2012年5月20日

思った以上に深い鳩山外交が日米同盟に残した傷

2009年の「政権交代」以来、日米両国の政策形成者達は沖縄基地問題にかかりきりになり、日米同盟の最も重要な課題がかき消されてしまった。それはオバマ政権の戦略が妥当かどうかである。春原剛氏の一文を引用すると、鳩山由紀夫氏は自民党支配という55年体制の打倒の成功に喜び勇むあまり、沖縄をめぐる両国間の合意を見直すという自らの言動がもたらす致命的な結末を理解していなかった。戦後の日本政治の見直しという名の下に鳩山氏は普天間の合意を破棄して沖縄駐留の米軍を削減すべきと主張したが、この合意のためにどれほどの長い時間と労力が費やされたかということには考慮を払わなかった。後に鳩山氏は「学べば学ぶほど抑止力の意味がわかった」と言って沖縄の戦略的重要性を認めている。しかし覆水盆に返らずである。日本はアメリカの信頼を回復するためにも、この傷を癒す必要がある。現在の日本政府はワシントンの外交政策に影響を及し、沖縄基地と尖閣領土問題を超えて地域あるいはグローバルな安全保障の大局を話し合うには分が悪い立場にある。

これを示す一つのエピソードに触れたい。日本の民主党が歴史的な勝利を収めてからほどなく、私は日米双方の外交官やビジネスマンらによる会合に参加する機会があった。そこでの主要議題は民主党政権下での永田町の政局であった。普天間も主な話題の一つであった。私はアメリカ側の参加者が「民主党新政権は日米関係を上手く処理しきれていないようだが、事の成否は全て日本側にあり、アメリカ側には何の問題もない。合意が実行にうつされないなら、米軍は普天間に駐留し続けるだけだ。」と言うのを聞いて衝撃を受けた。参加者の殆どがこの見解に同意した。私が重視しているのは沖縄をめぐる技術的な問題よりも、それが日米同盟に与える心理的な影響である。こうした発言は「両国間に何が起ころうとも全ては日本の責任で、アメリカには何らわるいところはない」と言ったに等しい。すなわち、たとえアメリカの戦略が間違っていたとしても、日本はものを言える立場でなくなったということである。野田佳彦首相は4月30日のホワイトハウス訪問で日米関係の改善に向けて動き出したかも知れないが、鳩山外交の失敗が残した傷跡は一般に思われているよりもはるかに深い。その会合での議論が永田町の政局に集中したこともあり、私がアメリカ側の懸念材料に言及しなかったことは悔やまれてならない。

ここでオバマ戦略の致命的な欠陥について論じてみたい。というのも、それが日本のみならず、ヨーロッパから中東、アジアの主要同盟国との関係を損ないかねないからである。そうした全世界にわたる同盟関係の基盤はアメリカの超大国としての地位である。しかしバラク・オバマ大統領は就任以来、「超大国の自殺行為」を躊躇しないとも思われる態度を示している。プラハとカイロの演説で見られたようなこれまでのアメリカ外交への謝罪姿勢は厳しい批判にさらされた。日本の政策形成者の多くが財政上の困難を抱えながらのアジア回帰に「感謝」の意を示しているが、この戦略の中味は空である。中東は依然としてアメリカの軍事的プレゼンスを必要としている。またきわめて皮肉なことに、アジア回帰が必ずしもアジア太平洋地域でのアメリカの軍事力を強化しているわけではない。オバマ戦略ではエア・シー・バトルを重点に挙げているのに反し、アメリカの海空軍力は大幅に縮小されている。F35統合打撃戦闘機の開発遅延は最たる例の一つである。

アメリカン・エンタープライズ研究所のマッケンジー・イーグレン常任フェローは、アジア回帰戦略に批判的な分析を行なっている。オバマ政権の計画では米軍の大幅な人員削減が行なわれ、陸軍と海兵隊で合わせて10万人にもおよぶ兵員が解雇される。それはイラクとアフガニスタンでの長きにわたる戦争による「オーバー・ストレッチ」の是正を上回る規模である。さらに装備の調達と研究も全軍で削減される。海軍と空軍は大きな打撃を受けている。両軍の規模もさることながら、研究開発費の削減の方がより深刻である。中国に対するアメリカの優位を維持するためにも接近阻止・領域拒否能力への対抗手段への投資が重要だが、オバマ政権はこれも削減している。イーグレン氏はさらに、オバマ政権の国防政策の最大の犠牲者は空軍だと主張する。空軍が来年に購入する航空機の総数は、陸軍と海軍よりも少ない。さらに問題なのはステルス戦闘機・爆撃機や無人機といった最先端技術の支出が削減されていることである(“Obama's shift to Asia budget is a hollow shell game”; AOL Defense; March 15, 2012)。オバマ政権の「アジア回帰」によってアメリカが中国に対して戦略的に脆弱になるのは全く矛盾しており、イランやテロリストといった中東の脅威に対しては言わずもがなである。

オバマ氏はアメリカ軍のハードウェアよりもソフトウェアの向上に力を入れているが、ロバート・ゲーツ前国防長官の退任演説を思い起こすべきである。国家安全保障の目的を達成するには軍備の規模が充分でなければならない。この議論に当たって2010年の『英国戦略防衛見直し』のに言及したい。キャメロン政権は厳しい財政事情の中でイギリスの国防を再編するに当たってハードウェアよりもソフトウェアを重視している。その結果はどうだろうか?リビア紛争でのイギリスの戦闘ぶりは充分に良いとは言えなかった。フォークランド戦争30周年を迎える今年はアルゼンチンでナショナリズムが高揚し、兵力規模を縮小されたイギリス軍がこれに自信を持って対処できるかと言えば心もとない。オバマ政権は「皮肉な特別関係」を示すかのようにイギリスの現政権と同様な過ちを犯している。

上記の観点から、オバマ戦略の矛盾をさらに議論してゆきたい。イーグレン氏は空軍協会のダグラス・バーキー政府関係部長との共同論文で国防総省の統計資料を駆使しながら、オバマ戦略の根本的な弱点について議論している(“Nearing coffin corner: US air power on the edge”; AEI National Security Outlook; March 2012)。重要な点は「同盟国がアメリカとその国益に寄与するかどうかは、アメリカがプレゼンスを誇示し、超大国の地位にとどまり、問題を解決する意志を示していると認識するかどうかに直接かかっている」ということである。空軍力の大幅な削減はアメリカのプレゼンスをかなり低下させてしまう。両氏は2010年に発行された『4年ごとの国防計画』を引用し、アメリカは中国の脅威の増大に対処するためにも「長距離攻撃システムとそれに伴うセンサーへの投資を増やすべきである。また米軍がハッカー攻撃にさらされた環境でも作戦行動を遂行できる能力を開発し、誇示しなければならない」と主張する。戦略爆撃機とA2/AD対抗能力は、エア・シー・バトルの戦闘力を質量とも高めるうえで重要である。まず長距離爆撃機について述べたい。以下の表に見られるように、爆撃機の保有数はベトナム戦争時の500機から現在では134機に減っている。

