2017年9月29日

イギリスのポスト・ブレグジット世界戦略と日本

ブレグジットによってイギリスはアメリカ、英連邦、その他の主要国との関係を強化する以外に選択肢がなくなっている。そうした国々の内で日本はイギリスとの経済および安全保障のパートナーとして最も安定して有望な相手国である。日英両国はいくつかの重要な点で共通の立場にある。両国ともトランプ外交の不安定性と国際社会での彼の評判がどうあれ、アメリカとの特別関係に重点を置かねばならない立場である。イギリスにはブレグジット後には大西洋地域ではアメリカとの関係を強化する以外に道はない。日本の方が中国と北朝鮮の脅威の増大もあり、アメリカとの強固な同盟関係の必要性により迫られている。政治理念の観点からは、両国とも民主主義、法の支配、人権を重視している。さらに両国とも自国の国際的地位を科学技術立国に依拠して新興経済諸国との競争に対処している。

他方でイギリスがヨーロッパ域外の主要国と戦略的あるいは経済的なパートナーシップを発展させようという取り組みは停滞している。中でもテリーザ・メイ首相はドナルド・トランプ米大統領の訪英招請に熱心であった。ナショナリストのトランプ氏はブレグジットを大歓迎し、自らの大統領当選直後にニューヨークのトランプ・タワーで英国独立党のナイジェル・ファラージ元党首と会見したほどである。しかしイギリス全土で反トランプ運動が盛り上がり、特に今年6月のロンドン橋テロ事件の折にトランプ氏がロンドンのサディク・カーン市長をテロリスト呼ばわりした時にはそうした気運が高まった。このような事情に鑑みて、エリザベス女王は議会演説でトランプ氏の訪英が延期となったことを示唆した(“Trump's state visit to UK not mentioned in Queen's speech”; Guardian; 21 June, 2017)。他には有望なパートナーとしてインドが挙げられる。しかし英連邦の絆とコモン・ロー法体系は両国の通商合意妥結の決め手にはならない。むしろ重要なことは、イギリスはインドでの金融サービスの自由化を求めているのに対し、インドはイギリスへの自国の学生ビザと企業部署移動を要求していることである(“India dents UK trade hopes with lapsed deal”; Financial Times; April 5, 2017)。またたとえ通商合意が成ったとしても、インドの市場は世界銀行が経済的自由、腐敗、政府の有効性といった諸件について指標で各国と比較した順位がきわめて低いのでリスクも高い(“Pros and Cons: Bilateral Trade Agreement between Post Brexit UK and India”; Euromonitor International; May 5, 2017)。

メイ首相のポスト・ブレグジット外交は大変な難題に直面しているが、1月にはエルドアン政権のトルコを相手に大きな成果を収めた。イギリスとトルコは通商交渉の開始とともに、トルコ空軍向けのTFXステルス戦闘機開発という1億ポンドの商談に署名した (“Theresa May delivers message of support to Turkish president”; Financial Times; January 28, 2017)。両国ともヨーロッパの端に位置し、イギリスがEUを離脱する一方でトルコはEU加盟申請を拒否され続けてきた。しかしイギリスがトルコと経済および戦略的パートナーシップを築き上げようとするなら、特に先のクーデター未遂事件以降は人権蹂躙が懸念される。さらに問題となるのは、エルドアン政権下でのトルコがイスラム復古主義に走り、ロシア、中国、イランと接近していることである。トルコはロシアからS-400対空ミサイルの輸入まで決断した(“Turkey has agreed to buy Russia's advanced missile-defense system, leaving NATO wondering what's next”; Business Insider; July 17, 2017)。そうなると、この国のNATOに対する忠誠が厳しく問われねばならない。

こうしたヨーロッパ圏外のパートナーとの問題を考慮すれば、日本はポスト・ブレグジットのイギリスにとって非常に有望な相手国である。冒頭でのべたように日英両国は重要な国益と政治的価値観を共有している。日英関係の中心となるのは経済である。これが典型的に表れているのは、日産とトヨタがイギリスに設立した自動車工場である。実際にイギリス国内では日本企業1,000社が14万人を雇用している。貿易においてもイギリスは昨年で日本から世界第10位の輸出先である(“Japan has the power to radically shape Brexit”; Quartz; September 4, 2017)。また近年は両国の防衛関係も発展している。メイ首相が8月の首脳会談のため訪日した折、海上自衛隊のヘリコプター護衛艦いずもに小野寺五典防衛相を儀礼訪問したことはきわめて象徴的である(“Theresa May inspects MSDF helicopter carrier at Yokosuka base”; Japan Times; August 31, 2017)。日本が自国の護衛艦に外国の首脳を招くのは極めて異例なことである。しかし日英両国のパートナーシップにはブレグジットをはじめいくつかの問題が障害となりかねない。

まず経済について述べたい。日本政府と財界はイギリスがブレグジットの悪影響をどのように最小化するかを注視している。メイ首相は安倍晋三首相との間で日・EU間の自由貿易協定に基づいた二国間貿易交渉を開始しようとしたが、日本側は友好的な態度とは裏腹に慎重であった。デービッド・ウォレン元駐日大使は、日本はブレグジットに深い疑念を抱いているが、安倍政権は丁寧にもそれをおくびにも出さなかったのだと語っている(“Japan Unimpressed With May’s Brexit But ‘Too Polite’ to Say So” Bloomberg News; August30, 2017)。経済に関する共同声明では、メイ・安倍両首脳は『貿易および投資に関するワーキング・グループ』を設立してブレグジットのリスク軽減をはかり、世界全体での自由貿易を主導してゆくことで合意した(Japan-UK Joint Declaration on Prosperity Cooperation; 31 August 2017)。実のところ、この宣言は日本が昨年まとめた『英国及びEUへの日本からのメッセージ』(英語版)と題される15ページの要望書に基づいたもので、イギリスのメディアには恐るべき警告と受け止められていた。この文書は基本的にイギリスが透明性の高いブレグジット交渉を保証し、自由貿易を維持することを要求している。この目的のため、日本はイギリスとEUの双方に対してブレグジットへの円滑で安定した移行を要請している。個別具体的には、日本は双方にイギリスのEU市場へのアクセス維持、イギリス金融機関への単一パスポートの認定などを要望していた。

日本の要求の核心は金融機関がイギリスに留まれるようなビジネス環境を維持せよということである。それは日本が単一パスポートを強く要求した重要な理由だからである。また、日本はイギリスに高度な知識と技能を持つ労働者の入国の自由を維持し、ヨーロッパでの自国の銀行業界の利益を保証しようとした(“You should read Japan's Brexit note to Britain — it's brutal”; Business Insider; September 5, 2016)。その文書が公表されてからほどなく、現在は王立国際問題研究所に在籍するウォレン元大使は、イギリスは日本が出した苦い薬を受け入れるべきだと主張した。ウォレン氏はアメリカでの保護主義の高まりと自由貿易の行く末に重大な危機感を示していた。また、イギリスが世界の経済大国として残るためには今後もヨーロッパ市場へのアクセスを維持することが必要だとの主張にも同意していた(“Japan Lays Out a Guide to Brexit”; Chatham House Comment; 6 September 2016)。日本にとってはイギリスとヨーロッパでの自国の企業活動の保証が絶対的に必要であるが、この文書はそれ以上のものである。日本は成熟した責任ある経済大国としてブレグジット・ショックが世界経済に及ぼす影響を軽減させる処方箋を提言したので、新興国の立場から幼稚産業保護に固執するインドの対応とは著しい違いを示した。

他方でイギリスが中国、北朝鮮ばかりかISISの脅威まで高まるアジア太平洋地域の安全保障に関与することは、日本の防衛に大いに寄与する。メイ氏と安倍氏はイギリス軍部隊を日本との合同演習に派遣することで合意したが、それは日本の領土で訓練を行なう外国軍としてはアメリカに次いで2番目となる。地域内での脅威に加えて、王立防衛安全保障研究所のピーター・リケット卿はユーラシア全域での中国の一帯一路構想に強い危機感を述べている。リケット卿は日英両国はアメリカに最も近い同盟国として全世界でもアジア太平洋地域でも責任を共有できると主張する(“The Case for Reinforcing the UK–Japan Security Partnership”; RUSI commentary; 13 July 2017)。東アジアの安全保障でのイギリスの役割についてはアメリカン・エンタープライズ研究所のマイケル・オースリン氏らアメリカの専門家からも目を向けられ、特に航行の自由作戦への参加が注視されている(“Britain flies into the danger zone: But the risks of getting involved in Asia are worth it”; Policy Exchange; January 12, 2017および“Britain and Japan have a unique chance to reshape the world – they should seize it”; Daily Telegraph; 28 April, 2017)。さらに日英両国は次期ステルス戦闘機の共同開発プロジェクトにも署名し、その戦闘機は日本側でF-3と呼称されることになっている (“Japan-UK Fighter Project Sign Of Closer Defense Partnership”; Aviation Week; March 24, 2017)。イギリスはこれより先にトルコとTFX戦闘機の製造で合意しているので、日本とのプロジェクトではさらに進んだ技術が投入されるだろう。

しかしイギリスが東アジアの安全保障でイギリスが多大な役割を引き受けると期待することは、あまりに希望的観測である。最も重要なことに、イギリスの空母打撃部隊へのF-35Bの配備は2015年の『戦略防衛見直し』による国防費の削減で遅れ、クイーン・エリザベスはアメリカ海兵隊所属の同機を艦載しなければならなくなった。イギリスのメディアはしばしば同艦の巨大さに歓喜しているが、イギリスが42機のF-35Bを揃える予定の2023年までは独自の空母としての能力は完全ではない(“HMS Queen Elizabeth to get first F-35 jets next year”; UK Defence Journal; April 26, 2017)。さらに英海軍はヨーロッパ、中東、その他の地域でも活動しているので、彼らが極東にしっかりと関わることを期待するにはクイーン・エリザベス級空母2番艦のプリンス・オブ・ウェールズの就役を待つ必要がある。空母のローテーションおよびオーバーホールを考慮すれば、イギリスがアジア太平洋地域に着実に関与してゆくには最低でも2隻を備えておく必要がある。数年の間、クイーン・エリザベスは巨大なヘリ空母であり、米海兵隊からのF-35Bがなければ中国による航行の自由侵害や北朝鮮の脅威に対してはそれほど有用にはならない。しかし同艦のヘリコプター飛行隊と指揮命令施設のための巨大な内部空間は東南アジアに浸透してきたISISとの戦いには役立つだろう。イギリスが極東に着実な戦力投射能力を備えて日英の防衛パートナーシップが深まるには、しばらく時間がかかるだろう。

