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2005年6月30日

フランスの凋落:Marianne, elle a perdue son rôle?

先のEU憲法の国民投票では、フランスの凋落が印象づけられた。これまでは独仏枢軸こそがヨーロッパ統合を推進してきたと思われてきたが、そのフランスで憲法条約が否決された。これでEUでのフランスの影響力の低下は必至である。さらに注目すべきはエリートに対する市民の抵抗という側面である。憲法起草者のバレリー・ジスカールデスタン元フランス大統領やジャック・シラク現フランス大統領といったヨーロッパのトップクラスのエリート官僚がことごとく敗北を喫したのである。これからフランスはヨーロッパでどのような立場に立つのだろうか?

今回の否決には東欧からの安い労働力の流入による失業率の増大や経済不振などがささやかれているが、最も大きな要因はEU自体の性格が変わってきたことにある。発足当初のEECでは歴史や文化の背景が似通った6ヶ国(フランス、ドイツ、イタリア、オランダ、ベルギー、ルクセンブルク)だけが加盟していたが、今や東欧、北欧への拡大してしまった。こうなると独仏枢軸を中心としたヨーロッパ統合というわけにはゆかなくなる。さらにイギリスの有力シンクタンクであるヨーロッパ改革センター(Centre for European Reform)のチャールズ・グラント氏はフォーリン・アフェアーズ5月号に寄稿した”What if the British vote no?”という論文で、今のヨーロッパでは中軸国のフランスやドイツよりも周辺国のイギリス、ポーランド、北欧、バルト海諸国の方が経済が好調なので中軸国の相対的な力が弱まっていると述べている。そのうえに米英が後押しするトルコが加盟するようになれば、もはやキリスト教文化を共通基盤としたEUではなくなってしまう。今回の憲法条約が否決されたことに加えてヨーロッパの力関係の変化と多様化によって、フランスの影響力はさらに低下するであろう。

一般市民、特に日本人の間では独仏枢軸によるヨーロッパ統合が美化され過ぎている。だが実際にはリアリスト的な国益追及が動機であったことを忘れてはならない。歴代のフランス大統領が描いた対ヨーロッパ政策の基本となったのはシャルル・ドゴールの考え方で、ドイツと組んでヨーロッパの主導権を握って米英ソに対抗しようというものである。植民地を失ったフランスにとって、ヨーロッパ統合での主導権は心理的な埋め合わせにもなった。後にイギリスがECに加盟してもこの方針は受け継がれた。歴代のフランスの指導者が抱いた発想は、国家主権に対するブリュッセルの官僚支配を嫌ったマーガレット・サッチャーの考え方と表裏一体をなすものである。実際に1966年の「ルクセンブルクの妥協」では共同体が国家主権を超えた権限を持たぬようにフランスの主張を押し通した。歴代の指導者からしてこうである。となれば、一般のフランス国民が突然に憲法を批准しますかと言われても拒否するのは当然である。統合の理念のために自分達の社会を犠牲にはしたくないものだ。

今後のフランスはどうすべきか?まずフランス自身が時代錯誤な大国意識を捨て去る必要がある。<<L’état, c’est moi.>>(国家それは私である=朕は国家である。ルイ14世の一言)の時代はとっくに過ぎ去った。今や<<L’état, c’est Jaques Chirac.>>(国家、それはジャック・シラクである。)の時代になってしまった。ルイ14世もナポレオンもドゴールもいない。今のフランスにいるのはエリート官僚出身の小粒な指導者ばかりである。しかも往時の国力は備わっていない。戦略核兵器や原子力空母などの大型兵器を保持して何とか大国の面目を保とうとしているが、バルカン半島や中東でのフランス軍の働きに対する評価は低かった。また枢軸のパートナーであるドイツも経済が振るわないとあっては、フランスにとってヨーロッパ統合の推進役は余りにも重過ぎる。

ではどうすべきか?フランスが主導するヨーロッパという考え方は一切捨て去って、より広い大西洋世界に開かれたヨーロッパにすべきであろう。元々、ヨーロッパ統合はアメリカの支持によって推進されていった。後のイギリス加盟も、冷戦後の東欧諸国の加盟もアメリカの支援があってのものだ。トルコの加盟要求もアメリカの後押しを受けている。アメリカは強く安定したヨーロッパをパートナーとしたがっている。このところ、日本では「東アジア共同体」なる構想が語られているが、この事実を銘記したうえで議論すべきである。よってフランスはゴーリスト思考を捨て去って、ヨーロッパを配下に置いたうえでアメリカとは独自の立場を築こうという野望は追求しないことである。そして、「自主路線」の名の下にかつてのサダム・フセインや現在の中国に武器を売却すべきではない。こうした問題のある国への武器輸出がフランスの威信を高めただろうか?