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技術の進歩によって1機の戦闘機でも複数の目標を攻撃できるようになったが、1機で同時に2ヶ所を攻撃することはできないので、同時並行攻撃は不可能である。リビアでのNATOの経験から、巡航ミサイルによる大規模な攻撃を持続的に行なうにはコストがかかり過ぎる。長距離攻撃能力がそれほど不充分なことを考慮すれば、在日米軍は第7艦隊以外はグアムに移転せよという小沢一郎衆議院議員の発言は全く間違っている。また前進基地の爆撃機は後方基地の爆撃機よりも多くのソーティーをこなせる。沖縄には沖縄の役割があり、グアムにはグアムの役割がある。同様の論理はイランについても当てはまる。湾岸地域の前進基地にはそうした基地ならではの役割があり、ディエゴ・ガルシア島にはそこに見合った役割がある。剣には剣の使い道があり、長槍には長槍の使い道がある。

長距離攻撃の成功には、前進基地からの戦術的な空爆とも併せて行なう必要がある。よって戦闘機の近代化と増加も必要である。これは特にA2/AD対抗能力の向上で重要である。中国は第5世代のJ20ステルス戦闘機や先端技術の対艦ミサイルといったA2/AD能力を開発しているが、アメリカにはF22とB2を合わせてもわずか185機である。以下の表に示される通りアメリカ空軍にはさらなる近代化が必要である。 

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イーグレン氏とバーキー氏は「政策形成に当たって優先すべき投資の対象は、まず次世代爆撃機である。そしてF35、KC46、F22の近代化である。次に空母を拠点とした攻撃および制空のためには、航続距離が長く探知され難い航空機も重要である。そして統合電子戦能力も優先課題である」と主張する。両氏は手段とは現実に適合しなくてはならないと総括しているが、オバマ政権のアジア回帰戦略とエア・シー・バトル重視には数多くの矛盾がある。

これまで述べてきたようにアメリカの政策形成も完全なものではない。しかし鳩山外交の傷があまりに深いので、アメリカ側にどのような間違いがあってもかき消されてしまう。これは「日本の一貫性のなさが両国関係を悪化させているが、アメリカ側には何も落度はない」という無意識の意識が現在の日米両国の間の空気を支配しているためである。普天間問題は日本の立場を損ない、アメリカの時の政権の政策が間違っていても「ノー」とは言いにくくなってしまった。当時の会合の出席者達は日本の政界とのつながりもあるため、鳩山外交の失態にもかかわらず日本に対して理解と忍耐と敬意を示した。しかしワシントンの政策形成者にはヨーロッパや中東の専門家も多く、彼らが日本に対してそこまで寛大でいられるかは保証の限りではない。野田佳彦首相は、鳩山政権が残したこれほどまで凄まじい難題に取り組まねばならない。野党には野党ならではの利点もある。政権与党は目の前の仕事に係きりになってしまうが、野党なら日米の同盟関係を長期的かつ土台から再建に多くのエネルギーを費やすことが可能で、そうしたことがアメリカで「超大国の自殺行為」に走るようないかなる動きも食い止め、孤立主義が高まることも防ぐことにつながるであろう。永田町での民主党の「未熟さ」など日本国民はわかりきっている。野党は永田町のコップの中の嵐を超えて行動をしなければならない。

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2012年4月30日

イギリスも「アジア回帰」か?

アメリカやロシアだけでなく、イギリスもアジア太平洋地域への転向を進めている。これは東アジアでの主要国間のせめぎ合いで、域外の国も重要な役割を果たすことを意味する。イギリスはアジアで何を求めるのだろうか?

今年の4月にデービッド・キャメロン首相がインドネシア、マレーシア、日本、シンガポール、そしてミャンマーを歴訪したことは、イギリスのアジア外交の重要な一里塚である。キャメロン首相は日本と二国間の防衛提携を話し合った。ここ数年、イギリスによるユーロファイター・タイフーンの積極的な売込みが注目されてきたが、これは特に目新しいことでもない。フォークランド紛争の勝利からほどなくして、当時のマーガレット・サッチャー首相は日本にハリアーの購入を求めた。キャメロン氏の訪日は、イギリスの対日政策の長年の宿願の実現に向けた一歩だとも受け取れる。

キャメロン氏のミャンマー訪問は注目すべき出来事である。旧宗主国であるイギリスはヨーロッパでは初めてミャンマー政府と首脳会談に臨み、軍事独裁から民主化への一役を担おうとしている。イギリスはミャンマーの政治改革で、アメリカと日本にも劣らぬほど重要な役割を果たせる。

ブルネイでのEU・ASEAN外相会議へのウィリアム・ヘイグ外相の出席に鑑みて、マーク・キャニング駐インドネシア大使は外務英連邦省のブログでイギリスとアジアの関係の重要性を強調している(“EU has Arrived”; FCO Blogs; April 27, 2012)。イギリスは他のEU加盟国と共に、成長著しいアジア市場での貿易と投資の機会拡大を求めている。また過激派の脅威や気候変動といったグローバルな安全保障問題も重要な議題である。

ヨーロッパ諸国民にとってアジアは戦略的に重要な利益はないものと一般には思われがちである。しかしイギリスはこの地域と歴史的なつながりがあり、英語とイギリス式の教育体制が現地のエリート育成で重要な位置を占めている。アジア太平洋地域諸国のせめぎ合いについて語る際には、イギリスや他のEU諸国のような域外のアクターの影響力も見逃すべきではない。

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2012年4月28日

プロフィール写真の変更

グローバル・アメリカン政論のプロフィール写真は、4月23日に以下のように変更されました。マケドニア帝国のコインから獅子型兜を手にするアレクサンダー大王のフィギュアです。新旧双方とも、ネメアのライオンの皮を被るヘラクレスをモチーフにしています。


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当ブログがこれまで以上に、自由主義世界秩序の擁護のアドボカシーをなせることを願ってやみません。