ポスト・ブレグジットのイギリスがどうなるか見通しは不透明だが、メイ政権のグローバル・ブリテンを支援してゆくことが日本の国益につながる。トニー・ブレア元首相らに代表される親欧派がブレグジットの破棄に向けて強く働きかけているが、現時点ではそうした動きが国民的な支持を得る見通しはない。日本はイギリスの内政に介入する立場にはないが、ブレグジット後もイギリスが世界と関わり続けるために好ましい気運を作り上げることはできる。さもなければジェレミー・コービン労働党党首が政権を取りかねない。コービン氏はマイケル・フットの再来と言われている。彼はNATOの解散ばかりか、イギリスがヨーロッパ諸国をロシアから守ることも止めるべきだと言い出した(“Jeremy Corbyn called for Nato to be closed down and members to 'give up, go home and go away'”; Daily Telegraph; 19 August, 2016)。さらに過激な発言を繰り広げるコービン氏は今年5月には王立国際問題研究所で、第二次世界大戦後にイギリスが行なった戦争の大義は全て間違っているとまで言い放った(“Jeremy Corbyn: Britain has not fought just war since 1945”; Independent; 13 May, 2017)。それは歴史に対する彼の凄まじい無知と自虐意識を示している。戦後のイギリスはマラヤ危機、シエラレオネ内戦、コソボ戦争などで世界平和のための軍事介入を数多く行なっている。イギリスがコービン政権になってしまえば、日本の戦略的パートナーとなることは決してないであろう。

この他に現行のグローバル・ブリテンに挑戦を突き付けるのは与党保守党内の反主流派である。中でも親中派のジョージ・オズボーン氏は財務相在任時にイギリスのAIIB(アジアインフラ投資銀行)加盟を推し進め、ヒンクリーポイントおよびブラッドウェル原子力発電所への中国の投資を誘致した。オズボーン氏はEU離脱国民投票の前にはデービッド・キャメロン前首相の最も有力な後継者であった(“The one chart that shows how George Osborne is almost certainly going to be our next Prime Minister”; Independent; 1 September, 2015)。コービン氏もオズボーン氏も好ましい存在ではないので、イギリスがブレグジットを破棄する見通しがない限り、日本はメイ氏あるいは同様な考え方の政治家によるグローバル・ブリテンを積極的に支援してゆくべきである。

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2017年8月30日

マクロン大統領は西側同盟内でフランスの地位を高められるか?

エマニュエル・マクロン大統領はヨーロッパと国際舞台でフランスの地位を高めるうえで、外交能力の高さを示した。何かと物議を醸すドナルド・トランプ米大統領を革命記念式典に招待しての首脳会談を成功裡に終わらせながら、アメリカがNATO諸国に出しているGDP2%の国防支出の要求は拒否して経済を優先することにした。こうした追従も敵対もしないという態度は、マクロン氏がNATO首脳会議の機会にトランプ氏と会談した際に見られた(“The reason behind Macron’s firm handshake with Trump, revealed: He was warned!”; Washington Post; May 25, 2007)。両首脳は互いに相手に強い眼差しを向け、まるで腕力を競い合うかのように相手の手を強く握り締めて握手をした。それはマクロン・トランプ両首脳の関係を語るうえで印象深く象徴的であった。マクロン氏はこれら国際的および内政的な要求のバランスをどのようにとっているのだろうか?

まず、トランプ大統領に西側主要同盟国がどのようにアプローチしているか述べてみたい。ドイツは動向の読めないトランプ政権に依存するよりも、自主独立でヨーロッパ志向の外交政策を追求している。それが典型的に表れているのが、ワシントンでのメルケル・トランプ両首脳会談後の冷え切った記者会見である。他方、イギリスと日本はトランプ氏のアメリカ第一主義がどれほどいかがわしくても、安全保障どころか貿易でさえ対米関係の強化が迫られる立場である。国内での反トランプ世論があろうとも、テリーザ・メイ首相と安倍晋三首相は自国の国際的地位を強化するためにアメリカとの特別関係を維持しようとしている。他方でカナダはドイツと日英の中間のアプローチを採っている。ジャスティン・トルドー首相は移民、難民、政治的自由、ポリティカル・コレクトネス、貿易といった諸問題でトランプ氏とは大きく立場を異にする(“How Trump Made Justin Trudeau a Global Superstar”; Politico; July 1, 2017)。よってトルドー氏はロード・アイランド州プロビデンスで開催された全米知事協会において、マイク・ペンス副大統領と州知事達にNAFTAに懐疑的なトランプ氏を説得して貿易協定を更新するように訴えかけた(“Trudeau, Pence, Elon Musk, and 32 governors all in one room? In Providence?”; Boston Globe; July 14, 2017および“Trudeau urges governors to stand with Canada on trade while agreeing to 'modernize' NAFTA”; CBC News; July 16, 2017)。

マクロン氏のアプローチは他の西側諸国に指導者のものよりトランプ氏に対して積極的で、しかも相手に屈しないものとなっている。ギデオン・ラックマン氏はマクロン氏がアメリカの新政権に対処するうえで強い立場にあると述べている。トランプ氏と初めての握手では穏やかな笑顔をたたえながら、マクロン氏はフランスが自己顕示欲の強い相手に屈しないという姿勢を見せた。マクロン大統領はメルケル政権との連携によって国際主義を推し進めてゆくことを明らかにした。他方でラックマン氏はメイ首相がクローバル・ブリテンを推し進めようにもブレグジットが孤立主義と受け止められているので、世界の指導者達には印象が薄い。しかもナショナリストのトランプ大統領との関係強化を望んでいることで、メイ氏のグローバル志向は疑問視されている(“Emmanuel Macron demonstrates fine art of handling Donald Trump”; Financial Times; July 14, 2017)。メイ氏の立場は安倍氏とも共通するところがある。マクロン氏は自らの強みを活かして米仏友好を印象づけた。さらに重要なことに、トランプ氏は少なくとも外交政策と二国間関係に関しては何も失言をしなかった。

マクロン氏はトランプ氏を革命記念式典で歓待しながら、国防費増額の圧力には従わなかった。しかし問題はトランプ政権だけではない。フランスは独自核戦力を持つばかりか、国家安全保障の課題はNATOへの貢献だけではない。ピエール・ドヴィリエ統合参謀総長は8億5千万ユーロにもおよぶマクロン大統領の国防費削減計画に激しく抵抗し、中東やサヘル地域でのフランスの軍事的関与に鑑みれば昨年のGDP1.8%から2000年の2.6%水準までの引き上げが必要だとの持論を展開した。しかしマクロン氏は財政赤字をEUが定める3%以内に収め、2007年から翌年の世界金融危機以降の財政的制約に対処しようとしている。大統領との確執によってドヴィリエ陸軍大将は辞任に追い込まれた(“Macron takes on the military’s chief, and the military loses”; American Enterprise Institute; July 20, 2017)。

マクロン氏が官僚、実業界、そしてオランド政権の経済相という経歴を積み重ねたことを考えれば経済重視は予期されたことであり、彼の内政および外交政策の全体像を理解する必要がある。パリ政治学院(シアンスポ)のザキ・ライディ教授はマクロン氏の外交政策にはまだ明確な目標はないが、外交での成功の鍵は国内経済になると論評している。前任者のフランソワ・オランド氏は国内経済が良くなかったために、国際舞台でのフランスの地位を高められなかった(“The Macron Doctrine?”; Project Syndicate; July 4, 2017)。マクロン氏は経済相として行なった経済改革をさらに進めるために大統領選挙に出馬した。まずマクロン氏の計画では、労働基準の撤廃による価格引き下げ、生産性向上への刺激、経済的柔軟性の強化が取り上げられている。そうした規制緩和とともに、企業減税による国際市場でのフランスの産業の競争力強化も視野に入れられている(“Will Macron's Overhaul of the French Economy Succeed?” National Interest; July 13, 2017)。

しかし真に問題となるのは、そうした国防費の急激な削減がフランスの国益に合致しているのかということである。マクロン氏は激しい抗争に勝ちはしたものの、人望厚かったドヴィリエ氏を下野させた代価は大きいと、ドイツ・マーシャル基金のマルティン・クエンセス氏は評している。政策形成の過程で大統領から無下にあしらわれた軍部では自分達の職務に対する士気が下がり、それによって安全保障の死活的情報を大統領に伝えることを躊躇するようになるかも知れない(“French Chief of Defense's Resignation a Difficult Start for Macron”; Trans Atlantic Take; July 19, 2017)。フランス国防省所属戦略問題研究所のジャンバプティス・ビルメール所長は、フランスにはヨーロッパ大西洋圏外にもシリア内戦、サヘル地域のテロ、リビアの安定、中国の海洋進出、北朝鮮の核の脅威といった安全保障上の重要課題を挙げている。さらにフランスはロシアの脅威と国内テロへの対処とともに、核兵器の更新近代化もしてゆかねばならない(“The Ten Main Defense Challenges Facing Macron’s France”; War on the Rocks; May 10, 2017)。フランスは国家安全保障でこれだけ多くの課題に対処できるだろうか?もはや問題となるのはトランプ氏ではない。ともかく、マクロン氏は財政赤字が解決すれば国防費を増額するとは言っている(“France in the World and Macron’s foreign policy paradigm”; Aleph Analisi Strategische; 19 July 2017)。

