2016年8月 3日

トランプ氏のロシア・スキャンダルが持つ致命的な意味合い

アメリカの国家安全保障関係者達はドナルド・トランプ氏がロシアにヒラリー・クリントン陣営へのハッキングを促して物議を醸したことに関して、国家に対する犯罪的な裏切り行為だとして激しく非難した。トランプ氏の支持者達は彼の発言をただの冗談だと弁護しているが、実際には単なる「提示・挑発」だとされてきた彼の発言が、共和党の指名受諾演説でのアメリカ・ファースト発言によって本気だと確定したことを忘れてはならない。しかもそれは党の価値観とは全く相容れないものである。外国政府、それも戦略的に競合関係にある国に対して自国の政治家へのスパイ行為を促すなどあきれ果てたものだ(“'Treason'? Critics savage Trump over Russia hack comments”; Politico; July 27, 2016)。

レオン・パネッタ元CIA長官はロシアにアメリカ政治への介入を求めるようではトランプ氏の国家への忠誠心に疑問を抱かざるを得ないと言明している(“Former CIA director questions Trump's loyalty to the US: report”; Hill; July 27, 2016)。民主党のハリー・リード上院議員にいたってはCIAがトランプ氏に情報ブリーフィングをする際には偽の情報を伝えるべきだとまで主張する有り様である(“Reid: Intelligence community should 'fake it' on Trump’s briefings”; Hill; July 27, 2016)。さらに深刻なことに、ジョン・ハトソン退役海軍少将は安全保障関連法の専門家としての立場から、ロシアにアメリカへのハッキングを要請したトランプ氏の行為には犯罪的な意図が見られると論評している(“Retired admiral: Trump hacking comments ‘criminal intent’”; Politico; July 27, 2016)。

実際にはロシアは必ずしもトランプ氏の当選を支援したいわけでもない。重要な点はクレムリンがアメリカをできるだけ分裂させ、世界の中でのアメリカの指導力発揮に制約をかけようとしていることである(“Why Putin’s DNC hack will Backfire”; Foreign Policy; July 26, 2016)。トランプ氏はロシアによるクリミア併合を認めて経済制裁を解除すると発言するほどの親露ぶりである(“Trump to look at recognizing Crimea as Russian territory, lifting sanctions”; Politico; July 27, 2016)。実際にトランプ氏はミット・ロムニー氏がロシアこそ最大の敵対勢力だと2012年の大統領選挙で警告したことを一顧だにしていない (“Donald Trump just called on Vladimir Putin to cyberattack the U.S. and help him win the election”; New Republic – Minuets; July 28, 2016)。

問題は国家安全保障に関するトランプ氏の問題意識の欠落どころではない。アメリカの安全保障に甚大な悪影響を与えかねないのはトランプ陣営とロシアの関係である。トランプ氏の外交政策顧問となっているジョージ・パパンドプロス氏とカーター・ペイジ氏はロシアのエネルギー産業と深く関わっている。ガスプロムとの関係が深いペイジ氏はアメリカによる民主化促進を批判し、ロシアはウクライナに侵攻しないと断言した。またトランプ氏お気に入りのマイケル・フリン退役陸軍中将はロシア・トゥデーのレギュラー解説員を務めている。彼らがこうしたクレムリンの意向を受けた企業と緊密な関係にあることから、マックス・ブート氏はトランプ氏の選挙スローガンを「ロシアを再び偉大にする」に変えた方が良いのではないかとまで評している(“Trump's opposition research firm: Russia's intelligence agencies”; Los Angels Times; July 25, 2016)。

さらに言えばトランプ氏自身がロシアに何らかの資産運用上の権益があるのではないかと疑惑をもたれている。トランプ氏はロシア人株式ブローカーのドミトリー・リボロフレフ氏にフロリダの邸宅を特別価格で売り渡している。精神的な面ではトランプ氏とロシアのオリガルヒは大いに共通している。両者とも自信過剰で、富と豪奢とセックスという享楽的な欲望を追い求めている(“Trump and the Oligarch”; Politico; July 28, 2016)。トランプ氏がロシアと深い関係になったことは何ら不思議ではない。トランプ氏が納税申告を公表していないことで、国民からは彼とロシアとの不透明な関係への疑惑が深まっている。

トランプ氏の親露発言の問題はもっと深刻である。あきれ果てたことにトランプ氏は共和党の党綱領にあるウクライナへの武器供与という条項について、自分が草案に「関わっていなかった」という理由から削除の意向だと言い放った(George Stephanopolous awkwardly corrects Donald Trump when he says Putin is going into Ukraine”; Business Insider; July 31, 2016)。さらにNATOの相互防衛義務などアメリカにとって一方的な負担だとまで言い放ち、ヨーロッパ諸国が第5条に基づいてアフガニスタンでの戦争に参加したことなどこの人物の眼中にはない(“Trump’s Loose NATO Talk Already Has Endangered Us”; Defense One; July 24, 2016)。

この人物の言動は明らかにルールに従わないものである。トランプ氏の陣営には外交政策の専門家として高い評価を得ている人物が全く入ろうとしないのも当然である(“Role Reversal: The Dems Become the Security Party”; Politico; July 28, 2016)。ドナルド・トランプ氏が当選するようなら、アメリカの外交は完全に麻痺してしまうだろう。トランプ氏のロシア・スキャンダルが持つ意味合いは致命的に深刻である。。


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2016年7月13日

ヒラリー・クリントン氏はオバマ外交からアメリカの世界秩序を再建できるか?

今年のアメリカ大統領選挙では、共和党のドナルド・トランプ候補が炎上発言と暴言で多大な注目を集めている。怒れる群衆によるグローバル化への反動、そして彼の孤立主義に世界は戦慄した。海外の指導者やメディアはトランプ氏が大統領になることに恐怖感を抱くあまり、民主党のヒラリー・クリントン候補に諸手を挙げて歓迎しているかのようにも思われる。言動に一貫性もなく無知丸出しのトランプ氏よりクリントン氏がはるかに優れていることには疑問の余地はない。しかし我々はバラク・オバマ大統領の3期目を望んでいるわけではない。我々に必要なのは、アメリカの指導力発揮を躊躇してきたオバマ外交を転換できる候補者である。オバマ氏はイラクとアフガニスタンでブッシュ政権が始めた戦争の終結にとらわれて、両国の治安部隊の再建の支援も充分ではなかった。その結果、イラクはテロリストの根拠地となり、そこから全世界にテロが拡散している(“Iraq: The World Capital of Terrorism”; Atlantic; July 5, 2016)。また国民の間で中東での長きにわたる戦争への厭戦気運が広まり、それによってアメリカは民主主義の普及に消極的になり、その結果として敵対勢力が勢いづいている(“Democracy in Decline”; Foreign Affairs; July/August 2016). トランプ氏のアメリカ・ファーストではオバマ氏の失敗をさらに悪化させることになろう。そのため、ヒラリー・クリントン氏がオバマ氏の謝罪的で宥和的な外交を転換できるか注意深く見守るべきである。

クリントン氏の外交政策顧問と選挙運動資金源はリベラル・タカ派のビジョンを反映している。かなり早い時期からロバート・ケーガン氏らネオコンの指導者はクリントン氏への支持を表明し(“Trump is the GOP’s Frankenstein monster. Now he’s strong enough to destroy the party.”; Washington Post; February 25. 2016)、6月には資金調達の運動まで始めている(“Report: Prominent neoconservative to fundraise for Clinton”; Hill; June 23, 2016)。またクリントン氏は予備選期間中に軍事産業から最も多くの献金を受けている (“The Defense Industry’s Surprising 2016 Favorites: Bernie & Hillary”; Politico; April 1, 2016)。共和党国際派のジェブ・ブッシュ氏とマルコ・ルビオ氏が選挙から撤退した以上、クリントン氏は自国の近隣に重大な脅威を抱えるアメリカの同盟国にとって最後の希望である。

実際にクリントン氏はいくつかの点ではトランプ氏よりも共和党的である。『フォーチュン』誌の調査によれば、大企業経営者の58%は経済政策が不透明で孤立主義によって自分達の国際的な事業展開に支障をきたしかねないトランプ氏よりも、クリントン氏の方が好ましいと見ている(“Survey: More than half of corporate CEOs prefer Clinton over Trump”; Hill; June 1, 2016)。さらに共和党からも元政府高官から政策専門家にいたる著名人がクリントン氏支持を表明している。そうした支持者にはロバート・ケーガン氏やマックス・ブート氏のようなネオコンの有識者だけでなく、両ブッシュ政権で要職にあったリチャード・アーミテージ元国務次官補、ブレント・スコウクロフト元国家安全保障担当補佐官、ヘンリー・ポールソン元財務長官らが名を連ねている(“Here’s the growing list of big-name Republicans supporting Hillary Clinton”; Washington Post; June 30, 2016). こうした観点からすれば、クリントン氏が強く責任あるアメリカの候補者になれると期待もできる。