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2012年4月23日

ロシアは東アジアに何を求めるか明確にせよ

2008年の大統領選挙で、サラ・ペイリン元アラスカ州知事がロシアについて認識不足の発言をしたことで厳しく批判された記憶は生々しい。しかし考えてみれば、ロシアがアジア太平洋地域でどのようなビジョンを持っているのかはきわめて不明確である。ペイリン氏は外交政策に疎い田舎者の政治家かも知れない。しかし自分の州益に重要であったなら、ペイリン氏もアメリカの国家安全保障に対するロシアの挑戦にもっと鋭敏な問題意識を抱いたであろう。政策形成者の中には、東アジアの三大国である日米中のパワー・ゲームでロシアが重要な役割を果たすとの声もある。ロシア自身もアジアへの転向を必要としている。今年はウラジオストックでAPEC首脳会議が9月に開催される。また、ロシアにとって今世紀初頭の石油景気から取り残され、開発の遅れた極東と繁栄するヨーロッパの地域格差の是正は重要な国内問題の一つである。ロシアの東アジア転向は、特に中国、朝鮮半島そして日本に対する外交政策に何らかの変化をもたらすだろう。

ロシアのアジア転向は、ともに欧米に対抗するための枢軸を築いてきた中国との間に潜む緊張を刺激しかねない。人口希薄な極東ロシアの住民は、中国という巨大な隣国の存在を快く思っていない。カーネギー国際平和財団モスクワ・センターのドミトリー・トレニン所長はヨーロッパ改革センターから最近に発行されたレポートで、中露関係について「(アメリカの覇権に挑戦するという)共通の国益はあるものの、両国は同盟関係にはない。モスクワが北京への従属を受け容れることはなく、一方で中国はロシアを衰退しつつある大国と見なしている」と論評している(“True Partners?: How Russia and China see each other”; Centre for European Reform Report; February 2012)。トレニン氏によるとロシアの外交政策はソ連崩壊によって「ポスト帝国主義」となり、それは帝政からソビエト時代の拡張主義とは全く異なるという。現在のロシアは列強植民地帝国でもなければ超大国でもなく、二番手クラスの勢力として自国の安定を第一に考えている。ロシアはヨーロッパでNATOの圧倒的な通常兵力と対峙し、核戦力によってかろうじて欧米との均衡を保っている。よってロシアにとっては中国と強固な関係を維持することが国益に適う。また、中国にとってもヨーロッパ連合と近い関係にあるリベラルなロシアなどあって欲しくない。ロシアにとっても中国にとっても国際体制でアメリカ支配に挑戦し、グローバル・ガバナンスで自分達の影響力の拡大をはかることが多いに国益に適っている。上記の観点から、ロシアは中国の対等を肯定的にとらえている。アメリカのネオコンサーバティブとは違い、トレニン氏は中露枢軸を体制の性質よりも地政学から見ている。

しかしロシアの対中関係には懸念材料もある。トレニン氏は政治面と経済面での問題点を述べている。政治的には中国の政府関係者は、バイカル湖が両国の共有遺産だといったようなロシア極東地域での領土について両国関係を悪化させかねないことをしばしば口にする。他方でロシアは尖閣列島と南沙諸島に関しては中立を守り、中国の領有権主張を支持していない。より根本的なことには、ロシアは中国の軍事力増大に相反する感情を抱きはじめている。2006年に中国が瀋陽地区で大規模な軍事演習を行なったことがロシアの反発を招いている。トレニン氏はアジア太平洋地域での潜在的な脅威について、ロシア陸軍参謀のソココフ中将による「数百万人もの大軍が伝統的な戦闘作戦観に基づいて行動している。明確に言えば、大規模な兵員数と火力を機軸としている」という発言を引用している。経済ではロシアには極東国境地域の開発のために中国資本が必要ではあるが、中国企業はシベリアの一次産品を搾取するだけで現地ロシア人の雇用機会の拡大には何ら貢献しないという批判の声もある。ロシアはソ連から人口の半分を引き継いだに過ぎず、労働力不足を補うには中国人労働者が必要である。しかし中国の企業と労働力が大規模に流入するようになると、極東のロシア人の間では土地の占拠と犯罪組織の増大を恐れる声が挙がるようになる。

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獲物を求めて東アジアを睨むロシアのシベリアトラ

政治面と経済面での問題の他に、私はロシアの自然環境に対する中国の脅威にも言及したい。中国企業はシベリアの亜寒帯林を違法伐採により破壊し、中国でのあくなき木材需要を満たそうとしている(“Corruption Stains Timber Trade”; Washington Post; April 1, 2007)。シベリアの広大なタイガは全世界住民の共有財産で、地球環境のうえでもアマゾンの熱帯雨林の劣らず重要である。生物多様性に関しては、ロシア極東地域にはシベリアトラアムールヒョウバイカルアザラシのようによく知られた固有種が生息している。さらに、地球温暖化対策にタイガが果たす役割も、もっと注目されるべきである。亜寒帯林の泥炭土壌は、膨大な二酸化炭素を貯蔵している。無軌道な伐採によって温室効果ガスが大気中に放出されてしまうのである。またアムール川がシベリアの森林からの栄養分を海洋生物に運んでいるので、違法伐採によってオホーツク海の漁業にも被害が及ぶ。

ロシアが東アジアの安全保障で果たす役割について語る際に、朝鮮半島は重要な場所である。現在、北朝鮮は新しい指導者キム・ジョンウンの下で、国際的な核不拡散体制に逆らっている。歴史的に見ても朝鮮半島はロシア、中国、日本、アメリカによるグレート・ゲームの舞台である。北朝鮮の非核化に関しては、リチャード・アーミテージ元国防次官補が日本のジャーナリスト春原剛氏とのインタビューでソ連崩壊後のロシアは北朝鮮への影響力が急速に低下したと嘆いている(『日米同盟vs.中国・北朝鮮』; p. 120)。しかしハドソン研究所のリチャード・ワイツ上級研究員は、ウラジーミル・プーチン次期大統領が最近になって北朝鮮ではイラン以上に非核化に積極的に取り組むという論文を出したと指摘している(“Putin’s Grand Plan for Asia”; Diplomat Magazine; March 13, 2012)。それだけの理由はある。ロシアは南北朝鮮鉄道を自国の鉄道網に連結し、韓国にヨーロッパへの貿易ルートを提供しようとしている。またロシアは北朝鮮領内を通るエネルギー資源パイプラインの建設を望んでいる。

日本との関係では北方領土問題が注目されがちである。日本のメディアはプーチン氏の大統領当選が領土交渉に及ぼす影響に目を奪われがちである。しかし大統領が誰であれ、ロシアの東アジア政策の全体像を理解する必要がある。クレムリンは政治的な問題を棚上げして日本との経済関係の強化を模索しているかも知れない。しかしウクライナ危機でロシアが天然ガスのパイプラインを閉鎖してヨーロッパのほとんど全てを混乱させたことを考慮すれば、我が国としてはそうした考え方を易々と受け容れるわけにはゆかない。他方で日本は全世界の住民の利益のためにもシベリアの森林保護には一役かえる。日露関係を考えるうえでは2009年の日本製中古車紛争で見られたように、クレムリンの国家中心の視点が東シベリアの住民との間で認識のずれを生じさせていることに留意する必要がある(“Russian motorists in Far East protest new rules, taxes”; RIA Novosti; October 24, 2009)。極東ロシアの住民は、プーチン首相がロシアの自動車産業保護を国際競争から保護するために日本製中古車の輸入を制限したことに反対して立ち上がった。

