2025年11月 4日

高市首相のMAGA追従外交に異議

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先の日米首脳会談にて、新任の高市早苗首相がドナルド・トランプ米大統領のノーベル平和賞受賞を支持したことに唖然とした。私はそれまで別の件での投稿を準備していたがこれを黙って見過ごすわけにはゆかず、今回はそちらを延期して急遽本件について寄稿することとする。

 

 元々、私は先の自民党総裁選挙より高市氏の言動を危険視していた。そして最も望ましいと思った自民党総裁候補は林芳正官房長官(当時)であった。私が高市氏への危険視を強めるようになった契機は、あの「鹿蹴り」発言である。その発言は排外主義だと批判され、さすがの高市氏もこれを引っ込めざるを得なくなった。だが私は同発言の時の高市氏の目付きには本能的な恐怖感を抱いた。まるで嘘でも何でも競争相手を言いくるめ、国民を扇動させた者の勝ちだと言わんばかりで、そのためには手段を選ばぬような目付きだった。これについては心理学者などによる、さらに専門的な分析が必要ではあろう。ともかく権力奪取のためにはこうした出鱈目な大衆扇動も辞さないやり方は、トランプ氏の「犬猫食い」発言と軌を一にするものである。右翼ポピュリズム、恐ろしや。

 

 そして新総裁は就任早々、参政党との連立協議まで行なった。これは実現しなかったものの、高市政権の右翼性を示すものとなった。トランプに対するノーベル平和賞受賞の推薦は、こうした一連の言動の延長線上にあるものだ。だからこそ、私は先の日米首脳会談に見られた、高市氏のMAGA追従に唖然としたのである。

 

 ところでトランプ氏はノーベル平和賞の受賞に相応しいのだろうか?まず国際社会での業績を評価するならガザとウクライナの和平が二大案件となるが、どちらも平和構築の目処は立っていない。ガザではイスラエルとハマスの人質交換を大々的に誇示したトランプ氏だが、その後はハマス武装解除の見通しは立っていない。そもそもイスラエルの人質解放人数では、バイデン政権の方が多かった。そしてウクライナでもロシアの攻撃が収まる気配はない。ウラジーミル・プーチン大統領とトランプ大統領の間の良好なパーソナル・ケミストリーは、和平には全く役立たない。印パ紛争ではパキスタンは満足したが、インドはトランプ調停に不満である。他のトランプ調停も完全に問題解決というわけではない。とてもではないが、ノーベル平和賞に値する成果など挙がっていないのである。

 

 そしてトランプ氏をノーベル平和賞に推薦しているのがどのような国かとなると、世界でも最高水準の自由民主主義体制の国は皆無である。まず中東唯一の民主国家を標榜するイスラエルであるが、ネタニヤフ政権のガザ攻撃は民間人への過大な被害から人道面で国際的に非難されている。その他の支持国も専制国家や右翼ポピュリズムに統治される国々ばかりである。具体的な国名を挙げると、アルメニア、アゼルバイジャン、カンボジア、ガボン、ルワンダ、アルゼンチン、ハンガリー、ギニア・ビサウ、セネガルといった顔ぶれである。日本は明治維新以来、世界の文明国あるいは一等国の仲間入りを国是に邁進してきた。高市首相のノーベル平和賞推奨宣言は近代日本の歴史的な方向性とは逆で、日本を「恥知らずリーグ」の仲間入りさせてしまう。

 

 トランプ氏の平和賞受賞資格について、何よりも問題視すべきは軍の正しい使い方を知らないということである。これでは平和の政治家とは、とても呼べない。トランプ大統領は非登録移民をめぐる国内での政治闘争に軍を動員しているが、これでは戦争に向けても平和に向けても指導力を発揮できない。ラテン語の有名な諺で“Si vis pacem, para bellum.”(汝平和を欲さば、戦への備えをせよ。)と言われるように、軍の使い方を誤っての平和は有り得ない。トランプ政権は国内では民主党市政のシカゴやポートランドなどに、犯罪や非登録移民への対策と称して州兵を派遣している。こちらは大統領の一方的な命令では派兵できないはずである。また麻薬対策と称し、議会の承認もなくベネズエラの船舶を攻撃している。トランプ政権は理由も、その論拠となる証拠も、議会や国民への説明責任もなしに、自分達には相手が誰であろうが所構わず殺傷する権利があると主張する。そのような主張を、保守系反トランプ派の代表的論客であるウィリアム・クリストル氏は厳しく批判している。ともかく、こんな大統領なら勝手に核実験くらい再開するだろう。このように国際政治のみならず、国内政治の観点から見てもトランプ大統領はノーベル平和賞には値しない。なぜ高市首相は嬉々として、このような人物を推薦するのだろうか?日本国の最高指導者の思考や感性がMAGA化しているなら、由々しき問題である。

 

 とはいえトランプ政権がグローバリズムへの被害妄想を抱えるMAGA岩盤支持層を基盤としているため、彼らとディールに至るにはある程度のご機嫌取りも止むを得ない場合も想定される。日本のリベラル派にはそうした覚悟もなく、いたずらに「対米追従」を批判しているようでは甘い。トランプ氏本人や、真っ赤なMAGA帽を被って反グローバル主義と反エリート感情を爆発させる人達は実に難儀な存在である。そんなトランプ政権が世界各国に仕掛けた関税紛争で、比較的好条件でディールに漕ぎ着けたのが、イギリスのスターマー政権である。それでも従来より高い10%の相互関税となっている。

 

 注目すべきは、先のトランプ氏訪英時でのテック投資合意と国賓待遇だろう。このテック合意はイギリス国内の世論を二分している。アメリカからの投資誘致によるテック産業への梃入れについては、保守党のウィリアム・ヘイグ元外相が賛同していることからして超党派の国策だと言える。他方キャメロン連立内閣で副首相を務めた自由民主党のニック・クレッグ元党首は、このディールでは国内のスタートアップ企業への支援につながらず、イギリスはアメリカの大手テック企業のデータ・センター化するだけだと懸念の意を表している。そのような国論の二分はあっても、韓国イ・ジェミョン政権も先のトランプ大統領訪韓でテック投資のディールに至っていることも忘れてはならない。

 

 またノーベル平和賞をめぐって子供じみた虚栄心を臆面もなく誇示するトランプ氏には、スターマー政権は王室歓待で相手の俗物丸出しの欲望を満足させた。労働党で生真面目な性格のキア・スターマー首相は、本来ならイデオロギーの面でもパーソナル・ケミストリーの面でもトランプ大統領と相性が良いとは言えないだろう。それだけに一連の交渉と歓待には相当な忍耐を要したと思われる。だがあれは党派やイデオロギーがどうあろうと対米関係を重視するという、戦後のイギリス外交政策の基本に則ったものではあった。いずれにせよ比較的好条件と言われるイギリスでさえこの有様で、各国とも独特な固定観念で世界を見るトランプ政権とのディールには難渋している。先の首脳会談での「対米追従」を批判する日本のリベラル派は、交渉案件となった各問題によほど詳しいのだろうか?それなら、もっと具体的な批判が求められる。高市首相が好きでも嫌いでも、漠然とした批判は無意味である。先述のクレッグ元英副首相が具体的に論点を絞って英米合意を批判していることに留意すべきである。ただし、そこまで低姿勢のスターマー首相でもノーベル平和賞推薦はしていないと念を押しておく。

 

 いずれにせよノーベル平和賞推薦の件は高市氏の右翼言動に連動しているので、日本政治で「ガラスの天井」が破られたという議論には疑問の余地がある。右翼政治家には専制君主のように権威主義的な傾向がある。そうした政治家の政権で、ジェンダーや人種などでの「ガラスの天井」が破られることはほとんどない。歴史を顧みれば、ロシアの啓蒙専制君主エカテリーナ2世の治世で「ガラスの天井」など破られはしなかった。周知のようにエカテリーナ大帝の強権的な内政および外交政策は、ルースキー・ミールの理念を掲げてウクライナに侵攻しているプーチン政権にとって模範となっている。今のクレムリンが世界でも際立ってマチズモ志向が強いことにも留意すべきである。従って高市首相への女性政治家としての特別視は、一切合切不要である。新首相のリーダーシップについては、統治、イデオロギー、扇動手法といったところを冷静に見て行くべきだろう。丁度、エカテリーナ2世やウラジーミル・プーチン大統領について議論する時のように。

 

 そのように右翼権威主義的な高市首相は先の自民党総裁選にて、「働いて、働いて、働いて、働く」という政治姿勢を訴えた。しかし件のノーベル賞推薦のように指導者が国を悪い方向に導くようなら、働き過ぎない方が好ましい。実際に第二次世界大戦時の東條英機首相は「働いて、働いて、働いて、働きまくって」くれたために、日本の国家と国民には壊滅的な被害を及ぼしてしまった。確かにトランプ氏は合衆国大統領の地位にあるが、実質的にはたかがMAGAの大統領に過ぎない。よって、あのように節操のないノーベル賞推薦では米国内の反MAGA派に喧嘩を売っているように見えてしまう。現在、日本でもヨーロッパ諸国と同様に安全保障での対米依存低減によるトランプ外交からのリスクヘッジが議論されている。しかし軍事的に「ひよわな花」に過ぎない日本の自主独立防衛は考え難く、アメリカ抜きでのヨーロッパやインド太平洋諸国との多国間パートナーシップにも過大な期待はかけられない。となると米国内の反MAGA派との連携こそ、トランプ外交への最強のリスクヘッジとも考えられる。そうした観点からもトランプ大統領への過剰な平身低頭は再考すべきである。

 

 先の日米会談では安倍レガシーが再三強調され、日本では官民挙げて両首脳のパーソナル・ケミストリーを過剰に重視されていたように思われる。しかし当の故安倍晋三首相が自身の回顧録に記したように、そんなものは全く当てにならない。実際にトランプ氏は内政でも外交でも、自分に忠実な者を容赦なく切り捨てるほどだ。有力国首脳でもインドのナレンドラ・モディ首相とはトランプ政権1期目には良好な関係だったが、2期目には関係悪化している。他方でイギリスのスターマー首相はこの政権と何とか良好な関係に努めている。以上、本稿に記した米国内や世界各国の動向に鑑み、高市首相にはトランプ大統領へのノーベル平和賞推薦を取りやめてもらいたい。

 

 

 

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2025年8月19日

先の参議院選挙と日本の国際主義

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去る7月20日の参議院選挙は、まるで低俗リアリティーショーのような結果となった。右翼ポピュリストの参政党が大躍進を遂げたが、彼らもアメリカのトランプ政権をはじめとする欧米の極右と同様に「中心の薄弱なイデオロギー」に基づいて排外主義を叫び、自分達への反対勢力に対するヘイト感情を煽り立てている。このような過激派に国家を乗っ取られないためにも、私としては超党派での国際主義者の連帯を訴えたい。

 

普段からの拙稿の内容の通り、私は永田町ウォッチャーではない。日本の内政については全くの門外漢である。よって本稿では先の選挙の分析を行なうこともなく、今後の政局について語ることもない。そして石破茂首相の留任についての是非も問わない。ここでは日本の国際主義とはどうあるべきか?それをどのように内政と外交に反映させるべきか?そして排外主義とヘイトのポピュリズムに、どのように対抗してゆくべきかを模索したい。参議院選挙直後の現時点では、永田町は党利党略にまみれた「コップの中の嵐」の状態にある。しかし今や世界秩序の破壊者となった右翼ポピュリズムを黙って見過ごすわけにはゆかない。先の選挙では参政党の躍進が注目されているが、他にも日本保守党、日本誠真会、NHK党など右翼ナショナリスト政党が、雨後の筍のように数多く出現した。

 

日本の繁栄と安定には、対外的にも対内的にも自由で開かれた社会が必要である。そうした社会がもららす、人、物、資本の自由な移動が国民生活を質量とも豊かにしてきた。また日本の内政も外交も、戦後のリベラル世界秩序からの恩恵を多大に受けてきた。そもそもアレクサンダー大王のペルシア帝国征服によるヘレニズム文明の繁栄以来、グローバル化は人類の歴史の進化を推し進めてきた。逆に反グローバル化の時代には歴史の退化が見られる。そうした例には、ローマ崩壊後のヨーロッパや明代からの海禁政策で世界から取り残された中国がある。現代の日本に於いても、歴史の退化をもたらす排外主義の台頭は座視できない。

 

過激ナショナリズムの何が悪いのかと言えば、それが他者に対する排除の意識に基づいているからである。すなわち「自分達が犠牲になって、あいつらが得をする」という、ゼロ・サム的世界観が彼らの思考の根底にある。そうした排除意識は外国人に対してだけでなく、自国民にも向いてしまう。先の参議院選挙に於いて、 参政党の神谷宗幣代表は「「子どもを産めるのは若い女性しかいない。男性や、申し訳ないけど高齢の女性は子どもは産めない」との発言で物議を醸した。私はこれが女性の問題に留まらず、ただならぬものを示唆していると瞬時に読み取れた。すなわち生殖と生産に関わらぬ者は国家のお荷物であり、彼らはこの国の福祉を享受すべきではないと。神谷氏のこうした思考は、ナチスが身体障碍者や知的障碍者に社会不適格のレッテルを貼って強制収容所送りにした所業と軌を一にするものである。彼が唱える日本人ファーストとはドナルド・トランプ米大統領が唱えるアメリカ・ファースト同様に、自国民に対しても排除意識丸出しである。

 

さて先の参議院選挙では自民党が本来の保守政党でなくなったから、右翼ポピュリスト政党に保守票が流れたと言われる。だが世界的に見れば、保守主義の定義は揺れ動いている。本欄で日本版国際主義のあり方を模索するうえで、まずこの点を踏まえて議論してゆきたい。大きな違いが見られるのは、レーガン・サッチャー時代の保守主義とトランプ時代の保守主義の間である。前者の保守主義は排外意識や被害者意識に基づいていないが、後者の保守主義は排外意識と被害者意識丸出しである。だからこそサッチャー政権下の要職を歴任したクリス・パッテン上院議員(後任のメージャー政権で最後の香港総督)は『プロジェクト・シンディケート』誌への寄稿で、「レーガンのアメリカ」との大西洋同盟関係を重視しながら「トランプのアメリカ」との関係には懐疑的だった。上記のような世界的な保守主義の定義の揺れに鑑みれば、先の参議院選挙での自民党敗戦は参政党など右派政党への保守票の流出が原因だという議論には疑問を呈したい。そして日本における自民党の保守本流とは吉田ドクトリンの忠実な継承であって、貿易立国を標榜する国際協調路線である。むしろ自民党の歴代総理総裁は保守本流を称しながら、実際の政策では一貫してかなりリベラルだったのではないか?

 

そうした疑問に応えるべく、ハドソン研究所のウォルター・ラッセル・ミード氏が提唱するアメリカ外交の4類型を歴代の自民党総理総裁に当てはめてみた。すると皆押しなべて「ハミルトニアン」になる。その典型は吉田茂首相や池田勇人首相である。「昭和の妖怪」と呼ばれた岸信介首相は内心では皇国ナショナリストとも見られていたが、実際の政策は貿易立国であった。岸氏の孫に当たる安倍晋三首相も同様である。すなわち自民党の保守本流とは、元々リベラル色が強かったのだ。先の参議院選挙で流出したとされる保守票は自民党の中核支持層ではなく、異端派である。そのために落選したとされる自民党右派の中でも杉田水脈氏は過激ナショナリズムや差別発言で物議を醸しがちで、自民党本来の支持層が嫌う候補であった。杉田氏のようにむしろ参政党とも思想が近いとされる政治家は、自国の国益を強引に押し出して国際社会との摩擦も厭わない「ジャクソニアン」に当たる。実際にアンドリュー・ジャクソン大統領は奴隷制の支持や先住民虐殺で悪名高く、合衆国史上最悪のレイシストでもある。国際非介入主義でリベラルな「ジェファソニアン」について日本で該当するグループは、一国平和主義を唱える護憲左翼が該当する。

 

アメリカの積極的な国際介入による人類普遍の理念の実現を標榜する、「ウィルソニアン」の日本版となるような政治家はいない。安倍晋三首相は「自由で開かれたインド太平洋」構想を唱え、岸田文雄首相は「今日のウクライナは明日の東アジア」だと訴えた。だがいずれも日本が国際公益を主導するほど強力なものではない。安倍氏の構想はリベラル国際秩序の強化を目指すように見えるが、それには祖父の岸首相ばりのナショナリストとリアリストの観点もブレンドされている。そして岸田氏が任期末に国賓として訪米した際に連邦議会にてアメリカ国際主義の継続を呼びかけたが、さすがに第二次世界大戦の英雄ウィンストン・チャーチル英首相ほどアメリカの国際主義世論の高揚に至らなかった。両者とも戦後の自民党総理総裁の例に漏れず「ハミルトニアン」の範疇に留まる。以上の議論より、末端ナショナリスト票の流出が自民党にとって痛手だったという見解は再検討を要すると思われる。

 

