2024年9月 6日

日本の国連外交が自民党総裁選挙の犠牲になって良いのか?

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先日、次期自民党総裁選挙への不出馬を表明した岸田文雄首相は、在任の総仕上げに9月22日のクォッド首脳会議、日米首脳会談に続いて26日には国連総会で演説する運びとなっていた。双日総合研究所の吉崎達彦氏が述べたように防衛3文書の制定などで日米同盟の深化に寄与した岸田首相にとって、今回の訪米は政権の最後を飾るに相応しい一大行事である(『岸田&バイデン時代」の後に何がやってくるのか』;東洋経済;2024年8月17日)。その一方で27日に行なわれる自民党総裁選挙のために、国連総会欠席となったことは残念である(”Kishida to skip U.N. General Assembly speech during U.S. visit”; Japan Times; August 31, 2024

 

世界秩序の形成において、平和憲法の制約を受ける日本は国際社会での法強制執行手段となる武力行使には直接的にも間接的にも関与することができない。本欄8月21日付けの拙稿でも述べたように、それは日本が国際的な存在感を高めるうえでは大きなハンディキャップとなっている。今回のロシア・ウクライナ戦争で欧米諸国がウクライナに大々的な軍事援助を行なっていることは周知である。それどころか韓国までも、露朝同盟への警戒からウクライナへの兵器供与の検討を表明するほどである(”South Korea will consider supplying arms to Ukraine after Russia, North Korea sign strategic pact”; VOA News; June 27, 2024)。また最近のウクライナ軍のクルスク侵攻にはイギリスMI6の手引きがあったとも言われている(”As Ukraine brings war to Russia, Britain too must be bolder with sanctions”; City A.M.; 14 August, 2024)。しかるに日本は、こうした国際貢献が何一つできないのである。

 

軍事面で充分な存在感を発揮できないとなると、日本は非軍事的な側面での国際貢献に多大な労力を注ぐ必要がある。戦後の日本は東南アジア、アフリカ、そして現在では中央アジアを重点に、グローバル・サウスとの開発援助および国際協力を推し進めてきた。そして国連外交も重視してきた。にも拘らず、この度の国連総会は首相欠席である。重要な国際会議に岸田首相が出られないとなると代役に上川陽子外相が考えられるが、こちらも総裁選出馬で国連総会には出られない。G7の一員ながらグローバル・サウスと独自の関係を築こうという日本にとって、来る総会への欠席では自国の外交方針に関するメッセージを世界に向けて発する機会を失うことになる。これは大きな損失である。

 

そこまで考えると、この度の自民党総裁選挙を数日延期できないのだろうか?上記のような事態では、まるで党益が国益に優先するかのように見えてしまう。そもそも「永田町の町内会」の行事を決まったスケジュール通りに行なうことが、それほど大事なのだろうか?党利党略を無視して「歴史を俯瞰する」観点から見れば、来る国連総会欠席によって日本の戦後歴代内閣が掲げてきた国連重視外交のスローガンがまやかしに思えてくる。そうした疑念は次期政権にも向いてしまう。さらに言えば、数年前に盛り上がっていた日本の国連常任理事国入りの熱意も偽物だったのだろうか?私はこの一件を岸田政権だけの問題とは見ていない。日本の過去から未来に連なる、全ての政権の問題と見ている。

 

ところで立憲民主党は「護憲」を高く掲げる立場から国際社会での日本の非軍事的役割を重視し、平和主義の立場から自民党以上に国連外交を信奉してきたはずである。にも拘らず、岸田首相の国連総会欠席について彼らが強く異論を主張した様子は伺えない。立民党も自党の代表選挙で頭が一杯のようだ。しかし、これでは議会制民主主義における野党の役割を完全に放棄している。彼らも「永田町の町内会」に囚われているようだ。

 

ここで私は日本の全ての政党および派閥的なグループに、軍事的な役割を担えない日本は国際政治で大きなハンディキャップを背負っていることを再認識せよと訴えたい。それを埋め合わせるべく、非軍事的な面で大きな役割を担う必要が出てくる。この度の国連総会のために自民党総裁選挙を数日延期できないなら、それを何で埋め合わせるのだろうか?やはり「永田町の町内会」を超えた視点で、この国の舵取りを考えてゆかねばならない。

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2024年8月18日

キャメロン英外相はウクライナ防衛のためアメリカを動かすという、チャーチルの役割をどこまで果たせたか?

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今年の4月初旬にイギリスのデービッド・キャメロン外相はウクライナへの追加支援をめぐり、アントニー・ブリンケン国務長官との会談のために訪米した。しかし共和党の親トランプ派はそうした計画に反対した。キャメロン氏にはウクライナ援助法案の米下院通過の障害を取り除く必要があったが、それはロシアがウクライナの反転攻勢を押し返し、市民の死傷者数が増大していたからである。そこでキャメロン氏は共和党のドナルド・トランプ大統領選候補とマイク・ジョンソン下院議長に、緊急の会談を申し込んだ。キャメロン氏の訪米は、ジョー・バイデン大統領を相手に国賓として臨んだ日本の岸田文雄首相の首脳会談とも重なった。後者の方が世界各国のメディアやシンクタンクから注目されているが、私はキャメロン氏とトランプ氏の直接会談の方が「超大国として動かぬアメリカを動かす」うえで重要だったと見做している。それについては以下に述べたい。

 

日英両国の外交努力には、アメリカをより世界に関与させるという共通の目的があった。トランプ2.0の恐怖もさることながら、左翼では反イスラエルの「ハマス・レフト」も台頭するようではアメリカのポピュリスト孤立主義の懸念は深刻である。外国の指導者に、そうした動向を覆せる者はいるのだろうか? 歴史を見れば、ウィンストン・チャーチルが気乗りしない超大国に、ナチス・ドイツの阻止に積極的に関与せよと訴えた。また米国民が戦後の平和という白日夢に浸っていた時、鉄のカーテン演説によって彼らを国際政治の現実を直視するよう目覚めさせた。それからほどなく、アメリカはトルーマン・ドクトリンを宣言した。議会が国際主義者と土着主義者で分断されている時期に、アメリカは大西洋と太平洋の重要同盟国を迎え入れた。両国を比較すると、キャメロン氏が持ち込んだウクライナ支援には緊急性があり、トランプ氏との対峙では外交官僚組織が事前に用意したシナリオもなかった。そうした中で岸田氏は国賓としてバイデン大統領からも上下両院議長からも温かく迎えられ、当地では難題を突き付けられることもなかった。さらに重要なことに、イギリスはウクライナへの軍事援助に直接関与してロシアを撃退しようとしている。

 

他方で日本は今なお平和憲法に制約され、この国はジェームズ・マティス元米国防長官がイラクとアフガニスタンでの自身の戦闘経験について「悪い奴らを撃ち殺すという、世にも楽しき仕事」と語ったような任務には参加できない。(General: It's 'fun to shoot some people'; CNN; February 4, 2005)。ともかく軍事的な側面には関われないというなら、それは日本がグローバルな安全保障で重要なステークホルダーとなるには障害になる。岸田氏の米議会演説での穏やかな話しぶりは、世界の隅々まで存在感を示してきた超大国への癒しのようで、世界秩序のために必要不可欠な国であるアメリカの役割の再確認とまではならなかったようだ(“Japanese PM Fumio Kishida addresses U.S. 'self-doubt' about world role in remarks to Congress”; NBC News; April 11, 2024)。それは必ずしも挑発的な言動を避ける岸田氏のパーソナリティーに由来するものではない。もっと威勢がよく、ブッシュ政権のイラク戦争を強く支持した当時の小泉純一郎首相(“Press Conference by Prime Minister Junichiro Koizumi on the Issue of Iraq”; Prime Minister’s Office, Japan; March 20, 2003)でさえ、実際には戦闘部隊を派遣していない。日本の関与は余りに小さく、アメリカの戦争に巻き込まれるという心配など取るに足らぬものだ。「癒し」の岸田氏であろうが、「威勢の良い」小泉氏であろうが、歴代日本の指導者の行為はチャーチルの役割を果たすにはほど遠い。

 

そうは言いながら現在の政治家には一人でチャーチルに匹敵するカリスマ性のある者はいないので、日英両国の非直接的な外交協調には米議会で両党の合意を促すには何らかの効果があった。岸田日本はイギリスの良きサイドキックであった。今回の援助法案は議会通過したが、将来はどうなるかわからない。ロシアのウラジーミル・プーチン大統領はウクライナの再征服に異様に執着しているので、今回の戦争は長く続きそうである。キャメロン外相とブリンケン長官の公式会談と違い、トランプ氏との密室会談の詳細は公表されていない。キャメロン氏のツイッターでもイスラエル・ハマス戦争に関してかなり多くのツイートがある一方で、当件については語られていない。トランプ氏はキャメロン氏の言い分に耳を傾けることなど気が進まなかったであろうが、自身の大統領選挙に鑑みればウクライナ援助法案の議会通過を遅らせたというネガティブな評判は回避せねばならなかった。さらに軍事的援助へのイギリスの加担もあって、キャメロン氏の主張は国防支出でのバードン・シェアリングへの拘りが強いトランプ氏も耳を傾けざるを得なかった。そのことはブリンケン氏との会談で、英米両国による対ウクライナ支援の拡大にもつながった。国際政治は本質的に猛獣の鬩ぎ合いという性質があり(leontomorphic )、強力な国防と深い軍事的関与は世界秩序のための法強制執行には必要不可欠である。

 

そこでキャメロン・ブリンケン外相会談の障害となったトランプ氏の世界観について述べたい。アメリカン・エンタープライズ研究所のハル・ブランド氏はトランプ氏のアメリカ・ファーストを世界への関与への完全な拒否との解釈は単純すぎると評している。むしろ、それは損益に非常に敏感な考え方である。よってトランプ氏はウクライナ支援には懐疑的で、ヨーロッパであれアジアであれ、小国の防衛のためにアメリカが大きな戦争に巻き込まれる謂れはないと信じ切っている。そしてトランプ氏にはインド太平洋地域が例外だという考え方はないので、彼の取り巻きのチャイナ・ホークの言い分は当てにならない。孤立主義の側面も見られる一方で、トランプ氏は必要と思えるなら海外に介入して彼が理解するアメリカの国益を他国に押し付けようとする。他方でアメリカがリベラル世界秩序の守護者であるとの考え方を侮蔑している。そうした姿勢が彼の前政権期に中国との貿易戦争、そしてイランおよび北朝鮮に対する瀬戸際外交をもたらした。そのためトランプ氏の取り巻きは軍拡を追求するものの、同盟国や被侵略国を防衛する気はさらさらない。むしろ彼らの主要な関心は本土防衛で、サイバー・セキュリティやミサイル防衛への支出を増額させようとしている。彼らは国際政治を自国第一主義の国民国家の競合だと見做し、民主主義の拡大のような課題は彼らにとって無益なものである (“An “America First” World: What Trump’s Return Might Mean for Global Order”; Foreign Affairs; May 27, 2024)。

 

当然ながらそうした見方は欠陥だらけで、トランプ氏の同盟についての理解が乏しく成る一因となっている。イボ・ダールダー元米駐NATO大使は、トランプ氏は大西洋同盟を不良債権と見做し、東方前線諸国が侵略されるようならアメリカがロシアとの核戦争に巻き込まれかねないと思い込んでいると批判する。実際に同盟は敵の攻撃を抑止する。さらにパートナーと共通の安全保障目的を追求するよりも、国防費のバードン・シェアリングの方に囚われるという過ちを犯している(“NATO is about security — not dollars and cents”; Politico; April 10, 2024)。トランプ氏が共和党内で自身への忠誠派を通じて6ヶ月にもわたってウクライナ援助法案成立を遅延させたことはロシアに多いに利をもたらし、欧米間の相互信頼を損なった(The US aid package to Ukraine will help. But a better strategy is urgently needed”; Chatham House; 26 April, 2024)。アメリカの右翼が「ヒルビリー・エレジー」的な被害者意識、すなわち同盟国は安全保障の傘にただ乗りしているという観念に囚われている限り、議会で再び党派対立が激化し、必要なウクライナ支援が止まることも有り得る。

 

次にイギリスの環大西洋外交の概観は以下に述べる通りである。トランプ氏再選可能性の如何に関わらず、米国民の間でリンドバーグ的孤立主義が強まるならイギリスの外交には制約が課される。王立防衛安全保障研究所(RUSI)のウィン・リース氏はイギリスとNATOおよびアメリカとの関係について、以下のように概括している。イギリスは長年にわたり、アメリカの軍事および諜報作戦では真っ先に挙げられるパートナーであり、そのことはNATOでも全世界でも自国の政治的存在感を高めるうえで有利になる。しかしトランプ氏の反NATO かつ反ウクライナの姿勢では、こうした前提が成り立たなくなる。よってキャメロン氏はヨーロッパがバードン・シェアリングに取り組んでいることをトランプ氏に示す必要があったので、それが国防費の増額、ヨーロッパ域内での防衛協力、バルト海地域での兵力配備などの形で表れた(“Trump, NATO and Anglo-American Relations”; RUSI; 9 May, 2024)。ウクライナ援助法案が米議会を通過する前の本年2月29日時点では、EU諸機関の合計援助額はアメリカよりも多かった。さらにヨーロッパ各国も援助に寄与していた。すなわちウクライナ援助法案が通過しないようでは、ヨーロッパでなくアメリカが同盟にただ乗りしているという状況だった。以下リンク先の図表を参照。

 

Chart

https://www.cfr.org/article/how-much-us-aid-going-ukraine#chapter-title-0-5

 

アメリカの孤立主義を転覆してチャーチル的な外交に乗り出すには、イギリスはロシアに対抗すべくヨーロッパ側独自の政治的および軍事的なレジリエンスを強化する必要がある。現在、ウクライナはフランス、ドイツ、オランダ、そしてイギリスと二国間安全保障合意に調印済みである。こうした取り決め各々を効果的に整合させるために、イギリスはEU非加盟の立場でウクライナ支援に向けたヨーロッパの枠組みでどれほどの主導権を発揮できるだろうか?NATOがウクライナへの兵器調達円滑化のために設立したウクライナ防衛コンタクト・グループでは、イギリスはドローン供給で主導的役割を果たした。また英国王立国際問題研究所のサミール・プリ氏はEUが提唱するEU・ウクライナ防衛産業フォーラム(European Commission; 6 May, 2024)やヨーロッパ防衛産業戦略(EDIS)(European Commission; 5 March, 2024)などの軍事用品調達の取り組みをイギリスが支持し、ヨーロッパの防衛準備態勢の向上とウクライナの防衛産業への支援をすべきだと訴えている(“The UK should help coordinate support for Ukraine by backing EU defence initiatives”; Chatham House; 19 March, 2024)。イギリスが支持したウクライナ戦争でのロシアの凍結資産の活用という案は、今年のG7イタリアで承認された(“G7 agrees $50bn loan for Ukraine from Russian assets”; BBC News; 14 June, 2024)。現在、イギリスは「悪い奴らを撃ち殺すという、世にも楽しき仕事」を為すうえでの能力ギャップ問題に取り組む必要に迫られている。この国は自国本土と世界各地での国益を守るために、限られた予算や資材の中で自軍の兵器や装備を強化する必要に迫られている。現時点で重大な脅威と言えば、短期的にはロシア、長期的には中国となる。国防費の増額とともに、王立国際問題研究所『インターナショナル・アフェアーズ』誌のアンドリュー・ドーマン編集長は、イギリスの軍事力最強化計画に当たって国防支出のフォーカスをしっかり定めておくべきだと論評している。例えば対露抑止であれば、現行の核兵器の漸次削減政策を覆して独自の核の傘を強化するか、統合遠征軍(JEF)による北極、スカンジナビア、バルト海地域での緊急即応配備を強化するかの選択が迫られる(“Britain must rearm to strengthen NATO and meet threats beyond Russia and terrorism”; Chatham House; 25 March, 2024)。

