2020年9月18日

ポンペオ長官が唱える自由と民主主義は信用できない

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ヨーロッパ人とは異なり、日本人でも特に右派の間ではマイク・ポンペオ国務長官が唱えるウイグルと香港の自由が称賛されている。考えてみればそれは奇妙なことで、というのも日本人の中でも右派は必ずしもパックス・アメリカーナには満足していないからである。むしろ彼らは戦後の世界秩序に対して、リビジョニストの観点から異議を唱えている。しかしナショナリストから穏健な一般国民まで、日本人が中国の脅威と国際的なルールと規範に対する北京政府の反抗的な姿勢には懸念を強めていることは否定できない。地政学的に言えば、アジアにはアジア太平洋地域には信頼できる多国間の安全保障枠組がない。だからと言って、単なる反中感情からポンペオ氏を自由の救世主と崇めることは馬鹿げている。

 

去る7月23日にポンペオ氏がニクソン図書館で行なった演説には世界中からの注目が集まっているが、これに対しては専門家の評価はきわめて低い。リチャード・ハース氏はポンペオ氏による冷戦以来のアメリカの中国政策への批判からは、彼にはニクソン・キッシンジャー流の地政学への理解が根本的に欠如していることがうかがえると評している (“What Mike Pompeo doesn’t understand about China, Richard Nixon and U.S. foreign policy”; Washington Post; July 26, 2020)。ブルッキングス研究所のトマス・ライト氏はさらに、トランプのアメリカが行なう中国とのイデオロギー戦争は間違いだらけだと批判している。ポンペオ氏は世界が開かれて自由な民主主義体制にあるアメリカと、マルクス・レーニン主義の専制体制にある中国との衝突状態にあると述べた。しかしトランプ政権はリベラルでルールに則った世界秩序を破壊しながら、中国と同様に強圧的な大国による小国の搾取が可能となる支配従属的な国際システムを追求している。さらに問題となることは、トランプ氏とポンペオ氏は他の国での人権問題はそれほど非難せず、そのうえフリーダム・ハウスによると、彼らが政権の座にある間にアメリカの民主主義は年々劣化しているということだ。それではポンペオ氏の有志連合の正当性は低下するばかりである(“Pompeo’s surreal speech on China”; Brookings Institution; July 27, 2020)。よってセンター・フォー・ザ・ナショナルインタレストのポール・ソーンダース氏は、ニクソン図書館での演説はトランプ氏のための選挙運動に過ぎないとまで揶揄している (“Responding to Chinese and Russian Disinformation”; Tokyo Foundation; July 29, 2020).

 

ともかく、上記の専門家は一致してポンペオ氏による同盟国への激しい口調を批判し、それでは中国に対する自由諸国連合という彼の考えとは全く相容れないとしている。冷戦たけなわの時期から、歴代のアメリカ大統領は同盟国に防衛での負担分担を求め続けてきた。よってアメリカの国務長官が同盟国に対し、中国のような敵国に断固とした態度をとるように促すことは特に変わったことでもない。しかしポンペオ氏が演説の中でNATO同盟国を大々的に批判したことは前例のないことであり、有志連合の構築には役立たないと思われる。むしろ米欧間の亀裂をさらに深めるであろう。

 

ポンペオ氏はイランにも矛先を向けている。昨年12月、彼はこの国の宗教的少数派への抑圧を非難した(“Human Rights and the Iranian Regime”; Department of State; December 18, 2019)。しかし彼がイランの自由と民主主義にどれほど関与するかは疑わしい。アメリカン・エンタープライズ研究所のケネス・ポラック氏は、イスラエルとアラブ首長国連邦の国交正常化は外交上の画期的な成果ではないと評している。彼の視点では、これはイラクとアフガニスタンでも見られた通り、トランプ政権による中東からの戦略的撤退と軌を一にしている。そうなってしまえば、イスラエルとアラブ首長国連邦のみならず他のアラブ諸国もイランに対する力の真空を自分達で埋めねばならなくなるであろう (“Israeli-Emirati normalization: Be careful what you wish for”; AEIdeas; August 13, 2020)。トランプ氏は一期目の選挙運動で、サウジアラビアとその他の湾岸諸国に対してイランに対しては核武装して自国を促したほどであることを忘れてはならない。

 

イデオロギー戦争でのそうした一貫性の欠如は、ポンペオ氏の民主主義と人権に関する見解に由来する。ロバート・ケーガン氏が主張する("The Strongmen Strike Back"; Brookings institution), ように、彼はこれらの単語を自然法と普遍的リベラリズムというロック流の観点ではなく、ナショナリズムというハゾニー流の観点から理解している。この考え方は西側同盟国のリベラル民主主義よりも、むしろプーチンのロシアで権威主義的な伝統主義による統治の強化の邁進を謀っているウラジスラフ・スルコフ氏が主張する主権民主主義と軌を一にしている。日本の右翼はポンペオ氏とはナショナリストそしてリビジョニストという共通の絆を本能的に感じているものと思われる。そのことは彼の有志連合には信頼性がなく、ジョン・マケイン氏が普遍的な価値観に基づいて作り上げようとしたものとは比べ物にならない。

 

非常に問題視すべきは、民主体制と専制体制についてのポンペオ氏の定義はフェアではなく、彼自身の独特な地政学に基づいている。本年3月に国務省が“2019 Country Reports on Human Rights and Practices”を刊行した際に、ポンぺオ氏は自身の演説で市民の自由への最悪の侵害国として中国、キューバ、イラン、ベネズエラを名指ししながら、他にも報告書に記載されていたロシア、トルコ、北朝鮮などには言及しなかった。彼のアンフェアな言動によって、アメリカの外交官集団と彼自身の間に深い亀裂があることが露呈した(“Critics Hear Political Tone as Pompeo Calls Out Diplomatic Rivals Over Human Rights”; New York Times; March 11, 2020)。さらに、トランプ政権はアレクセイ・ナワルヌイ氏への毒殺未遂にも沈黙を貫き、ドイツのように迅速に対応してクレムリンを非難するにはいたらない(Nicholas Burns; Twitter; August 25, 2020)。マイケル・マクフォール氏はさらにロナルド・レーガン氏以来の歴代大統領はロシア訪問時にはクレムリンと反体制派双方の指導者に敬意を示してきたと指摘する。しかしトランプ氏とポンペオ氏はノビチョク毒攻撃には何も言わぬままである(“A Russian dissident is fighting for his life. Where is the U.S.?”; Washington Post; August 21, 2020)。同様に、ポンペオ氏は2018年にサウジアラビアが行なったジャマル・カショギ氏の殺害も非難しなかった。

 

一連のアンフェアな言動の他にも、ポンペオ氏の行動にまつわる倫理的な問題をさらに見てゆく必要がある。マックス・ブート氏が述べるように、ジェームズ・マティス国防長官をはじめとする「政権内の大人」達が退任してからというもの、ポンペオ氏はトランプ政権のイエスマンのリーダーとなった(“Trump relies on grifters and misfits. Biden is bringing the A Team”; Washington Post; August 23, 2020)。それが典型的に表れた一件がエルサレムからの共和党全国大会へのテレビ中継参加で、リチャード・ハース氏からデービッド・ロスコフ氏にいたるまでのオピニオン・リーダー達は、トランプ氏の選挙運動のために福音派の歓心を買おうと、外交を政局化したと厳しく批判した。このような観点から、『ワシントン・ポスト』紙のジャクソン・ディール副編集長は、ポンペオ氏を最悪の国務長官だと論じている。すなわち、ポンペオ氏が職務規範への侵害を繰り返すために外交官集団の士気は史上最低にまで落ち込んでいる。中でもサウジアラビアに勝手に武器輸出を行ない、その後に監察官を解任した一件が目をひく(“Mike Pompeo is the worst secretary of state in history”; Washington Post; August 31, 2020)。こうしたやり方で、彼はアメリカ国内での民主主義を劣化させているのだ!