以上の分類より、日本版国際主義とはどのようにあるべきだろうか?その前に諸外国に於ける国際主義を概括してみる。まずアメリカで国際主義が台頭したのはセオドア・ローズベルト大統領からウッドロー・ウィルソン大統領の時代で、この国が従来の孤立主義を脱して国際政治で大国に相応しい役割を担うべきだとの主張が高まった。そして自由と民主主義という、アメリカの価値観の拡散が模索されるようになった。ただしトランプ政権になって人権問題が軽視されるなど、アメリカならではの価値観外交は影を潜めている。これに対しヨーロッパでは二度にわたる世界大戦の経験から多国間主義に基づく地域統合と、前時代の植民地帝国からの脱却が模索された。EC加盟の後発国だったイギリスでは、ナショナリスト気運の高まりでブレグジットとなった。しかし、その後はEU離脱派の首相が続いた保守党政権もグローバル・ブリテンの名の下にインド太平洋地域への戦略的傾斜やウクライナ支援の主導といった、国際主義の外交政策を採用している。スターマー労働党政権になってからは、EUへの復帰には至らぬものの、ウクライナ危機への対処もあってドイツやフランスなどとの関係も改善している。ブレグジットが必ずしも国際主義の後退をもたらしているとは言えない。

 

それでは日本版国際主義、それも党派の枠を超えて掲げられるべき理念とはどのようなものになるだろうか?近年になって近隣諸国からの脅威の高まりから、日本国民の間でも戦後平和主義が見直されるようになった。それでも日本が得意とする分野は軍事を中心としたハードパワー外交よりも、非軍事を中心としたソフトパワー外交であろう。そしてFOIPやウクライナでの戦争をめぐる日本外交でも見られるように、「法の支配」や「力による現状変更の否定」といった普遍的原則も訴えてゆくことになるだろう。しかし先日オーストラリアへの「もがみ」級フリゲート艦輸出という史上初の大型武器輸出契約が成立したとはいえ、日本の外交方針は基本的に「ハミルトニアン」であり続けるだろう。しかし世界各国に友好的な貿易立国という従来の立場を超えて、国際秩序での原理原則の遵守を訴える「ウィルソニアン」への傾斜を強めてゆくべきだろう。ただしアメリカのネオコンなどが自国外交について唱える「世界の警察官」の一翼を担うほどにはならぬであろ。

 

非軍事分野では開発援助やエンパワーメントなども日本のリーダーシップ発揮が期待される分野ではあるが、ジェンダー問題での国際的な存在感発揮をという主張の妥当性は微妙である。日本での女性の社会進出指標は主要先進国どころか途上国と比較しても低い。その一方で日本では「男性、若年、高学歴」よりも「女性、高齢、低学歴」の方が幸福度は高いという、世界の趨勢とは正反対の調査結果もある。こうした相反する結果があるからこそジェンダー問題での国際的リーダーシップという構想に疑問を抱きながら、他方ではこれが日本のソフトパワー外交で重要な案件にも成り得ると私にも思えてくる。

 

ここで注意すべきは、社会進出指標という統計データが立身出世という栄達を成し遂げた一部の者だけに注目しているということだ。大多数にとって、これは全く無縁な数字である。2016年にアメリカ大統領選挙で民主党のヒラリー・クリントン候補が史上初の女性大統領誕生かと世界的な注目を集めた。しかし米国内の地方の女性有権者の多くは、それはクリントン氏のようなエリートの問題で、自分達には何の関係もないという態度だったことを忘れてはならない。その一方で幸福度の統計となると、その結果に至る背景は明確に説明できない。ともかくジェンダー問題での日本のリーダーシップには、かなり未開拓な課題が多い。

 

国際主義とは対外政策に限らない。内政では海外資本や外国人労働力の流入が、先の参議院選挙で争点にもなった。両者ともこの国の経済発展に不可欠であり、また倫理的にもヘイトは論外である。ただし国家安全保障や国内治安への懸念は払拭されるべきだろう。そうした実務上の諸問題もさることながら、ここで私は先の選挙結果で増長するナショナリストへの反撃のために、小渕政権期に朝日新聞の船橋洋一編集委員(当時)が提唱した英語公用語化の主張を掲げるよう提案したい。その直接の目的は開かれた社会を維持しながら、安全保障および治安の要求も充足させることである。これが中国語公用語化では、後者の点で問題がある。よって日本社会にとって望ましい外国人像を提示すべきであろう。それは「血と肌の色が何であれ、嗜好、見識、道徳および知性においてグローバル社会の正当な一員」という明確でヘイトのない基準であるべきだ。英語公用語化とは、この目的に向けた第一歩である。

 

日本政界には国際主義を担える人材はいる。自民党の林芳正現官房長官や茂木敏充元外相、そして国民民主党の玉木雄一郎党首ら政界の重鎮達だけで、与野党の枠を超えてハーバード大学閥ができてもおかしくない。他の海外名門大学出身者では、岸田政権の政策ブレーンだった木原誠二元官房副長官がロンドン・スクール・オブ・エコノミックス出身である。このように超党派で日本型国際主義を担える人材はいる一方で、右翼ポピュリズムの頭目である参政党の神谷宗幣代表は関西大学法科大学院終了となっている。すなわち神谷氏は法学専攻であったのだが、彼の憲法改正草案には 基本的人権の保障、思想・良心の自由、そして信教の自由といった、近代憲法の基本が欠落していたという。これは神谷氏の国家観云々といった問題にもならない。ちなみに私は大学でも大学院でも法学を専攻していないが、それでも彼がどれほどレベルが低いミスを犯したかわかるほどだ。一体、神谷氏は法科大学院で何を学んだのだろうか?

 

まだ先の選挙から時も経ず、永田町では総理が誰か、党派の合従連衡をどうするかで議員諸氏は忙しいようだ。いずれにせよ神谷代表のような人物にこの国の政治が振り回される事態は異様である。参政党はいずれ失速するとも言われているが、先の選挙では雨後の筍のように右翼ポピュリスト政党が乱立したことを忘れてはならない。彼らの打倒には、内政と外交の両面で超党派での日本版国際主義の在り方が模索されるべきである。全ての政策は、そうした基本理念あってこそ成り立つ。

 

 

 

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2025年7月23日

「中心の薄弱なイデオロギー」によるトランプ政治の混乱

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学界や政策観測筋ではトランプ政権の予測不能性を理解する鍵を見出そうと、様々な情報源を模索している。特定の政策を理解するには、閣僚やその他の高官による発表や発言が参考になる。しかし、あらゆる政策について最終決定を下すのはドナルド・トランプ大統領自身である。したがってトランプ氏の攻撃的で時には自滅的な言動の背後で、そうしたものを駆り立てる力が何かを理解する必要がある。

 

彼のポピュリスト的な思想と行動を説明するキーワードはオランダ人政治学者、カス・ミュデ米ジョージア大学准教授によって「中心の薄弱なイデオロギー」(thin centered ideology)と呼ばれている。この用語との遭遇は、“LSE British Politics and Policy Blog” (1) でポピュリズムとトランプ関税に関する論考を読んだ時だった。その論考で「中心の薄弱なイデオロギー」という概念は、確固たる価値観や政策を欠いた反エリート主義的なイデオロギーとして説明されている。ミュデ氏の学説は日本の学界からも大いに注目されている。北海学園大学の高橋義彦教授は、ポピュリズムとは社会は最終的に「汚れなき人民」と「腐敗したエリート」という均質かつ敵対的な二つの集団に分かれると捉える「中心の薄弱なイデオロギー」と定義され、この世界観では政治は人民の「一般意志」の表明であるべきだと主張されると論評している。興味深いことに、高橋教授は、ポピュリストは社会の矛盾について正しい問題提起をしながら、それに対して間違った回答で応じてしまうと述べている (2)。本稿ではトランプ氏の「中心の薄弱なイデオロギー」について、貿易、反ユダヤ主義、イランという3つの問題に関して述べたい。

 

  1. 貿易

トランプ政権の最初の任期以来、関税は貿易交渉におけるブラフの手段となってきた。しかし、このような高圧的な姿勢で彼が何を達成したのかは極めて疑わしい。これらの関税攻撃は、現状不満を募らせるMAGA支持層を楽しませるためのリアリティショーのようだ。1期目にはトランプ関税がNAFTAを破壊したが、カナダとメキシコとの間でも同様の地域自由貿易協定(FTA)が締結された。同様に中国との暫定合意に達するや否や、トランプ氏は関税攻勢を撤回した。2期目になるとトランプ氏の貿易政策はより常軌を逸し、強制送還された移民や違法薬物の流入に関してカナダやラテンアメリカ諸国に圧力をかけるなど、より広範な政治目的のために利用されるようになった。歴史的に、ポピュリスト的な貿易政策は反エリート主義的であり、怒れる群衆を魅了するために政治的に倒錯している。興味深いことに、このような高圧的な交渉が不利になると、トランプ氏は即座に要求を撤回する。そのため、彼には”Trump Always Chickens Out”(常に尻込みするトランプ)を捩ったTACOという仇名が付けられている。

 

アメリカの貿易相手国の中で、トランプ氏はタフな姿勢をラストベルトのMAGA支持層にアピールするため、中国を最も厳しく攻撃している。しかし良識ある経済学者はトランプ氏の選挙運動以来、このようなリアリティショーを冷笑している。ラストベルトの雇用喪失を招いたのは中国ではなく、サンベルトへの労働移動である。トランプ氏の関税攻撃は完全に的外れである(3)。より典型的な「中心の薄弱なイデオロギー」は、ブラジルとの貿易交渉に見られる。トランプ大統領は、2022年の大統領選挙後にクーデター未遂で拘束されているジャイール・ボルソナーロ前大統領を釈放しなければ50%の関税を課すと、ルラ・ダ・シルバ大統領を圧迫している。トランプ氏は他国の司法権を侵害しており、これは法の支配の観点から容認できない。さらにアメリカは2007年以来、ブラジルとの貿易黒字を維持している(4)。トランプ氏の関税引き上げの目的は何だろうか?これらの貿易交渉は、外国の貿易相手国や自由貿易志向のエスタブリッシュメントへの苛めを見せつけるだけのリアリティショーなのか?

 

  1. 反ユダヤ主義

トランプ氏は大学の研究と教育を左翼的だと非難し、学問の自由を侵害している。大学キャンパスにおけるDEI運動を非難するとともに、イスラエルによるガザ攻撃に反対する学生集会をウォークで反ユダヤ主義だとレッテルを貼っている。しかしトランプ氏とその側近はヨーロッパの極右運動を支持してきたことを考えると、これは筋違いだ。第一期にはトランプ氏が任命したリチャード・グレネル駐ドイツ大使氏がヨーロッパ全土における親トランプの右翼運動の台頭を煽り、激しく批判された。このような政治介入は、『外交関係に関するウィーン条約』第41条違反となる(5)。2期目には、イーロン・マスク氏が悪名高いMEGAキャンペーンを立ち上げた。またトランプ氏の選挙運動はホロコースト否定論者として悪評を博すソーシャルメディア活動家、ニック・フエンテス氏の支援を受けた。さらにトランプ政権の一部の高官は反ユダヤ主義者と密接な関係を持ち、彼らの右翼的な主張を後押ししている。ホワイトハウスの国土安全保障省担当連絡官であるポール・イングラシア氏は、フエンテス氏を含むホロコースト否定論者と密接な関係にある。司法省ではトランプ氏がコロンビア特別区検事に任命したエド・マーティン氏(現恩赦司法官)が、ナチス支持者のヘイル=クザネリ氏への称賛で懸念を呼んだ。またカシュ・パテルFBI長官は、就任前にホロコースト否定論者のスチュ・ピーターズ氏をポッドキャストに招いた(6)。反ユダヤ主義がそれほど重要なら、なぜトランプ氏は彼らを任命したのだろうか?

 

にもかかわらず、「中心の薄弱なイデオロギー」はこうした論理的矛盾を気にしない。MAGAの群衆がシオニスト過激派に同調するのは彼らが親ユダヤだからではなく、反体制主義と排外主義、特にイスラム教徒へのヘイト感情に突き動かされているからだ。こうした反主知主義者たちは、ベンヤミン・ネタニヤフ首相のガザ政策に対する抗議活動を、ウォークで親テロリストだとレッテルを貼る。これがトランプ氏の反ユダヤ主義の定義である。したがって、ホロコースト否定論者、キリスト教ナショナリスト、その他の右翼がトランプ氏の主張に共感を示すのは不思議ではない。しかしイスラエル人はガザ問題に関して、ハマスによる人質への配慮が不充分であるとして、ネタニヤフ首相を必ずしも支持しているわけではない(7)。また、アメリカのユダヤ人は必ずしもイスラエルを盲目的に支持しているわけではない(8)。シオニスト過激派に批判的なユダヤ人も少なくない。トランプ氏が言う反ユダヤ主義は根拠に乏しいが、「中心の薄弱なイデオロギー」がこの用語を都合よく解釈している。

 

  1. イラン

最近のイランとの紛争は、孤立主義から軍事冒険主義へと揺れ動くトランプ氏の「中心の薄弱なイデオロギー」のもう一つの例である。トランプ氏は1期目にJCPOAから離脱したが、2期目には核不拡散のためのイランとの「平和的」な二国間交渉を開始した。1期目のシリアとアフガニスタンでの出来事に見られるように、トランプ氏は中東におけるアメリカの軍事的関与の縮小を望んでいた。しかし、ネタニヤフ氏はトランプ政権下のアメリカをイスラエルによるイラン攻撃に引き込んだ。アラブの視点から見ると、イスラエルとアメリカは特に反シオニスト過激派とイランという共通の敵を抱えている。また、アラブ諸国は党派に関わらずアメリカをコントロールするネタニヤフ氏の政治的手腕に驚愕している(9)。イスラエルは親イスラエル派のロビー活動やキリスト教右派を通じて、アメリカを味方につけるための影響力を持っている。この国の歴代首相の中で、ネタニヤフ氏はこれらのグループやアメリカの聴衆とのコミュニケーションに非常に長けている(10)。またトゥルシ・ギャバード国家情報長官を疎外したことからもわかるように、トランプ氏の米国情報機関への不信感を利用した可能性もある。トランプ氏はモサドの情報に基づいてイランを攻撃した(11)。

 

イランとの望ましくない衝突に巻き込まれたトランプ氏は、MAGAの選挙公約とは裏腹に、イランにおける「レジーム・チェンジ」という非常に考えにくい言葉を口にした。トランプ氏は国際主義的な外交政策を「エスタブリッシュメント」や「ネオコン」と揶揄してきた。さらに深刻なのは、彼の政権が国家安全保障会議と外交官僚組織の人員を大幅に削減していることである。アメリカは戦後、ドイツと日本に多大なブレインパワーを投入してきたことを忘れてはならない。DOGE主導の小さな政府では、これほどの大規模プロジェクトの計画を立てるには人員が不足している。トランプ氏が外交政策の方向性を突然転換したとしても、現政権はレジーム・チェンジへの準備などできていないことは明らかだ。彼は現在のシーア派神権政治後のイランに関して、いかなる理念や政策も示さなかった。さらに彼の政権の寡頭政治な性質に根差す国家と政権閣僚の企業との利益相反により、その外交政策はますます「中心の薄弱なイデオロギー」に突き動かされるようになっている。現在、アメリカはガザ、ウクライナ、イランという3つの困難な外交交渉を抱えており、トランプ氏はその全てにビジネス上の友人であるスティーブ・ウィトコフ氏を派遣している。こうしたカウディイスモは、不偏不党でプロフェッショナルな外交官集団に対する反エスタブリッシュメントかつ反主知主義的な軽蔑に由来するもので、これはDOGE主導の国務省人員削減とも密接に関連している(12)。ブッシュ政権のNATO大使、そしてバイデン政権の中国大使を歴任したハーバード大学のニコラス・バーンズ教授はNPRとのインタビュー(13)で、この点について重大な懸念を述べた。

 

トランプ氏はイランへの突然の攻撃を派手にアピールしたが、核施設と核開発計画継続の意志を一掃するには至らなかった。バース党政権下のイラクやシリアとは異なり、イランはたとえ最高指導者アリ・ハメネイ師や革命防衛隊の将軍たちが殺害されたとしても長期戦に耐えうる体制を備えている(14)。トランプ氏はイランの非核化について極めて「中心が薄弱」である。ブルッキングス研究所のロバート・ケーガン氏はサダム・フセイン政権下のイラクの事例を振り返り、爆撃は核の脅威を除去する保証にはならないと指摘する。むしろトランプ氏はこうした派手な攻撃を通じて、今年6月のロサンゼルス抗議デモへの州兵派遣に見られるように、法執行機関に対する独裁的な統制を強化する機会を捉えようとしていると警告する。もしイランがアメリカにテロで報復した場合、トランプ氏は非常事態を宣言するだろうと。そのためケーガン氏は、トランプ氏がイランでどのような成功を収めようとも、世界の自由民主主義を損なうことになると懸念している(15)。

 

結論

トランプ氏の「中心の薄弱なイデオロギー」は、いかなる問題においても一貫した政策方向性を示していないが、彼の統治は国家と世界に対して自らの存在感を誇示したいという、彼自身の欲望によって突き動かされている。これは、ノーベル平和賞獲得への強い希求に典型的に見られる。トランプ氏は、受賞によって宿敵であるバラク・オバマ元大統領に対する優位性を示したいのかもしれない。受賞者を選出するのはMAGAのアメリカ人ではなくノルウェーの委員会であるため、彼が受賞する可能性は極めて低い。しかしトランプ氏はオバマ氏に挑戦することで、MAGA支持層を熱狂させることはできる。彼が事あるごとに示す反エスタブリッシュメントで反主知主義の姿勢は、エリート層や諸外国に対する自らの優位性を示すことを意図したもので、それが他者へのヘイトに取り憑かれた群衆から喝采を浴びている。バーンズ氏とケーガン氏による正当な批判を考慮すれば、トランプ氏を現代アメリカ人のツァイトガイスト(Zeitgeist:時代精神)になり得る何かと見做すのは全くの誤りである。

 