 

トランプ氏説得という骨の折れる会談を経て、キャメロン氏はブリンケン氏との正規外相会談でウクライナへの支援拡大を話し合った。記者会見の場ではマール・ア・ラーゴ会談についての質問もあり、キャメロン氏は会談自体は選挙を控えての通常通りの野党指導者との外交会談であると答えた(“Secretary Antony J. Blinken and United Kingdom Foreign Secretary David Cameron at a Joint Press Availability”; US Department of State Press Release; April 9, 2024)。しかしウクライナへの追加援助を拒絶するトランプ氏は明らかに、依然として大西洋同盟の足を引っ張る存在である。外交における党派を超えた一貫性など気にも留めない。驚くべきことに、トランプ氏は就任直後に戦争を終結させると宣った。これはロシアでさえまともに受け取らなかった(“Russia says 'let's be realistic' about Trump plan to end Ukraine war”; July 18, 2024)。マール・ア・ラーゴ会談は通常通りとはほど遠いものであったろう。

 

この会談がかなり荒れた対話であったことを示唆するかのように、トランプ氏の取り巻き達はキャメロン氏のチャーチル的外交努力に激しく反駁した。トランプ氏がロシアにNATO諸国への侵攻をせよと発言してからというもの、キャメロン氏は大西洋同盟に関する彼の見方には批判的であった(“David Cameron Rebukes Donald Trump's Divisive Remarks About Nato And Russia”; HuffPost; 12 February, 2024)。そうした見解の不一致をたった一度の秘密会談で埋めることは容易ではない。予期された通り、トランプ氏の外交政策顧問であるエルブリッジ・コルビー元国防副次官補はウクライナ援助法案の通過を目指したキャメロン氏のロビー活動を、アメリカ政治への介入だと非難した。さらにキャメロン氏がウクライナ支援を道徳的に語り、トランプ氏にそれを解説講義したとして怒りをぶちまけた(“Trump ally hits out at David Cameron for ‘lecturing’ US”; Politico; May 2, 2024)。しかし歴史的にはウィルソン流道徳主義は党派を問わずアメリカ外交の中核であった。また道徳主義はレーガン・サッチャー保守同盟を強固にし、究極的には冷戦終結にもつながった。嘆かわしいことに、コルビー氏の発言は今のアメリカの保守主義がどれほど酷く劣化したかを示している。

 

コルビー氏はロシアを中国のジュニア・パートナーだと(“China’s Russia Support Strategy”; Politico; February 22, 2024)矮小化するものの、クレムリンが仕掛けるヨーロッパでの攻撃や中東およびアフリカへの勢力浸透に鑑みれば、それは必ずしも妥当ではない。『ワシントン・ポスト』紙への投稿では、コルビー氏はそんな矛盾など一向に意に介さずに中国への戦略的フォーカスを主張している(“To avert war with China, the U.S. must prioritize Taiwan over Ukraine”; Washington Post; May 18, 2023)。皮肉にも台湾はコルビー氏が提唱するアジアへの戦略的シフトを支持していない(“Taiwan is urging the U.S. not to abandon Ukraine”; Washington Post; May 10, 2023)。ブルッキングス研究所のロバート・ケーガン氏のに代表されるネバー・トランプの論客達がコルビー氏のような偏向したチャイナ・ホークを否定し、アメリカの外交を正常な方向に導こうとしている(“A Republican ‘civil war’ on Ukraine erupts as Reagan’s example fades”; Washington Post; March 15, 2023)。ともかくコルビー氏は新任のデービッド・ラミー英外相については、トランプ氏への配慮のある態度をとっていると称賛した。しかし共和党のJ・D・バンス副大統領候補はイギリスは核兵器を保有するイスラム主義国家だと罵倒して、トランプ氏と現労働党政権との間のそのような生温い友好関係も打ち壊してしまった(“Rayner dismisses Trump running mate 'Islamist UK' claim”; BBC News; 17 July, 2024)。キャメロン氏がウクライナでのロビー活動に成功したとはいえ、MAGAリパブリカンによる負の影響力は来る大統領選挙の結果如何に関わらず依然として無視できない。トランプ氏支持者の例に漏れず、バンス氏もコルビー氏も悪意に満ちた語句と対決的な姿勢が特徴的である。トランプ2.0が登場するようなら、アメリカの同盟国にとっては大変な外交上の障害となりかねない。

 

第二次世界大戦時にはパールハーバー攻撃によってリンドバーグ流孤立主義者達は沈黙せざるを得なくなり、それによってフランクリン・ローズベルト大統領はウィンストン・チャーチル首相の求めに応じて全世界で自由のための戦いを行なえるようになった。しかし現在、MAGAリパブリカンはバイデン現政権下においてさえアメリカの外交政策の足を引っ張っている。そうした事情からNATOはトランプ影響排除(Trump proofing)を真剣に検討し、アメリカ大統領選挙での最悪のシナリオに備えている。最も重要な点はヨーロッパ側の防衛能力の強化である。NATO加盟国はGDP2%の支出目標の達成に向けて国防費の増額を図っているが、それさえもアメリカをヨーロッパにつなぎ止めるには充分でないかも知れない。実際にコルビー氏はスナク政権によるイギリスの国防費2.5%計画を無意味だと否定した。NATO加盟国のほとんどは2%目標に達していないが、冷戦期に3%の支出であった。真の問題は金額ではなく防衛支出の重点項目である。そうした対露抑止および接近拒否の能力への支出が効果的に使われ、ヨーロッパへのアメリカの出兵コストを低く抑えるべきである。ヨーロッパ、特に英仏独の間での共同兵器調達に向けて調整を薦めれば、こうした目的に役立つだろう(Trump-Proofing NATO: 2% Won’t Cut It”; RUSI; 7 March, 2024)。

 

現在、火急の問題はウクライナである。ブリュッセルで開催されたNATO75周年式典では、イェンス・ストルテンベルグ事務総長がウクライナでのNATOの役割をアメリカ政治から切り離すための提案を行なった。すなわちウクライナ防衛コンタクト・グループではアメリカからNATOにより大きな影響力を与え、5年間で総合1千億ドルという軍事援助の実施を円滑化するということだ。しかしバイデン政権は件の計画には関心を示さなかったOn NATO’s 75th birthday, fear of Trump overshadows celebrations; Washington Post; April 4, 2024)。皮肉にもネバー・トランプの米現政権が、ヨーロッパ主導によるトランプ影響排除を積極的に支持していない。そうした事態にも関わらず、王立防衛安全保障研究所のマイケル・クラーク元所長によると、今年はウクライナの戦争の行方を左右する年になるという。ロシアには2025年春以降まで大規模攻勢を仕掛けるだけの装備も訓練された兵員も揃わず、ウクライナも欧米の軍事援助なしに戦闘能力を再建して占領地域の奪還などはとても覚束ない(“Ukraine war: Three ways the conflict could go in 2024”; BBC; 29 December, 2023)。

 

国際社会はトランプ2.0に戦々恐々としているが、真の問題はトランプ氏自身を超えたものである。左右を問わず反主流派の外交政策識者の中には、いわゆる「抑制された」外交を主張してウィルソン流グローバリズムを否定しようという動きがある。彼らの中でも右翼ナショナリスト達はトランプ氏を利用して自分達の政策提言活動へのテコ入れを図っている。トランプ氏は高圧的な振る舞いで悪名を博しているが、オーストラリアのマルコム・ターンブル元首相は世界各国指導者達に、彼の怒りを買わぬようにと媚び諂わぬようにと助言している。トランプ氏は手強い交渉相手を不快に感じるであろうが、後で気分が落ち付くと相手に敬意を抱くようになる(“How the World Can Deal With Trump?”; Foreign Affairs; May 31, 2024)。キャメロン氏がウクライナ支援の緊急的必要性を率直に説いたことは、コルビー氏の悪意に満ちた反応を見ての通りである。日本の安倍晋三首相(当時)も予期せぬトランプ氏の当選からほどなくしてトランプ・タワーを訪問した際に、日米同盟の互恵性を説いた。他方で麻生太郎元首相の訪問は、野党候補に対する不要な叩頭に見えてしまう。安倍氏の回顧録には、トランプ氏は公式の二国間首脳会談の場ですら延々とゴルフの話をしていたと記されている。麻生氏はトランプ氏との会談を楽しむために、二人で何を話したのだろうか?

 

トランプ氏が有罪判決を受けようと、王立国際問題研究所のレスリー・ビンジャムリ米州プログラム長が述べる通り、西側民主主義諸国にはアメリカとの同盟以外に選択肢はない。さもなければロシアや中国をパートナーに選ぶのか(The Global Implications of Trump’s Conviction”; Council on Foreign Relations; June 4, 2024)?民主党のカマラ・ハリス候補はトランプ氏を押しのけんばかりの勢いだが、「抑制された」外交を主張するグループはハリス政権が誕生しても世界の中でのアメリカの指導力発揮の足を引っ張るだろう。そうしたグループにはアメリカ・ファースト政策研究所(AFPI)やマラソン・イニシアチブといった右翼系シンクタンクとともに、リバタリアンのチャールズ・コーク氏とリベラルのジョージ・ソロス氏が共同スポンサーとなっている超党派のクインシー研究所もある( “George Soros and Charles Koch take on the ‘endless wars’”; Politico; December 2, 2019)。

 

動かぬアメリカを動かすためには、現代の政治家達はイギリスのキャメロン外相であれ、日本の岸田首相であれ、他の誰であれ、第二次世界大戦の英雄チャーチルのカリスマなくしてチャーチル的外交の努力の必要性に迫られてくる。アメリカの同盟国はキャメロン氏がやったように、超党派の国際派と手を組んで頑迷な孤立主義者を説得する必要がある。また「悪い奴らを撃ち殺すという、世にも楽しき仕事」なら直接の軍事行動であれ、敵の侵略に抵抗する国への軍事援助の供与であれ、積極的に関わる姿勢を見せるべきである。すなわち世界秩序のための法強制執行で、バードン・シェアリングの一翼を担うということだ。アメリカ側ではすでにハリス氏はミネソタ州のティム・ウォルツ知事を副大統領に選んだので、安全保障の閣僚には重量級の人物を当てる意志を示唆すれば、DEI(多様性・公平性・包括性)非難で失言を繰り返すトランプ・バンス陣営との差別化を図れて面白いとも思われる。

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2024年4月14日

ハガティ前駐日大使のインタビューへの疑問

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アメリカのウィリアム・ハガティ前駐日大使は2月29日に時事通信とのインタビューで、トランプ氏の再選という事態になれば日米同盟に不安定をもたすのではないかという日本国民の不安払拭に努めた。現在、ハガティ氏は共和党の上院議員である。ハガティ前大使は、ドナルド・トランプは日米同盟の戦略的重要性を理解していると強調し、トランプ氏のアメリカ・ファーストと孤立主義に関しては国際社会でも誤解されていると述べた。中でもNATO同盟諸国に対して脱退をチラつかせるトランプ氏の恫喝については、国防費でNATO基準を下回る国には支出を増額するように強制するために取られた彼ならではの駆け引きテクニックだと前大使は論評している。よってトランプ氏はロシアの脅威を深刻にとらえていると答えている。

 

件の記事は短い報道で、インタビューの詳細は公開されていない。そのためハガティ氏の発言への反応は性急ではあろうが、あのインタビューで日本国民が「もしトラ」を好意的に受け止められるとはとても思えない。トランプ氏によるNATO脱退の恫喝はSAISのエリオット・コーエン教授が件のアメリカ・ファーストに異議を唱える公開書簡で「ゆすりたかり」と記されたように、そうした発言への超党派での警戒が高まりから民主党のティム・ケイン上院議員と共和党のマルコ・ルビオ上院議員は議会の同意なきNATO脱退を大統領が行なえなくする法案を提出し、その法案は上院を通過した。そうした立法によって集団防衛への心理的な保証が保たれ、抑止力にも寄与することになる。

 

しかしトランプ氏はケイン・ルビオ法案があってもNATOに対するアメリカの関与を大幅に低下させるだろう。NATO事務次長とアメリカの駐NATO大使歴任したアレクサンダー・バーシュボウ氏は、トランプ氏がNATOに様々な会合で米外交官の参加を妨害し、ブリュッセル本部への拠出金も削減するだろうと警告する。すなわちトランプ氏は合法的にNATOを機能不全に陥らせかねない(“Trump will abandon NATO”; Atlantic; December 4, 2023)。トランプ氏は法の支配に敬意など払わないとしても、法の抜け穴を巧妙に利用する点ではブラジルの左翼ポピュリストで有名なルーラ・ダシルバ大統領さながらで、あちらは国際刑事裁判所で訴追されたウラジーミル・プーチン露大統領を自国で今年開催されるBRICS首脳会議に招待しようとしている。トランプ氏が保守派優位の最高裁判所に、自らの候補者資格を剥奪したコロラド州とメイン州の決定を却下したことを忘れてはならない。ポピュリストは右も左も、そうしたものだ。いずれにせよバーシュボウ氏が言及するような世界規模でのアメリカの同盟ネットワークの持続性に関する重要問題には、ハガティ氏は答えていない。NATOの組織構造では軍事指揮権はアメリカ人に委ねられる一方で、文民官僚機構はヨーロッパ人主導となっている。バーシュボウ氏はアメリカの外交官としてはNATOで最高の地位を歴任した立場から、深い懸念を示している。

 

防衛におけるバードン・シェアリングが古くて新しい問題であることに疑いの余地はない。冷戦以来、アメリカは同盟諸国に対して国防費の増額を求め続けてきた。相互の信頼構築のためにも同盟内でフリーライダーの存在は望ましくない。しかし、それはアメリカの国防の根本的な問題ではない。ジャック・キーン退役陸軍大将は2月16日のFOXニュースで、トランプ政権からバイデン政権にかけて軍事力が大幅に縮小された一方で敵国は攻撃能力を向上させたためにアメリカの国家安全保障は危機的な状況にあると評した。明らかにアメリカ自身の国防能力こそが問題なのである。トランプ氏によるアメリカの同盟国叩きは彼の岩盤支持層からは喝采されるだろうが、キーン氏のように党利党略を超えて真面目にアメリカの国防を語る者であれば、たとえMAGAリパブリカンお気に入りのチャンネルのコメンテーターであっても全く異なる観点を持つものだ。よって日本人なら誰でも自らの特異な思考に固執するトランプ氏に対し、アメリカと世界の安全保障について本当に理解できているのだろうかという疑義を強く抱くようになる。

 

 

 

さらにNATOの国防支出推奨基準も満たせないヨーロッパの同盟国が、力のバランスを我々に望ましい方向に変えられるような新しい技術に投資できるとは、まず考えられない。そうした国が軍事費を増額したところで、アメリカ製兵器をもう少し多く買えるくらいのものだ。それはアメリカの防衛産業には幾分かの利益をもたらすであろうし、トランプ氏もそうした取引から利益を得たいのかも知れない。 しかし「弱小国」叩きへのトランプ氏の固執は的外れである。嘆かわしくもトランプ氏にはキーン退役大将が述べたような国防の人員補充と装備調達のような重要課題について語る気はなく、怒れる労働者階級に海外の同盟国や国内のマイノリティーに対して自分達の税金を使うなと不満をぶちまけるようにけしかけている。彼の外交政策での孤立主義と国内政治でのヘイトのイデオロギーは深く絡み合っている。トランプ氏は小さな政府の理念を巧妙に悪用し、自分の岩盤支持層の狂信性を刺激した。時事通信はハガティ上院議員とのインタビューでは、こうした点も突くべきだった。

 

