2019年9月28日

米欧亀裂は日米同盟を弱体化する

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日米同盟は太平洋地域での安全保障上のパートナーシップだとの想定が一般的だが、本稿ではこの戦略的な要石を大西洋側から眺めてみたい。そのために、マイク・ポンペオ国務長官が昨年12月のNATO外相会議出席の際に、ドイツ・マーシャル基金のブリュッセル事務所で行なった演説に言及したい。トランプ的世界観そのもの彼の演説はヨーロッパ諸国に不快感を抱かせた。ポンペオ氏がきっぱりと否定した多国間主義と地域協力による世界平和こそ、ヨーロッパを第二次世界大戦前の敵対的な大国間の競合から解放した。あにEUは多国籍の官僚機構が支配する政治形態で、主権国家と市民は犠牲にされているとまで述べた(“Secretary of State Michael R. Pompeo at the German Marshall Fund, Brussels, Belgium”; US Missions to International Organizations in Vienna; December 4, 2018)。ポンペオ氏の発言によって米欧間の亀裂はきわめて大きく広がりつつあり、今やリベラル世界秩序の基盤は以前にもまして脅かされている。

 

ブリュッセル演説はアメリカの外交政策専門家の間でも否定的に評価されている。ブルッキングス研究所のロバート・ケーガン氏は、ポンペオ氏の演説ではイスラエルの学者で極右のヨラム・ハゾニー氏が主張するように民主主義が自由主義でなくナショナリズムに基づくと述べられたと指摘する(“The strongmen strike back”; Brookings Institution; March 2019)。外交問題評議会のスチュアート・パトリック氏はポンペオ氏の「原則あるリアリズム」をさらに厳しく批判している。ポンペオ氏はEU、国連、世界銀行、IMFといったアメリカが支援あるいは創設してきた多国間機関を批判する一方で、トランプ政権が同盟国の間でのアメリカの評価をどれほど悪くしているかについては言及していない。多国間主義は官僚機構を通じた手続きの過剰な負担を増大させ、アメリカの外交での主権に基づいた行動を制限してきたというポンペオ氏の見解とは逆に、パトリック氏は多国間協調は互恵的で、国際舞台でのアメリカの優位にもつながったと主張する。EUに関しても国家主権についてのポンペオ氏の根拠薄弱な見解に反論し、加盟国は全体の意思決定に最も強い影響力がある。同様に、ポンペオ氏は他の国際機関についても間違っている。より重要なことにポンペオ氏の擁護とは異なり、トランプ氏には世界秩序もアメリカの指導力も守る気はなく、長年にわたるアメリカの同盟国を邪魔者扱いしている(“Tilting at Straw Men: Secretary Pompeo’s Ridiculous Brussels Speech”; CFR Blog; December 4, 2018)。これはG7ビアリッツ出席を前にトランプ氏が発した「同盟国は敵国よりもはるかに我が国を利用している」という侮辱的な一言に典型的に表れている(“Trump heading to G-7 summit after insulting allied world leaders”; CBS News; August 23, 2019)。

 

EUは「平和と和解、民主主義と人権に対する取り組みでの成果」によって2012年にノーベル平和賞を受賞した。それは西ヨーロッパでの多国間協調を進化させただけでなく、ポスト共産主義時代の東ヨーロッパでは自由の価値観を広めた。ヨーロッパは大西洋社会での共通の価値観を守護しているのに対し、アメリカはそうした価値観を捨て去ろうとしている。大西洋側から見れば日米同盟は脆弱になるばかりである。こうした事情から、日本国際フォーラムがアメリカ国防大学とアトランチック・カウンシルとともに発行した日米共同レポート『かつてない強さ、かつてない難題:安倍・トランプ時代の日米同盟』を見直すには良い時期だと思われる。このレポートが昨年4月に発行されてから、アメリカの外交政策スタッフはトランプ化が進んだ。ジェームズ・マティス氏やH・R・マクマスター氏をはじめとする「政権内の大人」達は、ナショナリストかつ大統領忠誠派の傾向が強いマイク・ポンペオ氏とジョン・ボルトン氏に取って代わられた。今やそのボルトン氏さえ更迭され、アメリカ外交はトランプ氏の気まぐれな気質の影響をこれまで以上に受けやすくなっている。

 

トランプ氏による突然のTPP離脱にもかかわらず、日米間では米欧間ほどのイデオロギー上の相違は見られない。日本国際フォーラムの政策レポートにも記されたように、両国は中国や北朝鮮をはじめとするインド太平洋地域で増大する脅威に対処し、この地域での民主的な価値観を守るためのビルトイン・スタビライザーの構築に乗り出している。これによって両国の同盟がアメリカ国内政治の予測不能なポピュリズムから守られるとことになっていた。しかし実際はそのレポートにも記されたように、アメリカがリベラル世界秩序とアジアでの多国間協調に引き続き関与してゆくことを確約したのはレックス・ティラーソン国務長官とジェームズ・マティス国防長官であった。しかしポンペオ氏が彼らほど地域の安定に関与するか疑わしい。ポンペオ氏は香港、ウイグルなどの自由と民主主義を訴えてはいるが、その意味と長官の意図はウィルソン的理念主義よりも「原則あるリアリズム」どころかハゾニー的なナショナリズムのように思われる。ポンペオ氏が多国間外交について抱く侮蔑的な見解は、戦場から国連外交の場にいたるまで同盟国との緊密な政策協調を説くマティス氏のものとは著しく対照的である(Jim Mattis: Duty, Democracy and the Threat of Tribalism”; Wall Street Journal; August 28, 2019)。マティス氏とは異なり、ポンペオ氏は元陸軍大尉ながら軍部のエリートではなく福音派とティー・パーティーを権力基盤としている。よって、「政権内の大人」達がいなくなった現状では日米同盟は再び弱体化に向かっている。

 

G7シャルルボワおよびビアリッツでは、日本がヨーロッパとトランプのアメリカとの間で難しい立場にあることが明らかになった。ヨーロッパとアメリカがパリ協定とロシアのG7再加入をめぐって激しく対立するあまり、中国や北朝鮮といったアジアの安全保障での重要課題が脇に追いやられている(“Japan’s Disappointing G7 Summit”; Diplomat; August 28, 2019)。安倍晋三首相にはトランプ氏と比較的良好な個人的関係を通じてヨーロッパとアメリカの仲介役となり、日本の国際的地位を向上させようという野心があった。しかし米欧間の亀裂はあまりにも広く深い。現在、アメリカと民主主義同盟諸国の間ではイランが火急の問題である。ポンペオ氏は同盟国にホルムズ海峡防衛の有志連合に加わるよう要請しているが、ヨーロッパ諸国は当地に差し迫った脅威があるとは見ていないばかりか、トランプ氏のイランに対する意図も不透明である(”Trump’s coalition of one”; Politico; August 2, 2019)。サウジアラビアの油田への攻撃に関しては、IISSのフランソワ・エイスブール上級顧問はイランが攻撃を行なったというトランプ氏の主張を受け入れることには慎重で、アメリカの専門家にもそうした見方に同調する向きがある。日本もトランプ氏が提唱する対イラン有志連合への参加には消極的である。トランプ時代の米欧亀裂は、日本の「地球儀を俯瞰する外交」にも好ましからざる影響を与えている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2019年8月 2日

アメリカ民主主義の劣化と世界の無秩序

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ロバート・ケーガン

 

リベラル世界秩序への最も重大な脅威は、専制諸国の挑戦が強まる一方で西側民主主義諸国が自分達の体制や価値観を信用しなくなっていることである。特にアメリカ民主主義の衰退は世界に大変な悪影響をもたらす。我々は民主主義が現在どのように衰退しているのかを理解し、この動向を覆す手段を考えてゆく必要がある。ブルッキングス研究所のロバート・ケーガン氏は本年3月に刊行された“The strongmen strike back”と題する政策レポートで、専制諸国が突き付ける挑戦の根本的な問題を分析している。西側の専門家は従来からの専制国家を社会主義のような普遍的で一貫性のある理念がないとして過小評価するきらいがあるが、ケーガン氏はリベラル民主主義諸国にとってイデオロギーからも地政学からも脅威となっているのは権威主義そのものだと主張する。そうした状況下で西側は目下、ポピュリストという内なる課題に直面している。

 

ケーガン氏は歴史を通じて続くリベラル民主主義と権威的専制政治のイデオロギー戦争について語っている。彼の歴史的考察は今日の民主主義衰退を理解するうえでの鍵となる。古典的自由主義以前の世界では、人民は封建社会の強固なヒエラルヒーに支配されていた。 小作人は何世代にもわたって地主に隷属し、思想および宗教の自由は存在しなかった。啓蒙自由主義こそが個人を伝統的なヒエラルヒーと部族主義から解放した。フランス革命に対しては、ロシア、プロシア、オーストリアといった専制君主諸国は自由主義への反動で検閲と投獄を強化したので、建国したばかりのアメリカにとっては国家存亡にかかわる脅威となった。自由主義と権威主義のイデオロギー戦争は地政学戦争でもあった。そうした外部からの圧力とともに、自由民主主義が合理性に基づくにもかかわらず当時は非合理性という内部からの挑戦を経験していたことに私は言及したい。フランスでは革命後もボナパルティズムとブルボン王政が興亡を繰り返した。きわめて矛盾したことに、ナポレオン3世はメキシコに介入して権威主義の象徴そのものであるハプスブルグ家出身のマクシミリアン皇帝を擁立したが、最終的には失敗に終わった。また、アメリカは奴隷制度をめぐって国内の抗争があった。孤立主義外交は普遍的な価値観とは相容れないものだった。この矛盾が解決されたのは、ウィルソン的国際主義が台頭した時である。

 

初期の混乱はあったがリベラル民主主義は内外双方の難題を切り抜けた。ケーガン氏は専制諸国がどのように自壊したかを述べている。19世紀から20世紀初頭にかけて両世界大戦における枢軸国に代表される権威主義諸国は現実の戦争に敗れたのであってイデオロギー戦争に敗れたわけではない。従来からの権威主義が敗れ去った後、新たな強敵としてソ連共産主義が登場した。自由主義と同様に共産主義も普遍性と理性に基盤を置いている。ソ連の国力に恐怖と抑圧の効果的な活用もあって、共産主義は盤石に見えた。よってケーガン氏はジーン・カークパトリック氏による古典的論文“Dictatorships and Double Standards” (Commentary; November 1, 1979)を取り上げ、西側は従来からの専制国家を支援して全体主義的な共産主義勢力を封じ込めるべきで、それは前者の体制ならリベラル民主主義に移行可能だが後者の体制では不可能だと当時は考えられていたことに触れている。しかし実際にはケーガン氏が主張するように、共産主義はソ連指者層が西側を超越する物質的繁栄を達成できなかったために正当性を失った。しかし従来からの専制主義がポスト共産主義の時代には再び台頭してきた。ケーガン氏によれば、ロシアと中国は2000年代末までに以下の道筋で権威主義的な体制の強化を成し遂げている。ロシアではウラジーミル・プーチン大統領が自国の欧米とは違う「アジア的」な性格を訴えかけようと、ロシア正教会との帝政時代の伝統を復活させ、LGBTQおよびジェンダー平等をめぐる進歩主義の考え方を否定している一方で、中国は毛沢東思想から国家資本主義の国に変わった。それによって第三世界の専制諸国は人権および透明性ある統治をめぐって、西側の圧力に対する立場を強めた。権威主義への世界的な揺れ戻しは人類の相反する性質に由来する。ケーガン氏は我々が自由を希求する一方で、自分達の家族や国の安全が脅かされていると感じると独裁者に頼りかねないと述べている。外部からの挑戦がそれほど手強いなら、リベラル民主主義諸国は優位を維持できるだろうか?