他方でクリントン氏の選挙地盤が同氏を左傾化させる可能性も否定できない。クリントン氏には黒人やヒスパニックといったマイノリティーからの支持を強化するためにもオバマ氏が必要である。きわめて不思議なことに、オバマ大統領の支持率は任期の終了にさしかかって上昇し(“Don’t look now, but Barack Obama is suddenly popular”; Washington Post; May 21, 2016)、それがクリントン氏の選挙に役立っている。さらにクリントン氏にはバーニー・サンダース氏を支持する白人労働者階級の支持を取り付ける必要もある。これはクリントン氏の副大統領候補の選定にも重要な鍵となる。クリントン氏が選挙に勝つためにオバマ氏と組もうとサンダース氏の支持層と妥協しようと、それほど大きな問題ではない。深刻な問題となるのは、彼らの影響力が外交政策に浸透することである。そうなってしまうとクリントン氏の政権はオバマ政権の第3期になりかねない。

上記のような観点から、クリントン氏が6月2日にサン・ディエゴで行なった外交政策の演説について述べてみたい。以下のビデオを参照。



クリントン氏の演説はトランプ氏のアメリカ・ファーストの見解と核不拡散に対する無責任な発言を否定するうえで、ほとんど模範とも言えるものだった。また、クリントン氏はアメリカ特別主義に基づいた世界の中での指導力の発揮を強調した。クリントン氏が演説で述べたことは、ジェームズ・ベーカー元国務長官が5月12日に上院外交委員会で行なった証言とも重なり合う(“Rubio enlists James Baker to knock Trump”; Politico; May 12, 2016)。以下のビデオを参照。



他方でクリントン氏はオバマ政権の外交アプローチを継承することが、イラン核合意に於いて顕著に見られる。しかしこの合意がチャック・シューマー上院議員をはじめ民主党からも批判されたのは、制裁解除によってイランが膨大な海外凍結資産を手にしてテロ支援ができるようになるからである。またサウジアラビアがイランの脅威の高まりに恐怖感を抱き、シーア派神権体制に中途半端な妥協をするアメリカへの不信感を強める中、地域の緊張は高まるであろう(“One Year On: Iran and the World”; Foreign Policy Association Blog; July 5, 2016)。何よりもクリントン氏の外交政策がウィルソン的理想主義なのかリアリストなのか、この演説からは判断が難しい。タフツ大学のダニエル・ドレズナー教授が論評しているように、クリントン氏の演説内容はトランプ氏のへの批判と言う点で非の打ちどころはないが、政策的に右か左か、ハト派かタカ派かといった分類は難しい(“Why Hillary Clinton’s foreign policy speech is almost impossible to analyze”; Washington Post; June 3, 2016)。私にはクリントン氏が共和党流出組とサンダース支持層のどちらも刺激しないよう注意深い言動をとったように思える。

クリントン氏の外交政策をさらに理解するために7月1日に公表された民主党綱領の草案についても言及したい。ウォール街の財界人は党綱領にはサンダース氏の影響が強く、特に最低賃金維持のための規制と増税がおこなわれることには懸念を抱いている。外交政策について大企業が民主党綱領で重大な懸念を抱く点は、TPPに関して民主党内に「見解の多様性」があると記されていることである。彼らから見れば、そうした曖昧な表現はクリントン氏が自由貿易に積極的でないと思えてしまうのである(“Wall Street Takes a Hit in Democratic Party’s Platform Draft”; Bloomberg News; July 3, 2016)。しかしトランプ氏はTPPをもっと激しく非難している。

よってクリントン氏がオバマ大統領より世界での指導力発揮に積極的かどうかを見てゆくため、重要となるいくつかの問題をとり上げてみたい。第一の問題は外交政策におけるアメリカの価値観である。「スマート・パワー」の標語とは裏腹に、オバマ政権期には民主化援助は削減された。党綱領草案の「我が国の価値観の守護」という項目ではジェンダーやマイノリティー問題といった人権問題には言及しているが、民主化の拡大についてはほとんど述べていない。中東のテロは「グローバルな脅威への対処」の項目では重要な課題である。民主党の草案では現在のシリア内戦にはかなり言及しながら、イラクについてはオバマ政権が彼の地から性急な撤退をしてしまったために全世界にテロが拡散したにもかかわらずあまり触れられていない。またイランの代理勢力が両国に影響を及ぼしていることは見逃せないが、例の綱領草案ではオバマ政権の核合意にについて誇らしく記しながら、特にサウジアラビアとイスラエルに対するイランの脅威には数行しか触れられていない。非常に不思議なことにクリントン氏は国務長官在任時にアジア転進政策を主導しながら、「グローバルな脅威への対処」の項目では中国が取り上げられていない。

ともかくクリントン氏はサン・ディエゴの演説でも民主党綱領の草案でも、トランプ氏が外交政策で語った「提示」なるものを明快性かつ説得力をもって否定した。クリントン氏の世界政策はよく練られた正統派の見識に基づいている。トランプ氏の混乱した見解などは比較にもならない。そうした事情から今選挙ではヒラリー・クリントン氏への強い支持を表明したい。しかし注意は怠ってはならない。ドナルド・トランプ氏の過激な言動への恐怖感から、クリントン氏が選挙に勝ちさえすれば全ては上手くゆくと思われているようだ。しかし同候補にも目を向けるように呼びかけたい。重要な点はクリントン陣営内での力のバランスである。バーニー・サンダース氏や他のリベラル派の影響力が国内での格差問題にとどまる限り、事態はそれほど深刻ではない。私としては民主党右派、ネオコン、軍事産業、そして共和党流出組が外交および安全保障政策で大きな影響力を持つことを望んでいる。そうなれば、アメリカは国際舞台でもっと強い存在となるであろう。


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2016年6月21日

EU離脱はグレート・ブリテンをリトル・イングランドにしかねない

歴史的に見てイギリスはヨーロッパに対して懐疑的であるが、かつてはそれがアングロ・サクソン例外主義と大英帝国の伝統に基づいたものであった。戦後になってイギリスの外交政策は3つの円、すなわちアメリカ、ヨーロッパ、英連邦およびその他の世界との関係が基本となった。過去の欧州懐疑派は英米特別関係と大英帝国以来の英連邦との関係を重視していた。しかし今日のEU離脱派には、そうしたグランド・ストラテジー的な視点はほとんどない。彼らはただ、大陸からの移民の流入とボーダーレス経済の影響を恐れている。そうした内向き志向は、ヨーロッパでの「ドイツの支配」に断固として立ち上がった故マーガレット・サッチャー首相の態度とは到底相容れない。ハーバード大学のニール・ファーガソン教授は5月18日のオーストラリアABCテレビとのインタビューで、トランプ現象もイギリスのEU離脱も2008年金融危機を契機としたグローバル化に対するポピュリストの反動だと語っている。

確かにイギリスはコモン・ローの伝統の国で、ローマ法の大陸諸国とは一線を画している。しかし歴史的に見てイギリスがヨーロッパから孤立していたわけではなく、ビクトリア朝時代の「光栄ある孤立」などは完全に神話である。ビクトリア女王は自らの子や孫の婚姻を通じてヨーロッパの君主や貴族との家族的血縁ネットワークを構築した。その中でも有名な人物と言えば、ドイツ皇帝カイゼルことウィルヘルム2世とロシアのアレクサンドラ皇后である。こうした血縁関係は東アフリカにおける英独植民地獲得競争の平和的解決に大いに役立ち、1886年にビクトリア女王がキリマンジャロ山をカイゼルに譲りながらケニア山の方はイギリスの主権下に置かれることとなった。グローバル化が進んだ現在では、外部世界の国々に対するヨーロッパへの橋頭保というイギリスの役割は大きくなっている。