「中心の薄弱なイデオロギー」は論理的には矛盾しているかもしれないが、感情的には非常に一貫している。これはトランプ政権の予測不能性を解明するキーワードである。本稿の主題ともなっている用語の概念は、バートランド・ラッセルが1940年に「(ファシスト運動における)第一歩は、一方では感情的な興奮によって、他方ではテロリズムによって、愚か者を魅了し、賢明な者を黙らせることである」と記したように、非常に古くて新しいものである(16)。我々が理解しているように、ポピュリズムとファシズムは深く絡み合っている。

 

脚注:

(1) “The populist logic behind Trump’s tariffs”; LSE British Policy and Politics blog; April 2, 2025

 

(2) “【書評】カス・ミュデ、クリストバル・ロビラ・カルトワッセル『ポピュリズム――デモクラシーの友と敵』“;東京財団;2021年5月17日

 

(3) “Shifts, Not Shocks: Rethinking Rust Belt Decline”; CATO at Liberty; May 23, 2025

 

(4) “Trump threatens 50% tariffs on Brazil if it doesn’t stop the Bolsonaro ‘witch hunt’ trial”; CNN; July 11, 2025

 

(5) “Trump's Ambassador Finds Few Friends in Germany”; Spiegel; January 11, 2019

 

(6) “Multiple Trump White House officials have ties to antisemitic extremists”; NPR; May 14, 2025

 

(7) “Netanyahu hopes for boost from Iran conflict - but do Israelis still trust him?”; BBC; 28 June 2025

 

(8) “'I left one conflict zone to enter another': Harvard's Jewish foreign students on Trump row”; BBC; 30 May 2025

 

(9) “From Clinton to Trump, Netanyahu fights with presidents and wins”; Arab Weekly; 22 June, 2025

 

(10) “Exactly Why Is It that All American Presidents Dance to Bibi’s Tune?”; The New Republic; June 20, 2025

 

(11) “US strikes failed to destroy Iran's nuclear sites, intelligence report says”; Reuters; June 25, 2025

 

(12) “Israel’s attack on Iran underscores Trump’s failures as a peacemaker”; Washington Post; June 13, 2025

 

(13) “Former U.S. ambassador to NATO discusses downsizing in the State Department”; NPR; July 12, 2025

 

(14) “Regime change in Iran seems unlikely amid war with Israel, Middle East scholar says”; PBS; Jun 21, 2025 

 

(15) “American Democracy Might Not Survive a War With Iran”; Atlantic; June 21, 2025

Or, AOL

 

(16) Bertrand Russell’s essay “Freedom and Government”, published in the 1940 anthology “Freedom: Its Meaning”, edited by philosopher Ruth Nanda Anshen, p.253

 

 

 

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2025年5月 9日

「トランプの世界」での「日欧同盟」について、生成AIはどのように答えるか?

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アメリカのドナルド・トランプ大統領は第二期目においては「政権内の大人」に煩わされることもなく、MAGAとアメリカ・ファーストの立場がさらに過激になったことを明示した。ウクライナ和平協定を取引本位で模索していることからもわかるように、世界は無秩序に向かいつつある。そのような世界では、自由民主主義諸国は、MAGA勢力の手に落ちたアメリカによる混乱を乗り越えるためのリスクヘッジが必要である。日欧同盟はこの目的に適うだろうが、それが大西洋同盟や日米同盟に取って代わるわけではなく補完的なものに留まるだろう。全世界に広がるアメリカの同盟国にとって、安全保障の傘を完全に放棄することは依然として非現実的である。このようにますます複雑化する世界において、生成AIは将来の政策の方向性を示すことができるのか?その一例として、トランプの世界での日欧同盟に関する私の質問に対するGrokの回答について述べたい。

 

Grokは最近になってツイッター(現X)に追加された生成AIアプリケーションである。日欧同盟については私のツイートからのプロフィール概要に基づいて、そのアプリでは以下のように簡潔に説明された。それには3点の戦略的根拠があり、ロシアがヨーロッパとアジア双方に及ぼす脅威、中国による全世界での一帯一路構想とFOIP(自由で開かれたインド太平洋戦略)への挑戦、そしてトランプ政権の略奪的なアメリカ・ファーストが挙げられる。実際のところヨーロッパと日本は情報共有や兵器の共同研究開発といった軍事協力、そして経済政策の調整を追求することができるであろう。政治的には、国連やG7における日欧の結束した発言はルールに基づく世界秩序の強化に繋がり、ウクライナ、バルト諸国、台湾といった小国が、ロシアや中国といった近隣の略奪的な大国に抵抗するうえで一役買えるだろう。問題は双方の地理的な遠隔性と、同盟から疎外に対するアメリカの不快感であると。

 

これは今回の主題の典型的な教科書的な序文に過ぎず、生成AIの真の思考能力を判断するにはさらに会話を続ける必要がある。これらの質問の中で、Grokが長々とした複雑な質問を、言葉だけでなくニュアンスまでも正しく理解し、どのように簡潔に議論を方向づけているかを注視したい。ここでは日欧関係とトランプのアメリカに関してのオーソドックスで予測可能な質問ではなく、私自身の関心による非オーソドックスな質問をいくつか見ていきたい (1)。

 

【質問1】:トランプ氏はメディアに対し、F-47次期戦闘機のモンキーモデルしか同盟国には提供できないと述べた。それは冷戦時代のソ連の所業である。彼の脳はあまりにもロシア化している。アメリカの同盟国は、GCAPやFCASといった独自のハイテク兵器への支出をもっと増やすべきか?またイランのF-14がイスラム革命から劣悪な状態に置かれているため、トランプ氏の発言は意味をなさない。彼には世界の安全保障よりも、次世代戦闘機の販売利益に関心があるように思われる。

 

これに対しGrokはトランプ氏が思考回路を「ロシア化」したわけでもなかろうが、同盟国の安全保障よりもF-47の輸出利益を優先しているという、モンキーモデルに関する私の懸念を条件付きで認めた。同盟国が「信用の置けない」F-47ではなく、イギリス、日本、イタリアによるGCAP、あるいはフランス、ドイツ、スペインによるFCASに支出を充てるべきかどうかという点については(2)(3)、Grokは双方の研究開発プロジェクトの概要を示し、GCAPは日本の対中国配備のスケジュールに間に合うが(4)、たとえ劣化版であっても将来的なF-47の調達を排除すべきではないとも答えている。私はこの回答について、次世代戦闘機の研究開発には何年もかかるため、アメリカで別の政権が将来登場すれば同機正規モデルの輸出を許可する可能性があるとの趣旨だと解釈している。他方でトランプ氏のようなナショナリストが、イランのF-14の場合のように同戦闘機の部品輸出を停止した場合のサプライチェーンの寸断というショックを起こす可能性については言及していない(5)。AIは質問の全てに答えるわけではない。

 

それでもこのAIアプリケーションは、トランプ氏によるソ連さながらのモンキーモデル輸出は彼の根深いアメリカ・ファーストを象徴しているのではないかという、私の質問の重要な点に答えた。この質問は長いうえにそれほど単純ではないが、生成AIは私の意図を深く理解している。興味深いことに私は質問文でGCAPをGPACと誤入力したが、それをGrokは正しく解釈した。

 

【質問2】:それでは、核抑止力について質問する。日本は独自核兵器を保有せずに、イギリスとフランスの核戦力強化のための研究開発を支援すべきか?日本が自主的に核武装すれば国際的な核不拡散体制の崩壊を加速させ、それが却って自国の国家安全保障に重大な脅威をもたらしかねない。またトランプ政権下のアメリカが同盟国を放棄した場合、日本は両国と核共有を行なうべきか?

 

日本は核兵器を「持たず、作らず、持ち込ませず」という非核三原則を堅持しているため、この質問は非常に物議を醸してしまう。しかしトランプ政権第二期においてアメリカの核の傘の信頼性が低下するとあっては、日本にとってリスクヘッジは重要な課題となる。Grokは私の質問に対し、研究開発と核共有という二つの観点から回答した。そして前者については肯定的に評価する一方で、後者についてはやや慎重な姿勢を示した。日本には英仏の核戦力を支援するための資金と技術力がある。また日本が独自の核兵器を保有することで他の非核保有国への核拡散を刺激し、世界の軍備管理体制を破壊するリスクを冒すことは国際社会の利益にならない。これは日本と英仏との核共有にも当てはまる。しかし核共有では中国との緊張激化の懸念から、日本国内で反核感情がより深刻化しかねない。またこのようなリスクヘッジが模索されるなら、ナショナリスト傾向を強めるアメリカは同盟への日本の忠誠心に疑念を抱くことも考えられると。

 

しかしGrokが「日本では国内核兵器はタブーだ」と懸念していることに私が必ずしも同意できないのは、イギリスとフランスの核兵器のほとんどは陸上配備型ではないので恒久的に配備されることはないからだ。そうした兵器は必要に応じて日本の海上防衛または航空防衛施設に配備されるだけである。結局のところ、自主独立の核抑止力は日本にとって、最後の最後のそのまた最後の手段である。したがってアメリカが党派に拘わらずポピュリストの手に落ちて超大国の自殺行為に走る際の空白を埋めるために、英仏両国との核安全保障パートナーシップについて質と量の両面で検討する必要があるとも思われる。現状では両国合わせても、その核抑止力はあまりにも小さ過ぎる(6)。

 

非常に興味深いことに、イギリスはトランプ政権下のアメリカの統治が国家安全保障にとって重大なリスクとなっているため、アメリカ製のトライデントSLBMへの依存を見直しつつある。現在、イギリスが自主独立で配備する核兵器については以下の3つの選択肢が検討されている。そこで単独またはフランスと協力による抑止力の構築が挙げられる。しかしどちらの場合も、核研究開発での規模の経済性は限られている。そのため、NATOなどの欧州大西洋の多国間枠組みの中でイギリスの核抑止力を強化するという第三の選択肢が検討されている(7)。その場合、このプロジェクトには日本やオーストラリアなど太平洋諸国の参加も有り得る。

 

【質問3】: 問題は地政学に留まらない。トランプ政権下のアメリカにおける民主主義の衰退は、『プロジェクト・シンジケート』誌に掲載されたクリス・パッテン氏の最近の記事でも指摘されているように致命的な問題である。彼は親EU派のヘーゼルタイン氏とは対照的に親米派のサッチャー元首相と非常に近かったものの、MAGAに乗っ取られたアメリカから英国がより主権と自立性を持つべきだと主張している。彼は政治家としてのキャリアを通じて、ヨーロッパとアジアの両方を理解している。こうした状況を踏まえ、アメリカが自由の理想と人道主義を後退させている中で、日欧同盟はどのようにして価値観に基づいた外交を主導できるのだろうか?

 

質問でも述べたように、イギリスのクリス・パッテン上院議員は熱心な大西洋主義者であり、レーガン・サッチャー時代の世界秩序の寵児であった。また香港の最後の総督、そして元欧州委員会対外関係委員として、アジアとヨーロッパの両方に通じたイギリスの国益代表者であった。こうした経歴から、パッテン氏は「トランプ政権下のアメリカは1月6日暴動に見られるようにもはや自由の価値観の担い手ではないため、イギリスはアメリカとの数十年にわたる特別な関係を格下げすべきだ」と主張する。オックスフォード大学前総長としてパッテン氏はウィンストン・チャーチル以来の英米同盟の歴史を学術的に振り返り、トランプ氏が共通の価値観という根本的な前提を破壊したと主張する。そのため、パッテン氏は、キア・スターマー首相に対し、イギリスはトランプ氏の要求にすべて屈服すべきではないと強く訴えている(8)。実に驚くべきことに、スターマー氏はトランプ政権下のアメリカとの有利な貿易協定と引き換えにヘイトスピーチ法を撤廃しようとしている(9)。労働党がMAGA政策を採用するとは、なんともひどい追従である!さらに、トランプ氏の歴史と地政学に関する知識の欠如は、彼の大国重視の外交に如事実に表れている。パッテン氏が言うように、二度の世界大戦はセルビア、チェコスロバキア、ポーランドといった小国から始まったのだ。

 

現在のアメリカの混乱した統治と現大統領の国際情勢に対する理解不足を考えると、日欧同盟は価値観重視の外交におけるアメリカのリーダーシップの欠如を補完できるであろう。Grokの回答を振り返ってみたい。民主主義、法の支配、人権といった共通の価値観に加え、双方とも災害救援や環境といった人道問題にも取り組んでいる。ルールに基づく世界秩序を尊重する両国は、トランプ氏が「ディール外交」の名の下に小国を搾取するやり方に反対するようになる。これは世界の安全保障環境を権威主義体制に有利なものにしているが、トランプ氏は気にしていない。パッテン氏は香港の民主的統治をめぐる中国との交渉経験から、権威主義体制との衝動的な妥協の危険性を学んだ。もしトランプ氏が本当にウクライナと台湾を放棄するのであれば、日欧同盟がその空白を埋め、パッテン氏が構想する民主連盟再編の実現を後押しすることもあろう。しかしヨーロッパも日本も、単に道徳的な優位性という理由だけで現在のアメリカ中心の同盟を民主的なミドルパワー同盟に置き換えることはできないことを忘れてはならない。それはトランプ大統領の存在にもかかわらずアメリカはあまりにも大きく強大であり、地理的な遠隔性はヨーロッパと日本の戦略的優先事項を分断し得るからである。

 

最後に今日の世界秩序における最も重要な問題は、トランプ関税である。日欧同盟は、トランプ政権下の米国との貿易戦争にどのように対処すべきか?私は最近、以下のような質問をしてみた(10)。

 

 

【質問4】:貿易交渉は世界経済体制だけでなく、地政学の問題でもある。より多国間のアプローチが望ましくはあるが、トランプ氏のアメリカ・ファーストに基づく貿易政策に多国間の連携で対抗するよりも、米現政権との交渉を優先している国も見受けられる。その中で経済大国2ヶ国について問いたい。

(1) 日本はトランプ政権との早期合意を望んでいるようだが、それが性急過ぎると他国の貿易交渉に悪影響を及ぼしてしまうのではないか?石破政権はあまりにジャパン・ファーストになっていないか?

(2) イギリスは関税引き下げと引き換えに、ヘイトスピーチ法の廃止を提示した。もし労働党政権がMAGAの主張を容易に受け入れれば、保守党はさらに右傾化し、イギリスの内政でイデオロギー的なsurenchère(競り上げ)現象が加速しかねない。それによってイーロン・マスク氏のMEGA(ヨーロッパを再び偉大にする)構想がヨーロッパで右派ポピュリズムを刺激し、最終的にはNATOとEUの分裂にもなりかねないのか?

 

日本に関してGrokは悪い前例となるリスクを認めつつも、石破政権はFOIP参加国やNATOと緊密に政策連携しており、それほどジャパン・ファーストではないと指摘する。石破茂首相は先のベトナムとフィリピン訪問の際に、貿易戦争におけるアメリカとASEAN諸国の仲介役としての日本の役割を強調しているので(11)、この反論には一理ある。それでも日本が性急な合意を急ぐことで、世界貿易秩序が崩壊する懸念もある。トランプのアメリカとの貿易協議において、石破政権高官はほぼ日本の国益についてのみ言及している。リベラル世界秩序の熱心な支持者で徹頭徹尾の反トランプ派である私のような者にとっては、それはいかにもジャパン・ファーストに聞こえてしまう。

 

イギリスに関してGrokは「スターマー氏がMAGAに譲歩すれば保守右派、ひいては改革党が勢いづくのではないか」という私の懸念を認めている。さらに、MAGAの政治文化が浸透すれば、ヨーロッパ全土で反EUまたは反NATO感情が高まり、イーロン・マスク氏のMEGA扇動を助長することになるだろう。Grokは、私の以前の質問に記した「アメリカの民主主義の後退は非リベラルなヨーロッパの周辺勢力を力づけ、労働党の譲歩はその流れに油を注ぐ可能性がある」というパッテン氏の警告についても、返答の中で言及している。親EU派のスターマー氏は慎重な行動を取りつつも、トランプ政権に対抗するためにEUとの新たな貿易・安全保障パートナーシップも模索していると(12)。

 

これに先立ちゴードン・ブラウン元英首相は2008年の金融危機の際に国際社会が行なったように、世界的な景気後退とインフレを克服するためのマクロ経済政策と金融政策における各国間の協調を呼びかけていた(13)。またブラウン氏は法の支配の再構築による新たな世界秩序に向けた集団的イニシアチブには、新興国をも抱合することを提唱している。私が言及した日欧同盟はトランプのアメリカ、プーチンのロシア、習近平の中国によるシャープパワーの取引主義に対し、こうした国々の意見に耳を傾けてルールに基づく多国間主義を再構築することができる。この目標達成のために、ブラウン氏はイギリスに対し安全保障と経済の分野でEUとの戦略的パートナーシップを再構築してブレグジット後のショックを乗り越えるよう促している(14)。

 

生成AIは思考をまとめ、時には見落としていた点に気づくうえで非常に役立つ。特に不確実性が増す世界において、日欧同盟のような複雑な問題を探求する際にはなおさらである。また教師がAIの思考に慣れておくことは、学生がレポートやエッセイを提出する際にAIによる不正行為を検知する上でも役立つ。最後に、イーロン・マスク氏がDOGEでの世界を騒然とさせる仕事でAIを活用していることに注目すべきである。このアプリケーションに精通することは、彼の奇妙な思考方法を理解する上で役立つであろう。結局のところ、AIは問題を解決する万能薬ではない。AIの答えは、各人の質問の質に依存する。また、様々なAIが次々と登場し進化しており、それぞれに長所と短所がある。トランプ政権下における日欧同盟の問題を議論する際には、この点を念頭に置かねばならない。この問題についてもっと模索するにはAIに対してより多く、そしてより深い質問してゆく必要がある。