 

 

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外部からの挑戦とともに、ケーガン氏は今日の西側民主主義諸国が直面している内部からの挑戦にも言及している。イデオロギー戦争においては、この側面はハードパワーによる地政学競争よりも重要である。ハンガリーのビクトル・オルバン首相は反リベラル主義の名の下に、白人キリスト教徒の伝統が非白人、非キリスト教徒で都市部コスモポリタンの価値観より優位にあるべきだと主張している。極右ポピュリズムはヨーロッパと北アメリカ一帯で台頭し、2018年にはイスラエルの有力知識人ヨラム・ハゾニー氏が自著“The Virtue of Nationalism”を理論的な基盤として普遍的な自由主義に対して諸国民が連携して抵抗するように呼び掛けている。アメリカでのトランプ現象は、そのような部族主義から来ている。保守派の中には普遍的な自然権に対してさえ異を唱え、アメリカはアングロ・サクソンでプロテスタントの伝統にのみ基づいた国であるべきだと主張している者もいる。非常に重要なことに、ケーガン氏は欧米のナショナリストの波及効果は非キリスト教諸国にもおよび、インドのヒンズー・ナショナリズムやトルコのイスラム主義の台頭につながっていると論評している。この点から見れば、トランプ大統領が今上天皇と安倍晋三首相との会談のため訪日した際に麻生太郎副首相がトランプ政権下のアメリカと緊密な関係にある日本は諸外国がやっかむほどの地位だと自慢した(「麻生氏、日本の地位は『諸外国やっかむほど』向上」;産経新聞;2019年5月26日)ことについて、私は嘆かわしく思っている。それが傲慢に聞こえるのは、民主主義の衰退に関する世界的な懸念への麻生氏の問題意識が低いうえに、こうした発言は他の自由主義諸国とアメリカでの超党派の外交政策エスタブリッシュメントへの侮辱になるからである。トランプ氏は2016年の選挙運動での日本はアメリカとの同盟関係にたかっているとの主張を蒸し返してきたが、それで麻生氏が自らの傲慢な発言を後悔したかどうかは私にはわからない (「日米安保、初対面から不満=安倍首相、トランプ氏との会話明かす」; 時事通信; 2019年7月3日)。

 

ケーガン氏は現在のアメリカ民主主義についてもさらに分析を進めている。アメリカの外交政策に関する議論はアメリカのアイデンティティとも関わり合っている。孤立主義への揺れ戻しが吹き荒れたのは、ウィルソン時代の後である。白人ナショナリズム、反移民運動、そして保護主義が強まった背景には、国民の間でアングロ・サクソンとプロテスタントの文化的伝統に固執する傾向が強まり、アメリカの建国基盤にあるリベラルな啓蒙思想の要素への反感が高まったことが挙げられる。今日ではそのようなナショナリスト保守派は反米的な指導者、特にウラジーミル・プーチン氏による欧州大西洋諸国はキリスト教的価値観や道徳的伝統といった西洋文明の基盤を取り戻して自由主義という普遍的な価値観を捨て去るべきだという主張に共鳴している。非常に興味深いことにケーガン氏は保守派の思想家、クリストファー・コールドウェル氏がアメリカ主導のリベラルな世界秩序に屈服しないロシアの独裁者を「全世界のポピュリスト保守派のヒーロー」だと主張していることに言及している。この点から言えば、アメリカ・ファーストはあまりに逆説的である。さらに問題となることに、全米民主主義基金のマーク・プラットナー氏が論ずるように主流派の中道右派政党が反リベラル民主主義の過激派に乗っ取られている。主流派の保守系議員が次々にオルタナ右翼に屈服するのも無理からぬことだ。ケーガン氏が2016年の選挙でクリントン陣営に加わる以前には、共和党と深くかかわっていたことを忘れてはならない。よって保守主義の変遷についての彼の分析は我々にとって重大な警鐘だと言える。さらに私はキリスト教のアイデンティティに固執する保守派の誤謬も指摘したい。アメリカの歴史には中世がないうえに、自国を旧世界の封建主義から解き放たれた存在と見なしている。しかしキリスト教国という考えは近代以前のものである。そのように退化的なイデオロギーで偉大な国など作り上げることは不可能で、ただ文明が後退して後発国になるだけである。

 

退化的な保守とともに、ケーガン氏は自由主義が今日では左翼からも激しい攻勢にさらされていると指摘する。現在の保守の多くが民主主義はナショナリズムに由来するもので自由主義ではないというハーゾニー氏の主張を信奉していることは、昨年12月にマイク・ポンペオ国務長官がブリュッセルのドイツ・マーシャル基金で行なった演説にも表れている("Tilting at Straw Men: Secretary Pompeo's Ridiculous Brussels Speech)。トランプ政権が任命したリチャード・グレネル駐独大使は、プーチン氏と共鳴してヨーロッパのナショナリストを支援しているほどだ。そうした中で進歩派はリベラル資本主義とアメリカ帝国主義を攻撃するばかりで、反米的な独裁者への抵抗には意欲的でなかった。冷戦中には保守と反共リベラルが手を携え、そうした極左を押し退けた。しかし今日では権威主義に対する諸派連合はなく、他方で専制諸国の方はかつての共産主義同盟のように一枚岩ではない。しかしケーガン氏はリベラルな国と非リベラルな国の違いは一般に思われているよりも顕著で、前者では自然権が尊重されるが後者では尊重されないと論じている。そうした中で、私にはリベラル諸国は地政学に目が向くあまり、専制諸国に対する戦略では上手く足並みがそろっていないように思える。ヨーロッパはロシアに、日本は中国に目が向き、アメリカは要塞化した孤立主義に陥りつつある。リベラル民主主義諸国間の国内政治と同盟の内部分裂によって、世界はさらに不安定化しかねない。

 

リベラルな世界秩序ではアメリカの圧力への恐れから、独裁政権が挑発的な行動を躊躇するようになる。アメリカにはオフショア・バランサー以上の行動が求められている。アメリカのリーダーシップが不在の今、私はヨーロッパや日本のような民主主義同盟諸国が直面する問題に言及したい。現在、ブレグジットがヨーロッパを揺るがせている。独仏枢軸はヨーロッパ統合の中心ではあるが、IFRI(フランス国際問題研究所)が昨年4月に刊行した“Macron Diplomat: A New French Foreign Policy?”によれば、ヨーロッパ防衛に関してフランスは平和主義のドイツを必ずしも信用していない。自主独立のヨーロッパの実現にはそれほど困難を伴う。他方で日本はトランプ政権下のアメリカとの関係が比較的良好と見られているのは、地元インディアナ州が日系企業を数多く受け入れているマイク・ペンス副大統領を通じたチャンネルがあるためである。しかしペンス氏は本年3月にアメリカン・エンタープライズ研究所が主催したディック・チェイニー元副大統領との会談で、トランプ政権のアメリカ・ファーストという方針を擁護した(“Former vice president Cheney challenges Pence at private retreat, compares Trump’s foreign policy to Obama’s approach”; Washington Post; March 1, 2019)。象徴的なことに、トランプ氏が貿易(“Trump takes dig at Japan for ‘substantial’ trade advantage and calls for more investment in US”; CNBC News; May 25, 2019)と防衛負担(“Trump muses privately about ending 'unfair' postwar U.S.-Japan defense pact”; Japan Times; June 25, 2019)をめぐって日本を批判した際に、ペンス氏はそれを止めなかった。ヨーロッパと違い、日本は特に中国をめぐってアジア近隣諸国と安全保障上の優先案件を必ずしも共有しているわけではない。アメリカでの政治的混乱で世界は不安定度を増している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2019年5月20日

トランプ政権によるアメリカ民主主義の危機

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今年のはじめにフリーダム・ハウスが発刊した“Freedom in the World 2019”では全世界で民主主義の勢いは弱まり、特にアメリカでの民主主義の衰退は危機的な状況であると述べられている。フリーダム・ハウスの100点満点の指標による総スコアはドナルド・トランプ大統領の就任によって急落している。ウェンデル・ウィルキーとエレノア・ルーズベルト大統領夫人(当時)によって1941年に設立されたフリーダム・ハウスは、アメリカの価値観外交の一翼を担ってきた。ウィルキーは1940年の大統領選挙で共和党候補として民主党のフランクリン・ルーズベルトと争ったが、彼自身の党の予備選挙では孤立主義の候補者達を破って躍り出た。現在、世界の民主化促進を担ってきた超党派のNGOは国内戦線に重点を移している。国内での民主主義の衰退は5Gをめぐる中国との競争以上に、アメリカの覇権の行方を左右する問題である。歴史的に、イギリスはビスマルク時代からカイゼル時代のドイツとテクノ・ヘゲモニーの分野で激しく競合しながらも、世界における議会制民主主義の模範として抜きん出た存在であった。アメリカ民主主義の劣化はそれほど破滅的なものである。

 

フリーダム・ハウスのレポートでは全体的な動向を以下のように記している。冷戦での西側民主主義諸国の勝利を経て、中国とロシアに代表される専制諸国がリベラルな世界秩序に反発した。第三世界にもこうした動向に追従する国もあり、そうした国々のフリーダム・ハウス指標は急落している。さらにグローバル化によって欧米社会での格差が拡大した。それは先進国の富裕層と新興国の労働者に利益をもたらした一方で、先進国の非熟練労働者は経済的に苦しくなっている。これによってアメリカとヨーロッパで反自由主義運動が高まり、権威主義的ナショナリズムの容認とともに多国間ルール、移民、立件民主主義が否定されるようになった。このレポートでは2005年から2018年にかけてのリベラル民主主義への信頼喪失を「世界の自由後退の13年」と呼んでいる。嘆かわしいことに今のアメリカは世界の自由を推進するリーダーではなく、民主主義と専制主義の対立の場となっている。

 

私がアメリカにおける民主主義の衰退を重大なものと考える理由は、これが超大国の内部崩壊になっているからである。専門家達が今世紀における大国間の競合を語る時には、グローバルなパワー・シフト、中国の台頭、ロシアの再大国化志向といった外部要因が注視される傾向がある。しかしリベラル民主主義諸国が優位を保てるかどうかは、専制諸国からの挑戦よりも内部的な強さ、安定、自国の体制への信頼にかかっている。アメリカの民主主義はトランプ政権登場以前からすでに危機にあった。党派分裂の拡大、経済的流動性の低下、特殊利益団体の強大化、そして事実に基づくジャーナリズムへの国民の敬意の欠如が見られるようになっていた。トランプ時代になって事態はさらに悪化している。フリーダム・ハウスのレポートではアメリカ民主主義の現状が以下のように記されている。トランプ氏は民主主義の基本的な規範を馬鹿にしきっていることもあり、G7+オーストラリアの中ではアメリカのフリーダム・ハウス指標は最悪になっている。この国はフリーダム・ハウスの評価で「自由」というカテゴリーに踏みとどまり、「部分的に自由」あるいは「自由でない」に落ちてはいないものの、建国の父が築き上げたアメリカの政治システムも健全な民主主義の維持を保証するものではない。このレポートではハンガリー、ベネズエラ、トルコといった例に触れて、民主的な制度が独裁者の前にはどれほど脆弱かが述べられている。

 

このレポートではトランプ政権の統治について以下5点から診断を下している。第一に、トランプ氏は法の支配をあまりにも軽んじている。移民問題をめぐって司法が彼に不利な判決を下すと、担当判事を「オバマの判事」や「いわゆる判事」呼ばわりして彼らの資格や中立性を責めたてた。司法省に対しては彼自身と政治的に対立したジェームズ・コミー氏とヒラリー・クリントン氏の起訴まで要求した。トランプ氏による司法に対する政治的な工作はさらに進み、自らに与えられた恩赦権限を利用して政治的に味方になる者に適用しようとまでしている。これらは司法の独立を多いに脅かす。第二にトランプ氏は報道の自由を抑圧している。彼は自分に不利なメディアにはすぐに「フェイクニュース」や「国民の敵」といったレッテルを貼り、事実に基づくジャーナリズムに対する国民の不信感を煽り立てている。またジャーナリストに対する法的そして社会的な保護も軽視するようでは、プーチン政権下のロシアなど専制諸国で見られるように報道記者の安全が脅かされるようになりかねない。フリーダム・ハウスが挙げたこれら2点は、トランプ氏が権力分立を侵害していることを示す。私にはトランプ氏が大衆の怒りを彼自身のためだけに利用し、民主的な統治を犠牲にしているように思われる。そうした所業がどれほど多くの国民の意志に反しようとも、トランプ氏は自らの目標の達成のためには気にも留めない。彼は自分の選挙基盤を満足させるためだけに職務を行なっている。

