高市首相のMAGA追従外交に異議
先の日米首脳会談にて、新任の高市早苗首相がドナルド・トランプ米大統領のノーベル平和賞受賞を支持したことに唖然とした。私はそれまで別の件での投稿を準備していたがこれを黙って見過ごすわけにはゆかず、今回はそちらを延期して急遽本件について寄稿することとする。
元々、私は先の自民党総裁選挙より高市氏の言動を危険視していた。そして最も望ましいと思った自民党総裁候補は林芳正官房長官(当時)であった。私が高市氏への危険視を強めるようになった契機は、あの「鹿蹴り」発言である。その発言は排外主義だと批判され、さすがの高市氏もこれを引っ込めざるを得なくなった。だが私は同発言の時の高市氏の目付きには本能的な恐怖感を抱いた。まるで嘘でも何でも競争相手を言いくるめ、国民を扇動させた者の勝ちだと言わんばかりで、そのためには手段を選ばぬような目付きだった。これについては心理学者などによる、さらに専門的な分析が必要ではあろう。ともかく権力奪取のためにはこうした出鱈目な大衆扇動も辞さないやり方は、トランプ氏の「犬猫食い」発言と軌を一にするものである。右翼ポピュリズム、恐ろしや。
そして新総裁は就任早々、参政党との連立協議まで行なった。これは実現しなかったものの、高市政権の右翼性を示すものとなった。トランプに対するノーベル平和賞受賞の推薦は、こうした一連の言動の延長線上にあるものだ。だからこそ、私は先の日米首脳会談に見られた、高市氏のMAGA追従に唖然としたのである。
ところでトランプ氏はノーベル平和賞の受賞に相応しいのだろうか?まず国際社会での業績を評価するならガザとウクライナの和平が二大案件となるが、どちらも平和構築の目処は立っていない。ガザではイスラエルとハマスの人質交換を大々的に誇示したトランプ氏だが、その後はハマス武装解除の見通しは立っていない。そもそもイスラエルの人質解放人数では、バイデン政権の方が多かった。そしてウクライナでもロシアの攻撃が収まる気配はない。ウラジーミル・プーチン大統領とトランプ大統領の間の良好なパーソナル・ケミストリーは、和平には全く役立たない。印パ紛争ではパキスタンは満足したが、インドはトランプ調停に不満である。他のトランプ調停も完全に問題解決というわけではない。とてもではないが、ノーベル平和賞に値する成果など挙がっていないのである。
そしてトランプ氏をノーベル平和賞に推薦しているのがどのような国かとなると、世界でも最高水準の自由民主主義体制の国は皆無である。まず中東唯一の民主国家を標榜するイスラエルであるが、ネタニヤフ政権のガザ攻撃は民間人への過大な被害から人道面で国際的に非難されている。その他の支持国も専制国家や右翼ポピュリズムに統治される国々ばかりである。具体的な国名を挙げると、アルメニア、アゼルバイジャン、カンボジア、ガボン、ルワンダ、アルゼンチン、ハンガリー、ギニア・ビサウ、セネガルといった顔ぶれである。日本は明治維新以来、世界の文明国あるいは一等国の仲間入りを国是に邁進してきた。高市首相のノーベル平和賞推奨宣言は近代日本の歴史的な方向性とは逆で、日本を「恥知らずリーグ」の仲間入りさせてしまう。
トランプ氏の平和賞受賞資格について、何よりも問題視すべきは軍の正しい使い方を知らないということである。これでは平和の政治家とは、とても呼べない。トランプ大統領は非登録移民をめぐる国内での政治闘争に軍を動員しているが、これでは戦争に向けても平和に向けても指導力を発揮できない。ラテン語の有名な諺で“Si vis pacem, para bellum.”(汝平和を欲さば、戦への備えをせよ。)と言われるように、軍の使い方を誤っての平和は有り得ない。トランプ政権は国内では民主党市政のシカゴやポートランドなどに、犯罪や非登録移民への対策と称して州兵を派遣している。こちらは大統領の一方的な命令では派兵できないはずである。また麻薬対策と称し、議会の承認もなくベネズエラの船舶を攻撃している。トランプ政権は理由も、その論拠となる証拠も、議会や国民への説明責任もなしに、自分達には相手が誰であろうが所構わず殺傷する権利があると主張する。そのような主張を、保守系反トランプ派の代表的論客であるウィリアム・クリストル氏は厳しく批判している。ともかく、こんな大統領なら勝手に核実験くらい再開するだろう。このように国際政治のみならず、国内政治の観点から見てもトランプ大統領はノーベル平和賞には値しない。なぜ高市首相は嬉々として、このような人物を推薦するのだろうか?日本国の最高指導者の思考や感性がMAGA化しているなら、由々しき問題である。
とはいえトランプ政権がグローバリズムへの被害妄想を抱えるMAGA岩盤支持層を基盤としているため、彼らとディールに至るにはある程度のご機嫌取りも止むを得ない場合も想定される。日本のリベラル派にはそうした覚悟もなく、いたずらに「対米追従」を批判しているようでは甘い。トランプ氏本人や、真っ赤なMAGA帽を被って反グローバル主義と反エリート感情を爆発させる人達は実に難儀な存在である。そんなトランプ政権が世界各国に仕掛けた関税紛争で、比較的好条件でディールに漕ぎ着けたのが、イギリスのスターマー政権である。それでも従来より高い10%の相互関税となっている。