 

 

脚注:
(1) Grok Chat

(2) "Sixth-Generation Fighter Showdown: F-47, GCAP, FCAS, and J-36 (Baidi)"; European Defence Review; 24 March, 2025

(3) "Will Boeing’s F-47 ‘KILL’ European GCAP & FCAS Programs As U.S. Could Export 6th-Gen Jets To Allies?"; Eurasian Times; March 23, 2025

(4) "Global Combat Air Programme Joint Statement"; UK Government; 20 November 2024

(5) "How Iran manages to keep its F-14 Tomcats flying"; Key Aero; August 2, 2022

(6) "Can Europe Build Its Own Nuclear Umbrella?"; Carnegie Endowment for International Peace; April 3. 2025

(7) "The UK’s nuclear deterrent relies on US support – but there are no other easy alternatives"; Chatham House; 24 March, 2025

(8) "Britain Must Downgrade the Special Relationship"; Project Syndicate; February 28, 2025

(9) "Starmer told UK must repeal hate speech laws to protect LGBT+ people or lose Trump trade deal"; Independent; 16 April, 2025

(10) Grok Chat

(11) "Japan's role for ASEAN increasingly crucial amid US tariff standoff"; Mainichi Shimbun; April 30, 2025

(12) "UK and EU defy Trump with new strategic partnership to boost trade and security"; Guardian; 29 April, 2025

(13) "Trump is pushing the world towards recession. By learning the lessons of 2008, we can still prevent it"; Giardian; 10 April, 2025

(14) "The ‘new world order’ of the past 35 years is being demolished before our eyes. This is how we must proceed"; Guardian; 12 April, 2025

 

 

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2025年2月14日

変節漢、ルビオ新国務長官は信用できない

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共和党のマルコ・ルビオ上院議員は、ドナルド・トランプ大統領の2期目の就任式の日に満票で国務長官に承認された。彼はトランプ政権の中では物議を醸すことの少ない候補者の一人であるからこそ、第2次トランプ政権で任命される最初の閣僚となった(1)。ルビオ氏がトランプ氏の指名した何人かの閣僚候補者よりもはるかにましなことに疑いの余地はない。国防長官に指名されたピート・ヘグゼス氏はアルコール依存症と性的暴力のために、その資格を厳しく問われた。だがJ・D・バンス副大統領の決選投票により、国防長官の指名は上院で辛うじて承認された(2)。国家情報長官に指名されたトゥルシ・ギャバード氏も、ロシアやシリアのバッシャール・アサド元大統領寄りの発言ついて厳しく問われている。ギャバード氏の任命はファイブ・アイズの情報協力を壊滅させかねないため、イギリスの国家安全保障関係者は当件について非常に懸念している(3)。ルビオ氏はこうした閣僚指名者ほど問題視されていないが、2016年の大統領選挙の共和党予備選でトランプ氏に屈して以来、外交政策で方針転換してしまったことを忘れてはならない。またルビオ氏は自身の選挙運動中でのトランプ氏への嘲笑に対してお世辞のような謝罪をしたが、トランプ氏の方がルビオ氏にもっと容赦ない罵倒を浴びせたので、そうした態度はアルファ雄ゴリラに対して惨めに媚びを売るかのように見えた。

 

ルビオ氏はオバマ政権の任期終了が迫った時期の大統領選挙出馬以前から、下院と上院で長らく外交問題に携わってきた。共和党予備選ではトランプ氏のアメリカ・ファーストよりも、元共和党候補ジョン・マケイン氏の世界におけるアメリカのリーダーシップのビジョンに共鳴する「新たなアメリカの世紀」の理念を掲げた。ますます相互に結びつく世界において、海外の混乱が米国の国家安全保障に与える影響は充分に認識していた。そのため、当時の大統領バラク・オバマ氏の「ネーション・ビルディング・アットホーム」政策について、国防費の大幅な削減、理念外交への懐疑、ロシア、中国、イラン、イスラム過激派などを含む世界中の敵に対する宥和政策といった点から批判した。さらに重要なことに、ルビオ氏は世界の安全と繁栄のために、アジア、ヨーロッパ、中東へのアメリカの永続的な関与を支持した(4)。ルビオ氏は予備選挙の討論会で、自分より外交政策の知識も経験もはるかに少ないアルファ雄ゴリラに「核の三本柱」の概念を解説講義したにもかかわらず、トランプ氏の軍門に下ってからは外交政策の見解を彼のアメリカ・ファーストに合わせた(5)。

 

そうした一貫性のなさは、ルビオ氏の外交政策顧問を務めたマックス・ブート氏によって批判された。2021年のPBSニュースのインタビューで、ルビオ氏が選挙活動を中断した後にトランプ氏に対する態度を変えたため、ブート氏は失望したとコメントした。ルビオ氏が選挙活動を続けていた時には、トランプというアルファ雄ゴリラが核軍備管理について致命的に無知であるために最高司令官としての資格に疑問を呈していた。しかし選挙活動から撤退した後、ルビオ氏はトランプ氏の主張の大義について語り始めたばかりか、、言葉や言い回しまで真似し始めた (6) 。明らかに、今回の政権入りはアルファ雄に対するそのような忠誠心に対する見返りである。注目すべきことにブート氏と同様に共和党大統領候補ジョン・マケイン氏とミット・ロムニー氏の外交政策顧問を務めたロバート・ケーガン氏は、民主党候補ヒラリー・クリントン氏の陣営に加わった。初期の段階ではトランプ氏が泡沫候補とみなされていたにもかかわらず、ケーガン氏は共和党の劣化をうかがわせる何らかの兆候に気付いていたのかもしれない。またトランプ氏に対する「長い物には巻かれろ」と言わんばかりの卑屈な態度に見られるように、ルビオ氏の人格的欠陥を認識していたのかもしれない。

 

就任前の上院承認公聴会でルビオ氏は自身の外交政策の見解を概括したが、それは2016年の選挙運動で掲げた「新たなアメリカの世紀」の見解とは明らかに相容れないものだった。彼はウクライナ、人道支援、その他の世界的問題に対して「現実的」な外交政策を主張した。その言葉は暗にオバマ政権のオフショア・バランシング戦略のような抑制的な外交政策を暗示している。そのため、彼は大統領選で当初の考えを覆し、トランプ氏のアメリカ・ファーストを臆面もなく擁護している。その観点からルビオ氏は全世界およびユーラシアでの地政戦略、イデオロギー的優位性におけるロシアとの競争よりも、技術と世界市場における競争、政治的軍事的影響力における中国との競争の方が国家安全保障にとってはるかに重要だと考えている。彼の対中強硬派のビジョンは「国内産業能力の再構築」という保護貿易政策と絡み合っているが、これは2016年の大統領選での彼の自由貿易の見解からの逸脱である(7)。また議会公聴会では、新任の国務長官はアメリカ・ファーストの要求を満たすために人道的対外援助の凍結、すなわち民主主義の促進、エンパワーメントなど、経済や国家安全保障におけるアメリカの国益に直接役立たないと考えられるプロジェクトには資金を提供しないと宣言した (8)。しかし批判に直面したルビオ氏は、中絶とLGBTQ問題を除く、医療サービス、公衆衛生、食糧供給など、人命救助のための「人道的」プロジェクトの凍結を免除した。この決定にでは「人命救助」の定義が不明確になり、アメリカの対外援助従事者は自分達の活動を続けるか止めるか決めることができず混乱に陥っている(9)。これはルビオ氏が国務省をトランプ・ファーストの方針で仕切ったために起こったことである。

 

そのように卑屈なトランプ氏への忠誠心を抱きながら、ルビオ氏は国務長官としての初の外遊で、パナマ、グアテマラ、エルサルバドル、コスタリカなどラテン・アメリカ諸国を訪問して中国の影響力拡大を打破しようとした(10)。ルビオ氏の指名にはヒスパニック系というバックグラウンドも考慮されているので、トランプ政権が今世紀版モンロー・ドクトリンの実行に当たってアメリカの南の裏庭を重視していることを示している。それはカナダ、グリーンランド、パナマ運河に関するトランプ氏自身の挑発的発言にも見られる通りである。トランプ政権1期目に国家安全保障会議の首席補佐官を務め、現在はアメリカ外交政策評議会(AFPC)のシニアフェローとなったアレクサンダー・グレイ氏は最近の『フォーリン・ポリシー』誌への寄稿で、この新たなモンロー・ドクトリンを正当化している。非常に残念なことに、グレイ氏はラテン・アメリカにおけるアメリカの戦略的敵対国の影響を排除することに気をとられており、1960年代にジョン・F・ケネディ大統領が「進歩のための同盟」で高らかに謳い上げた、地域の安全保障、経済発展、統治、エンパワーメントにおける相互協力を深めるという将来の希望に満ちたアイデアについてはほとんど言及されていない。グレイ氏が提唱するトランプ流モンロー・ドクトリンは狭い視野の対中恐怖心に突き動かされ、地政学的な競合については被害者意識、つまりアメリカの戦略的利益が侵害されているという考え方から述べられている。そして自由主義世界秩序の守護者としてのアメリカの役割について、欠片も考えていない(11)。

 

国際的なインフラ・プロジェクトの弁護士でエセックス大学博士課程在学中のロドリゴ・モウラ氏によると、ラテン・アメリカにおけるトランプ外交の見通しは暗い。左右両派を問わず、ラテン・アメリカとカリブ海諸国は過去のように圧倒的なアメリカ依存ではなく、より多様な外交関係を模索している。さらに重大なことにトランプ氏がラテン・アメリカ諸国をスケープゴートにしてMAGA岩盤支持層に訴えかけていることは、未登録移民の強制送還問題をめぐってコロンビアに課された強制的関税措置に見られる通りである。それはさらに反米感情を醸成し、最終的には中国が得をすることになる。ルビオ氏が貿易や移民などの内政でのトランプ氏のMAGA主張を代表する限り、この地域でのアメリカの評判が好転する可能性は低い(12)。そして全世界的に見て、トランプ氏のモンロー・ドクトリンはロシアよりも中国に不釣り合いなほど重点を置いている。MAGA有権者達はヨーロッパの地政学を自分達とは無関係で遠いものと見なす一方で、自分達の雇用は中国の脅威にさらされているからだ。トランプ氏はヘンリー・キッシンジャー氏が歴史上で果たしたように、中国とロシアを離間させたいと考えている。しかし中ソ間の亀裂はキッシンジャー氏の秘密外交以前から存在していた。現在では中国とロシアの関係に亀裂はなく、BRICS会議やウクライナ戦争で示されたように連携し合っている。MAGAリパブリカンの偏向した中国強硬論は間違っている(13)。ともかくルビオ氏はガザに関するトランプ氏の非人道的な「リビエラ」発言への擁護(14)に典型的に見られるように自身をトランプ化しながら、ニカラグア、ベネズエラ、キューバを含むラテン・アメリカの独裁国家を人間性の敵と呼んでいる(15)。

 

前にも増して頑迷なMAGA志向を強めたトランプ氏と従属性を増した閣僚が就任したことで、今のアメリカはブライト・パワー(世界秩序のルールと規範の担い手)からダーク・パワー(他国を犠牲にしても近隣窮乏化政策を臆面もなく追求する国)に変わってしまった。議会では満場一致で承認された国務長官でさえ、自国内での右翼ポピュリズムの影響を強く受けている。アメリカの同盟国は、トランプ2.0のアメリカとの関係を再調整している。ヨーロッパは戦略的自立の模索を加速させているが、それにはキア・スターマー首相が昨年7月の総選挙で主張したようにイギリスが大陸への関与を再び強めることが必要である。しかしトランプ氏は関税戦争でイギリスを他のヨーロッパ諸国から引き離そうとしているようだ(16)。何と言っても就任最初の訪問国としてイギリスを検討している(17)。それにもかかわらずトランプ氏は鉄鋼とアルミニウムの輸入に一律25%の関税を検討しているが、それが非EU加盟国のイギリスにどの程度の打撃を与えるかは明らかではない(18)。何よりもトランプ氏の貿易戦争はロシアに対する防衛でヨーロッパが自立せよという彼の要求とは矛盾し、そんなことをすればヨーロッパの結束を乱してレジリエンスを弱めることになってしまう。

 

日本については、石破茂首相がトランプ大統領との会談を一まず成功裏に終えた。しかし日本政治アナリストのトビア・ハリス氏は、2期目トランプ氏は外国の指導者からの助言を必要としないため、安倍レガシーは必ずしも石破氏にとって有利に働くわけではないと述べている(19)。従って、日本は依然としてトランプ大統領の突発的な言動に警戒する必要がある。ベン・ローズ元国家安全保障担当副補佐官が最近の『ニューヨーク・タイムズ』紙の投稿で、トランプ大統領が突然、選挙公約にはなかったカナダ、グリーンランド、パナマ運河に対する領土欲を表明したと記していることを思い出してほしい(20)。日本は多国間安全保障体制の傘もない「ひよわな花」だが、慶応大学の細谷雄一教授による岩屋毅外相へのインタビューで言及されたように、石橋湛山流の「現実的平和主義」のおかげで「悪い奴ら」とも長きにわたる外交関係も経験している(21)。注目すべき事例としては、フン・セン政権下のカンボジアにおけるウクライナの地雷除去活動に対するJICAの研修が挙げられる(22)。こうした経験は、トランプ政権への対応に役立つだろう。

 

最後に、ルビオ長官はアルファ雄ゴリラさながらのトランプ氏に従順な態度をとっているものの、それでも超党派外交政策の重要性を理解していることを述べておきたい。彼は、民主党のティム・ケイン上院議員とともに、2023年に大統領がNATOから一方的に脱退することを阻止する法案を提出した(23)。国家と世界の安全保障が重大な試練にさらされているとき、彼がボスへの個人的な忠誠心よりも良心を優先してくれることを期待したい。

 

脚注:
(1) "Senate confirms Marco Rubio as secretary of state, giving Trump the first member of his Cabinet"; AP News; January 21, 2025

(2) "Vance Breaks Tie To Confirm Pete Hegseth For Pentagon"; Daily Wire; January 25, 2025

(3) Twitter; @carolecadwalla; November 14, 2024

(4) "Marco Rubio's Foreign Policy Vision"; Council on Foreign Relations; May 13, 2015

(5) "Marco Rubio schools Donald Trump on the nuclear triad"; Politico; December 15, 2015

(6) "Max Boot: “Extremists” in Control of the Republican Party"; PBS News; October 22, 2021

(7) "Rubio details what Trump’s ‘America First’ foreign policy will entail"; Washington Post; January 15, 2025

(8) "State Department freezes new funding for nearly all US aid programs worldwide"; AP News; January 25, 2025

(9) "Rubio backtracks on near-total foreign aid freeze, issues humanitarian waiver"; Washington Post; January 28, 2025

(10) "Rubio Sends Strong Message With Destination Of His First Foreign Trip"; Daily Wire; January 23, 2025

(11) "Trump Will End U.S. Passivity in the Western Hemisphere"; Foreign Policy; January 13, 2025

(12) "Can Marco Rubio Help Rebuild US Influence in Latin America – and Erode China’s?"; Dilomat; January 29, 2025

(13) "Transition 2025: Events Will Test Donald Trump’s Foreign Policy Promises"; Council on Foreign Relations; December 13, 2024

(14) "Trump aides defend Gaza takeover proposal but walk back some elements"; Reuters News; February 6, 2025

(15) Twitter; @StateDept; February 6, 2025

(16) "Trump's Tariff Threats Drive New Wedge Between UK and Europe"; Financial Post; February 4, 2025

(17) "Trump says Starmer is doing ‘a very good job’ ahead of phone call between two leaders"; Leading Britain's Conversation; 26 January, 2025

(18) "Donald Trump’s tariffs: what’s happening and what could it mean for the UK?"; Full Fact; 4 February, 2025

(19) "自民総裁選「米国が警戒するのはこの人」知日派評論家ハリス氏指摘 安倍元首相の伝記著者"; 産経新聞; 2024年9月17日

(20) "This Isn't the Donald Trump America Elected"; New York Times; February 9, 2025

(21) 巻頭対談◎二〇二五年の日本外交; 外交; 2025年1・2月

(22) "Japan partners with Cambodia to share demining knowledge with Ukraine, other countries"; AP News; July 7, 2024

(23) "Congress approves bill barring presidents from unilaterally exiting NATO"; Washington Post; December 18, 2023

 

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2024年12月31日

ハリス候補の落選と国民統合へのリーダーシップ

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先の大統領選挙におけるドナルド・トランプ氏の当選は、アメリカの右翼有権者による国際​​公民、特に同盟国の国民に対する平手打ちだった。多くの専門家や評論家が、選挙直後にカマラ・ハリス氏が落選した原因について思考を巡らせた。ここでは選挙の精緻な分析や目先のテクニックについてではなく、国民統合のための指導者のあるべき姿について語りたいと思う。それはハリス氏が国家安全保障や経済など国家の中核課題となる問題についてはオーソドックスな政策の候補者と見做されていたにもかかわらず、特定の有権者からの近視眼的な票獲得のためにDEI(多様性、公平性、包摂性)問題について語ることに多大な労力を費やした。実際のところ、ハリス氏はそれらの分野で主流派の政策専門家達の支持を得た。全米安全保障リーダー協会は国際安全保障でのアメリカの関与を維持するとともに、国内政治での反対勢力に対するトランプ氏の武力行使を阻止するために、元将軍や提督253人を含む1,049人の署名を掲げてハリス氏支持の公開書簡を掲示した(1)。またコロンビア大学のジョセフ・スティグリッツ教授が、関税引き上げなどインフレを悪化させかねないトランプ氏の経済政策を阻止するために掲示したハリス氏支持の公開書簡に、存命のノーベル賞経済学者の大多数が署名した(2)。