 

そうしたエゴイズムがもたらす腐敗は、フリーダム・ハウスが国別で民主主義のレベルを評価するうえで重要になっている。このレポートが挙げる第三の点は、透明性と公務の規範である。トランプ氏は近代民主主義の倫理的基準を頻繁に破っている。中でも彼の関連企業は問題のある国々からの資金流入がある。トランプ・オーガニゼーションはマンハッタンでの建設プロジェクトのために、中国の国営企業である上海城投資集団からの投資誘致の交渉を行なっていた(“As tariffs near, Trump’s business empire retains ties to China”; Washington Post; July 5, 2018)。また大統領選挙の直後にはサウジアラビアのロビイストがトランプ氏のホテルの部屋を借りきっている。これら外国からの介入の他にも、ジャレド・クシュナー氏とイバンカ・トランプ氏の登用は第三世界並みのネポティズムである。こうした利益相反は非常に多い。第四の点は、トランプ氏は結果が思わしくないと選挙の正当性を叩くことである。2018年の中間選挙ではトランプ氏は自分の支持者に対して、民主党が投票で不正行為を行なったと証拠もなしに言い立てた。他方で彼の政権はゲリマンダーやロシアなど外国勢力の介入にはほとんど関心を示さない。

 

これら4点の国内問題に加えて、第五の点はトランプ氏が民主化促進と集団防衛を軽視しているので、同盟国と国際社会からアメリカへの信頼は低下する一方である。他方でロシア、サウジアラビアからカンボジアまで、専制諸国はトランプ政権がアメリカの価値観を掲げなくなったことを歓迎している。アメリカとの熾烈な貿易戦争に直面している中国でさえ、この調子なら自国の権威主義的な開発モデルを第三世界に輸出できるとして歓迎している。フリーダム・ハウスはこのことがリベラル世界秩序の崩壊を刺激すると懸念している。ここでフリーダム・ハウスが挙げた5つの点はロシア捜査とも深く絡み合っている。トランプ氏が任命したウイリアム・バー司法長官については、ロバート・モラー氏と彼の同僚検察官達がトランプ氏は訴追可能だと述べているにもかかわらず、モラー報告書の提言を歪曲したとの疑念も生じている。現政権の非行は特に法の支配と選挙の正当性を損なっている。

 

問題は共和党がトランプ氏に対して宥和姿勢なことである。これはアメリカン・エンタープライズ研究所が非公開で設定したディック・チェイニー元副大統領とマイク・ペンス副大統領の会談に典型的に表れている。チェイニー氏は同盟国との摩擦の増加と「オバマ式」の非介入主義に対する懸念を述べる一方で、ペンス氏はトランプ大統領を選んだのは有権者であり、政権としてはそうした期待に沿うようにしていると言って正当化した(“Former vice president Cheney challenges Pence at private retreat, compares Trump’s foreign policy to Obama’s approach”; Washington Post; March 11, 2019)。さらにマックス・ブート氏は、マルコ・ルビオ上院議員とリンゼイ・グラム上院議員のような共和党の重鎮は過去に民主党の不正行為を糾弾しながらロシア捜査でのトランプ氏の違法勝つ非倫理的な所業を容認している(“Republicans are hall-of-fame hypocrites”; Washington Post: May 9, 2019)。民主主義の普及はアメリカの覇権の中核となる価値観である。現在進行中の中国との貿易戦争は大いに注目されているが、その勝敗の行方は世界秩序から見れば局地戦に過ぎない。これはロシアのセルゲイ・ラブロフ外相による、西側のリベラルな社会モデルは死滅しつつあり世界はもはやアメリカを信用していないという演説に典型的に表れている。 (“The New New World Order and the Russian Care Bear”; New American; April 15, 2019)。多くの同盟国が依然として対米関係を最重視しているとはいえ、トランプ政権によってアメリカへの信頼はますます損なわれている。そのことで世界の不安定化は進む一方である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2019年4月 3日

日本はロシアのヨーロッパと中東での地政学戦略を注視せよ

ウラジーミル・プーチン大統領は日本とアメリカの同盟関係は平和条約と北方領土問題の解決に向けた交渉の障害になると言って、日本国民には両国の間には大きな認識の相違があることを強烈に思い起こさせた(“Putin says 'Tempo has been lost' on Japan-Russia peace treaty”; Nikkei Asian Review; March 16, 2019)。二国間首脳会議が開催される度に日本の国民とメディアはロシアに対して、北方領土の返還にも前向きで中国に対するカウンターバランスにもなり、極東での二国間経済開発協力にも関与してくれると甘い期待を抱いてしまう。確かにプーチン氏はアジアへの転進を模索している。アジア太平洋地域はグローバルなパワー・シフトで重要性を増し、国内的には人口は少なく開発も進んでいないロシア極東地域には海外からの直接投資が必要である。しかしそのことでロシアが日本人の期待に沿うほど気前良くなってくれるわけではない。

 

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安倍首相とプーチン大統領の首脳会談

 

日露のやり取りについて語る前に、ロシアの地政学戦略でも特にヨーロッパと中東での基本的な原則を検証する必要がある。というのもクレムリンの思考と行動を見通すうえで、ロシアのフロント・ドア地域は学ぶべき教訓に満ちているからである。他方でアジア太平洋地域はクレムリンにとって戦略的なバック・ドアであり、当地でのロシアの影響力はソ連崩壊後に大幅に低下したために中国政府高官の中にはこの国は彼らにとってジュニア・パートナーだと揶揄する者もいるほどである。現在、東アジアでのロシアの戦略はヨーロッパと中東でのものほど明確ではない。よってロシアが両地域でどのように行動しているかを述べて、この国のグローバル戦略と対日政策を検証したい。

 

まずヨーロッパについて述べたい。プーチン氏が有名な発言でソ連崩壊は前世紀最大の地政学的な災難だと述べた(Putin says he wishes the Soviet Union had not collapsed. Many Russians agree.; Washington Post; March 3, 2018)ように、クレムリンの戦略的優先事項は旧ソ連およびワルシャワ条約諸国でのロシアの力の回復と西側同盟の弱体化である。だからこそロシアはウクライナでクリミアの併合とドンバスでの代理勢力蜂起の支援を行ない、コーカサス地域ではジョージア、南オセチア、ナゴルノ・カラバフなどでの民族宗派紛争に介入し、ベラルーシとの連合国家条約に調印した。さらにロシアはあらゆる手段で西側同盟を解体させようとし続けている。ロシアは冷戦後のNATOとEUの東方拡大に危機感を抱き、プーチン大統領はハンガリー、チェコ、スロバキアなどの旧ワルシャワ条約諸国での極右の台頭を支援した。さらに西ヨーロッパでも特にブレグジット国民投票をはじめ、オランダ、フランス、ドイツ、イタリアの国政選挙にも介入した。こうした工作活動によってヨーロッパ諸国の間および大西洋同盟に亀裂がもたらされた。

 

こうした観点から、私はプーチン氏が日米の同盟関係を分断すると本気で言ったものと受け止めている。ドナルド・トランプ氏の物議を醸した選挙公約と同様に、プーチン氏が日本に向けたメッセージはポーカー・ゲームではない。実際、セルゲイ・ラブロフ外相をはじめとするロシア政府高官は、日本国民に対して日米同盟とは袂を分かつようにと繰り返し要求した。実際のところクレムリンが日本にアメリカとの同盟を破棄するよう強要はしないだろうが、彼らは両国の安全保障パートナーシップに揺さぶりをかけている。プーチン政権が何年にもわたって介入し続けているヨーロッパでは親露極右政権がEUやNATOから離脱を模索するわけではないが、こうした国々は西側民主主義諸国による多国間機関を不安定化させている。北方領土と平和条約に関する二国間交渉を通じて、日本もプーチン氏による同盟破壊の標的に陥りかねない。日本の政治家は自分達の間で北方領土の二島返還か四島返還かという議論をしているが、そうした議論もヨーロッパとアジアでリベラル民主主義諸国の連帯を断ち切ろうとするプーチン氏の固い意志の前には意味をなさない。

 

また日本はロシアの中東での地政学戦略からも教訓を得られる。クレムリンはテロとの戦いにも地域秩序にも全く関心はない。プーチン大統領にとっての優先事項は熾烈なパワー・ゲームの中でロシアの力と影響力を最大化することである。だからこそシリアのアサド政権を支援してソ連時代からの海軍基地を確保しようとしている。またロシアは敢えて矛盾する政策も採っている。イランは中東で最も緊密なパートナーと言えるが、ロシアはイランの戦略的競合国であるサウジアラビア、そして域内主要国のトルコとカタールにもS-400地対空ミサイルを輸出している(“RUSSIA MAY SELL MISSILE SYSTEM TO QATAR, SAUDI ARABIA, SYRIA AND TURKEY, FUELING ALL SIDES OF MIDDLE EAST CONFLICTS”; News Week; January 25, 2018)。実のところクレムリンはイランとサウジアラビアの勢力均衡に気を配っている。両地域大国は自国の影響力を競い合っている。シリアではロシアはイランとともにアサド政権を支援しているがレバノン、イラク、イエメンでは状況は変わり、クレムリンはこれらの国ではサウジアラビア寄りの民族および宗派集団の支援さえ行なっている(“Balancing Act: Russia between Iran and Saudi Arabia”; LSE Middle East Centre Blog; 7 May, 2018)。日本はそのように冷徹な地政学を念頭に置くべきである。東アジアでは親米の日本をサウジアラビアに、反米の中国をイランに見立てることができる。プーチン政権下のロシアが日本のために中国の抑えになると期待するなど、あまりにも甘い考え方である。

 

ロシアが国際政治の熾烈な現実に基づいて行動する一方で、少なからぬ日本人が「文化的ロマンティシズム」に囚われている。彼らが言うには日本はアジアの一国としてロシアとの誇りある自主独立の外交を目指すべきで、欧米諸国とは一線を画すべきだということだ。何とも勇ましい限りだがロシアがグローバルな規模ではどのような行動原則に従っているかをほとんど考慮していないようでは、彼らのナショナリズムには中味も何もない。彼らが言うように日本の地理的な位置、民族および文化の上でのアジア性、欧米とは独自の政治文化的風土は見過ごせないが、そのように単純な感情論は欧米の極右と同様の思考様式である。大西洋諸国の過激派ナショナリストは白人でキリスト教徒というアイデンティティと社会的に伝統主義の価値観を共有しているというだけでプーチン大統領との自然な絆があると思い込んでいるが、常識をわきまえたものなら誰であれそれがいかに馬鹿げたことかはよくわかる。こうした観点から、日本国民を間違った認識から解放する必要がある。ヨシフ・スターリンは第二次世界大戦の最後に日本との中立条約を一方的に破棄したが、それはヨーロッパと中東でやってきたことと同じことをしたに過ぎない。ロシア人にとって日本は何ら特別な国でもないので、「文化的ロマンチシスト」達は同じ過ちを繰り返してはならない。

 