 

結論として言えばジョン・ボルトン氏が回顧録に記したように、トランプ大統領が中国と貿易合意にいたれば、ポンペオ氏は自由と民主主義と言った自らの主張をあっさりと引っ込めかねない。よって、彼が掲げる大義など無批判的に信頼しない方が良い。他方で我々は「ディープ・ステート」とは緊密に連絡を取り、「アメリカの真の意志」が何かを理解すべきである。そうなれば、同盟国は自国とアメリカの政策調整をどのように進めるべきかを模索できる。アメリカ人でさえマイク・ポンペオという人物の扱いには難渋していることもあり、トランプ政権が続く限りは外交上のやり取りは難儀を極める状態にとどまるであろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

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2020年7月 8日

ドイツからの米軍撤退による最悪の事態

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ドナルド・トランプ大統領は6月に入ってドイツから9,500人の兵員を引き上げると唐突に表明し、米独両国の国家安全保障担当者達を困惑させた。留意すべき点は, 海外からの米軍撤退というトランプ氏のあきれ果てた選挙公約はこけ脅しではなく本気だということだ。今回が初めてではない。昨年秋にはテロとの戦いでアメリカの重要な同盟相手であったシリアのクルド人を見捨てた。今や自らの任期を終えようとしているトランプ氏は、アメリカ・ファーストの選挙公約の中核となる政策をヨーロッパで実行に移している。

リチャード・ハース氏が述べるように、トランプ氏の外交政策は「撤退ドクトリン」に基づいている。TPP、パリ協定、イラン核合意、その他の軍備管理合意といった多国間合意からアメリカを離脱させている。またシリアとアフガニスタンの安全保障への関与を放棄している(“Trump’s foreign policy doctrine? The Withdrawal Doctrine”; Washington Post; May 28, 2020)。そして今やドイツでの米軍のプレゼンスを削減しようとしている。私はトランプ氏のアメリカ・ファーストは国際世論に恐怖と不安と不快感をもたらすということで、オバマ氏のネイションビルディング・アット・ホームの劣化版だと見なしている。

そうした世界観に従い、トランプ政権はドイツに悪意のある仕打ちをしている。マイク・ペンス副大統領のような閣僚からヘリテージ財団のヤクーブ・グリジール氏やヒルズデール大学のマイケル・アントン氏のようなナショナリストの学者にいたるまで、親トランプ保守派はドイツが利己的に同盟にただ乗りし、EUを利用して彼らが要求する主権国家による二国間主義を受け入れようとしないと非難している(”Trump treats Germany like “America’s worst ally”; Brookings Institution—Order from Chaos; May9, 2019)。さらに最近退任したリチャード・グレネル前大使は「ドイツの継続的な貿易黒字に相応する報復措置として、米軍の撤退は有り得る」という間違った認識を述べていた(“Trump ‘to withdraw thousands of US soldiers from Germany by end 2020”; Local; 6 June, 2020)。 トランプ大統領の唐突な米軍撤退には、彼自身が主催するG7の7月出席をアンゲラ・メルケル首相が見合わせたことへの個人的な報復だっだとする情報筋さえある。ジョセフ・バイデン前副大統領の国家安全保障顧問を務めたドイツ・マーシャル基金のジュリアン・スミス氏は、そうしたやり方はアメリカの国益を損なうと評している(Twitter; @Julie_C_Smith; June 6)。まさにその通りで、トランプ氏のやり方は利益相反である。

非常に問題視すべきは、トランプ氏が国防総省にもEUCOM(アメリカ欧州軍)にも相談せずにこの決定を行なったことである。しかしグレネル氏はこれを否定し、トランプ大統領が昨年から準備をしてきたと言う(“National security officials unaware of Trump's decision to cut troops in Germany: report”; Hill; June 9, 2020)。こうしたプロセスはこの政権の本質的な危険性を示すもので、国家安全保障上の重要な決定が大統領と彼自身への個人的な忠誠派だけでなされている。グレネル氏には軍事的な専門知識もないので、具体的にどの部隊を撤退させるかも決められない。米欧双方の安全保障の専門家達は、トランプ氏のやることはヨーロッパの地政学で「メイク・ロシア・グレート・アゲイン」に向かうだけだと懸念している(“Real or Not, Trump’s Germany Withdrawal Helps Putin”; Chatham House Expert Comment; 8 June, 2020)。真の問題は、トランプ氏が自身の再選運動を外交より優先させていることである。彼の孤立主義的な支持基盤は、同盟国にもとられる強制的な交渉スタイルを素晴らしき「アート・オブ・ザ・ディール」と見なし、それがアメリカ外交に酷い結果をもたらそうとも気にも留めない(“Opinion: Trump is playing election games with US troops in Germany”; Deutsche Welle; 7 June, 2020)。

アメリカの国防政策に携わる者達には、ドイツはヨーロッパ、アフリカ、中東での戦略的なハブである。だからこそ、この国では大規模な米軍のプレゼンスが維持されている。そうした基地の中でもシュトゥットガルトにはEUCOMとAFRICOM(アメリカ・アフリカ軍)の司令部があり、ラムシュタインには米空軍のヨーロッパおよびアフリカの司令部、NATO欧州連合軍最高司令部の連合空軍司令部、そしてイラクとアフガニスタンでの負傷兵の治療に当たったラントシュトゥール地域医療センターがある。アフガニスタンでもそう(“The Aftermath Plan for Afghanistan”; National Interest; June 6, 2020)だが、トランプ氏は必要時にはすぐにでもドイツに米軍を送り込めると思っている。しかし軍事的な観点からは、このような動力的能力運用は空軍には比較的容易だが陸軍と海軍はそうはゆかない(“The German Drawdown Debacle”; American Interest; June 10, 2020)。

最後に地政学的な影響も考慮する必要がある。ロバート・ケーガン氏は米軍撤退による力の真空で、ヨーロッパでのドイツ問題が再浮上してくると指摘する。すなわち、域内でも最大の経済力と人口を誇るドイツは近隣諸国を圧倒するようになり、20世紀初頭に見られたようにヨーロッパの勢力均衡を不安定化させかねない(“Interview with Robert Kagan: Permanence of Liberal Democracy 'Is an Illusion'”; Spiegel International; 8 November, 2019)。イギリスのマーガレット・サッチャー首相(当時)も冷戦後のドイツ再統一の際に同様な懸念を強く訴えていた。

 

ドイツ問題はグローバルな安全保障にもより広範な影響を及ぼしている。ドイツと同様に、トランプ大統領は日本と韓国にも自国内に駐留する米軍への経費をもっと払うように要求し続けている(“From Germany to Japan, Trump seeks huge premium from allies hosting US troops”; Straits Times; March 8, 2019)。カーネギー国際平和財団のジェームズ・ショフ氏によると、トランプ氏はドイツのように多国間の安全保障枠組を振りかざさない日本にはより好意的に対処している。よって、ジョン・ボルトン前国家安全保障担当補佐官の回顧録に記された支払いをめぐる執拗な圧力については、そこまで深刻ではないと言う (“U.S. demanded Japan pay $8 bil. annually for troops: Bolton”; Kyodo News; June 22, 2020 and “Bolton memoir raises concern over Japan alliance if Trump re-elected”; Mainichi Shinbun; June 24, 2020)。にもかかわらず、トランプ氏は経費負担と兵員撤退をめぐる特異な選挙公約には、実現性の如何を問わずに固執している。この政権が二期目を務めるような事態に陥れば、全世界をめぐるアメリカの同盟ネットワークには致命的な被害となるであろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

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2020年4月25日

ロシアの憲法修正と外交政策

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ロシアの下院と憲法裁判所は3月にウラジーミル・プーチン大統領による憲法修正を承認した(“Russian Lawmakers Adopt Putin’s Sweeping Constitutional Amendments”; Moscow Times; March 11, 2020および“Russia's constitutional court clears proposal to let Putin stay in power beyond term limits”; ABC News; 17 March, 2020)。多くの注意が向けられているのは、修正によってプーチン大統領の人気と地位がどうなるのかである。しかし私はそこから進んで、この修正がロシアの外交政策にどのような影響をもらすのかに言及したい。プーチン氏のナショナリスト外交は、国内政治でのロシア正教会との双頭支配という伝統主義と相互に関わり合っている。私はプーチン氏が今回の修正を通じて、世界の中でのロシアのプレゼンスをどのように高めようとしているのかを述べてみたい。

 

まず欧米の極右とのイデオロギー的な共鳴について記したい。ポスト・ソビエト時代の混乱の経験から、プーチン氏は欧米リベラリズムがロシアに突き付ける社会文化および地政学上の挑戦を強く警戒するようになった。プーチン氏がロシア正教伝統主義への回帰によってそうした政治的アノミーを克服しようとしていることは、同じようにリベラルなグローバル化を快く思わないヨーロッパと北アメリカの白人キリスト教ナショナリスト達からも喝采されている。彼らはソ連後のロシアとはキリスト教の伝統を共有していると信じている。きわめて重要なことにプーチン氏の憲法修正案ではロシア正教の価値観に基づき、神への信仰と異性間の結婚が明記されている(“Russia's Putin wants traditional marriage and God in constitution”; BBC News; 3 March,2020)。しかしそれは近代国民国家の原則、すなわち政教分離に対する完全な侵害である。基本的にそれは学校教育において進化論よりも聖書の天地創造論を教えるようにという、アメリカのキリスト教右派の主張と表裏一体である。

 

プーチン氏が掲げる帝政時代以来のキリスト教的価値観は、コロナ禍発生からほどなくして実行に移された。ロシアはイタリアに大々的なコロナ援助を行なっている。クレムリンはこの機をとらえて、この国への影響力拡大を謀っている。地政学的に、イタリアは冷戦期からNATOの「柔らかい下腹部」であった。当時のイタリア共産党は西ヨーロッパ最大で、イタリアという国も石油の輸入や現地自動車工場建設を通じてソ連とは緊密な経済関係にあった。ソ連崩壊後も、そうした強固な関係は続いている。極右であれ極左であれ、イタリアのポピュリスト達はヨーロッパでのガバナンスの透明性に対する厳しい基準に不満を抱き続けてきたため、EUの友好国や諸機関よりもロシアや中国の方を嬉々として受け容れている(“With Friends Like These: The Kremlin’s Far-Right and Populist Connections in Italy and Austria”; Carnegie Endowment for International Peace; February 27, 2020)。