 

もちろんアメリカの有権者の間で反主知主義が高まっていることに鑑みれば、権威ある専門家からの支持は当選の保証になるわけではない。しかしそのような知的正当性によって、ハリス氏には国民統合の候補者としてアジェンダを設定するための強い道徳的優位性が付与され、DEIを好んでとり上げたがる有権者に迎合して安易な票を集めるに走らずとも良かったかも知れない。また、知的正当性は、誤った情報にとらわれた労働者階級を目覚めさせ、アメリカ経済は悪くないという事実を知らせるのに役立ったかもしれない。バーニー・サンダース上院議員は、民主党は労働者階級の党に戻るべきだと主張した(3)。サンダース議員の考えは、ハリス陣営がトランプ氏のプロパガンダで完全に洗脳された労働者にアメリカ経済の事実を伝えていれば実現しただろう。実際に共和党を離脱した『アトランティック』誌のトム・ニコルズ氏は、バイデン政権は失業率とインフレ率を低く抑えたと述べている(4)。親トランプの『ウォールストリート・ジャーナル』紙でさえ、アメリカ経済が力強く成長していることを認めている(5)。ノーベル賞経済学者からの支持も、DEIの観点から有用であった。今年の受賞者3人の内の署名者2人は二重国籍のアメリカ人である。共にMITのサイモン・ジョンソン教授はイギリス国籍、ダロン・アセモグル教授はトルコ国籍も持っている。アセモグル氏はトルコでも少数派で、イスラム教国の中にあってキリスト教文明の民族となるアルメニア系出身である。そうした経済とDEI問題での事実に加え、シカゴ大学のジェームズ・ロビンソン教授を含む3人の受賞者は統治と経済発展に関する研究で受賞したので、ロシアさながらの寡頭政治が第1期政権の外交顧問だったフィオナ・ヒル氏から激しく批判されているトランプ氏にはそうした研究成果がじっくり効いてくることもあり得た(6)。

 

ハリス氏がトランプ氏のような「パンとサーカス」の選挙運動を展開した理由の一つには、アメリカの選挙産業が発達し過ぎていることが挙げられる。他には、これほど詳細な選挙分析が、多数の世論調査会社によって毎日メディアに提供される国はない。一方で、それはアメリカの民主主義の発展に寄与してきた。しかし他方で候補者は顧客を満足させるために市場調査分析に従うセールスマンのように、選挙専門家の近視眼的な戦術的アドバイスに従うようになる。このような消極的な態度は、必ずしも国家の指導者に相応しくない。指導者は、特定の不満を抱えた人々のグループに迎合せず、国民に国家に何が必要かを伝え、解決の方向性を示さなければならない。候補者は選挙参謀の言うことに耳を傾けなければならないが、彼らの助言に盲目的に従ってはならない。昨年7月のブログ記事で、京大出なのに無学な田舎者のように振舞う票の亡者について言及した(7)。彼に見られるように選挙のプロは視野が狭い見方に陥るが、候補者は俯瞰的な視点から国家の問題を解決するためのアジェンダを設定しなければならない。

 

アメリカ経済の現状に関する世間の誤解を払拭しようとするかのように、ジョー・バイデン大統領は12月10日にブルッキングス研究所で自身の成果を語り、翌日にはソーシャルメディアでその要点を述べた(8)。民主党は選挙運動期間にこうした国政の重要課題での実績をアピールすべきだった。まさにトランプ氏の当選阻止には遅きに失した。考えてみればハリス氏は狂気の右翼トランプ氏とは対照的に、まともな中道派として立候補したはずである。しかし選挙戦が進むにつれてハリス氏は近視眼的な得票のためにウォーク左翼の有権者に訴えかけたので、ただのDEIオタクとレッテルを貼られた。つまりハリス候補は「左のトランプ」になり、国民統合の指導者としての資質を全く示せなかったのだ。ブルッキングス研究所でのバイデン氏の任期総括演説は、トランプ氏が2期目の初めを好調な経済で引き継ぐことを改めて思い起こさせるものだった。バイデン氏は1月の退任を控えているためか今後のことについては触れず、自身の経済政策と結果について語っただけだった。それでも、彼が国民に示した経済の全体像は国民に事実を認識させるうえで意味があった。

 

冒頭で述べたように本稿は選挙の分析ではなく、リーダーの在り方についての議論である。とはいえ選挙後の分析についても言及する必要がある。先の大統領選挙では予想外のことがいくつかあったため、選挙予測で知られるアメリカン大学のアラン・リクトマン教授は正しい予測をすることができなかった。リクトマン氏は大統領選挙の歴史から得た予測モデルに基づき、バイデン氏には経済と外交政策で失敗もなく現職で、しかも第三党候補が弱い状況下ではトランプ氏より有利であるとコメントした(9)。6月27日のテレビ討論会での弁論が不調ではあったものの、リクトマン教授はバイデンには選挙に勝つための「鍵」と名付けた要件13の内8つ以上を満たしているので選挙戦から撤退するなと主張した。特に経済は現状に不満な有権者が酷いと主張しようとも、好調であった(10)。ボストン・カレッジのヘザー・コックス・リチャードソン教授も7月7日のCNNのインタビューで、民主党が選挙の途中で野党に対抗して候補者を変更するのは間違いであり、それは選挙運動が当初の党の候補者のために組織されていりばかりか、党内の混乱が世間の注目を集めてしまうからだと述べた。実際、1968年にリンドン・ジョンソンが選挙から撤退した時に民主党の選挙運動は混乱に陥って敗北した(11)。

 

バイデン氏が選挙戦を続けていればトランプ氏に勝てたかどうかは、知る由もない。しかし、民主党はテレビ討論会での不利な印象に動揺して近視眼的思考に陥った。そのため彼らの性急な候補者変更と選挙戦術は、民主党政権が失政であったかのような印象を有権者に与えてしまった。またハリス氏にはバイデン氏が持つ強みがない一方で、いくつかの弱点があった。選挙後まもなく、アラン・リクトマン氏は、外国人嫌悪、女性蔑視、情報工作がトランプ氏の当選につながったと結論付けた(12)。特にイーロン・マスク氏は数え切れないほどのプロパガンダを通じて経済について有権者に誤った情報を与え、不法移民に対する憎悪を煽り、エスタブリッシュメントと「旧来のメディア」に見られる「ウォーク性」を非難した (13)。それにもかかわらず、近視眼的にDEIの問題に争点を絞ったハリス陣営はマスク氏による扇動の餌食になった。さらに、ハリス氏には労働者階級の支持基盤というバイデン氏の利点がなかった。バイデン氏が選挙から撤退してもUAWは依然として支持を貫き通し、直ちにハリス氏に鞍替えはとはならなかった(14)(15)。

 

非常に興味深いことに、共和党は財界寄りの政党なので経済運営が得意だという迷信が米国民の間に広まっている。それはノーベル賞経済学者達がトランプ氏の政策によるインフレ加速の懸念からハリス氏をこぞって支持したことから、きっぱり否定されるべき代物である。しかし、マスク氏は従来から大衆に広まっている誤解を情報工作に利用した。また、ケンブリッジ大学のロベルト・フォア氏とカーネギー国際平和財団のレイチェル・クラインフェルド氏が『ハーバード・ビジネス・レビュー』誌への共同投稿で主張しているように、ポピュリストの経済政策は企業に有利と想定されているにもかかわらず、政治的な危険を伴う。そうしたポピュリスト達は市場経済志向とは言えない。彼らが減税などの経済的インセンティブを掲げても、それは緊縮財政とは結びついていない。だが彼らは権力にしがみつきたいだけなので、イデオロギーの一貫性など気にしない。それどころか彼らと既存の政府機関との敵対関係によって、国の政策決定プロセスが破壊されてしまう(16)。ノーベル賞経済学者がこぞって、トランプ氏の経済政策に強く反対するのも不思議ではない。

 

もしハリス氏が国家の中核課題でアジェンダを設定にしていれば、トランプ氏よりも指導者としての資質に優るとアピールできただろう。実際にハリス氏は9月のテレビ討論会で勝利した。トランプ氏はハイチ移民を「犬や猫を食べる連中」呼ばわりして厳しく非難された。さらに、彼の嘘は多くの専門家やメディアによってファクト・チェックされた(17)。それにもかかわらず、ハリス氏はDEIの問題を過度に取り上げて近視眼的な票獲得を追求した。しかしアメリカでは19世紀に南欧と東欧からの移民がWASPに溶け込んだ例に見られるように、マイノリティが順応してきた歴史がある。同様に現在の英米文化圏では、インド系が共和党予備選候補のニッキー・ヘイリー氏、イギリスのリシ・スナク元首相、アイルランドのレオ・バラッカー元首相などを輩出し、社会の中で重要な地位を占めつつある。ハリス氏自身もインド系である。インド系の人々の中には白人右翼と同調する者もいる。イギリス保守党のスエラ・ブレイバーマン下院議員は悪名高い例だ。第2次トランプ政権は、FBI長官にカシュ・パテル氏、マスク氏とともにDOGEの共同最高指導者にビベック・ラムスワミ氏といったインド系を任命している。今やマイノリティには白人右翼以上に冷酷な過激派がいることを忘れてはならない。ハリス氏はバラク・オバマ元大統領の助言に従ったのかもしれないが、DEIをあまりに重視して中間層の有権者には中道派ではなく急進左派だという印象を与えてしまった。

 

文中で何度か述べたように、この記事は選挙戦術に関するものではない。また全ての有権者が国政をカントリー・ファーストの視点から考えるだけの充分な教育と高度な訓練を受けているわけではないため、選挙の候補者が誰であれ常に高尚な政策理念ばかり話せばよいわけではないことも理解している。ライバルに勝つために、候補者は必要に迫られて票の亡者となることもあろう。しかし、民主党の前任者であるヒラリー・クリントン氏とジョー・バイデン氏が、ハリス氏ほど安直な票稼ぎ目的の争点に終始しなかったことを忘れてはならない。ポピュリスト時代に真に国家の指導者たるにはどうすべきかを考えるうえで、ハリス氏がトランプ氏のような低俗リアリティ・ショー上がりの扇動者を止められなかった理由から学ぶべきことは非常に多くある。そして、アメリカ以外の国はどのようにしてミニ・トランプの出現を止められるだろうか?何よりも、指導者が目先の有権者動向に過剰反応すべきかを問い直す必要がある。

 

 

 

 

脚注:
(1) "NSL4A Endorses Kamala Harris for President of the United States"; National Security Leaders for America; November 4, 2024

(2) "23 Nobel economists sign letter saying Harris agenda vastly better for US economy"

(3) Twitter; Bernie Sanders @BernieSanders; November 7, 2024

(4) Twitter; Tom Nichols @RadioFreeTom; November 6, 2024

(5) Twitter; Herbie Ziskend @HerbieZiskend46; October 31, 2024

(6) "‘Everything Is Subservient to the Big Guy’: Fiona Hill on Trump and America’s Emerging Oligarchy"; Politico; October 28, 2024

(7) "Democracy in Africa and Western countermeasures against Russian penetration"; Global American Discourse; July 10, 2023

(8) "Biden looks back at his economic record in speech at Brookings Institution"; PBS News; December 10, 2024
Twitter; The White House @WhiteHouse; December 11, 2024

(9) "Historian who predicted 9 of the last 10 election results says Democrats shouldn't drop Joe Biden"; USA Today; June 30, 2024

(10) "Why Joe Biden Should Stay in the Race"; Harvard Griffin GSAS News; July 3, 2024

(11) Twitter; Christiane Amanpour @amanpour; July 7, 2024

(12) "What... Happened... | Lichtman Live #87"; YouTube; November 8, 2024

(13) "The Misinformation Take Over | Lichtman Live #88"; YouTube; November 13, 2024

(14) "UAW president: ‘We’re not going to rush’ Harris endorsement"; Hill; July 23, 2024

(15) "UAW endorses Harris, giving her blue-collar firepower in industrial states"; AP News; August 1, 2024

(16) "When Populists Rise, Economies Usually Fall"; Harvard Business Review; October 10, 2024

(17) "Six highlights from Harris-Trump debate"; BBC News; 11 September, 2024

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2024年9月 6日

日本の国連外交が自民党総裁選挙の犠牲になって良いのか?

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先日、次期自民党総裁選挙への不出馬を表明した岸田文雄首相は、在任の総仕上げに9月22日のクォッド首脳会議、日米首脳会談に続いて26日には国連総会で演説する運びとなっていた。双日総合研究所の吉崎達彦氏が述べたように防衛3文書の制定などで日米同盟の深化に寄与した岸田首相にとって、今回の訪米は政権の最後を飾るに相応しい一大行事である(『岸田&バイデン時代」の後に何がやってくるのか』;東洋経済;2024年8月17日)。その一方で27日に行なわれる自民党総裁選挙のために、国連総会欠席となったことは残念である(”Kishida to skip U.N. General Assembly speech during U.S. visit”; Japan Times; August 31, 2024

 

世界秩序の形成において、平和憲法の制約を受ける日本は国際社会での法強制執行手段となる武力行使には直接的にも間接的にも関与することができない。本欄8月21日付けの拙稿でも述べたように、それは日本が国際的な存在感を高めるうえでは大きなハンディキャップとなっている。今回のロシア・ウクライナ戦争で欧米諸国がウクライナに大々的な軍事援助を行なっていることは周知である。それどころか韓国までも、露朝同盟への警戒からウクライナへの兵器供与の検討を表明するほどである(”South Korea will consider supplying arms to Ukraine after Russia, North Korea sign strategic pact”; VOA News; June 27, 2024)。また最近のウクライナ軍のクルスク侵攻にはイギリスMI6の手引きがあったとも言われている(”As Ukraine brings war to Russia, Britain too must be bolder with sanctions”; City A.M.; 14 August, 2024)。しかるに日本は、こうした国際貢献が何一つできないのである。

 

軍事面で充分な存在感を発揮できないとなると、日本は非軍事的な側面での国際貢献に多大な労力を注ぐ必要がある。戦後の日本は東南アジア、アフリカ、そして現在では中央アジアを重点に、グローバル・サウスとの開発援助および国際協力を推し進めてきた。そして国連外交も重視してきた。にも拘らず、この度の国連総会は首相欠席である。重要な国際会議に岸田首相が出られないとなると代役に上川陽子外相が考えられるが、こちらも総裁選出馬で国連総会には出られない。G7の一員ながらグローバル・サウスと独自の関係を築こうという日本にとって、来る総会への欠席では自国の外交方針に関するメッセージを世界に向けて発する機会を失うことになる。これは大きな損失である。

 

そこまで考えると、この度の自民党総裁選挙を数日延期できないのだろうか?上記のような事態では、まるで党益が国益に優先するかのように見えてしまう。そもそも「永田町の町内会」の行事を決まったスケジュール通りに行なうことが、それほど大事なのだろうか?党利党略を無視して「歴史を俯瞰する」観点から見れば、来る国連総会欠席によって日本の戦後歴代内閣が掲げてきた国連重視外交のスローガンがまやかしに思えてくる。そうした疑念は次期政権にも向いてしまう。さらに言えば、数年前に盛り上がっていた日本の国連常任理事国入りの熱意も偽物だったのだろうか?私はこの一件を岸田政権だけの問題とは見ていない。日本の過去から未来に連なる、全ての政権の問題と見ている。

 

ところで立憲民主党は「護憲」を高く掲げる立場から国際社会での日本の非軍事的役割を重視し、平和主義の立場から自民党以上に国連外交を信奉してきたはずである。にも拘らず、岸田首相の国連総会欠席について彼らが強く異論を主張した様子は伺えない。立民党も自党の代表選挙で頭が一杯のようだ。しかし、これでは議会制民主主義における野党の役割を完全に放棄している。彼らも「永田町の町内会」に囚われているようだ。

 

ここで私は日本の全ての政党および派閥的なグループに、軍事的な役割を担えない日本は国際政治で大きなハンディキャップを背負っていることを再認識せよと訴えたい。それを埋め合わせるべく、非軍事的な面で大きな役割を担う必要が出てくる。この度の国連総会のために自民党総裁選挙を数日延期できないなら、それを何で埋め合わせるのだろうか?やはり「永田町の町内会」を超えた視点で、この国の舵取りを考えてゆかねばならない。

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2024年8月18日

キャメロン英外相はウクライナ防衛のためアメリカを動かすという、チャーチルの役割をどこまで果たせたか?