最後に日本の政策形成者達はロシア人が頻繁に口にする、日本の専門家に会うといつでも北方領土問題について聞かされるのでうんざりしてくるという不満の真の意味を再考する必要がある。私の理解では、それは文面よりもさらに深い意味があると思われる。ロシア人は日本人にはもっと「成長」して他の問題も議論できるようになって欲しいと言いたいのかも知れない。彼らが日本人を見る目線は、日本人が今もなお歴史認識に拘る韓国のナショナリストを見る目線と同じなのかも知れない。領土問題が日本にとって重要なことは当然だが、我々としてもそれと並行してロシア人の印象に残るような世界と地域の将来像を示さねばならない。さらに日本の専門家が逆に、日本人以外の諸国民がロシア人と会う時には何を話すのかと問い返してみればという興味もある。アメリカ人は何を話すのか?ヨーロッパ人ならどうか?中国人ならどうか?インド人、アラブ人、イラン人となるとどうなるのか? ここに挙げた諸国民はロシアのグローバルな地政学および地形学の戦略で重要な相手ばかりである。ロシア人がこの疑問に答えることがあれば、それは将来に向けた二国間外交に役立つかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2019年3月 5日

英欧はブレグジット背後のロシアを見逃すな

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ほとんどの専門家とメディアがウエストミンスターでの英議会内でのやり取りとイギリス・EU間の外交交渉を注視する一方で、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領によるEU帰属国民投票への工作を手助けしたイギリスの犯罪人にはそれほど大きな関心は払われていない。言い換えれば、現行のブレグジットはクレムリンおよびアロン・バンクス氏やリーブ・EUといった国家反逆者の意志ではあっても、国民の意志ではないという疑問がある。EUとの交渉期限となる3月29日は近づいているが、手続きは延期させるべきだと思われる。さらにバンクス氏の事件は、アメリカでのトランプ氏の選挙運動に関するロシア捜査とも強く関連し合っている。こうした観点からすれば、ブレグジットの正当性と合法性に関する問題がもっと注視されるべきである。

まずバンクス事件について述べたい。国家犯罪対策庁(NCA)は2016年8月のブレグジット投票から、この件を捜査してきた。昨年11月、イングランド・ウェールズ高等法院はNCAが持ち込んだ事件の判決に向けて手続きを進めていた(“Brexit: High Court to rule if referendum vote ‘void’ as early as Christmas after Arron Banks investigation”; Independent; 24 November, 2018)。そうした中でヨーロッパ在住のイギリス人達は12月にブレグジット運動の団体ボート・リーブを不正支出で提訴してブレグジットの破棄を迫った(“Expats ask High Court to declare Brexit vote invalid”; Financial Times; December 7, 2018)が、高等法院は団体には6.1万ポンドの罰金を科して個人の学生活動家達にも別に罰金を科しただけだった。本件の政府代表で勅選弁護人のジェームズ・イーディー氏は、離脱手続きがかなり進んだ今となってはブレグジットに法的な意義を唱えるのは遅すぎると論評している(“Brexit: High Court rejects challenge to annul referendum result in major blow to Remain campaigners”; Independent; 10 December, 2018および“Expatriates lose in bid for High Court review of 2016 referendum”; Financial Times; December 10, 2018)。バンクス氏とリーブ・EUに関しては、個人情報保護委員会(ICO)がブレグジット運動のためとして行なった個人情報保護違反に12万ポンドの罰金を科した(“Leave.EU and Arron Banks insurance firm face £135,000 in fines”; BBC News; 6 November, 2018および“Leave.EU and Arron Banks insurance firm fined £120,000 for data breaches”; Guardian; 1 February, 2019)。しかし彼らが及ぼした国家安全保障上の重大な問題を考慮すれば、この程度では済まされない。バンクス事件はトランプ氏のロシア疑惑とも深く関わり合っているばかりか、NCAの捜査が進めばナイジェル・ファラージ氏とUKIPに関しても何かが露呈するかも知れない。ファラージ氏は自身の同志であるヨーロッパとアメリカの極右と同様に、プーチン氏を称賛している。

きわめて不思議なことにブレグジット投票でのロシアの介入については、ドーバー海峡の両岸ともほとんど取り上げようとしていない。中でもウエストミンスターのブレグジット強硬派はEU官僚機構による煩雑な規制とブリュッセルから独立した国家主権にばかり目を奪われ、より重大なロシアの脅威は彼らの愛国心の警戒を呼ばないようだ。国家生存の観点からすればEU官僚機構は煩い規制組織に過ぎないが、ロシアは工作員を送り込んでスクリパリ父子毒殺未遂を起こしたうえに、イギリスの海域および空域には彼の国の戦闘機、核爆撃機、海軍艦艇が入り込んでいる。しかし問題はイギリス側だけにあるのではなく、ダウニング街もブリュッセルもリスボン条約第50条に従った適正な法手続きだけを念頭に置いている。言い換えれば、メイ首相はブレグジット投票の単なる執行人として振る舞う一方で、EU首脳陣はイギリスと大陸諸国の間の長年にわたる対立に気を取られている。

そうした杓子定規な単純思考に鑑みて自由民主党のレイラ・モラン下院議員は、プーチン氏がブレグジット投票でイギリス国民の票を盗んだにもかかわらず、メイ氏が再度の国民投票を拒否するのはどういうことかと疑問を呈している。またブレグジット強硬派がEU側をナチスに擬えながら、プーチン氏のような本物の脅威を見過ごしていることを批判している。さらにアロン・バンクス氏には、ブレグジットの設定期日後も続くNCA捜査でリーブ・EUへのロシア資金の献金についてもっと明快に説明するように要求している(“I asked Theresa May if she sides with Putin or the people – an answer would tell us who Brexit is really for”; Independent; 10 January, 2019)。にもかかわらずブレグジット強硬派はイギリスの「ヨーロッパからの独立」だけを気にしている。きわめて興味深いことに慶応大学の細谷雄一教授は保守党がイデオロギー的に非寛容になったのはマーガレット・サッチャー時代からで、それが顕著に表れるのは同氏の強固な反社会主義および反欧州統合の主張であると指摘する(「メイ首相のEU離脱案否決~“世紀の敗北”が起きた理由」;ニッポン放送;2019年1月18日)。

同様にロンドン・スクール・オブ・エコノミックスの故森嶋道夫名誉教授も『イギリスと日本』および『サッチャー時代のイギリス』といった自らの著書で、サッチャー氏の視点論点はメソジスト信仰に強く基づいているために、全てを善悪の観点で見てしまうと繰り返し述べていた。これは市場経済への揺るぎない信頼と社会主義の拒絶に典型的に表れている。社会経済および政治の問題へのそのように過度に単純化された理解は、伝統的なイギリス保守党政治家よりもアメリカのグラスルーツ保守派のものに近い。同様に、今日の自称サッチャー主義者や欧州懐疑派は英欧間の相違にばかり注意が向くほど視野が狭いので西側の民主的な手続きへのロシアの工作など、国際政治での多次元の問題には注意も払わない。彼らは先のアメリカ中間選挙で落選した極右のダナ・ローラバッカー元下院議員のように偏向した考え方の持ち主で、実際に彼は下院外交委員会でロシアはもはや共産主義国でもないのでクレムリンの情報工作など有り得ないとまで言い張った(“Rohrabacher: Russia Is No Longer Motivated By Communist Ideology, No Longer A Threat”; Real Clear Politics; March 10, 2017)。

そうした中でオープン・デモクラシー・UKは、主要なメディアやシンクタンクからあまり注目されていないブレグジット運動の背後にある汚れた資金を追っている。バンクス氏からリーブ・EUへの献金に関しては徹底的な捜査が必要で、プーチン氏の西側民主主義への介入は重大な懸念事項である。さらにこの事件はトランプ氏の選挙運動に深く関わっている。オープン・デモクラシー・UKはブレグジットに関する別のスキャンダルについても、北アイルランドのプロテスタントの民主統一党が自分達のブレグジット運動のために疑惑の資金をインドから(“The strange link between the DUP Brexit donation and a notorious Indian gun running trial”; openDemocracy UK; 28 February, 2017および“Revealed: the dirty secrets of the DUP’s ‘dark money’ Brexit donor; openDemocracy UK; 5 January, 2019)、そしてサウジアラビアの情報機関関係者から受け取った(“Democratic Unionist Party Brexit campaign manager admits he didn’t know about its mysterious donor’s links to the Saudi intelligence service”; openDemocracy UK; 16 May, 2017)と明らかにしている。彼らの運動はロシアからも資金を得ているかも知れないので、さらなる調査が求められる。

ともかく、ブレグジットの背後には非常に多くの不都合な事実が隠されているように見受けられる。議会内および外交でのやり取りがどうあれ、今回のブレグジットは突然で準備不足である。私はイギリスが未来永劫にわたってEUに留まれと言っているわけではない。しかしEU帰属投票の結果はイギリス国内外で混乱をもたらすだけになっている。経済にも悪影響を与え、金融機関のフランクフルト移転や日本企業の自動車工場閉鎖にもいたっている。そうなると西側同盟の弱体化を安全保障の重要課題としているプーチン氏を喜ばせるだけになってしまう。ブレグジット投票の妥当性についても、国民の意志を反映した結果なのかどうか疑わしい。幸運にもメイ政権とEUはウエストミンスターでの度重なる離脱法案否決によってブレグジットの日程を延長しようとしている(“EU Wants a Brexit Delay But Governments at Odds Over Length”; Bloomberg News; February 26, 2019)。そうした混乱から、イギリスとヨーロッパの当事者はNCAなど公的機関およびオープン・デモクラシー・UKなどの民間機関による犯罪調査の結果を待ってもよいのではないかと思われる。イギリス政府法律顧問のジェームズ・イーディー氏の発言とは異なり、「プーチンのブレグジット」の妥当性は、法律のうえでも国家安全保障のうえでも再検討することに遅すぎるということはない。

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2019年1月 9日

トランプ共和党の危険な極右化

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専門家やメディアの間で噂されたように、トランプ政権は中間選挙後に「政権内の大人」とされたジョン・ケリー大統領首席補佐官とジェームズ・マティス国防長官の更迭によって閣内を再編し、選挙公約の実現への障害を取り払おうとしている。ドナルド・トランプ大統領はシリアとアフガニスタンからの米軍撤退を宣言したが、テロリストは依然として現地軍の手に余り、撤退後の地政学的な力の真空も非常に懸念される(“Mattis resigns after clash with Trump over troop withdrawal from Syria and Afghanistan”; Washington Post; December 20, 2018)。この他にもトランプ氏はメキシコ国境の壁への予算に頑迷に固執するあまり、議会との衝突とそれに続く政府機関の閉鎖が避けられないものとなった(“The Latest: Democrats refuse to fund Trump’s “immoral” wall”; AP News; December 9, 2018)。明らかに現政権は極右化の方向に向かっている。事態はウィリアム・クリストル氏が述べたようにトランプ氏は共和党を自分への忠誠派で占めることだけを考え、中間選挙で落選した穏健派のことなど気にもかけないという方向に動いている (@BillKristol; Twitter; November 7, 2018および@BillKristol; Twitter; November 12, 2018)。

問題は政権と議会だけではない。極右化によって共和党の支持基盤が変わり、それによって排外的ポピュリズムがさらに加速しかねない。そうした懸念を示す兆候は昨年11月にCNBCが半年ごとに行なうミリオネア調査に表れている。この調査によると富裕層は共和党支持者も含めて、トランプ氏への信頼を失いつつある。人口は多くはない彼らだが、選挙での投票にも政治献金にも積極的である(“Wealthy Republicans lose faith in Trump, as nearly 40% say they wouldn’t vote to re-elect him: CNBC survey”; CNBC News; December 23, 2018)。富裕層の懸念は政府の機能不全である(“The biggest risk to millionaire wealth is Washington: Survey”; NBC News; December 17, 2018)。政治と安全保障のリスクは市場のリスクでもあるので、それは理解できる。トランプ氏の国内政治および国際政治での不手際によって富裕層が共和党を見限れば、党内での極右の力はさらに強まる。

