連の対立に鑑みればロシアがトランプ氏を、イランがバイデン氏を支援して選挙介入をしてきたにもかかわらず、中国が2020年の選挙に介入を躊躇したことは特筆すべきことだ。イランと同様に中国もバイデン氏を支援してポピュリストのタカ派の弱体化を使用と考えてはいた。しかし中国もイランも民主党の大統領であればハト派であろうと夢想したりはしない。リアリストの中には、米中間には表の対立とは裏腹に水面下の関係があることを語る向きもある。中国とリベラル民主主義諸国との間でのそうした相互依存が語られる際に、この国に対する我々の脆弱性が注目されがちだが、その逆もあるのだ。

 

よってNIC報告書で中国について記された箇所を見てみたい。北京政府は国営メディアを通じてトランプ氏の外交政策やコロナ危機対策に対するネガティブ・プロパガンダを流しはしたが、それらは選挙を標的にしたものではない。押えておくべきことは、中国は選挙介入によってアメリカとの関係を致命的に悪化させるリスクを恐れたということだ。トランプ氏が当選していても、中国は関係改善の必要としていた。さらに重要なことに、アメリカの中国政策は超党派のものなので親中政権が登場する見込みはなかった。習近平氏は、プーチン氏が2016年に行なった選挙介入による米露関係の悪化から教訓を得ていた、そして中国はトランプ氏の単独行動主義の脅威を、イランほど切実には感じていなかったことにも留意すべきである。北京政府にとってアメリカを同盟国から孤立させられるトランプ氏は、ある意味ではバイデン氏より好都合でもあった。中国は地政学と価値観のレッドラインを描き替えようとしているが、それでもアメリカの最終的なレッドラインを犯そうとまでは考えていない。

 

バイデン氏はアメリカの外交政策を立て直しつつあるが、アフガニスタンに関する彼のレッドラインには疑問の余地がある。バイデン氏はトランプ氏の撤退計画の日程を後伸ばしにしているが、遅かれ早かれタリバンがカブールを奪還する可能性があるなら問題解決にはならない。その場合、アメリカが成し遂げたことは全て無駄になってしまう。孤立主義の有権者は左右に関係なくトランプ流の損益思考に陥りがちで、バイデン氏はそうした国民の意識を新たに方向づけてアメリカの国家安全保障上のレッドラインを守る必要がある。外交問題評議会のリチャード・ハース氏はアフガン政策には長期的な観点からの理解が必要で、特に重要なことはテロリストを相手にした明確な勝利よりも、現実的なコストで現地政府の敗北を回避することであると論評している。

 

さらにイギリスのトム・トゥーゲンダット下院議員は陸軍でのイラクとアフガニスタンの戦争経験者として、アメリカとNATOが少人数の軍事的プレゼンスさえ維持する意志もないと見れば、他の場所でも敵対勢力が勢いづくと主張している。

 

彼らの懸念はアメリカの国家安全保障関係者の間でも共有され、本年3月にSIGAR(アフガニスタン復興担当特別監察官)が出した報告書にもそれが反映されている。SIGAR報告書では、アフガニスタンが自前の財源で治安を維持できるほどの自立には程遠く、兵員撤退によりリスクが増大することが明言されている。昨年2月29日の米・タリバン合意より、ANDSF(アフガニスタン国防治安部隊)へのテロ攻撃は急増している。こうした事態にもかかわらず、現地の治安部隊を支援する米軍の兵員数も予算の金額も現在では抑えられている。さらに和平交渉の見通しが不透明なこともあり、アメリカが民政と軍事でのプレゼンスを低下させてしまえば安全保障環境は悪化し、それによって腐敗対策、公衆衛生を含めた社会経済開発、麻薬対策、そして女性の権利といったアメリカ主導の再建計画にも支障をきたすようになるだろう。

 

そのような治安の悪化と諸問題に鑑みて、SIGAR報告書ではアメリカと主要援助国が援助体制の構造改革と予算増額によって、諸計画の監督能力の向上を図るよう提言している。しかし、それによって力の真空の根本的な問題が解決するわけではない。バイデン氏はトランプ氏と同様に、長い戦争への厭戦気運に浸る有権者と危険な妥協に走っているように思われる。それではアフガニスタンに関するアメリカのレッドラインは脆弱になる。民主主義は納税者自身による統治に由来するが、逆説的なことに納税者は必ずしも公共の問題について責任感があるわけでも意識が高いわけでもない。時に納税者は自分達の狭い利益のために、国家や国際社会の公益を犠牲にしてしまうこともある。長年に渡って上院外交員会でのキャリアを積んだバイデン氏は、アメリカの外交指導者としてオバマ氏やトランプ氏よりもはるかにプロフェッショナルであるが、それでもなおアフガニスタンでの現大統領のレッドラインは再考を要する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2021年3月31日

バイデン外交に見られるバランス感覚

 

 

国際社会はジョセフ・バイデン大統領がアメリカをドナルド・トランプ氏のアメリカ・ファーストからどれほど脱却させられるかを注視している。今年の2月には外交政策に関する初の演説を国務省、続いてミュンヘン安全保障会議で行なった。学者や評論家達は演説内容の一言一句を検討しながら彼の外交政策の見通しを立てようとしている。そうした中で、バイデン氏の発言と行動を総合的な観点から比較する必要がある。

 

まずバイデン氏の演説を見てみたい。国務省での演説では、バイデン氏は一貫してロシア、中国、そして中東での反政府勢力および民族的マイノリティーの人権を擁護している。また、環境問題をはじめとする生活の質に関わるグローバルな問題も重要になっている。そうした中で中国に関しては、バイデン氏はアメリカ理想主義の道徳的な優位とリアリズムの地経学のバランスをとっている。ロシアに対しては事情が異なり、特にこの国がブレグジットやトランプ氏の当選を目論んでヨーロッパとアメリカで行なった選挙介入は問題視されている。国家情報会議が最近刊行した報告書によると、ロシアは2020年の大統領選挙でもハッキングや選挙運動陣営との準脈を通じ、トランプ氏を当選させようと選挙介入をしてきた。中国もそうした選挙介入を通じたトランプ陣営への中傷キャンペーンを考慮していたが、最終的にはそうした行為を控えたということだ(“Putin targeted people close to Trump in bid to influence 2020 election, U.S. intelligence says”; Washington Post; March 17, 2020)。そのように選挙介入の脅威が非常に大きくなった事態に鑑みてイギリスは長年に渡る核戦略を転換して核弾頭数を増強し、敵のサイバー攻撃に非対称的な報復を行なう方針を決定したほどである(“Boris Johnson warns Tories off cold war with China”; Times; March 16, 2021)。