EU離脱の悪影響は経済から安全保障にまで及ぶ。経済的損失についてはあまりに多く述べられている。JPモルガン銀行によれば、イギリスのGDPは2030年までに本来よりも6.2%低くなってしまう(“Brexit could cost each Briton 45,000 pounds in lost wealth – JPMorgan”; Reuters; April 29, 2016)。また消費意欲も鈍ってしまう。イングランド銀行は国民投票がもたらす不確実性によって企業の活動も鈍るとしている(“Brexit vote uncertainty erodes UK consumer, business confidence”; Reuters; April 29, 2016)。しかしイギリス経済により根本的で永続的な損失となるのは科学研究費の大幅な削減である。イギリスはドイツに次いでEUの科学予算を2番目に多く受け取り、それは自国の研究支出の4分の1に当たる(“UK will be ‘poor cousin’ of European science, Brexit study warns”; Financial Times; May 18, 2016)。中国、インド、ブラジル、ナイジェリア、インドネシアといった巨大な人口を抱える新興国の台頭もあり、科学分野での優位性はイギリスがグローバル市場での競争に勝ち抜くために必要不可欠である。EU離脱によって将来のためにイギリスの経済的基盤は揺るぎかねない。

安全保障でのEU離脱の影響も侮れない。イギリスはNATOが要求するGDP2%の国防費を支出する唯一のヨーロッパ主要国である。またドイツの基本法では積極的な軍事的役割は制限されている。よってヨーロッパの自衛能力はイギリスのEU離脱によって低下しかねない。そして問題となるのは火力だけではない。諜報活動はもっと重要になってくる。イギリスはアメリカ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドといったアングロ・サクソン諸国で構成されるファイブ・アイズと情報を共有している。大陸諸国はこのグループに入っていないが、イギリスがEUに留まる限りはこうした国々にも情報分析を提供できる(“The Security Implications of Brexit”; Foregin Policy Association Blog; June 13, 2016)。

逆に、イギリスもEU加盟の恩恵を受けられる。5月に行なわれた議会公聴会では、ジョン・ソーヤー元MI6長官とジョナサン・エバンズ元MI5長官がEU離脱によってヨーロッパ諸国との情報共有、そして究極的には対テロ作戦でのチームワークにも支障をきたしかねないと証言している(“Former British spy bosses say nation's exit from EU would pose threat”; Reuters; May 8, 2016)。アメリカのデービッド・ペトレイアス退役陸軍大将もデイリー・テレグラフ紙に同様な趣旨の寄稿を行なっている (“Brexit would weaken the West’s war in terror”; Daily Telegraph; 26 March, 2016). イギリスの識者の中にはヨーロッパの共同防衛によってイギリスの主権が損なわれ、ひいてはドイツの支配をもたらしかねないと警戒する向きもある(“It is an EU army that could ring about war”; Daily Telegraph; 27 May, 2016)。しかし王立国際問題研究所のロビン・ニブレット所長はイギリスがEUを通じて自国の国益を叶えてきたと指摘する(“Britain, the EU and the Sovereignty Myth”; Chatham House; May 2016)。

イギリスの国際的なパートナーとなっている国々でEU離脱を望む国はほとんどない。アメリカはイギリスのEU脱退によってヨーロッパの自衛能力が低下すると懸念している。そうなればアメリカがロシアに対する防衛上の負担をますます多く背負わねばならなくなる(“The US Has the Right to Argue for Remain”; Chatham House Expert Comment; 20 May, 2016)。またイギリスが引き続きヨーロッパに関与することで、環大西洋および中東地域とアメリカの軍事および諜報パートナーシップには有益となる(“Brexit Would Be a Further Blow to the Special Relationship”; Chatham House Expert Comment; 20 May, 2016)。ドイツもイギリスの残留を望んでいるが、それはフランスへの対抗勢力が必要だからである(“Germany and Brexit: Berlin Has Everything To Lose if Britain Leaves”; Spiegel; June 11, 2016)。イギリスの有権者は日本のような平和主義国家となった現在のドイツを過剰に警戒しているとしか思えない。その他の主要パートナーでは、インド、日本、そして西側との対立が多い中国さえイギリスのEU残留を望んでいる。イギリスのEU離脱を望むのは大西洋同盟の弱体化を目論むプーチン政権のロシアくらいである(“Putin Silently Hopes for Brexit to Hobble NATO”; News Week; June 10, 2016)。

EU離脱論者はEU脱退によってイギリスはヨーロッパとより条件の良い合意を求めて交渉できると言う。しかしトニー・ブレア元首相は4月25日のCNNとのインタビューで、貿易と労働力移動についての新しい合意には、ヨーロッパとの長く膨大な労力を要する交渉を行なわねばならないと述べている。以下のビデオを参照されたい。



実際に、イギリスがEU離脱後にヨーロッパとの新しい関係を構築するための合意に向けて交渉を行なうには全ての事柄を迅速に行わねばならない。1992年にマーストリヒトで署名された欧州連合基本条約第50条によれば、脱退国がEUとの関係を再構築するための交渉期間は2年しか保証されていない。よってそのような制約の下でイギリスがヨーロッパとより好条件な合意を勝ち取れる可能性はきわめて低い(“The seven blunders: Why Brexit would be harder than Brexiters think”; Centre for European Reform Insight; 28 April, 2016)。

アングロ・サクソン諸国のエリート達はグローバル化を牽引してきたが、皮肉にもこの世界秩序に最も強く反旗を翻しているのが大西洋両岸の労働者階級である。アメリカでのトランプ氏の支持者達と同様に、イギリスでもEU離脱派が暴力に訴えてジョー・コックス下院議員を殺害した(“Jo Cox MP dead after shooting attack”; BBC News; 16 June, 2016)。エドマンド・バークが革命期のフランスさながらの混迷に陥った現在のイギリスを見れば、大いに嘆いたであろう。しかし残留派もEU加盟の積極的な利点を訴えられず、離脱派への反論が現状維持を主張するだけだったことについて批判を免れない。そのためグラッドストン時代以来、イギリスを支えてきた開放的で国際主義の理念は危機にさらされている (“E.U. Referendum Exposes Britain’s Political Decay”; Washington Post; June 10, 2016)。それによって6月23日の国民投票は混迷を深めている。


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2016年6月 8日

オバマ大統領の広島レガシーをどう評価すべきか?


バラク・オバマ大統領は5月27日に広島の平和記念公園で「核兵器無き世界」を訴える歴史的な演説を行なった。演説そのものは自然を支配しようとした人類の歴史と文明への批判的な考察であった。そして原爆の犠牲者については日本人、朝鮮人、米軍捕虜を問わず心底からの哀悼の意を示す一方で、謝罪は行なわないといったバランスのとれた演説であった。東アジアでは、日本は中国と韓国を相手に終わりなき謝罪の泥沼を抱えている。日米関係はそのようにいつまでも終わらぬ感情的な行き詰まりを避けねばならない。トランプ現象に直面する現在、オバマ氏が日米両国は大戦時の敵対関係を克服して両国の同盟を真の友好関係とアジア太平洋地域の戦略的な基軸に発展させたと強調したことは注目すべきである。それは安倍晋三首相がオバマ大統領に続いて希望に満ちた未来志向のメッセージを発信するうえでも有益であった。

しかし私はオバマ氏の広島レガシーを台無しにしかねない問題点も指摘したい。第一の問題は、アメリカの次期大統領が核不拡散に真面目に取り組むかどうかである。オバマ大統領が広島で表明した良心は、党派やイデオロギーや歴史認識の違いを超えて次期大統領が継承してゆく必要がある。特に共和党のドナルド・トランプ候補がこの問題に関してきわめて不真面目な態度なことは、日本と韓国ばかりかサウジアラビアにさえ核保有を促していることからもよくわかる。よって、彼は今や世界では最も深刻な核の脅威である。こうした観点から、オバマ氏の演説で「国家のリーダー‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬が選択をするとき、また反省するとき、そのための知恵が広島‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬から得られるでしょう」という一文が私の注意を引きつけた。オバマ氏は広島では大統領選挙に直接言及することはなかったが、G7伊勢志摩サミットの最終日にトランプ氏を非難した(“In a rare occurrence, Obama speaks his mind about Trump for the world to hear”; Washington Post; May 26, 2016)。しかし問題はトランプ氏だけではない。全世界の指導者達が核安全保障に高い問題意識を持たねばならない。さもなければ今回のレガシーなどすぐにも消滅してしまうだろう。