そうした「保守主義の劣化」(The Corrosion of Conservatism:マックス・ブート氏近著の題名)は、トランプ極右が民主党左派よりも苛烈であることを意味している。私はこれについて以下の理由を挙げたい。第一にエリザベス・ウォーレン氏やナンシー・ペロシ氏のような民主党左派でさえトランプ氏よりも超党派での外交政策の常識を遵守しているのは、議会で長年にわたって責任ある立場にあったからである。第二にトランプ氏は非現実的な選挙公約に頑迷に固執することは、最近のメキシコ国境沿いの壁をめぐる政府閉鎖に見られる通りである。また貿易戦争や同盟破壊のように、トランプ氏は政策形成に関する大学の教科書にことごとく反発する有様である。第三にトランプ氏のリーダーシップのスタイルが第三世界の独裁者さながらに腐敗したもので、自分のスタッフにはマフィアさながらに個人的な忠誠を要求するほどである。それはアメリカ民主主義を破壊しかねない。ともかく党派やイデオロギーがどうあれ、彼のように奇妙な気質の政治家はいない。

第4の理由が最も重要でグローバルな意味合いがある。それはウラジーミル・プーチン大統領によるヨーロッパの極右への支援で、トランプ現象はその波及効果である。彼の台頭をもたらした国内での側面が注目されがちだが、全世界的な民主主義の危機を見過ごすことはできない。周知の通りロシアはソ連時代の地政学的な影響力を取り戻すため、東ヨーロッパに介入し続けている。プーチン政権下のロシアはさらに西ヨーロッパの主要国にも手を伸ばしている。最も破滅的なものはブレグジット国民投票へのロシアの介入で、この件はトランプ氏に絡んだ捜査とも深く関わっている。昨年末にはイギリス国家犯罪対策庁が反EU派実業家のアーロン・バンクス氏について、リーブ・EUがEU帰属国民投票で繰り広げる反対運動に資金援助を行ない、ロシアのインターネット活動を幇助したという容疑で捜査を開始した(“UK National Crime Agency Starts Investigation Into Eurosceptic Businessman Aaron Banks”; EU Today; November 1, 2018)。さらに重要なことにイングランドおよびウェールズ高等法院は、該当事件が有罪ならブレグジットは違法で無効になるとメディアを相手に表明した(“Brexit: High Court to rule if referendum vote ‘void’ as early as Christmas after Arron Banks investigation”: Independent; 24 November, 2018)。クリスマス直前には、ロシアとトランプ選挙対策陣営との関係で悪評を呼んでいるケンブリッジ・アナリティカの関係者とバンクス氏がリーブ・EUによるイギリス有権者へのマイクロ・ターゲティングへの支援をめぐって会談したことが判明した (“Revealed: Arron Banks Brexit campaign's 'secret' meetings with Cambridge Analytica”; 19 December, 2018; openDemocracy UK)。イギリスのみならず、プーチン氏は2017年のフランス大統領選挙ではマリーヌ・ルペン氏への支持を見せつけた。また親露派のフランス人ナショナリスト、ファブリス・ソブラン氏とザビエ・モルロー氏も最近のジレ・ジョーヌ暴動に加わっている(“"Russian World" supporters fly "DPR" flag at yellow vest protest in Paris”; UNIAN News; 8 December, 2018)。

注目すべきは、ロシアの政治家とメディアはシリアとアフガニスタンをめぐってトランプ氏がマティス長官を更迭したことを喝采している。ロシア議会上院のコンスタンチン・コサチェフ外交委員長は「ジェームズ・マティス長官の退任はロシアにとっては良い兆候で、何と言ってもマティス氏はドナルド・トランプ氏よりもロシアと中国に強硬だった」と述べた (“Russia Gloats: ‘Trump Is Ours Again’”; Daily Beast; December 21, 2018)。しかしそのような地政学はプーチン氏と欧米の右翼ポピュリストが互いに友好的になる究極的な理由ではない。西側の極右はプーチン氏の人格とリーダーシップに強さ、伝統主義、ナショナリズムを見出している。さらに重要なことに両者はイスラム過激派との戦い、グローバルな経済統合への抵抗、政教分離が進む社会への反抗といった価値観を共有している。2012年に大統領に再選されてからのプーチン氏は反LGBTキャンペーンを立ち上げ、西側の社会保守派からの敬意を得るようになった(“Putin and the Populists”; Atlantic; January 6, 2017)。この地政学と極右の価値観が織り成すシナジーによって、ロシアがリベラル民主主義の道義的基盤を破壊することも有り得る。野望に満ちた一帯一路構想と恐るべきほどの経済成長を振りかざす中国でさえ、こうした企ては手に余る。

プーチン大統領のように敵対的な独裁者を盟主と仰ぐ極右連合は非常に破滅的なので、我々はウィンストン・チャーチルがヨシフ・スターリンでなくアドルフ・ヒトラーを相手に戦うという意志を固めたように、左翼よりも極右を警戒すべきである。識者の中には超大国といえども万能ではなく、グローバル経済と国民の分断の中で大衆が抱く不安、苦悩、絶望感がトランプ氏を大統領に押し上げたことを受け入れてやるべきだとの声もある。確かに我々は彼が予期せぬ当選を果たした原因を分析し、あのようなデマゴーグをのさばらせた諸問題の解決にあらゆる努力をしてゆくべきである。しかし世界を日に日に不安定化させているトランプ現象に対しては、我々は絶対に受容すべきでも同情すべきでもない。それでも共和党にも希望は残っている。先の選挙で当選したミット・ロムニー上院議員には共和党反トランプ派を勢いづけ、先頭に立ってゆくことが期待される。また、マルコ・ルビオ上院議員は超党派の政治を推進している(“Rubio Encourages Bipartisanship in Policymaking”; Hoya; October 5, 2018)。そうした中で民主党左派はトランプ共和党よりも有害でないことは確かだが、彼らの内政および外交政策には問題がある。マックス・ブート氏はエリザベス・ウォーレン氏とバーニー・サンダース氏の外交政策を以下のように論評している。両氏ともトランプ氏よりも多国間協調を尊重してはいるが、アメリカによるリベラルな世界秩序についての超党派の見解を外交政策のエスタブリッシュメントとは共有していない。ウォーレン氏は自由貿易がアメリカの労働者を犠牲にしてグローバルな大企業が得をしていると主張し、サンダース氏は世界の警察官の役割を全うするよりもシリアとアフガニスタンから米軍を撤退させよと言い張るほどなので、ブート氏は両人を「左のトランプ」と呼んでいる。さらに両人とも中国やロシアといった専制的な大国の脅威に対してどのように対処するかも述べていないという(“The Democrats need a new foreign policy — one that doesn’t sound like Trumpism of the left”; December 26, 2018)。

両党で孤立主義者の存在がそのように強力なら、共和党国際派と民主党穏健派は互いに手を結ぶべきである。我々の真の敵はドナルド・トランプという名の太った狂人よりもはるかに巨大である。究極の脅威はオルタナ右翼のイデオロギーで、それはトランプ氏が弾劾か何らかのスキャンダルで辞任を余儀なくされても存在し続ける。この怪物は不死身で、ナイフで突き刺しても銃で撃っても根絶できるものではない。また我々はアメリカで起こっていることの観測と分析を超えて、何か行動を起こさねばならない。我々はプーチン政権のロシアが行なったハッキングのような、アメリカ政治への非合法の介入をする立場ではない。しかしアメリカの同盟国でも特にヨーロッパと日本の識者はアメリカの有権者と直接語り合い、同盟国によるアメリカの安全保障への貢献とアメリカ第一主義の誤りについての理解を広めるべきである。その時には敢えてトランプ氏を特定して批判する必要はない。そうした運動は超党派の国際派と穏健派との緊密な協調に基づいて行われるべきだ。この役割は政府高官よりも民間の識者が担う方が相応しい。これはアメリカ政治への正当な介入だと私は信じている。我々はだた座視するだけでなく、行動するべきである!

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2018年12月12日

ロシアの軍事力を支える資金源と物品調達体制の謎

ロシアが大国としては衰退してゆく一方で、中国がアメリカの覇権を脅かしているという専門家が増えてきている。GDPと国防費から見れば、ロシアはアメリカどころか中国とさえ競争相手にならない。IMFによる2018年の推計では、ロシアのGDPはカナダに次ぐ11位である。カナダは費用効果を優先した国防政策を採っているので、ロシアは過剰な軍事支出をしているようにも見えてしまう。ともかく楽観的な専門家でも特に中国に対する地政学的なカウンターバランスを求める日本人が考えるように、ロシアの脅威がそれほど容易かつ急速に低下する運命にあるという見解には疑問を抱かざるを得ない。中国がますます大きな脅威になることは間違いないが、だからと言ってロシアを軽く見て良いわけではない。プーチン政権は大々的な軍事力の増強を次々に打ち出し、そうした例には高度なアビオニクスを備えたスホイ35およびミグ35戦闘機、スホイ57やPAK-DAといったステルス戦闘機および爆撃機、高度なセンサーを備えたT-14戦車などが並ぶ。これら通常兵器に加えてプーチン政権下のロシアは核兵器についても、RSM‐56ブラバー潜水艦発射弾道ミサイル、9K720イスカンダル短距離弾道ミサイル、そしてプーチン大統領によるINF条約のディール・ブレーカーとして最近公表された悪名高き9M729巡航ミサイルといった新世代に向けた増強に乗り出している。実際にこれら兵器の多くはすでに配備されている。さらに、ロシアはシリアとウクライナでの戦争および紛争を抱えている。プーチン氏は充分な資金源もなく、これだけ大々的な軍事力増強を行なえるのだろうか?どうやらウラジーミル・プーチン大統領は不可能を可能にしているようだ。


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プーチン大統領のINF条約ディール・ブレーカー、9M729すなわちSSC-8巡航ミサイル


私はここ数年この問題に疑問を抱き続けてきたが、アトランチック・カウンシルのアンダース・アスランド氏の論説に問題の鍵を見言い出した(“It’s time to go after Vladimir Putin’s money in the West”; Washington Post; March 29, 2018)。同氏は元スウェーデン外交官で、1990年代にロシア、ウクライナ、キルギスタンへの経済顧問であった。アスランド氏によれば西側の財務秘密保持がロシア人による匿名の投資を可能にし、プーチン氏の取り巻きが資産運用を通じてロシア国内での自分達の権力維持をはかるばかりか、非対称戦争も含めた国防計画への支援も行われているのではないかと私は言いたい。それを簡単に述べたい。プーチン氏の仲間でも特にシロビキは、秘密警察と巨大国営企業の支配を通じて膨大な富を蓄積している。彼らは民間企業からの強奪、物価や株価の不正操作などによって資金を得ている。これらの資産は西側に移されるが、それは法の支配と投資機密性によって自分達の資産が守られるからである。西側からの度重なる制裁とマグニツキー法にもかかわらず、プーチン氏と彼の仲間は自分達のマネー・ロンダリングのためなら規制の抜け穴を見つけ出す。彼らの投資のほとんどはアメリカとイギリスに向かう。アメリカ財務省によれば2015年で3千億ドルものマネー・ロンダリングが行なわれたが、財務上の秘密保持によってそうした資金への詳細にわたる捜査は妨げられている。イギリスではキャメロン内閣がこうした投資の情報公開に踏み切ろうとした矢先に、EU帰属国民投票によって総辞職となってしまった。メイ内閣はソールズベリ毒薬事件にもかかわらず、この問題への意識は高くない。

しかし今年の3月にはロシア人投資家によるロンドンの高級物件買い占め、メイ首相がロシア・マネーに対して無警戒であると、労働党と自由民主党から厳しく批判された。その中にはイーゴリ・シュワロフ第一副首相(当時)が購入した国防省の近くの物件もある (“Russian elite must reveal how they paid for UK property, say MPs”; Guardian; 17 March, 2018)。さらに今年の11月にはヘンリー・ジャクソン・ソサエティーが、ロンドン在住ロシア人のおよそ半分がクレムリンのスパイだと記した報告書を出した(“Half of the Russians in London are spies, claims new report”; Daily Telegraph; 5 November, 2018)。アメリカとヨーロッパでの匿名投資の脅威に鑑みれば、安倍政権はロシアとの経済協力には慎重なアプローチを採る必要がある。さもなければ日本は西側の対露制裁の抜け穴に陥ってプーチン氏の取り巻きの資産運用に手を貸してしまい、彼らの国内権力基盤の強化、非対称および通常戦争能力の向上、そしてクレムリンの海外スパイ・ネットワークの構築の資金調達につながりかねない。すなわち東京がニューヨークとロンドンに代わる投資先になりかねない。ともかく資金の流れを追わなければ、西側の対露制裁は充分に効果を発揮しない。