 

特に北部ではロンバルディア・ロシア文化協会に対し、ロシアのキリスト教極右でWCF(世界家族会議)やNRAといったアメリカの右翼団体と深い関係にあるアレクセイ・コモフ氏が支援を行ない、ロシアの影響力が浸透している(“A major Russian financing scandal connects to America’s Christian fundamentalists”; Think Progress; July 12, 2019)。クレムリンと歩調を合わせるかのように、ハンガリーのビクトル・オルバン首相はコロナ危機を好機にとらえて議会を停止し、自らの独裁的権限をさらに強化している(“Orbán Exploits Coronavirus Pandemic to Destroy Hungary’s Democracy”; Carnegie Endowment --- Strategic Europe; March 31, 2020)。プーチン政権のロシアとヨーロッパの極右によるそうした一連の行動からすると、コロナ禍の発生によって国際政治の枠組の完全な変化よりもむしろ、事件以前のパワー・ゲームが加速している。

 

さらに目下の修正案は国際的な規範に異を唱えるものである。それには国際法に対する国内法の優位が記されている。実際にはロシアは2008年のジョージア侵攻、2014年のクリミア併合、自国内での頻繁な人権侵害など、国際法を侵害してきた。クレムリンは2012年にWTO加盟を果たしたものの、貿易の自由化には積極的でなかった。しかしこ今回の修正案はプーチン大統領の国内での支持者に対し、ロシアは欧米に対して断固と立ちはだかるという明確なメッセージとなっている(“Russian law will trump international law. So what?”; AEIdeas; January 16, 2020)。プーチン案には領土不割譲も記され、それによってロシアの近隣諸国、中でも日本とウクライナとの関係は複雑なものになるであろう(“Putin wants constitutional ban on Russia handing land to foreign powers”; Reuters; March 3, 2020)。

 

これら一連の修正項目は、プーチン氏の最も緊密な側近であるウラジスラフ・スルコフ氏が提唱する主権民主主義に基づく可能性が非常に高い。このイデオロギーの基本的な考え方は、ロシアの民主主義はこの国の主権と文化的伝統に深く根付いたものなので、西側から人権や権力分立といった国内問題での介入を受ける謂れはないというものである (“Putin's "Sovereign Democracy"; Carnegie Moscow Center; July 16, 2006)。オープン・デモクラシーは、それは知的な触発がないイデオロギーでプロパガンダに過ぎないと評している(“'Sovereign democracy', Russian-style”; OpenDemocracy; 16 November, 2006). 興味深いことにスルコフ氏の主権民主主義は、欧米の極右の間で信奉されるヨラム・ハゾニー氏のナショナリスト民主主義とも共鳴し、アメリカのトランプ政権内ではマイク・ポンペオ国務長官や駐独大使から転身のリチャード・グレネル暫定国家情報長官の思想にも相通じている。よってプーチン氏の憲法修正は、一般に理解されている以上にグローバルな意味合いが大きいのである。そうした中で4月22日に予定されていた今回の憲法修正の国民投票は、コロナ禍のために延期された (“Kremlin Mulls Date for Post-Virus Vote on Putin's Constitution Reform”; Moscow Times; April 22, 2020). それによってプーチン大統領の外交政策にどれほどの遅れが生ずるかは明らかではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

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2020年3月21日

アメリカ大統領選挙と中東問題

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シェール・オイルおよびガスの急激な生産増大によって、アメリカの孤立主義と中東への非関与が加速することに懸念の声が高まっている。歴史が語ることは、エネルギーの自給ができたからと言って孤立主義に走ることは愚である。アメリカが連合国側に参戦する直前には鉱工業の生産力は圧倒的で、世界の60%もの石油を生産していた(“Timeline: Oil Dependence and US Foreign Policy”; Council on Foreign Relations)。アメリカ国民はパール・ハーバー攻撃によって、やっと認識を改めた。当時の彼らは国際政治で熾烈な力のやり取りを軽視していた。アメリカが中東から完全に手を引いたところで、敵対的な体制諸国やテロリスト達の考え方は変わらない。これらの勢力では、若者達に対して彼らのイスラム同胞の苦境がアメリカ、イギリス、シオニストの「枢軸」によるものだという憎しみを抱くように教育している。このように偏向したものの見方は数世代にわたって受け継がれている。この地域から手を引いてしまえば、第二、第三のパール・ハーバーか911同時多発テロを誘発しかねない。

 

大統領選挙運動の最中に、外交問題評議会は各候補者に外交政策に関する調査アンケートを送った。12の質問の内で4件は中東問題で、イランとの核合意、アフガニスタンからの撤退、サウジアラビアによるカショギ氏殺害、イスラエルとパレスチナの和平交渉が挙げられた。有権者は中東での長い戦争に厭戦気分を抱いているかも知れないが、外交政策の専門家から見れば当地域は依然として戦略的に重要なのである。中東が何世紀にもわたって文明と大国間の競合の十字路であったことを忘れてはならない。4つの質問の内で最も緊急性があるのはアフガニスタンである。

 

去る2月末にドナルド・トランプ氏はタリバンと和平の合意に至り、彼の地から軍を撤退させると表明した。何とトランプ氏が選挙公約を馬鹿正直に遵守したために、この度は「メイク・タリバン・グレート・アゲイン」となってしまったのである。アメリカは14ヶ月以内に軍を撤退させて力の真空を生じさせるばかりか、タリバンのテロリストを釈放してしまう。究極的には、それでは彼らが再び勢いを増しかねない(“President Trump's Disgraceful Peace Deal with the Taliban”; Time; March 3, 2020)。さらにトランプ氏はイラクとシリアから性急に軍を撤退させるといった、バラク・オバマ前大統領の中東政策での過ちを繰り返しているばかりか、アフガニスタンではビル・クリントン元大統領の過ちを繰り返している。1997年にクリントン政権はタリバンの支配地での石油パイプライン建設計画の見返りにテロ支援の停止を期待したが、その合意で911事件は防げなかった。トランプ政権がタリバンと成した合意も同様に危険である(“Trump’s bad Taliban deal”; Washington Examiner; February 27, 2020)。一体、彼にぬけぬけと民主党を非難する資格があるのだろうか?

 

次なる911事件を防ぐために、アメリカは開発援助を通じてアフガニスタン政府への関与を続ける必要がある(“The Riskiness of the U.S. Deal to Leave Afghanistan”; Council on Foreign Relations; March 2, 2020)。外交問題評議会のリチャード・ハース会長はさらに、アメリカはアフガニスタン政府と別個により細かく定められた安全保障条約を結び、兵員撤退の条件、そして経済開発から安全保障までの長期的な支援を取り決めておく必要があると主張する。それによってアフガニスタンでのアメリカの継続的なプレゼンスが保証される(“How Not to Leave Afghanistan”; Project Syndicate; March 3, 2020)。アフガニスタンはタリバンを政権の座から引きづり降ろしてから、アメリカの仲介によって大統領選挙の決着を着けている理由には、この国の憲法が大統領による統一的な統治を前提としながらも、実際には部族や軍閥が国土を割拠している。彼らは結果を素直に受け止めない (“Afghanistan’s Election Disputes Reflect Its Constitution’s Flaws”; Carnegie Endowment for International Peace; March 12, 2020)。

 

トランプ氏の対抗馬に出た候補者達は、イラン核合意、サウジアラビアの人権、イスラエル・パレスチナ和平交渉ではほぼ一致して多国間主義とアメリカ的モラリズムの尊重を訴えてはいるが、彼の無責任なアフガニスタン撤退に対して説得力のある反論を提示していない。アメリカの指導者も国民もまだ、ポスト911の中東について明確なビジョンを有していないように思われる。候補者の内で、バーニー・サンダース氏は、中東でのアメリカの長い戦争は軍産複合体と石油業界のせいだとする反戦左翼の見方に囚われている。それでは別種のアメリカ・ファーストである。有権者はアフガニスタンには関心がないかも知れないが、民主党はトランプ氏のやり方に対して強固な代替案を示す必要がある。

 

外交問題評議会の調査アンケートにある4件の質問の他に、共和党でトランプ氏の対抗候補となっているビル・ウェルド氏は、アフリカに関する質問を中東のテロと関連付けて答えているが、他の候補者達は開発援助とエンパワーメントへの言及にとどまった。実際に中東は他の外交問題と深く関わり合っている。アメリカはアジアにもっと比重を置き、中国の脅威の増大を食い止めるべきだという声もある。しかし私はアメリカの国際主義回帰の方が、どの地域を戦略的に重視するかよりもはるかに重要だと言いたい。中東から手を引くことは、依然として向こう見ずで時期尚早である。

 

 

 

 

 

 

 

 