現在の国防費削減案は装備が主な対象となっているが、それによってフランス軍は特に戦力投射能力の面で長期にわたる悪影響を受けかねない。中東とアフリカにおける対テロ作戦での要求水準に鑑みれば、フランスにはより多くの戦車、装甲車、大型輸送機が必要となる(“French President Emmanuel Macron is wrong to cut defense spending”; Washington Post; July 19, 2017)。こうした問題はあるが、マクロン氏は中東とアフリカでの対テロ作戦に積極的な姿勢を示している。ドヴィリエ大将の辞任を受けてマクロン氏が統合参謀総長に任命したのは、マリでEU訓練部隊を指揮したフランソワ・ルコワントル陸軍大将である。国防費の削減はあってもフランスはアフリカでのテロとの戦いに4千人を派兵し、他のヨーロッパ諸国もこれに加わるように要求している(“French Military Spending Squeeze Prompts Top General's Resignation”; VOA NEWS; July 20, 2017)。しかしマクロン政権が約束通りに翌年からの国防費の再増額を果たせないようなら、そうした訴えも偽善的に思われてしまう。いずれにせよ国防支出を再び増額できるほど経済が好転するのがいつになるのかは不透明である。よってフランスは西側同盟の中で微妙な立場にある。

マクロン氏がそうした苦境を解決するための選択肢の一つはイギリスとの国防連携の強化であり、これにはブレグジットも関係ない。最近のウィキリークスが傍受したマクロン氏のメールのやり取りからによると、フランスはEUによるCSDP(共通安全保障防衛政策)を推進すべきか、それともヨーロッパ諸国では国防に最も積極的なイギリスとの軍事提携を維持すべきかを検討しているという。非常に重要なことに、マクロン氏はドイツ主導の欧州統合軍については同国が合同軍事計画に充分な資金を捻出しないことから懐疑的である(“Macron email leak: British military ties to France 'more important' than flawed Germany-EU plan”; Daily Telegraph; 31 July, 2017)。いわば、ドイツはフランスにとって財政的な制約に関して必ずしも頼りにならないのである。ヨーロッパ大西洋圏外ではフランスはイギリスとの方がより多くの利害を共有している。中東では両国ともそれぞれがUAEとバーレーンに海軍基地を保有し、アメリカがアジアに兵力を差し向けた場合には英仏で力の真空を埋めようとしている。またアジアではフランスはイギリスとともに南シナ海での航行の自由作戦に参加している。

そうした諸事情はともあれ、外交政策への取り組みの成否に大きな影響を及ぼすには内政である。現在、フランス国内でのマクロン大統領の支持率は急激に落ちている。不人気の要因の一つには財政規律重視が挙げられる。予算削減は単なる赤字削減ではない。これは政府による公共支出と規制で成長がクラウディングアウトされた民間部門の活性化を意図した政策でもある。しかし以下の『フィナンシャル・タイムズ』紙7月26日付けビデオが語るように、財政規律重視は本質的に不人気な政策である。特に軍、教職員、地方自治体が歳出削減を激しく非難した。ドヴィリエ氏の辞任は国防問題を超えて大きな影響を及ぼしている。さらに、マクロン氏の減税と経済自由化は格差を拡大させる政策だと見なされている。



それ以上に問題視すべきは、共和国前進のマクロニスタが若く経験に乏しいということである。第5共和制においてフランスの政治家のほとんどはENA出身者であるが、マクロニスタは起業家で占められている。彼らの政府での経験不足がフランスの政治を混乱させている(“Macron’s Revolution Is Over Before It Started”; Foreign Policy --- Argument; August 14, 2017)。皮肉にもマクロン大統領はイデオロギー上で正反対の立場にあるトランプ大統領と同じ困難に直面している。マクロン氏は鮮烈なデビューを飾ったが、現在の共和国前進には彼のリーダーシップを再建できるネストルが必要である。マクロン大統領の政策顧問であるジャン・ピサニフェリー氏はこの役割を果たせるだろうか?

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2017年7月28日

安倍昭恵夫人の「英語力」への侮辱を座視するな

先のG20ハンブルグ首脳会議にて、安倍昭恵夫人と隣席となったドナルド・トランプ大統領は『ニューヨーク・タイムズ』紙7月19日付けのインタビュー記事で「日本のファーストレディーはハローも言えないほど英語ができない」と答えて物議を醸した。英米のメディアではこれに対する反論が出回ったばかりか、昭恵夫人はトランプ氏との会話で不用意なトラブルに巻き込まれないように用心したのではないかとの論調(”JAPAN’S FIRST LADY AKIE ABE MYSTERIOUSLY COULDN’T SPEAK ENGLISH WHEN SHE MET DONALD TRUMP AT G-20”; Newsweek; July 20, 2017)も多々あった。

しかし実際に誰かがどれほど英語を話せるかなど大した問題ではない。それよりも公衆の面前で他人、しかも一国のファーストレディーの名誉を傷つける発言をしたことの方が問題である。英米をはじめ、各国のメディアはこのことを問題視すべきであった。もっとも、公共の場でロッカールーム・トークを平気で行なうトランプ氏にとって、言われた相手の気持ちなどはどうでも良いのであろう。

歴代の合衆国大統領の中でも世界の歴史や文化に関する教養に著しく欠けるトランプ氏に対し、日本的な「惻隠の情」を理解してもらおうとは思わない。しかし西洋的な道徳および倫理に照らし合せても、トランプ氏の発言は好ましからざるものである。もっとも、ひたすら「稼ぐが勝ち」の人生を送ってきたトランプ氏にとって、紳士的な振る舞いや大統領に相応しい品格など考慮に値しないのかも知れない。

しかし、我々はスロベニア出身の彼の妻、メラニア夫人が選挙応援演説で英語の訛りを嘲笑されたことを忘れてはならない。その際に、これに猛反発したのがトランプ氏の支持者であった。こうしたことを踏まえれば、昭恵夫人の英語力についてトランプ氏が公衆の面前で恥をかかせるような発言をということは、この人物は自らの妻を大事に思っていないのだろうかと考えざるを得ない。

さらに憂慮すべきは、トランプ氏は内心では安倍晋三首相のことを軽く見ているのではないかという疑念も浮かんでくる。安倍首相はトランプ氏の大統領就任前に会談に駆け付けたばかりか、就任後はゴルフにまで付き合った。このように自分を持ち上げてくれる人物にはトランプ氏の機嫌が良くなることは、選挙戦序盤でのクリス・クリスティー氏、そしてロシア疑惑追及で態度を豹変させるまでのジェフ・セッションズ司法長官の例からもうかがえる。しかし日本がトランプ氏から軽く見られることは座視できない。よって、日本の言論界は昭恵夫人に対するトランプ氏の非礼な言動には強く抗議すべきである。

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2017年7月19日

トランプ大統領は外交から手を引くべきだ

非常に嘆かわしいことに、ドナルド・トランプ大統領は選挙中の公約であったアメリカ第一主義を変えることもないばかりか、さらに痛ましいことには彼の中東およびヨーロッパ歴訪の前に自らの政権の閣僚達が同盟国との相互信頼を再構築しようとした努力の一つ一つをぶち壊しにしてしまった。トランプ政権の発足からほどなくしてマイク・ペンス副大統領、レックス・ティラーソン国務長官、ジェームズ・マティス国防長官らが訪欧して大西洋同盟へのアメリカの関与を再確認したことで、ヨーロッパ諸国民は安堵した。閣僚達はトランプ氏が大統領として国際舞台にデビューするお膳立てをした。しかしトランプ氏の歴訪は地域安全保障に対するアメリカの関与に疑念を抱かせるだけになった。今や我々はトランプ氏を安全保障上のリスクとして真剣に考える必要があるのは、国際安全保障でのアメリカの役割に関する彼の理解が乏しいからである。このリスクは同氏の選挙運動中から予期されていた。

まずトランプ氏のNATO首脳会議参加について述べたい。会議の場ではトランプ氏は第5条の相互防衛義務に言及しなかったことで米欧双方から深刻な懸念の声が挙がったが、それは歴代のアメリカ大統領が常にこれに言及してきたからである。さらに驚くことに、選挙中にNATOは時代遅れだと言った時には、米欧の同盟関係についてよく知らなかったとトランプ氏が認めたことである(“Trump didn’t know ‘much’ about NATO when he called it ‘obsolete’: report”; Hill; April 24, 2017)。それなら第5条の重要性を理解していなかったのも無理はない。トランプ氏が集団防衛の中核に言及しなかったことはヨーロッパの同盟諸国を驚愕させ、政権内の外交政策スタッフを当惑させた。実際にマティス長官とティラーソン長官とともに、H・R・マクマスター国家安全保障担当補佐官はトランプ氏の演説原稿に第5条を含めるように進言した。しかしトランプ氏がそれに言及しなかったということは、彼らの専門的知識に敬意も払わぬどころか、どれほど危険であっても自分がやりたいようにやるということを意味する(“The 27 Words Trump Wouldn’t Say”; Politico; June 9, T2017)。それどころか、トランプ氏は夕食会でヨーロッパ同盟諸国の国防支出の少なさを非難した。さらにアメリカはヨーロッパ防衛から手を引いた方が良いとまでのたまった。ジム・タウンゼント元国務副次官補は、トランプ氏の不適切な発言は国家安全保障を担うだけの自制心が効かないことを示すと辛辣に述べている(“Trump Discovers Article 5 After Disastrous NATO Visit”; Foreign Policy; June 9, 2017)。

そのような無知と人格的未熟性は中東でも問題をもたらしている。サウジアラビアによるアメリカへのインフラ投資を受け入れる一方で、トランプ氏は彼らにカタールへの非難と域内での孤立化を行なうことを許した。実際にトランプ氏の中東訪問での第一の関心は商取引であって、地域安全保障の複雑な事情については自らの政策顧問に耳を傾けなかった (“Trump and the Damage Done”; Carnegie Endowment for International Peace; June 16, 2017)。カタールは相対的にイランに妥協的ではあるが、中東では最大の米海軍基地を提供している国でもある。実際に専制国家のサウジアラビアとそれに同調するエジプト、アラブ首長国連邦、バーレーンと言った国々はカタールでの報道の自由を恐れ、それがアラブの春をもたらしたと警戒している。以下ビデオを参照されたい。



よってサウジアラビアはトランプ氏に好条件な投資を持ちかけて媚びへつらいと敬意を渇望する彼の気持ちをくすぐり、カタールに対する外交関係断絶と制裁を認めさせた(“Saudi Arabia stroked Trump's ego. Now he is doing their bidding with Qatar”; Guardian; 7 June, 2017)。