匿名の対外投資の他に、プーチン氏が西側よりも国防優先の経済を追求できるロシア資本主義の性質を検討する必要がある。ここで再びアスランド氏による別の論説に言及したい (“Russia’s Neo-Feudal Capitalism”; Project Syndicate; April27, 2017)。プーチン政権下ではロシアの起業は再国有化され、縁故資本主義も蔓延している。ロシアのGDPに占める国営企業の割合は2005年の30%から2015年には70%に上昇している。国営化された企業は公益を優先するものと思われている。しかし現実にはそれら企業はプーチン氏の仲間が経営し、材料の調達と資産の売却は市場とは相容れない価格で行なわれる。問題は縁故資本主義にとどまらない。額面ではロシアの国防費はアメリカ、中国、サウジアラビアに次ぐ第4位で、アメリカのおよそ1/9である(“TRENDS IN WORLD MILITARY EXPENDITURE, 2017”; SIPRI Fact Sheet; May, 2018)。しかしプーチン大統領のシロビキ仲間による縁故資本主義では、軍事産業は自分達の事業のために多大な特権を享受できる。非常に興味深いことにロシア製の兵器はそれに対応する欧米製の兵器どころか、中国製のものよりも安価である。そうした各国兵器のユニット・コストの例を挙げれば、アメリカ製のF-22は1億5000万ドル、F-35は8920万~1億1150万ドル、イギリス主導のユーロファイター・タイフーンでは1億240万ドル、フランス製のラファールで7830万~8990万ドルとなるのに対し、ロシア製のスホイ57では5000万ドル、スホイ35でも4000万~6500万ドルにしかならない。他方で中国製のJ-20は1億~1億2000万ドル、J-31で7000万ドルである。ロシア製兵器の研究開発費も西側諸国以上に低く抑えられているかも知れない。

当然ながら我々がロシアの兵器を過大評価してきたことは1976年のベレンコ中尉亡命事件に見られる通りで、当時の西側の専門家達は恐るべきミグ25がスピードこそ速いもののそれまで思っていたほどの性能はないことを知った。ともかく公正な市場経済ではアメリカの最新鋭兵器と競合しようという兵器を、たとえ技術水準が若干低くてもそれほど低価格で製造することは不可能である。この観点から、ロシアの軍事力は額面の国防費より強力だと見なすべきだろう。また、この国と中国との力のバランスについても再考がひつようである。極東では中国が人口とGDPでロシアを圧倒しているが、一帯一路のようなユーラシア規模の戦略では中国がロシアのシニア・パートナーとはとても言えないことは、ウイグル問題への稚拙な対応を見ての通りである。また、プーチン大統領は自らの国防計画が経済的に持続可能と考えているようだ。忘れてはならぬことはプーチン氏が西側の専門家がユーラシアの超大国が崩壊するなど夢想だにしなかった時期に、早くからソ連に見切りをつけていたことである。このことはプーチン氏が軍事力競争と経済的持続性のバランスを強く意識していることを示唆している。ともかくロシアの力について適正な評価を下すことが肝要である。さもなければ対露制裁を含めたいかなる政策も充分に効果的にはならない。ロシアの資金調達と国防物品調達体制に関しては、知られていない事柄はあまりにも多い。

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2018年11月21日

中間選挙後の鍵はロシアと極右

先のアメリカ中間選挙の結果についての評価は十人十色である。トランプ氏の共和党は上院では勝利したが下院では敗北した。全てを考慮しても、どちらが実際に勝ったかを明言することは難しい。また、今回の選挙結果だけに基づいて2020年大統領選挙時の政治的動向を語るには時期尚早である。メディアでは両院での女性とマイノリティーの議席増加が称賛されている。しかし火急の問題はアメリカ国内および海外で無数の人々を恐怖に陥れているトランプ路線に対して、議会が歯止めをかけられるかどうかである。そこで選挙後のアメリカ政治の希望と絶望に関して、以下のキーワードから語ってみたい。それは政策的プロフェッショナリズム、人権、ロシア、そして極右である。この目的のために党派間の勢力の数的な分析ではなく、今回の選挙での注目すべき当選者と落選者に絞って語ることとする。

希望的な側面を代表するのがニュージャージー州7区から選出された民主党のトム・マリノウスキー下院議員で、元民主主義・人権・労働担当の国務次官補である。国務省入省以前にはローズ奨学生としてオックスフォード大学で学び、ダニエル・パトリック・モイニハン上院議員のスタッフやフォード財団などシンクタンクの研究員を務めた。外交官としてはクリントン政権とオバマ政権に奉職した。ブッシュ政権期にはヒューマンライツ・ウォッチのワシントン事務所所長を務め、ミャンマーの民主化改革、タリバン支配下のアフガニスタンでの女性の権利、シリアでの文民保護に向けた運動を進めてきた。こうした輝かし経歴が示すように、マリノウスキー氏は人権を専門とする政策形成のプロとして名高い。民主党寄りの色彩が濃い経歴ではあるものの、当選の折にはブッシュ政権期のニコラス・バーンズ国務次官にオバマ政権期のサマンサ・パワーズ国連大使といった超党派の元国務省高官から祝福された。

人権はアメリカ外交の核心的アジェンダであったが、ドナルド・トランプ現大統領がこの問題にあまり真剣でないことは、サウジアラビアによるカショギ事件に対する中途半端な態度に典型的に表れている。当初から、レックス・ティラーソン国務長官の任命では物議を醸した。ティラーソン氏はトランプ氏のアメリカ・ファーストを緩和できる「政権内の大人」の一人とは見なされていたが、上院公聴会ではサウジアラビアでの女性の権利やシリアでのR2Pといった重要な人権問題への関心も薄く知識も不充分だということから、彼の資質は疑問視されていた。

注目すべきことに、マリノウスキー氏はポーランドからの移民である。アメリカにやって来たのは、母親がリベラル派ジャーナリストのブレア・クラーク氏と結婚した6歳の頃である。彼のバックグラウンドのあらゆる事柄は、トランプ氏の野蛮な反主知主義、視野の狭いナショナリズム、冷血な酷薄性、そして腐敗臭漂う低俗性に対するアンチテーゼである。マリノウスキー氏にはベト・オルーク氏のような光り輝くスター性はないかも知れないが、彼の知識、経験、そして国務省同僚たちからの信頼によって、トランプ政権発足からの人権をめぐるアメリカ外交の立て直しに一役買うであろう。

もう一つの希望的な出来事は、カリフォルニア州48区での共和党のダナ・ローラバッカー下院議員の落選である。これがただの一議席ではないのは、この人物がプーチン政権下のロシアばかりか英国独立党のナイジェル・ファラージ元党首、ポーランドのアントニ・マシェレウィチ元国防相、ハンガリーのビクトル・オルバン大統領といった極右と緊密な関係で悪名高いからである。その中でもファラージ氏とオルバン氏は、ヨーロッパをナショナリズムで伝統主義が支配する地域にしようとウラジーミル・プーチン氏が掲げる反グローバル主義および反リベラル民主主義の主張に共鳴しているが、それはEUおよびNATOの理念とは完全に相容れない。ローラバッカー氏は早い段階から親露路線を歩み、アメリカの国益を損なってでもオルタナ右翼の主張を通そうとしてきた。露・ジョージア戦争の最中にはジョージアがロシアを挑発したと非難もした。さらに重要なことはプーチン大統領の法律顧問ナタリア・ベセルニツカヤ氏がドナルド・トランプ・ジュニア氏とジャレド・クシュナー氏とトランプ・タワーでFBI捜査の対象になっている共謀のために会談していた最中に、彼は下院公聴会でマグニツキー法を非正当化しようとしたのである。ロシア捜査に関しては、ジェフ・セッションズ司法長官がロバート・ミュラー特別捜査官による捜査を中止しなかったと非難した。


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極右の枢軸:ローラバッカー下院議員(落選)とプーチン大統領


ロシア以外でもローラバッカー氏にはテロと人権の問題で、アメリカの下院議員としての資質を疑わせるような発言もあった。2017年にISISがイラン国会を襲撃して民間人17人の死者を出した際にはテロ行為を称賛している。そうした行為はヒューマンライツ・ウォッチと全米イラン系アメリカ人協会から厳しく批判された。さらにローラバッカー氏は、極右の問題児でホロコーストを公然と否定するチャールズ・ジョンソン氏から寄せられた支持に謝意を述べた。30年にわたる下院議員としての経歴を通じて、ローラバッカー氏は徹頭徹尾の反共主義者で、中国やイランなどアメリカの敵国に対してはタカ派であった。しかしプーチン大統領やヨーロッパの極右との緊密な関係のみならず、人権問題を軽視するような態度では、自らの政治理念をレーガン保守だと言ったところでアメリカの価値観とは相容れない。実際にローラバッカー氏は典型的なトランプ共和党員であり、だからこそカリフォルニア48区での彼の落選が反トランプ陣営にとって非常に重要になるのだ。

他方で何もかもが希望的だったわけではない。絶望的な結果は、アイオワ州4区で白人ナショナリストのスティーブ・キング下院議員が再選されたことである。ローラバッカー氏と同様にキング氏もオルタナ右翼の問題児である。今年の10月にはポール・ライアン議長ら下院共和党議員有志から、トロント市長選挙で極右のフェイス・ゴールディー候補を支持したことで厳しく非難されている。ゴールディー氏はカナダ版ミニ・トランプで、白人至上主義者のリチャード・スペンサー氏を称賛しているうえにネオナチ系の『デイリー・ストーマー』誌の特集記事にも登場している。キング氏はヨーロッパの極右と緊密なばかりか、プーチン氏についても元チェス世界チャンピオンのゲーリー・カスパロフ氏がアメリカへの亡命を余儀なくさせられたにもかかわらず、彼を殺害しなかっただけ寛容だと称賛するほどである。

いずれにせよ民主党が下院を制したとはいえ、オルタナ右翼の影響力は共和党と議会には残る。こうした観点からウィリアム・クリストル氏はトランプ氏が中間選挙後にはさらに過激で分断的になり、政権再編によってより忠誠度の高い閣僚を登用するようになるとの警告を繰り返している。ジョナサン・ラスト氏が『ウィークリー・スタンダード』誌11月9日号に寄稿した論文に言及したクリストル氏は、トランプ共和党にとって毛沢東思想の発想で自分達の党の支配が優先で、中国やロシアを相手にした戦略的競合などは二の次だと論評している。彼らは上院での過半数こそ維持したものの下院では敗れている。これでは立法能力の向上にはつながらない。しかしラスト氏によれば、トランプ共和党政治家はリベラル派ではなく従来の共和党政治家に戦いを挑んでいるということだ。トランプ氏の言動を顧みれば、こうした分析はあながち的外れとは言えない。トランプ氏は自らのスタッフには彼自身への個人的忠誠を要求している。また、中間選挙は自分達の勝利だとも言っている。これが党内抗争についてなら、意味が通じる。こうした見方に立てば、トランプ共和党政治家は反トランプ共和党候補が民主党候補に敗れても気にも留めないということになる。

