2018年10月 8日

書評:デービッド・フラム著“Trumpocracy”

トランプ政権はあまりに多くのスキャンダルと情報漏洩に見られるように、混乱しきっている。暴露本も数点が出版されて国民の関心を大いに寄せている。多くの人々の間ではトランプ氏のゴシップと特異な性格が話題になっているが、それはアメリカ政治の現状を理解するうえではそれほど役立たない。ドナルド・トランプ氏は毎日のように、悪臭が漂うかのように低俗な言動でアメリカ国内および全世界の人々に不快感を与えている。きわめて多くの有権者が、なぜ10代の反抗期の子のようにトランプ氏の反グローバル主義および反主知主義に惹きつけられたのかを理解することは難しい。正統派の政治経済学への反抗など破滅的な結末となることは明らかである。にもかかわらず、トランプ氏には彼に賭けてみようという強固な支持基盤がある。トランプ氏を支持するアメリカ国外のオピニオン・リーダー達は、トランプ氏に大きな期待をかけて激動の時代にある自分達の国の運営を委ねた無数のアメリカの有権者に対してもっと敬意を払う必要があると主張する。しかし我々はトランプ氏の無礼、無知、腐敗、そしてリーダーシップのスタイルがもたらす政治的な影響を批判的に見つめねばならない。

本書著者のデービッド・フラム氏はジョージ・W・ブッシュ元大統領の政権下でスピーチ・ライターを務め、現在は『アトランチック』誌の上級編集員である。フラム氏は保守派の論客として名高く、よって本書でのトランプ政権批判はリベラル派のプロパガンダではない。我々は多くの保守派知識人が「トランプの党」から去っていったことを銘記する必要がある。だからこそ彼の分析には非常に価値がある。『Trumpocracy』ではトランプ氏の政治における力の議論が中心で彼の性格は主要な問題ではない。すなわち、どのようにして力を獲得し、それがどのように使われたか、そしてそうした力の濫用がなぜ効果的に抑制されなかったのかということである。また本書ではトランプ氏自身についてよりも、彼の台頭をもたらして支持をしている有権者の方に重点を置いている。こうしたアプローチは政治学の基本に立ち返るものである。


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まずトランプ氏の台頭をもたらした前提条件を理解することが必要である。冷戦終結直後には敵対勢力も消滅したので、重要な政策課題は国家安全保障から当時の低成長や2008年の金融危機といった国内経済に移っていった。その結果、国内でのイデオロギー、文化、階級による対立が激化した。グラスルーツの心理がこのようになると、オバマ氏の出生疑惑のようなフェイク・ニュースの影響力が増してきた。トランプ氏はこの機を捉えた。フラム氏はトランプ氏が2016年に急浮上したわけではないと指摘する。2012年の共和党大統領候補指名争奪戦では、トランプ氏は4月には首位に躍り出た。彼はオバマ氏の出生疑惑にまつわる陰謀を訴えてグラスルーツの怒りを利用した。これは2016年の選挙運動でトランプ氏が行なったえげつない情報歪曲による対立候補への激しい誹謗中傷の原型であった。こうした観点からすれば、専門家達はトランプ氏が全世界の自由民主主義に与えた脅威を過小評価していた。

議論の前提を示したフラム氏は、トランプ氏がどのようにして力を獲得し、誰が彼を支援したかについて議論を進めている。まずトランプ氏の共和党予備選挙での台頭をもたらした人々、すなわちコア支持層がいる。彼らの怒りと苦悩こそトランプ氏を共和党予備選で最前線に押し上げた。グラスルーツ保守はトランプ氏に多大に魅了されるあまりイデオロギー的な一貫性など気にしていないが、グローバル化による文化的および経済的な不安定感に不満を募らせていた。そうした敗者意識に加えて、彼らは「情報ゲットー」にいるためにトランプ氏のプロパガンダに容易に乗せられてしまう。きわめて対照的なことに、こうした共和党支持層はテッド・クルーズ候補やマルコ・ルビオ候補が唱える「新しきアメリカの世紀」などに全く共感しなかった。トランプ氏の勢いが強まると、共和党でもそれまで彼への支持を躊躇してきた者も、ヒラリー・クリントン氏に対抗するにはトランプ氏しかいないと自らに言い聞かせるようになった。そうした宥和勢力は、ISISの台頭はクリントン氏の責任だなどのようにトランプ氏の対立候補に関するフェイク・ニュースの拡散に積極的に手を貸した。非常に興味深いことに、反エリート意識が労働者階級の女性をクリントン氏への投票を妨げた。こうした女性達にとってクリントン氏が掲げるジェンダーの平等などホワイトカラーに限られたものであって、自分達には全く関係ないのである。ティー・パーティーに典型的に見られるグラスルーツ保守は市場原理主義に固執しないが、民主党のようなポリティカル・コレクトネスに基づいて優先される福祉支援には反対している。いわば、トランプ氏の支持基盤は部族主義傾向が強く、社会的多様性には強く反対している。

上記の政治的メカニズムに加えて、本書ではトランプ氏がどのようにして汚い手を使って保守系メディアを自分のプロパガンダのための拠点に作り変えていったかにも分析のメスを入れている。非常に興味深いことに、今ではトランプ氏お気に入りメディアの一つとなっているフォックス・ニュースは、予備選初期には強固な反トランプ派であった。中でもメーガン・ケリー氏はメキシコがアメリカに犯罪者を送り込んでいるというトランプ氏の主張に疑問を呈した。非常に驚くべきことに、トランプ氏はCNNとのインタビューでケリー氏について不満を述べ続けた。当時は両局の立場は逆だったのだ。例によってトランプ氏はゴシップ漏洩による中傷という手段でケリー氏に報復を行なった。その結果、オルタナ右翼のタッカー・カールソン氏がケリー氏に代わってアンカーマンに就任した。我々がトランプ氏による保守系メディアへのハイジャックを注視すべき理由は、これが彼の行なったマフィア的なやり方での共和党征服の先駆けだからである。フラム氏はトランプ氏が恐怖と不安を利用して共和党を支配したのは、彼の常套手段だと指摘する。トランプ氏は不人気ではあるが、党内で彼に対抗する立場にあるポール・ライアン氏も教条主義的な財政規律重視で不人気である。このことが逆にトランプ氏が議会共和党より力を持つようにさせている。特に下院共和党は中間選挙後に自分達が多数派の地位を失う前に、トランプ氏に自分達の法案への署名を得ようと必死である。そうした懸念に駆られた彼らはロシア捜査からセクハラ騒動にいたるまで問題が噴出すると、トランプ氏の支持基盤と同等に彼を忠実に擁護しようとしている。

フラム氏が本書で統治の性質も重要な問題に挙げている。予備選期間中には共和党内の対立候補達はトランプ氏をラテン・アメリカのカウディーヨになぞらえた。トランプ氏の事業が不透明性で悪名高いことは、税務申告の情報が開示されていないことに見られる通りである。さらにトランプ氏はマール・ア・ラーゴなどにある自分のゴルフ・コースへの旅費に公費を使用しているばかりか、公的選挙資金から自らの情事の相手となった女性に口止め料を支払った。国民が道徳と社会規範の遵守を絶対的視している限り、政治家の行動もそれに従うことになる。しかし国民が政治家による非倫理的な行為を許容すれば腐敗は国中に蔓延し、彼らは自分達の間違った行為が許されるものと思い込み、やがては全ての国民が専制政治とクレプトクラシーを受け容れるようになってしまう。フラム氏はさらに、こうした要因がトランプ氏の政権スタッフへの態度にどのように暗い影を投げかけているかについても議論を進めている。トランプ氏は自分のスタッフを支配するために忠誠と追従を要求するが、その見返りは与えない。そして気に入らなければスタッフをすぐに解雇してしまうことでも悪名高い。よってこの政権に崇高な使命感をもって参加しようものなら究極的には裏切られることはエリオット・コーエン氏が政権移行期に述べた通りで、それはトランプ氏の突発的な発言への言い訳を余儀なくされるようになるからである。それが典型的に表れているのが2017年5月のNATO首脳会議でトランプ氏が第5条でアメリカに科せられた義務を軽視する発言をした時で、H・R・マクマスター国家安全保障担当補佐官は大統領はそのような発言はしなかったと弁明せざるを得なかった。

トランプ氏の支持層と現政権が抱える苛烈な性質は、保守の方が道徳観念を重視する一方でリベラルの方がLGBTのような社会的異端派に寛容だという私の先入観を覆した。フラム氏はさらに、不正な選挙制度によってこうした問題点が強まったと言う。ヒラリー・クリントン氏が黒人有権者の支持の支持を得られなかったと指摘されることが頻繁である。実際に共和党は2012年中間選挙で収めた連邦および地方レベルでの勝利を悪用したことに本書では触れている。彼らは期日前投票の制限など新しい選挙ルールを作り、マイノリティーの投票を妨げた。その結果、2016年には黒人の投票率は下がった。選挙期間中にトランプ氏は自分にとって不利なことは全て「不正」だと非難した。しかし実際にはアメリカの政治システムはトランプ氏の支持基盤に対して極端で怪しげなほどに有利に働いている。共和党はバラク・オバマ前大統領に相次いで負け続けたトラウマが酷く、ホワイトハウスの奪還には手段を選ぶ余裕がなかったように思えてくる。

本書は現在のアメリカの陰鬱な政治的光景を詳述し分析している。さらに深刻なことに、フラム氏はトランプ氏の「ディープ・ステート」に対する反感が逆に民主的な統治を疎外してしまうと論評している。トランプ氏の就任以来、アメリカ国内および国外の政治アナリスト達は政権内の大人によるトランプ氏へのコントロールについて語っている。また、アメリカの政策専門家達はトランプ氏が何もかも覆そうとするなら、政府官僚機構、軍事組織、情報機関など連邦政府機関がトランプ氏を全力で阻止するだろうと主張する。実際に国家安全保障のエスタブリッシュメントはロシアのウラジーミル・プーチン大統領とのヘルシンキ首脳会談においてトランプ氏がアメリカの情報機関よりもプーチン氏を信頼するだのマイケル・マクフォール元大使をロシアの情報機関の尋問に引き渡すだのといったあきれるばかりの失言をした際に、そうした失言を訂正させた。しかしフラム氏は軍がトランプ氏では大統領に不適格だと見てしまえば、誰にも気づかれずに彼を指揮命令から排除してしまうという重大な懸念を挙げる。さらに、そうした動きによって国家安全保障関係の機関は大統領が誰であってもコントロール不能になりかねず、将来に民主党の大統領が選ばれても同様に疎外されかねないという不安も述べている。

私には上記のような事態は1930年代の日本で国民が大正デモクラシーへの信頼を失い、相次ぐクーデター未遂事件が起きて軍部の台頭をもたらした時局とそっくりに思える。現在のアメリカでは事態はそこまで絶望的なのだろうか?フラム氏によれば希望はあるということだ。トランプ現象はグローバル化による社会的不平等と大衆の怒りというエリート達が見過ごしてきた問題に光りを当てている。しかし彼の虚言政治は全米での抵抗の直面している。またトランプ氏とロシアの緊密な関係によって左側の政治勢力が覚醒し、国家安全保障への問題意識が高まっている。最後に、トランプ氏の中傷政治にどのように対処すべきかについてフラム氏の助言について述べたい。『ポリティコ』誌がカリフォルニア州パサデナで開催した会議に参加したフラム氏に対し、あるパネリストが「ソフト路線ではトランプ氏を止めることはできない。彼を止めたければ、我々は彼の手法を模倣しなければならない」と発言した。フラム氏はそれに対して「しかしトランプ氏の手法を模倣しても彼を止めることはできない。貴方が彼に取って代わるだけだ」と応じた。まさにフラム氏の言う通りなのだが、それを行なうことはきわめて難しいのは、腐敗臭が漂うように低俗なトランプ氏を前にすると怒りの感情が込み上げてくるからである。我々には忍耐と理性が必要になる。本書は無数の政治的なやり取りが詳細に述べられているので、読者を圧倒する。『Trumpocracy』ではフラム氏による冷静で説得力のある分析がなされているので、私は本書をトランプ政治の教科書として強く推奨したい。