ロシアは今年の9月にAPECウラジオストック首脳会議を主催するので、東アジアでの自らの政策と経済的な目的を発信する必要がある。ロシア国民は帝政時代からソビエト時代の精神構造から抜け出し、世界を相手に情報発信してゆくべきである。これまでのところ、ロシアの東アジア政策はあまり注目されてこなかった。しかし開発の遅れたロシア極東地域には日中韓をはじめとするアジア近隣諸国の投資が必要なのは明らかである。ロシアがアジア転向を進めるようになると、アメリカの政策形成者もロシアのアジア太平洋政策を注視する必要が出てくる。また東アジアの側でも、政治家や外交官から千島列島の漁師にいたるロシア人とより多くの対話の機会を求めるべきである。サラ・ペイリン氏が2008年の大統領選挙で不用意な発言をしたことは、ペイリン氏よりもむしろロシアにとって恥ずべきことである。

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2012年3月31日

永田町はイランとの関係を再考せよ

以前に記したように、日本の指導者達と市民はイランの現体制の恐るべき性質は我が国のナショナル・アイデンティティーとは全く相容れないことを見過ごしている。これに鑑みて、玄葉光一郎外相と自民党の藤井孝男参議院議員が3月26日の参議院予算委員会で行なった質疑応答は驚くべきものである。両氏とも、日本が英イラン石油紛争の時期に共産主義者のムハマド・モサデグ首相と「友好関係」なるものにあったことを称賛したのだ。あろうことか両氏とも衆人環視の中で、サー・ウィンストン・チャーチルよりもヨシフ・スターリンを支持すると宣言したのである。イラン近代史の地政学を考慮すれば、両氏の発言はきわめて軽率である。

ここで近代イランの地政学的な歴史に触れてみたい。イランは19世紀以来、列強の衝突の舞台であった。植民地帝国主義の時代、イギリスとロシアはこの地でのグレート・ゲームで競合した。第二次世界大戦中には連合国がイランをソ連への軍事物資供給ルートとして利用した。しかしスターリンはすでに戦争が終結したにもかかわらず、イラン北部でのソ連軍の駐留を維持した。1946年のイラン危機国連安全保障理事会で審議された最初の事案で、イラン帝国政府は米英両国の支持によって赤軍を自国領内から放逐することに成功した。

イランが大国間の勢力争いでこれほどまで重要な地位を占めることを考慮すれば、モサデグが自らの背後にソ連の影響力があることを示唆したことは、あまりにも軽率であった。イギリスとイランの石油紛争の最中、日本は英米による制裁に従わなかった。出光興産はイランから石油を輸入するために、イギリス海軍による封鎖をかいくぐってタンカーを派遣した。しかし、それは玄葉氏と藤井氏が国会で述べたほど栄光に満ちたものではない。日本の戦後復興と高度経済成長をもたらしたのは出光ではない。モサデグ政権が生き残っていれば、湾岸地域に赤いナショナリズムのドミノ効果が起こっていたであろう。参議院での玄葉氏と藤井氏の発言とは逆に、1950年代から70年代にかけて日本が中東の安定を「ただ乗り」し、「トランジスター・ラジオのセールスマン」として経済成長に集中できたのは、英米によるクーデターが成功してモサデグの退陣とシャーの復権が成し遂げられたからである。その後、シャーのイランがペルシア湾の憲兵として中東の安全保障という国際公共財を提供したことは、周知の通りである。

1960年代から70年代にかけて、日本はパーレビ体制とは友好的な関係にあった。IJPC石油化学プロジェクトが結ばれたのは、シャーとの間である。我が国にとって、共産主義者のモサデグも暗黒時代の精神に浸りきったムラーも、とてもではないがビジネスのできる相手ではない。チャーチルよりもスターリンを支持するような発言をした玄葉氏と藤井氏は、各々が民主党と自民党を離党して共産党に入った方がよろしいのではなかろうか。不思議なことに、参議院ではこうしたおぞましき発言に対して野次一つなかった。永田町の政治家達は中東での日本の立場に鈍感なようだが、日本が西側民主主義の主要国であることからすれば由々しきことである。

またバラク・オバマ大統領のカイロ演説が、アメリカ国内ではアングロ・イラニアン石油紛争の解決にCIAとMI6が起こしたクーデターに対してあまりにも謝罪姿勢だとして厳しく非難されたことを忘れてはならない。イランと日本が真の友好関係にあったのは、シャーの体制下で西欧的な教育を受けたエリート達が指導的な地位に就いていた時期である。現在、彼らの多くはアメリカとヨーロッパで亡命生活を送っている。そうしたイラン人達は、国内でグリーン運動を支持する者達とともに祖国の自由のために活動している。よって現在の、玄葉氏と藤井氏が参議院でのたまったようなシーア派神権体制への宥和と共産主義者のモサデグへの賞賛に対しては、それがいかなる類いのものであれ、悪の体制と戦う我が国の真の友に対する侮辱と裏切りだと見なすほかはない。

モサデグ体制の事例と同様に、イランの誤った行動を許すことへの短期的な利益と長期的な損失を考慮する必要がある。遺憾なことに、日本のオピニオン・リーダー達は短期的な石油価格の上昇にばかり目が向いているが、歴史はチェンバレン的な平和主義によって長期的には脅威が著しく増大することを語っている。核大国への野望を抱くイランに封じ込めで対処するとなると、テロ支援をはじめテヘランの現体制が地域の不安定化を煽るために仕掛ける様々な行動にも対策を練る必要が出てくる(“Containing Iran will cost untold blood, treasure”; Jerusalem Post; March 18, 2012)。それはイランへの先制攻撃よりも長期的には高くつくかも知れない。正しい歴史の理解は正しい政策の選択への前提条件である。永田町の政治家達は我が国のナショナル・アイデンティティーとイラン現代史について再考する必要がある。

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2012年3月16日

中国のイラン政策を注視せよ

以前の記事では、中央アジアから中東に向かう中国の西方拡大がアジアのシーレーンに向かう東方拡大に劣らず危険だと主張した。特に中国の対イランおよび対パキスタン関係は世界の安全保障に重大な影響を与えている。中国による両国への原子力およびミサイル技術の支援は、核不拡散には悪影響を与えている。また、アメリカがイラクとアフガニスタンを含めた中東から性急に撤退すれば中国の浸透を招きかねないとも警告した。そうした事情から、中国が重視するのは国際公益か、それとも欧米との地政学的競合かと問いかけた。しかし昨年11月のIAEA報告書以来、イラン核危機をめぐる緊張が高まるに従って中国とイランの関係は岐路に立たされている。これは欧米とアジアの民主国家にとって、中国と本当に平和的でウィンウィンの関係が築けるかどうかの試金石である。

シャー体制の崩壊以来、イランは中国の中東政策の要石である。中国はホルムズ海峡の安全に深刻な影響を及ぼしかねないシルクワーム地対艦ミサイルを秘密裡にイランに輸出していたが(“U.S. Knew of Iran Arms, Officials Say”; New York Times; June 16, 1987)、レーガン政権の強い要求で供与を停止した(“China Says It Will Stop Arms for Iran”; New York Times; November 4, 1987)。中国は長年にわたってイランに軍事援助を行なってきたばかりか、中国軍の指導者達はイランをスエズ以東の海洋支配の拠点にしようとさえ考えてきた。中国が世界平和と中東の安全保障のために、そうした積年の野心を本当に捨て去るのだろうか?

