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2005年8月31日

イラク憲法草案の是非:イスラエルからの視点

イスラエルのミドル・イースト・インフォというシオニストNGOEニュースで、イラクの憲法草案の是非に関するエルサレム・ポストの社説がとりあげられていた。一つは、この憲法によってイラクのどの民族にも自治が約束されたのは素晴しい前進だというものである。もう一つは、この憲法草案では連邦政府の権限が弱すぎて国家の分裂につながりかねないとしている。

ここでイラクの民族・宗教分布についてだが、普段から触れているメディアでは北部にクルド人、中部にスンニ派アラブ人、南部にシーア派アラブ人といった大まかな分類しかされていない。この三派の力のバランスが重要なのは言うまでもないが、この他にもトルクメン人やアッシリア人といった少数民族も重要である。トルクメン人とは中央アジアから南下してきたトルコ系民族である。隣国トルコとの関係もあって、彼らの動きも目が離せない。アッシリア人はかつての大帝国を築いた民族の子孫で、ヨーロッパとは独自のキリスト教を信仰している。イラクのキリスト教徒といえば、人口は少ないながらもサダム・フセインの副首相や外相を歴任したタリク・アジーズのような人物を輩出している。メディアは主要三派の動向ばかりを取り上げるが、少数民族の影響にも注目したいところである。

新憲法草案ではイラクを多民族国家としており、アラブの盟主への野望をあらわにしたサダム・フセイン時代とは全く異なる国に生まれ変わろうとしている。歴史的に見ても、現在のイラクに当たるメソポタミア地域はローマ、ペルシア、アラブをはじめとした様々な民族が衝突を繰り返してきた場所である。バグダッドを首都とするサラセン帝国が崩壊してから1920年代まで、この地域に統一国家は設立されていない。となれば、アラブ国家から多民族国家への移行は理にかなっている。ではこの憲法の下で新生イラクはどうなるのか?以下、エルサレム・ポストから二人の見解を挙げてみる。

830日掲載のThe Region: Opting out of Arabism in Iraqという記事で、国際問題センターのバリー・ルービン上級研究員は民族や宗教の異なるイラク国民にそれぞれの自治を認めた憲法草案を多いに評価している。スンニ派アラブ人はクルド人とシーア派に支配されるという危惧を抱く必要など全くないという。新憲法草案では各民族や宗派の自治が保証されているからである。また、公用語はアラビア語とクルド語とされたものの、トルクメン人やアッシリア人のような少数民族にも自分達の母国語による学校教育が認められたのは特筆すべきである。こうなるとスンニ派の懸念など杞憂としか言いようがない。

ただルービン研究員も二つの問題点を挙げている。まずアラブ諸国ではこれまで少数民族の権利に配慮した連邦制を採用した例は皆無だということである。アラブではどの国も中央集権である。ましてや非アラブ系民族にも対等な自治を認めるという新憲法はあまりにも画期的過ぎる。また王制時代からバース党政権期までイラクで支配的な地位にあったスンニ派アラブ人が新しい現実に適応できるかという問題もある。イラクの人口の20%に過ぎないスンニ派が他の民族や宗派と同じ地位になるのはごく自然なことなのだが、既得権益を奪われることには抵抗を感じるのであろう。

これに対してヘブライ大学のショルモ・アベネリ教授は8月28日に投稿したLong litany of contradictionsという論文で、各民族や宗派の自治権が強過ぎる憲法草案ではイラクという国家が分解してしまう危険を警告している。中でも第116条で「連邦法と地域の法の間で相違が生じた際には地域の法を優先する」としていることで、旧ソ連やユーゴスラビアと同様な崩壊の途を歩むと懸念している。そして在外のイラク大使館に各民族や宗派の代表部まで設けては外交業務にも支障をきたすと言う。さらに石油収入の配分についても第110条で「人口分布を考慮して公平に分配する」としていることから、実質的に石油産出地域を優先して配分されるのではと指摘している。

以上のような期待と懸念を総合すると、スンニ派には新憲法によって自分達が被支配階級に転落する懸念がないことを理解させねばならない。各民族や宗派の自主独立を定めた憲法を受け容れることが彼らにとっても得なのである。石油収入について言えば、これまでスンニ派の特権階級がクルド人やシーア派から搾取してきたのである。むしろ新しい国造りでは石油以外の産業を興す方が理にかなっている。

各民族と宗派の自治を認めた連邦国家は、中東でも新しい試みである。中央政府と地方の関係については修正の余地はあるだろうが、新憲法を成立させて新しい国造りに向かうことが結局は全てのイラク人の利益となる。ただ、憲法が成立するか否かはさておき、しばらくは外国軍の駐留が必要なことにはかわりない。

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2005年8月29日

英米特別関係について注目のサイト

英米特別関係は、世界の自由民主主義の拡大ばかりか平和と安定にも大きく寄与してきた。両国の首脳の名前を挙げるだけでも、その重要性は際立つ。フランクリン・ローズベルトとチャーチル、ケネディとマクミラン、レーガンとサッチャー、そしてブッシュとブレアにまでいたる。世界での民主主義の拡大を望む者なら、彼らの偉業がわかろうというものだ。今後も英米関係が大西洋同盟の中核であることは間違いない。