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2018年8月 8日

ヘルシンキでのトランプ大統領によるプーチン大統領への危険な宥和

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自信に満ちたプーチン大統領と不安そうなトランプ大統領


ドナルド・トランプ大統領の選挙チームが2016年の大統領選挙でクレムリンとの共謀が疑われていることもあって、ヘルシンキ首脳会談についてアメリカの外交政策の論客達と情報関係者が重大な懸念を抱いていたが、それは正しかったことが明らかになった。当初の予想通り、トランプ氏はロシアのウラジーミル・プーチン大統領との共同記者会見においてメディアと安全保障の専門家達からの批判の渦を巻き起こした。この共同声明の全文書き下しを見ての通り、両首脳はクリミアやシリアといった重要な問題について詳細には語らずにこれらの問題をめぐる相互の見解の相違を述べただけだった(“Read the full transcript of the Helsinki press conference”; Vox; July 17, 2018)。そのためトランプ氏がプーチン政権によるクリミア併合を認めたのか、またシリアをロシアに委ねるのかは不明である。ともかくトランプ氏にはクリミア併合の合法性、およびシリア難民の人道的処遇についてプーチン氏に強く要求を押し出す意図などなかったものと理解されている(“Putin didn’t have to push the Kremlin’s narrative. Trump did it for him.”; Brookings Institution; July 20, 2018)。そうした中でトランプ氏はロシアは選挙に介入しなかったとプーチン氏が言うのでそれを信じると発言したので、あまりに安易に相手の言い分を受け入れる態度に批判が紛糾した。トランプ氏はアメリカの情報機関よりもプーチン氏を信頼すると言ったばかりか、ミュラー捜査で12人のロシア人スパイへの取り調べをさせる見返りにクレムリンが不都合と見なすアメリカ人および同盟国民に対する尋問をロシアの情報機関に認めるとまで言明した(“Trump Says He Lay Down the Law in His Latest Account of His Meeting With Putin”; New York Times; July 18, 2018)。

プーチン氏がトランプ氏にロシア当局による尋問を要求した人物には、クレムリンが反プーチン的な外交活動をしていたとするマイケル・マクフォール元駐露大使、元MI6工作員でトランプ文書でトランプ氏のロシアとの緊密な関係と不名誉な行状について記したクリストファー・スティール氏、ロンドン在住のビジネスマンでロシアから15億ドルを違法に持ち出してヒラリー・クリントン氏の選挙運動に4億ドルの献金を行なったとしてプーチン政権から指名手配を受けているビル・ブラウダー氏らの名が挙がっている。非常に重要なことに、ブラウダー氏はロシアの人権侵害に対する制裁を科す目的のマグニツキー法の成立のためのロビー活動を行なっていた(“White House says Trump to discuss allowing Russia to question US citizens”; Hill; July 18, 2018)。プーチン氏の要求に応じてアメリカおよび同盟国の国民の身柄を引き渡すなら、トランプ氏が固執する国家主権とは明らかに矛盾する。特にマクフォール元大使への取り調べというプーチン大統領の要求は言語道断で、しかもアメリカが国際刑事裁判所から距離を置いているのは自国の外交官を敵国から守るためである(Twitter; Richard Haass; July 19, 2018)。さらに重要なことにトランプ氏がプーチン氏との間で成した無分別なディールは、ウィーン外交関係条約の外交特権の侵害になる。トランプ氏はマクフォール氏のようなオバマ政権の高官、そしてスティール氏やブウラダー氏のように彼に不利な行動をとった者への個人的な復讐のためには、アメリカの主権などプーチン氏に切り渡してしまうように見受けられる。トランプ氏はロシアとの和解によって有権者の間で自身の人気が高まると思っていたが、逆に議会から超党派の激しい批判を浴び、政権内からもマイク・ペンス副大統領、ジョン・ボルトン国家安全保障担当補佐官、ジョン・ケリー大統領首席補佐官らホワイトハウスの陣営の加えてジェームズ・マティス国防長官とマイク・ポンペオ国務長官がトランプ氏とプーチン氏の間のディールに危機感を唱えた(“Pence, Bolton, Kelly confronted Trump in Oval Office about Russia comments”; Chicago Tribune; July 21, 2018)。

実際に外交政策の識者達はリベラルだろうが保守だろうか、トランプ氏とプーチン氏の和解には失望している。アメリカ政治へのロシアの介入にこだわっているのはリベラルの人達で、それはトランプ氏を貶めるためだという見方は全くの間違いである。現在の共和党はもはやレーガンやリンカーンではなく「プーチンの党」とまで言われるほどナショナリストで孤立主義になってしまったが、責任ある識者達はグラスルーツ保守の間で広まるそのように視野の狭い党派主義には染まっていない。アトランテック・ジャーナル誌のジェームズ・ファローズ氏は大統領がロシアの国益を優先する有り様に衝撃を受け、共和党支持者は党に忠誠を誓うのか国家に忠誠を誓うのかと問いかけている(“This Is the Moment of Truth for Republicans”; Atlantic; July 18, 2018)。ブッシュ政権のスピーチライターを務めたデービッド・フラム氏は、アメリカ政府はプーチン大統領とのディールについて何か聞いているのか、そのようなディールが存在するならトランプ氏はその意味が本当に分かっているのかという深刻な懸念を表明している(“The Worst Security Risk in U.S. History”; Atlantic; July 19, 2018)。マックス・ブート氏はさらに辛辣で、トランプ氏がプーチン氏と成したディールはアメリカ国民に対する敵対行為であり、彼の許し難い国家反逆をとりあげたことはメディアの大きな手柄だとまで述べている(“We just watched a U.S. president acting on behalf of a hostile power”; Washington Post; July 16, 2018)。自らを保守と見なす有権者の多くがトランプ氏を夢中で支持する有り様は非常に嘆かわしい。フォックス・ニュースによると共和党支持層の88%がトランプ大統領の職績を肯定的に評価している(Twitter; Fox News; July 24)。プーチン大統領がトランプ氏にロシア政府による捜査を認めるようにと要請したマクフォール氏とブラウダー氏はインタビューで、そうした過剰な要求はクレムリンがマグニツキー法にどれだけ戦慄しているかを示すものだと答えている(“Deeply disappointed”: Michael McFaul opens up about threat of being turned over to Putin by Trump”; Salon; July 20, 2018)。トランプ氏がそうした背景と外交的なやり取りの基本を理解しているか否かはともかく、彼はオバマ政権期の成果の破棄とミュラー捜査への直接的あるいは間接的な協力者への報復しか考えていないように思われる。

何よりも、トランプ氏が通訳以外に誰も同伴させずにプーチン氏と会談したことは非常に奇妙である。太ってたるんだ肉体の不動産屋上がりなど、筋肉質で引き締まった肉体の旧KGBエリートにはとても敵わぬことはホモ・サピエンスの常識である。チーム・アメリカになってはじめてチーム・ロシアと同等あるいはそれ以上に渡り合うことができるのである。それではトランプ氏がプーチン氏と一対一の会談を望んだのはなぜだろうか?外交問題評議会のリチャード・ハース会長は、こうした交渉スタイルはトランプ氏のビジネスマンとしての経験に由来すると述べている。トランプ氏は外交においても個人的な関係を重視している。官僚が準備した会談よりもトランプ氏が臨機応変の会談を好む理由は、相手方とより自由に議題を設定できるからである。しかし合意について公式の文書のない会談では何をすべきという義務も定義されないので、最終的にはディールの実施をめぐって相互不信になりかねない。双方が何かで見解の相違にいたった時にはディールの内容を読み直す手段がない。トランプ氏はそうした危険を軽視しているので、プーチン氏やキム氏など奸智に長けた独裁者のカモになりかねない(“Summing up the Trump Summits”; Project Syndicate; July 25, 2018)。またトランプ氏はロシアとの共謀が疑われていることから、さらなる考察が必要である。ワシントン・ポスト紙およびロンドン・スクール・オブ・エコノミックスのアン・アップルボーム氏はロシアと英米の右翼がケンブリッジ・アナリティカを通じて情報を共有していたと指摘しているが、この会社がクレムリンによる選挙干渉でトランプ氏を支援したことはメディアの注目を集めた。ロシアおよび東ヨーロッパを専門とするアップルボーム氏は、オルタナ右翼のブライトバート・ニュースと緊密な関係にあったこのコンサルティング会社を通じて先に挙げた「悪の枢軸」がどのように形成されたかを説明している。ケンブリッジ・アナリティカはケンブリッジ大学のアレクサンドル・コーガン氏を通じて8700万人のフェイスブック利用者の個人データを違法に入手し、トランプ氏、ブレグジット運動そしてテッド・クルーズ上院議員の選挙運動まで支援した。ロシアのインターネット・リサーチ・エージェンシーはケンブリッジ・アナリティカと共同でトランプ選挙チームと選挙情報を共有し、特定の有権者を標的にしたと疑われている。例を挙げると、トランプ氏の支持者には反移民のメッセージを送って立ち上がるように促し、黒人の有権者には歪曲された情報を送りつけて投票意欲を削いだ。ケンブリッジ社のデータが彼らの違法工作に一役買ったと考えるのは当然である(“Did Putin share stolen election data with Trump?”; Washington Post; July 20, 2018)。

ヘルシンキ首脳会議は、トランプ氏の国家に対する忠誠と外交上のやり取りへの理解不足以上に深刻な問題を露呈している。トランプ政権の発足時にはワシントン政治の観測者達は「政権内の大人」によって大統領の気質や不可測性には対処できると言ってきた。その後、レックス・ティラーソン国務長官とH・R・マクマスター国家安全保障担当補佐官は更迭され、後任にはトランプ氏への忠誠とナショナリスト色の強いマイク・ポンペオ氏とジョン・ボルトン氏がそれぞれ就任した。しかし両人はトランプ大統領との関係が近くとも、プーチン氏とキム氏を相手に彼が行なおうとした準備不足でしかも危険な一対一外交を阻止できなかった。さらにトランプ氏はジェームズ・マティス国防長官をも遠ざけるようになり、軍事問題に関しても自分が主導権を握ろうとしている(“Trump is reportedly turning on Mattis and taking US military matters into his own hands”; Business Insider; July 25, 2018)。またジョン・ケリー首席補佐官自身がトランプ氏の任期終了まで現職に留まるとメディアに語っても、首席補佐官の大統領との緊張関係の噂は絶えない(“John Kelly, Trump’s chief of staff, says he will stay in role through 2020”; PBS; July 31. 2018)。閣僚達が大統領の歯止めとならないなら、プーチン氏との間には公開されていない合意もあるのだろうか?それはきわめて危険である。ドナルド・トランプ氏のコアな支持層はヘルシンキ首脳会談で露呈したきわめて憂慮すべき欠陥など気にもかけないだろうが、こうした問題を追及することは見識ある人々の責務であり、我々も俗悪なポピュリズムに迎合すべきではない。


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2018年7月16日

トランプ・プーチン首脳会談で世界秩序は破壊されるか?

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米露両国の首脳会議では、大国間の競合をめぐる世界の戦略的な光景が特にヨーロッパと中東で変わるとも考えられる。ヘルシンキで7月16日に開催される太った男と筋肉男の首脳会談は、北朝鮮という特定の核の脅威についての交渉に過ぎなかったシンガポールでの太った男と太った男の首脳会談よりもはるかに重要である。さらに、この首脳会談が開催される時期に合わせて12人のロシア人スパイが2016年アメリカ大統領選挙への介入で起訴された("U.S. accuses Russian spies of 2016 election hacking as summit looms" Reuters; July 14, 2018)。ヘルシンキ首脳会談と事前のNATO首脳会議を前に、ドナルド・トランプ大統領はドイツからの米軍撤退ばかりかロシアのクリミア併合承認まで口走って、批判を招いた。これは西側同盟と国際政治での法の支配の完全な否定である。さらにスティーブン・ウォルト氏はNATOとEUがなければヨーロッパは戦前のような国家中心の競合の場となるので、どちらの多国間安全保障機関もアメリカの国防費削減に一役買っていることをトランプ氏は理解していないと指摘する(“The EU and NATO and Trump — Oh My!”; Foreign Policy—Voice; July 2, 2018)。アメリカの安全保障関係筋ではヨーロッパ同盟諸国の不安を鎮めようとあらゆる手を尽くしている(“Withdrawal of U.S. troops from Germany is not being discussed, U.S. ambassador to NATO says”; Washington Post; July 5, 2018 および “Pentagon: White House did not request plan to withdraw Germany troops”; Washington Examiner; June 29, 2018)。クリミアに関してはジョン・ボルトン国家安全保障担当補佐官が7月1日放映のCBSニュース「フェイス・ザ・ネーション」に出演した際に, トランプ氏がプーチン政権による非合法的な強奪を承認しないと確約することができなかった (Twitter; Richard N. Haass; July 2, 2018)。さらに問題となるのは、トランプ氏がスタッフの同伴なしにロシアのウラジーミル・プーチン大統領と会談することである(Twitter; Richard N. Haass; July 4, 2018)。