第二の問題はオバマ大統領の核不拡散政策である。プラハ演説に見られるようにオバマ氏は自らが核兵器廃絶の使徒であるかのように振る舞ってきた。広島演説は全世界のメディアと日本国民から好評であったが、オバマ大統領自身は任期中を通じてレアルポリティークよりも自らの崇高な理念の方が先走っていたように思われる。これが典型的に表れたのは就任後間もなくロシアとの関係リセットのために開始された新START交渉である。しかしながら、ロナルド・レーガン大統領(当時)がソ連にSTARTを提唱した時代から安全保障環境は大きく変わっている。イランや北朝鮮への核拡散問題の浮上から、核の力のバランスは二極から多極になってきた。そのため米露両国はミサイル防衛をめぐる認識の違いを埋められなかった(“Debating the New START Treaty”; Council on Foreign Relations; July 22. 2010)。またウラジーミル・プーチン氏には、ソ連時代のミハイル・ゴルバチョフ議長ほど西側との関係改善の動機もなかった。オバマ政権がロシアとの核軍縮でレーガン政権のように目覚ましい成果を挙げられなかったのも不思議はない。さらにオバマ大統領は北朝鮮の核計画の進展を阻止するうえで有効な対策をとれなかった。それどころかキム・ジョンウンは水爆やさらに高度な弾道ミサイルの実験まで行なうようになった。しかし前任者のジョージ・W・ブッシュ氏も北朝鮮の核開発を阻止できなかったので、オバマ氏だけを批判することは公正を欠く。

しかし何よりもオバマ大統領の広島レガシーの最も重要な試金石となるのは、彼自身がその「成果」を誇るイラン核合意である。反対派は10年後には無効となる合意を批判している。制裁解除によってイランの資産1千億ドルの凍結が解除され、それによって革命防衛隊はテロへの資金援助ができるようになる(“Debating the Iran Nuclear Deal”; Brookings Institution; August 2015)。 実際にジョン・ケリー国務長官は、そうした資金がテロ支援に利用されることを認めている(“US State Department: Iran world’s top sponsor of terrorism”; Y net News; June 3, 2016)。合意そのものは当面の間は効力を発揮するかも知れないが、これでイランの核の脅威が完全に排除されるわけではないことを訴えたい。イランがテロ支援を続ける限り、放射性物質の入手によるダーティーボムの製造は可能である。さらに深刻なことに、この合意ではアメリカが32トンの重水を860万ドルで購入することになっているので、イランはそれを元手にプルトニウム爆弾の開発を手がけられる。P5+1との合意ではイランの重水保有量は制限されるが、それでもなお制限を課された重水の生産を輸出に回すことができる。外交政策イニシアチブのツヴィ・カーン氏は「これではイランの核開発に諸外国が補助金を出すようなものだ」と批判している(“U.S. Bankrolls Iran’s Nuclear Ambitions”; FPI Bulletin; May 4, 2016)。

オバマ政権による核合意はそれほど脆弱であり、アリ・ハメネイ最高指導者もハッサン・ロウハニ大統領もゴルバチョフ氏には程遠い。イランは今なおアメリカとイギリスを悪魔だと非難している。さらに弾道ミサイルを振りかざしてイスラエルには抹殺の脅しをかけている(“Iranian commander: We can destroy Israel ‘in under 8 minutes’”; Times of Israel; May 22, 2016)。今のような中途半端な合意では、彼らがアングロ・サクソンとシオニストに対して抱く敵対心を封じ込めることはきわめて難しい。イラン核合意はオバマ大統領が広島で築いた美しきレガシーを消し去りかねない。だからこそ我々はオバマ氏の業績を厳しく批判的に見つめる必要がある。


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2016年5月 9日

地域大国への核拡散は抑止力にならない

世界には核兵器の保有によって自分達の国の自主抑止力が高まると考える人達もいる。 現実には核兵器は抑止力を保証するものではなく、ただ地域大国の間の緊張を高めるだけである。核抑止力の信頼性を高めるには、充分な二次攻撃能力とともにホットラインのような効果的なシステムが必要である。しかしアメリカとロシアのよう核超大国とは違い、ほとんどの地域大国は膨大な量の核兵器を保有するわけにはゆかないので、敵の一次攻撃に対して脆弱である。これら地域大国は潜在的な核保有国も含めて、限られた能力ながらどのようにして競合国に対して信頼性のある抑止力を追求しているのだろうか? いくつかの事例に言及したい。

現在、インド亜大陸はインドとパキスタンという敵対的な核保有国が国境を接して向かい合っている唯一の場所である。緊張はいつでも高まる。特にテロリストによるパキスタンからの核物質の入手は、インドでのダーティーボム攻撃の恐れから重大な懸念事項となっている。2001年にラシュカレ・トイバとジャイシュ・エ・ムハンマドがインド議会に攻撃をしたが、インドはこれらテロリストを支援したと思われたパキスタンに対して迅速な出兵ができなかった。そうした脆弱な安全保障環境に対処するため、インド政府はコールド・スタート・ドクトリンを考案し、通常兵力の大量かつ迅速な投入によってパキスタンの核攻撃を抑止することになった。これに対してパキスタンはインドの侵攻を阻止するために戦術核兵器を開発した。問題はこの相互抑止力は両国のホットラインも備えているとはいえ、米ソあるいは米露のMADと比べると非常に脆弱である。もしテロリストがパキスタン領内でインド攻撃を画策すれば、理論上はこれによってインドのコールド・スタート攻撃が始まり、パキスタンが戦術核兵器で応戦することになる(“Are Pakistan's Nuclear Assets Under Threat?”; Diplomat; April 28, 2016)。2008年のムンバイ同時多発テロに見られるように、インドとパキスタンの間の相互不信は根深い。外部の強国、特にアメリカだけが両国の核戦争を防止できる最後の仲介者なのである。

同様に、日本と韓国がたとえ核武装をしても、二次攻撃能力が限られているので北朝鮮への抑止力としては役立たないであろう。さらに重要なことに日韓両国とも北朝鮮の監視にはアメリカの衛星に依存することになろう。日本と韓国の抑止能力だけでなく、両国の二国間関係も大いに問題である。日韓関係は英仏関係ではない。ドーバー海峡両岸での核の緊張は考えにくいが、対馬海峡両岸の外交には細心の注意を要する。広く知られているように両国は植民地時代の歴史認識をめぐって頻繁に対立しているので、一見すると些細な失言でさえ二国間の緊張を激化させかねない。さらに韓国は依然として日本を一種の脅威と見なしている。敢えて言うならば、日韓関係はむしろ印パ関係に近いのである。アメリカによる安全保障の傘は、対馬海峡両岸の抗争の深刻化に歯止めをかけるうえで大きな貢献を果たしてきた。よって両国が自主核武装に向かおうものなら、北朝鮮への抑止どころか互いの国を標的にしかねないのである。ドナルド・トランプ氏はそのように細心の注意が必要な極東情勢にはあまりに無知無関心としか言いようがない。

これまで述べてきたように、国際社会が地域大国の核保有を許しても抑止力は向上しないであろう。こうした国々が核保有に走るのは自国近隣の安全保障環境が不安定だからである。そうでないなら、こうした兵器に予算を注ぎ込む必要はない。これが典型的に表れているのは、アパルトヘイト体制崩壊後の南アフリカによる核放棄である。しかし地域大国の核競争は彼ら自身の安全保障を悪化させる。これは特に中東では顕著で、当地では民族宗派抗争とテロが複雑に絡み合っている。インドが独自の戦略理論を構築したように、他の国々もそうするだろう。しかしそれら地域大国の戦略が五大国のもの、特に米露間のMADのような抑止力になるとは考えにくい。よって我々とってNPT体制の維持と強化は至上命題であり、アメリカは世界の警察官としての役割を再強化しなければならない。


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2016年4月25日

オバマ大統領は広島でトランプ氏に警告を発せよ!