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2020年1月31日

インド太平洋戦略の曖昧性

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昨年終わりに、私はインド太平洋戦略に関するいくつかの公開フォーラムに参加する機会があった。それはこの広大な地域で航行の自由と法の支配を守って行こうというものである。文字通りに言えばインド太平洋地域とはスエズ以東を指すが、政策論争のほとんどが南シナ海での中国の拡張主義に費やされるあまり、私にはこのグランド・ストラテジーがアジア太平洋戦略と混同、それどころか縮小しているように思えた。ほとんどの議論が中国の膨張に対して受動反応的(reactive)で、この地域に新しい秩序を打ち立てようという積極能動的(proactive)に思われなかったのは、そのためかも知れない。そこでインド太平洋戦略の背景をはじめから見てゆきたい。

 

現在のインド太平洋戦略の原案は、日本の安倍晋三首相が2016年のTICADナイロビ会議で表明した。安倍氏はアジアとアフリカを結ぶシーレーンの重要性を強調し、日本はアフリカの開発と安全保障のためにも航行の自由と法の支配を推進してゆくと述べた("Address by Prime Minister Shinzo Abe at TICAD VI"; Ministry of Foreign Affairs, Japan; August 27, 2016 および TICAD横浜宣言「インド太平洋」構想を明記”;日本経済新聞;2019年8月30日)。安倍氏の考え方は特に目新しいものではない。歴史上にはその先駆けがいくつもある。中世にはアラブ人をはじめとするイスラム商人が、アフリカから極東までの海上での物品および奴隷の貿易を支配した。植民地主義の時代には、大英帝国がスエズからシンガポール、香港、上海に至るシーレーンを防衛した。またイギリス海軍はアフリカからの奴隷輸出を阻止するために、法の支配の強制執行人となった。さらに最近ではブッシュ政権が拡大中東構想を打ち出し、イスラム過激派に対するテロとの戦いの遂行とこの地域一帯への民主主義の拡大を手がけた。

 

こうした歴史上の先例と比較すると、現在のインド太平洋戦略には俯瞰的視野と一貫性が欠けているように思われる。中国は重大な挑戦を突き付けているが、私にはイランやテロといった中東およびアフリカの脅威も中国の地政学的野心と関連付けて見る必要があると思われる。さらに、この目的のための多国間の枠組みも考慮する必要がある。実際に慶応大学の神保謙教授は、アメリカの太平洋戦略は1960年代から70年代にかけてのイギリスのスエズ以東からの撤退によるインド洋での力の真空を第7艦隊が埋めることになってから、実質的にインド太平洋戦略に進化したと述べている。それにもかかわらず、今日の我々が目にするのは西側の対イラン戦略の足並みどれほど乱れているかという状態である。そうした多元的な観点から、アジア太平洋を超えたこの地域の関係諸国の関与を述べてみたい。

 

アジア太平洋諸国同士でも国益と政策的優先事項が違うように、インド洋諸国もそうである。最も注目すべきはインドが「ルック・イースト」国防戦略で中国を最重要脅威と位置付けているにもかかわらず、アメリカからの戦略的な自立の維持を望んでいることである。そうした中でアフリカ諸国は中国の一帯一路をどこまで受け入れるべきか、戸惑っている。これら諸国は欧米から民主主義や人権で高説を説かれることは望まぬ一方で、ケニアのように中国から5G通信システムと紐付き援助による支配を受け、自分達にはほとんど関心もない東アジアの紛争に巻き込まれる羽目に陥るのではないかと懸念を抱く国もある。 (”焦点:インド太平洋構想の可能性”;日本国際問題研究所『国際問題』; 2019年12月)。そして、我々には域外の主要国もインド太平洋戦略に受け容れる必要がある。こうした観点から、アメリカとヨーロッパの協調はきわめて重要である。しかしドナルド・トラプ大統領は外交よりも彼自身の再選を優先して国内の保守派支持層への人気取りに走り、米欧間では中絶権やLGBTQ問題といった新しい人権をめぐる価値観の衝突が深まっている。マイク・ポンペオ国務長官はそうした権利を「信頼性のない権利」だと嘲笑する有り様である(The Case for Transatlantic Cooperation in the Indo-Pacific”;Carnegie Endowment for International Peace;Decomber 18, 2019)。

 

同盟国間での政策協調が停滞する中で、インド太平洋戦略には新たな挑戦者が登場してくる。ブルッキングス研究所のストローブ・タルボット氏は、アメリカとヨーロッパがイランをめぐって対立する一方で、ロシアが中東での影響力を増していると論評している。(The only winner of the US-Iran showdown is Russia”; Brookings Institution; January 9, 2020). 安倍氏はアメリカによるリーダーシップ不在の穴を埋めようと、日本の政治的プレゼンスを示すために野心的な構想を打ち上げた。しかし今日では、安倍氏が第6回TICADナイロビ会議で発言したようなアフリカとアジアをつなげようという壮大な政策構想を実施しようにも、アラブ商人やイギリス帝国主義者の時代よりも事態ははるかに複雑である。我々は中国の拡張主義といった特定の差し迫った問題に対処する必要がある一方で、他方では該当地域全体でのインド太平洋戦略のコンセプトの見直しが必要である。

 

 

 

 

 

 

 

 

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2019年12月24日

世界の無秩序化を加速する、トランプ政権のハゾニー的ナショナリズム

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きわめて逆説的なことに、ナショナリズムはその国の国際的に平凡な存在にしてしまいかねない。現在、アメリカでドナルド・トランプ大統領が掲げるポピュリスト的なナショナリズムは破滅的な内政の分裂をもたらしている。他方で国際舞台では、それによってマイクロナショナリズムが勢いづき、国民国家や地域機関を分裂させかねない。究極的にはそれがアメリカの同盟国、そしてアメリカ自身の弱体化につながりかねない。マイケル・アントン元国家安全保障担当副補佐官はトランプ政権の外交政策について、政権内部の視点から説明している(“An insider explains the president’s foreign policy.”; Foreign Policy; April 20, 2019)。

 

明らかにトランプ氏はネオコンではないが、そうかと言ってパレオコンでもない。アントン氏によれば、トランプ氏の外交政策観はどのイデオロギー的カテゴリーにも当てはまらないが、彼のアメリカ・ファーストというスローガンは人間の深層心理に根付く帰巣本能に由来するということだ。この点に関してはアントン氏の主張は妥当と思われ、実際にトランプ氏のようなポピュリストは自らの考えを洗練された概念で語らないからである。さらに深い理解のため、この論文では『ナショナリズムの徳』という著書で知られるイスラエルの政治哲学者ヨラム・ハゾニー氏の議論を適用し、トランプ政権の外交政策を述べている。ハゾニー氏はトランプ現象を作り上げたわけではないが、欧米の極右ポピュリストに理論的な基盤を提供している。

 

ハゾニー氏はポリスと帝国という概念をアリストテレスの『政治学』に基づいて比較対照している。ポリスとは均質的な「エトネ」(ethne)、すなわち英語のethnicから成り立っている。ポリスとはハゾニー氏が「自らが属するものへの愛」(love of one’s own)と述べる共同体本能に基盤を置き、そのことがアテネ人やスパルタ人といったポリス市民の間で自発的な愛国心を強めた。アントン氏は彼の理論によってトランプ氏のアメリカ・ファーストな外交政策、すなわち「メイク・アメリカ・グレート・アゲイン」を正当化している。他方で帝国は普遍主義に基づく多様性のある政治形態である。彼はクセノフォン、マキアベリ、モンテスキューらの著作を通じて、アケメネス朝ペルシアとローマの歴史的な欠陥に言及している。彼の見解では、他民族の帝国は非常に巨大なので、大規模な軍隊と秘密警察ネットワークによって秩序を維持する必要があり、そのことが抑圧的な政治形態につながっている。同様に、現行のグローバル化と地域統合では「自らが属するエトネへの愛」という人間本来の性質が疎外されてしまうという。

 

問題はエトネを広くも狭くも主観的に定義できることである。アレクサンダー大王はペルシアとの戦争開始にあたってその語を広く定義し、彼の言うヘレネスとはマケドニア人を含めた全てのギリシア人のことであった。他方で現在のマイクロナショナリストは、その語を狭く定義している。我々が留意すべきことは、近代国民国家はギリシアのポリスほど小さくも均質的でもないので彼らのような解釈では一国の分裂を促進しかねず、国家および国際安全保障に悪影響を与えかねない。

 

そうしたマイクロナショナリズム運動の内で最も危機的なものは、スコットランドでの動向である。遺憾なことにブレグジットがスコットランド独立運動を加速している。しかしスコットランドはイギリスの国防における戦略要衝である。英海軍はスコットランドが連合王国を離脱してもファスレーン原潜基地およびグラスゴーとロサイスの造船所を引き続き使用できるのか、深刻な懸念を抱いている(“Leasing Faslane could generate £1bn a year for an independent Scotland”; UK Defence Journal; August 19, 2019 : “First Minister claims independent Scotland still eligible for Royal Navy work”; UK Defence Journal; November 22, 2019 : “Would UK naval shipbuilding continue in Scotland if it left the UK?”; UK Defence Journal; December 16, 2019)。また、スコットランドはロシアによる海空からの侵入に対する北方の最前線でもある。イングランドの保守党右派はNIMBY感情が強過ぎるあまり、EUの規制と低賃金の移民労働者を過剰に意識している。

 