非常に興味深いことに、中国とイランはイデオロギーと戦略のうえで、欧米への二大対抗勢力となっている。ここでマニラ在住の外交政策アナリストであるジャバド・ヘイダリアン氏の論文を参照し、核危機の中での中国・イラン関係がどのようなものかを模索したい “China and Iran Breaking up?”; Diplomat Magazine; March 8, 2012)。ヘイダリアン氏は中国とイランの両国には「ペルシア帝国と中華帝国はアジア大陸の東西を代表する大国であった」と指摘する。経済面では、中国とイランは相互補完関係にある。イランは中国の経済成長の需要を満たすべく石油と天然ガスの主要供給国である。欧米の制裁強化によってイランは中国市場への依存度を一層高めている。しかし中国には石油の輸入のためにもホルムズ海峡が安全である必要があるとヘイダリアン氏は評している。そのため中国はこの地域でのイランの軍事行動には反対で、核開発の疑念を抱かれている場所には国際査察に対する透明性を高めるべきだと要求していると言う。

問題はヘイダリアン氏の分析がやや楽観的なことである。中国が安全保障政策で、そこまで欧米と歩み寄るのだろうか?核不拡散は中国にとっても欧米にとっても安全保障上の重要課題である。しかし中国にとってイランの核保有は欧米がとらえるほど深刻な問題ではないので、双方の間でウィンウィン関係の構築は容易ではない。中国はイランが核保有国となっても良好な関係を保てるが、それは両国がイデオロギーと地政学のうえで欧米と対抗してゆくという共通の立場だからである。また両国の「歴史認識」も重複している。イラクの場合で中国が米英の介入に激しく反対したのは、一極支配の世界秩序を恐れたためである。それに比べれば、中国にとってサダム・フセインの核保有の野望の脅威および独裁者とテロリストの潜在的な関係の排除はさほど重要ではなかった。中国は国際公益よりも欧米相手のパワー・ポリティックスを優先しかねないのである。

以前新党改革の舛添要一代表の対中認識が甘いと批判したことがあった。しかし日本がイスラエルも含めた欧米同盟諸国とともにイランへの制裁を強める中で、中国がビジネス・チャンスを拡大するような事態を許してはならないと舛添氏が述べたことには同意する。私が批判的に述べた理由は、我が国はイラン危機への対処で中国に協力を「お願い」する立場ではないからである。私にはそうした態度が叩頭を連想させるので、ジョージ・マカートニーウイリアム・アマーストと同様にそれには「ノー」を突きつけるのみである。中国とイランの間に深く根を下した関係を強く注視してこの核危機に対処しなければならない。

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2012年3月11日

3・11地震追悼1周年

3・11地震より1周年。今上天皇が大地震とそれに続く福島原発事故の犠牲者に哀悼の意を述べた。

甦れニッポン!Pray for Japan.

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2012年3月 7日

アジアにとって、オバマ新戦略による超大国の地位放棄は受け容れられるか?

オバマ政権は今年の年頭に国家安全保障の重点を中東からアジア太平洋地域に移すという新国防戦略を公表した。しかしこの「アジア回帰」として知られる新戦略が軍事支出の大幅な削減と表裏一体であることを忘れてはならない。中国の台頭とそれがもたらす予測不能な影響に鑑みて、アジア諸国民がオバマ新戦略を歓迎することは理解できる。しかし保守派の政策形成者達は国防費の大幅な削減と中東からの撤退を厳しく批判し、新戦略は「スーパーパワー・スーサイド」(超大国の地位の自発的な放棄)だとまで言っている。外交政策イニシアチブのロバート・ケーガン所長は世界の安定を強化するためにもアメリカのハードパワーの役割が不可欠だと強調する(“The Importance of U.S. Military Might Shouldn’t Be Underestimated”; Washington Post; February 2, 2012)。議会では共和党議員から現行の国防費削減に批判の声が挙がっている。ジョン・マケイン上院議員は「オバマ大統領の新戦略は、いかなる種類の包括的戦略見直しもリスク査定も経ずに表明された」と主張する。バック・マケオン下院軍事委員長はさらに厳しく「大統領は戦略見直しそっちのけで、昨年4月に4千億ドル以上の国防費削減を行ないたかった」と非難する(“Fight over Defense budget has familiar ring”; DEFCON Hill; February 21, 2012)。

就任以来、バラク・オバマ大統領は世界の中でも特に中東でアメリカ役割を縮小し、イスラム諸国での反米感情を宥めようとしていることを示唆してきた。プラハ演説とカイロ演説は保守派の論客達から厳しく批判された。ヘリテージ財団マーガレット・サッチャー・センターのナイル・ガーディナー所長は、オバマ氏がアメリカ外交に対してあまりにも謝罪姿勢だと論評した。よってスーパーパワー・スーサイドと表裏一体となっているオバマ政権のアジア回帰は、逆にアジアの安全保障の利益を損なっているのではとの疑念を拭い去れない。こうした観点から、私は2月24日に開催されたグローバル・フォーラム・ジャパンの日米中対話で質問をした。私からの問いに応じていただいたカーネギー国際平和財団のダグラス・パール副会長、東京大学の高原明生教授、そして同志社大学の村田晃嗣教授には深く謝意を表したい。このイベントでのやり取りを通じ、この問題についてさらに考えてみたい。