しかしトランプ氏がサウジアラビアによるカタールへの圧力行使を認めてしまったことで湾岸地域での対イラン同盟の強化どころか、地域大国の競合が複雑化した。トルコはカタール支援に介入してきたが、それはエルドアン政権がアラブの春においてエジプトで政権をとったムスリム同胞団を支持しているからである(“Saudi Arabia is playing a dangerous game with Qatar”; Financial Times; June 15, 2017)。その結果、イラン、サウジアラビア、トルコの間で緊張が高まった。トランプ氏の無謀なアプローチはアメリカの中東政策をも混乱させている。議会においては共和党のボブ・コーカー上院議員はトランプ氏がツイッターでサウジアラビアとカタールの敵意を煽ることについて、外交委員長の立場から非難した(“Foreign Relations chairman stunned by Trump's Qatar tweets”; Hill; June 6, 2017). より深刻な問題は大統領と国防総省との亀裂である。ペンタゴンと国務省はトランプ氏のサウジアラビア寄りな暴言からカタールを擁護している(“Trump takes sides in Arab rift, suggests support for isolation of Qatar”; Reuters News; June 6, 2017)。 ヨーロッパと同様に、中東でも現政権の閣僚と政府官僚はダメージ・コントロールに多大な労力を投じざるを得ない。

これら外交上の失敗に鑑みて、ペンス氏とマティス氏がアメリカの軍事的プレゼンスの継続性を改めて保証した東アジアでトランプ氏が同じ間違いを繰り返さないことを望む。特に日本と韓国は北朝鮮危機への対処のためにも、そうした最保証を必要としている。ヨーロッパでもそうであったように、トランプ政権の閣僚達は良い仕事をした。しかしトランプ氏が極東を訪問するとなれば、彼の不用意な発言によって太平洋の安全保障パートナーシップはに被害が及びかねない懸念がある。現在、東アジアは19世紀的な大国の競合が最も激しい地域である。トランプ氏の思慮分別を欠いた失言によって予期せぬ緊張が引き起こされかねない。特に歴史認識での不用意な発言は日中韓の関係を複雑にしかねない。トランプ氏がマール・ア・ラーゴでの会談で習近平主席の歓心をかおうとして中国の歴史認識を受け入れた際に、韓国が激しく反論したことは記憶に新しい。またアジアでカタールのような仲間外れの同盟国を出すなど以ての外である。

トランプ氏の無知かつ無配慮な失言は、マクマスター氏、ティラーソン氏、マティス氏にジョン・ケリー国土安全保障長官を加えた政権内での「大人の枢軸」にとって由々しきものである。その中ではマティス氏だけが独立した立場を維持している。また政権閣内で作成されたいかなる政策も職業外交官によって実施されてアメリカの国益が守られている。彼らはトランプ氏によってもたらされたダメージの軽減にあらゆる努力を惜しまず、諸外国との友好関係の維持に努めている。特に大統領がロンドンのサディク・カーン市長をテロリスト呼ばわりした際には、アメリカの外交官僚が一丸となってイギリス政界の重鎮の間での嫌悪感を緩和し、両国の特別関係維持に努めた。そうした外交官達による国家への献身にもかかわらず、それに対するトランプ氏の褒章は国務省予算の大幅削減であり、ティラーソン長官もこれに同調した(“Trump Is Cutting Into the Bone of American Leadership”; News Week; June 18, 2017)。現大統領は明らかにアメリカの外交政策に関わる高官達にとってお荷物になっている。

トランプ氏は国家安全保障に重大なリスクであるが、ロンドン・スクール・オブエコノミックスのアン・アップルボーム客員教授は外交に関する全ての権限をトランプ氏から取り上げることはきわめて危険だと主張する。行政手続き上はアップルボーム氏の議論は完全に正論である。そこで同氏が取り上げているアフガニスタンで、マティス氏が駐留米軍の最高指揮権を全面的に一任されている例を見てみよう。アメリカ国内および海外の政策形成者達はトランプ氏の国際安全保障に関する理解には大いに疑問を抱いているので、マティス氏の主導下で戦争が取り仕切られるなら歓迎との声もある。しかしアップルボーム氏はこれには制度上の問題があると指摘する。軍事テクノクラートによる外交政策では政治的な正当性を欠き、民主主義では議会や他の省庁の支援を得て戦略が実行に移される。また軍事戦略には他の省庁との政策調整も必要で、ペンタゴンが全てを取り仕切ることはできないとも述べている(“Why ‘Mattis in charge’ is a formula for disaster”; Washington Post; June 23, 2017)。

しかしトランプ氏は省庁の枠を超えて問題を俯瞰して正しい決断を下すにはあまりに無能である。これが典型的に表れているのが、アメリカ外交における対外援助の価値に関する彼の無知である。実際にマティス長官、デービッド・ペトレイアス退役陸軍大将、ジョセフ・ダンフォード統合参謀本部議長といった軍事のプロの方が、戦場での経験を通じて対外援助のような非軍事的側面の重要性をトランプ氏よりはるかによく理解している。閣僚の誰かが国家安全保障を主導するとなると省庁間の調整が問題となるだろう。その場合はマイク・ペンス副大統領が現政権の外交政策を総括すればよい。ヨーロッパ、日本、韓国への彼の歴訪は、これら諸国がアメリカとの同盟関係に抱いた懸念の払拭に一役買った。外交実務に当たる官僚達は自分達の職務に対するトランプ氏の無理解と統治能力の低さに辟易している(“US diplomats are increasingly frustrated and confused by the Trump administration”; Business Insider; July 2, 2017)。 トランプ氏のG20出席は世界の中でのアメリカの孤立を印象づけただけだった。その折にプーチン大統領と会談した後で、トランプ氏はロシアとのサイバーセキュリティ協力の強化を口にしてワシントンの安全保障関係者を驚愕させた。日本国民として、私はドナルド・トランプ氏には訪日して欲しくないと思っている。彼の不用意な発言で国際安全保障のリスクが高まることは、ヨーロッパと中東の例でも明らかだからである。

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2017年6月 2日

安倍首相はG7で米独の仲介ができなかったのか?

今月のNATOおよびG7首脳会議からほどなくして、ドイツのアンゲラ・メルケル首相はアメリカとの同盟の妥当性とブレグジット後のイギリスとの継続的な関係に厳しく疑問を呈する発言を行ない、大西洋両岸のメディアと有識者達を驚愕させた(“After G-7 Summit, Merkel Says Europe Can No Longer Completely Rely On U.S. And U.K..”; NPR News; May 28, 2017)。ドナルド・トランプ氏が人格でも政治的見識でもアメリカ史上最悪の大統領であることはわかりきっている。さらに今回のヨーロッパ歴訪ではNATO首脳会議の際にモンテネグロのドゥシュコ・マルコビッチ首相を公衆の面前で無理矢理押し退けたような粗暴な言動によって、トランプ氏がアメリカの恥を晒しただけになってしまった(下記ビデオを参照)。共和党であれ民主党であれ、これまでトランプ氏ほど酷い振る舞いをした大統領はいなかった。



メルケル氏がトランプ氏に抱く憤慨は国際世論で広く共有されている。しかしこうした激しい口調は環大西洋社会で大いに懸念を抱かれている。ギデオン・ラックマン氏はトランプ大統領がNATOおよびG7首脳会議でアメリカの孤立を深めるという致命的な失敗を犯したことは認めながらも、メルケル首相の挑発的な発言については「トランプ氏が大統領に就任して4か月も経つのに、ヨーロッパ諸国も特に防衛上のバードンシェアリングに関して相手側が抱く疑念を払しょくできなかった」として批判している。さらにメルケル氏はイギリスもトランプ政権のアメリカと同列で、利己的な行動で西側同盟の結束を乱していると非難している。実際にはイギリスは気候変動に関してはEU側についているばかりか、NATOにもしっかり貢献している。ラックマン氏が主張する通り、メルケル氏がブレグキット交渉をドイツ有利に運ぼうとしてイギリスと対立し、事実を軽視することは無責任なのである。これではトランプ氏によって大いに傷つけられた、民主主義と人権の価値観に基づく西側同盟を弱体化させるだけになる(“Angela Merkel’s blunder, Donald Trump and the end of the west”; Financial Times; May 29, 2017)。

ラックマン氏が厳しく批判するメルケル氏の「ドイツ版ゴーリズム」は、ドイツの内政とヨーロッパの地域安全保障を反映している。トランプ氏のヨーロッパ同盟諸国軽視の態度はドイツの有権者に苦痛を与えているので、メルケル氏が9月の総選挙で勝つためには反トランプの姿勢を訴える必要がある。またNATO加盟国のほとんどはイギリスなど数ヶ国を除いてGDP2%の国防費という要求を達成できず、そうした国々はドイツに自分達を代表してトランプ政権の圧力に立ちはだかってもらうことを望んでいる。そうした国内情勢および国際情勢から、ドイツのエリート達はトランプ現象とブレグジットを同一視し、アングロサクソン両国に対して大陸での自国の立場の尊重を求めている(“How to Understand Angela Merkel’s Comments about America and Britain”; Economist; May 28, 2017)。ドイツの自主路線追及は文言だけでなく実際の行動にまで及ぼうとしている。メルケル政権は今年に入ってチェコ軍とルーマニア軍をドイツの指揮系統に組みこんで共同防衛を行なうという合意にいたった(“Germany Is Quietly Building a European Army Under Its Command”; Foreign Policy --- Report; May 22, 2017)。ドイツの言動はどれを見ても、トランプ大統領のオルタナ右翼的な世界観への強い警戒感に突き動かされている。

トランプ氏の大統領就任以来の米欧関係を考慮すれば、ドイツとアメリカがG7で熾烈に対立するであろうことは予測できた。G7参加国の中では日本が両国の仲介には最も良い立場にあった。安倍晋三首相はトランプ氏の大統領就任前と就任後に会談し、日本の国家的生存を保証するとともに国際問題への対処での影響力の拡大を目指している。よって日本のオピニオンリーダーの中には、日本はトランプ・ショックを国際的地位向上のチャンスとして利用すべきだとの声もあった。彼らへの賛同の是非はともかく、安倍氏はG7でトランプ氏とメルケル氏の橋渡しをするという重要な役割は果たせなかった。実際に安倍氏はサミットではメルケル氏に次いで経験豊富なリーダーであったが、イギリスのテリーザ・メイ首相とフランスのエマニュエル・マクロン大統領はトランプ氏と同様に初参加であった。しかし北朝鮮による緊急の脅威は非常に重大だったので、安倍氏はヨーロッパのリーダーに極東の安全保障に対する注意を喚起する必要があった。