 

続く2月19日のミュンヘン安全保障会議では、バイデン氏はアメリカがNATOの第5条を尊重し、域内とグローバルな安全保障での相互協力を進め、中国、インド太平洋の航行、そしてコロナ禍といった新たな課題にも取り組んでゆくと強調した。ヨーロッパ諸国はトランプ時代の孤立主義からの脱却の意向を歓迎しているが、ドイツとフランスのように緊密な対米関係よりも自国の戦略的自立性による環大西洋多国間主義を追求する動きもある(“Opinion: Message from Munich: Resilience is the foundation of trans-Atlantic security”; Deutsche Welle; 19 February, 2021)。そうした中でアジアではハーバード大学のジョセフ・ナイ教授が述べるように、習近平政権下の中国は地域安全保障と貿易において自己主張が過剰になっているが、アメリカとしても経済や環境問題での相互依存もあってこの国との関係を断ち切るわけにもゆかない。よってアメリカにとっては日本との強固な同盟関係がこれまで以上に重要になってくるということである(“Biden’s Asian Triangle”; Project Syndicate; February 4, 2021)。それが如実に示されたのが、先日の東京での2プラス2会談である。

 

外交問題評議会のリチャード・ハース会長によると、バイデン氏の外交政策の中核を成すものは国内の再建、同盟国との協調、外交交渉の積極活用、国際機関への参加、民主主義の普及である。しかしトランプ氏が残した国内のトラブルには1月6日の暴動をもたらした政治的分裂と人種差別ばかりかコロナ対策の失敗も重なり、そうした事柄がバイデン氏の外交政策の足を引っ張っている(“Whither US Foreign Policy?”; Project Syndicate; February 9, 2021およびこちら)。アメリカの対外関与に最も重大な制約となっているものは国内の有権者の意識であると、ブルッキングス研究所のロバート・ケーガン氏は述べている。アメリカ国民は自国の力を過小評価してしまい、超大国の責務を請け負うことには消極的である。これが典型的に表れているのが、イラクとアフガニスタンでの限定的な戦争への国民の厭戦気運である。彼らはアメリカが旧世界の政治的な駆け引きには関わらず、自国の経済的繁栄を追求できた時代への郷愁を感じている。しかし世界情勢への国民の意識は、国際的な危機の発生時には高まる。トランプ政権は素朴な反グローバル主義によって登場してアメリカ国際主義へのストレス・テストとなったが、国民も19世紀さながらの孤立主義が自国のためにならないことを理解しつつある。ケーガン氏は超大国のノブレス・オブリージュを満たすことがアメリカの重要な国益に適い、有権者はこのことを理解すべきだと強調している(“A Superpower, Like It or Not: Why Americans Must Accept Their Global Role”; Foreign Affairs; March/April 2021)。

 

そうした国内およびグローバルな制約にもかかわらず、イギリスのゴードン・ブラウン元首相は昨年11月9日に放映された『BBCブレックファスト』で古くからの友人としてバイデン氏のことを「妥協の達人」だと評した。バイデン氏の長年にわたる上院でのキャリアを通じ、彼のバランス感覚は大きな長所であった。オバマ政権の副大統領として、バイデン氏は2013年の予算紛争を解決して財政支出停止を回避させている。大統領として外交を取り仕切る現在、そうしたバランス能力が典型的に表れているのが、対サウジアラビア政策である。去る2月26日にはこれまで非公開だった国家情報長官室の報告書を公開し、ジャマル・カショギ氏の殺害にモハメド・ビン・サルマン(MBS)皇太子が関わっていることを知らしめた。バイデン氏はサウジアラビア国籍の76人にアメリカへの入国ビザ発給を拒否するカショギ禁止を科した一方で、人権団体やロン・ワイデン上院議員ら身内の民主党からの強い要請にもかかわらず皇太子には禁止を科さなかった。しかしトランプ政権がMBSと常に直接連絡を取り合っていたこととは違い、バイデン政権は彼とは事実上の最高指導者ではなく国防相としての職務上の権限の範囲内での連絡に留め、当面は二国間首脳会談にも招待しないことにしている(“FAQ: What Biden did — and didn’t do — after U.S. report on Khashoggi’s killing by Saudi agents”; Washington Post; February 28, 2021)。

 

トランプ政権のマイク・ポンペオ国務長官が掲げた「実用的なリアリズム」と対照的に、バイデン政権の外交チームでは人権の優先順位は高い。そうした中で外交問題評議会のマックス・ブート氏がサウジアラビアを“frenemy”と呼ぶように、単純に制裁を科しては中東の地政学でイランの立場を強化するだけになってしまう。ブート氏はバイデン流のバランスと妥協のやり方を簡潔に述べている。カショギ氏殺害の非難にとどまらず、バイデン政権はサウジアラビアがイエメンで行なっている戦争への軍事的な支援を停止した。ブート氏はさらに、バイデン氏はサウジアラビアの皇太子への制御を強めるとともに、域内でのイランの攻撃にはトランプ氏が自身の任期中にとったものよりも断固とした行動をとっていると評している。就任以来、サウジアラビア、レバノン、イラクにあるアメリカおよび同盟国の施設に対するイランからのミサイル、ロケット、ドローンによる攻撃への反応として、2月25日にバイデン氏はカタイブ・ヒズボラやカタイブ・サイード・アル・シュハダといったシリアにある親イラン民兵組織に大々的な空爆で打撃を与えた。そのようにして、イランに対してはバイデン政権として彼らと対話の意志はあるが、アメリカの国益に対するいかなる攻撃も容赦しないというレッド・ラインのメッセージを送ったのである (“Biden administration conducts strike on Iranian-linked fighters in Syria”; Washington post; February 26, 2021)。