英米の戦略提携について注目すべきサイトについて述べたい。これから紹介する英米戦略情報審議会(British American Security Information Council1987年に設立された独立の研究機関である。BASICは「世界の安全保障政策の形成と政策優先順位の評価に一役かうとともに、ヨーロッパとアメリカの一般市民が安全保障政策への関心をたかめるように啓蒙活動を行なう」としている。主な研究分野は核兵器、軍事戦略、軍備管理である。こうした問題に関してアメリカとヨーロッパの双方で事情をよく理解したうえでの議論を活性化するために、BASICはロンドンとワシントンに拠点を置くととにもNATO諸国とも緊密な関係を持っている。

現在のBASICには以下のプロジェクトがある。

(1)   核兵器と大量破壊兵器

このプロジェクトでは全世界での核兵器と大量破壊兵器の廃棄を目指している。そのため、世論の関心の喚起とともに軍備管理の透明性を高めるように訴えている。最近はイラン、NPT、ミサイル防衛が重要な課題となっている。また、イギリスがトライデント・ミサイルに代わる戦略核兵器を導入すべきかという議論も取り上げている。テロとの戦いの時代に核抑止力がどれほど有効かは重要な問題である。

(2)   大西洋地域の安全保障

このプロジェクトではヨーロッパでの紛争解決機能の強化のため、国連、OSCE、EU、NATOと緊密な関係を保っている。NATOの拡大も重要な問題である。

(3)   武器輸出

途上国での紛争の多くは小火器や小型兵器が用いられている。こうした兵器の殆どはアメリカとヨーロッパから輸出されている。BASICは武器輸出の規制に向けて行動規範を作り上げようとしている。

大西洋同盟の繁栄は世界の安全保障の要である。英米特別関係は、その中核である。BASICは政府とも民間機関とも緊密な関係を保っている。このサイトは多いに衆目に値する。BASICのブログにも注目すべきである。

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2005年8月24日

日本人への質問:歴史認識って何だ?

このところ日本とアジアの間で何かと問題になる歴史認識であるが、これが完全に一致することなど有り得ない。そもそも各国民にはその国の国民なりの歴史認識がある。どうして中国、韓国、北朝鮮はこうも歴史問題を追及したがるのか?

ちなみに日本とアメリカの間で第二次大戦に関して歴史認識は完全には一致していないが、それが原因で両国民の感情が悪化したり、ましてや外交問題にまで発展するとは考えにくい。原爆の投下について両国民の認識の隔たりは大きいが、だからと言って日本と中国、韓国、北朝鮮の間にあるような感情的な醜い争いにはなっていない。

実際に日本の歴史教科書が彼らが言うようなファシズム賛美の内容であるなら、他の旧連合国をはじめとした国際社会からも厳しく追及されているはずである。彼らの真の意図はどこにあるのだろうか?

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2005年8月15日

終戦60周年の日本:レジーム・チェンジの模範たる自覚を持て!!

今年は何かと第二次大戦と日本という国のあり方に関する報道や議論が盛んである。だが当ブログの7月31日の「日米同盟こそ冷戦後の日本の国体である!」という記事でも述べたように、識者から一般国民にいたるまで個別の問題ばかりにとらわれて日本のあり方について包括的に考えようとしていない。何よりも強調されるべきは、日本にはレジーム・チェンジの模範という特別な役割があるということである。それをしっかり自覚していれば、殆どの問題はいたずらに複雑で重箱の隅をつつくようなものになるはずがない。第二次大戦終了時には現実とのある程度の妥協が必要であったために、レジーム・チェンジが徹底しない部分もあった。一部のファシスト官僚が生き残り、戦前からの政官財関係も消滅はしなかった。経済再建のためにはこれもやむを得なかった。だが冷戦も終結した今、レジーム・チェンジを邁進させるには何の障害もない。

まず国内からは時代の進歩の邪魔になるネオ・ナショナリストや古い利権にしがみつく政財界人に消えていってもらおう。アジアからいつまでも歴史認識などを政治問題化されるのは、日本人にも非がある。すなわち、政治的にも精神的にもレジーム・チェンジしきっていなからである。もう新しい国なのだという自覚があれば、過去のファシズムを賛美するような反論はあり得ない。むしろ、レジーム・チェンジの模範たる日本をしっかり示せば、アジアからの批判にも正しい反論ができる。

本来なら、これから世界各地で起こり得るレジーム・チェンジの先兵として、アメリカの有力な同盟国である日本がどう関わるかを議論していてもおかしくない。北朝鮮、イラン、ミャンマー・・・・などなど世界にはレジーム・チェンジの対象となるべき国は次から次へと出てくる。だからこそ言おう!新しい時代へ突き進む日本に邪魔な者には消えていってもらおう。これこそ、終戦60年にたてるべき誓いである。

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設問:アメリカの介入は是か非か?