時事通信にインタビュー記事から、私にはトランプ氏の取り巻きは多国間主義によってグローバルの挑戦課題への対応と域内での中国の脅威の軽減を図ろうという、日本の安全保障政策への敬意を欠いているような印象を受ける。インタビューでのハガティ氏の発言は、トランプ氏によるNATO同盟国への強圧的言動など日米同盟には何の関係もないと言わんばかりに聞こえてしまう。しかし安倍晋三氏が打ち上げたFOIP構想はアジアとヨーロッパのステークホルダーも抱合し、その多国間外交のレガシーは菅政権にも岸田政権にも受け継がれている。上川陽子外相は1月30日の外交政策演説でこれをさらに推し進め、「欧州・大西洋とインド太平洋の安全保障は不可分であり」と述べた。共和党の孤立主義者の中にはジョシュ・ホーリー上院議員のように非常にNIMBYで、怒れる労働者階級の鬱積した不満の捌け口に中国叩きには躍起ながら、ウクライナと環大西洋地域でのロシアの脅威をアメリカの国家安全保障との関係は希薄なものと片付ける者もいる。それは日本のグローバルな戦略的方向性とは軌を一にしない。日本にとって現行のリベラルでルールに基づく世界秩序の擁護は重要である。

 

ブルッキングス研究所のロバート・ケーガン氏が昨年末の『ワシントン・ポスト』紙コラムで提言したように、元前政権主要閣僚達がトランプ氏の候補資格に反対の意を表明していることを我々は深刻に捉える必要がある(“The Trump dictatorship: How to stop it”’ Washington Post; December 7, 2023)。マイク・ペンス前副大統領がトランプ氏の2期目出馬への支持を公然と拒否したことに続き、先の政権での国家安全保障関係の閣僚達がアメリカのグローバルな同盟ネットワークと立憲政治に関するトランプ氏の貧弱な理解に深刻な懸念を表明するようになった。そうした閣僚にはマーク・エスパー前国防長官、ジェームズ・マティス元国防長官、ジョン・ケリー大統領首席補佐官、マーク・ミリー統合参謀本部議長そしてジョン・ボルトン国家安全保障担当補佐官らの名も挙がっている(“Full List of Former Donald Trump Officials Refusing to Endorse Him”; Newsweek; March 23, 2024)。非常に注目すべきことに、彼らの中には米軍の中核となっている軍事専門家がかなりいることである。

 

非常に興味深いことにトランプ氏の取り巻きは彼の失言を特異なで言い回しで正当化する。よくあることだが先の政権で大統領副補佐官とNSC議長を兼任したアレクサンダー・グレイ氏は日本のテレビ局とのインタビューで、トランプ氏のことは言ったことではなく行なったことで理解するようにと言いくるめてきた。またグレイ氏はアメリカと日本の同盟関係はトランプ政権期に深化したとも強調した(『もしトラ、日本への影響は?』; TBS news 23; 2024年3月14日)。しかしトランプ氏のアメリカ・ファーストを修正したのは「政権内の大人」とテクノクラートであり、今や彼らは反トランプの立場を表明している。日本の国民も政治家もそのことをよく認識している。実際にエスパー前国防長官はHBOテレビ局番組『ビル・マーとのリアルタイム』で、「トランプ政権2期目の最初の年は1期目の最後の年のように、混乱したものとなるだろう」と語っている(“Trump’s Former Defense Secretary Tells Bill Maher He Is ‘Definitely Not’ Voting for Ex Boss”; Daily Beast; March 31, 2024)

 

究極的に多国間同盟を蔑視するトランプ氏の見解は、数多くの同盟国や現地指導者達との多国間の戦略調整を通じてアメリカを戦争で勝たせたデービッド・ペトレイアス退役陸軍大将のものとは相容れない。トランプ氏がこれと逆の方向性を取るなら、アメリカは今世紀のいかなる戦争にも大国間競合にも敗者となってしまう。さらに彼の右翼ポピュリズムによってアメリカの民主主義の正当性が侵食されている現状で、中国やロシアのようなリビジョニスト勢力が勢いづいてしまう。MAGAリパブリカンの中にはマージョリー・テイラー・グリーン下院議員のように議会内でロシアのプロパガンダを拡散するなど、プーチンのスパイさながらの行為に及ぶ者もいる。

 

 

 

 

 

それは日米同盟にも深刻な被害を及ぼしている。日本政府が「もしトラ」に備える必要があることに疑いの余地はない。他方で日本にもアメリカ国内のネバー・トランプ論者に積極的に共鳴する者が存在すべきである。よって日本のメディアはトランプ氏の取り巻きにはもっと厳しい質問をすべきで、まるで茶道の客人をもてなすかのようなお行儀の良い質問など必要ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2024年2月28日

右翼ポピュリズムが国家安全保障を蝕む悪影響

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悪名高き右翼ポピュリスト:トランプ、ネタニヤフ、ボルソナーロ

 

 

右翼しばしば、自分達の方が愛国的情熱と国防への尽力では国内政治上の反対勢力を上回っていると喧伝している。しかし彼らの独善的な統治によって国家も国民も危険にさらされる恐れが高まる。昨年10月にハマスがイスラエルに侵攻してガザ地区との国境付近のキブツ住民や音楽祭参加者への暴行虐殺におよんだ際に、『サピエンス全史』および『ホモ・デウス』の著者で著名なヘブライ大学のユヴァル・ノア・ハラリ教授は、ネタニヤフ政権が政府の運営に失敗したためにテロリストの侵入に対して情報の空白が生じてしまったと論評している。まず始めにベンヤミン・ネタニヤフ首相は自らの閣僚を忠誠心に基づいて登用したために、国益よりも自身の個人的利益が優先されてしまった。2022年12月に発足した第6次ネタニヤフ内閣では非常に過激で教条的な宗教色の強い組閣を行なったので、政治的分断の扇動と陰謀論の拡散による「ディープ・ステート」叩きばかり行うようになった。その結果、ネタニヤフ氏は治安部隊、諜報機関多くの専門家達から国家安全保障上の切迫した脅威に関する必要な情報収集ができなかった。そのように劣化した政策決定過程を通じて、イスラエルはハマスに対して効果的な抑止対策をとれなかった(“The Hamas horror is also a lesson on the price of populism”; Washington Post”; October 11, 2023)。韓国の元統一相で現在はインジェ(仁済)大学のキム・ヨンチョル教授も同様に、分割統治手法では国民の間で他者への罵倒が扇動され、政府内で部署を超えた意思疎通が阻害されてしまうと指摘する。言わば、ネタニヤフ政権がハマスの攻撃で犯した情報収集の失敗は、民主主義の失敗による当然の帰結なのである(“Why is the far right so incompetent at national security?”; Hankyoreh Newspaper; October 30, 2023)。

 

さらにガザ戦争によってネタニヤフ氏が、ロシアはイランの動きをしっかり管理していると思い込み、イスラエルが2015年にシリアでイランの代理勢力への空爆ができたという自己欺瞞に陥っていたことが明らかになった。実際にはロシアのウラジーミル・プーチン大統領はイスラエルに対して戦略的に敵対するイランおよびシリアとのバランスをとり、中東での自国の存在感を誇示したかっただけである。その見返りにイスラエルはロシアのクリミア侵攻に対する欧米の制裁への参加を拒否した。しかしウクライナでの戦争が勃発してクレムリンがイラン、シリア、ハマスという悪の枢軸に頼らざるを得なくなると、ネタニヤフ氏が思い描いたロシアとの友好関係などは無意味だと露呈した(“Israel and Russia: The End of a Friendship?”; Carnegie Politika; November 11, 2023)。中道左派のシオニスト・ユニオンから選出されたクセニア・スヴェトロワ元国会議員は、現在の孤立したロシアはこれまで以上にイランを必要としているので、イスラエルが反欧米ブロックを主導しようというプーチン氏の地政学的な野望に助力する理由はないと語っている(“Russia’s priorities are clear after Netanyahu-Putin call, and Israel isn’t one of them”; Times of Israel; 11 December, 2023)。ネタニヤフ氏はロシアとの戦略的関係を深化させながらアメリカとも緊密な関係を維持しようという似非リアリズムを追求したがために、イスラエルは西側同盟の分断を謀るプーチン氏に都合の良い駒となった(“Putin’s Gaza front”; ICDS Estonia Commentary; October 30, 2023)。

 

アメリカでも同様に右翼ポピュリストは敵の特定を誤る。ネタニヤフ氏と同様にドナルド・トランプ氏はプーチン氏に魅了されるあまり、NATO脱退さえ口にしている。また両者とも民主的な法の支配に対抗して専制的な手法を好んで濫用している。トランプ氏は1月6日暴動を扇動し、ネタニヤフ氏は「司法改革」によって政府が司法による権力分立を超越し、自らの政策を実施させようとしている(“Israel judicial reform explained: What is the crisis about?”; BBC News; 11 September, 2023)。ネタニヤフ氏は連立政権パートナーの宗教シオニスト党とともに、司法の介入を排除してヨルダン川西岸でのユダヤ人入植を進展させたがっていた。トランプ氏の予備選候補資格がコロラド州とメイン州で否決されたように、ネタニヤフ氏の司法改革もイスラエルの民主的な統治の基盤を守るために最高裁判所に棄却されている(” Israel Supreme Court strikes down judicial reforms”; BBC News; 1 January, 2024)。右翼ポピュリストは共産主義革命家さながらに、民主主義を担う責任ある当事者達を「人民の敵」呼ばわりすることを忘れてはならない。彼らが政権を取ろうものなら政府および国家安全保障諸機関の間の戦略的な意思疎通には重大な支障をきたすことは、ハラリ氏とキム氏が述べた通りである。

 

そのような思考様式もあって、右翼ポピュリストは国家安全保障を犠牲にしてでも自分達の党派的な案件を躊躇なく優先する。それはMAGAリパブリカンによる軍事人事の妨害に典型的に見られる。トランプ時代以前の共和党は国防に強いと自負していた。しかし右翼ポピュリスト達はポリティカル・コレクトネスや人権リベラリズムを嫌悪するあまり、自分達の言い分を押し通して岩盤支持層を狂喜させるためには敢えて国家安全保障上の重要課題さえ犠牲にしても仕方ないとさえ思っている。中でもトミー・タバービル上院議員は白人ナショナリストの「自由」を擁護し、中絶反対の士官の昇進を阻むために軍主要人事での任命を遅延させた。外交問題評議会のマックス・ブート氏が述べるように、タバービル氏には外敵に勝つための軍事人事の迅速化など関心はなく、軍内部にいる国内の文化戦争での反対勢力に勝つことしか考えていない(The GOP claims to be strong on defense. Tommy Tuberville shows otherwise.”; Washington Post; June 19, 2023)。さらにジェームズ・スタブリディス退役米海軍大将は、タバービル議員が自分の選挙区であるアラバマ州への宇宙軍本部の誘致画策のため、コロラド州での施設建設という軍の計画への妨害に及ぶという利益誘導丸出しを行なったことを嘆かわしく見ている( “Tuberville slams lack of decision on Space Command headquarters, blames politics”; Stars and Stripes; July 26, 2023)。

 

それにも増して問題視すべきは、下院共和党の極右議員達は国内での国境管理強化を交換条件にウクライナとイスラエルへの支援の予算決議を妨害している。しかしジャック・キーン退役米陸軍大将が述べるように両者はそれぞれ別の問題であり、ウクライナでのロシアの勝利は国家安全保障上の重大なリスクである(“What would a win in Ukraine look like? Retired Gen. Jack Keane explains.”; Washington Post; March 6, 2023)。さらに由々しきことにトロイ・ネールズ下院議員はジョー・バイデン大統領再選阻止だけのためにウクライナ援助に反対している(“A border deal to nowhere? House GOP ready to reject Senate compromise on immigration”; CNN; January 3, 2024)。それら一連の動きは非常に党利党略本位で、国家とは利益相反である。そのように視野の狭い党利党略こそがハマスによるイスラエル攻撃の際には外交不在をもたらした理由は、彼ら右翼がアメリカの駐エルサレム大使の任命を阻止したためである(“Jack Lew, Ambassador to Israel”; Wikipedia)。

さらにアメリカの右翼の間にあるウクライナに関する誤った認識について述べたい。現在はアトランチック・カウンシル所属のジョン・ハーブスト元駐ウクライナ大使は、プーチン氏がウクライナで勝利すればロシアを勢いづかせ、旧ソ連共和国および旧ワルシャワ条約機構諸国にも手を伸ばしかねず、しかもそうした国々の多くはNATO加盟国であると評している。また元大使は2度にわたる世界大戦を経たヨーロッパで安全保障の礎となったのはNATOであり、それが究極的にはアメリカの安全保障にも寄与してきたとも強調している。よってウクライナの勝利はアメリカにとって重要な国益なのである。最も重要なことに、元大使はロシアと中国を挑発しないように宥和政策をとることは最も挑発的な外交であって、それではアメリカの指導力低下を望む相手の思う壺であると主張する。

 

 

 

 

かつての共和党ならハーブスト氏が述べた原則を理解していた。しかし現在のMAGAリパブリカンはネールズ議員が下院でそうしているように、何の躊躇もなく敵に弱さを印象付けてしまう。さらに悪いことに、トランプ氏が長年にわたってNATO脱退の意志を抱き続けていることは、アメリカとヨーロッパの間で深刻な懸念を呼んでいる。民主党のティム・ケイン議員と共和党のマルコ・ルビオ議員は大統領が誰になろうともNATO脱退を阻止するための超党派の法案を提出し、それはすでに上院を通過した。しかし問題は心理的なもので、トランプ氏が当選しようものなら同盟国はアメリカを頼れないとみなすようになり、やがては西側同盟による抑止力が低下してしまう。こうした事態を受けて、『アトランチック』誌のアン・アップルボーム氏はアレクサンダー・バーシュボウ元米駐NATO大使とのインタビューから、トランプ氏だとNATOを機能不全に陥らせようとして、アメリカの外交官の会議出席の妨害、あるいは議会に制止されない内に本部に拠出する予算削減を行なう恐れがあると記している(“Trump will abandon NATO”; Atlantic; December 4, 2023)。

 

非常に重要なことにアメリカでは何人かの政治学者と歴史学者が、冷戦後の共和党は徐々に孤立主義に回帰していたと語っている。そうした状況を踏まえ、親トランプ派のアメリカ刷新センター(Center for Renewing America )のダン・コールドウェル氏は共和党支持者には「リアリズムと自制」に基づいてアメリカは自由世界の主導者ではなく、世界の中での自らの役割を変えてゆくべきだとの考え方が支持される傾向が強まっていると評している。同様な流れでヘリテージ財団はかつてのロナルド・レーガン時代には「強いアメリカ」を標榜したが、現在のケビン・ロバーツ所長はウクライナ援助に反対するばかりか、国防予算の削減さえ訴えている。バンダービルト大学のニコル・ヘマー准教授によると、そうしたアメリカ・ファーストの勢いが保守派の間で盛り返しつつあったことが典型的に表れている事象は1990年代に相次いだパット・ブキャナン氏の大統領選挙出馬である。非常に混乱を招くことに、孤立主義保守派の中にはジョシュ・ホーリー上院議員のように「問題はそこでなく、ここにある」と言ってアメリカの外交政策形成者達にヨーロッパから手を引き、自国の中産階級や労働者階級の生活を脅かす中国への対策に集中せよと訴えている。それには大西洋同盟派とアジア太平洋派の競合に留まらぬ問題がある。右翼ポピュリストの間の対中強硬派の見解はトランプ的な損益思考から来るもので、そのため彼らは同盟国をアメリカの負担になる存在と見做してしまう。彼らが主張する中国への戦略的シフトとは自分達をグローバル化の犠牲者だと感じる労働者階級の怒りを反映したものに過ぎない。外交政策で国際主義を奉じるロバート・ケーガン氏らが彼らの馬鹿げた考え方に反論するのも当然である“A Republican ‘civil war’ on Ukraine erupts as Reagan’s example fades”; Washington Post; March 15, 2023)。またデービッド・ペトレイアス退役米陸軍大将はカーネギー国際平和財団での講演に際して彼らの似非リアリズムと贋物の「小さな政府」思考に反論しているが、そのどちらも不動産屋の損益思考に基づいている。テロとの戦いで「アメリカを勝たせた男」は国防政策の関係者に兵装調達システムを時代の要求に合わせ、全世界にわたる多方面の脅威に対処せよと訴えているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