 

他方でトランプ氏は2019年から2020年末までイランとフーシがサウジアラビアとイラクで行なった攻撃にそこまで断固とした対応はせず、ツイッターでの汚い罵詈雑言を相手に浴びせてイラン核合意(JCPOA)から離脱しただけだった。実際には、トランプ氏は2016年の大統領選挙公約の通り、イランとその代理勢力の封じ込めをサウジアラビアに丸投げしたも同然である(“Opinion: Biden actually has a strategy for the Middle East, not just a Twitter account”; Washington Post; February 27, 2021)。中東政策でバイデン氏が示したバランス感覚は対中外交にも、同様に対露外交でも鍵となるであろう。また全世界の同盟諸国や国内政治の当事者達と渡り合う際にも、現大統領は複雑に絡み合った利益の微妙なバランスをとってゆくであろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

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2021年1月 8日

アメリカは世界からの信頼をどのように回復すべきか?

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去る11月の大統領選挙は、アメリカ・ファーストを掲げたドナルド・トランプ氏の落選に終わった。外交政策は一般の有権者にとって優先事項ではなかったものの、トランプ氏の非リベラルでゼロサム志向、そして取引優先の孤立主義がきっぱりと拒絶されたのだ。しかし中道派のジョセフ・バイデン氏の当選は、世界の中でのアメリカの指導力の再強化への始めの一歩に過ぎない。大統領選挙に先んじて、レーガン政権期のジョージ・シュルツ元国務長官は国際社会からアメリカ外交に対する信頼を醸成するための指針を示している。最も重要なことにシュルツ氏はレーガン・ゴルバチョフ間のやり取りと現在のゼロサム外交との比較を通じ、外交における信頼の意味を模索している(“On Trust”; Foreign Service Journal; November 2020)。元長官は特定の大統領への批判は控えているものの、『ワシントン・ポスト』紙はその論文をトランプ政権への批判を暗示したものと受け止めている。

 

まずシュルツ氏は信頼に関して、個人的な友情と政府間の関係を明確に区別している。国家間の関係において信頼とは誠実性以上のもので、合意内容の実施に尽くすだけの意志が不可欠である。元長官はレーガン政権がソ連のミハイル・ゴルバチョフ議長も核兵器に関する懸念を共有し、共通の目的を引き受けて相互の合意を実施するうえで信頼に足る人物であることがわかった時を述懐している。『ワシントン・ポスト』紙の編集部はシュルツ氏が「この4年間はアメリカの対外関係はゼロサムのゲームであり、しかもそうしたゲームが各国指導者との個人的な関係に基づくと考えるような政権が外交を取り仕切り、それが国際的な不信感を高めている」と記した一文への注目を呼び掛けている(George Shultz, elder statesman, laments distrust of U.S. abroad under Trump administration”; Washington Post; October 31, 2020)のは、それによって意思決定のプロセスが一貫性を持てなくなり、政府が外交政策を実施する能力が制約されるようになったためである。大統領による突発的なツイッター投稿で事態はさらに悪化してしまった。

 

国際システムの変遷が経済、テクノロジー、パンデミックといった新たな課題によってもたらされたことに鑑みて、シュルツ氏はアメリカには巧みな外交とビジョンのあるリーダーシップを駆使して影響力を維持し、「自由で開かれた」世界を作り上げる必要があると主張する。さらにアメリカには歴史を自らの価値観と国益に適合させることが容易になるような戦略的思考が必要だとも述べている。しかし今のアメリカは外交努力に尽力するよりも軍事的脅迫に頼り、中国とロシアに対する第二次冷戦が近づく中で全世界的に反米感情を高めている有り様だ。

 

ジョセフ・バイデン氏は世界からの信頼をどのように再構築してゆくのだろうか? 国際世論はトランピズムには不満を抱いているが、バイデン氏の外交政策での優先課題が自分達の死活的利益と適合するかどうかを慎重に見極めようとしている。ヨーロッパ諸国と違ってアジア諸国は目の前にある中国の脅威を、気候変動、民主主義、人権などよりもはるかに重大な課題と受け止めている。バイデン氏が世界にどのようなビジョンを抱いているのか、彼自身の言葉から見てみよう(Why America Must Lead Again”; Foreign Affairs; March/April, 2020)。この論文の冒頭で、バイデン氏は高らかにトランプ流の孤立主義を打ち捨ててアメリカの指導力を回復し、中国やロシアなどの挑戦者を牽制すると謳い上げている。その論文から印象付けられることは、バイデン氏は自らの外交政策で地球温暖化、大量移民、パンデミックといった市民の健全な生活に関するグローバル問題を優先課題としているということだ。またトランプ氏が蔑視した民主主義の拡大についても、アメリカ外交の重要課題であると再確認している。これはアメリカと国際社会、中でもヨーロッパ同盟諸国との信頼の再構築には好ましいことである。

 

しかしそうした高尚な政策課題は多くのアジアおよび湾岸アラブ諸国にとって「贅沢」なもので、それぞれが中国やイランと予断を許さない地政学的な衝突で対峙する最前線にある現状ではあまり顧みられるものではない。バイデン氏の多国間主義や国際協調は、たとえトランプ氏の強硬姿勢がリアリティー・ショー並みでジョン・ボルトン氏から厳しく批判される代物であっても、こうした国々の敵国に対して妥協的に思われてしまう。またバイデン氏がアメリカの指導力回復を掲げようとも、実際には引き続き内政問題に忙殺されるとの懸念も根強い。実際に次期大統領は国内の民主主義再建を優先度の高い課題に挙げている。しかしそれを内政志向だととらえることはあまりに単純で、専制的な競争相手国はアメリカ国内での政治的な分裂を利用して世界の中での民主主義の理念を弱体化させようとしている。中でもロシアのウラジーミル・プーチン大統領は欧米諸国民への情報攪乱と極右への支援によって西欧リベラリズムの信頼を失墜させ、大西洋同盟の弱体化を謀っている。次期大統領が掲げる「中産階級のための外交政策」に関しては、米国民の生活の質を中国から守るために経済とテクノロジーの分野で妥協なき競争をしてゆくことが意図されている。よって、バイデン氏の外交政策をオバマ前大統領流の「国内再建」優先のハト派路線と同一視することは性急である。