バラク・オバマ大統領が就任してからというもの私が彼の広島訪問の希望には強く反対であったのは、そうした態度がいかにも謝罪姿勢でポスト・アメリカ的なものに映るからである。私はそれによって冷戦後に西側同盟に敵対するようになった勢力が勢いづくのではないかと大いに懸念していた。しかしアメリカ国内の大統領選挙ではそれよりもはるかに甚大な脅威が出現したとあっては、核安全保障に関して無知で無責任な発言への強いメッセージで臨み、党派にも国家にもかかわらず、国際社会の良心がいかなる類いのものであれそうした言動を許さないと表明しなけらばならない。今や「トランプ許すまじ!」の観点から優先すべき事柄は変わるべきだとの信念から、私はオバマ氏の広島訪問を歓迎したい。

大多数の日本国民、そして広島と長崎の被爆者さえも、アメリカの指導者が誰であれ大戦中の行為に対して謝罪して欲しいとは思っていない。私は広島がアウシュビッツではなく、原爆ドームを含めた平和記念公園の展示物でアメリカおよび連合軍を非難するものは何もないということを全世界の人々に訴えたい。よってオバマ大統領が謝罪を行なう義務など全くなく、むしろ世界を核の脅威から安全にするうえでアメリカのリーダーシップを発揮するという自信にあふれたメッセージを発するべきである。これまでも大量破壊兵器(WMD)の不拡散はアメリカの外交政策では最重要課題の一つであった。その中でも核問題は保守派であれリベラル派であれ有力シンクタンクでは主要な政策課題である。このことは核不拡散がアメリカにとって超党派の重要な国益であることを意味する。ここで銘記すべきことは、ロシアと中国さえもアメリカの核不拡散イニシアチブを受け容れてきたことがイランと北朝鮮の事例にもみられる通りだということである。特にNPT(核不拡散条約)体制は国際公益におけるアメリカのリーダーシップを象徴するものである。さらに9・11同時多発テロ以降は核によるテロ攻撃の防止が至上命題になっている。

非常に嘆かわしいことに、ドナルド・トランプ氏はアメリカの核外交での基本的なアプローチを何一つ学んでいない。戦術核兵器は中東でのテロとの戦いに使用するには破壊力が大き過ぎる。さらに驚くべきことに日本と韓国にはアメリカの核の傘に頼ることなく自前の核武装をせよとまで言い放っている。それではNPT体制は崩壊に向かい、アメリカの国益そのものが脅かされることになる。そうなると、その波及効果は全世界に広がりかねない。中東では核合意が発効しても弾道ミサイル実験を止めないイランを尻目に、イスラエル、サウジアラビア、エジプト、トルコといった地域大国が核武装の強化ないし保有に走りかねない。またインドとパキスタンの核競争も激化しかねない。それによってテロリストによる核兵器の入手の可能性が高まるであろう。トランプ氏は「財務諸表」に基づいて議論しているが、アメリカは在外兵力の撤退によって予算を削減せよと説くような経済学者はほとんどいない。外交政策と安全保障の専門家達も、そのようにビジネスマン的な考え方には当惑している。

トランプ氏が犯した致命的な誤りとは、核保有が無条件に核抑止力になるという前提である。しかし米ソ対立の歴史から、それが全くの間違いであることがわかる。冷戦初期にはアメリカ国民はソ連による核攻撃を非常に恐れていたので避難訓練を繰り返していた。鉄のカーテンの向こう側でも事態は同様だったであろう。核の瀬戸際政策が頂点に達したのは1962年のキューバ危機である。信頼性のある抑止力の確立には長い時間を要した。第二撃能力とホットラインによって相互確証破壊(MAD)が確固としたものになるまで、米ソ間の核抑止力は信頼できるものではなかった。我々が思い出すべきは、1998年にインドとパキスタンが互いに核実験を繰り返した際にはそうしたシステムは全く作動せず、両国の核競争が地域の緊張を高めただけだったということである。さらにイスラム過激派に対しては核抑止力など全く効果がない。彼らは敵からの殲滅に恐怖を感じていないばかりか、我々との間には米ソ間ホットラインのように予期せぬリスクを予防できる相互の意思疎通手段もない。イスラム過激思想の根本的な価値観では「西欧十字軍」との戦い自体が目的である。よって歯止めなき核拡散は抑止力を強化するどころか空洞化してしまうのである。

こうした観点から、日本が独自核戦力によって北朝鮮に対する抑止力を構築できるかを問いかけねばならない。軍事ジャーナリストの田岡俊次氏は日本が核武装をしても北朝鮮は戦争のリスクなど厭わないと主張する。アメリカの大量報復だけが冒険主義的なキム政権による核戦争を予防できるだろうということである(「『日本核武装論』には現実性もメリットもない」;ダイアモンド・オンライン;2016年4月14日)。田岡氏の分析は理に適っており、それは北朝鮮が核の威嚇を行なう目的がアメリカを交渉に引き込んで自らの体制の生存を保証することだからである。またIAEA事務局長が日本外務省出身の天野之弥氏であるという事実は、日本とNPT体制が切っても切れない関係であることを意味している。それはこの秩序を構築したアメリカにとっても非常に重要かつ超党派の国益であるが、トランプ氏はただの利潤追求者であるせいか、こうしたことには全くの無知無関心なのである。北朝鮮からISISにいたるまで、トランプ氏の核戦略は全く意味をなしていない。トランプ氏の支持者の大多数は核安全保障のことなど考えたこともないので、彼の扇動で悦にいたるばかりである。これはきわめて危険である。よってオバマ氏は全世界で核問題を軽く考えている政治家、その中でもトランプ氏に対して強いメッセージを発するべきである。これは後世におけるオバマ氏の評価のためではなく国際公益のためである。

アメリカ国民が広島での大統領が自国の外交に好ましくない影響を与えると懸念することは理解できる。私もトランプという怪物の出現まではそうした視点を共有していた。確かにアメリカ側から一方的な自責の念を表明しても日本側も相応の行動に出なければ、アメリカ国民もアジア諸国も当惑するだろう(“So Long, Harry: Will Obama’s Apology Tour End in Hiroshima?”; Weekly Standard; September 2, 2015)。オバマ氏が広島で演説すればパール・ハーバー攻撃とバターン死の行進の痛ましい記憶を刺激し、日米両国民の間で大戦中の歴史認識に関する相違が表面化することもあろう(“Kerry's Premature Visit to Hiroshima”; Weekly Standard; April 11, 2016)。しかし安倍晋三首相はその返礼として当地訪問により連合国の戦争被害者を追悼し、互いにとってより良い未来を模索することを真剣に考慮するであろう。 我々にとって必要なものは謝罪でも後世での評価でもなく、将来の核不拡散に対する関与のメッセージである(“At Hiroshima, Obama should make a pledge, not an apology”; New York Post; April 13, 2016)。リベラル派の論客からはプラウシャーズ・ファンドのジョセフ・シリンシオーネ会長がブリュッセル事件によって核テロの可能性は高まり、オバマ大統領は広島でそうしたテロを防止するためにリーダーシップを献身的に発揮することを示すさねばならないと主張する(“Obama Still Has Time to Leave a Legacy of Nuclear Security”; Huffinton Post; March 31, 2016)。

もはや過去への悔恨の時ではない。我々が切実に必要としていることは核安全保障への問題意識を喚起し、核不拡散に不誠実な態度をとる指導者には誰であれ反対の声を挙げることである。特にドナルド・トランプ氏は今日の世界では最大の核の脅威である。核問題に関する真剣味に欠ける発言からして、トランプ氏が大統領の職務に真面目に取り組むとはとても思えない。バラク・オバマ大統領が広島を訪問する際には、全世界の人々がそのように恥知らずな政治家を排除してゆくように導くような強いメッセージを発することを望んでやまない。


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2016年4月 6日

日本は本当に核兵器を保有すべきか?

ドナルド・トランプ氏の衝撃的な放言によって(“In Japan and South Korea, bewilderment at Trump’s suggestion they build nukes”; Washington Post; March 28, 2016)、日本国民は国家安全保障について懸念を強めるようになり、独自核抑止力についても語り始めるようになっている。しかし我々がそのように性急に行動すべきかどうかは再考の余地がある。それは核兵器の開発と配備には数年を要するばかりか費用も膨大になる。そうした計画が一度着手されてしまえば、それを破棄しようにもできなきなる。日本の国家安全保障はワシントンの外交政策界で標準的かつ長期的な視点に確固として基づいたものであるべきで、間違ってそれが変わった考えで行動予測不可能な人物が大統領なって、常軌を逸した政策を行なう場合に基づいたものであってはならない。

それは以下のようなことである。仮にトランプ氏が大統領に就任したものとする。しかし彼の任期が保障されているのは1期4年だけである。日本は核兵器を早急に製造して配備しなければならないだろう。しかし彼の施政が成果を挙げなければ次の任期には他の人物が代わりに大統領になり、アメリカの外交政策は平常に回復するであろう。その場合、大量破壊兵器の不拡散がアメリカの国家安全保障で至上命題となっていることからすれば、次期大統領が日本の核抑止力を容認するとは考えにくい。よって我々が無知なうえに商業主義的で守銭奴なトランプ氏の考え方に思慮分別なく反応してしまえば、日本は膨大な時間と労力と資金を無駄にしてしまうだろう。私はここで、日本と国際社会の人々は間違ってもトランプ氏を支持するような知性と気質に致命的な問題を抱える群衆をアメリカ人と見なしたことはないと強調しなければならない。

また、トランプ氏自身の思考と行動も突飛で当てにならない。エリオット・コーエン氏の主唱で100名以上の署名を集めた例の有名な公開書簡にも記されているように「彼の思考は一文の中で孤立主義から軍事的冒険主義に揺れまくる」からである。現段階ではトランプ氏は日本の核抑止力を容認しているかも知れない。しかし外交政策における彼の見解は自身が吹聴するようにきわめて予測不能なので、4年間の任期の内には急に変節しかねない。そうなった場合にはトランプ氏が日本をイランや北朝鮮のように扱いかねない。実際に彼の短気は全世界に知れわたっている。日本がアメリカから敵視されるようなリスクを冒す必要がどこにあるのだろうか?