注目すべきは、先のトランプ氏訪英時でのテック投資合意と国賓待遇だろう。このテック合意はイギリス国内の世論を二分している。アメリカからの投資誘致によるテック産業への梃入れについては、保守党のウィリアム・ヘイグ元外相が賛同していることからして超党派の国策だと言える。他方キャメロン連立内閣で副首相を務めた自由民主党のニック・クレッグ元党首は、このディールでは国内のスタートアップ企業への支援につながらず、イギリスはアメリカの大手テック企業のデータ・センター化するだけだと懸念の意を表している。そのような国論の二分はあっても、韓国イ・ジェミョン政権も先のトランプ大統領訪韓でテック投資のディールに至っていることも忘れてはならない。
またノーベル平和賞をめぐって子供じみた虚栄心を臆面もなく誇示するトランプ氏には、スターマー政権は王室歓待で相手の俗物丸出しの欲望を満足させた。労働党で生真面目な性格のキア・スターマー首相は、本来ならイデオロギーの面でもパーソナル・ケミストリーの面でもトランプ大統領と相性が良いとは言えないだろう。それだけに一連の交渉と歓待には相当な忍耐を要したと思われる。だがあれは党派やイデオロギーがどうあろうと対米関係を重視するという、戦後のイギリス外交政策の基本に則ったものではあった。いずれにせよ比較的好条件と言われるイギリスでさえこの有様で、各国とも独特な固定観念で世界を見るトランプ政権とのディールには難渋している。先の首脳会談での「対米追従」を批判する日本のリベラル派は、交渉案件となった各問題によほど詳しいのだろうか?それなら、もっと具体的な批判が求められる。高市首相が好きでも嫌いでも、漠然とした批判は無意味である。先述のクレッグ元英副首相が具体的に論点を絞って英米合意を批判していることに留意すべきである。ただし、そこまで低姿勢のスターマー首相でもノーベル平和賞推薦はしていないと念を押しておく。
いずれにせよノーベル平和賞推薦の件は高市氏の右翼言動に連動しているので、日本政治で「ガラスの天井」が破られたという議論には疑問の余地がある。右翼政治家には専制君主のように権威主義的な傾向がある。そうした政治家の政権で、ジェンダーや人種などでの「ガラスの天井」が破られることはほとんどない。歴史を顧みれば、ロシアの啓蒙専制君主エカテリーナ2世の治世で「ガラスの天井」など破られはしなかった。周知のようにエカテリーナ大帝の強権的な内政および外交政策は、ルースキー・ミールの理念を掲げてウクライナに侵攻しているプーチン政権にとって模範となっている。今のクレムリンが世界でも際立ってマチズモ志向が強いことにも留意すべきである。従って高市首相への女性政治家としての特別視は、一切合切不要である。新首相のリーダーシップについては、統治、イデオロギー、扇動手法といったところを冷静に見て行くべきだろう。丁度、エカテリーナ2世やウラジーミル・プーチン大統領について議論する時のように。
そのように右翼権威主義的な高市首相は先の自民党総裁選にて、「働いて、働いて、働いて、働く」という政治姿勢を訴えた。しかし件のノーベル賞推薦のように指導者が国を悪い方向に導くようなら、働き過ぎない方が好ましい。実際に第二次世界大戦時の東條英機首相は「働いて、働いて、働いて、働きまくって」くれたために、日本の国家と国民には壊滅的な被害を及ぼしてしまった。確かにトランプ氏は合衆国大統領の地位にあるが、実質的にはたかがMAGAの大統領に過ぎない。よって、あのように節操のないノーベル賞推薦では米国内の反MAGA派に喧嘩を売っているように見えてしまう。現在、日本でもヨーロッパ諸国と同様に安全保障での対米依存低減によるトランプ外交からのリスクヘッジが議論されている。しかし軍事的に「ひよわな花」に過ぎない日本の自主独立防衛は考え難く、アメリカ抜きでのヨーロッパやインド太平洋諸国との多国間パートナーシップにも過大な期待はかけられない。となると米国内の反MAGA派との連携こそ、トランプ外交への最強のリスクヘッジとも考えられる。そうした観点からもトランプ大統領への過剰な平身低頭は再考すべきである。
先の日米会談では安倍レガシーが再三強調され、日本では官民挙げて両首脳のパーソナル・ケミストリーを過剰に重視されていたように思われる。しかし当の故安倍晋三首相が自身の回顧録に記したように、そんなものは全く当てにならない。実際にトランプ氏は内政でも外交でも、自分に忠実な者を容赦なく切り捨てるほどだ。有力国首脳でもインドのナレンドラ・モディ首相とはトランプ政権1期目には良好な関係だったが、2期目には関係悪化している。他方でイギリスのスターマー首相はこの政権と何とか良好な関係に努めている。以上、本稿に記した米国内や世界各国の動向に鑑み、高市首相にはトランプ大統領へのノーベル平和賞推薦を取りやめてもらいたい。













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