トランプ氏とプーチン氏は強権的なリーダーシップを好み、同盟を尊重しないという思考様式で共通している(“Trump hopes he and Putin will get along. Russia Experts worry they will”; Washington Post; July 29, 2018)。よって専門家達はトランプ氏が選挙介入とシリアでプーチン氏に宥和姿勢をとるのではという危機感を抱いている。そうした中でトランプ政権はシリア南西部でヨルダンとロシアに支援されたアサド政権の間での停戦を模索している。そうした事情からトランプ氏はロシアとの妥協に余念がないが、アメリカの政府高官はアサド政権が再び化学兵器を使用しないか警戒している(“Trump is kowtowing to the Kremlin again. Why?”; Washington Post; June28, 2018)。アメリカの同盟国の間でもイギリスとウクライナはそれぞれが、ソールズベリ毒攻撃とクリミアおよびドンバスでのクレムリン代理勢力の活動によってロシアと厳しい対立を抱えている。そのため両国ともヘルシンキで致命的なディールが結ばれないかという重大な懸念を抱いている(“First Trump-Putin summit has Cold War backdrop, U.S. allies nervous”; Reuters: June 28, 2018)。最も危険な問題点は、トランプ氏がアメリカ外交にとっての同盟の重要性を評価できないままにプーチン氏と会談することである。ビクトリア・ヌーランド元駐NATO大使は、戦後を通じてアメリカの歴代大統領はヨーロッパ同盟諸国の支持を固めてソ連およびロシアの指導者との会談に臨んだが、トランプ氏はNATOがアメリカの対露外交に多大な力を及ぼしていることを理解していないがためにこうした立場を弱体化させていると論評する。さらにロシア国民はシリアやクリミアでの軍事的な成功によって自分達の愛国心を満足させるよりも、西側の制裁解除による経済の好転を望んでいる。言わばアメリカはロシアとの外交上のやり取りで相手よりも強い立場にある。しかしヌーランド氏はトランプ氏がクリミアや選挙介入の件でロシアとの妥協に傾き過ぎることで、最終的にプーチン大統領の立場を再び強くしてしまうのではないかと深刻な懸念を述べている(“In Two Summits, a Moment of Truth for Trump”; New York Times; July 6, 2018)。

しかし問題がトランプ氏自身より根深いのは、共和党がプーチン大統領が仕かける工作の簡単な餌食に陥ってしまったからである。以前の共和党はクレムリンに対してはより強硬であり、ビル・クリントン政権がボリス・エリツィン政権のロシアをG8に加盟させる決定を下した際には警戒の念をあらわにしていた。しかし現在の共和党が国家安全保障よりも党利党略を優先していることは、ヒラリー・クリントン氏のeメールへのロシアのハッキングの一件に典型的に表れている。このような雰囲気の中で、トランプ氏は外交政策のエスタブリッシュメントが長期的な同盟関係の構築に向けてきた取り組みを無下にあしらい、自分のビジネスの利益のための外交を追求している。それがかれの個人的な勝利のために行なわれるディール志向の外交である(“The Trump-Putin summit in Helsinki”; Economist; July 5, 2018)。そうした共和党の劣化に関してブルッキングス研究所のジェイミー・カーチック氏はさらに分析を進めているが、ここで注目すべきはジェブ・ブッシュ氏やマルコ・ルビオ氏の下であれば彼が共和党の外交政策の一翼を担っていた可能性のある人物だということである。よって「トランプの共和党」についてこれから述べる批判は、間違っても民主党革新派の観点からではない。クリントン氏のeメールの件で最も致命的な問題は、選挙期間中に大多数の共和党政治家はロシアが盗み取ったeメールを入手してクリントン氏への誹謗中傷を行なったことである。見過ごしてならぬことは、マイク・ポンペオ現国務長官もプーチン大統領とウィキリークスが仕掛けたこの誹謗中傷に積極的、しかも事情を承知のうえで関与したということである。共和党の中でもジョン・マケイン氏やマルコ・ルビオ氏などごく一部がプーチン政権の工作への支援を拒絶した。実のところアメリカの保守派の間で親露的な考え方が見られるようになったのはトランプ氏の台頭以前のことで、特に反LGBT運動など社会問題において顕著になっていた。またプーチン氏とトランプ氏の支持層は世界的に広まるミー・トゥー運動を馬鹿にしきっている。ポリティカル・コレクトネスやグローバル化に困惑した今の共和党支持層は、プーチン氏がKGBでの経験を通じて抱くようになった非自由主義的で反西欧的な価値観に惹かれるようになっている。彼らのアメリカ第一主義がプーチン氏の世界観と共鳴するのは、リベラルな世界秩序を下支えするNATOやEUのような多国間安全保障機関に対して彼らが懐疑的だからである。これぞ共和党の政治家や支持層が今や国家よりも党利党略を優先するようになった重要な理由である。「レーガンの党」はこのようにして「プーチンの党」に堕落してしまったのである("How the GOP Became the Party of Putin"; Politico: July 18, 2017)。

最後にヘルシンキ首脳会談がヨーロッパと中東を超えて及ぼすであろう影響について述べたい。中国外務省はこの首脳会談がグローバルな課題を解決するうえで一役買うことを望むと表明した("Trump-Putin Summit: China says meeting should help solve global problems"; CGTN; June 29, 2018)。そうした中でインドはトランプ政権がユーラシアから手を引くようになれば、この大陸全土で自国の影響力を強める新たな好機が訪れると見ているが、ヨーロッパはその結果もたらされる巨大な力の真空を憂慮している("Raja Mandala: Trump, Putin and future of the West"; Indian Express; July 3, 2018)。中国と北朝鮮の脅威増大に直面する日米同盟は、トランプ氏の問題発言はあっても表面上は上手く機能しているように見える。しかし彼の法外な選挙公約が本気であってハッタリでないことは、全世界を相手にした貿易戦争や先のNATO首脳会議での罵詈雑言にも見られる通りである。重要な問題は世界の中でのアメリカの役割と同盟ネットワークについて、トランプ氏が基本的にどのように考えているかである。ヨーロッパでも見られたように、トランプ氏は在韓米軍の撤退を口にして、日本を含む東アジア諸国の間に不安が広がった。それらの失言からは、彼の経営センスに基づく視点からはアメリカの同盟国など負債としか見ていないことがわかる。さらにウクライナでのクリミアおよびドンバスへの侵入、ソールズベリでのロシアの元スパイとイギリス人一般市民に対する毒攻撃、ヨーロッパとアメリカでの選挙介入といったクレムリンの所業に対するトランプ氏の宥和的なアプローチでは、国際政治における法の支配を侵害するプーチン氏の行動に青信号を発したのも同然である。それでは南シナ海での航行の自由作戦へのアメリカの関与にも疑念が生じる。また、ヨシフ・スターリンによる非合法的な北方領土の強奪に対する日本の訴えも土台から揺らいでしまう。トランプ・プーチン首脳会談にはあまりにも多くの懸念材料がある。


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2018年6月29日

マクロン大統領は西側の道徳的普遍性を代表できるか?


本年4月末には日本、フランス、ドイツの最高指導者が次々にホワイトハウスを訪問した。その中でフランスのエマニュエル・マクロン大統領は日本の安倍晋三首相とドイツのアンゲラ・メルケル首相をはるかに上回る強烈な印象をアメリカ国民と国際社会に与えたが、それはマクロン氏がアメリカ連邦議会での演説で、反グローバル化ポピュリズムという背景に対して世界の中でのアメリカのリーダーシップの中核となる価値観を思い起こさせるメッセージを発信したからである。実際にマクロン氏にはメルケル氏のようにトランプ氏と感情的な衝突を抱えることもなかった。また、安倍氏のようにトランプ氏に対してお願い姿勢をとることもなかった。その代わりに西側の民主的価値観と多文化主義は世界の平和と繁栄の礎になると、強く明快に訴えた。それはまるでトランプ氏ではなくマクロン氏が本当の合衆国大統領であるかのようにさえ思わせた。トランプ大統領に対するマクロン氏の対処はバランスのとれたもので、政治ビジョンも未来志向である。しかしマクロン大統領はポピュリズムを背景としたナショナリズムの時代に、地政学的な競合が激化する世界で道徳上のリーダーシップを発揮できるだろうか?

まず始めに米連邦議会での演説について述べたい。マクロン氏はトランプ氏を名指しで批判はしなかったものの、グローバルな課題での政策ではホワイトハウスとは違う立場を鮮明にした。マクロン氏はイラン核合意から気候変動に関するパリ協定にいたる広範囲な問題に言及し、中でもリベラルな世界秩序の礎となる多国間外交におけるアメリカのリーダーシップの役割を強調した。民主党はトランプ氏がグローバル化を受け入れるよう説得してくれることへの期待から、そして共和党はアメリカの軍事作戦でのフランスの貢献に対する敬意からということでマクロン氏の演説は超党派での称賛を受けた(“How Macron distanced himself from Trump’s policies in his address to Congress”; PBS News Hour; April 28,2018)。マクロン氏は以下の手順でアメリカ第一主義に反駁した。その演説の根底となる前提は、西側民主主義諸国が直面するグローバルな課題は非常に重大で複雑なので、孤立主義やナショナリズムはリベラルな世界秩序に致命的な打撃を与えかねないということである。この状態を21世紀の世界秩序に再建するために、マクロン氏は過剰に人間性を喪失したグローバル化を緩和するとともに低炭素経済をさらに推し進め、民主化を促進してゆくべきだと訴えた(“Emmanuel Macron and the Franco-American Ties That Bind”; CFR Blog; April 26, 2018)。言うならば、マクロン氏はアメリカの大統領が誰であれ行なったように、西側の道徳的普遍性を代表して演説を行なった。これはアン・アップルボーム氏らアメリカの知識人達がマクロン氏の演説を絶賛した最大の理由である。トランプ氏を革命記念式典に招待したマクロン氏は、相手の気分を良くしていた。そしてトランプ氏から肩のフケを払われて優位を誇示されても従容と受け入れた。しかし一度演説を始めると、マクロン氏は反グローバル主義、反環境保護、そして 最も重要なことにリンドバーグ的なナショナリズムと孤立主義といったトランプ氏の世界観を明確に否定した。たとえトランプ氏が上手くおだてられてマクロン氏の演説の真意を理解できなくても、それにはヨーロッパとアメリカの双方から称賛が寄せられた。トランプ氏は気候変動からJCPOAや貿易にいたるまでアメリカ第一主義を変えるつもりはないだろうが、マクロン氏はトランプ現象の悪影響から大西洋同盟を救済するためのメッセージを発したのである(“Macron embraces Trump - and then elegantly knifes him in the back”; Washington Post; April 25, 2018)。

しかしマクロン大統領が現在の国際政治でリーダーシップを発揮できる潜在的な余地について適正な評価を下すには、彼の外交政策の方針を理解する必要がある。米議会での演説は多くの者に感銘を与えたが、国際戦略研究所およびジュネーブ安全保障政策研究所のフランソワ・エイスブール会長は、マクロン氏はネオリアリストでドナルド・トランプ氏ばかりかロシアのウラジーミル・プーチン大統領、中国の習近平国家主席、トルコのレジェップ・エルドアン大統領、そしてエジプトのアブデル・エル・シシ大統領に代表される独裁者との取引さえ躊躇しないと見ている。何はともあれトランプ氏はマクロン氏の政治的価値観など気にも留める様子はなく、JCPOAと気候変動について何の譲歩もなしに互いのブロマンスを誇示した。そうした状況でマクロン氏はアメリカとヨーロッパの橋渡し役、特にトランプ氏とメルケル氏の厳しい関係の間を取り持とうとした(“Macron to put 'Trump whisperer' skills to test on state visit”; Guardian; April 23, 2018)。マクロン政権牡外交政策の全体像についてはIFRI(フランス国際問題研究所)が本年4月に発刊した“Macron Diplomat: A New French Foreign Policy?”(仏題:“Macron, an I. Quelle politique étrangère ?”)と題するレポートについて述べたい。このレポートでは気候変動、人口移動、テロといった広範囲にわたる多国間の問題とともに、デジタル産業に代表されるフランスの戦略的な国益について議論が進められている。このレポートの冒頭では2つの前提が述べられた。第一にマクロン大統領はヨーロッパ統合に確固と寄与してゆくという方針で、先の大統領選挙ではこのことを他の候補者以上に強く訴えた。しかしマクロン氏の当選がヨーロッパでの右派ポピュリズムの台頭の緩和にはつながっていない。AfD(ドイツのための選択肢)は昨年9月のドイツ連邦議会選挙で史上初の94議席を獲得し、イタリアでは本年3月の総選挙で欧州懐疑派の連立が勝利した。第二に戦略的な環境の悪化への対応としてフランスはヨーロッパの防衛協力を主導してトランプ政権下のアメリカからの戦略的自立性を追求し、自己主張を強めるロシアと中国による現行の世界秩序への挑戦で多極化の進行と裏腹に多国間主義が衰退する世界に対処しようとしている。短期的にはイランとシリアが重要である。トランプ政権のJCPOA破棄ばかりでなく、イランの弾道ミサイルとテロ支援は依然として地域に重大な脅威を与えている。またアサド政権による度重なる化学兵器の使用によって、シリアでは思慮深い人道的介入が必要になっている。それらの観点からIFRIのレポートの中でも以下の問題を中心に議論を進めたい。それはフランスとドイツ、ロシア、中東、アジア、そして最も喫緊の課題であるトランプ政権のアメリカとの関係である。