欧米のメディアも日本のメディアも米欧亀裂の緩和のうえで日本が持つ特別な強みを考慮することはほとんどなかった。しかしこれはメディアだけを叩いても無駄である。安倍氏は自身の関与が疑問視されているにもかかわらず、永田町で森友学園および加計学園事件でのいわゆる腐敗スキャンダルにかかりきりであった。首相はしばしば日常の雑事に忙殺される。国家の指導者に国際政治の大局観を与えて重要な外交行事により良い準備で臨むようにはからうのは、外交など諸問題を管轄する政府官僚機構、知識人、その他ステークホルダーらの役割である。

しかし事態は手遅れではない。まず、日本はG7で面識を持ったマクロン政権との緊密な連絡を模索できる。マクロン氏は大西洋同盟重視で、イギリスに対しても強硬で教条主義的な態度で臨むメルケル氏とは一線を画してブレグジットには柔軟で実務的な合意を主張している(“Macron ‘in favour of a softer deal’”; Times; April 25, 2017)。トランプ政権への過剰なすり寄りと批判された安倍氏だが、そこで得られた経験と相手方との関係構築は外交上の強みともなり、良いパートナーを得られればそれが活かされるだろう。米独両国の仲介という仕事は非常に難しいが、きわめて重要である。たとえトランプ氏が弾劾されても、西側同盟に残された傷はすぐには癒えない。よって、日本はできるだけ早くそれに着手する必要がある。

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2017年5月19日

トランプ大統領は本当にオバマ前大統領より決然としているのか?

ドナルド・トランプ大統領がシリアのアサド政権による化学兵器の使用を受けて突然の攻撃に踏み切ったことが国際世論を驚愕させたのは、彼が当地への介入には消極的だったからである。さらに驚くべきことに、トランプ氏はシリアで化学兵器攻撃を受けた被害者に同情の意を示す人道主義に満ちた演説を行なって、自らが発したイスラム教徒入国禁止の大統領令が連邦裁判所に差し止められたことを忘れさせるかのようであった。これは弾道ミサイル実験を繰り返して核不拡散秩序への反抗の意を示す北朝鮮に対する強い警告だと見られている。しかしトランプ氏が悪名高きアメリカ第一主義を捨て去りつつあると考えることは不適切である。また、トランプ氏が戦略的忍耐を標榜したオバマ氏より頼りになるという見方は完全に間違っている。トランプ氏は迅速で強固な対応に出たかも知れないが、シリアにせよ北朝鮮にせよ危機に対処するだけの明確な戦略があるわけではない。またロシアや中国を相手にどのように取引をするのかについても明確なビジョンがあるわけではない。いずれにせよシリアと北朝鮮での現在の危機はトランプ外交に対する重要な試金石となる。

まずシリアについて述べたい。トランプ大統領がアサド政権に対するミサイル攻撃に出た直後には、アメリカの外交政策が世界との関わりを断つかのような孤立主義から通常のあるべき姿に戻ったようにさえ見えた。2013年にシリアが化学兵器使用というレッドラインを超えた際にオバマ前大統領がアサド政権に何の懲罰も科せなかったことで、シリア内戦でのアメリカの影響力は低下した一方で、ロシアとイランの存在が大きくなった。よってロバート・ケーガン氏はトランプ政権にはさらに踏み込んで、反アサド勢力への支援に乗り出して究極的にはシリアからの難民流出を防止すべきだと訴えている(“It’ll take more than a missile strike to clean up Obama’s mess in Syria”; Washington Post; April 7, 2017 および“'This is not the end': John McCain warns Trump, torches Rand Paul on Syria missile strikes”; Business Insider; April 7, 2017)。しかしトランプ氏はISIS打倒のためにはアサド政権とロシアを受容するという戦略を変えていない。

地政学的にシリアは中東北辺諸国と隣り合わせであるが、その地では19世紀には英露が、冷戦期には米ソがせめぎ合った。現在、ウラジーミル・プーチン大統領はロシアの影響力をトルコからイラン、アフガニスタンに及ぶこの地域に拡大しようという帝政時代以来の野望を追求している。ロシアはS400ミサイルをトルコに輸出してNATOの防空システムを空洞化しようとしている(“Turkey says in talks with Russia on air defense system”; Reuters News; November 18, 2016)。また、ロシアはアフガニスタンでのタリバンの抵抗を支援している(“Afghanistan to investigate alleged growing military relations between Taliban and Russia”; International Business Times; December 8, 2016および“Russia is sending weapons to Taliban, top U.S. general confirms”; Washington Post; April 24, 2017)。にもかかわらず、トランプ氏のミサイル攻撃によって彼のシリア政策および北辺地域政策がコペルニクス的転換をするというわけではない。南北戦争に関する失言(“He lacks a sense of American history and its presence with us today.”; National Review Online; May 3, 2017))にも見られるように、トランプ氏は歴史的教養が恐ろしく欠如しているので、中東における英米の覇権の最前線にロシア勢力が浸透してくることの意味合いを殆ど理解できない。あのミサイル攻撃はシリアでアメリカのコントロールを強化するよりも、北朝鮮へのデモンストレーションの意味合いが強い。さら突然のMOAB使用はアフガニスタン国民の怒りを買い、まるで自分達が北朝鮮攻撃の実験台にされたと非難される始末である(“Why the Big US Bomb Was Dropped on Afghanistan”; VOA News; April 14, 2017)。いずれにせよ、トランプ氏の中東政策はオバマ氏よりもそれほど決然としているわけではない。

次に北朝鮮について述べたい。一見、トランプ氏はオバマ前政権がキム政権による核兵器および弾道ミサイル技術の発展に歯止めをかけられなかった戦略的忍耐からの転換を図っているように見える。しかし実際にはトランプ政権は中国に事態の解決を委ねようとしている有様である。しかし中国は現状維持を望むだけで、長期の制裁を科すことには消極的である(“Trump’s Risky Reliance on China to Handle North Korea”; Diplomat; April 24, 2017)。さらに問題なことに、朝鮮半島の安全保障に関するトランプ氏の理解力には著しく問題がある。また歴史問題についても朝鮮は中国の一部であったとして、韓国を憤慨させている(“South Korea to Trump: We’ve never been part of China”; Hill; April 20, 2017)。ここでも、トランプ氏は東アジアの歴史に関する微妙な問題を理解していないばかりか、さらに驚くべきことに外国の歴史や文化に関する自らの無知と鈍感を恥ずべきことだとも何とも思っていないのである。さらに問題なことに、トランプ氏はTHAAD配備と貿易の問題で韓国に対して非常に高圧的な態度だったので、H・R・マクマスター国家安全保障担当補佐官とエド・ロイス下院議員は同盟国との言い争いよりも北朝鮮への制裁強化に集中すべきだと進言したほどである(“Congress wants Trump to pressure North Korea, rather than U.S. allies”; Washington Post; May 1, 2017)。そうした中で日本はトランプ政権とそうした争いに陥ることは何とか回避し、選挙中に日米両国の専門家から怒りを買った「ゆすり」があったとは思えぬほどには収まっている。

にもかかわらず、トランプ氏のこれ見よがしな言動とは裏腹に北朝鮮対策については特に目新しいものはない。アメリカは彼らの核廃棄を待ちながら中国には圧力強化を要請するということだ。それはオバマ前大統領の「戦略的忍耐」とほとんど同じである。実際に北朝鮮との戦争が破滅的な結果をもたらすことは明らかなので、誰が大統領であれアメリカには多くの選択肢は残されていない。このような状況では韓国と歴史やTHAAD配備費用をめぐって対立するなど望ましくない。それでは韓国が対米同盟よりも北朝鮮の核戦力強化への宥和に走りかねない(“Trump’s North Korea policy sounds a lot like Obama’s ‘strategic patience’”; Washington Post; April 29, 2017)。

個別の問題に関する詳細はさておき、トランプ外交の根本的な問題を見てゆかねばならない。シリアと北朝鮮の双方とも、ロシアと中国との関係が事態を大きく左右する。シリアでのミサイル攻撃は、トランプ氏が親露的な政策を転換させたということではない。もっとも顕著なことは、プーチン大統領の友好的な関係は終わったと見られていたにもかかわらず、トランプ大統領が最近のロシアの人権問題に対して全くと言っていいほど非難声明を出していないことである。クレムリンは人権活動家のニコライ・ゴロゴフ氏(“Lawyer for Russian Whistleblower’s Family Falls Out of Window”; Wall Street Journal; March 22, 2017)とデニス・ベロネンコフ氏(“Former Russian politician killed in Ukraine”; World Israel News; March 23, 2017)を殺害し、アレクセイ・ナバルニー氏が全国的な腐敗撲滅運動を主導したとして逮捕している(“Russian police detain hundreds during anti-corruption protests”; Euronews; 27 March, 2017)。国家的な規範と基準に従う限り、党派を問わずに誰が大統領であってもロシアを非難すべきであり、また独裁政治に対してアメリカの価値観を高らかに掲げるべきである。

遺憾ながらレックス・ティラーソン国務長官は外交政策における人権とアメリカの価値観の重要性を軽視する発言をし、ワシントンの外交政策エスタブリッシュメントを憤慨させている(“Tillerson calls for balancing US security interests, values”; AP News; May 3, 2017)。これは驚くべき発言だが、予測できるものでもある。メディアはシリア攻撃直後にトランプ氏がロシア離れをしたかのような印象を与えてきたが、コミー事件からもわかるように彼とロシアの関係は離れるに離れられないものである。トランプ氏にはロシアの人権抑圧を軽視するだけの理由だらけなのである。一見するとトランプ氏はバルト海および黒海地域でロシアと西側の緊張が高まる事態を受けて、超党派の主流に政策転換しているように見える。それでもなお、H・R・マクマスター氏が親露派のマイケル・フリン氏に代わったことにより、トランプ氏は国家安全保障問題のスタッフとの間に政策上の齟齬を抱えている。トランプ氏はロシアを中東のテロに対処するうえでの戦略的パートナーと見ているのに対し、ジョン・マケイン氏の顧問も歴任したマクマスター氏は西側同盟を重視している(“WILL NEW NATIONAL SECURITY ADVISER MCMASTER CLASH WITH DONALD TRUMP ON RUSSIA?”; News Week; February 22, 2017)。また、トランプ政権内で外交政策に携わる閣僚は押しなべて対露強硬派である。

