レッド・チャイナか、マッド・チャイナか?:チベットと五輪と圧政国家
北京オリンピックとチベットの問題は世界各地の人権活動家達が聖火リレーに抗議したために日を追って激しくなっている。良心ある世界市民からの激しい非難にさらされた北京当局は自国民を動員して人海戦術によってチベット解放活動家を黙らせようと決意した。
キャンベラ、長野、ソウルでは共産党支持の中国人の群れが路上でチベット解放活動家を取り囲み、自由の戦士達に心理的な圧迫を加えた。このように異様な赤旗の中国人の群れを見るに及んで、私はそうした光景に背筋が寒くなった。中国政府は自由の戦士達に対し、どのようにしてそのように中央統制の効いたデモ隊員を送り込めたのだろうか? あれらの赤旗中国人達は親チベット活動家を殴ったり蹴ったりはしなかったものの、あのような類の脅迫は暴力以外の何物でもない。まさにオーウェルの世界である。あのように異様な行動は断じて愛国心の発露などではない!見かけの急速な近代化とは裏腹に、中国が遅れた危険な国家であることが白日の下にさらされた。
考えてもみて欲しい。アメリカとイギリスはイラク戦争をめぐって激しく批判されたが、両国政府は間違っても自国民に命令を下して反戦デモへの対抗に動員しようとはしなかった。ソ連でさえアフガニスタン侵攻を非難されてもそんなことはしなかった。中国が恐ろしく権威主義的な社会で、今でも暗黒時代の真っ只中にあることが明らかとなった。
中国の後進性と圧政を議論するために、いくつかの論文を参照したい。私がぞっとするのは、中国はアヘン戦争でイギリスの砲艦に敗れるまで自らを地上の支配者だと何の疑いもなく信じていたことである。歴代の中国皇帝は東アジア一帯に「冊封体制」を強要し、その地の君主達に中国への朝貢を要求し続けてきた。ロイヤル・ネービーに敗北を喫して初めて、儒教的世界観では地上の支配者であった中華皇帝がウエストファリア体制を受け容れたのである。あの時から中国は充分に近代化したのだろうか?中国の現体制の性質を理解することが、チベットの自由化を語る際には必要不可欠である。
カーネギー国際平和財団のロバート・ケーガン上級研究員は、中国問題の専門家達の間で広く主張されているように西側が中国を「責任ある当事者」として受け容れることに疑問を呈している(“Behind the ‘Modern’ China”; Washington Post; March 23, 2008)。 ケーガン氏は中産階級の増大によって中国が政治的に自由になり、グローバル化が進む経済に適応してゆくとの考え方を批判している。また、そうした議論は商業利益に目が眩んだ西側財界人の自己中心的な希望的観測に過ぎないと述べているが、それは独裁者の関心は自己保身であり、海外とのビジネスで挙げた収益はチベットの抑圧と台湾への恫喝に用いられるだけという理由からである。
またケーガン氏は東アジア共同体を設立しようという構想も拒絶している。ヨーロッパ諸国民はスペインのカタロニア人であろうが、ベルギーのフランドル人であろうが、イギリスのスコットランド人であろうが、地域の少数民族に対して敬意を払っている。だが中国共産党はチベットだろうと台湾だろうと新疆だろうと自分達の権威を押し付けることに何の躊躇もない。これに加えて、私は中国の指導者達は韓国だろうと日本だろうと、近隣諸国に対して自分達のアジア史観を押し付けて当然だと思っていることにも言及したい。
ロバート・ケーガン氏は、独裁者の望みは世界を少なくとも自分達だけは安全なものにしたいというもので、民主主義国が安全な世界を作ろうという西側諸国の指導者とは相容れない考え方であると指摘する。そのため、中国を我々の自由な世界秩序に組み込もうという考え方は誤りであるとケーガン氏は主張する。
中国の指導者達は自らの国と世界の中での自国の立場をどのように見ているのだろうか?北京大学国際問題研究所長で中国共産党中央学院国際戦略研究所長の王緝思氏は、米中の間に真の友好関係は期待できないものの、両国の国益は複雑に絡み合っているので相互協調こそが最善の途だと述べている。また、王氏はアメリカの覇権は長期間に渡って続いてゆくと認めている(“China’s Search for Stability with America”; Foreign Affairs; September/October 2005)。
しかし王緝思氏は9・11後の世界の安全保障と経済の相互依存の増大によって、アメリカと中国は互いに真の友好関係など期待できなくても戦略的協調関係の緊密化を模索するようになっていると指摘する。アメリカとの関係改善の困難にもかかわらず、王氏は中国にとって自国の近代化のためにも、経済、教育、文化、工業技術、科学で世界の最先端を行くアメリカとの関係の強化は不可欠であると主張する
この論文は温和な語調ではあるが、王氏は台湾問題を国内問題と断言している。共産党の外交政策のトップにある王氏の発言なので、中国の指導者達がチベット、新疆ウイグル、内モンゴルといった国内少数民族のことをどのように考えているかは明らかである。実際に中国の政治的自由と市民生活の自由の改革に関して王氏は何も述べていない。王氏が述べているのはアメリカとの経済関係の強化による利益と戦略上の駆け引きだけである。このことは中国の指導者達は真の近代化になど関心はなく、表面的な刷新しか考えていないことを意味する。このような国家は我々の自由な世界秩序にとても受け容れられるものではない。
フリーダム・ハウスは「中国とオリンピック」に関する政策理念普及活動を立ち上げ、国際オリンピック委員会が北京オリンピック開催を決定したことを非難している。このサイトは多くの有益な論文、レポート、広報記事にリンクされている。フリーダム・ハウスの“Ten Things You Should Know about China”というサイトについて簡単に述べたい。その内の何点かの項目に言及する。
2)中国は世界のどの国より多くのジャーナリストを投獄している。
メディアはこれまで以上にこのことを報道すべきである。
死刑そのものはアメリカでも州によって行なわれ、日本では全国規模で行なわれているので、私にとって驚くべきことではない。問題は以下のことである。
中国の司法制度は多くの問題を抱えている。拷問による自白強要は日常茶飯で、司法の独立も報道の自由もないので、司法の説明責任など望むべくもない。
7)チベットの仏教徒、キリスト教徒、イスラム教徒、その他の宗教信者は頻繁に迫害されている。
憲法に明記されているとはいえ、中国では宗教の自由は殆ど尊重されていない。宗教団体は全て政府への登録が義務とされ、公認宗教団体には寛容な当局も法輪功のような非公認宗教の信者は迫害、拘留、そして投獄して悲惨な状況に置いてしまう。
チベットでは中国政府によって宗教の自由は著しく制限されている。ある程度の宗教行為は許容されているが、当局が政治活動やチベット独立運動と見なすような行為は強引に鎮圧される。ダライ・ラマの写真を持っていれば投獄され、チベットで宗教を学ぼうとする者には政府の宗教局が許認可を与えている。チベットの独立拒否、中国政府への忠誠、ダライ・ラマ非難の宣言に署名した少年だけが中国政府によって仏教の僧侶となることを許可される。
結論として、私はこの国をレッド・チャイナ(中共)よりも、マッド・チャイナ(中狂)と呼ぶべきだと訴えたい。私はつい最近までは中国製の商品を拒絶するほど過激ではなかったが、今やチャイナ・フリー生活を始めるべき時に来ているのかも知れない。最後に、スミソニアン博物館にはみやげ物店で中国製の商品を売らぬようにお願いしたい。安い商品が必要ならメキシコからでも買えば良い。アメリカの精神の殿堂が狂気の体制に汚されて良いのだろうか。
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