 

バイデン氏の外交政策をさらに理解するために、次期政権の国務長官に指名されたアンソニー・ブリンケン氏とロバート・ケーガン氏が先の選挙の一年前に共同で寄稿した、トランプ氏のアメリカ・ファーストによって外交当局による予防外交と抑止の取り組みが水泡に帰してしまうと主張した論文を見てみよう(”‘America First’ is only making the world worse. Here’s a better approach.”; Washington Post; January 2, 2019)。アメリカの外交当局は、インドとパキスタン、イスラエルとアラブ諸国、中国と日本など地域大国同士の戦争を抑止し続けている。予防と抑止とは反対に、トランプ氏は特にロシアのクリミア併合に見られるような戦略的競合国の勢力範囲を認めてしまい、大国間の地政学的な競争にさらに拍車をかけてしまった。両専門家が言うように、アメリカの有権者は「適切な権限を与えられればアメリカの外交当局は数兆ドルの予算節約と数千人の人命救済ができるが、さもなければまだ危機が対処可能な段階で問題を見過ごして後で高くついてしまうことになるだろう」ということを知っておくべきである。ブリンケン氏とケーガン氏が主張する外交ならば、アメリカが国際世論からの信頼を回復するために一役買えるであろう。

 

最後にアメリカと国際社会の信頼関係は、相手が友好国であれ対立国であれ相互で成り立つものだということを銘記すべきである。アナス・フォー・ラスムセン元NATO事務総長はヨーロッパからの視点として、アメリカは民主主義世界への関与を再保証する必要があるとする一方で、ヨーロッパ同盟諸国は国際安全保障での責任をもっと積極的に引き受け、アメリカの有権者の左右双方にある被害者意識からの孤立主義の気運を刺激しないようにすべきだと語っている(“A New Way to Lead the Free World”; Wall Street Journal; December 15, 2020)。シュルツ氏が自身の論文で掲げる信頼の概念は、アメリカと全世界の同盟国の双方にとって重要である。またトランプ氏が品性に欠ける発言をし続けたために、アメリカにとって最も重要なパートナーとなる国々との信頼が損なわれたことも忘れてはならない。嘆かわしいことにトランプ・リパブリカンの人達はこれをスタイル問題に過ぎないと言って軽視している。彼らはレーガン・リパブリカンのシュルツ氏とは全く対照的で、驚くほど無知である。

 

 

 

 

 

 

 

 

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2020年11月 4日

米大統領選挙と日本の外交方針

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毎回のように、アメリカの大統領選挙の際には日本の有識者から一般の人々の間では「日本にとって有利なのはどちらの候補か?」という議論が繰り広げられる。そして全世界に広がる同盟国の中で、ヨーロッパ諸国などの「他国を押し退けてでも」アメリカの注意を日本に引き付けたいという意見も散見する。しかし日本という国が、そうした国際政治上のゼロ・サム的な駆け引きが得意とは思えない。戦前に於いては日英同盟でパックス・ブリタニカの一翼を担っていた時期には日本の国際的な立場は安定していたが、同盟関係の解消で「自主独立」のゼロ・サム外交による国益追求には失敗している。戦後はパックス・アメリカーナによる安全保障の傘の下、吉田ドクトリンを掲げて相手国の政治体制を問わずに経済関係の発展と相互友好に務めた。こうした歴史的背景からすれば、日本には国家同士の抗争を勝ち抜くよりも普遍的な原理原則の下で自国の繁栄と安寧を求める方が合っているように思われる。

 

日本人の間では特に右派を中心に、たとえアメリカと他の同盟国との関係が悪化しようとも中国に「強硬」なトランプ政権の継続が望ましいとの意見が根強い。だが彼らの「願望」とは裏腹に、実は中国にとって現政権の方が好都合であるとの指摘も日本の識者から挙がっている。いずれもトランプ外交の根本的な問題と関わっている。筑波大学の遠藤誉名誉教授は、トランプ政権登場によってアメリカの民主主義の信頼性が損なわれたことは、内政および外交に於ける習近平政権の立場を大いに有利にしたと述べている。言うならば、マイク・ポンペオ国務長官がニクソン図書館演説で誇らしげに打ち上げた米中イデオロギー戦争で、アメリカの優位は損なわれたということだ。遠藤教授はさらに、アメリカが国際的な合意から次々に離脱してくれるお陰で、中国が世界の中での影響力を増大させる好機をもたらしたとも主張する(『中国はトランプ再選を願っている』;ニューズウィーク・ジャパン;2020年10月24日)。

 

いずれの論点も国際政治の基本的な理解があれば、誰でも納得できる。それを裏付けするかのように、ブルームバーグ・ニュースのマーク・チャンピオン氏はドナルド・トランプ大統領が落選して困るのは習近平主席の他に、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領、北朝鮮のキム・ジョンウン最高指導者、サウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン皇太子、トルコのレジェップ・エルドアン大統領らの独裁者であるとの分析を述べている(”Defeat for Trump Would Mean Some Other World Leaders Also Lose Out”; Bloomberg News; October 20, 2020)。

 

それに対して民主党のバイデン政権では中国に対して弱腰になるのではないかという懸念は、アメリカ国内よりも日本の保守派の間で挙がっているように思われる。しかし斎藤彰元読売新聞アメリカ総局長は、ジョセフ・バイデン元副大統領の方が人権、気候変動の問題をめぐってより強硬になるばかりか、同盟国の動員による対中包囲網も巧みになるだろうと、中国は警戒していると述べている。さらに、バイデン政権の国防長官にはミシェル・フローノイ元国防次官やタミー・ダックワース上院議員といった対中タカ派の名が挙がっている(『中国が警戒する「バイデン政権」の外交・安全保障政策』;Wedge2020年10月26日)。少なくともバイデン政権の登場によってアメリカの対中政策が軟化するという見通しは正しくない。我々は、オバマ政権でさえG2路線から対中外交政策を修正していった事を忘れてはならない。