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今年の4月初旬にイギリスのデービッド・キャメロン外相はウクライナへの追加支援をめぐり、アントニー・ブリンケン国務長官との会談のために訪米した。しかし共和党の親トランプ派はそうした計画に反対した。キャメロン氏にはウクライナ援助法案の米下院通過の障害を取り除く必要があったが、それはロシアがウクライナの反転攻勢を押し返し、市民の死傷者数が増大していたからである。そこでキャメロン氏は共和党のドナルド・トランプ大統領選候補とマイク・ジョンソン下院議長に、緊急の会談を申し込んだ。キャメロン氏の訪米は、ジョー・バイデン大統領を相手に国賓として臨んだ日本の岸田文雄首相の首脳会談とも重なった。後者の方が世界各国のメディアやシンクタンクから注目されているが、私はキャメロン氏とトランプ氏の直接会談の方が「超大国として動かぬアメリカを動かす」うえで重要だったと見做している。それについては以下に述べたい。

 

日英両国の外交努力には、アメリカをより世界に関与させるという共通の目的があった。トランプ2.0の恐怖もさることながら、左翼では反イスラエルの「ハマス・レフト」も台頭するようではアメリカのポピュリスト孤立主義の懸念は深刻である。外国の指導者に、そうした動向を覆せる者はいるのだろうか? 歴史を見れば、ウィンストン・チャーチルが気乗りしない超大国に、ナチス・ドイツの阻止に積極的に関与せよと訴えた。また米国民が戦後の平和という白日夢に浸っていた時、鉄のカーテン演説によって彼らを国際政治の現実を直視するよう目覚めさせた。それからほどなく、アメリカはトルーマン・ドクトリンを宣言した。議会が国際主義者と土着主義者で分断されている時期に、アメリカは大西洋と太平洋の重要同盟国を迎え入れた。両国を比較すると、キャメロン氏が持ち込んだウクライナ支援には緊急性があり、トランプ氏との対峙では外交官僚組織が事前に用意したシナリオもなかった。そうした中で岸田氏は国賓としてバイデン大統領からも上下両院議長からも温かく迎えられ、当地では難題を突き付けられることもなかった。さらに重要なことに、イギリスはウクライナへの軍事援助に直接関与してロシアを撃退しようとしている。

 

他方で日本は今なお平和憲法に制約され、この国はジェームズ・マティス元米国防長官がイラクとアフガニスタンでの自身の戦闘経験について「悪い奴らを撃ち殺すという、世にも楽しき仕事」と語ったような任務には参加できない。(General: It's 'fun to shoot some people'; CNN; February 4, 2005)。ともかく軍事的な側面には関われないというなら、それは日本がグローバルな安全保障で重要なステークホルダーとなるには障害になる。岸田氏の米議会演説での穏やかな話しぶりは、世界の隅々まで存在感を示してきた超大国への癒しのようで、世界秩序のために必要不可欠な国であるアメリカの役割の再確認とまではならなかったようだ(“Japanese PM Fumio Kishida addresses U.S. 'self-doubt' about world role in remarks to Congress”; NBC News; April 11, 2024)。それは必ずしも挑発的な言動を避ける岸田氏のパーソナリティーに由来するものではない。もっと威勢がよく、ブッシュ政権のイラク戦争を強く支持した当時の小泉純一郎首相(“Press Conference by Prime Minister Junichiro Koizumi on the Issue of Iraq”; Prime Minister’s Office, Japan; March 20, 2003)でさえ、実際には戦闘部隊を派遣していない。日本の関与は余りに小さく、アメリカの戦争に巻き込まれるという心配など取るに足らぬものだ。「癒し」の岸田氏であろうが、「威勢の良い」小泉氏であろうが、歴代日本の指導者の行為はチャーチルの役割を果たすにはほど遠い。

 

そうは言いながら現在の政治家には一人でチャーチルに匹敵するカリスマ性のある者はいないので、日英両国の非直接的な外交協調には米議会で両党の合意を促すには何らかの効果があった。岸田日本はイギリスの良きサイドキックであった。今回の援助法案は議会通過したが、将来はどうなるかわからない。ロシアのウラジーミル・プーチン大統領はウクライナの再征服に異様に執着しているので、今回の戦争は長く続きそうである。キャメロン外相とブリンケン長官の公式会談と違い、トランプ氏との密室会談の詳細は公表されていない。キャメロン氏のツイッターでもイスラエル・ハマス戦争に関してかなり多くのツイートがある一方で、当件については語られていない。トランプ氏はキャメロン氏の言い分に耳を傾けることなど気が進まなかったであろうが、自身の大統領選挙に鑑みればウクライナ援助法案の議会通過を遅らせたというネガティブな評判は回避せねばならなかった。さらに軍事的援助へのイギリスの加担もあって、キャメロン氏の主張は国防支出でのバードン・シェアリングへの拘りが強いトランプ氏も耳を傾けざるを得なかった。そのことはブリンケン氏との会談で、英米両国による対ウクライナ支援の拡大にもつながった。国際政治は本質的に猛獣の鬩ぎ合いという性質があり(leontomorphic )、強力な国防と深い軍事的関与は世界秩序のための法強制執行には必要不可欠である。

 

そこでキャメロン・ブリンケン外相会談の障害となったトランプ氏の世界観について述べたい。アメリカン・エンタープライズ研究所のハル・ブランド氏はトランプ氏のアメリカ・ファーストを世界への関与への完全な拒否との解釈は単純すぎると評している。むしろ、それは損益に非常に敏感な考え方である。よってトランプ氏はウクライナ支援には懐疑的で、ヨーロッパであれアジアであれ、小国の防衛のためにアメリカが大きな戦争に巻き込まれる謂れはないと信じ切っている。そしてトランプ氏にはインド太平洋地域が例外だという考え方はないので、彼の取り巻きのチャイナ・ホークの言い分は当てにならない。孤立主義の側面も見られる一方で、トランプ氏は必要と思えるなら海外に介入して彼が理解するアメリカの国益を他国に押し付けようとする。他方でアメリカがリベラル世界秩序の守護者であるとの考え方を侮蔑している。そうした姿勢が彼の前政権期に中国との貿易戦争、そしてイランおよび北朝鮮に対する瀬戸際外交をもたらした。そのためトランプ氏の取り巻きは軍拡を追求するものの、同盟国や被侵略国を防衛する気はさらさらない。むしろ彼らの主要な関心は本土防衛で、サイバー・セキュリティやミサイル防衛への支出を増額させようとしている。彼らは国際政治を自国第一主義の国民国家の競合だと見做し、民主主義の拡大のような課題は彼らにとって無益なものである (“An “America First” World: What Trump’s Return Might Mean for Global Order”; Foreign Affairs; May 27, 2024)。

 

当然ながらそうした見方は欠陥だらけで、トランプ氏の同盟についての理解が乏しく成る一因となっている。イボ・ダールダー元米駐NATO大使は、トランプ氏は大西洋同盟を不良債権と見做し、東方前線諸国が侵略されるようならアメリカがロシアとの核戦争に巻き込まれかねないと思い込んでいると批判する。実際に同盟は敵の攻撃を抑止する。さらにパートナーと共通の安全保障目的を追求するよりも、国防費のバードン・シェアリングの方に囚われるという過ちを犯している(“NATO is about security — not dollars and cents”; Politico; April 10, 2024)。トランプ氏が共和党内で自身への忠誠派を通じて6ヶ月にもわたってウクライナ援助法案成立を遅延させたことはロシアに多いに利をもたらし、欧米間の相互信頼を損なった(The US aid package to Ukraine will help. But a better strategy is urgently needed”; Chatham House; 26 April, 2024)。アメリカの右翼が「ヒルビリー・エレジー」的な被害者意識、すなわち同盟国は安全保障の傘にただ乗りしているという観念に囚われている限り、議会で再び党派対立が激化し、必要なウクライナ支援が止まることも有り得る。

 

次にイギリスの環大西洋外交の概観は以下に述べる通りである。トランプ氏再選可能性の如何に関わらず、米国民の間でリンドバーグ的孤立主義が強まるならイギリスの外交には制約が課される。王立防衛安全保障研究所(RUSI)のウィン・リース氏はイギリスとNATOおよびアメリカとの関係について、以下のように概括している。イギリスは長年にわたり、アメリカの軍事および諜報作戦では真っ先に挙げられるパートナーであり、そのことはNATOでも全世界でも自国の政治的存在感を高めるうえで有利になる。しかしトランプ氏の反NATO かつ反ウクライナの姿勢では、こうした前提が成り立たなくなる。よってキャメロン氏はヨーロッパがバードン・シェアリングに取り組んでいることをトランプ氏に示す必要があったので、それが国防費の増額、ヨーロッパ域内での防衛協力、バルト海地域での兵力配備などの形で表れた(“Trump, NATO and Anglo-American Relations”; RUSI; 9 May, 2024)。ウクライナ援助法案が米議会を通過する前の本年2月29日時点では、EU諸機関の合計援助額はアメリカよりも多かった。さらにヨーロッパ各国も援助に寄与していた。すなわちウクライナ援助法案が通過しないようでは、ヨーロッパでなくアメリカが同盟にただ乗りしているという状況だった。以下リンク先の図表を参照。

 

Chart

https://www.cfr.org/article/how-much-us-aid-going-ukraine#chapter-title-0-5

 

アメリカの孤立主義を転覆してチャーチル的な外交に乗り出すには、イギリスはロシアに対抗すべくヨーロッパ側独自の政治的および軍事的なレジリエンスを強化する必要がある。現在、ウクライナはフランス、ドイツ、オランダ、そしてイギリスと二国間安全保障合意に調印済みである。こうした取り決め各々を効果的に整合させるために、イギリスはEU非加盟の立場でウクライナ支援に向けたヨーロッパの枠組みでどれほどの主導権を発揮できるだろうか?NATOがウクライナへの兵器調達円滑化のために設立したウクライナ防衛コンタクト・グループでは、イギリスはドローン供給で主導的役割を果たした。また英国王立国際問題研究所のサミール・プリ氏はEUが提唱するEU・ウクライナ防衛産業フォーラム(European Commission; 6 May, 2024)やヨーロッパ防衛産業戦略(EDIS)(European Commission; 5 March, 2024)などの軍事用品調達の取り組みをイギリスが支持し、ヨーロッパの防衛準備態勢の向上とウクライナの防衛産業への支援をすべきだと訴えている(“The UK should help coordinate support for Ukraine by backing EU defence initiatives”; Chatham House; 19 March, 2024)。イギリスが支持したウクライナ戦争でのロシアの凍結資産の活用という案は、今年のG7イタリアで承認された(“G7 agrees $50bn loan for Ukraine from Russian assets”; BBC News; 14 June, 2024)。現在、イギリスは「悪い奴らを撃ち殺すという、世にも楽しき仕事」を為すうえでの能力ギャップ問題に取り組む必要に迫られている。この国は自国本土と世界各地での国益を守るために、限られた予算や資材の中で自軍の兵器や装備を強化する必要に迫られている。現時点で重大な脅威と言えば、短期的にはロシア、長期的には中国となる。国防費の増額とともに、王立国際問題研究所『インターナショナル・アフェアーズ』誌のアンドリュー・ドーマン編集長は、イギリスの軍事力最強化計画に当たって国防支出のフォーカスをしっかり定めておくべきだと論評している。例えば対露抑止であれば、現行の核兵器の漸次削減政策を覆して独自の核の傘を強化するか、統合遠征軍(JEF)による北極、スカンジナビア、バルト海地域での緊急即応配備を強化するかの選択が迫られる(“Britain must rearm to strengthen NATO and meet threats beyond Russia and terrorism”; Chatham House; 25 March, 2024)。

 

トランプ氏説得という骨の折れる会談を経て、キャメロン氏はブリンケン氏との正規外相会談でウクライナへの支援拡大を話し合った。記者会見の場ではマール・ア・ラーゴ会談についての質問もあり、キャメロン氏は会談自体は選挙を控えての通常通りの野党指導者との外交会談であると答えた(“Secretary Antony J. Blinken and United Kingdom Foreign Secretary David Cameron at a Joint Press Availability”; US Department of State Press Release; April 9, 2024)。しかしウクライナへの追加援助を拒絶するトランプ氏は明らかに、依然として大西洋同盟の足を引っ張る存在である。外交における党派を超えた一貫性など気にも留めない。驚くべきことに、トランプ氏は就任直後に戦争を終結させると宣った。これはロシアでさえまともに受け取らなかった(“Russia says 'let's be realistic' about Trump plan to end Ukraine war”; July 18, 2024)。マール・ア・ラーゴ会談は通常通りとはほど遠いものであったろう。

 

この会談がかなり荒れた対話であったことを示唆するかのように、トランプ氏の取り巻き達はキャメロン氏のチャーチル的外交努力に激しく反駁した。トランプ氏がロシアにNATO諸国への侵攻をせよと発言してからというもの、キャメロン氏は大西洋同盟に関する彼の見方には批判的であった(“David Cameron Rebukes Donald Trump's Divisive Remarks About Nato And Russia”; HuffPost; 12 February, 2024)。そうした見解の不一致をたった一度の秘密会談で埋めることは容易ではない。予期された通り、トランプ氏の外交政策顧問であるエルブリッジ・コルビー元国防副次官補はウクライナ援助法案の通過を目指したキャメロン氏のロビー活動を、アメリカ政治への介入だと非難した。さらにキャメロン氏がウクライナ支援を道徳的に語り、トランプ氏にそれを解説講義したとして怒りをぶちまけた(“Trump ally hits out at David Cameron for ‘lecturing’ US”; Politico; May 2, 2024)。しかし歴史的にはウィルソン流道徳主義は党派を問わずアメリカ外交の中核であった。また道徳主義はレーガン・サッチャー保守同盟を強固にし、究極的には冷戦終結にもつながった。嘆かわしいことに、コルビー氏の発言は今のアメリカの保守主義がどれほど酷く劣化したかを示している。

 

コルビー氏はロシアを中国のジュニア・パートナーだと(“China’s Russia Support Strategy”; Politico; February 22, 2024)矮小化するものの、クレムリンが仕掛けるヨーロッパでの攻撃や中東およびアフリカへの勢力浸透に鑑みれば、それは必ずしも妥当ではない。『ワシントン・ポスト』紙への投稿では、コルビー氏はそんな矛盾など一向に意に介さずに中国への戦略的フォーカスを主張している(“To avert war with China, the U.S. must prioritize Taiwan over Ukraine”; Washington Post; May 18, 2023)。皮肉にも台湾はコルビー氏が提唱するアジアへの戦略的シフトを支持していない(“Taiwan is urging the U.S. not to abandon Ukraine”; Washington Post; May 10, 2023)。ブルッキングス研究所のロバート・ケーガン氏のに代表されるネバー・トランプの論客達がコルビー氏のような偏向したチャイナ・ホークを否定し、アメリカの外交を正常な方向に導こうとしている(“A Republican ‘civil war’ on Ukraine erupts as Reagan’s example fades”; Washington Post; March 15, 2023)。ともかくコルビー氏は新任のデービッド・ラミー英外相については、トランプ氏への配慮のある態度をとっていると称賛した。しかし共和党のJ・D・バンス副大統領候補はイギリスは核兵器を保有するイスラム主義国家だと罵倒して、トランプ氏と現労働党政権との間のそのような生温い友好関係も打ち壊してしまった(“Rayner dismisses Trump running mate 'Islamist UK' claim”; BBC News; 17 July, 2024)。キャメロン氏がウクライナでのロビー活動に成功したとはいえ、MAGAリパブリカンによる負の影響力は来る大統領選挙の結果如何に関わらず依然として無視できない。トランプ氏支持者の例に漏れず、バンス氏もコルビー氏も悪意に満ちた語句と対決的な姿勢が特徴的である。トランプ2.0が登場するようなら、アメリカの同盟国にとっては大変な外交上の障害となりかねない。

 

第二次世界大戦時にはパールハーバー攻撃によってリンドバーグ流孤立主義者達は沈黙せざるを得なくなり、それによってフランクリン・ローズベルト大統領はウィンストン・チャーチル首相の求めに応じて全世界で自由のための戦いを行なえるようになった。しかし現在、MAGAリパブリカンはバイデン現政権下においてさえアメリカの外交政策の足を引っ張っている。そうした事情からNATOはトランプ影響排除(Trump proofing)を真剣に検討し、アメリカ大統領選挙での最悪のシナリオに備えている。最も重要な点はヨーロッパ側の防衛能力の強化である。NATO加盟国はGDP2%の支出目標の達成に向けて国防費の増額を図っているが、それさえもアメリカをヨーロッパにつなぎ止めるには充分でないかも知れない。実際にコルビー氏はスナク政権によるイギリスの国防費2.5%計画を無意味だと否定した。NATO加盟国のほとんどは2%目標に達していないが、冷戦期に3%の支出であった。真の問題は金額ではなく防衛支出の重点項目である。そうした対露抑止および接近拒否の能力への支出が効果的に使われ、ヨーロッパへのアメリカの出兵コストを低く抑えるべきである。ヨーロッパ、特に英仏独の間での共同兵器調達に向けて調整を薦めれば、こうした目的に役立つだろう(Trump-Proofing NATO: 2% Won’t Cut It”; RUSI; 7 March, 2024)。

 

現在、火急の問題はウクライナである。ブリュッセルで開催されたNATO75周年式典では、イェンス・ストルテンベルグ事務総長がウクライナでのNATOの役割をアメリカ政治から切り離すための提案を行なった。すなわちウクライナ防衛コンタクト・グループではアメリカからNATOにより大きな影響力を与え、5年間で総合1千億ドルという軍事援助の実施を円滑化するということだ。しかしバイデン政権は件の計画には関心を示さなかったOn NATO’s 75th birthday, fear of Trump overshadows celebrations; Washington Post; April 4, 2024)。皮肉にもネバー・トランプの米現政権が、ヨーロッパ主導によるトランプ影響排除を積極的に支持していない。そうした事態にも関わらず、王立防衛安全保障研究所のマイケル・クラーク元所長によると、今年はウクライナの戦争の行方を左右する年になるという。ロシアには2025年春以降まで大規模攻勢を仕掛けるだけの装備も訓練された兵員も揃わず、ウクライナも欧米の軍事援助なしに戦闘能力を再建して占領地域の奪還などはとても覚束ない(“Ukraine war: Three ways the conflict could go in 2024”; BBC; 29 December, 2023)。

 

国際社会はトランプ2.0に戦々恐々としているが、真の問題はトランプ氏自身を超えたものである。左右を問わず反主流派の外交政策識者の中には、いわゆる「抑制された」外交を主張してウィルソン流グローバリズムを否定しようという動きがある。彼らの中でも右翼ナショナリスト達はトランプ氏を利用して自分達の政策提言活動へのテコ入れを図っている。トランプ氏は高圧的な振る舞いで悪名を博しているが、オーストラリアのマルコム・ターンブル元首相は世界各国指導者達に、彼の怒りを買わぬようにと媚び諂わぬようにと助言している。トランプ氏は手強い交渉相手を不快に感じるであろうが、後で気分が落ち付くと相手に敬意を抱くようになる(“How the World Can Deal With Trump?”; Foreign Affairs; May 31, 2024)。キャメロン氏がウクライナ支援の緊急的必要性を率直に説いたことは、コルビー氏の悪意に満ちた反応を見ての通りである。日本の安倍晋三首相(当時)も予期せぬトランプ氏の当選からほどなくしてトランプ・タワーを訪問した際に、日米同盟の互恵性を説いた。他方で麻生太郎元首相の訪問は、野党候補に対する不要な叩頭に見えてしまう。安倍氏の回顧録には、トランプ氏は公式の二国間首脳会談の場ですら延々とゴルフの話をしていたと記されている。麻生氏はトランプ氏との会談を楽しむために、二人で何を話したのだろうか?

