アメリカと国連の危険な関係:国連をアメリカの「人質」とせよ!
最近になってアメリカと国連の関係が良くないことはよく知られている。テロとの戦いを前に、アメリカが必要に応じて行動を起こそうにも国連決議が邪魔になって仕方がないという苛立ちは大きな理由の一つである。加えてサダム・フセイン政権への制裁破り、途上国での職員の腐敗など、国連への不信感を増幅するようなスキャンダルも絶えない。そうした国連に嫌悪感を抱くアメリカ市民の中からは、国連をアメリカから締め出そうという主張まで飛び出している。保守だろうがリベラルだろうが、国連を締め出すのはアメリカの国益にはそぐわない。もちろん、こうした意見がアメリカ世論の主流を占めることはないだろう。だがこうした意見が出てくる背景を考えてみる必要はあるだろう。これがジョン・ボルトン国連大使の承認、日本の常任理事国入りにも関わってくるとあれば、日本国民としても無視できない。
ところで国連の意思決定はどのように行なわれているか?ごく基本的な問いだが、安全保障理事会で常任理事国を含む2/3以上の賛成で決議が採択される。そして常任理事国が一ヶ国でも拒否権を行使すれば、議案は否決される。すなわち、重要案件に関する決断が下されるまでに各国、特に大国の間で虚々実々の駆け引きがなされる。これでは中国やロシアの機嫌をうかがわねば迅速な行動がとれない。
そもそもアメリカという国の成り立ちからして住民自治の精神が旺盛で、自国の中央政府でさえ住民達の社会へ過剰な干渉をするのは好まれない。ましてや国連では自分達と対立する国の代表や誰が選んだかわからない国際官僚が自分達の安全を左右するばかりか、左翼系の団体や活動家が強い影響力を振るっている。そのようにリベラル派エリートが支配する国連にグラスルーツの保守派が反感を抱いても一向に不思議ではない。
だが国連をアメリカから締め出してしまうのは、アメリカ自身の国益だけでなく自由世界にとって大きな損失である。どれほど国連が腐敗して役立たずな組織であろうとも、ニューヨークにあればアメリカの「人質」として利用できる。ワシントンに本拠を置くIMFと世界銀行がアメリカの強い影響下にあるのと同様に、国連もアメリカの影響の下に置き続けることができる。アメリカ領内に国連がある限り、極端な場合は中国、ロシアそしてならず者国家に対して盗聴だってできる。何か問題が起きたとしても、捜査するのはアメリカの警察である。事実をもみ消すぐらいはわけない。国連をはじめとした国際機関をアメリカの影響下に置いたことは、アメリカのソフトパワーを強化してきた。
これが国連をジュネーブに移転させるとこうはゆかなくなる。これまでにあった有形無形のアメリカの圧力を感じなくなった国連において、中国やロシアの影響力が増してくる恐れがある。今やアメリカに正面きって力で対抗できる国はない。そうした国々にとって、アメリカが有志連合諸国と起こす行動の正当性を弱めるためには国連を利用するのが格好の手段である。
「帝国アメリカ」を擁護する私にとって、これは見過ごせない。国連がどれほどの問題を抱えるなら、是が非でも国連組織をアメリカや同盟国の利益に沿うように変えてゆけばよい。そもそも国連の設立理念は米英大西洋憲章に基づいており、中国、ロシア、ならず者国家とは相容れない。アメリカや同盟国の方がよほど国連と理念を共有している。間違ってもアメリカ領内より国連を追放すべきではない。
ここで注目されるのは、ジョン・ボルトンの国連大使就任をめぐる議会でのやりとりである。リベラル派から彼への中傷は後を絶たないが、それでも大統領が指名を押し通すのは、強力な指導力を持った国連大使への国民的な期待が高いからであろう。
はて、このような国連で日本は常任理事国入りを狙っている。常任理事国の設置という発想の根底にあるのは、大国による獅子の分け前で国際政治を動かそうというものである。冷戦後の新しい国連では、日本は獅子の分け前を預かるに相応しいとは思う。だが大国として世界の安全保障を乱す相手と容赦なく対決するというリスクを背負う気概はあるだろうか?
最後に念を押しておくと、アメリカからの国連追放という主張はアメリカ世論の主流ではない。だが、そうした意見が一部で支持されるほど、アメリカ国民の間で国連への不信感が広まっている事実は無視できない。
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» 獅子の分け前(ししのわけまえ:強者が弱者を使うことによって得る成果) [そんなの日本語じゃない]
立花隆さんの記事
にこんな表現がありました。
政治家たちは小泉首相にへばりついて獅子の分け前にあずかるより、自分たちで新しい政権を作る側にまわったほうがより大きな政治的利益(政治家としての自分の未来)がえられることに気がつきはじめたということである。
英... [続きを読む]
舎 亜歴さんへ
TB有難うございます。
国連のことは、よく知りませんが、加盟国が多すぎますよね。もう合議で進めることは事実上不可能では。アメリカが国連の存在価値を認めないのは、そういうところにあるのではないですか。
また日本は常任理事国にこだわる必要はないと思うのですが。舎さんがご指摘のように、どろどろとした国際社会での役割を果たすには、戦後お嬢さん外交でやってきた日本には、無理と思います。
投稿: 流風 | 2005年6月 6日 18:31
加盟国が多過ぎて意思決定が効率的でないのは、その通りです。逆に世界のほとんど全ての国が加盟しているので、国連の決議が正当性を持つともいえます。
国連のあり方には問題がありますが、全世界の国が世界的な政策課題を討議し合う場としての存在意義はあります。
投稿: 舎 亜歴 | 2005年6月 7日 01:10
こんばんは、舎 亜歴さん。
小さな政府が流行っているのに、国連ってお金を湯水のように使うところがありますから、そういう所もアメリカの気に触るんでしょうね。
あと、“世界の警察”を自負してるのに、「世界人口の4%でしかないアメリカが世界のことを決めるべきじゃない」なんて同盟国のドイツにまで言われると、国連体制への不信感もつのるのでしょうね。
日本は国連好きなので、日本に誘致しちゃいましょう…という冗談はさておき、舎 亜歴さんのおっしゃる通り、少なくともここしばらくは、アメリカが国連を手放したりすることはないでしょうね。
投稿: Noir | 2005年6月 7日 22:38
極論も世論ということで、アメリカでの国連追放の声を取り上げました。
まさかの時は日本が国連を誘致する、それくらいの気概はあって良いと思います。国連が日本との関係の悪い国の影響下にあるのは好ましくないうえに、常任理事国入りを目指すならそれくらいは。
投稿: 舎 亜歴 | 2005年6月 8日 00:43
アメリカは国連の使い道をよく心得ていると思います。例えば、各機関に偽の身分証明書を発行させ、対象国に潜入させたり・・・。最近では北朝鮮がその標的になっているようです。しかし、そろそろアメリカも国連を壊しにかかるのではないか、そんな気もします。国連があるのに、NATOもワルシャワ条約機構も解体できないこと自体、無力な存在であることを実証している気がします。
投稿: shouin | 2005年6月 8日 08:25
国連を壊すか否か?いずれにせよ、今の国連は大きな転換期をむかえています。そこにジョン・ボルトンが登場するかは大いに注目したいです。
それにしても日本の政界も言論界も自国の常任理事国入りしか関心がないのでしょうか?気になるところです。
投稿: 舎 亜歴 | 2005年6月 8日 18:15