 

そもそも日本の右翼はドナルド・トランプ現大統領を異様に熱心に支持しているが、彼らは「反中」というだけでアメリカの保守派とは価値観の共有などほとんどない。しかも彼らは国家主義者で歴史修正主義者である。これに対してレッド・ステートの有権者達は政府の介入を忌避し、第二次世界大戦に於ける「アメリカの正義」を一点の曇りもなく信じ込んでいる。両者に共通するものは中国への嫌悪感だけと言っても過言ではない。これほど価値観に隔たりのある両者の連帯は考えられない。さらに言えば、国粋主義者の彼らは本質的に反米である。

 

日本が親トランプでゼロ・サム志向の外交を展開して失敗した顕著な例はロシアである。トランプ政権はクレムリンによる反対派の政治家やジャーナリストへの抑圧には強く抗議しないばかりか、クリミア併合も黙認してしまった。こうした米露宥和こそ北方領土返還交渉の好機だとの声が日本の政界で挙がっていた。しかしトランプ氏がどれほど「親露」であろうとも、国家間の関係は首脳間の個人的関係では動かない。日本国際フォーラムの袴田茂樹評議員が本欄の9月16、17日および10月20、21日付けの寄稿で記されているように、アメリカの同盟国である日本への領土返還ではロシアの安全保障を脅かすだけになるとのことで、プーチン政権は安倍政権の要求を拒否した。これは日本がヨーロッパ方面でのロシアと欧米の対立など自国には無関係だとばかりに、ゼロ・サム志向で良いとこ取りをはかっての失敗である。まさに戦前に「欧州情勢は複雑怪奇」との声明を出した平沼騏一郎首相さながらである。

 

これまで述べたようにゼロ・サム外交を不得手とする日本にとって、トランプ政権の継続となってしまうと防衛負担の交渉で不利な立場に立たされかねない。何と言っても、ドイツからの米軍撤退を国防総省、EUCOM、NATO諸国にも相談せずに一方的にやってしまうのがトランプ政権である。そして今回の米大統領選挙に限ったことではないが、日本人の間で日米関係や諸外国との関係を議論する際には相手国での「日本と関係の深い政治家」に過大な期待が持たれがちに思える。そのような期待が裏切られた典型例はアメリカ現政権のウィルバー・ロス商務長官だが、彼はトランプ大統領のイエスマンに過ぎない。そのような人物からゼロ・サム的に日本の国益を掠め取ろうというさもしい考え方はよろしくない。それよりも相手の国や政治家の理念や体制の性質を吟味し、それを普遍的な国際公益に照合して日本の行動方針を決めた方が良いだろう。先に述べた対露外交では、欧米諸国はプーチン政権の性質を念頭に政策を作成しているが、安倍政権は相手政権の性質をほとんど顧みずに失敗した。忘れてはならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

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2020年9月18日

ポンペオ長官が唱える自由と民主主義は信用できない

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ヨーロッパ人とは異なり、日本人でも特に右派の間ではマイク・ポンペオ国務長官が唱えるウイグルと香港の自由が称賛されている。考えてみればそれは奇妙なことで、というのも日本人の中でも右派は必ずしもパックス・アメリカーナには満足していないからである。むしろ彼らは戦後の世界秩序に対して、リビジョニストの観点から異議を唱えている。しかしナショナリストから穏健な一般国民まで、日本人が中国の脅威と国際的なルールと規範に対する北京政府の反抗的な姿勢には懸念を強めていることは否定できない。地政学的に言えば、アジアにはアジア太平洋地域には信頼できる多国間の安全保障枠組がない。だからと言って、単なる反中感情からポンペオ氏を自由の救世主と崇めることは馬鹿げている。

 

去る7月23日にポンペオ氏がニクソン図書館で行なった演説には世界中からの注目が集まっているが、これに対しては専門家の評価はきわめて低い。リチャード・ハース氏はポンペオ氏による冷戦以来のアメリカの中国政策への批判からは、彼にはニクソン・キッシンジャー流の地政学への理解が根本的に欠如していることがうかがえると評している (“What Mike Pompeo doesn’t understand about China, Richard Nixon and U.S. foreign policy”; Washington Post; July 26, 2020)。ブルッキングス研究所のトマス・ライト氏はさらに、トランプのアメリカが行なう中国とのイデオロギー戦争は間違いだらけだと批判している。ポンペオ氏は世界が開かれて自由な民主主義体制にあるアメリカと、マルクス・レーニン主義の専制体制にある中国との衝突状態にあると述べた。しかしトランプ政権はリベラルでルールに則った世界秩序を破壊しながら、中国と同様に強圧的な大国による小国の搾取が可能となる支配従属的な国際システムを追求している。さらに問題となることは、トランプ氏とポンペオ氏は他の国での人権問題はそれほど非難せず、そのうえフリーダム・ハウスによると、彼らが政権の座にある間にアメリカの民主主義は年々劣化しているということだ。それではポンペオ氏の有志連合の正当性は低下するばかりである(“Pompeo’s surreal speech on China”; Brookings Institution; July 27, 2020)。よってセンター・フォー・ザ・ナショナルインタレストのポール・ソーンダース氏は、ニクソン図書館での演説はトランプ氏のための選挙運動に過ぎないとまで揶揄している (“Responding to Chinese and Russian Disinformation”; Tokyo Foundation; July 29, 2020).

