フランスの凋落:Marianne, elle a perdue son rôle?
先のEU憲法の国民投票では、フランスの凋落が印象づけられた。これまでは独仏枢軸こそがヨーロッパ統合を推進してきたと思われてきたが、そのフランスで憲法条約が否決された。これでEUでのフランスの影響力の低下は必至である。さらに注目すべきはエリートに対する市民の抵抗という側面である。憲法起草者のバレリー・ジスカールデスタン元フランス大統領やジャック・シラク現フランス大統領といったヨーロッパのトップクラスのエリート官僚がことごとく敗北を喫したのである。これからフランスはヨーロッパでどのような立場に立つのだろうか?
今回の否決には東欧からの安い労働力の流入による失業率の増大や経済不振などがささやかれているが、最も大きな要因はEU自体の性格が変わってきたことにある。発足当初のEECでは歴史や文化の背景が似通った6ヶ国(フランス、ドイツ、イタリア、オランダ、ベルギー、ルクセンブルク)だけが加盟していたが、今や東欧、北欧への拡大してしまった。こうなると独仏枢軸を中心としたヨーロッパ統合というわけにはゆかなくなる。さらにイギリスの有力シンクタンクであるヨーロッパ改革センター(Centre for European Reform)のチャールズ・グラント氏はフォーリン・アフェアーズ5月号に寄稿した”What if the British vote no?”という論文で、今のヨーロッパでは中軸国のフランスやドイツよりも周辺国のイギリス、ポーランド、北欧、バルト海諸国の方が経済が好調なので中軸国の相対的な力が弱まっていると述べている。そのうえに米英が後押しするトルコが加盟するようになれば、もはやキリスト教文化を共通基盤としたEUではなくなってしまう。今回の憲法条約が否決されたことに加えてヨーロッパの力関係の変化と多様化によって、フランスの影響力はさらに低下するであろう。
一般市民、特に日本人の間では独仏枢軸によるヨーロッパ統合が美化され過ぎている。だが実際にはリアリスト的な国益追及が動機であったことを忘れてはならない。歴代のフランス大統領が描いた対ヨーロッパ政策の基本となったのはシャルル・ドゴールの考え方で、ドイツと組んでヨーロッパの主導権を握って米英ソに対抗しようというものである。植民地を失ったフランスにとって、ヨーロッパ統合での主導権は心理的な埋め合わせにもなった。後にイギリスがECに加盟してもこの方針は受け継がれた。歴代のフランスの指導者が抱いた発想は、国家主権に対するブリュッセルの官僚支配を嫌ったマーガレット・サッチャーの考え方と表裏一体をなすものである。実際に1966年の「ルクセンブルクの妥協」では共同体が国家主権を超えた権限を持たぬようにフランスの主張を押し通した。歴代の指導者からしてこうである。となれば、一般のフランス国民が突然に憲法を批准しますかと言われても拒否するのは当然である。統合の理念のために自分達の社会を犠牲にはしたくないものだ。
今後のフランスはどうすべきか?まずフランス自身が時代錯誤な大国意識を捨て去る必要がある。<<L’état, c’est moi.>>(国家それは私である=朕は国家である。ルイ14世の一言)の時代はとっくに過ぎ去った。今や<<L’état, c’est Jaques Chirac.>>(国家、それはジャック・シラクである。)の時代になってしまった。ルイ14世もナポレオンもドゴールもいない。今のフランスにいるのはエリート官僚出身の小粒な指導者ばかりである。しかも往時の国力は備わっていない。戦略核兵器や原子力空母などの大型兵器を保持して何とか大国の面目を保とうとしているが、バルカン半島や中東でのフランス軍の働きに対する評価は低かった。また枢軸のパートナーであるドイツも経済が振るわないとあっては、フランスにとってヨーロッパ統合の推進役は余りにも重過ぎる。
ではどうすべきか?フランスが主導するヨーロッパという考え方は一切捨て去って、より広い大西洋世界に開かれたヨーロッパにすべきであろう。元々、ヨーロッパ統合はアメリカの支持によって推進されていった。後のイギリス加盟も、冷戦後の東欧諸国の加盟もアメリカの支援があってのものだ。トルコの加盟要求もアメリカの後押しを受けている。アメリカは強く安定したヨーロッパをパートナーとしたがっている。このところ、日本では「東アジア共同体」なる構想が語られているが、この事実を銘記したうえで議論すべきである。よってフランスはゴーリスト思考を捨て去って、ヨーロッパを配下に置いたうえでアメリカとは独自の立場を築こうという野望は追求しないことである。そして、「自主路線」の名の下にかつてのサダム・フセインや現在の中国に武器を売却すべきではない。こうした問題のある国への武器輸出がフランスの威信を高めただろうか?
だがフランスからゴーリスト思考を排除するのは難しそうだ。今回の憲法投票でもフランス政府は、条約の否決は「アングロ・サクソンの陰謀」を利すると呼びかけたという。この次にはイギリスでの国民投票が控えていたにもかかわらず。フランスのエリート達はいまだに自国をアングロ・サクソンの世界支配に対するヨーロッパ人の代表とでも思っているのだろうか?こういう考え方が拒否されたなら、フランスの未来も明るい。一般国民の方が健全な意識の持ち主のようだ。
ヨーロッパのボスの代わりに、フランスにはもっとふさわしい役割がある。途上国との南北対話の橋渡し役だ。特にフランス語圏との独自のつながりは他の国にはない強みである。トニー・ブレア英首相がアフリカ支援について提言している。フランスもこの問題ではかなりの役割を果たせるはずだ。アメリカに「対抗」するだけがリーダーシップの発揮ではない。
そしてフランス自身も変わる必要がある。今回の条約否決では、ジスカールデスタンとシラクというENA出身のエリート官僚がそろいもそろって敗北を喫した。これを機に極端なエリート偏重の社会構造を改めるべきではなかろうか?
ここでENA(École Nationale d’Administration=国立行政学院)について若干の説明をしておく。これは上級官吏の養成を目的とした教育機関で、定員はわずか100名という超難関である。ここから輩出されたエリート官僚がフランスの政財界を支配している。東大法学部さえ足元にも及ばない権威を備えている。
今や政治と経済の両面で官僚支配からの脱却は時代の流れである。閉鎖的なエリート社会がいつまでも国民のうえに君臨するようでは、冷戦後の新生ヨーロッパの落伍者になりかねない。新しいタイプの指導者が出ないと、フランスの再生はないだろう。
最後にフランス語は?これはこれからも国の誇りとして良い。故ダイアナ妃がスイスの花嫁学校を卒業したのも、上流階級にふさわしくフランス語を身につけるためであった。アジアの某大国のような見苦しい真似をしない限り、多いに結構!


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