ラスト氏は今選挙の結果について、共和党が過激化した一方で民主党は中道志向となったとの評価を下している。極右ポピュリスト達はプーチン政権下のロシアと深くつながっている。彼らは人権と法の支配を軽視している。こうした観点から、注目すべきはロシア捜査、そして民主党議員と「正気」の共和党議員がどのようにミュラー氏をトランプ氏の権力濫用から守り抜くかである。実際に、トランプ共和党勢は権力の掌握への執念が凄まじいので、捜査妨害ばかりかプーチン大統領さながらの国民への情報攪乱のためにはあらゆる手段を講じてきかねない。ポピュリスト過激派に見られる反主知主義がこうした傾向に拍車を駆けかねない。それが議会の政策的プロフェッショナリズムを低下させかねない。民主党が下院を制したとあっては、もはやオバマ・ケアは最重要問題ではなくなった。ロシア捜査こそが非常に重要になってくるので、反トランプ陣営はあらゆる手段を尽くして適正な捜査が行なわれるよう取り計らわねばならない。

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2018年10月 8日

書評:デービッド・フラム著“Trumpocracy”

トランプ政権はあまりに多くのスキャンダルと情報漏洩に見られるように、混乱しきっている。暴露本も数点が出版されて国民の関心を大いに寄せている。多くの人々の間ではトランプ氏のゴシップと特異な性格が話題になっているが、それはアメリカ政治の現状を理解するうえではそれほど役立たない。ドナルド・トランプ氏は毎日のように、悪臭が漂うかのように低俗な言動でアメリカ国内および全世界の人々に不快感を与えている。きわめて多くの有権者が、なぜ10代の反抗期の子のようにトランプ氏の反グローバル主義および反主知主義に惹きつけられたのかを理解することは難しい。正統派の政治経済学への反抗など破滅的な結末となることは明らかである。にもかかわらず、トランプ氏には彼に賭けてみようという強固な支持基盤がある。トランプ氏を支持するアメリカ国外のオピニオン・リーダー達は、トランプ氏に大きな期待をかけて激動の時代にある自分達の国の運営を委ねた無数のアメリカの有権者に対してもっと敬意を払う必要があると主張する。しかし我々はトランプ氏の無礼、無知、腐敗、そしてリーダーシップのスタイルがもたらす政治的な影響を批判的に見つめねばならない。

本書著者のデービッド・フラム氏はジョージ・W・ブッシュ元大統領の政権下でスピーチ・ライターを務め、現在は『アトランチック』誌の上級編集員である。フラム氏は保守派の論客として名高く、よって本書でのトランプ政権批判はリベラル派のプロパガンダではない。我々は多くの保守派知識人が「トランプの党」から去っていったことを銘記する必要がある。だからこそ彼の分析には非常に価値がある。『Trumpocracy』ではトランプ氏の政治における力の議論が中心で彼の性格は主要な問題ではない。すなわち、どのようにして力を獲得し、それがどのように使われたか、そしてそうした力の濫用がなぜ効果的に抑制されなかったのかということである。また本書ではトランプ氏自身についてよりも、彼の台頭をもたらして支持をしている有権者の方に重点を置いている。こうしたアプローチは政治学の基本に立ち返るものである。


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まずトランプ氏の台頭をもたらした前提条件を理解することが必要である。冷戦終結直後には敵対勢力も消滅したので、重要な政策課題は国家安全保障から当時の低成長や2008年の金融危機といった国内経済に移っていった。その結果、国内でのイデオロギー、文化、階級による対立が激化した。グラスルーツの心理がこのようになると、オバマ氏の出生疑惑のようなフェイク・ニュースの影響力が増してきた。トランプ氏はこの機を捉えた。フラム氏はトランプ氏が2016年に急浮上したわけではないと指摘する。2012年の共和党大統領候補指名争奪戦では、トランプ氏は4月には首位に躍り出た。彼はオバマ氏の出生疑惑にまつわる陰謀を訴えてグラスルーツの怒りを利用した。これは2016年の選挙運動でトランプ氏が行なったえげつない情報歪曲による対立候補への激しい誹謗中傷の原型であった。こうした観点からすれば、専門家達はトランプ氏が全世界の自由民主主義に与えた脅威を過小評価していた。

議論の前提を示したフラム氏は、トランプ氏がどのようにして力を獲得し、誰が彼を支援したかについて議論を進めている。まずトランプ氏の共和党予備選挙での台頭をもたらした人々、すなわちコア支持層がいる。彼らの怒りと苦悩こそトランプ氏を共和党予備選で最前線に押し上げた。グラスルーツ保守はトランプ氏に多大に魅了されるあまりイデオロギー的な一貫性など気にしていないが、グローバル化による文化的および経済的な不安定感に不満を募らせていた。そうした敗者意識に加えて、彼らは「情報ゲットー」にいるためにトランプ氏のプロパガンダに容易に乗せられてしまう。きわめて対照的なことに、こうした共和党支持層はテッド・クルーズ候補やマルコ・ルビオ候補が唱える「新しきアメリカの世紀」などに全く共感しなかった。トランプ氏の勢いが強まると、共和党でもそれまで彼への支持を躊躇してきた者も、ヒラリー・クリントン氏に対抗するにはトランプ氏しかいないと自らに言い聞かせるようになった。そうした宥和勢力は、ISISの台頭はクリントン氏の責任だなどのようにトランプ氏の対立候補に関するフェイク・ニュースの拡散に積極的に手を貸した。非常に興味深いことに、反エリート意識が労働者階級の女性をクリントン氏への投票を妨げた。こうした女性達にとってクリントン氏が掲げるジェンダーの平等などホワイトカラーに限られたものであって、自分達には全く関係ないのである。ティー・パーティーに典型的に見られるグラスルーツ保守は市場原理主義に固執しないが、民主党のようなポリティカル・コレクトネスに基づいて優先される福祉支援には反対している。いわば、トランプ氏の支持基盤は部族主義傾向が強く、社会的多様性には強く反対している。

上記の政治的メカニズムに加えて、本書ではトランプ氏がどのようにして汚い手を使って保守系メディアを自分のプロパガンダのための拠点に作り変えていったかにも分析のメスを入れている。非常に興味深いことに、今ではトランプ氏お気に入りメディアの一つとなっているフォックス・ニュースは、予備選初期には強固な反トランプ派であった。中でもメーガン・ケリー氏はメキシコがアメリカに犯罪者を送り込んでいるというトランプ氏の主張に疑問を呈した。非常に驚くべきことに、トランプ氏はCNNとのインタビューでケリー氏について不満を述べ続けた。当時は両局の立場は逆だったのだ。例によってトランプ氏はゴシップ漏洩による中傷という手段でケリー氏に報復を行なった。その結果、オルタナ右翼のタッカー・カールソン氏がケリー氏に代わってアンカーマンに就任した。我々がトランプ氏による保守系メディアへのハイジャックを注視すべき理由は、これが彼の行なったマフィア的なやり方での共和党征服の先駆けだからである。フラム氏はトランプ氏が恐怖と不安を利用して共和党を支配したのは、彼の常套手段だと指摘する。トランプ氏は不人気ではあるが、党内で彼に対抗する立場にあるポール・ライアン氏も教条主義的な財政規律重視で不人気である。このことが逆にトランプ氏が議会共和党より力を持つようにさせている。特に下院共和党は中間選挙後に自分達が多数派の地位を失う前に、トランプ氏に自分達の法案への署名を得ようと必死である。そうした懸念に駆られた彼らはロシア捜査からセクハラ騒動にいたるまで問題が噴出すると、トランプ氏の支持基盤と同等に彼を忠実に擁護しようとしている。

フラム氏が本書で統治の性質も重要な問題に挙げている。予備選期間中には共和党内の対立候補達はトランプ氏をラテン・アメリカのカウディーヨになぞらえた。トランプ氏の事業が不透明性で悪名高いことは、税務申告の情報が開示されていないことに見られる通りである。さらにトランプ氏はマール・ア・ラーゴなどにある自分のゴルフ・コースへの旅費に公費を使用しているばかりか、公的選挙資金から自らの情事の相手となった女性に口止め料を支払った。国民が道徳と社会規範の遵守を絶対的視している限り、政治家の行動もそれに従うことになる。しかし国民が政治家による非倫理的な行為を許容すれば腐敗は国中に蔓延し、彼らは自分達の間違った行為が許されるものと思い込み、やがては全ての国民が専制政治とクレプトクラシーを受け容れるようになってしまう。フラム氏はさらに、こうした要因がトランプ氏の政権スタッフへの態度にどのように暗い影を投げかけているかについても議論を進めている。トランプ氏は自分のスタッフを支配するために忠誠と追従を要求するが、その見返りは与えない。そして気に入らなければスタッフをすぐに解雇してしまうことでも悪名高い。よってこの政権に崇高な使命感をもって参加しようものなら究極的には裏切られることはエリオット・コーエン氏が政権移行期に述べた通りで、それはトランプ氏の突発的な発言への言い訳を余儀なくされるようになるからである。それが典型的に表れているのが2017年5月のNATO首脳会議でトランプ氏が第5条でアメリカに科せられた義務を軽視する発言をした時で、H・R・マクマスター国家安全保障担当補佐官は大統領はそのような発言はしなかったと弁明せざるを得なかった。

トランプ氏の支持層と現政権が抱える苛烈な性質は、保守の方が道徳観念を重視する一方でリベラルの方がLGBTのような社会的異端派に寛容だという私の先入観を覆した。フラム氏はさらに、不正な選挙制度によってこうした問題点が強まったと言う。ヒラリー・クリントン氏が黒人有権者の支持の支持を得られなかったと指摘されることが頻繁である。実際に共和党は2012年中間選挙で収めた連邦および地方レベルでの勝利を悪用したことに本書では触れている。彼らは期日前投票の制限など新しい選挙ルールを作り、マイノリティーの投票を妨げた。その結果、2016年には黒人の投票率は下がった。選挙期間中にトランプ氏は自分にとって不利なことは全て「不正」だと非難した。しかし実際にはアメリカの政治システムはトランプ氏の支持基盤に対して極端で怪しげなほどに有利に働いている。共和党はバラク・オバマ前大統領に相次いで負け続けたトラウマが酷く、ホワイトハウスの奪還には手段を選ぶ余裕がなかったように思えてくる。

本書は現在のアメリカの陰鬱な政治的光景を詳述し分析している。さらに深刻なことに、フラム氏はトランプ氏の「ディープ・ステート」に対する反感が逆に民主的な統治を疎外してしまうと論評している。トランプ氏の就任以来、アメリカ国内および国外の政治アナリスト達は政権内の大人によるトランプ氏へのコントロールについて語っている。また、アメリカの政策専門家達はトランプ氏が何もかも覆そうとするなら、政府官僚機構、軍事組織、情報機関など連邦政府機関がトランプ氏を全力で阻止するだろうと主張する。実際に国家安全保障のエスタブリッシュメントはロシアのウラジーミル・プーチン大統領とのヘルシンキ首脳会談においてトランプ氏がアメリカの情報機関よりもプーチン氏を信頼するだのマイケル・マクフォール元大使をロシアの情報機関の尋問に引き渡すだのといったあきれるばかりの失言をした際に、そうした失言を訂正させた。しかしフラム氏は軍がトランプ氏では大統領に不適格だと見てしまえば、誰にも気づかれずに彼を指揮命令から排除してしまうという重大な懸念を挙げる。さらに、そうした動きによって国家安全保障関係の機関は大統領が誰であってもコントロール不能になりかねず、将来に民主党の大統領が選ばれても同様に疎外されかねないという不安も述べている。