ブレグジットとトランプ政権のアメリカ第一主義によって独仏枢軸の重要性はこれまで以上に増している。しかしフランスとドイツは必ずしも共通の大義に基づいて行動するわけではない。そうした立場の違いとともに、昨年9月のドイツ連邦議会選挙によるメルケル氏の指導力低下は独仏両国主導のヨーロッパ統合に遅延をもたらしている。マクロン大統領がさらなる統合を呼びかける一方で、ドイツ連邦議会は国家主権をブリュッセルに委ねることに難色を示している。またドイツはユーロ圏の財政規律について、より厳格である。ヨーロッパの防衛協力に関しては、フランスは防衛政策のために強力で費用効果の高いパートナーシップを志向しているが、ドイツは地域統合のためにより多くの国の参加を志向している。実際にドイツはフランスほどヨーロッパの自主防衛には関心を抱いていない。またマクロン氏が防衛協力に熱心なのはゴーリストの伝統によるものであることを忘れてはならず、彼に寄せられるグローバリストという評判に惑わされてはならない。こうした点を考慮すれば、トランプ氏との関係ではメルケル氏は冷え切っていてマクロン氏は「ブロマンス」にあるように見えても、ドイツの方が大西洋同盟志向である。さらにヨーロッパ大西洋圏外での軍事作戦についてはフランスとドイツの優先順位は違ってくる。独仏枢軸はこれらの戦略的な相違を乗り越える必要がある。ヨーロッパの安全保障ではロシアとの関係も重要である。マクロン氏は民主化の促進と選挙介入の排除を強く打ち出しているが、露仏経済関係は対外投資、航空宇宙、民間航空事業、エネルギーといった部門を中心に強固である。政治面ではマクロン大統領はドゴールおよびミッテラン両政権期のようにロシアとは実利的な関係を追求しているが、プーチン大統領は西側優位の世界秩序を弱体化しようとしているので民主主義陣営の強化を目指すマクロン氏の方針とは相容れない。特に両国の間にはイギリスでの元スパイ毒攻撃、シリアでの化学兵器使用、ウクライナ周辺の安全保障といった懸案がある。IFRIのレポートから、マクロン氏はフランスにとってヨーロッパで最大の友好国と対立国との関係で非常に多くの問題を乗り越える必要があることがわかる。

マクロン政権のフランスが世界の中で指導的な役割を担うためにはヨーロッパとフランンコフォニー諸国だけでなく、特に中東とアジアで安全保障および経済のプレゼンスを高める必要がある。中東でマクロン氏が注目しているのはグローバル化に向けて改革を進めるカタール、サウジアラビア、アラブ首長国連邦、そしてテロ掃討で成果を挙げるエジプトとの経済関係の強化である。フランスはこの地域でインフラおよび民間航空事業の売り込みに力を入れている。さらに2016年の湾岸協力会議の危機の際には、マクロン氏はサウジアラビア、アラブ首長国連邦、エジプトに兵器を売りつけたばかりか、域内で孤立したカタールにも兵器を輸出した。しかしこのような全方位で経済中心の外交に立ちはだかるのが、依然として弾道ミサイル実験と代理勢力への支援を続けるイラン、そして一般市民に化学兵器を使用するシリアである。トルコに関してはシリアでエルドアン政権の協力が必要なため、マクロン氏は人権問題での批判を軟化させるという妥協に転じている。そうした中でアジアでは、フランスは北朝鮮の核問題および南シナ海の領土紛争のような重要な地域問題ではルールに基づいた多国間主義を主張している。この地位で最も重要なパートナーであり対立相手となるのは中国である。本年初頭にマクロン氏はこの国を訪問してフランスが中欧関係の主導権をとると印象づけた。マクロン氏は一帯一路構想で互恵的な経済関係を模索する一方で、ヨーロッパの安全保障を脅かしかねない中国からの投資を監視するために域内諸国の共同行動で主導的な役割を果たしている。日本、オーストラリア、インドは日本が提唱しアメリカも賛同する「自由で開かれた」インド太平洋構想にフランスも参加しているので、安全保障上のパートナーである。それでもなお、マクロン氏の訪日によるアジア政策の明確化が望まれている。中東とアジアの双方についてIFRIのレポートではマクロン氏が地域大国との経済外交優先していることが述べられているが、そうした資本主義的リアリスト外交もトルコや中国のような専制国家との関係では国家の生存と道徳的側面への考慮とバランスをとる必要がある。

これまで述べてきたような世界情勢の中でマクロン大統領はトランプ政権のアメリカにどのように対処するのだろうか?現在、ドイツではメルケル首相の指導力は低下し、イギリスは国民投票によるブレグジットを受けてキャメロン政権を引き継いだテリーザ・メイ首相も対米特別関係の強化は上手くいっていない。これはマクロン政権のフランスにとって米欧関係でヨーロッパの代表として行動できる千載一遇の機会である。しかしマクロン氏がどれほど懸命に説得してもトランプ氏にはパリ協定とJCPOAに戻る気などさらさらない。また、レックス・ティラーソン国務長官とH・R・マクマスター国家安全保障担当補佐官を解任し、ナショナリスト色の強いマイク・ポンペオ氏とジョン・ボルトン氏を登用している。IFRIのレポートでは2020年のトランプ氏再選という最悪のシナリオまで想定しているが、それはこの研究チームが民主党の勢いも充分ではなく共和党内で反対派は事実上存在しないばかりか、弾劾が直ちに行なわれる見通しもないと考えているからである。そのような傾向が続くようであればアメリカがこれまで以上に国際社会の問題児に陥ってしまうことは、G7シャルルボワで典型的に表れている。

大国間の勢力競争が激化する世界におけるフランスの外交政策の方針の全体像に鑑みて、現時点で突き付けられている外交上の課題とマクロン大統領の実績について述べたい。何よりも内政の安定は国際舞台での指導力の前提条件である。雇用規制の緩和政策に反対する労働運動への対応(“Left-wing protesters say 'enough' to Macron's French reforms”; Reuters; May 6, 2018)を誤れば、メルケル氏の轍を踏みかねない。当面は中東、特にイランとシリアの危機が重要である。イラン核合意に関してはトランプ氏の突然の離脱によってロシアが中東に影響力を拡大する好機となり、E3(英仏独)はアメリカの抜けた穴を埋めねばならなくなった。またトランプ氏はイランへの単独での制裁に乗り気とあっては、EUがアメリカによる制裁の対象になりかねない(“Iran nuclear deal set to test Macron-Trump ‘bromance’ on historic visit”; France 24; April 23, 2018)。トランプ氏によるディール・ブレーキングには国内から厳しい批判が寄せられているが、彼は断固としてオバマ政権期の成果を破棄しようとしている。マクロン氏はあらゆる手段によってJCPOAの存続をはかる一方で、微妙な舵取りでアメリカとの致命的な衝突を避ける必要がある。専門家の中にはトランプ氏がイランでのレジーム・チェンジを追求して中間選挙で親イスラエルの福音派の票固めをするのではないかとの懸念も挙がっている。しかし私がそれには懐疑的なのは、トランプ氏は費用効果へのこだわりが異常に強いがために中東への介入に消極的なことはイラク戦争への批判からも知られている。ボルトン氏はその案を支持するかも知れないが、本物のネオコンではない彼にはイランを民主化しようという明確な決意はない。

他方でヨーロッパは核合意をめぐるアメリカとの認識の相違を利用もしている。E3はJCPOAの存続を働きかけながら、アメリカの圧力を利用してイランの弾道ミサイル計画と域内でのテロ支援を封じ込めようとしている。しかしE3はトランプ氏が好む単独行動とは正反対に、この地域のステークホルダーの地政学的なバランスの再調整と国連安全保障理事会との協同を通じてこれらの手段を実施しようとしている(“America Is More Than Trump. Europe Should Defend the Iran Deal without Burning Bridges to the US”; IFRI; May 2018)。シリアに関してマクロン氏はトランプ氏に性急な撤退を思いとどまるよう何とか説得はできたものの、アメリカの中東戦略はイラク戦争後の非関与から対テロ作戦のための関与の間を一貫性もなく揺れている。マクロン氏の助言はアサド政権による度重なる化学兵器使用が人道上の懸念をよんだ時に、トランプ氏がアメリカ国内で自らの選挙基盤の非介入主義と安全保障関係者の対テロ戦略の折り合いをつけるうえで有効だった (“Macron Tries to Nudge Trump on Syria Policy”; New Turkey; May 1, 2018)。しかしマクロン氏もトランプ氏もシリアでの長期的な戦略はない。どちらの場合でもフランスの中東政策は、いかにマクロン氏の方がトランプ氏よりも国際社会での評判が高くてもアメリカの外交と内政への考慮なしに実行は難しい。

重要な点は、『USニューズ&ワールド・レポート』誌による2017年の国力ランキング(“RANKED: The 23 most powerful nations on earth”; Business Insider; March 15, 2017)ではフランス第6位に過ぎないので、マクロン大統領が国際的なリーダーシップを発揮するにはヨーロッパとアジアで民主国家のパートナーが必要になる。ヨーロッパで最も厳しい問題は米欧関係の悪化である。JCPOAをめぐる見解の相違の他に、ヨーロッパとアメリカの間ではトランプ政権がEUを国家資本主義の中国と同様に扱うので貿易戦争が激化している。より問題になるのは、現政権下で米欧間の意思疎通が大幅に少なくなっているということだ(“Can the U. S. -Europe Alliance Survive Trump?”; Foreign Policy; May 18, 2018)。実際にフランスのフランソワ・ドラットル国連大使は、アメリカはトランプ政権以前にも単独行動は頻繁に行なっていたが故に、ヨーロッパ人はアメリカの孤立主義が今後も支配的になると見ていると語っている。その結果、ヨーロッパは集団防衛による自立と外交の一体化を模索している(“RIP the Trans-Atlantic Alliance, 1945-2018”; Foreign Policy; May 11, 2018)。しかし問題はドイツの政治的安定である。メルケル氏の指導力低下ばかりか、ドイツはフランスより共同防衛に消極的で大西洋同盟志向が強い傾向はトランプ氏との個人的な関係が悪くても変わらない。

そうなってくるとブレグジット後のイギリスとの関係が、特に防衛面で重要になってくる。イギリスの国防当局はマクロン氏が提唱する欧州対外介入軍に重大な関心を寄せている (“UK ‘very keen’ to support European intervention force”; UK Defence Journal; May 8, 2018)。デービッド・リディントン内閣府担当相は今6月の『フランクルルター・アルゲマイネ』紙とのインタビューで、イギリスとEUは防衛面で強固な関係が必要であり、両者が完全に袂を分かてばロシアを利するだけだと述べた(“UK seeks 'closest possible' security pact with EU after Brexit – minister”; Reuters; June 16, 2018)。実際にマクロン氏が提唱する有志連合に積極的な国は少ない。特にドイツがヨーロッパ圏外での海外派兵に消極的なことは、マリとシリアの例が示す通りである。よってイギリスはきわめて重要なパートナーになる(“Emmanuel Macron’s coalition of the willing”; Politico EU; May 2, 2018)。この観点からすれば、FCAS(Future Combat Air System)戦闘機計画(“Airbus and Dassault Launch a New FCAS—without BAE”; AINonline; April 25, 2018)とガリレオ衛星計画(Ashley Fox MEP; Twitter; 14 June, 2018)からイギリスが締め出されていることはきわめて奇妙である。イギリスの軍事産業はBAEシステムズやロールスロイスに代表されるように、数十年にわたって戦闘機、爆撃機、軍艦などアメリカの兵器システムに部品を供給してきた。EUの防衛計画にイギリスの技術は絶対的に必要で、さもなければ兵器の質や世界の武器輸出市場での競争力でアメリカ、ロシア、中国と渡り合うことは難しい。マクロン氏は英・EU防衛協力がより一貫性のあるものとなるようリーダーシップを発揮する必要がある。