そうした中で、トランプ政権移行チームの政策顧問を務めたヘリテージ財団のジェームズ:カラファーノ副所長は、シリア攻撃とNATOへの支援表明をしたからといってトランプ氏のロシアに対する姿勢は変わっていないと語る。カラファーノ氏によればトランプ大統領はプーチン大統領との実利的な取引を追求しているだけだという(“On Russia, Trump and his top national security aides seem to be at odds”; Washington Post; April 18, 2017)。この通りだとしても、閣僚達がプーチン政権のネオ・ユーラシア主義を強く警戒する一方でトランプ氏が中東やヨーロッパの安全保障をめぐってロシアとどのように取引するのかは定かではない。同様に、トランプ氏の中国政策が取引志向な方向性であることも懸念すべきものである。中国の習近平国家主席との二国間会談ではトランプ氏は北朝鮮への圧力を強めるなら貿易紛争で譲歩してもよいとまで言った(“On North Korea, Trump signals break with US-China policy”; CNN News; April 18, 2017)。そのように取引志向の政策の揺れ動きがあると、域内の同盟諸国がトランプ政権は本気で北朝鮮の非核化に取り組む気があるのかという懸念を刺激することになる。むしろトランプ政権はアメリカ本土がミサイルの射程外になってしまえば北朝鮮の各保有を認めるという中途半端な合意を結びかねない。実際にウイリアム・バーンズ元国務副次官は、トランプ氏はアメリカが自らの作り上げた世界秩序の人質になっていると見なしているという恐るべき懸念を述べている(“The risks of the Trump administration hollowing out American leadership”; Washington Post; April 19, 2017)。

さらにトランプ氏が依然として反エスタブリッシュメントおよび反官僚の感情に囚われていることは致命的な問題である。キャノン・グローバル研究所の宮家邦彦研究主幹が論評するように、トランプ氏は依然として選挙モードにどっぷり浸かっているので大統領らしいものの考え方や行動をするように成長していないのである(「トランプ氏は「選挙モード」のままだ オバマケア廃止法案撤回を教訓に「統治」を始めるのか」;産経新聞;2017年3月30日)。メディアはスティーブ・バノン氏が国家安全保障会議から降ろされた時に歓声を挙げたかも知れないが、彼は依然としてホワイトハウスで首席戦略官の地位にある。またバノン氏の地位低下に伴うイバンカ・トランプ/ジャレド・クシュナー夫妻の影響力増大で、トランプ政権が穏健化するという見方は完全に間違っている。同夫妻の地位向上によって政府への一族支配が強まり、アメリカは第三世界並みのクレプトクラシーに陥ってしまう。さらに両氏の影響力が強まれば高度な教育と訓練を受けた官僚機構の権威と信頼性が揺らいでしまう。彼らの専門能力と献身が婦人服屋の小娘と不動産屋の小僧っ子によって軽視されるようになれば、法の支配も政府の透明性も崩壊し、アメリカの民主主義を脅かしかねない。バノン氏とイバンカ・クシュナー・コンビはコインの裏表に過ぎない。だからこそ、私はアン・アップルボーム氏の怒りに強く同意する(“Ivanka Trump’s White House role is a symbol of democratic decline”; Washington Post; April 27, 2017)。

私が述べた論点の全てから判断すれば、トランプ氏はオバマ氏よりも決然としていなければ頼りになるわけでもない。トランプ政権内で唯一の希望は、ジェームズ・マティスおよびH・R・マクマスター両氏の軍事プロフェッショナリズムによってアメリカの外交政策が主流派の方向に向かうことである。それはシビリアン・コントロールによる民主主義と矛盾するであろうが、ドナルド・トランプ氏が権力の座に留まり続ける限り他に望みはない。

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2017年3月31日

拙寄稿、国際版に3回目の選抜掲載

この度、日本国際フォーラムへの私の投稿が国際版への掲載に選ばれたとお伝えできることを喜ばしく思います。題名は”The Dangerous Nature of America First”で、拙ブログ記事に基づいた内容となっています。

アメリカ第一主義とは文字通りの意味以上のものがあることが重要です。それはバノン氏による反エスタブリッシュメントの排外主義で、だからこそヨーロッパと日本の極右がトランプ氏のナショナリズムに共鳴しています。これはアメリカ自身が作り上げた自由主義世界秩序への脅威です。

3回目の選抜掲載を名誉に思います。

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2017年3月26日

ドイツは本当に西側民主主義諸国のリーダーになれるのか?

ドイツを人権や自由貿易といった国際的な道義や規範の擁護者として期待できるだろうか?通常ならこのような問いかけをする者はまずいないが、「アメリカ第一主義」を掲げるトランプ政権の登場は全世界の外交政策有識者を震え上がらせている。アメリカが自らの作り上げた世界秩序から手を引くなら、他の国が取って代わる必要がある。そのように不安定な国際情勢では、ドイツのアンゲラ・メルケル首相がアメリカのドナルド・トランプ大統領に対して最も厳しい批判勢力として立ち上がり、西側民主主義の価値観を守り抜くよう期待するのも無理からぬことである。先の米独首脳会談で、メルケル氏はドイツがNATOにただ乗りをしているというトランプ氏の主張を敢然と退ける一方で、寛容な入国政策と自由貿易を訴えた(“Opinion: Clumsy Trump meets confident Merkel”; Deustche Welle; 18 March, 2017)。ホワイトハウス訪問からほどなくして、メルケル氏は日本の安倍晋三首相と会談して保護主義に反対する共同メッセージを打ち出したばかりか、日・EU自由貿易協定の構想まで公表した(“Abe, Merkel take stand against protectionism”; Nikkei Asian Review; March 21, 2017)。これら外交成果を見る以前に、クリントン政権期のジェームズ・ルービン元国務次官補は、トランプ氏の自国中心のナショナリズムと無知丸出しの親露的な世界観がアメリカの指導力を低下させる一方で、メルケル氏の経験と知識に対する評価が西側同盟の中で高まっていると論評していた(“The Leader of the Free World Meets Donald Trump”; Politico; March 16, 2017)。

しかしドイツはどう見ても超大国の候補ではない。ハードパワーだけを見れば、ドイツはアメリカよりもはるかに弱小である。2016年ではアメリカのGDPはドイツの6倍である。軍事力ともなると比較にならない。ドイツの真の力は多国間外交にある。フランスとの強固な関係によって、ドイツはヨーロッパ統合の要であった。またNATOとEUがミッテルエウロパ(中欧)に拡大する時代に、ドイツは非常に重要な国である。さらに重要なことにユーロはIMF特別引出権で第2位の通貨であるが、それはドイツの経済力に負うところが大である。ユーロは実質的にドイツマルクだともみなせる。よってドイツが西側民主主義国の有志連合を主導し、トランプ政権のアメリカが自由と民主主義の価値観を踏みにじるようなら、彼らへのカウンターバランスになるように期待しても不思議ではない。しかしドイツがそれほど頼りになるなら、イギリスのテリーザ・メイ首相はもっとソフトなブレグジットを採用したであろう。何よりも、メイ首相がホワイトハウス訪問でトランプ大統領にあれほどすり寄ることもなかったであろう。これはメルケル首相との会談ではトランプ政権の保護主義に警鐘を鳴らした安倍首相についても同様である。何と言っても安倍氏はトランプ氏の大統領就任前に会談をしたほどである。パックス・ゲルマニカがパックス・アメリカーナに取って代わることは、たとえトランプ政権が全ての国際関与から手を引いて大統領自身が認識できる範囲内での国益追求に走ったとしても有り得ない。よって世界でより積極的な役割を担ううえで、現在のドイツの弱点を査定することが必要である。

最も明らかな弱点は大西洋同盟の防衛への貢献である。ドイツの国防費はNATOが目標とするGDPの2%にははるかに及ばず、それがトランプ氏の根拠薄弱なNATO懐疑論に対抗してヨーロッパを結集してゆくだけの指導力の発揮を妨げている。さらに冷戦終結以来、安全保障の課題は中東アフリカ地域のイスラム過激派、サイバー戦争、ロシアの再台頭など多様化している。しかしウクライナ危機以降はドイツでも地域安全保障への意識が高まり、冷戦最盛期から再び国防費の増額に向かっている。これはトランプ政権の圧力とは関係ない (“MP claims increased German defence spending would alarm European neighbours”; UK Defence Journal; March 14, 2017)。EU最大の経済大国であるドイツが軍事力の強化に本気で乗り出せば、ヨーロッパの防衛力は大幅に向上するであろう。しかしドイツの国防力強化はとてもNATOの要求水準を満たすには至らず、依然としてこの国は日本のような平和主義の思考にとどまっている(“Amid Growing Threats, Germany Plans to Expand Troop Numbers to Nearly 200,000”; Foreign Policy --- Cable; February 23, 2017)。

メルケル政権のドイツが無知で無責任で予測不能なトランプ大統領に対して立ち上がるように期待する声もあるが、国際政治情勢は必ずしもこの国にとって好ましいとは言えない。メルケル首相自身がそうした考えを「グロテスク」かつ「馬鹿げている」と言うほどである。第二次世界大戦後のドイツは長年にわたってリベラルな外交政策を採っていたが、対独恐怖症は依然としてヨーロッパ全土に広がっている。西ヨーロッパでの右翼ポピュリズムの台頭に加えてポーランドとハンガリーの専制政治に囲まれたドイツは、一般に思われているよりはヨーロッパで孤立している(“The isolation of Angela Merkel’s Germany”; Financial Times; March 6, 2017)。さらにドイツが経済でのリーダーシップに必ずしも長けていないことは。ユーロ危機で典型的に表れている。特にメルケル氏が行なったギリシアとキプロスの債務危機に対して救済策については、国際世論は何か高圧的で消極的なのではないかと受け止めていた(“Blame Germany for Greece’s uphill euro zone struggle”; Globe and Mail; April 24, 2015 および“Cyprus showcases Germany's clumsy leadership in Europe”; EUobserver; 19 March, 2013)。