さらに問題視すべきこととして、私はトランプ氏が任期中に在日米軍の全てを撤退させられるかどうかということに心底からの懐疑の念を述べたい。日本に駐留するアメリカの陸海空軍の規模は膨大であり、また在日米軍そのものが日本社会に深く根を下ろしていることは3・11津波および大地震での救済活動を見ればよくわかる。撤退の手続きには信じられないほど膨大な形式的行政事務が付いて回るが、それはトランプ氏が不動産業の経営者として過ごした人生を通じて目にしたこともないほどのものである。軍事基地が関わる土地所有権は、トランプ氏が自らの事業で対処してきたものよりはるかに複雑である。さらに言えば、日本の空域を地域の安全保障と民間航空事業のために管轄しているのは横田米空軍基地である。この権限を日本側に移行しようとするなら交渉に多大な労力を割かねばならない。二国間交渉が円滑に進展しなければ、多大な損失を被るのはアメリカの航空運輸産業である。トランプ氏が経営者としての能力を吹聴するのであれば、そのことを強く認識すべきである。

さらに付け加えると撤退のスケジュールは不明であり、トランプ氏は日本が中国と北朝鮮に対する核抑止力を築き上げるまで待つ気があるのか、それとも力の真空がもたらす危険性に一切の考慮も払わずに直ちに撤退交渉を始める気なのかわからない。いずれにせよ、一連の作業には膨大な労力が伴う。トランプ氏が自身の人脈からそうした職務を行なえるだけの有能な高官を任命できるとはとても思えないのは、彼の外交政策チームの質に対するマイケル・オハンロン氏の辛辣な論評からも類推できる(“D.C.’s Foreign-Policy Establishment Spooked by `Bizzaro’ Trump Team”; National Review Online; March 24, 2016)。トランプ氏は大統領を2期務めることを視野に入れている(“Trump’s nonsensical claim he can eliminate $19 trillion in debt in eight years”; Washington Post; April 2, 2016)ようだが、この職はOJTでは務まらない。1期目の業績が悪ければそれで終わりである。彼自身が短気で悪名高いことを考慮すれば、それを棚上げして国民に忍耐強さを期待する気が知れない。彼の気まぐれな放言でも特に外交政策に関するものからは、この人物には大統領の責務に対する畏敬の念など全くないことが見え見えである。

トランプ氏のものの考え方は核安全保障と日米同盟のコペルニクス的転換である。しかし彼がこのことを理解しているとはとても思えないのは、自らが公衆の面前で口にしたことを実施するだけの準備がまるで整っていないからである。全世界のアメリカの同盟国の中でもトランプ氏が最初に槍玉に挙げたのが日本である。対日関係の全面見直しがそこまで重要だと言うなら、トランプ氏の外交政策チームに日本情勢に精通した顧問が一人もいないのはどうしたことだろうか。さらに深刻なことに核安全保障に関するこの人物の知識はきわめて貧困である。トランプ氏は核の三本柱さえ知らなかった。そのうえ、中東でのイスラム系テロリストに対して戦術核兵器の使用を主張した(“Donald Trump Won't Rule Out Using Nukes Against ISIS”; Fortune; March 23, 2016)。それはこの人物が核兵器の破壊力についてあきれ果てるほど無知なことを露呈している。今日の戦術核兵器は広島と長崎に投下されたものよりも強力である。また、戦術核兵器も使用によって戦争がエスカレートする危険もある。トランプ氏は米軍のドローン攻撃による巻添え被害がイラクとアフガニスタンで厳しく批判されたことを知るべきである。たとえ戦術使用でも、核兵器は無数の民間人を殺傷する。トランプ氏がこれらの事柄について何も学んだことがないのは明らかで、だからこそ恥知らずな放言をやりたい放題なのである。

もはや、ただ分析をして嘆いているだけの時ではない。トランプ氏の打倒に向けて我々は行動を起すべきである。この目的のために、私は日本のオピニオン・リーダー達がこの人物宛に抗議の公開書簡を出し、本文中に記された問題点をひとつ残らず問い詰めて我々の怒りの意志を表明すべきだと提言したい。トランプ氏は怒りの感情に対して敏感なので、大衆の激怒を巧みに悪用しているものと理解している。日本政府にはそうした挑発的な行動はできないだろうが、トラックIIのレベルであればそれもできることである。アメリカと全世界の政策関係者達、そして良心的なアメリカ国民は絶対に我々に味方することに疑いの余地はない。本論の冒頭で述べたように、我々の二国間関係はトランプという御仁よりはるかに永く続くものである。日本の国益にとって重要なことはアメリカの外交政策界で共通の理解に基づいて行動することであり、トランプ氏の変わった考え方に基づいて行動することではない。


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2016年3月31日

アメリカ大統領選挙での外交政策チーム

外交政策チームの質と量は、各候補者が世界におけるアメリカの役割をどのように考えているのかを示す指標である。また政策顧問の選定は現候補者達が重視する政策課題を映し出している。顧問チームを見れば、どの候補者が大統領職に対して準備が整っているかがわかる。この観点から言えば、共和党のドナルド・トランプ候補が外交政策について問われた際に「私は何をおいても自分自身に問いかけることにしている、というのも私の頭脳は非常に優秀だからだ」と答えたことは、馬鹿丸出しの自信過剰である(“Trump: I consult myself on foreign policy”; Politico; March 16, 2016)。しかしライバルのテッド・クルーズ上院議員が自身の外交政策チームを公表すると、トランプ氏も数日後にはこれに続いた。上記の観点から、各候補者の政策顧問チームについて述べてみたい。

質量の両面においてヒラリー・クリントン氏の外交顧問チームは他の候補を圧倒している。クリントン氏は2007年に新アメリカ安全保障センター(CNAS)の設立に当たって来賓として記念演説を行なっている。CNASはオバマ政権への人材供給源となり、中でも共同設立者のミシェル・フロノイ氏とカート・キャンベル氏がよく知られている。さらにクリントン氏にはファースト・レディ、上院議員、国務長官の経験を通じて外交政策および国家安全保障のコミュニティーの間に広範な人脈を築いている。クリントン氏の外交政策チームは、規模のうえでも政策分野の広さのうえでも他の候補よりも多いに優位に立っている。チームを主導しているのはクリントン氏が長官在任中に国務省で政策を担ったジェイク・サリバン氏とローラ・ローゼンバーガー氏である。そのうえにレオン・パネッタ元CIA長官および国防長官、トム・ドニロン元国家安全保障担当大統領補佐官、マデレーン・オルブライト元国務長官、そしてミシェル・フロノイ国防次官らの重鎮も外部顧問としてクリントン氏のチームと連携している。バーニー・サンダース上院議員がローレンス・コーブ氏、レイ・タケイ氏、タマラ・コフマン・リッツ氏ら著名な中東専門家と会談して外交政策での自らの弱点を補おうとしたというが、彼らはクリントン氏とつながっている(“Inside Hillary Clinton’s Massive Foreign-Policy Brain Trust”; Foreign Policy; February 10, 2016)。

さらに、クリントン氏は共和党の外交政策で指導的な立場の人々とも深い関係にあり、特にそれは自らの国務長官就任に当たってヘンリー・キッシンジャー氏からの支持を得たことに顕著に表れている。湾岸戦争以来、民主党もサダム・フセインを排除すべきだとの見解を共和党とも共有していた。クリントン政権はアメリカ新世紀プロジェクトが主張したイラクのレジーム・チェンジという案さえも受容していた。ブッシュ政権はこれに沿って行動したに過ぎない。この点を反映するかのように、共和党の国家安全保障政策の中核からは、トランプ氏がイラク戦争、リビア、イスラエル・パレスチナ紛争、ロシアに対して非介入主義を掲げることに強い異議の声が挙がっている。外交政策に関する限り民主・共和両党とも共通の見識があり、両党とも極度に偏向した非正統派の自党候補者よりも正統派の他党候補者の方が受け入れやすい。共和党非主流派でもランド・ポール上院議員のように、リバータリアンの思想から受け入れられない水責め拷問やメキシコとの国境での壁の建設を主張するトランプ氏よりも、クリントン氏の方が好ましいと考える者もいる(“Hillary Clinton Has Long History of Collaboration With GOP on Foreign Policy; Intercept; March 13, 2016)。多くの共和党員にとって、クリントン氏の方がトランプ氏よりはるかに好ましいのは当然である。