まず、中国の軍事的な台頭がもたらす影響はアジア太平洋地域にとどまらない。中国は西方にも拡大している。中央アジアではウイグル人、チベット人、その他少数民族への抑圧によって東トルキスタンとチベットへの支配力を強めている。また上海協力機構を通じて中国の影響力はカスピ海方面に向かっても拡大している。さらに中国の影響力は中東にも浸透している。中国はテロリストへの核拡散に対する国際的な懸念をよそに、パキスタンと原子力協定を結んだ。また核保有の野心を抱くイランに対しては、接近拒否のための対艦ミサイルの製造を支援した。中国はスエズ以東のシーレーンを支配するために、イランに海軍基地を持とうとさえしている。アメリカが中東から撤退すれば、中国が力の真空を埋めようとしかねない。中国は今年に入って急激な軍事費を増加し、世界規模で戦力投射能力を拡大しようとしている(“China military spending to top $100 billion this year”; Washington Post; March 4, 2012)。習金平副主席が胡錦濤国家主席より地位を継承すると、前任者より人民解放軍とのつながりが深いために中国の国防費はさらに増大する可能性がある(“China’s defence spending to rise 11.2%”; Financial Times; March 4, 2012)。

中東はアジア諸国にとっても重要な地域である。イスラム・テロは共通の安全保障問題である。インド、タイ、フィリピンといったアジア諸国もイスラム過激派の脅威に直面している。インドネシアとマレーシアではイスラム教徒が人口の過半数を占める。「アラブの春」に関しては、アメリカン・エンタープライズ研究所のアヤーン・ヒルシ・アリ研究フェローがイスラム教徒と現地キリスト教徒の間の衝突が激化していると指摘する(“Ayaan Hirsi Ali:The Global War on Christians in the Muslim World”; News Week; February 6, 2012)。 よって中東の政治的安定はアジアの多くの国々にとっても重要な安全保障上の利益なのである。イランが核兵器を保有するようになれば中東の政治的混乱はさらに深まる。核不拡散はアジア太平洋諸国にとっても共通の安全保障政策課題なのである。さらに重要なことを言えば戦略提携は互恵的でなければならない。オバマ大統領は新戦略でインドを主要パートナーの一国に挙げたが、米印関係が深化したのはテロとの戦いが契機である。中東からの一方的な撤退によって、ブッシュ政権以来の米印戦略提携が弱体化しかねない。

さらに、アジア経済は自分達だけで勝手に成長することはできない。アジアの繁栄は域外の天然資源供給と輸出市場と強く関わっている。アジアでの急速な工業化と都市化を支えているのは中東からの石油の輸入である。また中東はアジアからヨーロッパに向かうシーレーンでもある。ユーロ圏の金融危機によって、アジア諸国は自分達の経済によってのヨーロッパ市場の重要性を痛感するようになった。尖閣列島と南沙諸島を守るだけでは中途半端なのである。忘れてはならないのは、アジア諸国の海軍がアメリカおよびNATO諸国とともにソマリア沖の海賊掃討作戦に参加したことである。このことは中東のシーレーンがアジアにとってどれほど重要化を示している。

中東でのアジア太平洋諸国の利益についてさらに述べたい。日本は平和憲法に基づくフリーライダー外交をいまだに信じ込んでやまない左翼教条主義者の猛烈な反対を押し切って、バース党体制崩壊後のイラクの復興のために自衛隊を派遣した。オバマ政権の新戦略に「スーパーパワー・スーサイド」の懸念があるにもかかわらず、オーストラリアのジュリア・ギラード首相がそれを大歓迎した理由が私にはわからない。オーストラリアは太平洋国家であるとともにインド洋国家でもある。アフガニスタンとイラクには、主権国家としてアメリカとイギリスを支援するために出兵した。これは第一次世界大戦で大英帝国の忠実な自治領としてエジプト、パレスチナ、メソポタミアに出兵したこととは全く異なる。現在のオーストラリアがアフガニスタンとイラクへの出兵を決断したのは、それが自国にとって重要な国益だったからである。そうして見ると、ギラード首相が「アジア回帰」をあれほど喜々として受け容れたことは不可解である。

国防支出の削減によって、特にF35統合打撃戦闘機に関して同盟国にも予期せぬ負担がかかるようになった。オバマ政権がF35の受注を削減したために、一機当たりの価格は跳ね上がるとともにこの戦闘機の開発もさらに遅れるようになった。よってアジア諸国民は新戦略の背後にある現実を考える必要がある。F35戦闘機の問題はオバマ政権による「スーパーパワー・スーサイド」がもたらす致命的な影響を示している。アジア諸国は本当に「アジア回帰」を歓迎すべきなのだろうか? 

もちろん、中国がアメリカの優位と地域安全保障の死命を制する挑戦を突き付けていることに異論はない。オバマ新戦略の何から何まで反対というわけではない。カート・キャンベル国務次官補が主張するように、中国の海洋進出に対抗するために北東アジア、東南アジア、オーストラリア、そしてインドでの安全保障の取り組みが互いによくかみ合うようにすることには賛成である。先の日米中対話で村田教授が私の質問への返答で述べたように、パックス・アメリカーナへの第一の挑戦相手は中国であろう。問題はこの対話でEU東京代表部のアレクサンダー・マクラクラン第一審議官が評したように、アジア諸国がアメリカとの安全保障パートナーシップであまりに受動的なことである。そうした例をいくつか挙げてみたい。沖縄の人々は普天間米軍基地問題でNIMBYな希望を表明しているが、日本の政策形成者達と一般国民は米軍には自国周辺に居てもらいたいというYIMBY(Yes, in my backyard)な姿勢で、世界規模のテロとの戦いにも中東の安全保障にも 充分な関心を向けていない。インドネシア国民も同様に、中東のイスラム教徒の同朋よりも近隣諸国のことで精一杯である。2010年12月に日本国際フォーラムが主催した外交円卓会議で、私はインドネシア戦略国際問題研究所のリザール・スクマ所長にインドネシアによる中東の民主化への貢献について質問した。スクマ氏は、インドネシアはイスラム文明の周辺に位置するので中東には影響力がないと答えた。私の質問は「まるでヨーロッパ人からのもののようだ」とも述べた。私にはアジア太平洋諸国でのそうした見方が、オバマ政権によるスーパーパワー・スーサイドを何の疑いもなく受け容れてしまう素地となっているように思われる。

ここまで述べてきた観点から、私はアジア太平洋諸国がオバマ政権による「アジア回帰」を万歳して受け容れるべきかどうかを再び問いかけてみたい。村田教授が今後10年以上にわたってアメリカ主導の世界秩序に最も重大な挑戦を突き付けるのは中国だと述べたことには同意する。しかし、現時点で最も差し迫った脅威となっているのはイランである。ホルムズ海峡をめぐる軍事的緊張は石油価格を引き上げるかも知れないが、長期的にはイランの核保有の野望を野放しにすることの方が高くつく。1月28日に放映されたNHK「ニュース深読み」ではイラン核危機に関する討論があり、その番組に出演した村田教授は日米連携強化による対処を主張した。日本の論客達の間でイランへの関心が充分に高いとはいえない中で、そうした鋭敏な問題意識に私は感銘を受けた。しかし私の質問に対しては、アメリカには中東で新たな戦争を起こさせずにアジアに力を注がせるようにすることが日本の国益に適うと答えた。 