ドイツはヨーロッパと世界の秩序を維持するための牽引車にはなるが、単独では何も為し得ない。ドイツの指導力は強固な独仏枢軸によるものである。しかし近年はフランスの国際的な存在感は低下している。国際政治においてインド太平洋地域へのパワーシフトが見られるとはいえ、私は世界第3位の核大国がなぜここまで存在感が希薄になっているのか疑問に思い続けている。ブレグジットが深刻に受け止められているのは、フランスが国際社会の期待に応えていないことも原因の一つである。フランスはIMFでイギリスと同数の投票権を得ているが、EUの予算への貢献度ではイギリスの半分である。欧州委員会が2015年の予算に関して行なった調査によると、イギリスの脱退はEU予算に120億ユーロの損失となるのに対し、フランスの脱退では60億ユーロの損失である。さらに2016年の国防費ではフランスは軍事力の誇示に消極的なドイツとほとんど同額の支出しかしていないが、イギリスはその1.5倍の支出である(“How Brexit Means EU Loses Cash, Influence, Might: Six Charts”; Bloomberg News; February 27, 2017)。独仏タンデム体制が上手く機能したのは両国が相互補完の関係だったからである。しかし冷戦後にヨーロッパの経済および通貨の統合でドイツの力が突出してくると、フランスの存在感は急速に低下した。ドイツがグローバルおよび域内でより強いリーダーシップを発揮するにはフランスの再活性化が必要である。

最も差し迫った問題は、独仏両国も含めたヨーロッパ各国の選挙での極右ポピュリズムの台頭である。幸いにも先のオランダ総選挙では現職のマルク・ルッテ首相がナショナリストのヘルト・ウィルダース氏を破った(“Steve Bannon’s dream of a global alt-right revolution just took a blow”; New Republic --- Minuites; March 15, 2017)。これはフランス国民戦線のマリーヌ・ルペン党首とドイツAfDのフラウケ・ペトリー党首にとって少なからぬ打撃となろう。 フランスの大統領選挙は4月23日および5月7日に行なわれ、中道派でENA官僚出身のエマニュエル・マクロン氏とルペン氏の間で激しく争われそうである(The Amazing Race: Tracking the twists and turns in France’s presidential election”; LSE Blog --- EUROPP; March 9, 2017)。他方ドイツではメルケル氏が9月24日の総選挙に勝利する見通しではあるものの、既存政党への倦怠感とともに寛容な移民政策への不満が高まっている。メルケル氏のキリスト教民主党(CDU)とマルティン・シュルツ氏の社会民主党(SPD)の連立ならAfDを止められるであろう(“When is the German federal election 2017? Will Angela Merkel LOSE power? “; Express; March 16, 2017)。しかしSPDもまた有権者の間に広がる反既存政党の気運に苦しめられている(“Socialist Schulz loses early momentum in German election race”; CNBC; 10 March 2017)。他方で先のオランダの選挙では緑の党が4議席から14議席と大躍進を遂げたことは注目に値する(“GreenLeft proves to be big winner in Dutch election”; Guardian; 16 March, 2017)。緑の党は反ビジネス姿勢ではあるが本質的にコスモポリタンである。こうした政党ならドイツの極右ポピュリズムへのカウンターバランスになるであろう。

ここまで述べてきた国際および内政の課題からすれば、ドイツは独仏枢軸を新時代に適合させる必要がある。かつてドイツとフランスは環大西洋社会での影響力をめぐって米英両国と競合関係にあった。しかし独仏枢軸は進化する必要がある。フランスのゴーリズムはすでに時代遅れであり、NATOもEUも東方に拡大してしまった。よって独仏枢軸が自らをアングロサクソンの優位に対して大陸の声を代表する存在だと見なすことは無意味なのである。むしろ独仏タンデム体制は西側民主主義の再建のためにもっと他国を受け入れ、中でもイギリス、日本、そしてアメリカでトランプ氏の世界観に強く反対している超党派で主流派の外交政策形成者達とも連携してゆくべきである。よってドイツはブレグジットをめぐってのイギリスとの関係も改善しなければならない。日本に関しては、安倍首相が先の歴訪でメルケル首相と共通の価値観と自由主義世界秩序への関与を確認した。さてドイツとそのパートナーの諸国が実際にどのように行動するのかを注視してゆこう。

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2017年2月28日

アメリカ第一主義という危険思想

先の選挙運動を通じて、ドナルド・トランプ大統領は外交政策のキーワードとして「アメリカ第一主義」を強調してきたが、それはアメリカの同盟国の間で懸念を呼んだ一方で、ロシアや中国は西側優位の世界秩序の転覆を積極的に模索するようになり、イランや北朝鮮はワシントンの新政権を試している。国民国家が自国民とジオ国の国益を優先することには何の問題もないと何の疑いもなく信じる人々もいる。事態はそれほど単純ではなく、このイデオロギーの危険で破壊的な性質を決して見過ごすべきではない。

何よりも、トランプ氏のアメリカの外交政策についての理解は非常に貧弱なので、世界情勢を利己的で防御的にしか見ることができない。幼少時に旧ソ連からのユダヤ系移民として帰化したマックス・ブート氏はトランプ氏の偏狭なゼロサム思考を批判している。何と言っても、トランプ氏はアメリカが非常に利他的だったために貿易相手の諸外国はラスト・ベルトの労働者階級を搾取してしまったと考えている。しかし世界の普遍的な見解では、アメリカが旧敵となった国々をも友好的な貿易相手や同盟国として再建したことは外交政策の成功を示す金字塔であると理解されている。トランプ氏が人権をはじめとしたアメリカの価値観を高く評価していないことは憂慮すべきもので、それがヨーロッパ同盟諸国と国際NGOから厳しく批判されている。実際に人権擁護がソ連のようなアメリカの敵国を弱体化させたばかりか、民主主義と自由の普及によってアメリカの力を増大させた。ブート氏のようなソ連からの移民の方が、そのことをトランプ氏よりはるかによく理解している(“Grave Dangers and Deep Sadness of “America First”: .Foreign Policy --- Voice; January 23, 2017)。

他方でヨーロッパト日本の極右ナショナリストはトランプ氏の世界観では自分達の国の安全保障と国益が損なわれるにもかかわらず、そうした考え方に感情的に共感している。これはそのように自らをグラスルーツの愛国者と見なす者達がグローバリストを嫌悪し、高圧的なトランプ氏にコスモポリタンの支配者階級を打ち負かして欲しいと思っているからである。トランプ氏のアメリカ第一主義に哲学的な土台をもたらしているのは、スティーブ・バノン大統領上級顧問である。ノース・カロライナ大学のダニエル・クライス教授はバノン氏の思想の二大支柱は経済的ナショナリズムとコーポラティストなグローバル・エリートへの反感である。バノン氏の見解では、世界は本質的に国民国家の競合の場である。こうした観点から、バノン氏は貿易、移民、そして多国間協力は国家の主権とアイデンティティーを損なうと信じている。近代啓蒙思想が提唱する普遍主義ではなく、バノン氏は文明の衝突の観点から国際政治を理解し、イスラムを本質的に好戦的なものと見なしている。グローバルな階級闘争を論じたバノン氏の理論の視点では、コスモポリタンのエリートは自分達の企業利益のためにはアメリカの国益をも犠牲にするほどのコーポラティストであり、メディアは彼らの味方だということだ。そうしたエリート主義の国家を転覆するためには、コーポラティストの支配階級と緊密で人民を侵害する行政国家を破壊しようとバノン氏は望んでいる。アメリカ第一主義とは、このように危険な思想なのである (“Stephen K. Bannon’s CPAC Comments, Annotated and Explained”; New York Times; February 24, 2017)。



トランプ氏はヨーロッパや日本との同盟解消さえ示唆したので、彼の外交政策は一般には孤立主義だと見られている。しかしクライス教授はバノン氏の思想は本質的にナショナリズムであり、各国が無慈悲にせめぎ合う世界の中で、ただ国益を最大化するためなら海外への介入には躊躇しないと主張する。ネオコンが掲げるレジーム・チェンジとは違い、トランプ氏が為そうとする介入はそうした普遍的な理念ではなく国際情勢に対する突発的な認識に基づいて行なわれることになる。トランプ大統領が予測不能なのは彼の人格だけでなく、バノン氏のイデオロギーのためでもある。エリオット・コーエン氏と彼の賛同者が公開書簡でトランプ氏の国際非関与から好戦的冒険主義への揺れを非難したのも、当然のことである。トランプ大統領へのバノン氏のこのような影響を考慮すれば、イギリスのテレーザ・メイ首相と日本の安倍晋三首相のような主要国の指導者がいわゆる「へつらい」外交に出たからと言って、新政権と安定した関係を発展させられる保証はない。ジェームズ・マティス国防長官とH・R・マクマスター国家安全保障担当補佐官といった閣内元将官の高い専門的能力が、バノン氏によるオルタナ右翼の影響力を後退させることができる。それはトランプ大統領の反イスラム的な政策や言動に対して両氏が反対の意を表明したことからもわかる。統合参謀本部議長のジョセフ・ダンフォード海兵隊大将とジョン・マケイン上院議員も両閣僚を支援している。3人の将軍はイラクおよびアフガニスタンでイスラム教徒と同じ釜の飯を食いながらテロリストと戦ったうえに、マケイン氏は上院軍事委員長として高い評価を受けている(“Trump's new security advisor differs from him on Russia, other key issues”; Reuters News; February 22, 2017)。

マックス・ブート氏は「根無し草のコスモポリタンに対するそのような嫌悪感が排外主義と反ユダヤ主義を刺激しているが、そうした思想はヨシフ・スターリンやチャールズ・リンドバーグのような反民主主義のナショナリストと緊密に関わっている」と主張する。彼がアメリカに移住してから、ここ数年までは反ユダヤ主義の台頭などなかったという(“The Bannon Administration?”; Commentary; January 31, 2017)。ブート氏の懸念はトランプ政権がセバスチャン・ゴルカ氏を大統領次席顧問に任命したことで現実となった。2012年にアメリカ国籍を取得する以前、ゴルカ氏はハンガリーの政界およびジャーナリズムでのキャリアを通じて当地の極右、反ユダヤ主義、人種差別主義の個人や団体と緊密な関係にあった。さらにゴルカ氏は対テロ作戦の専門家として、バノン氏にとって「身内のシンクタンク」にもなっている(“Exclusive: Senior Trump Aide Forged Key Ties To Anti-Semitic Groups In Hungary”; Forward; February 24, 2017)。