 

ともかく、上記の専門家は一致してポンペオ氏による同盟国への激しい口調を批判し、それでは中国に対する自由諸国連合という彼の考えとは全く相容れないとしている。冷戦たけなわの時期から、歴代のアメリカ大統領は同盟国に防衛での負担分担を求め続けてきた。よってアメリカの国務長官が同盟国に対し、中国のような敵国に断固とした態度をとるように促すことは特に変わったことでもない。しかしポンペオ氏が演説の中でNATO同盟国を大々的に批判したことは前例のないことであり、有志連合の構築には役立たないと思われる。むしろ米欧間の亀裂をさらに深めるであろう。

 

ポンペオ氏はイランにも矛先を向けている。昨年12月、彼はこの国の宗教的少数派への抑圧を非難した(“Human Rights and the Iranian Regime”; Department of State; December 18, 2019)。しかし彼がイランの自由と民主主義にどれほど関与するかは疑わしい。アメリカン・エンタープライズ研究所のケネス・ポラック氏は、イスラエルとアラブ首長国連邦の国交正常化は外交上の画期的な成果ではないと評している。彼の視点では、これはイラクとアフガニスタンでも見られた通り、トランプ政権による中東からの戦略的撤退と軌を一にしている。そうなってしまえば、イスラエルとアラブ首長国連邦のみならず他のアラブ諸国もイランに対する力の真空を自分達で埋めねばならなくなるであろう (“Israeli-Emirati normalization: Be careful what you wish for”; AEIdeas; August 13, 2020)。トランプ氏は一期目の選挙運動で、サウジアラビアとその他の湾岸諸国に対してイランに対しては核武装して自国を促したほどであることを忘れてはならない。

 

イデオロギー戦争でのそうした一貫性の欠如は、ポンペオ氏の民主主義と人権に関する見解に由来する。ロバート・ケーガン氏が主張する("The Strongmen Strike Back"; Brookings institution), ように、彼はこれらの単語を自然法と普遍的リベラリズムというロック流の観点ではなく、ナショナリズムというハゾニー流の観点から理解している。この考え方は西側同盟国のリベラル民主主義よりも、むしろプーチンのロシアで権威主義的な伝統主義による統治の強化の邁進を謀っているウラジスラフ・スルコフ氏が主張する主権民主主義と軌を一にしている。日本の右翼はポンペオ氏とはナショナリストそしてリビジョニストという共通の絆を本能的に感じているものと思われる。そのことは彼の有志連合には信頼性がなく、ジョン・マケイン氏が普遍的な価値観に基づいて作り上げようとしたものとは比べ物にならない。

 

非常に問題視すべきは、民主体制と専制体制についてのポンペオ氏の定義はフェアではなく、彼自身の独特な地政学に基づいている。本年3月に国務省が“2019 Country Reports on Human Rights and Practices”を刊行した際に、ポンぺオ氏は自身の演説で市民の自由への最悪の侵害国として中国、キューバ、イラン、ベネズエラを名指ししながら、他にも報告書に記載されていたロシア、トルコ、北朝鮮などには言及しなかった。彼のアンフェアな言動によって、アメリカの外交官集団と彼自身の間に深い亀裂があることが露呈した(“Critics Hear Political Tone as Pompeo Calls Out Diplomatic Rivals Over Human Rights”; New York Times; March 11, 2020)。さらに、トランプ政権はアレクセイ・ナワルヌイ氏への毒殺未遂にも沈黙を貫き、ドイツのように迅速に対応してクレムリンを非難するにはいたらない(Nicholas Burns; Twitter; August 25, 2020)。マイケル・マクフォール氏はさらにロナルド・レーガン氏以来の歴代大統領はロシア訪問時にはクレムリンと反体制派双方の指導者に敬意を示してきたと指摘する。しかしトランプ氏とポンペオ氏はノビチョク毒攻撃には何も言わぬままである(“A Russian dissident is fighting for his life. Where is the U.S.?”; Washington Post; August 21, 2020)。同様に、ポンペオ氏は2018年にサウジアラビアが行なったジャマル・カショギ氏の殺害も非難しなかった。

 

一連のアンフェアな言動の他にも、ポンペオ氏の行動にまつわる倫理的な問題をさらに見てゆく必要がある。マックス・ブート氏が述べるように、ジェームズ・マティス国防長官をはじめとする「政権内の大人」達が退任してからというもの、ポンペオ氏はトランプ政権のイエスマンのリーダーとなった(“Trump relies on grifters and misfits. Biden is bringing the A Team”; Washington Post; August 23, 2020)。それが典型的に表れた一件がエルサレムからの共和党全国大会へのテレビ中継参加で、リチャード・ハース氏からデービッド・ロスコフ氏にいたるまでのオピニオン・リーダー達は、トランプ氏の選挙運動のために福音派の歓心を買おうと、外交を政局化したと厳しく批判した。このような観点から、『ワシントン・ポスト』紙のジャクソン・ディール副編集長は、ポンペオ氏を最悪の国務長官だと論じている。すなわち、ポンペオ氏が職務規範への侵害を繰り返すために外交官集団の士気は史上最低にまで落ち込んでいる。中でもサウジアラビアに勝手に武器輸出を行ない、その後に監察官を解任した一件が目をひく(“Mike Pompeo is the worst secretary of state in history”; Washington Post; August 31, 2020)。こうしたやり方で、彼はアメリカ国内での民主主義を劣化させているのだ!

 

結論として言えばジョン・ボルトン氏が回顧録に記したように、トランプ大統領が中国と貿易合意にいたれば、ポンペオ氏は自由と民主主義と言った自らの主張をあっさりと引っ込めかねない。よって、彼が掲げる大義など無批判的に信頼しない方が良い。他方で我々は「ディープ・ステート」とは緊密に連絡を取り、「アメリカの真の意志」が何かを理解すべきである。そうなれば、同盟国は自国とアメリカの政策調整をどのように進めるべきかを模索できる。アメリカ人でさえマイク・ポンペオという人物の扱いには難渋していることもあり、トランプ政権が続く限りは外交上のやり取りは難儀を極める状態にとどまるであろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

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2020年7月 8日

ドイツからの米軍撤退による最悪の事態

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ドナルド・トランプ大統領は6月に入ってドイツから9,500人の兵員を引き上げると唐突に表明し、米独両国の国家安全保障担当者達を困惑させた。留意すべき点は, 海外からの米軍撤退というトランプ氏のあきれ果てた選挙公約はこけ脅しではなく本気だということだ。今回が初めてではない。昨年秋にはテロとの戦いでアメリカの重要な同盟相手であったシリアのクルド人を見捨てた。今や自らの任期を終えようとしているトランプ氏は、アメリカ・ファーストの選挙公約の中核となる政策をヨーロッパで実行に移している。