中国に関する右翼の間の主張は1960年代から80年代にかけてのジャパン・バッシャーの議論並みにNIMBYに聞こえる。アジアの同盟諸国は、プーチン政権と宥和してウクライナもヨーロッパ同盟諸国全ても見捨てて構わないと考えるような、彼らNIMBYな対中強硬派を信用すべきではない。日本の岸田政権が彼らに同調しない方針は正しく、それに基づいて上川陽子外相が1月30日の衆議院通常国会での外交政策演説で「欧州・大西洋とインド太平洋の安全保障は不可分であり」と述べたことは、当然ながら「ウクライナと東アジアの安全保障は不可分」と解釈される。嘆かわしくも故安倍晋三首相はイスラエルのネタニヤフ首相と同様に似非リアリズムの過ちを犯し、モスクワの血に飢えた独裁者との友好関係によって中国に対抗しようと考えていた。ウクライナでの戦争によって、そうした考え方は始めから間違っていたことが判明した。

 

 

 

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国会で岸田政権の外交政策演説を行なう上川外相

 

アメリカの右翼はイスラエル・ハマス戦争でも対処を誤った。テロリストがイスラエルに侵攻した時、トランプ氏は彼らに対する抑止力も戦闘準備もできていなかったとしてネタニヤフ氏を切り捨てた。ネタニヤフ氏が右翼的価値観の共有からトランプ氏に抱いた忠誠心は一方的だったことが明白になった一方で、バイデン氏がハマスに対するイスラエルの戦闘を支援している(“Trump’s turn against Israel offers stark reminder of what his diplomacy looks like”; CNN; October 13, 2023)。しかし実際にはトランプ氏が成功だと吹聴するアブラハム合意によって問題は生じた。イスラエルとアラブ王制諸国との関係正常化を促してイランの包囲を目論む一方で、トランプ氏は東エルサレムでのイスラエル主権、ヨルダン川西岸でのユダヤ人入植、ゴラン高原の併合の承認に見られるようにイスラエルの極右による拡大主義を支持し、イスラエル・パレスチナ間の緊張を悪化させた。そうした情勢下でパレスチナ側への援助は減額した。よってマックス・ブート氏は『ワシントン・ポスト』紙のコラムに、一連のアラブ・イスラエル国交正常化ではイエメン、シリア、リビアばかりか最も重要なイスラエル・パレスチナ紛争自体も含めた中東の重大な紛争の解決はもたらされないと記している(So much for the Abraham Accords. Trump made things worse in the Middle East.”; Washington Post; May 12, 2021)。にもかかわらず、トランプ氏は戦争勃発の際には無責任にもネタニヤフ氏を非難した。件の合意成立時にはトランプ氏とネタニヤフ氏は似た者同士に思われたが、両者の衝突は他者を犠牲にしてでも自己利益の最大化を求めるという右翼の性質からすれば当然の帰結である。それは二国間および多国間のパートナーシップには適さない。

 

反グローバル主義者の中には中国への抑止のためには右翼ポピュリストの方が左翼ポピュリストよりましだと安直に主張する者もいる。それではあまりに皮相的である。ブラジルで何が起きたか。中国が一帯一路のためにアマゾンの森林を通過してペルーに達する鉄道と高速道路を建設するという計画を支持したのは、他でもない右翼のジャイール・ボルソナーロ大統領で、それは現地の動植物相にとっての生態系と先住民の未接触部族の生活に破滅的な影響をもたらしかねない(“Proposed Brazil-Peru road through untouched Amazon gains momentum”; Diálogo Chino; March 10, 2022)。ここでも右翼が似非リアリズムに囚われて他者を押しのけて自分達の仲間の利益を最大化しようとすることが強調されるべきで、そうなると先住民や生態系への犠牲など顧みられるはずがない。よって彼らは他国や国際社会の安全保障など気にも留めない。中国が計画の再考を要求されたのは左翼のルーラ・ダシルバ大統領が昨年1月に就任してからである(Opinion: Brazil can make green gains from China’s ‘ecological civilisation’ aims; Diálogo Chino; October 3, 2023)。私は必ずしも左翼のルーラ氏を右翼のボルソナーロ氏より好ましく思っているわけではなく、ブラジルで開催される今年のG20とBRICS首脳会議へのプーチン氏招待で明らかになった彼の時代遅れな反植民地主義思想への入れ込みには辟易している。南アフリカのANCから選出されたシリル・ラマポーザ大統領でさえ、政府は国際刑事裁判所の規定を遵守すべきだと要求する民主連盟の猛烈な訴訟に直面し、あのロシア人犯罪者のBRICSヨハネスブルグ首脳会議への招待を断念したことを忘れてはならない(“Lula invites Putin to Brazil, sidesteps on war crimes arrest”; Politico; December 4, 2023)。ボルソナーロ氏もルーラ氏も、両者各々のアマゾン開発やBRICS首脳会議への対処に鑑みれば法の支配を軽視しているように見える。実際に両ポピュリストとも、欧米との不必要な摩擦もリビジョニスト大国側への不用意な傾斜も望まないブラジルの外交官僚組織にとっては頭痛の種でしかない(『国際政治の主要プレイヤーになれるか=専制国家群に引きずられるルーラ』;ブラジル日報;2023年9月26日)。何はともあれ、中国が恐ろしいからと言って右翼ポピュリストに味方する理由にはならない。

 

世界各地で見られる右翼ポピュリストの脅威の間でも、アメリカの大統領選挙は最も深刻な事例である。アメリカはトランプ氏の再選をどのようにして阻止できるのだろうか?ブルッキングス研究所のロバート・ケーガン氏は共和党有権者の間でのトランプ氏への熱狂的な支持 について警鐘を鳴らしている。予備選についても、他の共和党候補の誰もがトランプ氏の岩盤支持層を破壊できない。さらに問題になることは、MAGAリパブリカンは1月6日暴動から他の刑事訴訟事件まで、トランプ氏に関することは何でも正当化してしまう。それにも増して馬鹿げたことに、彼らは自分達の思い込みでウクライナ、イスラエル、アフガニスタンでの失敗をバイデン氏のせいにしているが、実際にはトランプ氏こそがこれらの混乱をもたらした責めを負うべきなのである。正気の共和党政治家は完全に脇に追いやられ、先のトランプ政権に入閣していた「政権内の大人」も公衆の面前で彼を非難することには躊躇している(“A Trump dictatorship is increasingly inevitable. We should stop pretending.”; Washington Post; November 30, 2023)。トランプ氏を阻止するために、ケーガン氏は共和党でも特にニッキ・ヘイリー氏は立憲政治を軽視するような人物の候補資格を問うべきだと述べている。しかし共和党の競合候補全員にはトランプ氏の候補資格を否定する考えは全くなく、彼が指名されても従うという党派的忠誠心を強調するばかりである。非常に注目すべきことにトランプ氏が自身を訴追の犠牲者だと強調すればするほど、彼の支持者達は益々アメリカの司法体制とエリート全体に対する怒りを爆発させてしまう。よって共和党にとって、そのようなMAGAリパブリカンを刺激することは危険である。こうした観点からケーガン氏はミット・ロムニー、リズ・チェイニー、コンドリーザ・ライス、ジェームズ・ベーカー諸氏ら共和党の古参有力政治家、そして前政権閣僚のマイク・ペンス、ジョン・ケリー諸氏らに、アメリカの民主主義を守るためには全国的な運動を主導するよう訴えている(“The Trump dictatorship: How to stop it”’ Washington Post; December 7, 2023)。つまるところ、トランプ阻止で重要になってくるものは共和党正統派の意志である。彼らはすでにリンカーン・プロジェクト、共和党説明責任プロジェクト、法の支配を支持する共和党といった運動を立ち上げた。古参有力政治家たちはそうした運動にどのように参加してゆくのだろうか?

 

右翼ポピュリズムの高まりを抑えるには、民主主義の持続性が重要になる。昨年10月に慶応戦略構想センターは慶応大学の細谷雄一教授と一橋大学の市原麻衣子教授によるオンライン対話を主宰し、世界に広がる民主主義の不況が安全保障に与える影響について考察した。二人の学者は対話の中でリビジョニスト勢力による情報工作に対する西側民主主義の脆弱性を中心に議論を深めた。現在、ヨーロッパと北アメリカの先進民主主義諸国はポピュリズムの台頭に苦悩し、それは反エスタブリッシュメントの怒りと移民排斥のネイティビズムといった形で典型的に表れている。最も顕著なものでは、MAGAリパブリカンは小さな政府の理念を誤用してヘイトのイデオロギーを掻き立てるとともに、社会経済的にも文化的にも恵まれない人々に攻撃を加えるようになっている。自分達がグローバル化の犠牲になっていると感じる人達は、右翼デマゴーグが強く断固とした姿勢を見せているからと称賛してしまう。しかしそのように「俺だけが解決できる」といったアプローチでは、ハラリ教授が言うように政府が機能不全に陥り国家の安全保障は損なわれるだけである。

 

 

 

 

戦略構想センター主催の対話では、市原教授はロシアと中国がIT技術の効果的な活用によってどのように情報偽装を行なって欧米の国内政治に工作を仕掛けているかを説明した。二人の学者は民主主義諸国には敵国の工作から自国を守る対抗策が必要だとの見解で一致した。そうした状況下で日本、オーストラリア、ニュージーランドにように右翼ポピュリズムの高まりを抑えるうえで比較的上手くいっている民主主義国もある。特に日本では細谷教授が述べるように国民の間で政府、メディア、既存の知識人に対する信頼が高く、陰謀論も拡散が抑止されている。また私としては英連邦の両自治領にも注視を訴えたいのだが、それは両国とも英米政治文化圏にありながら扇動政治家の急激な台頭には深刻に悩まされてはいないからである。太平洋の三つの民主主義国家は、国際社会に対してポピュリズムへの対処で何かを示唆できるのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2023年10月11日

イギリスのインド太平洋傾斜と対中関係における問題点

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イギリスはインド太平洋地域での法の支配擁護を目指す「自由で開かれたインド太平洋」作戦執行の多国間有志連合において、特に中国の海洋進出に鑑みれば重要なパ-トナーである。2021年3月にジョンソン政権が“Global Britain in a competitive age”と題した安全保障、開発、外交の統合見直しを発刊して以来、イギリスはインド太平洋への戦略的傾斜を進めている。この戦略に則って、イギリスは日本およびインドとの戦略的パートナーシップを深めている。特に日本とは今年に入ってRAA(日英部隊間協力円滑化協定)に調印し、相互の軍事施設へのアクセスと両国軍の訓練での協力が円滑化されることになった。また両国はイタリアとともにGCAP(グローバル航空戦闘プログラム)の研究開発を行なっている。インドとは、イギリスはロシア支援のFGFAに代わる国産次世代戦闘機への技術支援を提供している。さらにアメリカとオーストラリアとはAUKUSにも調印した。それらの合意に鑑みて、イギリスは日本、インド、オーストラリアといったインド太平洋地域の主要国とともに、そして最も重要なことにアメリカとの「特別関係」を通じ、中国に対抗するFOIPに深く関与するものと想定されている。しかし内政上の制約、中でも労働党金融ロビーによって、イギリスの対中抑止への確固とした貢献が低下することも考えられる。またスナク政権は対露姿勢とは違って、対中姿勢は必ずしもとまっているわけではない。

 

まず労働党について述べたい。ジョン・ヒーリー影の国防相は現在のウクライナでの戦争勃発に伴うロシアの脅威増大に鑑みて、ジョンソン政権が手を付けたインド太平洋傾斜という保守党の国家安全保障戦略に疑問を呈した。ヒーリー氏はイギリスは自国の限られた予算を本土と欧州大西洋地域に集中すべきとの趣旨で、「イギリス軍にとって優先すべきは最大の脅威に晒されている場所であり、経済的な機会のある場所ではない」と発言している(Labour defence chief questions using UK's 'scarce resources' in Indo-Pacific”; Forces Net; 8 February, 2023)。労働党の主張の要点はイギリスはヨーロッパ、大西洋、北極圏の防衛での要求水準を満たすために軍備を再強化すべきだが、現在はウクライナ支援のために兵器が枯渇しつつあるというものである“Labour calls for UK rearmament and end to military cuts”; UK Defence Journal; February 7, 2023)。しかし労働党は中国の脅威が工作員、サイバー操作などを通じてイギリス本土迫っているにもかかわらず、それを過小評価するのだろうか?キア・スターマー現党首は自らをブレア路線継承者だとしているが、現在の党の国防政策案は1968年にアデン以東からの英軍撤退を決定したハロルド・ウィルソン政権さながらで、トニー・ブレア政権のように世界を股にかけて見かけの国力以上にイギリスの実力を発揮しようとしているようには思われない。

 

労働党が反植民地主義ウォークのイデオロギーに囚われていないなら、世界全体でのイギリスの戦略的要求でどのようにバランスをとるのだろうか?RUSI(王立防衛安全保障研究所)のヴィール・ナウエンス氏は労働党に、インド太平洋への傾斜を否定するよりも自分達の優先順位に応じて柔軟に対応するよう提言している。地理的な距離はインド太平洋から手を引く理由にはならない。ともかく保守党の国防計画では日本やオーストラリアに恒久的な軍事的プレゼンスが主張されてはいない。労働党はフランスと日本のインド太平洋戦略は東アフリカから南太平洋まで視野に入れていることを忘れてはならない。さらにナウエンス氏はイギリスは必ずしもインド太平洋の最遠隔地に軍事的プレゼンスを維持する必要はなく、インド洋でも中東、東アフリカ、シンガポールにある既存の英軍施設を有効利用すべきだとも述べている。それはイギリス軍が極東有事に即応し、中国や北朝鮮がこの地域で航行の自由、領土の一体性、核不拡散といった国際的なルールと規範を破る事態に対処するうえで役立つだろう。ヒーリー影の国防相は限られた財源を強調しているが、デービッド・ラミー影の外相は傾斜を否定せず、「3C」を提案している。すなわちイギリスは中国と地政学的に挑戦(challenge)と競合(compete)の関係になるが、気候変動のような問題では必要に応じて協力(cooperate)してゆくということである(“How Labour Can Reform, Rather Than Do Away With, the UK’s Indo-Pacific Tilt”; RUSI Commentary; 14 February 2023)。いずれにせよヒーリー氏の見方は海洋通商国家というイギリスの歴史的な立場を否定するものである。

 

外交の一貫性のためにも、特に日本とオーストラリアといったインド太平洋地域でのイギリスのパートナーは労働党の影の内閣との対話を通じ、グローバルな安全保障とこの地域での共通の利益のためにFOIPの重要性を再確認する必要がある。非常に重要なことにイギリスの総選挙は2025年1月28日以前に行なわれる予定だが、それは2024年11月5日に行なわれるアメリカ大統領選挙とも近い日程である。イプソス社が8月11日から14日にかけて行なった世論調査では、イギリスの有権者の56%が来る選挙ではスターマー氏がスナク氏に勝つと見ている。スターマー氏は12項目中9つで優位にあり、特に「普通の国民をよくわかってる」、「イギリスが直面する課題を理解している」、「指導者として経験豊富」といった点ではスターマー氏に分がある一方で、スナク氏は「危機管理に長けている」という項目で優位に立っている(“Majority of Britons think it is likely Keir Starmer will become Prime Minister”; Ipsos Political Pulse; 24 August, 2023)。

 