実際に保守派からもハドソン研究所のブライアン・マグラス氏のようにクリントン氏の外交および国防政策を信頼するとの声も挙がっている(“Vocal Trump critics in GOP open to supporting Clinton”; Hill; March 24, 2016)。特にネオコンの間からはロバート・ケーガン氏やマックス・ブート氏のようにトランプ氏よりもクリントン氏を支持するとの声が公然と挙がっている。さらにブッシュ政権期の元高官もディック・チェイニー氏からコンドリーザ・ライス氏にいたるまでが、クリントン氏を国務長官としてもオバマ氏の潜在的なライバルとしても好意的に評価していた(“Neoconc War Hawks Want Hillary Clinton Over Donald Trump. No Surprise—They’ve Always Backed Her”; In These Times; March 23, 2016)。リベラル・タカ派と目されるクリントン氏はワシントン政界における両党の頭脳集団を独占している。

ライバル候補者達の顧問チームはこれとは対照的に質量ともはるかに不充分である。サンダース氏は外交政策チームの名に値するものは設立していない。共和党側の外交政策チームはイスラム系テロに対する大衆の恐怖に迎合する一方で、世界の中でのアメリカの役割に関してはほとんどビジョンを示せていない。まずテッド・クルーズ氏のチームについて述べたい。クルーズ氏はトランプ氏に先んじて自陣営の顧問の名を公表した。チームを主導するのはジム・タレント元上院議員とブッシュ政権のエリオット・エイブラハムズ元国家安全保障担当副補佐官である(“Cruz unveils national security team before Trump”; Washington Examiner; March 17, 2016)。ネオコン系の両人ともマルコ・ルビオ上院議員が大統領選挙から撤退するまで、彼の政策顧問チームに名を連ねていた(“Marco Announces Support of Top National Security Experts”; MarcoRubio.com; March 7, 2016)。他方で反イスラムの陰謀論者を代表するフランク・ガフニー氏は在米ムスリムの4分の1は反米ジハードを企てているばかりか、彼らのシャリア法は米国内で重大な脅威となっていると主張する(“Cruz Assembles an Unlikely Team of Foreign-Policy Rivals”; Bloomberg View; March 17, 2016)。

クルーズ氏が最近、イスラム教徒の住民の周辺では監視を強化すべきと主張した(Ted Cruz: Police need to 'patrol and secure' Muslim neighborhoods; March 23, 2016)背景にはこうした見方があるのかも知れないが、共和党主流派はそうした考え方を受け入れていない。クルーズ陣営のチームは党内のイデオロギー的立場を広くカバーしているが、特定の問題に関する見解の相違が深刻化した際には普遍主義者のネオコンとナショナリストの陰謀論者の間で亀裂が生じかねない。また顧問の人選も中東とイスラム系テロの専門家に偏っている。それでは今日のアメリカが直面する全世界規模での課題に対処するという要求を満たすには程遠い。

最後にトランプ氏の外交政策チームについて述べたい。クルーズ氏と同様にトランプ氏のチームもイスラム系テロ対策に偏った人選となっている。クルーズ氏に対抗するかのように、トランプ氏は相手陣営の発表から数日後にジェフ・セッションズ上院議員主導の外交政策チームを公表した。トランプ氏の顧問団には著名な人物も政府の高官を歴任した人物も名を連ねていない。際立った特徴を挙げれば、トランプ氏のチームは自らが財界人であることに由来するかのように極端に商業主義である。チーム内で重要な地位になるカーター・ペイジ氏とジョージ・パパドプロス氏はともに石油エネルギー業界のコンサルタントである(“Trump begins to peel back curtain on foreign policy team”; Hill; March 21, 2016)。中にはきわめて眉唾でアウトローな経歴の人物もいる。まず、ジョセフ・シュミッツ氏は度重なる腐敗に関わって2005年にペンタゴンを辞職している。他にもワリド・ファレス氏はレバノンでキリスト教徒民兵として参戦した際にパレスチナ難民を殺戮しているが、そうした犯罪的な行為に及んだ人物が対テロ政策の顧問となっている。さらに驚くべきことに、キース・ケロッグ退役中将にいたっては、彼の主張とは裏腹に2003年から2004年にかけてイラク占領軍での陸軍の雇用履歴が残っていない(“Top Experts Confounded by Advisers to Donald Trump”; New York Times; March 22, 2016)。

このようなあきれるばかりの人選について、ブルッキングス研究所のマイケル・オハンロン氏は「トランプ氏は経験など歯牙にもかけないのか、それともあまりの暴論で思慮のかけらもない見識の人物の顧問などになって自分の評価を落とすようなことは誰もやりたくないのではないか」と論評している(“D.C.’s Foreign-Policy Establishment Spooked by ‘Bizzaro’ Trump Team”; National Review Online; March 24, 2016)。トランプ氏の外交政策に関する見識が、ワシントンの外交および安全保障政策コミュニティーで党派とイデオロギーを超えて共有される認識とは全くかけ離れているのも不思議ではない。そうした見解が顕著に表れているのは、アメリカが全世界で築き上げた同盟ネットワークの価値を軽蔑しきっていることである。 中でも典型的なものは日本と韓国への自主核武装の要求で、これでは全世界での核不拡散を目指すアメリカの安全保障上の至上命題を真っ向から否定することになる(“In Japan and South Korea, bewilderment at Trump’s suggestion they build nukes”; Washington Post; March 28, 2016)。もはやこうなると、事態は「ゆすり」だの、二国間同盟だの、バードン・シェアリングだのどころではなくなる。トランプ氏の発言は党派の枠を超えて核不拡散に取り組む外交政策の専門家達に対して、およそこの世のものとは思えないほどの侮辱である。核兵器保有国が増えれば増えるほど、テロリストが核兵器を入手する可能性が高まるということをトランプ氏は知っておくべきである。

政策顧問の選任に関して言えば、指導者は国民よりもはるかに大きな視野から事態を見通さねばならない。候補者は国民の要求に応える必要がある。しかしそれだけでは不充分である。良き指導者となるには注目されていなくとも重要な問題に国民の意識を向けさせるべきであり、大衆の怒りに迎合してばかりではいけない。こうした観点から言えば、クリントン氏のチームが最善でありトランプ氏の顧問団が最悪である。クルーズ陣営のチームはブッシュ陣営およびルビオ陣営から顧問が参入してくれば、質量とも向上する可能性もある。


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2016年3月17日

民主主義および人権の国際的普及とアメリカ大統領選挙

バラク・オバマ大統領がアメリカはもはや世界の警察官ではないと発言した時には、国際世論は当惑した。しかしもっと重要な問題はアメリカが世界への民主主義の普及に積極的に取り組むかどうかである。アメリカは今も民主主義の普及を外交政策上の必要命題としているという見方は広まっている。しかしカーネギー国際平和財団のトマス・カロザース氏はオバマ政権下において民主主義支援への援助の予算は28%も減額されていると指摘する。アメリカ国際開発庁は最も深刻な犠牲者で、これによって中東アフリカでのプロジェクトは大幅な縮小を余儀なくされた。このようになったのもアメリカ国民と政策形成者達が民主主義への援助に懐疑的になっているからである(“Why Is the United States Shortchanging Its Commitment to Democracy?”; Washington Post; December 22, 2014)。

国際舞台でのイラク戦争に対する激しい批判がアメリカ国民を孤立主義に追いやったことに疑問の余地はないが、それは9・11テロ攻撃に対する防衛的反応があれほどまでに厳しく非難されたからである。アラブの春の失敗によってアメリカは民主主義の普及にはさらに消極的になった。アラブの論客達はこの地域の腐敗と不安定化は欧米とシオニストによるものだとしているが、その多くは彼らの社会の中にある。社会経済格差と民族宗派のみならず、アラブ諸国は反アラブ主義のスローガンにもかかわらず統一に向かう気配はほとんどない。法の支配と政治参加も不充分である(“The Arab Winter”; Economist; January 9, 2016)。国際社会とアラブ世界でのそのような反応によって、オバマ大統領に世界の警察官から降りることを口にするようになった。それによってオバマ政権は自由な世界秩序を維持するというアメリカの特別な役割を放棄したとして、国際社会には悪い印象を抱かせることになった。