だがフランスからゴーリスト思考を排除するのは難しそうだ。今回の憲法投票でもフランス政府は、条約の否決は「アングロ・サクソンの陰謀」を利すると呼びかけたという。この次にはイギリスでの国民投票が控えていたにもかかわらず。フランスのエリート達はいまだに自国をアングロ・サクソンの世界支配に対するヨーロッパ人の代表とでも思っているのだろうか?こういう考え方が拒否されたなら、フランスの未来も明るい。一般国民の方が健全な意識の持ち主のようだ。

ヨーロッパのボスの代わりに、フランスにはもっとふさわしい役割がある。途上国との南北対話の橋渡し役だ。特にフランス語圏との独自のつながりは他の国にはない強みである。トニー・ブレア英首相がアフリカ支援について提言している。フランスもこの問題ではかなりの役割を果たせるはずだ。アメリカに「対抗」するだけがリーダーシップの発揮ではない。

そしてフランス自身も変わる必要がある。今回の条約否決では、ジスカールデスタンとシラクというENA出身のエリート官僚がそろいもそろって敗北を喫した。これを機に極端なエリート偏重の社会構造を改めるべきではなかろうか?

ここでENA(École Nationale d’Administration=国立行政学院)について若干の説明をしておく。これは上級官吏の養成を目的とした教育機関で、定員はわずか100名という超難関である。ここから輩出されたエリート官僚がフランスの政財界を支配している。東大法学部さえ足元にも及ばない権威を備えている。

今や政治と経済の両面で官僚支配からの脱却は時代の流れである。閉鎖的なエリート社会がいつまでも国民のうえに君臨するようでは、冷戦後の新生ヨーロッパの落伍者になりかねない。新しいタイプの指導者が出ないと、フランスの再生はないだろう。

最後にフランス語は?これはこれからも国の誇りとして良い。故ダイアナ妃がスイスの花嫁学校を卒業したのも、上流階級にふさわしくフランス語を身につけるためであった。アジアの某大国のような見苦しい真似をしない限り、多いに結構!

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2005年6月23日

EU憲法条約否決の風刺画

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こんなヨーロッパじゃ、まさにキマイラ(複合怪獣)だ!

インターナショナル・ヘラルド・トリビューン6月23日、ボルチモア・サン6月4

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2005年6月20日

イラン国民は立ち上がれるか?:神権政治下での大統領選をめぐって

今週の金曜日に行なわれたイランの大統領選挙について、ワシントン近郊で亡命生活を送っているレザ・パーレビ元皇太子はその正当性に疑問を投げかけ、投票そのもののボイコットを呼びかけている。

パーレビ氏によれば、現在のイランで行なわれている選挙は形式だけで、実際にはイスラム政権当局の厳しい監視の下にあるという。さらにパーレビ氏は旧ソ連やサダム・フセイン政権下のイラクまで引き合いに出して、選挙を行なっているからといって民主政治が定着しているとは言えないとまで手厳しく批判している。現在の神権政治では、議会の選挙で誰が選ばれても重要な決定は国民に選ばれたわけでもない聖職者の手に握られている。選挙そのものも、当局の意志に反する投票なら投獄されかねないという恐怖感を煽り立てられて実施されているという。これでは、サダム・フセインの「信任100%」の得票による大統領選出と似たようなものと言われても仕方がない。

また核疑惑についても、現在のシーア派神権政治が続く限りはイランと諸外国との摩擦は避けられないとしている。実際にEU3(英仏独)やIAEAがイランとの間で行なっている核査察の交渉は進展していない。

ではこうした事態の打開にはアメリカをはじめとした民主主義諸国が武力行使に及ぶべきだろうか?これまでもパーレビ氏はフォックス・ニュース(ルパート・マードック氏が所有するアメリカの保守系メディア)、BBCなど欧米メディアに頻繁に出演してウクライナのオレンジ革命を模範としたイラン国民の自立的な抵抗運動を訴えている。西側諸国は軍事介入よりもイラン国民の自主的な抵抗を支援すべきだと主張している。元皇太子はイランではイラクやアフガニスタンと違い国民が自ら立ち上がれるだけの基盤があると再三にわたって強調している。

西側の支援による国民的な抵抗運動といえば、西側のNGOを通じて対象国内の市民社会に働きかけるという手段がある。ウクライナではアメリカの民主化推進NGO、フリーダム・ハウスが民主化運動への大衆動員を積極的に支援した。

フリーダム・ハウスはイランに関してウクライナ型の非暴力の抵抗運動を盛りあげる必要を説くとともに、アメリカとヨーロッパが協調して外交的圧力をかけるべきだとも述べている。

ところで国連常任理事国入りを目指している日本であるが、この問題ではさしたる動きも見せず中国や韓国との歴史論争に忙殺されている。これでは国連の資金源が関の山か?