同様に、沖縄が米軍基地負担の削減のために日本からの独立を要求することも有り得る。沖縄が独立してしまえば、アメリカのインド太平洋戦略の実行にも大きな障害となりかねない。さらにアメリカ自身も分裂の懸念とは無縁ではない。トランプ氏が再選されるようなら、カリフォルニアが合衆国を離脱しかねない。また、欧米の極右がそのように無責任にハゾニー的ナショナリズムを追求するなら西側同盟全体を弱体化し、究極的には自分達の国益を脅かしかねない。

 

こうした観点から、マイク・ポンペオ国務長官が香港、ウイグル、チベットで自由を求める運動を後押しする本当の意味を再検討する必要がある。ブルッキングス研究所のロバート・ケーガン氏は本年の早い時期に、ポンペオ氏の民主主義とはロック的な自由主義でなくハゾニー的なナショナリズムに基づくもので、アメリカの外交政策で長年に渡って掲げられてきたウィルソン的な普遍主義とは相容れないと指摘している(“The strongmen strike back”; Brookings Institution; March, 2019)。こうした観点から、ポンペオ氏が中国は叩いてもロシア、サウジアラビア、トルコの人権抑圧には寛容な理由を推察できる。同長官はアメリカにとって産業および地政学のうえで手強い競合相手の分裂を目論んで、中国でのマイクロナショナリズムを支援しているようにも思われる。よって彼が対中タカ派であるというだけでアジアの同盟国にとって信頼に足る相手だと見ることは、いささか短絡的である。ヨーロッパでは彼がそこまで好意的に見られていないことを忘れてはならない。

 

非常に興味深いことにアントン氏は自らの論文で、ヨーロッパではNATOやEUといった多国間機関がアメリカ・ファーストの外交政策への妨げとなっているが、アジアにはそのようなものはないと記している。今やトランプ氏と彼に従うポピュリストたちのハゾニー的ナショナリズムと、欧米エリートと全世界のグローバリストの普遍的リベラリズムとの衝突が国際政治を揺るがしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2019年12月 2日

シリアから始まる、トランプ政権によるアメリカの覇権放棄

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国際社会はドナルド・トランプ大統領がシリアから米軍を撤退させ、中東において長年にわたってアメリカの同盟相手であったクルド人を見捨てる事態に驚愕した。このことは国際舞台でのアメリカによる安全保障上の関与を縮小するという、トランプ氏の横暴な選挙公約が実現に向けて着手されたことを意味する。きわめて重要なことに、トランプ氏のアメリカ・ファーストに向けた行動はシリアにとどまらない。今や彼の辛辣な言葉はポーカー・ゲームのためではなく、本気でアメリカの覇権を放棄しているという無責任さが明らかになった。

 

まずシリアからの地政学的な後退について述べたい。民主党ばかりか身内の共和党までもトランプ氏に強く反発したのは、力の真空によってロシアとトルコが地政戦略的に前進し、ISISが復活することに深刻な懸念を抱いたためである。また、シリアは選挙の争点ではないという事情もある(Why did Trump betray the Kurds? The rationales make no sense.”; Washington Post; October 10, 2019)。最も基本的な過ちは、トランプ氏が中東における「終わりなき戦争」と同盟ネットワーク維持のための継続的な軍事的プレゼンスとを混同していることだと、外交問題評議会のリチャード・ハース会長は言う。すなわち、トランプ氏が掲げるアメリカ・ファーストの公約は間違った前提に基づいている(“The High Price of Trump’s Great Betrayal”; Project Syndicate; October 17, 2019)。皮肉にもトランプ氏は民主党の前任者と同じ、それどころかさらに悪い過ちを犯している。これに関してマックス・ブート氏は以下のように論評している。2011年にバラク・オバマ大統領は、当時のヒラリー・クリントン国務長官、デービッド・ペトレイアスCIA長官、ジョン・マケイン上院議員らが反政府勢力への軍事援助に安全地帯と飛行禁止区域の設定を提言したにもかかわらす、アサド政権がレッド・ラインを越えるまではシリアでの化学兵器使用阻止のための介入を却下した。それはイラクのような泥沼化を恐れたためである。しかしオバマ氏はアサド政権を押し止められず、後にシリア政策を転換してクルド支援に乗り出すことになった。こうしたことから、ブート氏はトルコとロシアを勢いづけるだけのトランプ氏のクルド放棄には正当性は何もないと批判している(“Obama’s Syria policy was bad. Trump’s is worse.”; Washington Post; October 22, 2019)。

 

中東での地政学的な優位のみならず、トランプ氏はアメリカの価値観が持つ普遍的な正当性まで揺るがしている。トランプ政権はクルド・トルコ関係について外交政策関係者の間で広く共有されている見方を撥ねつけている。シリアのクルド人はトルコのPKKと緊密な関係にある。過去には共産主義との関係もあったが、現在のPKKについてはアメリカン・エンタープライズ研究所のマイケル・ルービン氏ら中東の民主化の専門家の間では、南アフリカのANCと同様に「自由の戦士」の団体だと見られている (“It’s time to acknowledge the PKK’s evolution”; National Interest; January 25, 2019). 他方でマイク・ポンペオ国務長官はハゾニー的なナショナリストの視点からPKKはテロ集団であるというレジェップ・エルドアン大統領の見解に同意し、トルコの侵攻を擁護している(“Turkey had ‘legitimate security concern’ in attacking Syrian Kurds, Pompeo says”; PBS News Hour; October 9, 2019)。よってトランプ政権はシリアのクルド人勢力がアメリカのテロとの戦いに多大な強権をしてきたことなど取り合わず、議会では超党派の批判を浴びるようになっている。

 

トランプ氏の地政学的な責任の放棄と「見返り重視」(quid pro quo)のナショナリズムによって、アメリカの同盟国との衝突は避けられなくなった。中東ではイスラエルが、トランプ氏はイランその他の脅威に立ち向かうことにはオバマ氏に劣らず消極的だと思い知らされた(“After Trump abandons Kurds, Israel knows it can’t rely on anyone”; Jerusalem Post; October 7, 2019)。福音派というトランプ氏の支持基盤も、イスラエルの安全保障が試練に立たされる時には何の頼りにもならない。さらに重要なことに大西洋同盟の亀裂が酷くなっている。アメリカのシリア撤退でヨーロッパ諸国が恐れていることは、テロの復活と難民の流入だけではない。かつてイギリス保守党で国家および国際安全保障の顧問を務めたガーバン・ウォルシュ氏は、トランプ氏によるクルド人勢力の放棄は、アメリカの安全保障の傘に依存する限りはウクライナのゼレンスキー政権のようにトランプ氏の個人的利益に尽くすか、さもなければ自主独立で行動せよとのヨーロッパ諸国に対する通告で、それがポーランド、ラトビア、リトアニアといった国々を心胆寒からしめるものだと論評している(“Kobani Today, Krakow Tomorrow”; Foreign Policy ---- Argument; October 16, 2019)。

 

シリアでの大失態に始まる孤立主義政策は、中東とヨーロッパにとどまらぬ甚大な損失となっている。アジアではトランプ氏は11月の東アジア・サミットを欠席した。彼には中国との戦略的競合など眼中にないということだ(Twitter: Ely Ratner; October 30)。 さらにトランプ氏は防衛費をめぐる交渉に進展がないとして在韓米軍の撤退まで口にしたとあって、国防総省の高官を慌てさせた(“Pentagon denies report U.S. mulls pulling up to 4,000 troops from South Korea”; Reuters; November 21. 2019)。そうした中で国防情報局は、米軍がISIS指導者のアブ・バクル・アル・バグダディ氏の殺害に成功したからと言っても、長期的にはISISはシリアで勢いを盛り返してくるとの報告書を発行した (“Trump's pullout from Syria allowed ISIS to gain strength, intel agency reports”; Politico; November 19, 2019)。ともかくトランプ氏は政権内の大人達を更迭し、アメリカ・ファーストという選挙公約の実行を阻むものは取り除かれた。彼が再選されるようなら、国際社会とって壊滅的となろう。その場合、アメリカの同盟国と外交政策形成者達は手を携えて、彼の言動に対する被害対策を模索せねばならぬだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2019年9月28日

米欧亀裂は日米同盟を弱体化する

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日米同盟は太平洋地域での安全保障上のパートナーシップだとの想定が一般的だが、本稿ではこの戦略的な要石を大西洋側から眺めてみたい。そのために、マイク・ポンペオ国務長官が昨年12月のNATO外相会議出席の際に、ドイツ・マーシャル基金のブリュッセル事務所で行なった演説に言及したい。トランプ的世界観そのもの彼の演説はヨーロッパ諸国に不快感を抱かせた。ポンペオ氏がきっぱりと否定した多国間主義と地域協力による世界平和こそ、ヨーロッパを第二次世界大戦前の敵対的な大国間の競合から解放した。あにEUは多国籍の官僚機構が支配する政治形態で、主権国家と市民は犠牲にされているとまで述べた(“Secretary of State Michael R. Pompeo at the German Marshall Fund, Brussels, Belgium”; US Missions to International Organizations in Vienna; December 4, 2018)。ポンペオ氏の発言によって米欧間の亀裂はきわめて大きく広がりつつあり、今やリベラル世界秩序の基盤は以前にもまして脅かされている。