アジア太平洋地域ではマクロン氏の国際舞台でのリーダーシップの強化とアジア政策の明確化には、中国が貿易と投資でどれほど突出していようとも日本が鍵となる国である。中国は地政学志向が強く、アメリカの影響力を排除して自国周辺に冊封体制さながらの勢力圏を築こうとしているのに対し、日本が提唱するインド太平洋構想は平等なパートナーシップと各ステークホルダーの国力に応じたバードン・シェアリングに基づいている。最も重要なことは日本が西側同盟諸国に脅威を与えないがばかりか、中国からの投資よりも日本からの投資の方がフランスで雇用を創出している。貿易に関してはフランスの対中赤字は対日赤字の5倍になる。いわば、中国との経済関係は一般に思われているほどの利益をもたらしているわけではない(“The Missing Piece in Macron's Asia Vision: Japan; Diplomat”; May 18, 2018)。他方でG7シャルルボワが「G6+1」とまで言われた(“Trump turns the G-7 into the G-6 vs. G-1”; Washington Post; June 10, 2018)ようにトランプ氏は西側主要民主主義国からアメリカを孤立させてしまい、日仏両国にとってはリベラルな世界秩序を彼の破壊行為から守ることが至命課題となった。特に両国はインド太平洋構想では安全保障でも経済でも利益を共有しているが、この全体像は依然として明確ではない。マクロン氏はG7などの多国間首脳会談の場で日本の安倍晋三首相と面識があるが、この地域での相互協力の方針決定と強化には二国間会談が不可欠で、しかもフランスはニューカレドニアとポリネシアという海外領土を持つ太平洋国家でもある。ジャン=イブ・ル・ドリアン外相と河野太郎外相は、両国の首脳が7月にパリで開催される日本文化のイベントと革命記念式典の機会に会談することで合意した(”Abe plans July visit to France as Japanese Foreign Minister Taro Kono requests reciprocal trip by Macron”; Japan Times; April 23, 2018)。

これまで述べてきたようにフランス自身は一国ではそれほど強力ではないので、マクロン氏がリベラルな世界秩序の再建でリーダーシップをとるには民主主義国のパートナーが必要である。またトランプ政権にアメリカには微妙なバランスのとれたアプローチが必要で、彼の高圧的な要求に宥和してはならないが、超大国を相手にした致命的な衝突は避けねばならない。だがG6全体の経済規模はG1よりも大きいことを忘れてはならない。しかしながらG6の連帯を損なうような問題もある。ドイツ内政でのメルケル首相の指導力の低下ばかりでなく、防衛面での独仏間の相違は一般に思われているよりも大きいことはIFRIのレポートでも触れられている。問題は戦後の平和主義と地政学だけにとどまらない。日本と同様にドイツは道徳的普遍性を堂々と掲げて国際的な法執行作戦に参加するには良い立場でなく、国民は第二次世界大戦での過ちに悔恨の念を抱いている。日本はさらに消極的平和主義な国で、自国の周囲での安全保障環境が悪化しているにもかかわらずいまだに憲法改正さえままならない。こうした観点からブレグジット後のイギリスとの政策調整が重要になってくることは。JCPOAと自由貿易の事例でも示されている。テリーザ・メイ首相は保守党内の親欧派と反欧派の間で綱渡りを強いられている。ブレグジットのディール成立を成功させることが双方にとって必要不可欠である。現在、アメリカは被害妄想的なポピュリズムの蔓延で国民は自分達が海外からの経済的な競争相手、同盟国、移民にたかられていると見ている。米国民の間でトランプ氏がもたらす悪性の影響力が伝染している状態では、世界には明確なビジョンを持った指導者の主導で西側の理念を代表する有志連合が必要である。マクロン大統領がアメリカ連邦議会の演説で示したグローバル主義の理念は多くの人々に感銘を与えた。しかしそうした道徳的普遍性が、彼の外交政策に見られるネオリアリズム、資本主義的リアリズム。およびゴーリズム的な側面との整合性があるのかは今後も見守ってゆかねばならない。


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2018年5月10日

米欧と日本は、ロシアと中国に対しどのように共同対処できるか?

価値観本位の国際政治が地政学本位に移行すると、世界はこれまで以上に不安定になる。冷戦期には自由民主主義諸国の団結は比較的強かった。しかしロシアと中国を相手にした新冷戦では、民主主義諸国の同盟は必ずしも連帯行動をとっていない。これはヨーロッパ人とアメリカ人が、日本人は中国に気を取られてロシアには目が向いていないという不満によく表れている。他方で日本人はしばしば、ヨーロッパ人とアメリカ人は一帯一路構想の裏にある中国の危険な野望に対する意識が低いと不満を漏らす。歴史的にも似たような例があり、それは第二次世界大戦におけるイギリスと英連邦の白人自治領の関係である。リビジョニスト・パワーであるナチス・ドイツとロシア、そして日帝と中国の間には地政学的なアナロジーがある。同様に英本国をNATO諸国に、オーストラリア自治領を現在の日本に見立てることができる。

戦前の英連邦にはBritishの名が冠せられていたように、今日の英連邦よりもイギリス帝国主義と緊密な関係にあった。第一次世界大戦を通じてイギリスの白人自治領は国際舞台でより重要なアクターとなり、内政においても外交においても自治を認められるようになった一方で、アングロ・サクソンの社会文化的伝統とイギリス王冠への忠誠に基づくイギリス本国との特別な絆は維持して帝国の強化に寄与することとなった。しかし第二次世界大戦が勃発して地政学の重要性が増すと、英連邦の求心力が試されることになった。イギリスはドイツの打倒に優先順位を置いたが、オーストラリアとニュージーランドのような太平洋の自治領は特にシンガポール陥落以後に日本の脅威にさらされることになった。ダーウィンのように日本軍の空襲を何度も受ける都市もあった。他の自治領では南アフリカでアフリカーナがイギリス支配に抵抗さえ示し、ドイツとの連携まで模索した。歴史が示すところは地政学による世界秩序は脆弱であり、だからこそ自由民主主義諸国の同盟を再強化してリビジョニスト・パワーが世界各地で突きつける挑戦に対処してゆくことが肝要なのである。

現在の安全保障から見ると、NATO諸国と日本の優先順位は違う。しかしながらナチス・ドイツと日帝とは異なり、ロシアと中国は極東では長い国境で接するばかりか中央アジアでも優位を競うように、互いに潜在的な地政学上の競合国同士である。実際に冷戦期にはどちらもアメリカと対立していたにもかかわらず、東ではウスリー川中洲のダマンスキー島、西では新疆ウイグル自治区のテレクチで両国の領土紛争となった。両国の相互不信は拭い去られていない。よって日本の政策形成者は極東での中露競合にNATO諸国の注意を引きつけ、大西洋と太平洋の民主主義諸国の間での戦略的な利益と視野の食い違いを埋める必要がある。ヨーロッパ人とアメリカ人の方が日本人よりもロシアに関する問題意識が高いことは間違いないが、彼らの関心は圧倒的にヨーロッパと中東でのロシアの行動に向かっている。特にバルト海地域での軍事的脅威、クリミアの併合、シリアでのアサド政権支援、イランとの緊密な連携などが欧米にとっての懸念事項である。しかしロシアのこうした行動は東アジアでの行動と分離しているわけではなく、互いに関連し合っている。

大西洋と太平洋の民主主義諸国の戦略的立場の違いはさて置き、中露の地政学的な連携と競合について述べたい。ロシアと中国は欧米優位に対抗して世界の多極化の追求という利害を共有しているが、極東と中央アジアをめぐる両国の地政学戦略的な目的は必ずしも一致しているわけではない。グローバルな観点から言えば、ロシアはリベラルな世界秩序の転覆を望む一方で、中国はWTO加盟や製造業で西側企業に無数の下請け企業の存在もあり、すでにグローバル経済に組み込まれている。そうした中でロシアは中央アジアと極東での中国経済的プレゼンスの増大を懸念している。中央アジアでは、中国は一帯一路構想でロシアの利益も受容している。しかし中央アジアおよびアフガニスタンの不安定化が進むに及んで中国がこの地域の安全保障への関与を強めているので、将来的にはロシアの軍事的影響力が駆逐されることも有り得る。極東シベリアでの中露の提携と競合はより複雑である。プーチン政権下のロシアでは人口希薄で開発が遅れた地域の主権統治を確固とするためにも、経済開発促進が戦略的な至上命題となっている。この目的のために、ロシアは極東のエネルギー資源およびインフラで中国の投資を呼び込んでいる。ウラジーミル・プーチン大統領と習近平国家主席の間には個人的な友好関係はあるが、地方自治体は中国の企業と犯罪集団の影響力の増大に重大な危機感を抱いている。中央アジアと違い、極東での両大国の衝突はロシアの領内で起きている(“Cooperation and Competition: Russia and China in Central Asia, the Russian Far East, and the Arctic”; Carnegie Endowment for International Peace; February 28, 2018)。そうした地政学的な背景に鑑みて、ヨーロッパ大西洋諸国もプーチン政権のアジア転進がもたらす安全保障上の影響を見過ごすことはできない。

中露の地政学関係の他にも極東シベリアにはヨーロッパ大西洋圏の民主主義諸国にとっても注目に値するものがある。コムソモリスク・ナ・アムーレはロシアの航空宇宙および軍事産業の中心で、この地域には過密なヨーロッパ地域よりも戦闘機やミサイルの試験に有利な巨大な空域がある。また、プーチン氏が2011年に建設を開始したボストーチヌイ宇宙基地はすでに使用されている。広大なシベリアのタイガは中国の違法伐採業者によって危機に瀕しているが、地球環境に対するその重要性はアマゾンその他の熱帯雨林にも劣らぬものである。さらに東に行けばベーリング海峡が北極海航行の時代には米露間の戦略要衝となる。歴史的にはフン人、アヴァール人、モンゴル人といったアジアの騎馬民族が、中国北方からルーマニア、ハンガリーにいたるユーラシア・ステップを通ってヨーロッパに侵入した。よって新しい地政学の時代が必ずしも近視眼的なローカリズムの時代を意味するわけではない。太平洋と大西洋の民主主義国の間の認識の相違を埋めるには、双方にとっての第一の脅威の相互関連を理解することが必要となるだろう。

他方で日本は中露地政学に対する自らの対処の仕方を再検討する必要がある。アメリカ国内でアメリカ第一主義のポピュリズムがはびこる時代にあって、日本には地域的なパワー・バランスの保証が必要なことは間違いない。しかし、それだからと言って日本が民主主義諸国の同盟の抜け穴を作れということにはならない。EUとの経済連携協定に見られるように、トランプ政権下でアメリカの指導力に空白が生じる世界にありながらもリベラルな世界秩序を維持することには、日本の国益がかかっている。しかし日本はロシアが行なったクリミア侵攻、セルゲイ・スクリパリ氏への神経ガス攻撃、非武装の一般市民に化学兵器を使用し続けるシリアのアサド政権への支援といった逸脱行為に対する西側の制裁を空洞化してきた。それら「自主独立」の行動は日本が西側民主主義諸国の中で孤立するリスクをもたらすだけだが、一方でアジアには日本の国家的生存のために強力で頼りになるパートナーはない。 さらに重要なことは、激烈な地政学的競合によって日本の国際的な地位は脆弱で壊れやすくなる(“A New Cold War With Russia Forces Japan to Choose Sides”; Diplomat; April 23, 2018)。ナショナリストは、戦前と同様に中国とロシアどころかアメリカをも含めたどの地域大国からも完全に「自主独立」な日本を思い描いて誇らしく思うかも知れない。しかし中露の地政学は日本が単独で動かせるものではない。これはプーチン大統領がアメリカと同盟関係にある日本には北方領土を返還しないとにべもなく言ったことに端的に表れている。戦前の日本はナショナリストが言うように誇り高く自主独立だったわけではなく、日英同盟から強制的に切り離されてしまったのだということを忘れてはならない。


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2018年4月18日

ネオコンに評価されないボルトン補佐官

国際社会はドナルド・トランプ大統領が政権再編でレックス・ティラーソン国務長官とH・R・マクマスター国家安全保障担当補佐官を更迭し、マイク・ポンぺオCIA長官とジョン・ボルトン元国連大使をそれぞれの後任に指名したことに衝撃を受けた。北朝鮮危機が深まる中、トランプ氏への忠誠心が高いタカ派の指名は全世界の外交政策の専門家に懸念を抱かせている。ポンぺオ氏は上院の承認を待たねばならないが、ボルトン氏は4月9日に執務を開始した。歯に衣着せぬ言動のボルトン氏と常識にとらわれぬ言動のトランプ氏は互いに馬が合うと一般には見られている。しかし両者の間では外交政策観にある種の齟齬が見られる。特にボルトン氏は一般にはネオコンと見なされ、イランや北朝鮮のような無法者国家へのレジーム・チェンジを積極的に主張する一方で、トランプ氏はビジネスマン式の損益思考と孤立主義に傾倒している。そうしたことから、政権移行期にボルトン氏の国務長官起用が噂された(”Bolton would consider serving as Trump's secretary of State”; Hill; August 23, 2016)が私はそれに懐疑的であった。こうした観点から、トランプ氏とマクマスター氏のミスマッチはあっても彼が国家安全保障担当補佐官に任命されたことは驚きであった。