問題は、アメリカが戦争に及び腰だとなるとイランが勢いづくことである。サダム・フセインがクウェートに侵攻したのは、アメリカ介入してくるとは露ほども思っていなかったからである。戦闘の意志は抑止力の要である。アメリカン・エンタープライス研究所のフレデリック・ケーガン氏とマセー・ザリフ氏は、国際社会が手をこまねいている間にイランの核兵器開発が進んでいると警告する(“America's Iranian Self-Deception”; Wall Street Journal; February 27, 2012)。そうした状況の下、イスラエルは必要ならアメリカへの通知なしにイランを攻撃するとまで言う(“Israelis reportedly don't plan to notify US if decision made to strike Iran”; FOX News; February 27, 2012)。イスラエルは明らかに、イランに対するオバマ氏のチェンバレン的な態度を憂慮している。イラク戦争の勃発に際し、日本の反戦派は「ブッシュ政権がアメリカ世論の全てを必ずしも代表しているわけではないので、リベラル派の政権獲得による政策変更にも準備を整えるべきだ」と主張した。それならば、ノルウェーのノーベル平和賞委員会のようにオバマ氏を平伏礼賛する必要などない。 

オバマ新戦略がアジア太平洋諸国にどのような影響を及ぼすかを論じる際に、アメリカとの同盟の真の意味を考え直す必要がある。アジアにとって必要なのは超大国のアメリカであって、地域大国のアメリカではない。アメリカによる安全保障の傘は、アジア諸国を中国、ロシア、北朝鮮といった域内の不安定要因から守る。また域外と非伝統的な安全保障分野での脅威に対処するにもアメリカの安全保障の傘が必要である。よって「スーパーパワー・スーサイド」にはもっと警戒を強めねばならない。新戦略の問題は中東だけではない。アジアの成長をアメリカ経済に取り込むというバラ色の夢を語る一方で、北朝鮮への対処については殆ど言及していない。しかしTPPをはじめとしたいかなる自由貿易の枠組も、世界規模での安全保障の土台がなければ経済的な繁栄を保証することなどありえない。アメリカ外交の学徒にとって、「スーパーパワー・スーサイド」の真の意味を徹底的に考えるべきである。アジア太平洋地域の一市民として、私は間違ってもオバマ政権の新戦略を万歳で受け容れようとは思わない!

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2012年2月25日

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2012年2月15日

イデオロギー上、イランは日本の敵である!

ホルムズ海峡をめぐるイランと欧米の緊張が激化する中で、日本のオピニオン・リーダー達は日本とイランの間で長年にわたって深く根付いた友好関係が双方の仲立ちに役立つだろうと主張している。しかし両国の体制に性質には著しい違いがあり、イランと日本は相容れない関係である。イラン革命ではシーア派の僧侶達が近代主義のパーレビ体制を崩壊させ、西欧型の政教分離の啓蒙主義を完全に否定してこの国を暗黒時代に逆戻りさせてしまった。レザ・シャー1世統治下でのイランのネーション・ビルディングが日本の明治維新に倣ったものであることは非常によく知られており、イスラム革命はこうした国家建設を否定するものである。

日本の指導者達がイランをどのように見ているのかについて述べる前に、イランと日本での建国イデオロギーの根本的な違いについて論じたい。徳川幕府の崩壊以来、日本の国民的な価値観は福沢諭吉と森有礼らが推し進めた啓蒙思想に基づいている。これによって日本は明治の近代化から大正デモクラシー、戦後のレジーム・チェンジへと進化していった。戦間期のドイツにワイマール民主主義が広まったように、同時期の日本にも自由な社会の強固な基盤があった。ダグラス・マッカーサーによる占領統治は、そうした基盤がある日本の民主化を触発したに過ぎない。アジア近隣諸国民が近代化に目覚めなかったのに対し、日本国民は西欧ルネッサンスの本質を学ぶことによって暗黒時代の封建主義から人間性と理性を解放した。ルネサンスが人類文化史上で最も偉大な業績であることは、普遍的に受け容れられている。日本が西洋列強とともに「文明国」の仲間入りができたのはこうした基本的な価値観によるものであり、西洋の生活様式の模倣によるものではない。福沢は自らの有名な著書『学問のすすめ』において「麦飯を食べながらでも西洋文明を学べばよい」と記している。そうした近代的精神からすれば、日本で戦後のレジーム・チェンジが成功したのは何ら不思議ではない。

他方でイランの神権体制は、呪術、魔術、狂信主義、宗教的権威主義といった暗黒時代のイデオロギーに根ざしている。イラン革命はいわば日本の否定である。シャーの体制は自由とは程遠かったかも知れないが、啓蒙専制主義ではあった。きわめて遺憾なことに、イランは革命によって西欧型民主主義に進化する代わりに退化していった。この国は日本とドイツが歩んだ道とは正反対の道を歩むことになった。1979年のアメリカ大使館占拠事件で見られたような暴虐行為は、シーア派神権体制が抱えるおぞましい性質ならではの帰結である。テヘラン政府の究極の目的は革命の輸出である。これを恐れたサウジアラビア、ヨルダン、クウェートといったアラブ諸国はイラン・イラク戦争において、バース党の危険なイデオロギーを承知でサダム・フセインを支援したのである。

イランの現体制はそれほどまでに恐るべきものなので、日本がこの国との「長年にわたる友好関係」なるものを維持して欧米とは独自の行動をすべきだという理由が皆目理解できない。イデオロギーとレジームの性質という観点からすれば、イランは日本の敵なのである。また、イランは悪の枢軸の一員であり世界平和を脅かすために軍備を増強している。パーレビ体制のイランはケマル体制のトルコとともに、日本の誇りであった。イスラム革命がイランを中世の狂気に戻してしまったことで、我が国は赤っ恥をかかされたのである。日本のエリート達がそのような悪逆体制との「長年にわかる友好関係」を維持すべきだと考えていること言語道断である。遺憾なことに、彼らが愛する暴力、狂気、抑圧が、我が国の愛する理性、人間性、自由とは相容れないという認識が大平政権には欠けていた。戦後の受動的平和主義と経済至上主義に支配された日本政府は、米大使館占拠事件をめぐって西側同盟諸国が制裁強化を要求してきたにもかかわらず、イラン・日本石油化学プロジェクトの継続にばかり気をとられていた。後にプロジェクトは破談となり、日本は狂気と憎しみの体制との商取引の廃棄によって多大な損失を被ることになる。これがイランと日本の間の「長年にわたる友好関係」の実態である。非常に不思議なことに、企業の金儲け主義を攻撃することが大好きな左翼からは、イランのようなテロリスト国家との商取引を非難する声が殆ど聞かれない。左翼の大企業批判には良心のかけらもないことがよくわかる。