私には上記のような事態は1930年代の日本で国民が大正デモクラシーへの信頼を失い、相次ぐクーデター未遂事件が起きて軍部の台頭をもたらした時局とそっくりに思える。現在のアメリカでは事態はそこまで絶望的なのだろうか?フラム氏によれば希望はあるということだ。トランプ現象はグローバル化による社会的不平等と大衆の怒りというエリート達が見過ごしてきた問題に光りを当てている。しかし彼の虚言政治は全米での抵抗の直面している。またトランプ氏とロシアの緊密な関係によって左側の政治勢力が覚醒し、国家安全保障への問題意識が高まっている。最後に、トランプ氏の中傷政治にどのように対処すべきかについてフラム氏の助言について述べたい。『ポリティコ』誌がカリフォルニア州パサデナで開催した会議に参加したフラム氏に対し、あるパネリストが「ソフト路線ではトランプ氏を止めることはできない。彼を止めたければ、我々は彼の手法を模倣しなければならない」と発言した。フラム氏はそれに対して「しかしトランプ氏の手法を模倣しても彼を止めることはできない。貴方が彼に取って代わるだけだ」と応じた。まさにフラム氏の言う通りなのだが、それを行なうことはきわめて難しいのは、腐敗臭が漂うように低俗なトランプ氏を前にすると怒りの感情が込み上げてくるからである。我々には忍耐と理性が必要になる。本書は無数の政治的なやり取りが詳細に述べられているので、読者を圧倒する。『Trumpocracy』ではフラム氏による冷静で説得力のある分析がなされているので、私は本書をトランプ政治の教科書として強く推奨したい。

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2018年8月 8日

ヘルシンキでのトランプ大統領によるプーチン大統領への危険な宥和

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自信に満ちたプーチン大統領と不安そうなトランプ大統領


ドナルド・トランプ大統領の選挙チームが2016年の大統領選挙でクレムリンとの共謀が疑われていることもあって、ヘルシンキ首脳会談についてアメリカの外交政策の論客達と情報関係者が重大な懸念を抱いていたが、それは正しかったことが明らかになった。当初の予想通り、トランプ氏はロシアのウラジーミル・プーチン大統領との共同記者会見においてメディアと安全保障の専門家達からの批判の渦を巻き起こした。この共同声明の全文書き下しを見ての通り、両首脳はクリミアやシリアといった重要な問題について詳細には語らずにこれらの問題をめぐる相互の見解の相違を述べただけだった(“Read the full transcript of the Helsinki press conference”; Vox; July 17, 2018)。そのためトランプ氏がプーチン政権によるクリミア併合を認めたのか、またシリアをロシアに委ねるのかは不明である。ともかくトランプ氏にはクリミア併合の合法性、およびシリア難民の人道的処遇についてプーチン氏に強く要求を押し出す意図などなかったものと理解されている(“Putin didn’t have to push the Kremlin’s narrative. Trump did it for him.”; Brookings Institution; July 20, 2018)。そうした中でトランプ氏はロシアは選挙に介入しなかったとプーチン氏が言うのでそれを信じると発言したので、あまりに安易に相手の言い分を受け入れる態度に批判が紛糾した。トランプ氏はアメリカの情報機関よりもプーチン氏を信頼すると言ったばかりか、ミュラー捜査で12人のロシア人スパイへの取り調べをさせる見返りにクレムリンが不都合と見なすアメリカ人および同盟国民に対する尋問をロシアの情報機関に認めるとまで言明した(“Trump Says He Lay Down the Law in His Latest Account of His Meeting With Putin”; New York Times; July 18, 2018)。

プーチン氏がトランプ氏にロシア当局による尋問を要求した人物には、クレムリンが反プーチン的な外交活動をしていたとするマイケル・マクフォール元駐露大使、元MI6工作員でトランプ文書でトランプ氏のロシアとの緊密な関係と不名誉な行状について記したクリストファー・スティール氏、ロンドン在住のビジネスマンでロシアから15億ドルを違法に持ち出してヒラリー・クリントン氏の選挙運動に4億ドルの献金を行なったとしてプーチン政権から指名手配を受けているビル・ブラウダー氏らの名が挙がっている。非常に重要なことに、ブラウダー氏はロシアの人権侵害に対する制裁を科す目的のマグニツキー法の成立のためのロビー活動を行なっていた(“White House says Trump to discuss allowing Russia to question US citizens”; Hill; July 18, 2018)。プーチン氏の要求に応じてアメリカおよび同盟国の国民の身柄を引き渡すなら、トランプ氏が固執する国家主権とは明らかに矛盾する。特にマクフォール元大使への取り調べというプーチン大統領の要求は言語道断で、しかもアメリカが国際刑事裁判所から距離を置いているのは自国の外交官を敵国から守るためである(Twitter; Richard Haass; July 19, 2018)。さらに重要なことにトランプ氏がプーチン氏との間で成した無分別なディールは、ウィーン外交関係条約の外交特権の侵害になる。トランプ氏はマクフォール氏のようなオバマ政権の高官、そしてスティール氏やブウラダー氏のように彼に不利な行動をとった者への個人的な復讐のためには、アメリカの主権などプーチン氏に切り渡してしまうように見受けられる。トランプ氏はロシアとの和解によって有権者の間で自身の人気が高まると思っていたが、逆に議会から超党派の激しい批判を浴び、政権内からもマイク・ペンス副大統領、ジョン・ボルトン国家安全保障担当補佐官、ジョン・ケリー大統領首席補佐官らホワイトハウスの陣営の加えてジェームズ・マティス国防長官とマイク・ポンペオ国務長官がトランプ氏とプーチン氏の間のディールに危機感を唱えた(“Pence, Bolton, Kelly confronted Trump in Oval Office about Russia comments”; Chicago Tribune; July 21, 2018)。

実際に外交政策の識者達はリベラルだろうが保守だろうか、トランプ氏とプーチン氏の和解には失望している。アメリカ政治へのロシアの介入にこだわっているのはリベラルの人達で、それはトランプ氏を貶めるためだという見方は全くの間違いである。現在の共和党はもはやレーガンやリンカーンではなく「プーチンの党」とまで言われるほどナショナリストで孤立主義になってしまったが、責任ある識者達はグラスルーツ保守の間で広まるそのように視野の狭い党派主義には染まっていない。アトランテック・ジャーナル誌のジェームズ・ファローズ氏は大統領がロシアの国益を優先する有り様に衝撃を受け、共和党支持者は党に忠誠を誓うのか国家に忠誠を誓うのかと問いかけている(“This Is the Moment of Truth for Republicans”; Atlantic; July 18, 2018)。ブッシュ政権のスピーチライターを務めたデービッド・フラム氏は、アメリカ政府はプーチン大統領とのディールについて何か聞いているのか、そのようなディールが存在するならトランプ氏はその意味が本当に分かっているのかという深刻な懸念を表明している(“The Worst Security Risk in U.S. History”; Atlantic; July 19, 2018)。マックス・ブート氏はさらに辛辣で、トランプ氏がプーチン氏と成したディールはアメリカ国民に対する敵対行為であり、彼の許し難い国家反逆をとりあげたことはメディアの大きな手柄だとまで述べている(“We just watched a U.S. president acting on behalf of a hostile power”; Washington Post; July 16, 2018)。自らを保守と見なす有権者の多くがトランプ氏を夢中で支持する有り様は非常に嘆かわしい。フォックス・ニュースによると共和党支持層の88%がトランプ大統領の職績を肯定的に評価している(Twitter; Fox News; July 24)。プーチン大統領がトランプ氏にロシア政府による捜査を認めるようにと要請したマクフォール氏とブラウダー氏はインタビューで、そうした過剰な要求はクレムリンがマグニツキー法にどれだけ戦慄しているかを示すものだと答えている(“Deeply disappointed”: Michael McFaul opens up about threat of being turned over to Putin by Trump”; Salon; July 20, 2018)。トランプ氏がそうした背景と外交的なやり取りの基本を理解しているか否かはともかく、彼はオバマ政権期の成果の破棄とミュラー捜査への直接的あるいは間接的な協力者への報復しか考えていないように思われる。

何よりも、トランプ氏が通訳以外に誰も同伴させずにプーチン氏と会談したことは非常に奇妙である。太ってたるんだ肉体の不動産屋上がりなど、筋肉質で引き締まった肉体の旧KGBエリートにはとても敵わぬことはホモ・サピエンスの常識である。チーム・アメリカになってはじめてチーム・ロシアと同等あるいはそれ以上に渡り合うことができるのである。それではトランプ氏がプーチン氏と一対一の会談を望んだのはなぜだろうか?外交問題評議会のリチャード・ハース会長は、こうした交渉スタイルはトランプ氏のビジネスマンとしての経験に由来すると述べている。トランプ氏は外交においても個人的な関係を重視している。官僚が準備した会談よりもトランプ氏が臨機応変の会談を好む理由は、相手方とより自由に議題を設定できるからである。しかし合意について公式の文書のない会談では何をすべきという義務も定義されないので、最終的にはディールの実施をめぐって相互不信になりかねない。双方が何かで見解の相違にいたった時にはディールの内容を読み直す手段がない。トランプ氏はそうした危険を軽視しているので、プーチン氏やキム氏など奸智に長けた独裁者のカモになりかねない(“Summing up the Trump Summits”; Project Syndicate; July 25, 2018)。またトランプ氏はロシアとの共謀が疑われていることから、さらなる考察が必要である。ワシントン・ポスト紙およびロンドン・スクール・オブ・エコノミックスのアン・アップルボーム氏はロシアと英米の右翼がケンブリッジ・アナリティカを通じて情報を共有していたと指摘しているが、この会社がクレムリンによる選挙干渉でトランプ氏を支援したことはメディアの注目を集めた。ロシアおよび東ヨーロッパを専門とするアップルボーム氏は、オルタナ右翼のブライトバート・ニュースと緊密な関係にあったこのコンサルティング会社を通じて先に挙げた「悪の枢軸」がどのように形成されたかを説明している。ケンブリッジ・アナリティカはケンブリッジ大学のアレクサンドル・コーガン氏を通じて8700万人のフェイスブック利用者の個人データを違法に入手し、トランプ氏、ブレグジット運動そしてテッド・クルーズ上院議員の選挙運動まで支援した。ロシアのインターネット・リサーチ・エージェンシーはケンブリッジ・アナリティカと共同でトランプ選挙チームと選挙情報を共有し、特定の有権者を標的にしたと疑われている。例を挙げると、トランプ氏の支持者には反移民のメッセージを送って立ち上がるように促し、黒人の有権者には歪曲された情報を送りつけて投票意欲を削いだ。ケンブリッジ社のデータが彼らの違法工作に一役買ったと考えるのは当然である(“Did Putin share stolen election data with Trump?”; Washington Post; July 20, 2018)。

ヘルシンキ首脳会議は、トランプ氏の国家に対する忠誠と外交上のやり取りへの理解不足以上に深刻な問題を露呈している。トランプ政権の発足時にはワシントン政治の観測者達は「政権内の大人」によって大統領の気質や不可測性には対処できると言ってきた。その後、レックス・ティラーソン国務長官とH・R・マクマスター国家安全保障担当補佐官は更迭され、後任にはトランプ氏への忠誠とナショナリスト色の強いマイク・ポンペオ氏とジョン・ボルトン氏がそれぞれ就任した。しかし両人はトランプ大統領との関係が近くとも、プーチン氏とキム氏を相手に彼が行なおうとした準備不足でしかも危険な一対一外交を阻止できなかった。さらにトランプ氏はジェームズ・マティス国防長官をも遠ざけるようになり、軍事問題に関しても自分が主導権を握ろうとしている(“Trump is reportedly turning on Mattis and taking US military matters into his own hands”; Business Insider; July 25, 2018)。またジョン・ケリー首席補佐官自身がトランプ氏の任期終了まで現職に留まるとメディアに語っても、首席補佐官の大統領との緊張関係の噂は絶えない(“John Kelly, Trump’s chief of staff, says he will stay in role through 2020”; PBS; July 31. 2018)。閣僚達が大統領の歯止めとならないなら、プーチン氏との間には公開されていない合意もあるのだろうか?それはきわめて危険である。ドナルド・トランプ氏のコアな支持層はヘルシンキ首脳会談で露呈したきわめて憂慮すべき欠陥など気にもかけないだろうが、こうした問題を追及することは見識ある人々の責務であり、我々も俗悪なポピュリズムに迎合すべきではない。


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