パーレビ氏のインタビューは以下のサイトで視聴できる。英語のヒアリングの練習には最適な長さだ。聴いてみて欲しい。

アメリカCNN 6月16日

スペインTV3 6月16日

(Part 1)
(Part 2)

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2005年6月15日

中東の諸問題と日本人の誤解

中東に関して一般の日本人の間では誤解が流布している。不思議なことに最近のメディアやブログ界で騒がれているアジアの問題に関しては左翼の捏造情報に対する批判の声が挙がっているが、中東に関してはそうした声は殆ど皆無と言って良い。アジアの場合は日本が叩かれているのに対し、中東で叩かれるのはアメリカかせいぜい英仏だとしか思わないので彼らの関心が低いのだろうか?日本の「保守系」ブログなぞこの程度のものか?

ともかく、ここではいくつかの誤解を正しておきたい。

1.イラクのサダム・フセインはかつてアメリカと蜜月関係にあった。――>全く大嘘。

1980年から1990年にかけてのイラン・イラク戦争では、イランの神権政治の拡大を懸念するアメリカがイラクに接近したのは事実であるが、それはきわめて慎重なものであった。そもそも当時のイラクで政権を握っていたバース党の民族社会主義のイデオロギーはアメリカとは相容れない。実際に、冷戦期のサダム・フセインはアラブを代表する親ソ派であり、当時のイラク軍の兵器はソ連製とフランス製が中心であった。後に問題となる核兵器についても、軍事転用されかねないような原子力発電所の建設を支援したのはフランスである。ちなみにこの原発は、イスラエルに空爆されたので操業されなかった。ともかく、公正中立を旨とするNHKまでがサダムとアメリカの「蜜月期」があったと報じていた。マスコミの左傾を論ずるならこういうところである。アジアと日本の対立での一部言論人の左翼ぶりなど、これに比べれば大した問題ではない。

イラクでは他にもおかしな報道があった。アメリカのイラク討伐をこぞって「単独」と報じていた。実際にはイギリスやオーストラリアなども討伐軍に加わっていたので、当時の私は抗議電話を行なった。左翼勢力は、とかくこうした世論のミスリードが好きなようだ。

2.中東の諸悪の根源はパレスチナ問題である。――>これも違う。

中東では、各国の国内問題やアラブ国家同士の衝突、そして各国の少数民族抑圧といったパレスチナとは関係のない問題が多い。ここではアメリカの専門誌Foreign Policyに掲載された論文、A World without Israelが大いに参考になる。そこではパレスチナ問題とは関係なく、アラブ諸国同士での戦いが挙げられている(シリアのレバノン侵攻、イラクのクウェート侵攻など)ばかりか、近代化と伝統の狭間にゆれるアラブの現状も述べられている。左翼勢力が「陰謀理論」を振りかざし、とかくアメリカとイスラエルを槍玉に挙げているが、彼らの主張は徹底的に否定されないとバランスのとれた世論は形成できない。

3.イスラム過激派はアメリカが育てた――>いい加減にしろ!

イスラム原理主義の台頭はイラン革命が契機となっている。カーター政権が、キッシンジャーがチリの共産政権を葬り去ったような対策を講じていれば、原理主義者がイランを制することもなかったであろう。どういう訳か、日本のマスコミはこうした優柔不断なハト派政策を批判しない。それどころか同時期にアフガニスタンに侵入したソ連軍を駆逐しようとしてアメリカが行なったゲリラ支援を悪の元凶として批判している。すなわち、アメリカが育てたアフガニスタンのゲリラこそ、9-11テロに発展したと言うのだ。

だが考えてみて欲しい。イラン革命以前に反西欧化、近代化の動きはあったが、あそこまで過激な神権政治イデオロギーが存在しただろうか?イランがパーレビ王朝あるいは親米派軍事政権に統治されていれば、サダムも戦争は仕掛けてこなかったであろうし、アフガニスタンにソ連軍が出てくることもなかった。それとも左がかった言論人はアフガニスタンばかりか、ペルシア湾岸地域とインド亜大陸を丸ごとソ連に献上すれば良かったとでも言うのだろうか?