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FOIPには元来多国間の性質があるので、クォッド加盟国とその他の域内およびグローバルなステークホルダー諸国は、イギリスで労働党が政権を取った場合には過激な反植民地主義志向に陥らぬよう訴える必要がある。ともかくスターマー氏は労働党の国家安全保障戦略を全世界に向けて明確にする必要がある。自らの当選の折にはドイツとの二国間安全保障および防衛条約を早急に結ぶ所存だとも語っている(“UK Labour would seek security and defense treaty with Germany”; Politico; May 16, 2023)。しかしヒーリー氏が唱える欧州大西洋中心の国防とラミー氏が唱えるインド太平洋知己での中国に対する3C政策を、スターマー氏がどのように合わせてゆくのか定かではない。

 

問題は左翼だけではない。キャメロン政権下で英中黄金時代の立役者だったジョージ・オズボーン元財務相は、政界引退後にフィンテックのロビイストとなり中国やロシアからのマネーのロンドン金融市場への受け入れを図っている。デービッド・キャメロン氏はブレグジット投票の結果を受けて正解を引退したが、オズボーン氏は一議員として下院に留まった。しかし現職議員でありながら『イブニング・スタンダード』紙編集長に就任したために、議員辞職に追い込まれた。財務相在任時よりオズボーン氏はロンドンをフィンテックの国際的な拠点にしようと考えていた(“Osborne wants London to be 'global centre for fintech”; Financial Times; November 11, 2015)が、その政策では中国との関係を優先するあまりに人権や英米関係が軽視されていないかと大いに懸念されていた。またキャメロン氏も2015年のシンガポール歴訪では、中国への刺激を避けるために東南アジアでのイギリスの長年の同盟諸国の安全保障への関与強化を拒んだ(“In for a Yuan, in for a Pound: Is the United Kingdom Making a Bad Bet on China?”; Council on Foreign Relations Blog; October 20, 2015)。オズボーン氏にはロシアとの間にも不可解な関係があり、2008年にはこの国のオリガルヒから献金を受けている(“George Osborne admits 'mistake' over Russian oligarch”; Guardian; 27 October, 2008)。ブレグジットはイギリスと国際社会にとって災難ではあったが、キャメロン政権が続いていればオズボーン氏が親中露的なフィンテック政策を推し進めて国家安全保障が犠牲になっていたかも知れない。

 

オズボーン氏が指導的な地位を占める金融ロビーを代表するかのように、HSBCホールディングス社のシェラード・カウパーコールズ広報部長は、イギリス政府はアメリカに追随して中国との経済関係を縮小するほど「弱腰」だと批判した(“HSBC Executive Slams ‘Weak’ UK for Backing US Against China”; Bloomberg News; August 7, 2023)。こうした発言はあまりに「市場志向」である。確かにロンドンはソ連のユーロダラーやOPEC諸国のオイルダラーといった、アメリカの規制枠外の通貨で取引できるオフショア金融市場ではあった。しかしロシアのウクライナ侵攻によって冷戦時代の合理的な抑止という考え方は崩壊し、現在では金融市場は政治的リスクを抱える外国からのマネーを以前より厳しく拒絶する必要に迫られている。にもかかわらず、イギリスが開かれた経済を維持しながら中国、ロシア、その他リビジョニスト諸国のマネーロンダリングを阻止することは極めて難しい(“Why Britain’s Tories are addicted to Russian money”; Politico; March 7, 2022)。中国とのサプライチェーンとロシアからのエネルギ資源依存に関して、ドイツとフランスがしばしば批判に晒されているが、イギリスが両件にどう対処するかも注視すべきである。

 

スナク政権は対中関係で黄金時代を模索しようとはしないだろうが、現首相は財界志向である。オックスフォード大学をPPE専攻の学士で卒業したスナク氏は、スタンフォード大学ではMBAを取得し、そこでインドIT業界の大物ナラヤナ・ムルティ氏を父に持つアクシャタ・ムルティ夫人と出会った。スナク氏自身も政界入り以前にはヘッジファンド業界でキャリアを築いていた。そうしたビジネス本能に鑑みれば同氏が中国との経済的利益を優先する誘惑に駆られ、英中黄金時代の終焉を公言したとはいえ、インド太平洋とイギリス本土でのこの国の脅威に中途半端な態度になることもないとは言えない(Rishi Sunak: Golden era of UK-China relations is over”; BBC News; 29 November, 2022)。 だからこそ下院外交委員会の議員諸氏が、今年8月末のジェームズ・クレバリー外相の訪中の際に非常に大きな懸念を表明したのである。同委員会委員長で保守党のアリシア・カーンズ下院議員を中心に、英本土での中国のスパイ活動、新疆ウイグルとチベットの人権、FOIPの安全保障でのイギリスの役割といった事項では中国にもっと強い立場を取るべきだったと外相への抗議の声が挙がった“James Cleverly urged to be ‘crystal clear’ with China on ‘the rule of law and human rights’”; Politico; August 30, 2023)。そうした批判はスナク政権与党内だけでなく、閣内からも挙がっている。トム・トゥーゲンハット安全保障担当閣外相は対中タカ派で名をはせ、2021年には中国への入国を禁止されている (“Cleverly asks Bryant to withdraw ‘Chinese stooge’ claim amid row over Beijing”; Independent; 13 June, 2023)。陸軍出身のトゥーゲンハット氏は英国内にあった中国の海外警察署を非常に警戒し、イギリス政府の承諾を得ていないという理由でそうした派出書を全廃させた“Chinese 'police stations' in UK are 'unacceptable', says security minister”; 6 June 2023)。

 

対中融和派は党派を超えて存在が確認されている。左派の側には反植民地主義ウォークがいる。右派の側には金融ロビイストと彼らの賛同者達がいる。古臭い「左右病」では、外交および内政政策の相互関係を分析するうえで無意味である。インド太平洋でのイギリスのパートナーは与野党を問わず緊密に接触し、この地域の安全保障環境、そして広島でのG7宣言日英アコードといった国際合意を再確認する必要がある。またイギリス自身の安全保障指針である2021年の統合安全保障見直し2023年の戦略見直し、本年8月にカーンズ氏主導で発行された下院外交委員会報告書を再検証する必要がある。最も重要なことに、アジアでのイギリスの軍事的プレゼンスは対米特別関係にも有益で、それがグローバル・ブリテンの成功をより確実にするだろう。上院において元外相のデービッド・オーウェン卿は、アメリカ国民がウクライナで現在進行中の戦争よりも中国の軍事的冒険主義を懸念するようになっているので、イギリスが彼らと太平洋で共通の戦略目的を示せれば有利であろうと主張した(“British carrier in Pacific bolsters US-UK alliance”; UK Defence Journal; September 30, 2023)。オーウェン卿は労働党キャラハン政権の閣内相ではあったが、インド太平洋傾斜に関してはヒーリー現影の国防相とは完全に違う観点からものを言っている。ラミー影の外相は3Cを掲げているが、その内容は依然として明確ではない。いずれにせよイデオロギー上のレッテルや党派ではなく、インド太平洋傾斜と中国の脅威への理解が重要になる。イギリスの内政に要注意である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2023年7月17日

アフリカの民主主義とロシア勢力浸透に対する西側の対抗手段

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ウクライナ危機に関する国連総会の投票で、国際社会はアフリカの親露派で専制的な国々が思いも寄らぬ影響力を有することに驚愕している。しかしアフリカ連合(AU)は本年2月にアディスアベバで開催された第36回AU首脳会議にて、ブルキナファソ、マリ、ギニア、スーダンといったサヘル地域の親露派軍事独裁体制諸国に対して加盟停止を再確認し、「憲法に基づかない政権交代を一切容認しない」姿勢を示した。この首脳会議直前にはECOWAS(Economic Community of West African States:西アフリカ諸国経済共同体)も、ブルキナファソ、マリ、ギニアの加盟停止延長を告知している(“African Union reaffirms suspension of Burkina Faso, Mali, Guinea and Sudan”; Africa News; 20 February, 2023)。AUとECOWASによる一連の行動は、アフリカの民主主義には良い兆候である。よって来る多極化世界なるもので、我々は民主主義の凋落と西側の衰退を受容するような「悲観的リアリズム」に陥るべきではない。ロシアと中国が掲げるリビジョニストの世界秩序では我々の歴史は抑圧と混乱という退化と劣化への途を辿るであろう。我々が敗北主義に陥れば、国際社会には致命的なものとなろう。再確認すべきは、民主主義、自由、人権といった価値観は欧米に限られたものではなく、アフリカにとっても全く別世界のものではないということである。

まず始めにアフリカの民主主義の概要を理解しなければならない。フリーダム・ハウスによるとアフリカの自由指標は全世界的な動向と同様、ここ数年は低下している。それはこの地域でのロシアと中国の勢力浸透と共鳴している。しかしサヘル地域を中心とした軍部独裁の再びの台頭により地域全体が不安定化しているにもかかわらず、「アフリカ諸国は改善と回復力の兆候を示してきた」と同団体アフリカ・プログラムのティセケ・カサンバラ部長は語る。非常に重要なことにAUが1981年に採択した人及び人民の権利に関するアフリカ憲章』は人権擁護において非常に進歩的ということになっているが、加盟国の多くは憲章の実施には消極的である。そうした中で南アフリカでは政府が立憲政治を弱体化させているとあっては、2021年と2023年の両年とも同国を民主主義サミットに招待したジョー・バイデン米大統領も形無しである。しかし司法、市民社会、メディアが一体となって、何とか与党ANCによるポピュリスト専制政治的な試みに対して民主主義を維持し続けている (“How African Democracies Can Rise and Thrive Amid Instability, Militarization, and Interference”; Freedom House Perspectives; September 1, 2022)。アパルトヘイト体制崩壊後の長期にわたる一党支配に鑑みれば、本年8月のBRICSヨハネスブルグ首脳会談でのラマポーザ政権によるロシアのウラジーミル・プーチン大統領への招待はもっと注目されるべきで、それはこの国が国際刑事裁判所の加盟国として法の支配が徹底しているかどうかの評価につながる。

興味深いことに、世界史の逆行とも言うべきロシア勢力の浸透がアフリカでは見られる。忘れてはならぬことは、ベルリンの壁崩壊直後に東欧諸国は旧ソ連共和国も含めてEUとNATOへの加盟に飛びついた。それはこれら諸国による主権国家としての選択である。合理的に見ればロシアに魅力あるものは何もなく、国家統治も経済も科学技術も遅れ、そのうえに時代錯誤な新ユーラシア主義まで掲げる始末である。しかし不思議なことにアフリカ諸国は必ずしもそう思ってはいない。昨年3月に開催されたロシアのウクライナ侵攻に関する国連総会では、アフリカ諸国の半数近くが侵略行為を非難する決議案を支持しなかった。南部アフリカの政治指導者層には冷戦期の植民地主義とアパルトヘイトへの抗争でソ連との共闘にノスタルジーを抱く者もいるが、それは政府レベルでのことである。一般に信じられている事柄とは違い、現在のアフリカ諸国民は必ずしも反植民地主義には固執していない。またヨーロッパとアジアでの大国による地政学とイデオロギーの抗争にも関心はない。彼らはロシアだろうが中国だろうが欧米だろうが、自らが感知できる自己利益に基づいてパートナーを選ぶ。アフリカ諸国民がロシアおよび現在進行中のウクライナ侵攻に抱く意識について、英『エコノミスト』誌とプレミス社はナイジェリア、南アフリカ、ケニア、ウガンダ、コートジボワール、マリの6ヶ国で世論調査を行ない、これらの国々の国民が自国政府の外交方針に必ずしも同意していないことが判明している。南アフリカ、ウガンダ、マリは国連総会においてロシアのウクライナ侵攻への非難決議の投票で棄権しているが、残りの国々は賛成票を投じている。親露政権に統治される国の中で、南アフリカは南部アフリカの民主国家でありながら与党が反アパルトヘイトの郷愁に浸っている国の代表例であり、その一方でマリはサヘルの軍事独裁国家で反欧米政権がテロ対策でワグネルに依存している。

表1で表示されているように、ロシアのウクライナ侵攻への支持率が最も低いのは民主的な南アフリカであり、最も高いのはワグネルに支援されているマリである。また表2に見られるようにマリ国民は現在のロシアとウクライナの間の戦争に関して欧米を非難する傾向が最も強いが、南アフリカ国民はNATOとアメリカを非難する傾向が最も弱い(“Why Russia wins some sympathy in Africa and the Middle East”; Economist; March 12, 2022)。

 

表1

 

表2

 

 

 

2020年の軍事クーデター後のマリはフランスのテロ対策部隊の撤退に加え、AUおよびECOWASの加盟停止によって国際社会から孤立してきた。ワグネルはこの機に乗じて入り込んできた。貧困にあえぎ教育水準の低い国民はロシアと軍事政権が広めるプロパガンダに容易に情報操作されてしまう。

南アフリカではそうした事態に至らず、議会野党、司法、メディアによる権力の抑制と均衡によってANCのリビジョニスト的な内外政策に歯止めがかかっている。特に反アパルトヘイトで白人リベラル派の進歩党の流れをくむ民主同盟(DA:Democratic Alliance )は、シリル・ラマポーザ大統領によって本年8月に開催されるBRICSヨハネスブルグ首脳会議へのロシアのウラジーミル・プーチン大統領の招待に対し猛烈な反対運動を展開している。DAはハウテン高等裁判所に訴訟を持ち込み、国際刑事裁判所の規則を執行してプーチン氏がBRICS首脳会議出席のために南アフリカに到着すれば逮捕させようとしている(“DA launches court application to compel the arrest of Putin in South Africa”; DA News; 30 May, 2023)。またジョン・ステーンフイセンDA党首はCNNとのインタビューでANC政権がロシアに兵器類を送ったとの警告を発したと、南アフリカのデジタル・メディアで自社サイトに「ウクライナとの連帯(Stand with Ukraine)」バナーを掲げるブリーフリー・ニュースは伝えている(“John Steenhuisen Says President Cyril Ramaphosa Is a “Political Swindler” Who Fooled the Country”; Briefly.co.za; June 1, 2023)。さらにラマポーザ氏によるロシアとウクライナの仲介は納税者の金の無駄で、ただの外交ショーだとまで批判している。さらに重要なことに、DAはANCがプーチン政権下のロシアのような専制国家と緊密な関係にあると批判している(“How much did South Africans pay for Ramaphosa’s failed diplomatic PR stunt?”; DA News; 17 June, 2023)。最近の水利用での人種別割り当て原案に見られるように、その政策では水資源消費量の60%を占める農場経営者にかかる多大な負担も考慮しないANCは階級闘争と被害者意識に囚われているように思われる(“Parched Earth: ANC introduces Race Quotas for water use”; DA News; 1 June, 2023)。右であれ左であれ、そうした被害者意識のポピュリストはプーチン氏のような独裁者と容易に友好関係に陥りやすい。

そしてアフリカにおけるロシアのプレゼンスをロシアの観点からも見てみたい。アフリカ戦略問題研究センターのジョセフ・シーグル氏は、アメリカの下院公聴会でアフリカでのロシアの活動について証言した。そしてロシアのアフリカ戦略は三本柱から成っていると述べている。第一の柱はスエズとジブチを通じて南地中海から紅海に至るシーレーンへの影響力の獲得である。第二の柱はアフリカ大陸からの欧米の影響力排除である。中央アフリカとマリでのワグネルの活動は最も注目されるものの一つである。第三の柱がルールに基づく世界秩序の再編で、主権、領土保全、各国の独立の軽視といった行為はロシアのウクライナ侵攻にも見られる。クレムリンによるアフリカ関与は独裁者と情報操作を受けた一般市民を喜ばせるだけで、上記の柱から成る戦略によってこの地域は政治経済的にも不安定化するだけである(“Russia’s Strategic Objectives and Influences in Africa”; Africa Center for Strategic Studies; July 14, 2022)。いずれにせよロシアは現地の開発、エンパワーメント、国民生活などほとんど歯牙にもかけず、シロヴィキ達が感知できる国益のためにアフリカを利用したいだけである。それはAU、ECOWAS、『人及び人民の権利に関するアフリカ憲章』の理念とは相容れないものである。最も基本的なことはカーネギー国際平和財団のポール・ストロンスキ氏はリチャード・ミルズ米国連次席大使の演説を引用し、サヘルでのワグネルの存在は劣悪な統治、制度の崩壊、長期にわたる避難生活、武装勢力の拡散といった不安定化要因そのものの解決なくして人的苦難(human sufferings)を悪化させていると述べている(“Russia’s Growing Footprint in Africa’s Sahel Region”; Carnegie Endowment for International Peace; February 28, 2023)。