しかしボルトン氏とトランプ氏の間には特にロシアと中東で政策の齟齬が見られる。BBCによると両者の政策が一致するのは5件中3件だけである。両者とも北朝鮮への先制攻撃は正しいと信じている。イランについても必要なら空爆も厭わない。さらに両者とも国連を信用せず、主権国家に基づいた世界システムの方が好ましいと考えている。他方でボルトン氏はイラク戦争でのサダム・フセインの脅威除去は正しかったと強く信じているが、それはトランプ氏とは正反対の立場である。ロシアも両者の意見が食い違っている問題である。皮肉にもボルトン氏は前任者のマクマスター氏がトランプ氏とこの問題をめぐる衝突を余儀なくされたにもかかわらず、2016年大統領選挙でのロシアの介入を認めている(“John Bolton: Five things new Trump security adviser believes”; BBC News; 23 March, 2018)。この観点からすれば、シリアおよびその近隣地域でのロシアの支配がボルトン氏とトランプ氏の間で将来の摩擦の火種になる可能性も有り得る。著名な専門家からの激しい批判があっても、トランプ氏は以下の悪名高き選挙公約に固執するほどである。そうした公約には貿易相手国が同盟国か否かにかかわらず関税引き上げ、メキシコとの国境の壁建設の予算を勝ち取れなかったので現地に軍を派兵、TPPから撤退、気候変動をめぐるパリ協定の破棄などが挙げられる。これでは誰が補佐官であってもトランプ氏との衝突を回避することはきわめて難しい。

さらに厳しい批判が寄せられているのはかつての仲間であった「ネオコン」からで、彼らのほとんどは選挙中にはネバー・トランプ運動に参加していたがボルトン氏は終始一貫してヒラリー・クリントン氏ではなくトランプ氏を支持していた。そうした声を列挙してみたい。選挙期間中に反トランプ運動を主導したジョンズ・ホプキンス大学のエリオット・コーエン教授は、トランプ氏がティラーソン氏とマクマスター氏を更迭してポンぺオ氏とボルトン氏を指名したことで政権内に抑制役を果たすものがいなくなると懸念している。そこでコーエン氏はマクマスター氏に回顧録の執筆によってトランプ氏の政権運営の混乱ぶりを世に知らしめ、国民を啓発するように提言している(“McMaster's Choice”; Atlantic; March 23, 2018)。外交問題評議会のマックス・ブート氏はさらに辛辣に論評している。歴史上の大統領は政権再編の際には議会や連邦政府官僚機構との共通の立場を模索してきたが、トランプ氏は摩擦を起こしがちなボルトン氏をマクマスター氏の後任に据えた。ブッシュ政権期には、国際条約及び国際機関の軽視をあらわにするボルトン氏の国連大使任命に対して、上院の承認が遅れた。実際に大使に就任すると、国連ではアメリカの指導力を発揮できなかった。国家安全保障担当補佐官には外交政策や国防に関わる諸官庁の調整で対人関係の能力が求められるが、ボルトン氏はそうしたことが得意ではない。最も危険なことは核保有国となった北朝鮮への先制攻撃ばかりか、アメリカによるイラン非核化の代替案もなしに核合意からの脱退を主張している(“Add another zealot to the White House”; Washington Post; March 22, 2018)。ブート氏は国連の過剰人員とレッドテープについてはボルトン氏に同意しているが、ボルトン氏がEUとイスラムに対して抱く反感に見られるようなナショナリストで権威主義的な思考様式は共和党主流派の理想主義的な国際主義よりもトランプ主義に近いと評している(“Why I changed my mind about John Bolton”; Washington Post; March 26, 2018)。

ボルトン氏は「新世紀アメリカのプロジェクト」によるイラクのレジーム・チェンジ運動に参加はしていた(“PNAC and Iraq”; New Yorker; March 29, 2009)ものの、ウィリアム・クリストル氏は自らが主宰するウィークリー・スタンダード誌による3月23日のインタビューで、彼はネオコンではなく国益重視のタカ派だと答えている。実のところボルトン氏は北朝鮮とイラン両国でのレジーム・チェンジを主張しているからといって、民主化の促進や人権といった普遍的な価値観にはそれほど関心は高くない(“Bolton Brings Hawkish Perspective To North Korea, Iran Strategy”; NPR News; March 22, 2018)。言い換えれば、ボルトン氏はアメリカの国家安全保障に重大な脅威を与える国の体制を転覆したいだけなのである。クリストル氏の分析は妥当に思われ、実際にボルトン氏はエジプトやサウジアラビアの民主化などほとんど支援していない。アブデル・エル・シシ大統領や湾岸諸国の首長の独裁政治など、アメリカの緊密な同盟国である限りは気にも留めないだろう。そうした人物であれば、ネオコン的な理想主義よりもトランプ流のアメリカ・ファーストの方が思想的に合致する。他方でクリストル氏はボルトン氏がトランプ氏の孤立主義に同意はせず、アメリカ外交強化のためにもNATOや日本などとの強固な同盟関係が必要だと信じていることに言及している。この点から、ボルトン氏がトランプ氏のロシア政策にどれだけ影響力を及ぼせるかは非常に重要である。差し迫った問題は、ボルトン氏が北朝鮮とイランに対して開戦に踏み切ろうというトランプ氏の本能に拍車を駆けるか抑制するかである。ボルトン氏は北朝鮮への先制攻撃とJCPOAの破棄を主張しているので。トランプ氏の好戦性に拍車を駆ける可能性の方が高い。クリストル氏はブート氏ほど辛辣ではないものの、タカ派のボルトン氏と短気なトランプ氏という組み合わせには、同じボルトン氏が共和党主流派の大統領だったブッシュ父子の政権にいた場合には抱かなかったような懸念を抱いている。

ともかくメディアではイラク戦争を支持した者には誰彼構わずネオコンという語が用いられる。実際には一般にネオコンと呼ばれる者には広範囲の外交政策の権威が含まれ、ボルトン氏のように自らをはじめから徹頭徹尾の保守派だと見なすものもあれば、ロバート・ケーガン氏のように自身の思想はリベラルで伝統的な国際介入主義に基づいていると主張し、先の大統領選挙では早くからクリントン氏を支持した者もいる。メディアも外交問題の専門家も語句の使用は正確な定義に基づくべきである。しかしボルトン氏がネオコンではないとしても、国務省での長年のキャリアにもかかわらずトランプ氏をそれほど強く支持するのはなぜだろうか?トランプ氏が台頭するまで、米国内外の外交政策関係者の間ではポスト・アメリカ志向のバラク・オバマ大統領の後はヒラリー・クリントン氏であろうが共和党主流派の誰かであろうが、アメリカの国際的指導力は回復するものと思われていた。しかしボルトン氏はクリントン氏の介入主義には非常に懐疑的であった。その一例として挙げているのは2011年のリビア内戦への米軍の介入である。クリントン氏はリベラル・タカ派だと一般には見られているが、ボルトン氏はリビアがテロ支援を再開しているにもかかわらず国際社会の承認なしにムアマル・カダフィの放逐に乗り出そうとしなかったほど臆病だと主張する。彼の見解では国連が支持する人道的な介入は民主党の標準的な外交政策で、ヘンリー・ジャクソンの思想とはほとんど相容れないということである(“Hillary and ‘interventionism’”; Pittsburgh Tribune Review; May 7, 2016)。クリントン氏の「消極」外交を批判する一方で、ボルトン氏はトランプ氏がテロとの戦いがイスラム過激派による西欧へのヘイト・イデオロギーだと理解しているとして称賛している。そうした事情から、オバマ氏とクリントン氏の法執行のアプローチとは正反対になるトランプ氏のイスラム教徒入国制限を支持した。非常に興味深いことに、ボルトン氏はイランと北朝鮮でのレジーム・チェンジを主張しているにもかかわらず、法的、政治的、文化的基盤のない国でのネイション・ビルディングは一顧だにする価値がないと見ている(“What Trump’s foreign policy gets right”; Wall Street Journal; August 21, 2016)。

そうした矛盾はあるもの、ボルトン氏の積極的ネショナリズムとトランプ氏のフォートレス・アメリカ的な孤立主義との間にはいく分かの食い違いはある。この観点から、シリア内戦は両者んとって重大な試金石である。トランプ氏はアサド政権による化学兵器攻撃に対してイギリスとフランスとともに空爆に踏み切った(“US strikes three Syrian sites in response for chemical attack”; Military Times; April 14, 2018)が、この事件の前にはシリアからの米軍撤退計画を示唆して軍首脳から強い抵抗を受けていた(“Trump gets testy as national security team warns of risks of Syria withdrawal”; CNN News; April 5, 2018)。トランプ氏は力を誇示したかも知れないが、外交問題評議会のリチャード・ハース会長はツイッターで「アメリカの攻撃は正当なものだが、シリアの化学兵器使用には限定的な反応に過ぎない。アメリカのシリア政策には目立った変化はない、すなわちアメリカは現体制の弱体化に向けた行動はとらなかった。また今後のアメリカの政策やシリアでのプレゼンスに関しても明確になっていない」と発言している。

現在のシリア政策はロシアおよび中東政策と深く絡み合っている。ボルトン氏はトランプ氏にフォートレス・アメリカの本能から脱却するよう説得できるだろうか?問題はトランプ氏の選挙基盤である。彼らはトランプ氏がシリアをめぐってヒラリー・クリントン氏やジョージ・W・ブッシュ氏にようになっていると失望している(“Trump supporters rip decision to strike Syria”; Politico, April 13, 2018)。ステーブ・バノン氏やセバスチャン・ゴルカ氏といったオルタナ右翼は政権から去ったが、トランプ氏の支持者の間で人気があるFOXニュース・アンカーマンのタッカー・カールソン氏は民主・共和両党の外交政策で指導的な役割を果たす人物を非難して孤立主義を広めている(“Tucker Takes on Critics Over Skepticism of Syria Strikes: They Want You to 'Shut Up and Obey'” FOX news; April 11, 2018)。ボルトン氏はネオコン的理想主義を信奉していないかも知れないが、外交に長年携わった者としてこの政権の基盤となっているポピュリスト的な孤立主義をも乗り越えてゆかねばならない。それは非常に難しい仕事である。


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2018年3月 9日

駐韓大使不在のトランプ政権では北朝鮮問題を取り仕切れない

北朝鮮危機において、太陽政策志向の韓国と圧力志向の日米との間の亀裂は深まる一方である。しかし韓国のムン・ジェイン大統領が選挙中から親北ぶりを発揮して日米韓3国の連携に不協和音をもたらしたからといって、彼を一方的に非難することは全くの間違いである。我々がもっと注意を向けるべきはドナルド・トランプ大統領による米政府、特に外交当局の運営の本質的な問題である。トランプ氏の大統領就任から政府要職の多くはいまだに埋まらないが、駐韓大使もその一つである。トランプ氏の悪名高きアメリカ第一主義に鑑みても、ムン大統領が朝鮮半島の安全保障に対するアメリカの関与に不安を抱いて北朝鮮との宥和に走っても不思議ではない。たとえ韓国の大統領がムン氏より親米であったとしても、この国は日米との連携強化よりも北と中国を相手にしたバランサー外交に傾斜してゆくだろう。私の目には朝鮮半島情勢に通じた者ほど、こうした基本的な点を見過ごす傾向があるように思える。

資質の高い大使がソウルにいれば、米韓両国は北朝鮮政策を毎日のように詳細にいたるまで話し合うことができるだろう。合衆国駐韓大使の役割は青瓦台との政策討議だけにとどまらない。ソウル駐在のアメリカ大使はムン大統領の行動が域内の他の同盟国と共通の立場から離れることがないように、観測と管制を行なうことができる。在韓米軍司令官では政治問題に関与することはできない。青瓦台に対して思いやりある相談であれ、無慈悲な圧力であれ影響力を行使できるのは大使である。わすれてはならぬ地政学的条件は、韓国は中国と同様に北朝鮮と隣接しているので半島の不安定化と自国領内への難民の大量流入を恐れ、ピョンヤンへの宥和に駆られがちである。アメリカの外交プレゼンスが強固であってはじめて、韓国がアジア太平洋地域の民主主義諸国との同盟関係を維持できるのである。トランプ政権は慌てふためいてマイク・ペンス副大統領をピョンチャン・オリンピック開会式に送り込み、韓国と北朝鮮の間に楔を打ち込んだ(「韓国の腰砕けを警戒するアメリカが北朝鮮に与えた『最後の時間』」;現代ビジネス;2018年2月16日)。さらに閉会式にはイバンカ・トランプ氏まで送り込んで、同氏が外交に従事する資格について厳しい批判が寄せられた(“Ivanka Trump's chronic problem”; Chicago Tribune; February 28, 2018)。いずれにせよ両氏の滞在は数日に過ぎないが、大使がいればムン大統領とは毎日のように会談できる。