 

トランプ氏が有罪判決を受けようと、王立国際問題研究所のレスリー・ビンジャムリ米州プログラム長が述べる通り、西側民主主義諸国にはアメリカとの同盟以外に選択肢はない。さもなければロシアや中国をパートナーに選ぶのか(The Global Implications of Trump’s Conviction”; Council on Foreign Relations; June 4, 2024)?民主党のカマラ・ハリス候補はトランプ氏を押しのけんばかりの勢いだが、「抑制された」外交を主張するグループはハリス政権が誕生しても世界の中でのアメリカの指導力発揮の足を引っ張るだろう。そうしたグループにはアメリカ・ファースト政策研究所(AFPI)やマラソン・イニシアチブといった右翼系シンクタンクとともに、リバタリアンのチャールズ・コーク氏とリベラルのジョージ・ソロス氏が共同スポンサーとなっている超党派のクインシー研究所もある( “George Soros and Charles Koch take on the ‘endless wars’”; Politico; December 2, 2019)。

 

動かぬアメリカを動かすためには、現代の政治家達はイギリスのキャメロン外相であれ、日本の岸田首相であれ、他の誰であれ、第二次世界大戦の英雄チャーチルのカリスマなくしてチャーチル的外交の努力の必要性に迫られてくる。アメリカの同盟国はキャメロン氏がやったように、超党派の国際派と手を組んで頑迷な孤立主義者を説得する必要がある。また「悪い奴らを撃ち殺すという、世にも楽しき仕事」なら直接の軍事行動であれ、敵の侵略に抵抗する国への軍事援助の供与であれ、積極的に関わる姿勢を見せるべきである。すなわち世界秩序のための法強制執行で、バードン・シェアリングの一翼を担うということだ。アメリカ側ではすでにハリス氏はミネソタ州のティム・ウォルツ知事を副大統領に選んだので、安全保障の閣僚には重量級の人物を当てる意志を示唆すれば、DEI(多様性・公平性・包括性)非難で失言を繰り返すトランプ・バンス陣営との差別化を図れて面白いとも思われる。

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2024年4月14日

ハガティ前駐日大使のインタビューへの疑問

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アメリカのウィリアム・ハガティ前駐日大使は2月29日に時事通信とのインタビューで、トランプ氏の再選という事態になれば日米同盟に不安定をもたすのではないかという日本国民の不安払拭に努めた。現在、ハガティ氏は共和党の上院議員である。ハガティ前大使は、ドナルド・トランプは日米同盟の戦略的重要性を理解していると強調し、トランプ氏のアメリカ・ファーストと孤立主義に関しては国際社会でも誤解されていると述べた。中でもNATO同盟諸国に対して脱退をチラつかせるトランプ氏の恫喝については、国防費でNATO基準を下回る国には支出を増額するように強制するために取られた彼ならではの駆け引きテクニックだと前大使は論評している。よってトランプ氏はロシアの脅威を深刻にとらえていると答えている。

 

件の記事は短い報道で、インタビューの詳細は公開されていない。そのためハガティ氏の発言への反応は性急ではあろうが、あのインタビューで日本国民が「もしトラ」を好意的に受け止められるとはとても思えない。トランプ氏によるNATO脱退の恫喝はSAISのエリオット・コーエン教授が件のアメリカ・ファーストに異議を唱える公開書簡で「ゆすりたかり」と記されたように、そうした発言への超党派での警戒が高まりから民主党のティム・ケイン上院議員と共和党のマルコ・ルビオ上院議員は議会の同意なきNATO脱退を大統領が行なえなくする法案を提出し、その法案は上院を通過した。そうした立法によって集団防衛への心理的な保証が保たれ、抑止力にも寄与することになる。

 

しかしトランプ氏はケイン・ルビオ法案があってもNATOに対するアメリカの関与を大幅に低下させるだろう。NATO事務次長とアメリカの駐NATO大使歴任したアレクサンダー・バーシュボウ氏は、トランプ氏がNATOに様々な会合で米外交官の参加を妨害し、ブリュッセル本部への拠出金も削減するだろうと警告する。すなわちトランプ氏は合法的にNATOを機能不全に陥らせかねない(“Trump will abandon NATO”; Atlantic; December 4, 2023)。トランプ氏は法の支配に敬意など払わないとしても、法の抜け穴を巧妙に利用する点ではブラジルの左翼ポピュリストで有名なルーラ・ダシルバ大統領さながらで、あちらは国際刑事裁判所で訴追されたウラジーミル・プーチン露大統領を自国で今年開催されるBRICS首脳会議に招待しようとしている。トランプ氏が保守派優位の最高裁判所に、自らの候補者資格を剥奪したコロラド州とメイン州の決定を却下したことを忘れてはならない。ポピュリストは右も左も、そうしたものだ。いずれにせよバーシュボウ氏が言及するような世界規模でのアメリカの同盟ネットワークの持続性に関する重要問題には、ハガティ氏は答えていない。NATOの組織構造では軍事指揮権はアメリカ人に委ねられる一方で、文民官僚機構はヨーロッパ人主導となっている。バーシュボウ氏はアメリカの外交官としてはNATOで最高の地位を歴任した立場から、深い懸念を示している。

 

防衛におけるバードン・シェアリングが古くて新しい問題であることに疑いの余地はない。冷戦以来、アメリカは同盟諸国に対して国防費の増額を求め続けてきた。相互の信頼構築のためにも同盟内でフリーライダーの存在は望ましくない。しかし、それはアメリカの国防の根本的な問題ではない。ジャック・キーン退役陸軍大将は2月16日のFOXニュースで、トランプ政権からバイデン政権にかけて軍事力が大幅に縮小された一方で敵国は攻撃能力を向上させたためにアメリカの国家安全保障は危機的な状況にあると評した。明らかにアメリカ自身の国防能力こそが問題なのである。トランプ氏によるアメリカの同盟国叩きは彼の岩盤支持層からは喝采されるだろうが、キーン氏のように党利党略を超えて真面目にアメリカの国防を語る者であれば、たとえMAGAリパブリカンお気に入りのチャンネルのコメンテーターであっても全く異なる観点を持つものだ。よって日本人なら誰でも自らの特異な思考に固執するトランプ氏に対し、アメリカと世界の安全保障について本当に理解できているのだろうかという疑義を強く抱くようになる。

 

 

 

さらにNATOの国防支出推奨基準も満たせないヨーロッパの同盟国が、力のバランスを我々に望ましい方向に変えられるような新しい技術に投資できるとは、まず考えられない。そうした国が軍事費を増額したところで、アメリカ製兵器をもう少し多く買えるくらいのものだ。それはアメリカの防衛産業には幾分かの利益をもたらすであろうし、トランプ氏もそうした取引から利益を得たいのかも知れない。 しかし「弱小国」叩きへのトランプ氏の固執は的外れである。嘆かわしくもトランプ氏にはキーン退役大将が述べたような国防の人員補充と装備調達のような重要課題について語る気はなく、怒れる労働者階級に海外の同盟国や国内のマイノリティーに対して自分達の税金を使うなと不満をぶちまけるようにけしかけている。彼の外交政策での孤立主義と国内政治でのヘイトのイデオロギーは深く絡み合っている。トランプ氏は小さな政府の理念を巧妙に悪用し、自分の岩盤支持層の狂信性を刺激した。時事通信はハガティ上院議員とのインタビューでは、こうした点も突くべきだった。

 

時事通信にインタビュー記事から、私にはトランプ氏の取り巻きは多国間主義によってグローバルの挑戦課題への対応と域内での中国の脅威の軽減を図ろうという、日本の安全保障政策への敬意を欠いているような印象を受ける。インタビューでのハガティ氏の発言は、トランプ氏によるNATO同盟国への強圧的言動など日米同盟には何の関係もないと言わんばかりに聞こえてしまう。しかし安倍晋三氏が打ち上げたFOIP構想はアジアとヨーロッパのステークホルダーも抱合し、その多国間外交のレガシーは菅政権にも岸田政権にも受け継がれている。上川陽子外相は1月30日の外交政策演説でこれをさらに推し進め、「欧州・大西洋とインド太平洋の安全保障は不可分であり」と述べた。共和党の孤立主義者の中にはジョシュ・ホーリー上院議員のように非常にNIMBYで、怒れる労働者階級の鬱積した不満の捌け口に中国叩きには躍起ながら、ウクライナと環大西洋地域でのロシアの脅威をアメリカの国家安全保障との関係は希薄なものと片付ける者もいる。それは日本のグローバルな戦略的方向性とは軌を一にしない。日本にとって現行のリベラルでルールに基づく世界秩序の擁護は重要である。

 

ブルッキングス研究所のロバート・ケーガン氏が昨年末の『ワシントン・ポスト』紙コラムで提言したように、元前政権主要閣僚達がトランプ氏の候補資格に反対の意を表明していることを我々は深刻に捉える必要がある(“The Trump dictatorship: How to stop it”’ Washington Post; December 7, 2023)。マイク・ペンス前副大統領がトランプ氏の2期目出馬への支持を公然と拒否したことに続き、先の政権での国家安全保障関係の閣僚達がアメリカのグローバルな同盟ネットワークと立憲政治に関するトランプ氏の貧弱な理解に深刻な懸念を表明するようになった。そうした閣僚にはマーク・エスパー前国防長官、ジェームズ・マティス元国防長官、ジョン・ケリー大統領首席補佐官、マーク・ミリー統合参謀本部議長そしてジョン・ボルトン国家安全保障担当補佐官らの名も挙がっている(“Full List of Former Donald Trump Officials Refusing to Endorse Him”; Newsweek; March 23, 2024)。非常に注目すべきことに、彼らの中には米軍の中核となっている軍事専門家がかなりいることである。

 

非常に興味深いことにトランプ氏の取り巻きは彼の失言を特異なで言い回しで正当化する。よくあることだが先の政権で大統領副補佐官とNSC議長を兼任したアレクサンダー・グレイ氏は日本のテレビ局とのインタビューで、トランプ氏のことは言ったことではなく行なったことで理解するようにと言いくるめてきた。またグレイ氏はアメリカと日本の同盟関係はトランプ政権期に深化したとも強調した(『もしトラ、日本への影響は?』; TBS news 23; 2024年3月14日)。しかしトランプ氏のアメリカ・ファーストを修正したのは「政権内の大人」とテクノクラートであり、今や彼らは反トランプの立場を表明している。日本の国民も政治家もそのことをよく認識している。実際にエスパー前国防長官はHBOテレビ局番組『ビル・マーとのリアルタイム』で、「トランプ政権2期目の最初の年は1期目の最後の年のように、混乱したものとなるだろう」と語っている(“Trump’s Former Defense Secretary Tells Bill Maher He Is ‘Definitely Not’ Voting for Ex Boss”; Daily Beast; March 31, 2024)

 

究極的に多国間同盟を蔑視するトランプ氏の見解は、数多くの同盟国や現地指導者達との多国間の戦略調整を通じてアメリカを戦争で勝たせたデービッド・ペトレイアス退役陸軍大将のものとは相容れない。トランプ氏がこれと逆の方向性を取るなら、アメリカは今世紀のいかなる戦争にも大国間競合にも敗者となってしまう。さらに彼の右翼ポピュリズムによってアメリカの民主主義の正当性が侵食されている現状で、中国やロシアのようなリビジョニスト勢力が勢いづいてしまう。MAGAリパブリカンの中にはマージョリー・テイラー・グリーン下院議員のように議会内でロシアのプロパガンダを拡散するなど、プーチンのスパイさながらの行為に及ぶ者もいる。

 

 

 

 

 

それは日米同盟にも深刻な被害を及ぼしている。日本政府が「もしトラ」に備える必要があることに疑いの余地はない。他方で日本にもアメリカ国内のネバー・トランプ論者に積極的に共鳴する者が存在すべきである。よって日本のメディアはトランプ氏の取り巻きにはもっと厳しい質問をすべきで、まるで茶道の客人をもてなすかのようなお行儀の良い質問など必要ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2024年2月28日

右翼ポピュリズムが国家安全保障を蝕む悪影響

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悪名高き右翼ポピュリスト:トランプ、ネタニヤフ、ボルソナーロ

 

 

右翼しばしば、自分達の方が愛国的情熱と国防への尽力では国内政治上の反対勢力を上回っていると喧伝している。しかし彼らの独善的な統治によって国家も国民も危険にさらされる恐れが高まる。昨年10月にハマスがイスラエルに侵攻してガザ地区との国境付近のキブツ住民や音楽祭参加者への暴行虐殺におよんだ際に、『サピエンス全史』および『ホモ・デウス』の著者で著名なヘブライ大学のユヴァル・ノア・ハラリ教授は、ネタニヤフ政権が政府の運営に失敗したためにテロリストの侵入に対して情報の空白が生じてしまったと論評している。まず始めにベンヤミン・ネタニヤフ首相は自らの閣僚を忠誠心に基づいて登用したために、国益よりも自身の個人的利益が優先されてしまった。2022年12月に発足した第6次ネタニヤフ内閣では非常に過激で教条的な宗教色の強い組閣を行なったので、政治的分断の扇動と陰謀論の拡散による「ディープ・ステート」叩きばかり行うようになった。その結果、ネタニヤフ氏は治安部隊、諜報機関多くの専門家達から国家安全保障上の切迫した脅威に関する必要な情報収集ができなかった。そのように劣化した政策決定過程を通じて、イスラエルはハマスに対して効果的な抑止対策をとれなかった(“The Hamas horror is also a lesson on the price of populism”; Washington Post”; October 11, 2023)。韓国の元統一相で現在はインジェ(仁済)大学のキム・ヨンチョル教授も同様に、分割統治手法では国民の間で他者への罵倒が扇動され、政府内で部署を超えた意思疎通が阻害されてしまうと指摘する。言わば、ネタニヤフ政権がハマスの攻撃で犯した情報収集の失敗は、民主主義の失敗による当然の帰結なのである(“Why is the far right so incompetent at national security?”; Hankyoreh Newspaper; October 30, 2023)。

 

さらにガザ戦争によってネタニヤフ氏が、ロシアはイランの動きをしっかり管理していると思い込み、イスラエルが2015年にシリアでイランの代理勢力への空爆ができたという自己欺瞞に陥っていたことが明らかになった。実際にはロシアのウラジーミル・プーチン大統領はイスラエルに対して戦略的に敵対するイランおよびシリアとのバランスをとり、中東での自国の存在感を誇示したかっただけである。その見返りにイスラエルはロシアのクリミア侵攻に対する欧米の制裁への参加を拒否した。しかしウクライナでの戦争が勃発してクレムリンがイラン、シリア、ハマスという悪の枢軸に頼らざるを得なくなると、ネタニヤフ氏が思い描いたロシアとの友好関係などは無意味だと露呈した(“Israel and Russia: The End of a Friendship?”; Carnegie Politika; November 11, 2023)。中道左派のシオニスト・ユニオンから選出されたクセニア・スヴェトロワ元国会議員は、現在の孤立したロシアはこれまで以上にイランを必要としているので、イスラエルが反欧米ブロックを主導しようというプーチン氏の地政学的な野望に助力する理由はないと語っている(“Russia’s priorities are clear after Netanyahu-Putin call, and Israel isn’t one of them”; Times of Israel; 11 December, 2023)。ネタニヤフ氏はロシアとの戦略的関係を深化させながらアメリカとも緊密な関係を維持しようという似非リアリズムを追求したがために、イスラエルは西側同盟の分断を謀るプーチン氏に都合の良い駒となった(“Putin’s Gaza front”; ICDS Estonia Commentary; October 30, 2023)。

 