リチャード・ハース氏が述べるように、トランプ氏の外交政策は「撤退ドクトリン」に基づいている。TPP、パリ協定、イラン核合意、その他の軍備管理合意といった多国間合意からアメリカを離脱させている。またシリアとアフガニスタンの安全保障への関与を放棄している(“Trump’s foreign policy doctrine? The Withdrawal Doctrine”; Washington Post; May 28, 2020)。そして今やドイツでの米軍のプレゼンスを削減しようとしている。私はトランプ氏のアメリカ・ファーストは国際世論に恐怖と不安と不快感をもたらすということで、オバマ氏のネイションビルディング・アット・ホームの劣化版だと見なしている。

そうした世界観に従い、トランプ政権はドイツに悪意のある仕打ちをしている。マイク・ペンス副大統領のような閣僚からヘリテージ財団のヤクーブ・グリジール氏やヒルズデール大学のマイケル・アントン氏のようなナショナリストの学者にいたるまで、親トランプ保守派はドイツが利己的に同盟にただ乗りし、EUを利用して彼らが要求する主権国家による二国間主義を受け入れようとしないと非難している(”Trump treats Germany like “America’s worst ally”; Brookings Institution—Order from Chaos; May9, 2019)。さらに最近退任したリチャード・グレネル前大使は「ドイツの継続的な貿易黒字に相応する報復措置として、米軍の撤退は有り得る」という間違った認識を述べていた(“Trump ‘to withdraw thousands of US soldiers from Germany by end 2020”; Local; 6 June, 2020)。 トランプ大統領の唐突な米軍撤退には、彼自身が主催するG7の7月出席をアンゲラ・メルケル首相が見合わせたことへの個人的な報復だっだとする情報筋さえある。ジョセフ・バイデン前副大統領の国家安全保障顧問を務めたドイツ・マーシャル基金のジュリアン・スミス氏は、そうしたやり方はアメリカの国益を損なうと評している(Twitter; @Julie_C_Smith; June 6)。まさにその通りで、トランプ氏のやり方は利益相反である。

非常に問題視すべきは、トランプ氏が国防総省にもEUCOM(アメリカ欧州軍)にも相談せずにこの決定を行なったことである。しかしグレネル氏はこれを否定し、トランプ大統領が昨年から準備をしてきたと言う(“National security officials unaware of Trump's decision to cut troops in Germany: report”; Hill; June 9, 2020)。こうしたプロセスはこの政権の本質的な危険性を示すもので、国家安全保障上の重要な決定が大統領と彼自身への個人的な忠誠派だけでなされている。グレネル氏には軍事的な専門知識もないので、具体的にどの部隊を撤退させるかも決められない。米欧双方の安全保障の専門家達は、トランプ氏のやることはヨーロッパの地政学で「メイク・ロシア・グレート・アゲイン」に向かうだけだと懸念している(“Real or Not, Trump’s Germany Withdrawal Helps Putin”; Chatham House Expert Comment; 8 June, 2020)。真の問題は、トランプ氏が自身の再選運動を外交より優先させていることである。彼の孤立主義的な支持基盤は、同盟国にもとられる強制的な交渉スタイルを素晴らしき「アート・オブ・ザ・ディール」と見なし、それがアメリカ外交に酷い結果をもたらそうとも気にも留めない(“Opinion: Trump is playing election games with US troops in Germany”; Deutsche Welle; 7 June, 2020)。

アメリカの国防政策に携わる者達には、ドイツはヨーロッパ、アフリカ、中東での戦略的なハブである。だからこそ、この国では大規模な米軍のプレゼンスが維持されている。そうした基地の中でもシュトゥットガルトにはEUCOMとAFRICOM(アメリカ・アフリカ軍)の司令部があり、ラムシュタインには米空軍のヨーロッパおよびアフリカの司令部、NATO欧州連合軍最高司令部の連合空軍司令部、そしてイラクとアフガニスタンでの負傷兵の治療に当たったラントシュトゥール地域医療センターがある。アフガニスタンでもそう(“The Aftermath Plan for Afghanistan”; National Interest; June 6, 2020)だが、トランプ氏は必要時にはすぐにでもドイツに米軍を送り込めると思っている。しかし軍事的な観点からは、このような動力的能力運用は空軍には比較的容易だが陸軍と海軍はそうはゆかない(“The German Drawdown Debacle”; American Interest; June 10, 2020)。

最後に地政学的な影響も考慮する必要がある。ロバート・ケーガン氏は米軍撤退による力の真空で、ヨーロッパでのドイツ問題が再浮上してくると指摘する。すなわち、域内でも最大の経済力と人口を誇るドイツは近隣諸国を圧倒するようになり、20世紀初頭に見られたようにヨーロッパの勢力均衡を不安定化させかねない(“Interview with Robert Kagan: Permanence of Liberal Democracy 'Is an Illusion'”; Spiegel International; 8 November, 2019)。イギリスのマーガレット・サッチャー首相(当時)も冷戦後のドイツ再統一の際に同様な懸念を強く訴えていた。

 

ドイツ問題はグローバルな安全保障にもより広範な影響を及ぼしている。ドイツと同様に、トランプ大統領は日本と韓国にも自国内に駐留する米軍への経費をもっと払うように要求し続けている(“From Germany to Japan, Trump seeks huge premium from allies hosting US troops”; Straits Times; March 8, 2019)。カーネギー国際平和財団のジェームズ・ショフ氏によると、トランプ氏はドイツのように多国間の安全保障枠組を振りかざさない日本にはより好意的に対処している。よって、ジョン・ボルトン前国家安全保障担当補佐官の回顧録に記された支払いをめぐる執拗な圧力については、そこまで深刻ではないと言う (“U.S. demanded Japan pay $8 bil. annually for troops: Bolton”; Kyodo News; June 22, 2020 and “Bolton memoir raises concern over Japan alliance if Trump re-elected”; Mainichi Shinbun; June 24, 2020)。にもかかわらず、トランプ氏は経費負担と兵員撤退をめぐる特異な選挙公約には、実現性の如何を問わずに固執している。この政権が二期目を務めるような事態に陥れば、全世界をめぐるアメリカの同盟ネットワークには致命的な被害となるであろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