 

ブリュッセル演説はアメリカの外交政策専門家の間でも否定的に評価されている。ブルッキングス研究所のロバート・ケーガン氏は、ポンペオ氏の演説ではイスラエルの学者で極右のヨラム・ハゾニー氏が主張するように民主主義が自由主義でなくナショナリズムに基づくと述べられたと指摘する(“The strongmen strike back”; Brookings Institution; March 2019)。外交問題評議会のスチュアート・パトリック氏はポンペオ氏の「原則あるリアリズム」をさらに厳しく批判している。ポンペオ氏はEU、国連、世界銀行、IMFといったアメリカが支援あるいは創設してきた多国間機関を批判する一方で、トランプ政権が同盟国の間でのアメリカの評価をどれほど悪くしているかについては言及していない。多国間主義は官僚機構を通じた手続きの過剰な負担を増大させ、アメリカの外交での主権に基づいた行動を制限してきたというポンペオ氏の見解とは逆に、パトリック氏は多国間協調は互恵的で、国際舞台でのアメリカの優位にもつながったと主張する。EUに関しても国家主権についてのポンペオ氏の根拠薄弱な見解に反論し、加盟国は全体の意思決定に最も強い影響力がある。同様に、ポンペオ氏は他の国際機関についても間違っている。より重要なことにポンペオ氏の擁護とは異なり、トランプ氏には世界秩序もアメリカの指導力も守る気はなく、長年にわたるアメリカの同盟国を邪魔者扱いしている(“Tilting at Straw Men: Secretary Pompeo’s Ridiculous Brussels Speech”; CFR Blog; December 4, 2018)。これはG7ビアリッツ出席を前にトランプ氏が発した「同盟国は敵国よりもはるかに我が国を利用している」という侮辱的な一言に典型的に表れている(“Trump heading to G-7 summit after insulting allied world leaders”; CBS News; August 23, 2019)。

 

EUは「平和と和解、民主主義と人権に対する取り組みでの成果」によって2012年にノーベル平和賞を受賞した。それは西ヨーロッパでの多国間協調を進化させただけでなく、ポスト共産主義時代の東ヨーロッパでは自由の価値観を広めた。ヨーロッパは大西洋社会での共通の価値観を守護しているのに対し、アメリカはそうした価値観を捨て去ろうとしている。大西洋側から見れば日米同盟は脆弱になるばかりである。こうした事情から、日本国際フォーラムがアメリカ国防大学とアトランチック・カウンシルとともに発行した日米共同レポート『かつてない強さ、かつてない難題:安倍・トランプ時代の日米同盟』を見直すには良い時期だと思われる。このレポートが昨年4月に発行されてから、アメリカの外交政策スタッフはトランプ化が進んだ。ジェームズ・マティス氏やH・R・マクマスター氏をはじめとする「政権内の大人」達は、ナショナリストかつ大統領忠誠派の傾向が強いマイク・ポンペオ氏とジョン・ボルトン氏に取って代わられた。今やそのボルトン氏さえ更迭され、アメリカ外交はトランプ氏の気まぐれな気質の影響をこれまで以上に受けやすくなっている。

 

トランプ氏による突然のTPP離脱にもかかわらず、日米間では米欧間ほどのイデオロギー上の相違は見られない。日本国際フォーラムの政策レポートにも記されたように、両国は中国や北朝鮮をはじめとするインド太平洋地域で増大する脅威に対処し、この地域での民主的な価値観を守るためのビルトイン・スタビライザーの構築に乗り出している。これによって両国の同盟がアメリカ国内政治の予測不能なポピュリズムから守られるとことになっていた。しかし実際はそのレポートにも記されたように、アメリカがリベラル世界秩序とアジアでの多国間協調に引き続き関与してゆくことを確約したのはレックス・ティラーソン国務長官とジェームズ・マティス国防長官であった。しかしポンペオ氏が彼らほど地域の安定に関与するか疑わしい。ポンペオ氏は香港、ウイグルなどの自由と民主主義を訴えてはいるが、その意味と長官の意図はウィルソン的理念主義よりも「原則あるリアリズム」どころかハゾニー的なナショナリズムのように思われる。ポンペオ氏が多国間外交について抱く侮蔑的な見解は、戦場から国連外交の場にいたるまで同盟国との緊密な政策協調を説くマティス氏のものとは著しく対照的である(Jim Mattis: Duty, Democracy and the Threat of Tribalism”; Wall Street Journal; August 28, 2019)。マティス氏とは異なり、ポンペオ氏は元陸軍大尉ながら軍部のエリートではなく福音派とティー・パーティーを権力基盤としている。よって、「政権内の大人」達がいなくなった現状では日米同盟は再び弱体化に向かっている。

 

G7シャルルボワおよびビアリッツでは、日本がヨーロッパとトランプのアメリカとの間で難しい立場にあることが明らかになった。ヨーロッパとアメリカがパリ協定とロシアのG7再加入をめぐって激しく対立するあまり、中国や北朝鮮といったアジアの安全保障での重要課題が脇に追いやられている(“Japan’s Disappointing G7 Summit”; Diplomat; August 28, 2019)。安倍晋三首相にはトランプ氏と比較的良好な個人的関係を通じてヨーロッパとアメリカの仲介役となり、日本の国際的地位を向上させようという野心があった。しかし米欧間の亀裂はあまりにも広く深い。現在、アメリカと民主主義同盟諸国の間ではイランが火急の問題である。ポンペオ氏は同盟国にホルムズ海峡防衛の有志連合に加わるよう要請しているが、ヨーロッパ諸国は当地に差し迫った脅威があるとは見ていないばかりか、トランプ氏のイランに対する意図も不透明である(”Trump’s coalition of one”; Politico; August 2, 2019)。サウジアラビアの油田への攻撃に関しては、IISSのフランソワ・エイスブール上級顧問はイランが攻撃を行なったというトランプ氏の主張を受け入れることには慎重で、アメリカの専門家にもそうした見方に同調する向きがある。日本もトランプ氏が提唱する対イラン有志連合への参加には消極的である。トランプ時代の米欧亀裂は、日本の「地球儀を俯瞰する外交」にも好ましからざる影響を与えている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2019年8月 2日

アメリカ民主主義の劣化と世界の無秩序

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ロバート・ケーガン

 

リベラル世界秩序への最も重大な脅威は、専制諸国の挑戦が強まる一方で西側民主主義諸国が自分達の体制や価値観を信用しなくなっていることである。特にアメリカ民主主義の衰退は世界に大変な悪影響をもたらす。我々は民主主義が現在どのように衰退しているのかを理解し、この動向を覆す手段を考えてゆく必要がある。ブルッキングス研究所のロバート・ケーガン氏は本年3月に刊行された“The strongmen strike back”と題する政策レポートで、専制諸国が突き付ける挑戦の根本的な問題を分析している。西側の専門家は従来からの専制国家を社会主義のような普遍的で一貫性のある理念がないとして過小評価するきらいがあるが、ケーガン氏はリベラル民主主義諸国にとってイデオロギーからも地政学からも脅威となっているのは権威主義そのものだと主張する。そうした状況下で西側は目下、ポピュリストという内なる課題に直面している。

 

ケーガン氏は歴史を通じて続くリベラル民主主義と権威的専制政治のイデオロギー戦争について語っている。彼の歴史的考察は今日の民主主義衰退を理解するうえでの鍵となる。古典的自由主義以前の世界では、人民は封建社会の強固なヒエラルヒーに支配されていた。 小作人は何世代にもわたって地主に隷属し、思想および宗教の自由は存在しなかった。啓蒙自由主義こそが個人を伝統的なヒエラルヒーと部族主義から解放した。フランス革命に対しては、ロシア、プロシア、オーストリアといった専制君主諸国は自由主義への反動で検閲と投獄を強化したので、建国したばかりのアメリカにとっては国家存亡にかかわる脅威となった。自由主義と権威主義のイデオロギー戦争は地政学戦争でもあった。そうした外部からの圧力とともに、自由民主主義が合理性に基づくにもかかわらず当時は非合理性という内部からの挑戦を経験していたことに私は言及したい。フランスでは革命後もボナパルティズムとブルボン王政が興亡を繰り返した。きわめて矛盾したことに、ナポレオン3世はメキシコに介入して権威主義の象徴そのものであるハプスブルグ家出身のマクシミリアン皇帝を擁立したが、最終的には失敗に終わった。また、アメリカは奴隷制度をめぐって国内の抗争があった。孤立主義外交は普遍的な価値観とは相容れないものだった。この矛盾が解決されたのは、ウィルソン的国際主義が台頭した時である。

 