以上、中東に関して日本人の間に流布している誤解を正してみた。最後に、保守を自称する日本のオピニオン・リーダーやブロッガーは、もっと大きな視野で世界を論じて欲しい。彼らの多くがアジアの反日感情をこき下ろすだけなのは嘆かわしい。メディアに潜り込んでいる左翼勢力は、もっと大きな問題でこの国の世論を捻じ曲げている。そうした問題で、もっと彼らを批判すべきである。

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2005年6月 5日

アメリカと国連の危険な関係:国連をアメリカの「人質」とせよ!

最近になってアメリカと国連の関係が良くないことはよく知られている。テロとの戦いを前に、アメリカが必要に応じて行動を起こそうにも国連決議が邪魔になって仕方がないという苛立ちは大きな理由の一つである。加えてサダム・フセイン政権への制裁破り、途上国での職員の腐敗など、国連への不信感を増幅するようなスキャンダルも絶えない。そうした国連に嫌悪感を抱くアメリカ市民の中からは、国連をアメリカから締め出そうという主張まで飛び出している。保守だろうがリベラルだろうが、国連を締め出すのはアメリカの国益にはそぐわない。もちろん、こうした意見がアメリカ世論の主流を占めることはないだろう。だがこうした意見が出てくる背景を考えてみる必要はあるだろう。これがジョン・ボルトン国連大使の承認、日本の常任理事国入りにも関わってくるとあれば、日本国民としても無視できない。

ところで国連の意思決定はどのように行なわれているか?ごく基本的な問いだが、安全保障理事会で常任理事国を含む2/3以上の賛成で決議が採択される。そして常任理事国が一ヶ国でも拒否権を行使すれば、議案は否決される。すなわち、重要案件に関する決断が下されるまでに各国、特に大国の間で虚々実々の駆け引きがなされる。これでは中国やロシアの機嫌をうかがわねば迅速な行動がとれない。

そもそもアメリカという国の成り立ちからして住民自治の精神が旺盛で、自国の中央政府でさえ住民達の社会へ過剰な干渉をするのは好まれない。ましてや国連では自分達と対立する国の代表や誰が選んだかわからない国際官僚が自分達の安全を左右するばかりか、左翼系の団体や活動家が強い影響力を振るっている。そのようにリベラル派エリートが支配する国連にグラスルーツの保守派が反感を抱いても一向に不思議ではない。

だが国連をアメリカから締め出してしまうのは、アメリカ自身の国益だけでなく自由世界にとって大きな損失である。どれほど国連が腐敗して役立たずな組織であろうとも、ニューヨークにあればアメリカの「人質」として利用できる。ワシントンに本拠を置くIMFと世界銀行がアメリカの強い影響下にあるのと同様に、国連もアメリカの影響の下に置き続けることができる。アメリカ領内に国連がある限り、極端な場合は中国、ロシアそしてならず者国家に対して盗聴だってできる。何か問題が起きたとしても、捜査するのはアメリカの警察である。事実をもみ消すぐらいはわけない。国連をはじめとした国際機関をアメリカの影響下に置いたことは、アメリカのソフトパワーを強化してきた。

これが国連をジュネーブに移転させるとこうはゆかなくなる。これまでにあった有形無形のアメリカの圧力を感じなくなった国連において、中国やロシアの影響力が増してくる恐れがある。今やアメリカに正面きって力で対抗できる国はない。そうした国々にとって、アメリカが有志連合諸国と起こす行動の正当性を弱めるためには国連を利用するのが格好の手段である。

「帝国アメリカ」を擁護する私にとって、これは見過ごせない。国連がどれほどの問題を抱えるなら、是が非でも国連組織をアメリカや同盟国の利益に沿うように変えてゆけばよい。そもそも国連の設立理念は米英大西洋憲章に基づいており、中国、ロシア、ならず者国家とは相容れない。アメリカや同盟国の方がよほど国連と理念を共有している。間違ってもアメリカ領内より国連を追放すべきではない。

ここで注目されるのは、ジョン・ボルトンの国連大使就任をめぐる議会でのやりとりである。リベラル派から彼への中傷は後を絶たないが、それでも大統領が指名を押し通すのは、強力な指導力を持った国連大使への国民的な期待が高いからであろう。

はて、このような国連で日本は常任理事国入りを狙っている。常任理事国の設置という発想の根底にあるのは、大国による獅子の分け前で国際政治を動かそうというものである。冷戦後の新しい国連では、日本は獅子の分け前を預かるに相応しいとは思う。だが大国として世界の安全保障を乱す相手と容赦なく対決するというリスクを背負う気概はあるだろうか?

最後に念を押しておくと、アメリカからの国連追放という主張はアメリカ世論の主流ではない。だが、そうした意見が一部で支持されるほど、アメリカ国民の間で国連への不信感が広まっている事実は無視できない。

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