アメリカのオルタナ右翼と呼応するかのように、ロシアのネオ・ユーラシア主義者であるアレクサンドル・ドゥーギン氏はトランプ政権の誕生を好機に関係を強化して現在の自由主義世界秩序を破棄する一方で、ロシアの影響力をウクライナから中東のトルコ、イラン、シリアにまで拡大しようとしている。アメリカのマイケル・マクフォール元駐露大使はドゥーギン氏を「プーチンのバノン」と呼んでいる。ドゥーギン氏はトルコのレジェップ・エルドアン大統領に、アメリカとNATO同盟諸国はフェトフッラー・ギュレン師によるクーデターを画策して露土両国間にくさびを打ち込もうとしていると説いた。それはNATOに懐疑的なトランプ氏の主張とも通じ合う。アメリカ第一主義とは西側民主国家の同盟を解体させるイデオロギーである(“The One Russian Linking Putin, Erdogan and Trump”; Bloomberg News; February 2, 2017)。そうしてみると、トランプ大統領とプーチン大統領が緊密で離れられない関係にあることも、バノン氏の反グローバル主義がヨーロッパと日本の土着主義者を魅了するのも不思議ではない。アメリカ第一主義の危険性はあまりに重大で見過ごすことができない。

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2017年2月13日

トランプ政権によって人権問題の劣等生となったアメリカ

アメリカは自らを世界への民主主義と自由の普及を担う、不可欠な国だと見なしてきた。アメリカの価値観は自らの世界戦略とも互いに深く絡み合っているので、人権でのアメリカの関与を疑う者はほとんどいなかった。しかし、ヒューマン・ライツ・ウォッチが新年に当たって刊行した報告書では、トランプ政権のアメリカは今や世界の人権に脅威になってしまったと記されている。

The Dangerous Rise of Populism”と題された報告書では、経済のグローバル化によって多くの人々が疎外され、格差拡大にもかかわらずそんな自分達には全く目を向けていないと思われる各国政府やグローバル・エリート達に不満を抱いているという概観が述べられている。問題はデマゴーグが自分こそが国民大多数の代表だと言い張り、そうした大衆の怒りを悪用することである。彼らは多数派の意志を押しつけ、自国民および外国人の人権を犠牲にしている。嘆かわしいことに、西側の政治家は人権の価値観に対する自信を失ってしまい、ドイツのアンゲラ・メルケル首相やカナダのジャスティン・トルドー首相を除くほとんどの者は偏狭で危険なポピュリズムと対決する気概を喪失しているように見える。しかしそれではトランプ氏の巨大ショックに立ち向かうには弱すぎる。またイギリスのテリ-ザ・メイ首相はナショナリストの突き上げに受動的な一方で、メルケル氏は今年の総選挙でAfDの挑戦を受けている。

そうした動向から、ヒューマン・ライツ・ウォッチの報告書ではトランプ現象の影響をどう見ているかを見てみたい。トランプ氏が移民や貿易相手国をスケープゴートにするという挑発的言動は無知なブルーカラーの支持者を満足させてはいるが、それが実施されれば経済が不況に陥るだけである。にもかかわらず、トランプ氏がTPP破棄とイスラム教徒入国禁止の大統領令に署名したのは、中東からの難民を安全保障上のリスクと見ているからである。この観点から、トランプ氏は国民への監視を強めようとしているが、それは司法当局の監視下で行なわれる対象を限定したものをはるかに逸脱している。トランプ氏のイスラム教徒入国禁止は憲法違反だと批判され(“Immigration analyst: Trump refugee ban is illegal”; Hill; January 28, 2017)、大統領令はいくつかの州の連邦判事に差し止められたが、トランプ氏の方は自らの命令に従わなかったサリー・イェーツ司法長官代行を解雇した(“Trump’s Executive Order on Immigration: What We Know and What We Don’t”; New York Times; January 29, 2017)。

大統領就任演説からほどなくして、ヒューマン・ライツ・ウォッチのケネス・ロス代表は「たとえ問題だらけの公約の10%でもトランプ大統領が実施するなら、国内外で人権が後退してしまうようになる」と述べている。さらに「トランプ氏の公約が実施されればアメリカおよび国外で数百万人もの人々の権利を踏みにじられるばかりでなく、全ての人権が侵害されることになる」とまで訴えている。アメリカ民主主義を混乱に陥れる一方で、トランプ氏は専制国家との協調関係にも躊躇しないので、人権の普及にはさらに懸念が持ち上がる(“US: Dawn of Dangerous New Era”; Human Rights Watch; January 20, 2017)。非常に由々しきことにトランプ氏は選挙期間中に厳しい批判にさらされた大統領令を矢継ぎ早に、しかも関係省庁や議会に相談もせずに発令している(“White House failed to consult federal agencies on Trump's executive orders, report claims”; Aol News; January 26, 2017)。自己中心的で自己顕示欲が強いトランプ氏の性質を考慮すれば、ロシアに関してはイギリスのテレーザ・メイ首相、そして難民問題ではドイツのアンゲラ・メルケル首相の助言に真剣に耳を傾けるかどうか疑わしい。

さらにトランプ氏の人権に対する問題意識の低さは、拷問がテロ容疑者からの情報収集に効果的だといった不用意な発言に端的に表れている。しかしトランプ氏がジェームズ・マティス退役海兵隊大将に国防長官主任を要請した際には自らの主張を撤回し、信頼と報酬が容疑者を協力的にするのだというマティス氏の主張を受け入れた(“Marine General 'Mad Dog' Mattis got Trump to rethink his position on torture in under an hour”; Business Insider; November 22, 2016)。しかしトランプ氏は再び拷問の復活を唱えて議会を紛糾させ、ジョン・マケイン上院議員は大統領なら法を遵守するようにと要求した (“McCain to Trump: 'We're not bringing back torture'”; Hill; January 25, 2016)。トランプ氏は米英首脳会談の記者会見ではマティス氏の助言に従うと述べたものの(“Laura Kuenssberg's stern questioning of Donald Trump angers president's supporters”; Daily Telegraph; 27 January, 2017)、そのことからトランプ氏が人権に関してほとんど学んだことがないばかりか、絶望的に無知であることが明らかになった。

レックス・ティラーソン氏の国務長官起用も懸念材料である。元エクソン・モービル最高経営責任者のティラーソン氏の経営能力と交渉力に期待する声もある。しかし公務は利潤追求ほど単純ではない。上院外交委員会の公聴会では、ティラーソン氏はISISなどアメリカ外交の重要課題についての知識に乏しいことが露呈した(“Rex Tillerson is unqualified to be secretary of state”; Boston Globe; January 12, 2017)。さらにロシアとの関係にまつわる疑惑に加え、ティラーソン氏の人権に対する問題意識の低さは国務長官の職責には非常に不利に働きかねない。公聴会において。ティラーソン氏はサウジアラビアの女性の権利、シリアでのR2P、フィリピンでのドゥテルテ政権による抑圧政策といった重要な人権問題には満足な答弁ができなかった(“Tillerson doesn’t seem to realize speaking up for human rights is part of the job” Washington Post; January 12, 2017)。ドナルド・トランプ氏の思慮分別を描いた中傷は、人権に関する認識がまるでなっていないことを示している。公聴会での答弁のまずさを考慮すれば、ティラーソン氏がトランプ氏の酷い欠点を補えるとは考えにくい。

国際社会、特に西側同盟は、このようなトランプ政権のアメリカにはどう対処すべきだろうか?我々はトランプ氏のアメリカ第一主義が完全に競争本位で無秩序な世界での適者生存の考え方に基づいていることに留意しなければならない。トランプ氏はそうした無秩序を利用して自らが考えるアメリカの国益を最大化しようと考えているので、いかなる手段によっても現行の国際規範や多国間の枠組みを弱体化しようとしている。トランプ氏がそこまで人権を軽視するのも何ら不思議ではない。『シュピーゲル』誌の論説では西側民主主義国がトランプ政権に対抗して結束し、国際規範と普遍的なかち価値観を守るようにと力説している(“Time for an International Front Against Trump”; Spiegel; January 20, 2017)。我々はこのようにして人権の重要性を再確認できる。

また民主主義諸国の指導者達はアメリカの中に影響力を確保する経路を模索する必要がある。何よりも、トランプ氏とアメリカを同一視してはならない。イギリスのテレーザ・メイ首相はホワイトハウス訪問に当たってトランプ政権との強固な関係構築にとらわれていた。しかしイスラム教徒入国禁止への反応が鈍かったことで、イギリス国内ではトランプ氏への追従が過ぎると厳しい批判の声が挙がった(“Theresa May has put the Queen in a 'very difficult position' over Donald Trump's UK visit”; Business Insider; January 31, 2017)。別にトランプ氏との衝突を推奨するわけではないが、この人物の大統領としての資質と正当性が非常に貧弱なことは銘記しなければならない。

トランプ氏は第二次大戦終結以来で最も不人気な大統領であるばかりか、ヒラリー・クリントン氏より総得票では300万票も少ないという点で前例がないほど正当性を欠く指導者なのである。いわば、彼のことをゲリマンダーの大統領と見なすこともできるのである。民主主義の政治家としては、トランプ氏はまるで訓練ができていない。メディアと司法に対する侮辱はその最たるものだ。彼は権力分立も法の支配もほとんど理解していない。トランプ氏には追従するよりも、民主主義諸国は彼の理不尽な圧力からみずからを守るためにもアメリカの中にファイアウォールを持つべきである。例を挙げれば、ジョン・マケイン上院議員はトランプ氏の暴言にからオーストラリアを擁護した。またジェームズ・マティス国防長官は国家安全保障関係者の主流派の声を代表するためにトランプ政権に加わっているのである。


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