トランプ氏が損益の観点から打ち出した国務省の予算および人員の削減という悪名高い計画に見られるように、彼の外交当局軽視の姿勢は酷く偏向したものである。しかし去る12月の新安全保障戦略で北朝鮮の重要性を強調していた(“President Trump's New National Security Strategy”; CSIS Commentary; December 18, 2017)のなら、トランプ氏はポピュリズムと損益思考に固執することなく、外交当局のプロフェッショナリズムの重要性を認める必要がある。こうした観点から、トランプ氏はキム・ジョンウンに対する外交的駆け引きと軍事的圧力の適正なバランスを再考する必要がある。トランプ氏としてはバラク・オバマ前大統領のマーク・リッパート大使の後任に、自分が任命した人物を韓国に赴任させたいのだろう。しかし彼が外交官集団の専門知識に敬意を払わない限り、自前の適任者など見つけられないだろう。ブッシュ政権で国家安全保障会議のメンバーであったビクター・チャ氏がトランプ氏の任命を受けなかったのも当然である(“Trump Finally Taps Ambassador to South Korea”; Diplomat; December 16, 2017および“Still No US Ambassador in South Korea”; Diplomat; February 10, 2018)。

根本的な問題は駐韓大使の件を超えたものである。ポピュリストのビジネスマンには政府と緊密な関係にある人物の知人が多くない。またトランプ氏自身も政府で働いた経験がほとんどない。よって政府高官の任命がこのように大幅に遅れている。2月28日時点でトランプ氏は41ヶ国および地域への大使の任命を終えていないが、その中にはトルコ、カタール、ヨルダンといった戦略的に重要な国々もある(“More than 40 countries lack a U.S. ambassador. That’s a big problem.”; Think Progress; February 28, 2018)。さらにレックス・ティラーソン国務長官の省組織再編計画には安全保障の専門家の間から、犯罪やテロといったグローバルな脅威からの本土防衛能力を低下させ、国際舞台でのアメリカの外交的プレゼンスを低下させるという懸念の声が挙がっている(“Rep. Nita Lowey: Trump is destroying America's status as a global leader and endangering national security”; NBC News; March 1, 2018)。こうした混乱はトランプ氏が大統領選挙に立候補した時から予見できたことである。トランプ氏の偏向したビジネス志向と政府に対する敬意の欠如は閣僚の任用にも表れている。ジョージ・H・W・ブッシュ氏からバラク・オバマ氏までの歴代大統領は閣僚の80%以上が政府経験者であったが、トランプ政権では47%に過ぎない。他方で企業最高経営責任者を歴任した者はトランプ政権では28%だが、他の政権では18%以下である(“Donald Trump’s Cabinet is radically unorthodox”; Washington Post; January 11, 2018)。

トランプ政権は資格充分な政治任用者にとっても快適に働ける場所でないばかりか、既存の政府官僚にも敬意を払っていない。トランプ氏が当選して間もない政権移行期に、ジョンズ・ホプキンス大学高等国際関係大学院のエリオット・コーエン教授はトランプ陣営の一貫性のない政策と険悪な雰囲気に失望し、保守派の仲間にはこの政権に加わらぬよう助言した(“I told conservatives to work for Trump. One talk with his team changed my mind.”; Washington Post; November 15, 2016)。トランプ氏の大統領就任から数ヶ月後、事態はコーエン氏が言った通りにネガティブに進展した。彼の政権はオバマ前大統領に盗聴されたと言って国民を欺き、人権軽視で国際舞台でのアメリカの影響力と評判を低下させ、ネポティズムによってホワイトハウスに公私混同をもたらした(“Eliot Cohen was right: Work for Trump, lose your soul”; Washington Post; April 3, 2017)。その結果、この政権は適性に問題のある人物を要職に登用せざるを得なくなった。これが典型的に表れているのがピート・ホークストラ駐オランダ大使のケースである。元共和党下院議員ながら外交経験に乏しいホークストラ氏は、大使就任後初の記者会見でオランダのイスラム教徒への恐怖感を扇動した過去の発言について厳しく問題視された(“Trump's ambassador to Netherlands finally admits 'no-go zone' claims”; BBC News; 12 January, 2018)。

トランプ氏はオバマ前大統領が任命した人物に代わって自分の人脈からのお気に入りを抜擢したいのだろうが、それが国内外で摩擦を引き起こしている。よって、トランプ氏は外交の立て直しのためにもアメリカが誇る外交官集団をもっと尊重すべきである。彼の人脈では人材が枯渇しているので、空席の大使には職業外交官を充てるべきだ。トランプ氏とティラーソン長官は国務省再編計画を撤回し、空席となっている大使の任務に必要な資質を身につけた人材を確保すべきである。事は米韓関係に限らない。先進諸国では公務員および外交官はメリット本位で登用され、大使は時の政権ではなく国家を代表する。トランプ大統領はこうしたグローバル・スタンダードに従うべきだろう。韓国が今のような政府と外交の混乱を見て、アメリカを信用できるだろうか?


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2018年1月18日

謹賀新年

2018年の戌年に。

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グレートデーン(ハルクイン)


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2017年12月21日

アメリカ外交政策を深刻に歪めるトランプ政権

ドナルド・トランプ氏が昨年11月の大統領選挙で悪夢のような勝利を収めてから、アメリカ国内外の外交政策関係者達は彼のアメリカ第一主義という公約が現実に擦り合わせられるか注視している。中東からヨーロッパに至る大統領としての公式訪問と国連総会での演説は大いに注目され、そして最後の東アジア歴訪によってトランプ氏には物議を醸す公約の維持によって国内での自分の支持基盤を喜ばせることの方が、人権、環境、自由貿易といった国際公益の追求よりも重要なのだということが明白になった。またトランプ氏はロシアとの共謀がFBIの捜査の対象であるにもかかわらず、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領を称賛し続けている。他方でトランプ氏はイランと北朝鮮の脅威を重大なものと受け止めているが、そうした脅威への対応が適切とは言い難い。またサウジアラビアへの大々的な贔屓によってカタールがイランへの傾斜を強めることになった(“Iran, Turkey sign deal with Qatar to ease Gulf blockade”; Middle East Eye; 26 November 2017)。キム・ジョンウンとのツイッターでの喧嘩にいたっては何の成果もなく緊張を高めるだけである。

まずトランプ氏の外交政策の概要を述べ、それが世界の中でのアメリカの地位にどれだけ酷く悪影響を与えたかを議論してゆきたい。リアリストから国際介入主義者、そしてリベラルから保守にいたるまで、トランプ氏のように狭い視野で自己本位な外交政策で集団防衛も多国間合意も軽視する態度では国際社会でのアメリカの名声を貶めるとの認識が共有され、識者の間では懸念が挙がっている。外交問題協議会のマックス・ブート氏はトランプ氏批判の急先鋒であるネオコンの立場から、この大統領のアジア歴訪ではアメリカの責務が見過ごされたと論評している。中国ではトランプ氏はシェール・ガス、民間用ジェット機、マイクロチップなどの販売で2・5億ドルにのぼる商談に気を奪われ、貿易交渉の方は進展を見なかった(“These are the companies behind Trump's $250 billion of China deals”; CNN Money; November 9, 2017)。そうした中でベトナムではアメリカ第一主義を強調し、「自由で開かれたインド太平洋地域」を口にはしたものの、それが安倍晋三首相の提唱する日本の新しい外交の基本理念からの借り物であることは明白だった。しかしそうした表層的な言葉と裏腹にトランプ氏はTPPの批判に、アメリカ国民は多国間貿易合意のカモにされてきたとの認識を口にしたが、それは安倍氏の世界観とは全く相容れないものである。

さらにブート氏はトランプ氏の外交での振る舞いについてより根本的な問題を挙げている。この大統領は金星章戦死兵の両親やジャーナリストといった自分より弱い立場にある者と対立する時には非常に攻撃的だが、習近平国家主席やプーチン大統領のように本当に強い立場にある者と一対一で向き合う時には信じられないほど臆病になる。トランプ氏は人権にも言及せず劉暁波氏への哀悼の意も示さなかったかばかりか、習氏には知的所有権と不公正な貿易慣行で問い詰めることできなかった。同盟諸国がトランプ氏の独断的で取引志向の外交を信頼しないのも当然である(“Trump’s Worst Trip Ever. Until His Next One.”; Foreign Policy --- Voice; November 14, 2017)。トランプ氏はプーチン氏に対してもこのような振る舞いで、G20の折の両首脳直接会談直後にはロシアによる選挙介入がなかったと「信じる」とまで言った。

トランプ氏は自らの国際政治観をヘンリー・キッシンジャー氏に負っているとしているが、リアリストからも重大な懸念が寄せられている。ハーバード大学ジョン・F・ケネディ・スクールのスティーブン・ウォルト教授は、トランプ氏は民主主義と自由といったアメリカの価値観の普及など馬鹿にしきっているので、彼の世界観はアメリカが数十年にわたって築き上げた外交政策の財産を潰している。普遍的価値観がもたらす利点を軽視する一方で、取引本位の外交を追求するトランプ氏には国益と個人の利益の区別がつかない。これが典型的に表れたのは、中国とサウジアラビアへの訪問の時だった。トランプ氏の交渉技術は相手方に機嫌を取られるだけで、アメリカの重要な国益とも言うべき自由貿易、地域安定などを犠牲にしている。さらに危険なことに、トランプ氏はロシアのウラジーミル・プーチン大統領、トルコのレジェップ・エルドアン大統領、ポーランドのヤロスワフ・カチンスキ首相、フィリピンのロドリゴ・ドゥテルテ大統領といった独裁者がどのような政治を行なっているか理解せず、しかもそれが世界の中でのアメリカの立場をどれほど悪くするかも理解せずに称賛している(“Trump Isn’t Sure If Democracy Is Better Than Autocracy”; Foreign Policy --- Voice; November 13, 2017)。トランプ氏の我流リアリズムは不動産事業経営の経験に根差すものと思われ、そこから熾烈な競争の中で相手を出し抜く術を学んだのだろう。しかし国家と国家の関係はこのようには動かず、彼に言うように騙すか騙されるかの二分法に基づく世界観は、国際政治における多国間の枠組みを理解するうえで無知無教養ところか裏社会の人々のような思考様式である。

トランプ氏は自らを交渉術の達人だと吹聴するが、アメリカの情報機関よりもプーチン氏を「信用」すると口にするほど不用意である。そのように危険な不用意さはこの人物の自慢と矛盾している。ジョン・マクローリン元CIA副長官はそのようになる理由をいくつか挙げている。まずトランプ氏はアメリカの情報機関がもたらすロシアによる選挙介入の情報を信じていない。よってプーチン氏への称賛によって情報機関関係者を攻撃したいとの目論見がある。またロシアによる選挙介入をめぐる論争に国民の注目が集まれば、ロシアはアメリカで次の選挙の機会に介入しても警戒の目を逸らせるので、トランプ氏には究極的に有利に働く。さらにトランプ氏は特にシリアではロシアがアメリカにとって不可欠な戦略的パートナーだと信じている。彼の見解は誤りだが、プーチン氏のパーソナリティーとリーダーシップの在り方に惚れ込んでしまっているとあってはどうしようもない(“Why Putin Keeps Outsmarting Trump”; Politico; November 17, 2017)。トランプ氏の危険なほど不用意な態度はサウジアラビアに対しても見られる。それはモハマド・ビン・サルマン皇太子による「改革」がどのようなものもわからぬ段階で支持を表明し、この国との安全保障協力を進めようとしていることである。しかしイランへの対抗でサウジアラビアへの依存を強めることはリスクが大きく、ワッハーブ派を奉ずる王国の政治的安定性には疑問の余地がある(“Game of Thobes: Saudi Arabia”; AEIdeas; November 7, 2017)。いずれの場合もトランプ氏はタフ・ネゴーシエーターというよりは簡単なカモになっている。