ロシアはアフリカへの魅力攻勢ではあまりに日和見主義で、ウクライナ侵攻以降は旧ソ連諸国で構成されるCIS、ユーラシア経済連合、CSTOで自国の影響力が低下しても、クレムリンはなおも今世紀の地政学での多極化競合で外交力を見せつけようとしている。これぞセルゲイ・ラブロフ外相が今年の始めに南アフリカ、エスワティニ、マリ、モーリタニア、スーダンなどアフリカ7ヶ国を訪問した背景である。しかしフリーランスのロシアのアフリカ政策専門家、ワディム・ザイツェフ氏は、アフリカ諸国の殆どは「慎重な中立政策」をとって欧米との関係を損なう気はなく、自国のウクライナ侵攻にある植民地主義的な性質を無視するロシアとは、文言のうえで新植民地主義への非難で同調しているように見せかけているだけであると評している(“What’s Behind Russia’s Charm Offensive in Africa?”; Carnegie Politika; 17 February, 2023)。ロシア勢力の浸透に批判的なのは欧米の専門家だけではない。アフリカの専門家もロシアのプレゼンスに警鐘を鳴らしている。南アフリカのシンクタンク、安全保障問題研究所(ISS Institute for Security Studies )のピーター・ファブリシウス氏は、ロシアとアフリカの関係進化は軍事面を通じてであって、貿易や投資の増額ではないと語る。ロシアがアフリカに浸透する時には対象国の不安定化を悪用している。マリとブルキナファソではワグネルがフランス軍撤退後の真空を埋めた。それはAUという軍事独裁への抑止力を弱める。そうした中でカメルーンでは、ロシアは英語地域の分離派をそそのかしている。彼らは体制転覆によってこの国を中央アフリカ共和国からの天然資源の輸出経路にしようとしているのだろう。そうした天然資源の輸出は武器や薬物の違法取引、マネーロンダリング、暗号通貨へのハッキングなどといった組織犯罪とともに、ロシアがウクライナその他で戦争を行なう資金源の一つとなっている(“Africa shouldn’t ignore Russia’s destabilising influence”; ISS Today; 24 February, 2023)。ファブリシウス氏は南アフリカの白人で、世界経済フォーラムにはアフリカの立場からアフリカの開発について政策提言を行なったこともある。

プリゴジンの乱以降のワグネルの活動とロシアのアフリカへの影響力については予測がつかない。コロンビア大学のキンバリー・マーテン氏は、ロシアの国防エスタブリッシュメントにとってエフゲニー・プリゴジン氏を他の誰かにすげ替えるなど相対的に容易だと評している。他方でポーランド国際問題研究所のイェンジェイ・ツェレップ氏は、全てはアフリカの顧客がロシアを自分達の目的達成のうえで充分に強く頼りになると感知できるかどうかによると主張する(“What next for Wagner’s African empire?”; Economist; June 27, 2023)。いずれにせよアメリカと同盟国がロシアをアフリカから追い出すには何をすべきだろうか?昨年8月にバイデン政権は『サブサハラ・アフリカに向かうアメリカの戦略(US Strategy toward Sub-Saharan Africa)』 を刊行し、アメリカとアフリカ諸国の間の新たな機会とパートナーシップを提示した。米国平和研究所のジョセフ・サニー氏は以下のように論評している。この新たな戦略によって食糧安全保障、農業、サプライチェーン、気候変動といった地域の問題解決に向けた援助の増額が推奨されているだけでなく、アフリカの人達に耳を傾ける必要性が強調されている。よってアメリカ大使館には高い資質の大使の麾下にある充分な人員が必要である。さらにサニー氏は、アメリカはアフリカ諸国が自らの問題を自力で解決できるように仕向けるべきだと主張する(“The New U.S. Africa Strategy Is a Moment We Must Seize”; USIP; August 11, 2022)。ワグネルの存在に関してサニー氏は、道徳的な非難には効果がないと言う。アフリカの顧客が暴虐なワグネルと契約せざるを得ない絶望的な理由は、国際的な反乱鎮圧作戦でテロを根絶できなかったからである。しかしサニー氏は、超党派の政策形成者達はこれまでのアメリカの政策はあまりに近視眼的で軍事的側面にばかり目が向けられ、対象国の統治や経済には充分な考慮が払われなかったことを理解していると言う(“In Africa, Here’s How to Respond to Russia’s Brutal Wagner Group”; USIP; April 6, 2023)。

ワグネルを通じたロシア勢力の浸透はあるものの、アフリカは我々と自由そして民主主義の価値観を共有している。G7広島で日本の岸田文雄首相はワグネルに支援されるモザンビークのフィリペ・ニュシ大統領よりも、むしろAUのアザリ・アスーマニ議長と南アフリカのジョン・ステーンフイセンDA党首を招待してこのことを確認した方が良かったかも知れない。この地域とのパートナーシップの深化のためには、西側同盟は外交プレゼンスを高める必要がある。この目的のために、アメリカは大使のジャクソニアン・システムによる政治的任用を再考するべきである。上院での承認の遅れは頻発し、任用された大使が必ずしも充分な資質を備えているわけでもない。そうした例の一つを挙げるなら、ハンドバッグのデザイナーのラナ・マークス氏をトランプ政権が選挙運動への論功行賞として駐南アフリカ大使に指名した一件がある。忘れてはならぬことは、選挙運動で多大な貢献をする人物が必ずしも外交政策に通じているわけではないということである。中には視野の狭い「票の亡者」もいる。そうした人物の一例を私の経験から語ってみたい。かつて私は自民党国会議員の事務所を内側から見る機会があった。ある日、その事務所の幹部秘書が昼食中にテレビのニュースを観ていた時、彼は永田町政治と国内選挙に関する報道を鋭意に注視していた。しかし国際問題に関する報道を流し始めるや否や、彼は軽蔑の意を込めてテレビから流れる情報に耳を傾けなくなった。それには大いに驚かされた私には、彼が非常に奇妙な生き物のように見えた。彼は京都大学卒業ではあったが、振舞いの方は無学な田舎者丸出しだった。よって誰が合衆国大統領であっても、そのように無責任な「票の亡者」を大使に任命することは控えるべきである。ともかく我々の確固たる関与こそ、アフリカでロシアとの競合を制するうえで重要である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2023年5月26日

中国の主権概念は中露枢軸の分断をもたらし得る

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中国は現行の国際ルールと規範を遠慮仮借なく批判しているが、それは今日のルールに基づく世界秩序が欧米の価値観に基づいていると見做しているからである。そうした観点から、中国の政策形成者達は国家主権と国際法について特異な概念を主張し、それによって近隣諸国とは領土紛争、国際社会とは哲学論争を頻繁に抱えることになっている。こうした事態に鑑みると中国とロシアは欧米主導のリベラル世界秩序への抵抗という立場は共通だが、盧沙野駐フランス大使による旧ソ連共和国の主権への疑義を呈する失言もあって、両国の間では将来の紛争が起きる可能性も否定できない(“China’s ambassador to France questions 'sovereign status' of former Soviet nations”; France 24; 23 April, 2023)。となると中露枢軸は揺るがぬものでもなく、主権の概念も両者分断を加速する要因の一つとなる。

 

件の駐仏大使の発言があまりにも物議を醸したために、中国外務省の毛寧報道官は即座にこれを否定して国際社会の批判を宥め、中国は旧ソ連諸国の主権を尊重すると強調した (“China affirms ex-Soviet nations’ sovereignty after ambassador comments”; PBS News; April 24, 2023)。しかしパリ在住の日本人ジャーナリスト、安部雅延氏は西側の専門家の間で、旧ソ連諸国の主権に関する盧大使の発言は中国の外交政策形成者の間での共通の理解だと見做されていると主張する(『中国の本音?駐仏大使、ウクライナ主権に疑義の謎』;東洋経済; 2023年4月27日)。盧氏はクリミアでのウクライナの領有権の正当性を否定したかったのだろうが、しかし理論的にそれではロシアの主権も認めないことになる。それは潜在的に外満州、すなわちロシア極東地域での中露衝突を引き起こすだろう。中国にとってここは満州人清朝の歴史的領域ながら、1858年のアイグン条約と1860年の北京条約でロシアに強奪された土地である。1960年代末に中ソ国境紛争が勃発すると両国の関係は悪化した。

 

そうした歴史的文脈からすれば中国の習近平主席が最近、ロシア極東地域でのロシア語の地名は例えばウラジオストクを海参崴というような中国語に替えるよう口走ったことで、この地での両国間の領土紛争を引き起こすことも有り得る。それは中国がロシアに根深い領土的怨念を抱いていることを暗示し、外満州が歴史を通じて漢民族の領土でなかったことなど関係はないと言わんばかりである。反欧米枢軸が組まれてはいるが、中国はロシアの経済や人口などでの衰退を促し、この国を自国に従属させてシベリアの天然資源へのアクセスを強めようとしている(“Goodbye Vladivostok, Hello Hǎishēnwǎi!”; CEPA; July 12, 2022)。習氏の発言からは、ロシアが現在ウクライナで見せつけているような領土拡大志向が中国にも秘められていることが伺える。

領土紛争の潜在的な可能性は、さらなる問題にも発展しかねない。現在、ロシアは中国とインドに大安売りで石油と天然ガスを輸出し、ウクライナ侵攻に科された欧米の制裁が自国経済に及ぼす影響を緩和しようとしている。バルト海の港湾から輸出されるロシア産の原油は、中国向けでは1バレル当たり11ドル、インド向けでは14から17ドルも割り引かれている(“India and China snap up Russian oil in April above 'price cap'”; Reuters; April 19, 2023)。しかしそのようなバーゲン・セールではフェアトレードの観点からは、長期的には自己破滅的で持続性がない。特に中国はタイガの環境を犠牲にして極東シベリアで他の天然資源も収奪するであろう。実際に中国の林業界はウクライナでの戦争よりはるか以前から、当地での違法伐採で悪名高い(“Corruption Stains Timber Trade”; Washington Post; April 1, 2007)。ロシアが現在の戦争によって交渉力を失うに従って、中国の自国中心的な天然資源への渇望が現地の生態系と住民の生活を破壊しかねない。国際政治の専門家は国家対国家の力のやり取りに注目するあまり、グローバル・コモンズが関わる紛争には充分には目が届かない。また欧米の環境活動家達はシベリアの森林保護で、1980年代にアマゾンの森林保護でやったような積極的行動に出るべきである。ロシア極東地域での天然資源と領有主権の問題は相互に絡み合っている。これもまた中露枢軸の分断となる要因である。

 

両国ともル-ルに基づく世界秩序には従わないので、互いの合意には敬意を払わぬ振舞いである。中国とロシアは反欧米でリビジョニストの視点を共有してはいるが、ロシアは自国の極東地域での中国の拡張主義を怖れて貿易および投資での二国間合意を完全に遵守しようとしない(“The Beijing-Moscow axis: The foundations of an asymmetric alliance”; OSW Report; November 15, 2021)。他方で中国の主張では、現行の国際法では自分達の核心的利益を守るには不充分であり、よってたとえ国際的なルールと相容れない法であっても国内立法によりそうした利益を守る必要があるということである。中国による国際法への抵抗姿勢の最も重要な例の一つが、国連海洋法条約の侵害である。神戸大学の坂元茂樹名誉教授は、国際法についてそのように恣意的な解釈を行なえば国際海洋秩序に多大な被害を及ぼすと批判している。注目すべき点は中国が国内立法を国際的なルールと規範に優先させる条件を明確にしていないことである(『中国海洋戦略の解剖:国内立法と国連海洋法条約の自己中心的解釈による海洋秩序の侵害』;日本国際フォーラム;2023年2月13日)。中国がそこまで強引に我が道を行くなら、ロシアをも含めた全世界の他国との摩擦は避けられないだろう。中ソ対立がソ連共産党のニキタ・フルシチョフ第一書記によるスターリン批判に始まったことを忘れてはならない。反米姿勢だけでは両国の連帯を維持できない。

 

中露枢軸は我々の同盟と民主主義の分断を仕掛け続け、冷戦後には両国の工作は以前にもまして活発になっている。特にロシアがブレグジットとトランプ氏当選に向けて行なった選挙介入は、西側民主主義の土台を揺るがした。そして今、中国が台湾総統選挙に介入しようと、国民党の馬英九候補を本土に呼び寄せた(“Ma Ying-jeou’s historic trip: Can former Taiwan president help ease cross-strait tensions?”; Japan Times; April 7, 2023)。よって我々は中露枢軸のあらゆる弱点を見つけ出し、両国の工作活動に報復すべきである。両国の連帯は崩せる。G7諸国は広島サミットにおいてグローバル・サウスを中国とロシアから引き離そうとの努力を見せたが、中露両大国の間に楔を打ち込むことの方がより重要である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2023年4月17日

バイデン大統領キーウ訪問後のアメリカのウクライナ政策

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ジョセフ・バイデン米大統領は2月20日に遂にキーウ訪問を敢行し、アメリカが確固としてロシアの侵略からウクライナを支援することを示した。続くワルシャワ訪問でバイデン氏はウクライナでロシアの勝利は決してなく、旧帝国復活の夢は頓挫する運命にあると重ねて強調した(“Biden in Warsaw: ‘Ukraine will never be a victory for Russia’”; Hill; February 21, 2023)。バイデン政権は既にアントニー・ブリンケン国務長官とロイド・オースティン国防長官をキーウに派遣し、バイデン大統領自身もワシントンでウクライナのヴォロディミル・ゼレンスキー大統領と会談してはいるが、ロシアを刺激して核攻撃に訴えられぬように慎重な姿勢であった。またMAGAリパブリカンとウォーク左翼は陰謀論の影響を受けた反戦世論を盛り上げ、アメリカのウクライナ関与への障害となっていた。

そうした左右の過激派孤立主義ポピュリストによる外交政策上の制約はあるが、世界におけるアメリカの役割を理解しているアメリカの専門家達が、バイデン氏の訪問後に現戦争の動向をどのように見ているかを知る必要がある。非常に注目すべきはウクライナ支援に懐疑的な論者にはヘンリー・キッシンジャー元国務長官とシカゴ大学のジョン・ミアシャイマー教授に頻繁に言及して事情に通じたリアリストを装い、アメリカはこの戦争には消極的で、ワシントンのエスタブリッシュメントの内のごく少数の好戦的な論者によって引き起こされた戦争に同盟国が巻き込まれてはならないという自分達のプロパガンダを広めようとしている。しかしこの二人の名声がどれほど轟こうとも、キッシンジャー氏もミアシャイマー氏も、アメリカ国民全体を代表するわけではない。リアリスト気取りの者達、MAGAリパブリカン、ウォーク左翼もアメリカ世論の代表ではない。私は個々の非関与論者のバックグラウンドまでは知らないが、彼らの中にはアメリカ国内の特定のイデオロギー・グループと連動しているかのように振舞う者もいる。ともかくアメリカの国民と政策形成者の大多数がウクライナ支援に反対だと信ずることは間違いである。私はアメリカの外交政策の論客たちの見解に言及し、そうした情報工作を党派バイアスなしで否定してゆきたい。