初期の混乱はあったがリベラル民主主義は内外双方の難題を切り抜けた。ケーガン氏は専制諸国がどのように自壊したかを述べている。19世紀から20世紀初頭にかけて両世界大戦における枢軸国に代表される権威主義諸国は現実の戦争に敗れたのであってイデオロギー戦争に敗れたわけではない。従来からの権威主義が敗れ去った後、新たな強敵としてソ連共産主義が登場した。自由主義と同様に共産主義も普遍性と理性に基盤を置いている。ソ連の国力に恐怖と抑圧の効果的な活用もあって、共産主義は盤石に見えた。よってケーガン氏はジーン・カークパトリック氏による古典的論文“Dictatorships and Double Standards” (Commentary; November 1, 1979)を取り上げ、西側は従来からの専制国家を支援して全体主義的な共産主義勢力を封じ込めるべきで、それは前者の体制ならリベラル民主主義に移行可能だが後者の体制では不可能だと当時は考えられていたことに触れている。しかし実際にはケーガン氏が主張するように、共産主義はソ連指者層が西側を超越する物質的繁栄を達成できなかったために正当性を失った。しかし従来からの専制主義がポスト共産主義の時代には再び台頭してきた。ケーガン氏によれば、ロシアと中国は2000年代末までに以下の道筋で権威主義的な体制の強化を成し遂げている。ロシアではウラジーミル・プーチン大統領が自国の欧米とは違う「アジア的」な性格を訴えかけようと、ロシア正教会との帝政時代の伝統を復活させ、LGBTQおよびジェンダー平等をめぐる進歩主義の考え方を否定している一方で、中国は毛沢東思想から国家資本主義の国に変わった。それによって第三世界の専制諸国は人権および透明性ある統治をめぐって、西側の圧力に対する立場を強めた。権威主義への世界的な揺れ戻しは人類の相反する性質に由来する。ケーガン氏は我々が自由を希求する一方で、自分達の家族や国の安全が脅かされていると感じると独裁者に頼りかねないと述べている。外部からの挑戦がそれほど手強いなら、リベラル民主主義諸国は優位を維持できるだろうか?

 

 

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外部からの挑戦とともに、ケーガン氏は今日の西側民主主義諸国が直面している内部からの挑戦にも言及している。イデオロギー戦争においては、この側面はハードパワーによる地政学競争よりも重要である。ハンガリーのビクトル・オルバン首相は反リベラル主義の名の下に、白人キリスト教徒の伝統が非白人、非キリスト教徒で都市部コスモポリタンの価値観より優位にあるべきだと主張している。極右ポピュリズムはヨーロッパと北アメリカ一帯で台頭し、2018年にはイスラエルの有力知識人ヨラム・ハゾニー氏が自著“The Virtue of Nationalism”を理論的な基盤として普遍的な自由主義に対して諸国民が連携して抵抗するように呼び掛けている。アメリカでのトランプ現象は、そのような部族主義から来ている。保守派の中には普遍的な自然権に対してさえ異を唱え、アメリカはアングロ・サクソンでプロテスタントの伝統にのみ基づいた国であるべきだと主張している者もいる。非常に重要なことに、ケーガン氏は欧米のナショナリストの波及効果は非キリスト教諸国にもおよび、インドのヒンズー・ナショナリズムやトルコのイスラム主義の台頭につながっていると論評している。この点から見れば、トランプ大統領が今上天皇と安倍晋三首相との会談のため訪日した際に麻生太郎副首相がトランプ政権下のアメリカと緊密な関係にある日本は諸外国がやっかむほどの地位だと自慢した(「麻生氏、日本の地位は『諸外国やっかむほど』向上」;産経新聞;2019年5月26日)ことについて、私は嘆かわしく思っている。それが傲慢に聞こえるのは、民主主義の衰退に関する世界的な懸念への麻生氏の問題意識が低いうえに、こうした発言は他の自由主義諸国とアメリカでの超党派の外交政策エスタブリッシュメントへの侮辱になるからである。トランプ氏は2016年の選挙運動での日本はアメリカとの同盟関係にたかっているとの主張を蒸し返してきたが、それで麻生氏が自らの傲慢な発言を後悔したかどうかは私にはわからない (「日米安保、初対面から不満=安倍首相、トランプ氏との会話明かす」; 時事通信; 2019年7月3日)。

 

ケーガン氏は現在のアメリカ民主主義についてもさらに分析を進めている。アメリカの外交政策に関する議論はアメリカのアイデンティティとも関わり合っている。孤立主義への揺れ戻しが吹き荒れたのは、ウィルソン時代の後である。白人ナショナリズム、反移民運動、そして保護主義が強まった背景には、国民の間でアングロ・サクソンとプロテスタントの文化的伝統に固執する傾向が強まり、アメリカの建国基盤にあるリベラルな啓蒙思想の要素への反感が高まったことが挙げられる。今日ではそのようなナショナリスト保守派は反米的な指導者、特にウラジーミル・プーチン氏による欧州大西洋諸国はキリスト教的価値観や道徳的伝統といった西洋文明の基盤を取り戻して自由主義という普遍的な価値観を捨て去るべきだという主張に共鳴している。非常に興味深いことにケーガン氏は保守派の思想家、クリストファー・コールドウェル氏がアメリカ主導のリベラルな世界秩序に屈服しないロシアの独裁者を「全世界のポピュリスト保守派のヒーロー」だと主張していることに言及している。この点から言えば、アメリカ・ファーストはあまりに逆説的である。さらに問題となることに、全米民主主義基金のマーク・プラットナー氏が論ずるように主流派の中道右派政党が反リベラル民主主義の過激派に乗っ取られている。主流派の保守系議員が次々にオルタナ右翼に屈服するのも無理からぬことだ。ケーガン氏が2016年の選挙でクリントン陣営に加わる以前には、共和党と深くかかわっていたことを忘れてはならない。よって保守主義の変遷についての彼の分析は我々にとって重大な警鐘だと言える。さらに私はキリスト教のアイデンティティに固執する保守派の誤謬も指摘したい。アメリカの歴史には中世がないうえに、自国を旧世界の封建主義から解き放たれた存在と見なしている。しかしキリスト教国という考えは近代以前のものである。そのように退化的なイデオロギーで偉大な国など作り上げることは不可能で、ただ文明が後退して後発国になるだけである。

 

退化的な保守とともに、ケーガン氏は自由主義が今日では左翼からも激しい攻勢にさらされていると指摘する。現在の保守の多くが民主主義はナショナリズムに由来するもので自由主義ではないというハーゾニー氏の主張を信奉していることは、昨年12月にマイク・ポンペオ国務長官がブリュッセルのドイツ・マーシャル基金で行なった演説にも表れている("Tilting at Straw Men: Secretary Pompeo's Ridiculous Brussels Speech)。トランプ政権が任命したリチャード・グレネル駐独大使は、プーチン氏と共鳴してヨーロッパのナショナリストを支援しているほどだ。そうした中で進歩派はリベラル資本主義とアメリカ帝国主義を攻撃するばかりで、反米的な独裁者への抵抗には意欲的でなかった。冷戦中には保守と反共リベラルが手を携え、そうした極左を押し退けた。しかし今日では権威主義に対する諸派連合はなく、他方で専制諸国の方はかつての共産主義同盟のように一枚岩ではない。しかしケーガン氏はリベラルな国と非リベラルな国の違いは一般に思われているよりも顕著で、前者では自然権が尊重されるが後者では尊重されないと論じている。そうした中で、私にはリベラル諸国は地政学に目が向くあまり、専制諸国に対する戦略では上手く足並みがそろっていないように思える。ヨーロッパはロシアに、日本は中国に目が向き、アメリカは要塞化した孤立主義に陥りつつある。リベラル民主主義諸国間の国内政治と同盟の内部分裂によって、世界はさらに不安定化しかねない。

 

リベラルな世界秩序ではアメリカの圧力への恐れから、独裁政権が挑発的な行動を躊躇するようになる。アメリカにはオフショア・バランサー以上の行動が求められている。アメリカのリーダーシップが不在の今、私はヨーロッパや日本のような民主主義同盟諸国が直面する問題に言及したい。現在、ブレグジットがヨーロッパを揺るがせている。独仏枢軸はヨーロッパ統合の中心ではあるが、IFRI(フランス国際問題研究所)が昨年4月に刊行した“Macron Diplomat: A New French Foreign Policy?”によれば、ヨーロッパ防衛に関してフランスは平和主義のドイツを必ずしも信用していない。自主独立のヨーロッパの実現にはそれほど困難を伴う。他方で日本はトランプ政権下のアメリカとの関係が比較的良好と見られているのは、地元インディアナ州が日系企業を数多く受け入れているマイク・ペンス副大統領を通じたチャンネルがあるためである。しかしペンス氏は本年3月にアメリカン・エンタープライズ研究所が主催したディック・チェイニー元副大統領との会談で、トランプ政権のアメリカ・ファーストという方針を擁護した(“Former vice president Cheney challenges Pence at private retreat, compares Trump’s foreign policy to Obama’s approach”; Washington Post; March 1, 2019)。象徴的なことに、トランプ氏が貿易(“Trump takes dig at Japan for ‘substantial’ trade advantage and calls for more investment in US”; CNBC News; May 25, 2019)と防衛負担(“Trump muses privately about ending 'unfair' postwar U.S.-Japan defense pact”; Japan Times; June 25, 2019)をめぐって日本を批判した際に、ペンス氏はそれを止めなかった。ヨーロッパと違い、日本は特に中国をめぐってアジア近隣諸国と安全保障上の優先案件を必ずしも共有しているわけではない。アメリカでの政治的混乱で世界は不安定度を増している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2019年5月20日