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2020年4月25日

ロシアの憲法修正と外交政策

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ロシアの下院と憲法裁判所は3月にウラジーミル・プーチン大統領による憲法修正を承認した(“Russian Lawmakers Adopt Putin’s Sweeping Constitutional Amendments”; Moscow Times; March 11, 2020および“Russia's constitutional court clears proposal to let Putin stay in power beyond term limits”; ABC News; 17 March, 2020)。多くの注意が向けられているのは、修正によってプーチン大統領の人気と地位がどうなるのかである。しかし私はそこから進んで、この修正がロシアの外交政策にどのような影響をもらすのかに言及したい。プーチン氏のナショナリスト外交は、国内政治でのロシア正教会との双頭支配という伝統主義と相互に関わり合っている。私はプーチン氏が今回の修正を通じて、世界の中でのロシアのプレゼンスをどのように高めようとしているのかを述べてみたい。

 

まず欧米の極右とのイデオロギー的な共鳴について記したい。ポスト・ソビエト時代の混乱の経験から、プーチン氏は欧米リベラリズムがロシアに突き付ける社会文化および地政学上の挑戦を強く警戒するようになった。プーチン氏がロシア正教伝統主義への回帰によってそうした政治的アノミーを克服しようとしていることは、同じようにリベラルなグローバル化を快く思わないヨーロッパと北アメリカの白人キリスト教ナショナリスト達からも喝采されている。彼らはソ連後のロシアとはキリスト教の伝統を共有していると信じている。きわめて重要なことにプーチン氏の憲法修正案ではロシア正教の価値観に基づき、神への信仰と異性間の結婚が明記されている(“Russia's Putin wants traditional marriage and God in constitution”; BBC News; 3 March,2020)。しかしそれは近代国民国家の原則、すなわち政教分離に対する完全な侵害である。基本的にそれは学校教育において進化論よりも聖書の天地創造論を教えるようにという、アメリカのキリスト教右派の主張と表裏一体である。

 

プーチン氏が掲げる帝政時代以来のキリスト教的価値観は、コロナ禍発生からほどなくして実行に移された。ロシアはイタリアに大々的なコロナ援助を行なっている。クレムリンはこの機をとらえて、この国への影響力拡大を謀っている。地政学的に、イタリアは冷戦期からNATOの「柔らかい下腹部」であった。当時のイタリア共産党は西ヨーロッパ最大で、イタリアという国も石油の輸入や現地自動車工場建設を通じてソ連とは緊密な経済関係にあった。ソ連崩壊後も、そうした強固な関係は続いている。極右であれ極左であれ、イタリアのポピュリスト達はヨーロッパでのガバナンスの透明性に対する厳しい基準に不満を抱き続けてきたため、EUの友好国や諸機関よりもロシアや中国の方を嬉々として受け容れている(“With Friends Like These: The Kremlin’s Far-Right and Populist Connections in Italy and Austria”; Carnegie Endowment for International Peace; February 27, 2020)。

 

特に北部ではロンバルディア・ロシア文化協会に対し、ロシアのキリスト教極右でWCF(世界家族会議)やNRAといったアメリカの右翼団体と深い関係にあるアレクセイ・コモフ氏が支援を行ない、ロシアの影響力が浸透している(“A major Russian financing scandal connects to America’s Christian fundamentalists”; Think Progress; July 12, 2019)。クレムリンと歩調を合わせるかのように、ハンガリーのビクトル・オルバン首相はコロナ危機を好機にとらえて議会を停止し、自らの独裁的権限をさらに強化している(“Orbán Exploits Coronavirus Pandemic to Destroy Hungary’s Democracy”; Carnegie Endowment --- Strategic Europe; March 31, 2020)。プーチン政権のロシアとヨーロッパの極右によるそうした一連の行動からすると、コロナ禍の発生によって国際政治の枠組の完全な変化よりもむしろ、事件以前のパワー・ゲームが加速している。

 

さらに目下の修正案は国際的な規範に異を唱えるものである。それには国際法に対する国内法の優位が記されている。実際にはロシアは2008年のジョージア侵攻、2014年のクリミア併合、自国内での頻繁な人権侵害など、国際法を侵害してきた。クレムリンは2012年にWTO加盟を果たしたものの、貿易の自由化には積極的でなかった。しかしこ今回の修正案はプーチン大統領の国内での支持者に対し、ロシアは欧米に対して断固と立ちはだかるという明確なメッセージとなっている(“Russian law will trump international law. So what?”; AEIdeas; January 16, 2020)。プーチン案には領土不割譲も記され、それによってロシアの近隣諸国、中でも日本とウクライナとの関係は複雑なものになるであろう(“Putin wants constitutional ban on Russia handing land to foreign powers”; Reuters; March 3, 2020)。

 

これら一連の修正項目は、プーチン氏の最も緊密な側近であるウラジスラフ・スルコフ氏が提唱する主権民主主義に基づく可能性が非常に高い。このイデオロギーの基本的な考え方は、ロシアの民主主義はこの国の主権と文化的伝統に深く根付いたものなので、西側から人権や権力分立といった国内問題での介入を受ける謂れはないというものである (“Putin's "Sovereign Democracy"; Carnegie Moscow Center; July 16, 2006)。オープン・デモクラシーは、それは知的な触発がないイデオロギーでプロパガンダに過ぎないと評している(“'Sovereign democracy', Russian-style”; OpenDemocracy; 16 November, 2006). 興味深いことにスルコフ氏の主権民主主義は、欧米の極右の間で信奉されるヨラム・ハゾニー氏のナショナリスト民主主義とも共鳴し、アメリカのトランプ政権内ではマイク・ポンペオ国務長官や駐独大使から転身のリチャード・グレネル暫定国家情報長官の思想にも相通じている。よってプーチン氏の憲法修正は、一般に理解されている以上にグローバルな意味合いが大きいのである。そうした中で4月22日に予定されていた今回の憲法修正の国民投票は、コロナ禍のために延期された (“Kremlin Mulls Date for Post-Virus Vote on Putin's Constitution Reform”; Moscow Times; April 22, 2020). それによってプーチン大統領の外交政策にどれほどの遅れが生ずるかは明らかではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

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«アメリカ大統領選挙と中東問題

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