バイデン氏訪問の外交的意味合いに関して、ジョンズ・ホプキンス大学高等国際関係学院のエリオット・コーエン教授は、バイデン氏のウクライナ訪問は中国がロシアに兵器を供与すると噂され、ロシアも「特別軍事作戦」一周年記念にドンバスでの占領地の奪還を目指して大規模な攻勢に出るとされた時期であったと指摘する(“Biden Just Destroyed Putin’s Last Hope”; Atlantic Daily; February 21, 2023)。ロシアのウラジーミル・プーチン大統領はウクライナ支援をめぐる欧米側の援助疲れと政治的分断を当てにしていたが、『アトランティック』誌のアン・アップルボーム氏はバイデン大統領のウクライナ訪問によってそうした儚い希望は粉砕されたと述べている(“Biden Went to Kyiv Because There’s No Going Back”; Atlantic Daily; February 21. 2023)。これは日本の岸田文雄首相がG7加盟国首脳では最後に当地を訪問する先駆けとなり、その折には習近平国家主席とのモスクワ首脳会談で中露連帯を見せつけようというプーチン氏の外交的思惑に歯止めをかけることになった(“Japanese and Chinese leaders visit opposing capitals in Ukraine war”; BBC News; March 22, 2023)。

また「トランプーチン」に対するアメリカ内政上の意味合いも理解する必要がある。『デイリー・ビースト』誌のデービッド・ロスコフ氏の論評のように2018年の米露ヘルシンキ首脳会談の際には、全世界の国民はドナルド・トランプ大統領(当時)がアメリカや同盟国の安全保障関係機関よりもプーチン政権のロシアを信用し、ウクライナを放棄したがっていることを改めて思い知らされた(“Biden’s Trip to Kyiv is the Ultimate Humiliation for Putin—and Trump”; Daily Beast; February 20, 2023)。なぜか?それは彼が「アメリカが作り上げた世界」を嫌い、国務省、国防総省、情報機関にいるとする「ネオコンでグローバリストのエスタブリッシュメント」に敵対的な見方をしているからである。さらにトランプ氏は彼らを核大国による第三次世界大戦を企てる戦争屋だと非難している。あの不動産屋はロシアがルールに基づく世界秩序と領土保全を侵害していることなど、全く理解していない。共和党のアダム・キンジンガー前下院議員はトランプ氏がアメリカの国家安全保障関係の省庁に悪意に満ちた攻撃をする一方で、プーチン氏には有り得ないほどの賞賛をしていることに重大な懸念を表している。実のところキンジンガー氏は先の中間選挙には出馬しなかったのだが、それは彼の党で右翼過激派が幅を利かすようになったからである。バイデン氏と党派を超えた中道派の仲間が、そうした衆愚的孤立主義者にどのように反撃してゆくか注意深く観測する必要がある。


そうした孤立主義者とリアリストの仮面を被った者達は、なぜプーチン政権のロシアとの中途半端な妥協は、ウクライナの不屈の抵抗による侵略者締め出しよりも危険であるのかを理解する必要がある。ジョン・マケイン候補、ミット・ロムニー候補、ヒラリー・クリントン候補らの大統領選挙運動で外交政策顧問を務めたロバート・ケーガン氏はプーチン政権による侵攻が差し迫っていた時、ウクライナ攻撃は東欧から中欧に及んだロシアの歴史的勢力圏の再構築という彼の野望の序の口に過ぎず、バルト三国やポーランドは存在せずワルシャワ条約機構諸国を事実上ソ連の支配下に置いた時代を復活させようとしていると述べている(“What we can expect after Putin’s conquest of Ukraine”; Washington Post; February 21, 2022)。よってロシアとウクライナの領土問題も解決せずに即時停戦となれば、地域の不安定化につながるばかりで決して平和に向けて前向きにはならないことが理解できる。むしろそれによって中国が台湾やその他東アジア諸国を威圧するようになりかねない。こうした観点からオバマ政権期のマイケル・マクフォール元駐露大使は、中途半端な平和が幻想であるという理由はプーチン氏がウクライナ征服にはあらゆる手段を尽くすという決意を固め、戦意不充分で国内も分断している欧米の狡知と科学技術をロシアの耐久性が上回ると信じているからである。私にはブレグジットとトランプ氏当選での選挙介入の成功によって、プーチン氏は過剰につけあがってしまったように思える。よってマクフォール氏は様子を見てウクライナへの軍事支援を増やすというやり方は通用せず、ロシアへの制裁も最大限の強制力を伴わねばならないと主張している(“How to Get a Breakthrough in Ukraine”; Foreign Affairs; January 30, 2023)。

外交交渉による平和合意がほぼ不可能な以上は、アメリカがプーチン氏の凝り固まった野望をどのようにすべきかを軍事的観点から模索しなければならない。ロシア軍の力と能力に関してデービッド・ペトレイアス退役米陸軍大将は、侵攻前に彼らが行なっていた演習は目前に控えたウクライナでの作戦とは無関係で、自軍内の陸海空軍の組織を横断する協調作戦を実施するには訓練が不充分だったと述べている(“What We’ve Learned from the War in Ukraine”; Foreign Policy; January 10, 2023)。それは数十年にわたるプーチン大統領のネーション・ビルディングの失敗を示唆し、西側同盟はそのようなウドの大木ロシアをウクライナが破るためにどのような支援を行なうかを考えてゆくべきである。現在、ウクライナは東部と南部の奪還という第二段階にある。非介入主義者達はこの国への追加軍事援助に懐疑的ではあるが、ペトレイアス氏はCNNとのインタビューにて当戦争で領土を奪還するためのウクライナ軍の士気と能力を高く評価している。それはウクライナ兵は戦争目的をよく理解しているのに対し、ダゲスタン、ブリヤティア、クラスノダールから来た民族宗派マイノリティからの兵員募集率が際立って高くなっているロシア兵ではそれを理解しているかどうか極めて疑わしいからである。またアメリカ主導の西側同盟からの支援によって、ウクライナが兵員募集、装備装着、組織形成、追加兵力の適用で大いに成果を挙げているとも語っている。

ペトレイアス氏の発言から、我々は以下の点を推察できる。世論調査でのプーチン氏の違法な侵略行為への高い支持率も当てにはならないのは、ほとんどのルスキーは毎日の自分達の生活さえ何とか支障がなければ彼ら民族宗派マイノリティの苦境など気にもならないからである。ルスキーには祖国のために自分達が犠牲になる覚悟などない。さらに欧米の支援と並行して軍の組織再構築が行なわれ、ウクライナの統治も戦後に完全される可能性がある。結論としてペトレイアス氏はバイデン氏の断固とした態度を支持しているものの、大統領は戦車や戦闘機といった次期段階の兵器をもっと早く送るべきだったとも論評している (“Gen. David Petraeus: How the war in Ukraine will end”; CNN; February 14, 2023)。ドイツと他のNATO諸国がウクライナに戦車を送る決意を固めるよう促したのはイギリスである。またスナク政権は大西洋諸国でも他に先駆けてウクライナ軍パイロットにNATO標準の戦闘機向けの訓練を行なった。一方でアメリカはバイデン大統領のキーウ訪問以前は軍事援助を増強すべきかどうか逡巡した。ペトレイアス大将が増派戦略でイラクのテロリストを破ったことを忘れてはならない。軍事戦略家としての同大将の見識はコンバット・プルーブン(combat proven:実戦証明済み)であるが、ミアシャイマー氏の場合はそうではない。

MAGAリパブリカンお気に入りのFOXニュースからも、ジャック・キーン退役陸軍大将が孤立主義に反論している。キーン大将はこのテレビ局の右翼ポピュリストで有名なアンカーマン、タッカー・カールソン氏とは正反対の立場である。キーン氏は2007年のイラク増派では戦争研究所のフレデリック・ケーガン氏と共に、ペトレイアス氏の計画作成に助力した。ウクライナで現在進行中の戦争に関しては、ペトレイアス氏とはほぼ意見が一致している。さらにキーン氏は国内社会経済再建最優先という孤立主義的な強迫観念にも反論している。財政保守派はウクライナへの援助が必要でも巨額だと言って容認しないが、キーン大将はロシアがこの戦争で勝利すれば中国やイランを勢いづかせると言い聞かせている。またアメリカはロシアとウクライナの国境よりも自国とメキシコの国境の方を重視すべきだと信じてやまない、排外的な右翼にも反論している。それは両問題が互いに無関係であり、ウクライナを見捨てれば国内での国境問題が解決するわけではないからである(“What would a win in Ukraine look like? Retired Gen. Jack Keane explains.”; Washington Post; March 6, 2023)。ペトレイアス氏と同様にキーン氏もまたコンバット・プルーブンな軍事戦略家である。

アメリカとNATO同盟諸国はさらに軍事援助を供与するので、ウクライナの反撃段階では考えておくべき課題もいくつかある。最も重大なものは、戦況がロシアにとって不利だとプーチン氏に思われると、ウクライナへの核攻撃に打って出るかということである。プラウシェアズ・ファンドのジョセフ・シリンシオーネ理事長はバイデン政権が効果的な対策をとってきたと指摘する。現政権はロシアに核兵器の使用が致命的な結末をもたらたし、そして西側同盟は経済、外交、サイバー、通常軍事措置などあらゆる手段をとってゆくことを直接伝えた。また中国とインドも、長年にわたるロシアとの友好関係があろうが核攻撃は容認しないだろう(“Why Hasn’t Putin Used Nuclear Weapons?”; Daily Beast; February 9, 2023)。そのように微妙な中露関係に関してマクフォール元大使は、プーチン氏によるベラルーシへの核兵器配備はこの戦争での核兵器使用を否定した中露モスクワ首脳会談の共同声明とは矛盾しているとの疑問を呈している。プーチン氏は国際的な公約を頻繁に破ってきたであろう。よってマクフォール氏はアメリカが両国の関係に楔を打ち込むようにすべきだと説く(“Are Putin and Xi as Close as Everyone Assumes?”; McFaul’s World; March 28, 2023)。他方で中国はロシアがウクライナに係りきりになっている状況を利用して、習近平主席はロシアに自国極東地域の地名をロシア名から中国名に変更するように要求している。例えばウラジオストクは海參崴(Haishenwai)にといった具合である(“Russia will never recover from this devastating collapse”; Daily Telegraph; 1 April, 2023 および “China Challenges Russia by Restoring Chinese Names of Cities on Their Border”; Kyiv Post; February 26, 2023)。

他にはクリミアの戦略的価値も重要である。ベン・ホッジス元アメリカ欧州・アフリカ陸軍最高司令官(中将)は、このことを繰り返し語っている。考えてみれば、この戦争が始まったのは2022年2月ではなく2014年の3月であった。ホッジス氏はクリミアが占領され続ける限りは、たとえドンバス全域が解放されてもオデーサやマリウポリからのウクライナの食糧輸出はロシアに妨害される惧れがあるだろうと言っている。またその地からのミサイル大量発射は、ウクライナにとって重大な脅威であり続けるであろう(“Russia’s Nuclear Weapons More Effective as Propaganda, Retired US Lieutenant General Says”; VOA News; February 1, 2023)。ホッジス氏もアメリカにとって最も直近の戦争であるイラクとアフガニスタンでの戦闘経験者で、まさにコンバット・プルーブンな見識の持ち主である。非常に興味深いことにホッジス氏はツイッターでケンブリッジ大学のロリー・フィニン教授の論文に言及しているが、そこではクリミアの他にもロシアが占領している東部と南部についてウクライナの主権の歴史的正当性が明確に語られている。


フィニン氏によると、クリミアはロマノフ朝ロシアとソ連に支配された歴史を通して、エスニック・クレンジングや暴力などに苦しめられてきた。だからこそ2014年の侵略以前には住民の大多数はウクライナへの残留を望んだのである。フィニン氏はクリミア・タタール汗国からの歴史を振り返っているが、エカテリーナ2世による征服以前の同国の領域はクリミアから近隣の黒海およびアゾフ海の沿岸のステップ地帯に広がっていた。19世紀にはアレクサンドル2世が本土から移民を送り込み、この地をロシア化した。スターリンの圧政を経て1954年に、ニキタ・フルシチョフ首相(当時)が貧困にあえぐクリミアのロシアからウクライナへの移管を決定した(“Why Crimea Is the Key to Peace in Ukraine”; Politico; January 13, 2023)。そうした背景からすれば、ウクライナがロシアからクリミアを奪還する歴史的および文化的な意義は非常に大きい。

以上の議論を見てきてもMAGAリパブリカンへの警戒は怠るべきではなく、彼らがどれほど偏向して国際問題への意識が低かろうとも無視はできない。『民主主義を共に守ろう』のウィリアム・クリストル氏は現在の共和党があまりにもトランプ化し、ますますアメリカ・ファーストの傾向を強めていると繰り返し述べている。典型的なものでは『ナショナル・リビュー・オンライン』誌が最近の記事で、「ロシアとウクライナの間で現在行われている戦争はただの領土紛争なのでアメリカの国益とは無関係だ」というフロリダ州のロン・デサンティス知事の冷血で似非リアリズムな発言を擁護した一件を批判している(“What Ron DeSantis Got Right in His Ukraine Statement”; National Review Online; March 18, 2023)。

 

 


嘆かわしいことにデサンティス氏はトランプ氏からの絶え間ない罵詈雑言に反撃する気さえない。そのフロリダ州知事は、MAGAリパブリカンの間では旗手にまで祭り上げられた元大統領と対立するリスクを恐れているように思われる(“Why Does DeSantis Keep Letting Trump Take Shots at Him?”; Bulwark; March 29,2023)(“Trump widens lead over DeSantis in 2024 GOP presidential nomination showdown: poll”; FOX News; March 22, 2023)。自身が当選するよりも、デサンティス氏は2016年選挙でのクリス・クリスティー氏のようにトランプ氏への支援を通じて党内での立場を固めようとしているのかも知れない。さらにMAGAリパブリカンは最近のニューヨーク郡マンハッタン地区検察官によるトランプ氏起訴に憤慨するあまり、今件手続きでの適正法手続きについて「リベラルなエスタブリッシュメント」への恐怖感を煽り立てて否定しようと躍起になっている(The unhinged GOP defense of Trump is the real ‘test’ for our democracy; Washington Post; March 31, 2023)。そうした陰謀論はリンドバーグ的な孤立主義に向かいやすいので、2024年大統領選挙にも鑑みてMAGAリパブリカンがどれだけウクライナ支援のための外交努力の足を引っ張るか注意を怠ってはならない。

西側のウクライナ支援に懐疑的な者には、実際には米国内の極右や極左と連動している似非リアリストも含めてミアシャイマー氏を多大に崇め奉る傾向があるようだ。しかしアメリカは自由の国なので、意見は多様である。アメリカのウクライナ政策を理解するうえで重要なことは党派を超えて多様な意見に触れながらも、それは高度にプロフェッショナルなものに集中すべきである。私がとり上げた論客の選択には党派的偏向性が一切ない。ロバート・ケーガン氏は両党の大統領候補たちの外交政策顧問であった。マイケル・マクフォール氏はオバマ政権の駐露大使で、現在はスタンフォード大学にある保守派のフーバー研究所で上級フェローである。また「コンバット・プルーブン」な意見と分析にも注目すべきである。本稿はそうした経歴の退役将官数名に言及したが、その中でもデービッド・ペトレイアス氏は戦場で多に並ぶ者がいないほどの功績を挙げた。そして学者としても高い評価を受け、プリンストン大学より軍事戦略の研究で博士号を取得している。ペトレイアス氏は本年10月にはイギリスの歴史学者アンドリュー・ロバーツ氏との共著、"Conflict: The Evolution of Warfare from 1945 to Ukraine"を出版する予定である。何よりも元大将はバイデン政権に対して是々非々である。

ジョン・ミアシャイマー氏はビッグ・ネームではあろうが、アメリカの外交政策を注意深く観測するためにも、彼の名声を頼りに「憧れるのは止めましょう」と言いたい。我々は彼の意見や分析がどれほどアメリカの政策形成者達や国民を代表するものなのかを考え直すべきである。最も重要なことは、アメリカのウクライナ戦略を見通すうえでもっと多くの専門家もメディア関係者も「コンバット・プルーブン」な視点を重視すべきではないかと言いたい。これは戦争で、ロシアとウクライナあるいはロシアと欧米の間で停戦に向けた外交交渉が直ちに行なわれる見通しはないのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2023年3月16日

犯罪人ウラジーミル・プーチンとゼレンスキー大統領の違いをしっかり認識せよ!