トランプ政権によるアメリカ民主主義の危機

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今年のはじめにフリーダム・ハウスが発刊した“Freedom in the World 2019”では全世界で民主主義の勢いは弱まり、特にアメリカでの民主主義の衰退は危機的な状況であると述べられている。フリーダム・ハウスの100点満点の指標による総スコアはドナルド・トランプ大統領の就任によって急落している。ウェンデル・ウィルキーとエレノア・ルーズベルト大統領夫人(当時)によって1941年に設立されたフリーダム・ハウスは、アメリカの価値観外交の一翼を担ってきた。ウィルキーは1940年の大統領選挙で共和党候補として民主党のフランクリン・ルーズベルトと争ったが、彼自身の党の予備選挙では孤立主義の候補者達を破って躍り出た。現在、世界の民主化促進を担ってきた超党派のNGOは国内戦線に重点を移している。国内での民主主義の衰退は5Gをめぐる中国との競争以上に、アメリカの覇権の行方を左右する問題である。歴史的に、イギリスはビスマルク時代からカイゼル時代のドイツとテクノ・ヘゲモニーの分野で激しく競合しながらも、世界における議会制民主主義の模範として抜きん出た存在であった。アメリカ民主主義の劣化はそれほど破滅的なものである。

 

フリーダム・ハウスのレポートでは全体的な動向を以下のように記している。冷戦での西側民主主義諸国の勝利を経て、中国とロシアに代表される専制諸国がリベラルな世界秩序に反発した。第三世界にもこうした動向に追従する国もあり、そうした国々のフリーダム・ハウス指標は急落している。さらにグローバル化によって欧米社会での格差が拡大した。それは先進国の富裕層と新興国の労働者に利益をもたらした一方で、先進国の非熟練労働者は経済的に苦しくなっている。これによってアメリカとヨーロッパで反自由主義運動が高まり、権威主義的ナショナリズムの容認とともに多国間ルール、移民、立件民主主義が否定されるようになった。このレポートでは2005年から2018年にかけてのリベラル民主主義への信頼喪失を「世界の自由後退の13年」と呼んでいる。嘆かわしいことに今のアメリカは世界の自由を推進するリーダーではなく、民主主義と専制主義の対立の場となっている。

 

私がアメリカにおける民主主義の衰退を重大なものと考える理由は、これが超大国の内部崩壊になっているからである。専門家達が今世紀における大国間の競合を語る時には、グローバルなパワー・シフト、中国の台頭、ロシアの再大国化志向といった外部要因が注視される傾向がある。しかしリベラル民主主義諸国が優位を保てるかどうかは、専制諸国からの挑戦よりも内部的な強さ、安定、自国の体制への信頼にかかっている。アメリカの民主主義はトランプ政権登場以前からすでに危機にあった。党派分裂の拡大、経済的流動性の低下、特殊利益団体の強大化、そして事実に基づくジャーナリズムへの国民の敬意の欠如が見られるようになっていた。トランプ時代になって事態はさらに悪化している。フリーダム・ハウスのレポートではアメリカ民主主義の現状が以下のように記されている。トランプ氏は民主主義の基本的な規範を馬鹿にしきっていることもあり、G7+オーストラリアの中ではアメリカのフリーダム・ハウス指標は最悪になっている。この国はフリーダム・ハウスの評価で「自由」というカテゴリーに踏みとどまり、「部分的に自由」あるいは「自由でない」に落ちてはいないものの、建国の父が築き上げたアメリカの政治システムも健全な民主主義の維持を保証するものではない。このレポートではハンガリー、ベネズエラ、トルコといった例に触れて、民主的な制度が独裁者の前にはどれほど脆弱かが述べられている。

 

このレポートではトランプ政権の統治について以下5点から診断を下している。第一に、トランプ氏は法の支配をあまりにも軽んじている。移民問題をめぐって司法が彼に不利な判決を下すと、担当判事を「オバマの判事」や「いわゆる判事」呼ばわりして彼らの資格や中立性を責めたてた。司法省に対しては彼自身と政治的に対立したジェームズ・コミー氏とヒラリー・クリントン氏の起訴まで要求した。トランプ氏による司法に対する政治的な工作はさらに進み、自らに与えられた恩赦権限を利用して政治的に味方になる者に適用しようとまでしている。これらは司法の独立を多いに脅かす。第二にトランプ氏は報道の自由を抑圧している。彼は自分に不利なメディアにはすぐに「フェイクニュース」や「国民の敵」といったレッテルを貼り、事実に基づくジャーナリズムに対する国民の不信感を煽り立てている。またジャーナリストに対する法的そして社会的な保護も軽視するようでは、プーチン政権下のロシアなど専制諸国で見られるように報道記者の安全が脅かされるようになりかねない。フリーダム・ハウスが挙げたこれら2点は、トランプ氏が権力分立を侵害していることを示す。私にはトランプ氏が大衆の怒りを彼自身のためだけに利用し、民主的な統治を犠牲にしているように思われる。そうした所業がどれほど多くの国民の意志に反しようとも、トランプ氏は自らの目標の達成のためには気にも留めない。彼は自分の選挙基盤を満足させるためだけに職務を行なっている。

 

そうしたエゴイズムがもたらす腐敗は、フリーダム・ハウスが国別で民主主義のレベルを評価するうえで重要になっている。このレポートが挙げる第三の点は、透明性と公務の規範である。トランプ氏は近代民主主義の倫理的基準を頻繁に破っている。中でも彼の関連企業は問題のある国々からの資金流入がある。トランプ・オーガニゼーションはマンハッタンでの建設プロジェクトのために、中国の国営企業である上海城投資集団からの投資誘致の交渉を行なっていた(“As tariffs near, Trump’s business empire retains ties to China”; Washington Post; July 5, 2018)。また大統領選挙の直後にはサウジアラビアのロビイストがトランプ氏のホテルの部屋を借りきっている。これら外国からの介入の他にも、ジャレド・クシュナー氏とイバンカ・トランプ氏の登用は第三世界並みのネポティズムである。こうした利益相反は非常に多い。第四の点は、トランプ氏は結果が思わしくないと選挙の正当性を叩くことである。2018年の中間選挙ではトランプ氏は自分の支持者に対して、民主党が投票で不正行為を行なったと証拠もなしに言い立てた。他方で彼の政権はゲリマンダーやロシアなど外国勢力の介入にはほとんど関心を示さない。

 

これら4点の国内問題に加えて、第五の点はトランプ氏が民主化促進と集団防衛を軽視しているので、同盟国と国際社会からアメリカへの信頼は低下する一方である。他方でロシア、サウジアラビアからカンボジアまで、専制諸国はトランプ政権がアメリカの価値観を掲げなくなったことを歓迎している。アメリカとの熾烈な貿易戦争に直面している中国でさえ、この調子なら自国の権威主義的な開発モデルを第三世界に輸出できるとして歓迎している。フリーダム・ハウスはこのことがリベラル世界秩序の崩壊を刺激すると懸念している。ここでフリーダム・ハウスが挙げた5つの点はロシア捜査とも深く絡み合っている。トランプ氏が任命したウイリアム・バー司法長官については、ロバート・モラー氏と彼の同僚検察官達がトランプ氏は訴追可能だと述べているにもかかわらず、モラー報告書の提言を歪曲したとの疑念も生じている。現政権の非行は特に法の支配と選挙の正当性を損なっている。

 

問題は共和党がトランプ氏に対して宥和姿勢なことである。これはアメリカン・エンタープライズ研究所が非公開で設定したディック・チェイニー元副大統領とマイク・ペンス副大統領の会談に典型的に表れている。チェイニー氏は同盟国との摩擦の増加と「オバマ式」の非介入主義に対する懸念を述べる一方で、ペンス氏はトランプ大統領を選んだのは有権者であり、政権としてはそうした期待に沿うようにしていると言って正当化した(“Former vice president Cheney challenges Pence at private retreat, compares Trump’s foreign policy to Obama’s approach”; Washington Post; March 11, 2019)。さらにマックス・ブート氏は、マルコ・ルビオ上院議員とリンゼイ・グラム上院議員のような共和党の重鎮は過去に民主党の不正行為を糾弾しながらロシア捜査でのトランプ氏の違法勝つ非倫理的な所業を容認している(“Republicans are hall-of-fame hypocrites”; Washington Post: May 9, 2019)。民主主義の普及はアメリカの覇権の中核となる価値観である。現在進行中の中国との貿易戦争は大いに注目されているが、その勝敗の行方は世界秩序から見れば局地戦に過ぎない。これはロシアのセルゲイ・ラブロフ外相による、西側のリベラルな社会モデルは死滅しつつあり世界はもはやアメリカを信用していないという演説に典型的に表れている。 (“The New New World Order and the Russian Care Bear”; New American; April 15, 2019)。多くの同盟国が依然として対米関係を最重視しているとはいえ、トランプ政権によってアメリカへの信頼はますます損なわれている。そのことで世界の不安定化は進む一方である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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