アメリカでも同様に右翼ポピュリストは敵の特定を誤る。ネタニヤフ氏と同様にドナルド・トランプ氏はプーチン氏に魅了されるあまり、NATO脱退さえ口にしている。また両者とも民主的な法の支配に対抗して専制的な手法を好んで濫用している。トランプ氏は1月6日暴動を扇動し、ネタニヤフ氏は「司法改革」によって政府が司法による権力分立を超越し、自らの政策を実施させようとしている(“Israel judicial reform explained: What is the crisis about?”; BBC News; 11 September, 2023)。ネタニヤフ氏は連立政権パートナーの宗教シオニスト党とともに、司法の介入を排除してヨルダン川西岸でのユダヤ人入植を進展させたがっていた。トランプ氏の予備選候補資格がコロラド州とメイン州で否決されたように、ネタニヤフ氏の司法改革もイスラエルの民主的な統治の基盤を守るために最高裁判所に棄却されている(” Israel Supreme Court strikes down judicial reforms”; BBC News; 1 January, 2024)。右翼ポピュリストは共産主義革命家さながらに、民主主義を担う責任ある当事者達を「人民の敵」呼ばわりすることを忘れてはならない。彼らが政権を取ろうものなら政府および国家安全保障諸機関の間の戦略的な意思疎通には重大な支障をきたすことは、ハラリ氏とキム氏が述べた通りである。

 

そのような思考様式もあって、右翼ポピュリストは国家安全保障を犠牲にしてでも自分達の党派的な案件を躊躇なく優先する。それはMAGAリパブリカンによる軍事人事の妨害に典型的に見られる。トランプ時代以前の共和党は国防に強いと自負していた。しかし右翼ポピュリスト達はポリティカル・コレクトネスや人権リベラリズムを嫌悪するあまり、自分達の言い分を押し通して岩盤支持層を狂喜させるためには敢えて国家安全保障上の重要課題さえ犠牲にしても仕方ないとさえ思っている。中でもトミー・タバービル上院議員は白人ナショナリストの「自由」を擁護し、中絶反対の士官の昇進を阻むために軍主要人事での任命を遅延させた。外交問題評議会のマックス・ブート氏が述べるように、タバービル氏には外敵に勝つための軍事人事の迅速化など関心はなく、軍内部にいる国内の文化戦争での反対勢力に勝つことしか考えていない(The GOP claims to be strong on defense. Tommy Tuberville shows otherwise.”; Washington Post; June 19, 2023)。さらにジェームズ・スタブリディス退役米海軍大将は、タバービル議員が自分の選挙区であるアラバマ州への宇宙軍本部の誘致画策のため、コロラド州での施設建設という軍の計画への妨害に及ぶという利益誘導丸出しを行なったことを嘆かわしく見ている( “Tuberville slams lack of decision on Space Command headquarters, blames politics”; Stars and Stripes; July 26, 2023)。

 

それにも増して問題視すべきは、下院共和党の極右議員達は国内での国境管理強化を交換条件にウクライナとイスラエルへの支援の予算決議を妨害している。しかしジャック・キーン退役米陸軍大将が述べるように両者はそれぞれ別の問題であり、ウクライナでのロシアの勝利は国家安全保障上の重大なリスクである(“What would a win in Ukraine look like? Retired Gen. Jack Keane explains.”; Washington Post; March 6, 2023)。さらに由々しきことにトロイ・ネールズ下院議員はジョー・バイデン大統領再選阻止だけのためにウクライナ援助に反対している(“A border deal to nowhere? House GOP ready to reject Senate compromise on immigration”; CNN; January 3, 2024)。それら一連の動きは非常に党利党略本位で、国家とは利益相反である。そのように視野の狭い党利党略こそがハマスによるイスラエル攻撃の際には外交不在をもたらした理由は、彼ら右翼がアメリカの駐エルサレム大使の任命を阻止したためである(“Jack Lew, Ambassador to Israel”; Wikipedia)。

さらにアメリカの右翼の間にあるウクライナに関する誤った認識について述べたい。現在はアトランチック・カウンシル所属のジョン・ハーブスト元駐ウクライナ大使は、プーチン氏がウクライナで勝利すればロシアを勢いづかせ、旧ソ連共和国および旧ワルシャワ条約機構諸国にも手を伸ばしかねず、しかもそうした国々の多くはNATO加盟国であると評している。また元大使は2度にわたる世界大戦を経たヨーロッパで安全保障の礎となったのはNATOであり、それが究極的にはアメリカの安全保障にも寄与してきたとも強調している。よってウクライナの勝利はアメリカにとって重要な国益なのである。最も重要なことに、元大使はロシアと中国を挑発しないように宥和政策をとることは最も挑発的な外交であって、それではアメリカの指導力低下を望む相手の思う壺であると主張する。

 

 

 

 

かつての共和党ならハーブスト氏が述べた原則を理解していた。しかし現在のMAGAリパブリカンはネールズ議員が下院でそうしているように、何の躊躇もなく敵に弱さを印象付けてしまう。さらに悪いことに、トランプ氏が長年にわたってNATO脱退の意志を抱き続けていることは、アメリカとヨーロッパの間で深刻な懸念を呼んでいる。民主党のティム・ケイン議員と共和党のマルコ・ルビオ議員は大統領が誰になろうともNATO脱退を阻止するための超党派の法案を提出し、それはすでに上院を通過した。しかし問題は心理的なもので、トランプ氏が当選しようものなら同盟国はアメリカを頼れないとみなすようになり、やがては西側同盟による抑止力が低下してしまう。こうした事態を受けて、『アトランチック』誌のアン・アップルボーム氏はアレクサンダー・バーシュボウ元米駐NATO大使とのインタビューから、トランプ氏だとNATOを機能不全に陥らせようとして、アメリカの外交官の会議出席の妨害、あるいは議会に制止されない内に本部に拠出する予算削減を行なう恐れがあると記している(“Trump will abandon NATO”; Atlantic; December 4, 2023)。

 

非常に重要なことにアメリカでは何人かの政治学者と歴史学者が、冷戦後の共和党は徐々に孤立主義に回帰していたと語っている。そうした状況を踏まえ、親トランプ派のアメリカ刷新センター(Center for Renewing America )のダン・コールドウェル氏は共和党支持者には「リアリズムと自制」に基づいてアメリカは自由世界の主導者ではなく、世界の中での自らの役割を変えてゆくべきだとの考え方が支持される傾向が強まっていると評している。同様な流れでヘリテージ財団はかつてのロナルド・レーガン時代には「強いアメリカ」を標榜したが、現在のケビン・ロバーツ所長はウクライナ援助に反対するばかりか、国防予算の削減さえ訴えている。バンダービルト大学のニコル・ヘマー准教授によると、そうしたアメリカ・ファーストの勢いが保守派の間で盛り返しつつあったことが典型的に表れている事象は1990年代に相次いだパット・ブキャナン氏の大統領選挙出馬である。非常に混乱を招くことに、孤立主義保守派の中にはジョシュ・ホーリー上院議員のように「問題はそこでなく、ここにある」と言ってアメリカの外交政策形成者達にヨーロッパから手を引き、自国の中産階級や労働者階級の生活を脅かす中国への対策に集中せよと訴えている。それには大西洋同盟派とアジア太平洋派の競合に留まらぬ問題がある。右翼ポピュリストの間の対中強硬派の見解はトランプ的な損益思考から来るもので、そのため彼らは同盟国をアメリカの負担になる存在と見做してしまう。彼らが主張する中国への戦略的シフトとは自分達をグローバル化の犠牲者だと感じる労働者階級の怒りを反映したものに過ぎない。外交政策で国際主義を奉じるロバート・ケーガン氏らが彼らの馬鹿げた考え方に反論するのも当然である“A Republican ‘civil war’ on Ukraine erupts as Reagan’s example fades”; Washington Post; March 15, 2023)。またデービッド・ペトレイアス退役米陸軍大将はカーネギー国際平和財団での講演に際して彼らの似非リアリズムと贋物の「小さな政府」思考に反論しているが、そのどちらも不動産屋の損益思考に基づいている。テロとの戦いで「アメリカを勝たせた男」は国防政策の関係者に兵装調達システムを時代の要求に合わせ、全世界にわたる多方面の脅威に対処せよと訴えているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

中国に関する右翼の間の主張は1960年代から80年代にかけてのジャパン・バッシャーの議論並みにNIMBYに聞こえる。アジアの同盟諸国は、プーチン政権と宥和してウクライナもヨーロッパ同盟諸国全ても見捨てて構わないと考えるような、彼らNIMBYな対中強硬派を信用すべきではない。日本の岸田政権が彼らに同調しない方針は正しく、それに基づいて上川陽子外相が1月30日の衆議院通常国会での外交政策演説で「欧州・大西洋とインド太平洋の安全保障は不可分であり」と述べたことは、当然ながら「ウクライナと東アジアの安全保障は不可分」と解釈される。嘆かわしくも故安倍晋三首相はイスラエルのネタニヤフ首相と同様に似非リアリズムの過ちを犯し、モスクワの血に飢えた独裁者との友好関係によって中国に対抗しようと考えていた。ウクライナでの戦争によって、そうした考え方は始めから間違っていたことが判明した。

 

 

 

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国会で岸田政権の外交政策演説を行なう上川外相

 

アメリカの右翼はイスラエル・ハマス戦争でも対処を誤った。テロリストがイスラエルに侵攻した時、トランプ氏は彼らに対する抑止力も戦闘準備もできていなかったとしてネタニヤフ氏を切り捨てた。ネタニヤフ氏が右翼的価値観の共有からトランプ氏に抱いた忠誠心は一方的だったことが明白になった一方で、バイデン氏がハマスに対するイスラエルの戦闘を支援している(“Trump’s turn against Israel offers stark reminder of what his diplomacy looks like”; CNN; October 13, 2023)。しかし実際にはトランプ氏が成功だと吹聴するアブラハム合意によって問題は生じた。イスラエルとアラブ王制諸国との関係正常化を促してイランの包囲を目論む一方で、トランプ氏は東エルサレムでのイスラエル主権、ヨルダン川西岸でのユダヤ人入植、ゴラン高原の併合の承認に見られるようにイスラエルの極右による拡大主義を支持し、イスラエル・パレスチナ間の緊張を悪化させた。そうした情勢下でパレスチナ側への援助は減額した。よってマックス・ブート氏は『ワシントン・ポスト』紙のコラムに、一連のアラブ・イスラエル国交正常化ではイエメン、シリア、リビアばかりか最も重要なイスラエル・パレスチナ紛争自体も含めた中東の重大な紛争の解決はもたらされないと記している(So much for the Abraham Accords. Trump made things worse in the Middle East.”; Washington Post; May 12, 2021)。にもかかわらず、トランプ氏は戦争勃発の際には無責任にもネタニヤフ氏を非難した。件の合意成立時にはトランプ氏とネタニヤフ氏は似た者同士に思われたが、両者の衝突は他者を犠牲にしてでも自己利益の最大化を求めるという右翼の性質からすれば当然の帰結である。それは二国間および多国間のパートナーシップには適さない。

 

反グローバル主義者の中には中国への抑止のためには右翼ポピュリストの方が左翼ポピュリストよりましだと安直に主張する者もいる。それではあまりに皮相的である。ブラジルで何が起きたか。中国が一帯一路のためにアマゾンの森林を通過してペルーに達する鉄道と高速道路を建設するという計画を支持したのは、他でもない右翼のジャイール・ボルソナーロ大統領で、それは現地の動植物相にとっての生態系と先住民の未接触部族の生活に破滅的な影響をもたらしかねない(“Proposed Brazil-Peru road through untouched Amazon gains momentum”; Diálogo Chino; March 10, 2022)。ここでも右翼が似非リアリズムに囚われて他者を押しのけて自分達の仲間の利益を最大化しようとすることが強調されるべきで、そうなると先住民や生態系への犠牲など顧みられるはずがない。よって彼らは他国や国際社会の安全保障など気にも留めない。中国が計画の再考を要求されたのは左翼のルーラ・ダシルバ大統領が昨年1月に就任してからである(Opinion: Brazil can make green gains from China’s ‘ecological civilisation’ aims; Diálogo Chino; October 3, 2023)。私は必ずしも左翼のルーラ氏を右翼のボルソナーロ氏より好ましく思っているわけではなく、ブラジルで開催される今年のG20とBRICS首脳会議へのプーチン氏招待で明らかになった彼の時代遅れな反植民地主義思想への入れ込みには辟易している。南アフリカのANCから選出されたシリル・ラマポーザ大統領でさえ、政府は国際刑事裁判所の規定を遵守すべきだと要求する民主連盟の猛烈な訴訟に直面し、あのロシア人犯罪者のBRICSヨハネスブルグ首脳会議への招待を断念したことを忘れてはならない(“Lula invites Putin to Brazil, sidesteps on war crimes arrest”; Politico; December 4, 2023)。ボルソナーロ氏もルーラ氏も、両者各々のアマゾン開発やBRICS首脳会議への対処に鑑みれば法の支配を軽視しているように見える。実際に両ポピュリストとも、欧米との不必要な摩擦もリビジョニスト大国側への不用意な傾斜も望まないブラジルの外交官僚組織にとっては頭痛の種でしかない(『国際政治の主要プレイヤーになれるか=専制国家群に引きずられるルーラ』;ブラジル日報;2023年9月26日)。何はともあれ、中国が恐ろしいからと言って右翼ポピュリストに味方する理由にはならない。

 

世界各地で見られる右翼ポピュリストの脅威の間でも、アメリカの大統領選挙は最も深刻な事例である。アメリカはトランプ氏の再選をどのようにして阻止できるのだろうか?ブルッキングス研究所のロバート・ケーガン氏は共和党有権者の間でのトランプ氏への熱狂的な支持 について警鐘を鳴らしている。予備選についても、他の共和党候補の誰もがトランプ氏の岩盤支持層を破壊できない。さらに問題になることは、MAGAリパブリカンは1月6日暴動から他の刑事訴訟事件まで、トランプ氏に関することは何でも正当化してしまう。それにも増して馬鹿げたことに、彼らは自分達の思い込みでウクライナ、イスラエル、アフガニスタンでの失敗をバイデン氏のせいにしているが、実際にはトランプ氏こそがこれらの混乱をもたらした責めを負うべきなのである。正気の共和党政治家は完全に脇に追いやられ、先のトランプ政権に入閣していた「政権内の大人」も公衆の面前で彼を非難することには躊躇している(“A Trump dictatorship is increasingly inevitable. We should stop pretending.”; Washington Post; November 30, 2023)。トランプ氏を阻止するために、ケーガン氏は共和党でも特にニッキ・ヘイリー氏は立憲政治を軽視するような人物の候補資格を問うべきだと述べている。しかし共和党の競合候補全員にはトランプ氏の候補資格を否定する考えは全くなく、彼が指名されても従うという党派的忠誠心を強調するばかりである。非常に注目すべきことにトランプ氏が自身を訴追の犠牲者だと強調すればするほど、彼の支持者達は益々アメリカの司法体制とエリート全体に対する怒りを爆発させてしまう。よって共和党にとって、そのようなMAGAリパブリカンを刺激することは危険である。こうした観点からケーガン氏はミット・ロムニー、リズ・チェイニー、コンドリーザ・ライス、ジェームズ・ベーカー諸氏ら共和党の古参有力政治家、そして前政権閣僚のマイク・ペンス、ジョン・ケリー諸氏らに、アメリカの民主主義を守るためには全国的な運動を主導するよう訴えている(“The Trump dictatorship: How to stop it”’ Washington Post; December 7, 2023)。つまるところ、トランプ阻止で重要になってくるものは共和党正統派の意志である。彼らはすでにリンカーン・プロジェクト、共和党説明責任プロジェクト、法の支配を支持する共和党といった運動を立ち上げた。古参有力政治家たちはそうした運動にどのように参加してゆくのだろうか?

 

右翼ポピュリズムの高まりを抑えるには、民主主義の持続性が重要になる。昨年10月に慶応戦略構想センターは慶応大学の細谷雄一教授と一橋大学の市原麻衣子教授によるオンライン対話を主宰し、世界に広がる民主主義の不況が安全保障に与える影響について考察した。二人の学者は対話の中でリビジョニスト勢力による情報工作に対する西側民主主義の脆弱性を中心に議論を深めた。現在、ヨーロッパと北アメリカの先進民主主義諸国はポピュリズムの台頭に苦悩し、それは反エスタブリッシュメントの怒りと移民排斥のネイティビズムといった形で典型的に表れている。最も顕著なものでは、MAGAリパブリカンは小さな政府の理念を誤用してヘイトのイデオロギーを掻き立てるとともに、社会経済的にも文化的にも恵まれない人々に攻撃を加えるようになっている。自分達がグローバル化の犠牲になっていると感じる人達は、右翼デマゴーグが強く断固とした姿勢を見せているからと称賛してしまう。しかしそのように「俺だけが解決できる」といったアプローチでは、ハラリ教授が言うように政府が機能不全に陥り国家の安全保障は損なわれるだけである。

 

 

 

 

戦略構想センター主催の対話では、市原教授はロシアと中国がIT技術の効果的な活用によってどのように情報偽装を行なって欧米の国内政治に工作を仕掛けているかを説明した。二人の学者は民主主義諸国には敵国の工作から自国を守る対抗策が必要だとの見解で一致した。そうした状況下で日本、オーストラリア、ニュージーランドにように右翼ポピュリズムの高まりを抑えるうえで比較的上手くいっている民主主義国もある。特に日本では細谷教授が述べるように国民の間で政府、メディア、既存の知識人に対する信頼が高く、陰謀論も拡散が抑止されている。また私としては英連邦の両自治領にも注視を訴えたいのだが、それは両国とも英米政治文化圏にありながら扇動政治家の急激な台頭には深刻に悩まされてはいないからである。太平洋の三つの民主主義国家は、国際社会に対してポピュリズムへの対処で何かを示唆できるのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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