これはアメリカ外交、世界秩序、そして何と言っても今話題のレジーム・チェンジを語るうえできわめて重要な問いかけである。どうも世界各国の市民はアメリカの介入について相反する感情を抱いているように思われる。一見するとアメリカと地球市民社会は常に対立しているように思えてしまう。だがこれは違う。アメリカ外交を注意深く見るとわかる。イラク戦争の最中には数多くのいわゆる「グラスルーツ」団体が、サダム・フセインに対するアメリカの攻撃を非難した。だが不思議なことに、こうした団体や活動家はリベリアに対してはアメリカの介入を要請していたのである。さらにビルマ(ミャンマー)での人権侵害をやめさせるために、アメリカの圧力行使まで要請していたのである。普段からこうした団体や活動家は、傲慢、好戦的、誇大妄想という語をきわめてアメリカの介入を非難している。一体何があったのだろうか?

この問題の鍵となるのは、アメリカという国の性質にある。アメリカは共和国であると同時に帝国でもある。共和国としてのアメリカは市民の自由を保障し、旧世界の汚れた権力政治から一線を画している。一方で帝国としてのアメリカは世界の安定と自由秩序を力づくで維持している。現在のアメリカ帝国がビクトリア女王治世下の大英帝国の後継者であることは疑いの余地はない。アメリカは物理的強制力をもって、自由の価値観と世界の安定の拡大への使命を負っている。世界各国の市民はこれに対して愛憎入り混じった感情を抱いている。

閲覧者の貴方はどう思うだろうか?アメリカの介入は是か非か?どんな答えを用意してくれるかな。

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2005年8月 7日

広島、長崎の教訓:ユーラシア的視点を持て!

今年の8・6そして8・9は原爆投下より60周年に当たる。その教訓としてユーラシア的視点の必要性を訴えたい。数々の教訓の中でこれを取り上げるのは、昨今の日本人があまりにもアジアにばかり目を向け過ぎているからである。日本の近くには「北方の巨人」、ロシアが控えていることを忘れてはならない。この国はヨーロッパからアジアにわたって広大な領土を有している。言わば、ロシアを隔てて日本とヨーロッパは「隣り合って」いるのである。

ここでロシアを取り上げたのは、第二次大戦で日本が米英への降伏に当たってソ連に仲介を依頼しようとして失敗したからである。そもそも日本はなぜ、このような非常識な選択を犯してしまったのだろうか?あのヨセフ・スターリンに事態を委ねるなど、まるで詐欺師を信頼するのと同じである。この独裁者がヨーロッパで何をやっていたか?当時の日本の当局者が知らなかったはずがない。知っていながら考慮さえされなかったのはなぜだろうか?結局のところ、当時の日本の指導者達はアジアでの戦争の行方ばかりを気にかけていたからである。ヨーロッパでのスターリンの所業は単なる情報でしかなく、日本の政策にそうした情報を活かそうという気がはじめからなかったのだ。その結果、降伏が遅れてしまい、広島と長崎の原爆投下ばかりか満州と朝鮮からの日本人の引き上げでも多くの惨劇が生じた。

日ソ中立条約を根拠に、日本が米英との仲介を依頼しようとしたスターリンがどのような人物であったか?一言で言うなら、相手の隙を突いて自国の勢力を伸ばすためには手段も何も選ばないような冷酷非情な政治家である。バルト三国もポーランドも、この独裁者によって強引に併合され、ソ連に隷属させられてしまった。また、終戦を目前に控えた時期には英ソ間で東欧とギリシアでの勢力配分をめぐって熾烈な駆け引きがあった。大戦勃発前からのヨーロッパ情勢に常に気を配っていれば、スターリンを信用して良いのかどうかは簡単にわかる。そして、大戦末期の日本、満州、朝鮮はまさにこの強欲な詐欺師の目の前にバルト三国やポーランドにも劣らぬ御馳走としてぶら下がっていたのである。

さらに日ソ中立条約については、ロバート・ケーガン著の”Of Paradise and Power”(邦訳:ネオコンの論理)で述べられているホッブス対カントの議論を念頭に置くべきである。そもそも、この条約を破ったところでソ連を罰することができる者はいない。そんな事態にもかかわらず、日本はカント的な考え方で中立条約の有効性を疑わずにいたのである。だが戦争末期は諸大国が勝者として獅子の分け前を争おうというホッブス的な状況になっている。世界有数の悪徳詐欺師のスターリンならば、あのくらいの条約など破って当然ではないか。

日本は頼ってはならない相手を頼ってしまった。そうなったのはユーラシア全体を見渡そうという視点が欠けていたからである。だがヨーロッパを念頭に置きながらアジアを考えるというユーラシア的視点は日本人に馴染めない発想ではない。日本人が大好きなTV番組の「シルク・ロード・シリーズ」ではこうしたアプローチがとられている。古代においては、インド・ヨーロッパ系の白人がステップを横切ってアルタイ山脈まで移住したほどである。ヨーロッパと日本は思ったより近いのだ。このことはしっかり銘記しよう。過ちは二度と繰り返しませんから。

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