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この度のロシアによるウクライナ侵攻に関して、日本国内にはプーチン、ゼレンスキー両者の争いに関して片方を贔屓せずに、日本の国益を慎重に判断せよとの意見が散見する。中には今回の侵攻に関して陰謀論めいた見解を述べ、ウクライナ側に対する疑念を抱かせるような誘導言論も見られる。これら一見冷静沈着なリアリストに聞こえる主張では、重要な点が見落とされている。それはプーチン政権がウクライナの戦場で数多くの犯罪を重ねているだけでなく、今回の戦争以前から欧米諸国への選挙介入など他国の民主主義への破壊行為を繰り返してきたことである。いわばプーチン氏は世界有数の犯罪人であるが、ゼレンスキー氏はこれらの悪事に全く関わっていないことを忘れてはならない。

 

まずロシアのプーチン政権がどれほどの悪質なのかを議論するために、基本的な事項を再確認しておこう。この度の戦争では、ロシア軍の侵攻が「力による一歩的な領土変更、他国の主権侵害」の禁止という国際秩序の基本原則を踏み躙るものである。国家間の関係もさることながら、ロシアが動員した正規軍および非正規戦闘部隊はウクライナ国民の個人に対しても殺人犯、レイプ犯、窃盗犯、強盗犯、誘拐犯、放火犯、公共物損壊犯、捕虜虐待などなどを繰り返している。またこの度の戦争以前にロシアが欧米諸国に対して執拗に行なった選挙介入は極右ポピュリズムの高揚による民主主義の分断を企図したもので、これはG7カービスベイの共同宣言で非難された。事もあろうにプーチン政権は西側民主主義の弱体化という目的達成のためには、白人キリスト教ナショナリストという欧米社会での反社会的集団とさえ手を組んだことを忘れてはならない。これは日本にとって対岸の火事ではない。来年には台湾で大統領選挙があるが、この国と共通の民族的、文化的背景を持つ中国はロシアよりさらに巧妙な手口で介入する恐れがある。

 

またプーチン政権は国内でも反対派の政治家や言論人などを数多く暗殺ないし投獄してきた。他方でウクライナのゼレンスキー政権は欧米からの要望で国内統治の改善途上ながら、上記のような酷い悪事にはほぼ関わっていない。それにも増して、プーチン政権にとってウクライナ侵攻は「ロシア帝国復活」という野望実現への序の口である。よって現状で直ちに停戦し、ドンバスやクリミアの所属をめぐって双方が妥協しても意味はない。そして忘れてはならないことは、プーチン氏のような犯罪人は一度でも犯罪行為によって自分が欲しいものを奪い取ると、その後はさらに犯罪行為を重ねる怖れがあるということである。

 

ウクライナとロシアの戦争で不偏不党を装うためにヴォロディミル・ゼレンスキー大統領への懐疑論を声高に叫べば、実質的にウラジーミル・プーチン擁護になりがちである。こうした主張をする者の全てがそうだとはいわないが、彼らの中にはMAGAリパブリカンのような極右が掲げる陰謀論の片棒担ぎをしようとするイデオロギー的背景を持つ者も少なからずいる。日本では幸福の科学の関係者にトランプ極右ポピュリズムに便乗し、民主主義の混乱に乗じて自分達の政治的影響力を拡大しようとする者もいる。また統一教会絡みの日本人にもウクライナを冷笑し、トランプ極右ポピュリズムに便乗を企む者もいる。彼らや欧米の極右に共通する思考は多国間協調と国際的なルールと規範に基づくリベラル世界秩序は「大きな政府」だという勝手な嫌悪感で、それが結果的には犯罪人ウラジーミル・プーチンへの肩入れとなっている。また財政的観点から対ウクライナ支援拡大への懸念も理解できないわけではないが、そうした考え方に極右のイデオロギー的問題児が便乗する事態の方が国際社会全体に甚大な害悪をもたらす。

 

またロシアによるウクライナ侵攻に関するグローバル・サウスの態度については地政学から語られがちだが、ここでもイデオロギー的な問題は無視できない。周知のようにインドのモディ政権は「田舎臭い」ヒンドゥー・ナショナリズムを掲げている。ナレンドラ・モディ首相はグジャラート州首相時代に2002年グジャラート暴動では、ヒンドゥー教徒にイスラム教徒への暴力的をけしかけている。それはプーチン氏並みの力治政治であり、またドナルド・トランプ前米大統領やブラジルのジャイール・ボルソナロ前大統領並みの暴力触発でもある。実際にヒューマンライツ・ウォッチでアジア部長のエレイン・ピアソン氏は昨年9月に、モディ政権のインドが「世界最大の民主主義国」としてクォッドに加わることに疑問を呈している(”Do we give India a free pass on human rights?; Human Rights Watch; September 9, 2022)。モディ氏はグジャラート州首相時代には、2002年の暴動に乗じたレイプや殺人などで終身刑判決を受けた犯罪者を一月ほどで釈放した。連邦首相としては自政権に批判的な言論人の逮捕を繰り返している。また2019年には市民権改正法によって、自国からのイスラム教徒の排除を目論んでいる。さらに学校教科書からムガール朝時代の記述を大幅に削減するという、歴史の書き換えまで行なっている(”School Social Science Textbook Revisions in India Kick Up Controversy”; Diplomat; July 27, 2022)。このような統治を行なう政権だから、ロシア軍がウクライナで行なっている非人道的行為に寛容にもなると見做せる。南アフリカのラマポーザ政権も、これまたブラック・アフリカの極左並みに「田舎臭い」時代遅れの反欧米植民地主義に影響された世界観に基づいてロシアの犯罪行為に甘い態度を示している。

 

当然ながら、現時点では対露忖度に走る上記の国々を無用に刺激しないことが得策ではある。度重なる国連安保理決議でも、ロシアのウクライナ侵攻への非難決議に反対票を投じるのは国際社会から孤立した国ばかりである。グローバル・サウスの主要国は棄権に留まっている。去る3月3日にニューデリーで行われたクォッド外相会議 では、インドへの配慮からロシアを名指しせず「核使用拒絶」の共同宣言となったことは致し方ない。グローバル・サウスとの国家間関係では相手を敵方に追いやらぬ注意が必要ではあるが、一方でより長期的にはそうした国々の中でも我々と「話が通じる」集団との関係構築も、政府間関係の調整と並行して行なうことを考えておくべきである。

 

まずインドについて言えば、この国の地政学的立場がイデオロギーによって大きく変わることはないかも知れない。しかしモディ政権下のヒンドゥー・ナショナリズムに批判的なグローバリストや都市部知識人階層ならば、グローバル・スタンダードに基づいた犯罪人ウラジーミル・プーチンに対する非難をより理解できるだろう。またゴアのキリスト教徒やタタ財閥を輩出したパールシー(ササン朝ペルシア滅亡時、イスラム教徒の征服より故国を逃れたゾロアスター教徒の子孫)のように、植民地時代から西欧文明と親和性が高かった宗教的マイノリティもいる。地方政治家出身のポピュリストであるモディ現首相と違い、シーク教徒でナショナリスト傾向は弱く、しかもケンブリッジ大学の最優等学士号とオックスフォード大学の博士号も取得しているマンモハン・シン前首相のような人物であれば、もっとグローバル・スタンダードに沿った思考もできるであろう。

 

南アフリカでも白人リベラル派を基盤とする民主同盟であれば、ブラック・アフリカの極左のような被害者意識のイデオロギーとは無縁である。こちらは都市部のアングロサクソン系で高学歴層という支持基盤である。同じ白人でもアパルトヘイト時代の与党であった旧国民党の支持基盤は農村保守派のアフリカーナを中核とした土着志向の強い人達で、まるでアメリカのMAGAリパブリカンさながらであった。ともかく、グローバル・サウスについては時の政権ばかりを相手にしても埒が明かない。

 

非常に興味深いことに、ロシア軍の犯罪行為を容認するイデオロギーとそうした政治家のパーソナリティにも相関関係が見られるようだ。親プーチンで力治政治の極右ポピュリスト達は、権威主義傾向が強い。プーチン氏の筋肉誇示はよく知られているが、モディ氏も自らの胸囲が127cmだと自慢している(”PM Narendra Modi’s chest now said to measure 50 inches”; Times of India;  January 21, 2016)。一時はトランプ政権の国務長官候補にも挙がった親露極右のダナ・ローラバッカー元下院議員は プーチン氏との腕相撲を自慢している(”Rohrabacher-Putin in an arms race”;  Politico;  September 13, 2013)。これに対しカナダのジャスティン・トルードー首相も非常に身体頑健ではあるが、民主的な政治家は彼らのように押しつけがましい力自慢をしないものだ。誇るべき肉体のないドナルド・トランプ前米大統領やイタリアのシルヴィオ・ベルルスコーニ元首相は下品でミソジニストな言動で「男らしさ、強さ」をアピールしている。さて、そうした威圧的言動が少なくなったフランス国民連合のマリーヌ・ルペン氏は中道化のイメージを押し出しているが、トルコのレジェップ・エルドアン大統領のように穏健な姿勢の裏で再び右傾化する可能性も否定できないので依然として要注意である。

 

この度のロシア軍によるウクライナ侵攻について、自らをリアリストだと印象付けようとする者達は国際政治における道徳と倫理を軽視しがちであり、しかもそうした冷血な視点こそ最も公正で冷静沈着だと思い込んでいる。そのような「ハーベイロードの前提」では、国際安全保障においては致命的に危険である。1991年の湾岸戦争において、国際社会はほぼ一致してクウェートに侵攻して破壊と凌辱を繰り返したサダム・フセインの犯罪に懲罰を加えた。そのことを思い出せば「犯罪人ウラジーミル・プーチンとヴォロディミル・ゼレンスキー大統領のどちらにも肩入れせず」という立場では、実質的にロシアの新帝国主義者ばかりか全世界の極右、極左、それにカルト宗教絡みといった、イデオロギー的にきわめて問題のある人達の味方をしていると言っても過言ではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2023年2月28日

昨年末の日中対話「日中50年の関係から読み解く次の50年」に参加して

Japan-china

 

 

昨年1222日に開催された日本国際フォーラムの日中対話「日中50年の関係から読み解く次の50年」の公開ウェビナーでは中国に関して意外な事柄を知るとともに、発表内容を通じて様々な疑問も浮かんできた。そうした事柄について述べてみたい。

 

まず質疑応答にて日中関係の深化にはやはり中国の人権問題での必要ではないかと私は質問したが、これには中国側のパネリストより世界には様々な価値観があるので中国にも独自の完治感があるとの返答だった。まるでイスラエルの右翼系歴史学者ヨラム・ハゾニー氏のナショナリスト民主主義、あるいはロシアのウラジスラフ・スルコフ元大統領補佐官の主権民主主義を思い起こさせる返答には、どうやら一般的な抽象論では双方の見解の相違を容易に埋められないように思われた。

 

人権に関してはむしろ日中間でのより具体的な問題を質問すべきだっただろう。それは日中交流を学界や実業界など民間で進めようにも、まず日本人およびその他外国人が中国で身の安全が確保できるかということである。実際に中国との政治的関係が悪化した国の国民は、しばしば罪状不明で身柄を拘束されてしまう。尖閣領土紛争での日本企業の駐在員や、フアウェイ・スパイ事件でのカナダ人人権活動家らの逮捕がそれに当たる。このような環境で、日中の安全な人的交流促進が望めるとは思えない。やはり人身の安全 となると、これはアメリカの価値観だとか中国の価値観だとかいった問題を超越した重要な問題と思われる。

 

彼らのように中国当局から突然身柄を拘束された者の多くは日本政府やアメリカ政府、あるいはその他の国の政府のために働いているわけではない。ただ民間の立場で企業活動や国際交流に従事している者ばかりである。そして本来なら日本国内で日中親善の世論形成に関わり、靖国右翼をはじめとするチャイナ・ホーク達に対抗できたかも知れない人々である。あろうことか中国当局は彼らに必要もなく辛い目に遭わせ、わざわざ反中感情を醸成しているのだ。この件に関してはアメリカの影響はほとんど関係なく、純粋に日中二国間の問題である。「人権」という抽象概念でなく、こうした具体的な問題で私が質問をしていれば中国側パネリストの反応も違っていたかも知れない。

 

このウェビナーで私が驚いたことは、中国側からの安倍政権礼賛である。故安倍晋三首相と言えば国際社会に対して対中防衛の必要性を強く訴え、日本国内のチャイナ・ホークから絶大な人気を誇る存在である。だが中国側の議論を聴くと安倍外交には別の一面があったことを思い知らされる。確かに安倍氏には祖父の岸信介首相の影響を受けて「日本を取り戻す」と叫ぶナショナリストの側面と、西側民主主義諸国との戦略的パートナーシップを重視する国際協調派の二面性があった。そして安倍氏の「戦前懐古志向」は対中強硬一点張りではなく、アジアとの友好関係重視でもあった。そう考えると中国側の安倍氏礼賛も納得できる。

 

その一方で中国の識者達が日本の政治や外交を論ずる際に、どうも無意識に属人的な観点に立っていないかという疑問が浮かび上がってきた。先のウェビナーでは安倍政権下での日中関係進展に対し、菅および岸田政権下では両国の関係で緊張が高まったというコメントが中国側より相次いだ。しかしこれは時の首相個人の性向ではなく、国際環境の変化によるものではないか?そもそも菅義偉前首相も岸田文雄現首相も安倍レガシーの継承者である。さらに言えば岸田氏は安倍氏よりリベラルな世界観の持ち主で、「日本を取り戻す」などという「戦前懐古志向」、さらに言えば戦後レジーム・チェンジに対して若干の「プーチン的怨念」を匂わせるような発言はほとんどしていない。本来なら岸田政権の方が安倍政権よりも日中関係を発展させられる可能性がある。それが実際には両国の関係は悪化している。そうなると習近平政権下の中国外交が国際環境にどのような影響を与えているか、再検討する必要があると思われる。

 

何よりも日本は人治国家ではない。歴史的に見ても、日本では天皇に代わって国家統治に当たった関白や将軍さえ「君臨すれども統治せず」となってしまった。これは中華皇帝が絶大な権力を揮った国とは全く違うのだ。然るに中国人が一般的に日本の政治および外交を属人的に考える傾向があるのではないかと思われる言動は、今回のウェビナーに限らず見られる。その典型的な例は田中角栄および福田赳夫両首相(当時)による日中国交正常化および日中平和友好条約締結に対し、多くの中国人がしばしば示す感謝の意である。こうした例は他の国々ではほとんど見られない。アメリカ人がサンフランシスコ平和条約によって吉田茂首相(当時)に大々的な謝意を示すことはほとんどない。ロシア人も日ソ共同宣言に基づく国交回復によって鳩山一郎首相(当時)に謝意を示したりしない。アジアでも韓国人が日韓基本条約による国交正常化で佐藤栄作首相(当時)に謝意を表明したりしない。これらに鑑みれば、中国人が日本の指導者達から受けた恩と功績に対して示す仰々しくも映る謝意は、中華文明の伝統に基づく美しき礼節なのかも知れない。もしそうであるなら、日本側としてもそうした文化的伝統には敬意を払うべきだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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«日本はウクライナとの首脳会談で、どのように存在感を示せるか?

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