アメリカの同盟諸国は今回の選挙によってオバマ政権による超大国の責務放棄が覆されるように切望していた。しかし事態はむしろ逆になりかけている。民主党でも共和党でも孤立主義が台頭している。それはアメリカの長年の同盟国にとって失望すべきことである。忘れはならぬことは、民主主義の普及と同盟ネットワークは相互に絡み合って戦後のアメリカ外交政策の中核をなしてきたということである。ブルッキングス研究所のロバート・ケーガン氏は自著の『アメリカが作った素晴らしき世界』(The World America Made )で、この二つがどのように相互作用しているかを述べている。アメリカは常に同盟国を伴って戦争を戦っているが、ソ連と中国は事実上単独で戦ってきた。ベルリンの壁の崩壊からほどなくして旧ワルシャワ条約機構諸国はNATOに加盟した。旧ソ連構成共和国のウクライナとジョージアもこれに追従しようとしている。太平洋側ではフィリピンや旧敵国のベトナムまでの東南アジア諸国がアメリカのプレゼンスによる中国の脅威の排除を望んでいる。実際にはこの地域の国々はアメリカにも中国にも支配されたいとは思わず、ただ自国の独立を求めているだけにもかかわらず。

こうした国々がアメリカの覇権を受け入れているのは、アメリカには領土的欲望もなければ他国の主権を侵害する意図もないからである。また民主主義の価値観は国際舞台でのアメリカの指導力を強化する。ジョセフ・リーバーマン元上院議員とジョン・カイル元上院議員は「アメリカが指導力を発揮するためには自由の原則に基づいて安全保障と繁栄を相互一対で追求してゆかねばならない」との見解を詳細に述べている(“Why American leadership still matters”; AEI American Internationalism Project Report; December 3, 2015)。さらに両元議員ともアメリカの価値観の普及と国益の追求の関係を「人権と民主主義の理念への支援は単なる利他主義ではない。民主主義諸国はアメリカと戦争することもテロ支援に走ることもなく、難民を流出させることもない。民主主義の国であればアメリカと同盟関係になり、経済でもより良いパートナーになってくれる」と主張する(“The case for American internationalism”; Catalyst; January 20, 2016)。

しかし全ての候補者がこうした外交政策上の財産の重要性を理解しているわけではない。特に共和党のドナルド・トランプ氏はアメリカからのメキシコ人やイスラム教徒の締め出しばかりか、シリアと北朝鮮への非関与を主張する一方で、民主党のバーニー・サンダース氏はほとんど国内の社会経済格差にかかり切りである。今回の選挙での各候補の外交政策に触れてみたい(“Campaign 2016 --- Candidates & the World”; Council on Foreign Relations)。現在の候補者の間では、マルコ・ルビオ氏が全世界へのアメリカの価値観の普及に最も積極的である。ルビオ氏の外交政策での基本的な考え方は国際社会での特別な役割を強く意識するアメリカ特別主義であり、オバマ政権はアメリカを他の諸外国と同一化しようとしていると嘆いている(“Rubio: ‘Obama Wants America to Be Like the Rest of the World’”; MRC TV; January 28, 2016)。その結果「我が国は同盟国から信頼されなくなった。敵対国からも恐れられなくなった。そして世界はアメリカがどのような立場なのかわからなくなった」と主張する(“Rubio’s ad: “Our enemies don’t fear us’”; Hill; December 30, 2015)。そして中国からキューバにいたるまで専制体制に対する市民のエンパワーメントを支持している。他方で国内で厳しいテロ監視を維持するために自由法には反対票を投じた。

民主党のバーニー・サンダース氏と共和党のドナルド・トランプ氏は民主主義と人権の普及に不熱心どころか正反対の立場であり、両候補とも極端に内向きである。サンダース氏はほとんど国内格差と労働問題を中心に訴えているが、同盟国や友好国との多国間協力を重視している。国内での市民の自由に関しては、サンダース氏は保守派のリバータリアンと同様にテロに対する安全保障のための厳しい監視に反対している。最も問題がある候補者はドナルド・トランプ氏で、それは彼が孤立主義者だからである。この人物のイスラム教徒とメキシコ人に対する炎上発言からすれば、アメリカの価値観を信じているかどうかはきわめて疑わしい。核の三本柱や戦時国際法に関する発言に典型的に見られるように、とトランプ氏の外交政策に関する知識はきわめて貧弱である。トランプ氏の人権軽視は水責め拷問に関する見解で明らかになり、それに不快感を抱いたマイケル・ヘイドン元CIA長官は軍には正当な理由でトランプ氏の命令を拒否する場合もあり得ると言明した (“Former CIA director: Military may refuse to follow Trump’s orders if he becomes president”; Washington Post; February 28, 2016)。彼の外交政策に関する見解はグローバル経済と自由な世界秩序に対するブルーカラーの不信感に基づいている。トランプ氏は「アメリカが作った世界」など全く信じていない。よって民主的な同盟諸国も信用せず民主主義の普及にも関心はない(“Trump’s 19th Century Foreign Policy”; Politico; January 20, 2016)。それどころかキューバとの国交正常化をビジネス・チャンスととらえるような例外的な共和党候補者なのである。

その他の候補者では共和党のテッド・クルーズ氏とジョン・ケーシック氏から民主党のヒラリー・クリントン氏まで、国際主義と孤立主義の間の立場である。彼らは大なり小なりリアリストで、必ずしも民主主義の普及を強力に推し進めようとしているわけではない。クリントン氏はファースト・レディであった1995年に中国の一人っ子政策を批判したが、国務長官として推し進めたアジア転進政策は通商志向を強めていた。国内ではクリントン氏は移民に対してより「人道的」な処遇を主張し、ティー・パーティーのリバータリアンと同様の論拠から自由法を支持している。他方でクルーズ氏は微妙な立場にいる。中国やイランといった地政学的に敵対的な体制の国には人権問題で強硬な政策を主張しながら、「レジーム・チェンジ」についてはイラクおよびアフガニスタンのように長期で大規模な兵力駐留への怖れから否定的な見解である。国内ではクルーズ氏はリバータリアンを代表するランド・ポール氏とともに愛国法から自由法への更新によるテロに対する監視の緩和を働きかけた。これは小さな政府を信奉するティー・パーティーのリバータリアンと道徳主義的な福音派を支持基盤としていることも影響している。しかしクルーズ氏がネオコンとは相容れずアラブの民主化にも懐疑的なのは、それだけが理由ではない。

自らをレーガン後継者とするクルーズ氏の外交政策は、ジーン・カークパトリック氏に負うところが大きい。カークパトリック論文(“Dictatorship and Double Standards”; Commentary; November 1, 1979)に基づいて、クルーズ氏はシリアのバシャール・アル・アサド大統領のような好ましからざる独裁者とも共存を厭わず、道義的な介入による予測不能な混乱を避けようとしている(“Ted Cruz’s un-American ‘America First’ Strategy”; Foreign policy; December 16, 2015)。カークパトリック流ダブル・スタンダードはソ連への対抗のためにとられた。ネオコンや進歩的国際主義者とは違ってカークパトリック氏は文明の普遍的な進歩に懐疑的で、理想主義者よりもリアリストであった。しかしクルーズ氏はレーガンが常に彼女の助言に従ったわけではないことは、親米反共で知られたフィリピンのフェルディナンド・マルコス大統領が政権を追われた時の対応からも明らかなことを見落としている(“Ted Cruz's New Foreign Policy Isn't Conservative”; National Interest; August 1, 2014)。クルーズ氏が中国やイランのようなアメリカの戦略的競合相手とシリアやエジプトのようなアラブの好ましからざる専制国家との間でダブル・スタンダードをとっていることは、自由と人権の擁護者という世界の中でのアメリカの立場を低下させかねない。

外交政策での民主主義の普及は内政とも関連し合っている。この観点からドナルド・トランプ氏は最悪の候補者である。メディアに対する傲慢な態度、群衆の暴力を刺激する炎上発言、マイノリティーや女性や身体障碍者への侮辱での悪名には凄まじいものがある。トランプ氏が人権を訴えかけたところで世界はまず効く耳を持たない。普遍的な価値観の追求とその成果はアメリカ外交政策の財産である。国家安全保障の有識者達がトランプ氏の傲慢で無知な孤立主義を非難する公開書簡が、アメリカ国際主義の反撃の狼煙となることを望んでやまない。

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2016年2月11日

拙論説、2度目の英訳掲載

これまで日本国際フォーラムのe論壇に論説を寄稿してきました。e論壇の論説より選ばれた物は、英訳されて国際版に掲載されることになっています。この度は英中原子力協定の危険性に関する拙論説が英訳掲載となりました。この寄稿の元はこちらのブログ記事になります。なお、英文も拙訳です。

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