トランプ氏がアメリカの外交政策での実績と伝統を軽視する根本的な理由は、主流派の政治家や知識人に対する根拠のない優越感であると指摘するのはブルッキングス研究所のロバート・ケーガン氏である。トランプ氏はスティーブ・バノン氏の助力で共和党を征服してしまった。両人には党の理念にもエスタブリッシュメントにも敬意を払う必要がないのは、主流派がバラク・オバマ氏への敗者であり続けたのに対して自分達は民主党を破ったと見なしているからである。党の組織と選挙基盤を征服してしまったトランプ氏は今や共和党そのものを自分の個人的な選挙マシーンとして利用している(“Faster, Steve Bannon. Kill! Kill!”; Washington Post; October 11, 2017)。『ナショナル・アフェアーズ』誌のユバル・レビン編集員はさらに、トランプ氏は経営の天才である自分は主流派の政治家や知識人より優秀だと信じ込んでいるからだと評している(“Donald Trump”; Entertainer in Chief”; National Review; November 27, 2017)。よってトランプ氏がウッドロー・ウィルソン以来のアメリカ外交政策の実績と伝統を何の未練もなく捨て去ろうとするのは、成るべくしてなったとしか言いようがない。トランプ氏が政権内で自分より知識も見識もある閣僚からの助言さえ一笑に付してしまうことが典型的に表れているのが、ジェームズ・マティス国防長官とレックス・ティラーソン国務長官が中東でアメリカの外交官と駐留部隊の安全と言う観点からエルサレムへの大使館移転に深刻な懸念を表したにもかかわらず、彼自身がその決行に踏み切った一件である(“Mattis, Tillerson warned Trump of security concerns in Israel embassy move”; Hill; December 6, 2017)。トランプ氏を政権内の大人達によってコントロールすることは実際には非常に困難である。

さらにこの政権が本質的にアメリカの誇るべき外交官集団に対して侮蔑的だということを理解する必要がある。それはレーニン主義に基づいて「行政国家の破壊」を目指すバノン氏の一味だけのことではない。国際社会は北朝鮮危機で見られるように、ティラーソン長官をマティス長官やH・R・マクマスター国家安全保障担当補佐官と並んで大統領を主流派の政策に導こうとする政権内の大人と見なしている。確かにティラーソン氏はオルタナ右翼ではないが、実際には国務省のプロフェッショナルな組織を損益重視の観点から破壊している。新規卒業者の職員募集を停止したことで、数百万ドル以上のプロジェクトの実施が大幅な人員不足に陥るであろう。職業外交官達はティラーソン氏による企業経営者さながらの組織運営に当惑している(“Present at the Destruction: How Rex Tillerson Is Wrecking the State Department”; Politico; June 29, 2017)。人員削減計画は省内全職員の9%にも達するほど急激なものである。さらに国務省の外交官の間ではティラーソン氏が連れてきた少数の側近だけで政策形成を行ない、自分達が排除されることへの批判が高まっている(“Tillerson Seeking 9% Cut to U.S. State Department Workforce, Sources Say”; Bloomberg News; April 28, 2017)。

問題は「外交の効率性」の名のもとに行なわれる国務省の人員削減と30%に及ぶ予算削減を超えたものである。ティラーソン氏は重要な問題を担当する部局や特使を削減しているが、その顧問となっているマリーズ・ビームズ氏は金融コンサルタントのキャリアを積んできたが外交政策には全く経験がない。廃止となる特使にはシリア、スーダン、南スーダン、北極圏の担当が含まれている。しかし議会の反対派はティラーソン氏に対し、特使は政治家の間で安全保障上の重要な課題に注意を引きつけるために必要で、こうした問題が忘れ去られることなきようにするためのものであるとの理解を求めている。廃止された特使は省内の他の部局に統合される(“First on CNN: Tillerson moves to ditch special envoys”; CNN Politics; August 29, 2017)。また民主化、人権、労働を担当する局が廃止される(“Tillerson 'offended' by claims of State Department's hollowing out”; Politico; November 28, 2017)。国務省各局から国連代表部に派遣される人員も削減される。例えばアフリカ局からは30人の人員が3人に削減される(“With Cost-Cutting Zeal, Tillerson Whittles U.N. Delegation, Too”; New York Times; September 15, 2017)。より問題視すべきは、ティラーソン氏が「上院での承認にかかる時間と費用の節約のため」と称して省内の重要ポストの人員を指名してい、ないことである。中でもアフリカ、東アジア、南および中央アジア、近東、そして西半球担当の国務次官補が空席のままである。ニコラス・バーンズ元国務次官とライアン・クロッカー元駐イラクおよび駐アフガニスタン大使は「トランプ大統領の急激な国務省予算削減と我が国の外交官および外交そのものを軽視する態度は素晴らしい外交官集団の喪失につながりかねない脅威である」と非難している(“Tillerson 'offended' by claims of State Department's hollowing out”; Reuters News; November 29, 2017)。

ティラーソン氏は国務省と国際開発庁の統合さえ打ち出しているが、外交機関と開発援助機関の役割は根本的に異なるものであり、だからこそ主要先進国では両者は分離されている。国務省は政策形成と外交を通じてアメリカの対外関係に対処するのに対し、国際開発庁は効果的で説明責任のあるプログラムの管理運営を通じて現地社会のエンパワーメントを支援する。こうした目的に合わせて国務省は中央集権的でヒエラルヒー化した組織運営がなされるのに対し、国際開発庁はボトム・アップの運営がなされるのは、災害救済活動に典型的に表れている。よって国務省の職員はゼネラリストで占められるが、国際開発庁ではスペシャリストで占められる(“Tillerson wants to merge the State Dept. and USAID. That’s a bad idea.”; Washington Post; June 28, 2017)。しかし真の問題はティラーソン氏でなくトランプ氏である。11月末にメディアでティラーソン氏に代わってマイク・ポンぺオCIA長官の国務長官登用が伝えられた時期、ブート氏はポンぺオ氏がCIAはロシアの介入は選挙に影響を与えなかったという結論に達したという誤った主張をしたことで情報官僚機構と衝突したことを指摘した(“Tillerson State Department ouster is overdue, but won't solve the Trump problem”; USA Today; November 30, 2017)。マティス氏やマクマスター氏のような純然たるプロフェッショナルな軍人と違い、ポンぺオ氏は陸軍を退役してから政党政治家となっているので、そのようにしてトランプ氏にすり寄るのも不思議ではない。政権内の大人がトランプ氏をコントロールするなどという期待は、この政権が本質的に政府の専門的官僚組織に侮蔑的なことを考慮すればあまりに楽観的である。彼らに「アメリカが作り上げた世界」がそれほどアメリカの国益と国際社会に寄与してきたかを理解できない。現在の政権内ではマティス氏ぐらいしか大人はいないのではないか。先のアラバマ上院補欠選挙でロイ・ムーア氏が落選した今、超党派の良識と良心が勢いを取り戻してトランプ衆愚政治に立ち向かえるかが死活的に重要になっている。


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2017年10月30日

トランプ大統領の東アジア歴訪を迎えるリスク

ドナルド・トランプ大統領が11月初旬に東アジアを歴訪する。今回の訪日では北朝鮮と通商問題が安倍晋三首相との二国間会談での主要議題となる。有識者達はトランプ氏の大統領職への資質と適性に疑問を呈しているが、日本の指導者達は彼の言動がどれほど不快であっても鼻をつまむような思いで耐え忍ばねばならない。ヨーロッパと違って東アジアでは多国間安全保障の枠組みがないので、合衆国大統領が誰であっても日本の国家的生存には強固な日米同盟が絶対に必要である。しかし今回の訪日に当たってはトランプ・リスクには要注意である。トランプ氏は余人には考えられないような行動で悪名高く、アメリカの戦略的パートナーとの閣僚および事務レベルでの合意からかけ離れた行ないも頻繁である。サウジアラビアとカタールの抗争はその典型例である。メディアも専門家もこの政権の外交政策過程をどうにかして理解しようとしているが、アメリカの外交政策を予測不能にしているのはトランプ氏自身であり、そうしたリスクが日中韓3ヶ国を訪問しようとしているのである。

そうしたリスクもあるが、合衆国大統領の訪問を受けることには象徴的なメリットもある。特に安倍政権はトランプ政権との緊密な関係を誇示することで中国と北朝鮮の脅威に対処しようとしている。しかしトランプ氏がしばしば独走し、政権内での外交政策の齟齬がアメリカ外交の妨げとなってきたことを忘れてはならない。ロシアに関してはトランプ氏と閣僚の見解の相違は依然として大きい。トランプ氏には自らがロシアのセルゲイ・ラブロフ外相に高度機密情報を漏らしたとのたまって世界を仰天させ、アメリカの外交政策に携わる政府関係者を驚愕させた(“Trump revealed highly classified information to Russian foreign minister and ambassador”; Washington Post; May 15, 2017)。ロシアによる選挙介入との関連もあり、トランプ氏と閣僚の間に見られるそうした行き違いはアメリカの外交政策の信頼性を低下させている(“On Russia, Trump and his top national security aides seem to be at odds”; Washington Post; April18, 2017)。

そうした中でトランプ大統領とレックス・ティラーソン国務長官の間で致命的な齟齬が起きたのは北朝鮮をめぐってであるが、それは当然ながら今回の東アジア歴訪の最重要課題である。トランプ氏はティラーソン長官が極秘チャンネルを通じて北朝鮮と接触した外交努力を嘲笑した。それは背信行為である。そうした行為には超党派の外交政策の専門家達から厳しい非難が寄せられた。ブッシュ政権期のリチャード・ハース元国務省政策企画部長は、トランプ氏の発言は外交の一体性を侵害すると非難し、ティラーソン氏には辞任まで勧告している。オバマ政権期のサマンサ・パワー元国連大使はさらに辛辣で、トランプ氏の言動は受け入れられるものでなく、アメリカ外交の信頼性を損なったと語った (“Trump undercuts Tillerson's efforts on North Korea”; Politico; October 1, 2017)。たとえティラーソン氏が辞任したとしても、トランプ政権の外交政策の方向には統一性がない。諸外国政府は経歴が優れたマティス国防長官に耳を傾けているが、政権内にはタカ派のニッキ・ヘイリー国連大使、企業志向のウィルバー・ロス商務長官、大統領家族の一員であるジャレド・クシュナー上級顧問などもいる。さらにトランプ氏は組織再構築や歳出削減によって国務省の弱体化をはかっている(“Should Tillerson Resign?”; Politico; October 1, 2017)。そうした状況ではトランプ氏の独走を抑えられそうではない。

トランプ大統領の統治で根本的な問題は、個人に対する忠誠と国家に対する忠誠の区別がついていないことである。ジョンズ・ホプキンス大学高等国際大学院のエリオット・コーエン教授によれば、ジョージ・W・ブッシュ元大統領なら政権スタッフが国家のために行なう批判を受け入れていたが、トランプ政権ではマティス長官とティラーソン長官が大統領への忠誠を優先するホワイトハウスのスタッフに不満を抱え続けているということである(“How Trump Is Ending the American Era”; Atlantic; October, 2017)。側近達がそのように従順である限り、政権内部でのトランプ氏の言動へのチェックはほとんど効果がない。よってサウジアラビア・カタール危機で見られたようなトランプ氏独走のリスクはまずます大きくなっている。日本政府はそうした危険性を充分に意識せねばならず、トランプ氏が日本を発って韓国そして中国を訪問する時にも何が起こるか目が離せない。また安倍政権はトランプ氏が海外公式訪問の際に行なったこれまでの失言と失敗を見直し、予期せぬ危機が起きた場合にはどのように対処するか検討する必要がある。

そうした事情はあるが日本人は非常に忍耐強く寛容で、どれほど評判が悪い外国の首脳でも受け入れられる。それはトランプ氏による西欧啓蒙思想への反逆を受け入れようとはしないヨーロッパ人の思考様式とは著しく対照的である。イギリスのテリーザ・メイ首相は国民の間に広まる反トランプ感情の高まりを受けて、トランプ氏の訪英招待を延期せざるを得なくなった。フランスではトランプ氏の革命記念式典への出席が、エマニュエル・マクロン大統領の支持率急落の一因にもなった。安倍首相はこうした国内世論を気にしなくても良いという小さな幸運に恵まれている。しかし安倍氏はトランプ氏に対して過剰に宥和的に思える。安倍内閣は天皇とトランプ氏の会見を設定しようとしている("Trump to meet emperor on his visit to Japan"; Nikkei Asian Review; October 24, 2017)が、それではヨーロッパ諸国の王室に対して悪名高きアメリカ大統領を受け入れよと圧力をかけるようなものだ。また、アメリカ国内ではネポティズムとクレプトクラシーの象徴として痛烈な批判を浴びているイバンカ・トランプ氏を国際女性会議東京大会に招待する("Ivanka Trump to speak at Tokyo women’s empowerment symposium"; Japan Times; October 25, 2017)ことは不適切である。好むと好まざるとに関わらず、東京での二国間首脳会議は日米連帯を見せつける機会ではあるが、日本政府はトランプ・リスクを充分に意識するべきで、ともかく危険は最小限に抑える必要がある。舞台裏での閣僚および事務レベルでの調整は、両国にとってこれまで以上に重要である。日本はトランプ氏に対して注意深くあるべきで、サウジアラビア・カタール紛争のような事態は極東ではあってはならない。

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