そうした建国理念の著しい違いとシャー体制崩壊後の両国関係の悲劇的な歴史を見れば、日本のエスタブリッシュメントはイランの脅威への警戒感をもっと強める必要がある。イラン核問題は1月31日に行なわれた参議院予算委員会の外交問題審議で取り上げられた。しかしこの審議での野党の質問には驚愕させられた。最も驚くべき質問は、イランの核兵器とイスラエルの核兵器の混同である。公明党の浜田昌良参議院議員はイランとイスラエルがまるで中東の安全保障で同等の脅威であるかのごとく述べた。しかし以下の点に留意すべきである。最も重要なことに、イランにはパレスチナからレバノン、イラク、アフガニスタンまで及ぶテロリストとの広範なネットワークがある。核不拡散で今日の最も危険な政策課題は、テロリストと核保有国の結びつきである。さらにイランの核兵器は攻撃目的だがイスラエルの核兵器は防御目的だということにも注意すべきである。イランのシーア派体制は究極的に中東から中央アジア一帯に及ぶ革命の輸出を目指しており、この目的のために核兵器を保有して大国の地位を得ようとしている。イランが核開発計画を推し進める第一の理由がイスラエルであるなら、今年の2月にナビド衛星を打ち上げたのはどうしたことなのだろうか(“Iran Reports Launch of Small Satellite into Orbit”; Sci-Tech Today; February 6, 2012)?このことはイランのミサイル標的がイスラエルにとどまらないことを示唆している。一体どこを狙っているのだろうか?ロンドンか?パリか?ニューヨークか?それともワシントンか?最後に中東諸国が怯えているのはイスラエルよりもイランの核の脅威であることを指摘したい。核不拡散の専門家の間ではエジプト、サウジアラビア、その他湾岸王制諸国への核拡散の懸念がある。これらの国々が核保有に走るとすればイランに対してであり、イスラエルに対してではない。浜田氏は参議院において上記の点に考慮を払っていなかったので、公明党には反ユダヤ主義の影響が及んでいるのではないかとの疑念を私は抱かずにはいられない。

同委員会でのイラン問題に関する審議では他にも質問があった。新党改革の舛添要一代表はイラン問題で中国の協力を得る必要を強調したが、彼の国が我々とは世界平和に関して共通のビジョンを有していないことに留意しなければならない。中国は石油資源の確保にとどまらず、イランをめぐって危険な軍事的野心を抱いている。中国はイランに先端技術を用いた対艦巡航ミサイルの製造の支援を行なっている“Inside the Ring --- China-Iran Missile Sales; Washington Times; November 2, 2011)。ワシントン近東政策研究所のマイケル・シン所長は、中国はこうした軍事技術支援だけでなくイランに海軍基地を確保してスエズ以東のシー・レーンを支配しようと模索していると警告している“China's Iranian Gambit”; Foreign Policy; October 31, 2011)。北朝鮮の場合と同様に、我々西側民主国家が中国を六者協議に加えているのは、彼らが我々と価値観と安全保障上の利益を共有しているからではなく、我々の取り組みを彼らが崩壊させることを防ぐためである。イラン問題では中国に対し、我々は彼らの行動を監視すれども頭を下げて強力を願う立場ではない。元東京大学教授である舛添氏が中国に関してあのように甘い認識を示した理由が、私にはわからない。

参議院の審議では制裁の強化がどれほどの効果があるかも重要な議題であった。しかし制裁については経済的な効果ばかりでなく、政治的な圧力を込めたメッセージという側面も忘れてはならない。制裁の強化はイランが我々の要求に従わないなら先制攻撃も辞さないという警告のメッセージとなろう。玄葉光一郎外相は野党からの質問に落ち着いて筋の通った答弁で応じたが、イランが日本とはイデオロギー上は敵対関係にあるという重要で基本的な事実を認識している兆候をかけらも見せてくれなかったのは残念と言う他にない。日本のエスタブリッシュメントがイランをどう見ているかを理解するために、政府以外の部門からの論評にも触れたい。NHKの大越健介キャスターは、ミャンマーの場合と同様に日本が「長年にわたる友好関係」を活用してイランと欧米の仲介役を果たすべきだと主張する。しかしミャンマーとイランを混同するのは全くの間違いである。ミャンマーは孤立しているが、イランはテロリストとも他の専制国家ともつながりがある。アメリカとヨーロッパの政策形成者達がイランの危険性を問題視している理由は、まさにこれである。大越氏はそれでも我が国が「長年にわたる同盟諸国」とは独自の行動に出て、悪の体制との友好関係を重視せよというのだろうか?こうしたナイーブなコメントを聞くと、彼がワシントン駐在を経て東京のメインキャスターになったとはとても思えない。

日本のエスタブリッシュメントは対イラン関係において明らかに商業利益のみを追求し、我が国の建国基盤となるイデオロギーと体制について考慮を払ってこなかった。国際関係においてイデオロギーと体制を超えて互恵的な経済発展を追及できると言われることが多い。しかし実際にはこの文言は専制国家が仕掛ける最も危険なハニー・トラップである。専制国家は民主国家の犠牲のうえに自分達の生存の見通しを最大化しようとしている。日本のエリート達は経済にばかり目が向きがちで、圧政国家が抱える「悪の性質」を見落としがちである。1960年代当時、フランスのシャルル・ド・ゴール大統領は池田勇人首相を「トランジスター・ラジオのセールスマン」と揶揄したが、彼らの世界観はそのころのものとあまり変わっていないのではなかろうかと思える。日本のエリート達には我が国のアイデンティティなど関心がないようだ。日本はそのように空虚な友好関係をイランとの間で維持すべきなのだろうか?そんなことはあり得ない!暗黒時代の体制を地図上から消し去るのは、我が国の国益に適っている。我々日本国民は、アメリカ、ヨーロッパ、イスラエル、そして何よりも重要なことにグリーン運動で神権政治に対して立ち上がったイラン国民と政策目標を共有している。制裁の強化が叫ばれて先制攻撃が真剣に考慮されるにおよんで、我が国としてもチャーチル的な決意をもってシーア派のヒトラーの野望を挫く準備ができていなければならない。イランは殺人者、殺戮者、圧政者、テロリスト、狂信主義者、誇大妄想主義者の体制である。彼らが核拡散に手を染めているのは、まさにこのためである。1979年の米大使館人質事件はテヘランの現体制のおぞましい性質の象徴である。福沢・森思想に基づく近代主義の我が国にとって、彼らは受け容れがたい存在である。ここに一人の市民運動家として、日本のエスタブリッシュメントには我が国の国民的価値観とイランの専制政治に内在する悪をこれまで以上に強く認識していただくように懇願したい。

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