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2005年8月 7日

広島、長崎の教訓:ユーラシア的視点を持て!

今年の8・6そして8・9は原爆投下より60周年に当たる。その教訓としてユーラシア的視点の必要性を訴えたい。数々の教訓の中でこれを取り上げるのは、昨今の日本人があまりにもアジアにばかり目を向け過ぎているからである。日本の近くには「北方の巨人」、ロシアが控えていることを忘れてはならない。この国はヨーロッパからアジアにわたって広大な領土を有している。言わば、ロシアを隔てて日本とヨーロッパは「隣り合って」いるのである。

ここでロシアを取り上げたのは、第二次大戦で日本が米英への降伏に当たってソ連に仲介を依頼しようとして失敗したからである。そもそも日本はなぜ、このような非常識な選択を犯してしまったのだろうか?あのヨセフ・スターリンに事態を委ねるなど、まるで詐欺師を信頼するのと同じである。この独裁者がヨーロッパで何をやっていたか?当時の日本の当局者が知らなかったはずがない。知っていながら考慮さえされなかったのはなぜだろうか?結局のところ、当時の日本の指導者達はアジアでの戦争の行方ばかりを気にかけていたからである。ヨーロッパでのスターリンの所業は単なる情報でしかなく、日本の政策にそうした情報を活かそうという気がはじめからなかったのだ。その結果、降伏が遅れてしまい、広島と長崎の原爆投下ばかりか満州と朝鮮からの日本人の引き上げでも多くの惨劇が生じた。

日ソ中立条約を根拠に、日本が米英との仲介を依頼しようとしたスターリンがどのような人物であったか?一言で言うなら、相手の隙を突いて自国の勢力を伸ばすためには手段も何も選ばないような冷酷非情な政治家である。バルト三国もポーランドも、この独裁者によって強引に併合され、ソ連に隷属させられてしまった。また、終戦を目前に控えた時期には英ソ間で東欧とギリシアでの勢力配分をめぐって熾烈な駆け引きがあった。大戦勃発前からのヨーロッパ情勢に常に気を配っていれば、スターリンを信用して良いのかどうかは簡単にわかる。そして、大戦末期の日本、満州、朝鮮はまさにこの強欲な詐欺師の目の前にバルト三国やポーランドにも劣らぬ御馳走としてぶら下がっていたのである。

さらに日ソ中立条約については、ロバート・ケーガン著の”Of Paradise and Power”(邦訳:ネオコンの論理)で述べられているホッブス対カントの議論を念頭に置くべきである。そもそも、この条約を破ったところでソ連を罰することができる者はいない。そんな事態にもかかわらず、日本はカント的な考え方で中立条約の有効性を疑わずにいたのである。だが戦争末期は諸大国が勝者として獅子の分け前を争おうというホッブス的な状況になっている。世界有数の悪徳詐欺師のスターリンならば、あのくらいの条約など破って当然ではないか。

日本は頼ってはならない相手を頼ってしまった。そうなったのはユーラシア全体を見渡そうという視点が欠けていたからである。だがヨーロッパを念頭に置きながらアジアを考えるというユーラシア的視点は日本人に馴染めない発想ではない。日本人が大好きなTV番組の「シルク・ロード・シリーズ」ではこうしたアプローチがとられている。古代においては、インド・ヨーロッパ系の白人がステップを横切ってアルタイ山脈まで移住したほどである。ヨーロッパと日本は思ったより近いのだ。このことはしっかり銘記しよう。過ちは二度と繰り返しませんから。

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ロシア&ユーラシア」カテゴリの記事

コメント

日ソ中立条約を結んだのは松岡洋右です。松岡は日独伊三国同盟を提携し、さらにソ連とも手を結べば、英米に対応しうると考えました。スターリンと日ソ中立条約の調印を済ませた後、彼の構想では蒋介石と会談し、そしてワシントンへ行ってルーズベルトを加えて三者会談を行おうとしていました。日本は中国大陸から撤兵する、その代わり米中は満州国を承認するというものであったようです。その上で、日中、日米の不可侵条約を結ぼうとしていました。つまり、松岡の構想は、独伊ソと日本が連携することによって、ユーラシア大陸にまたがる一大パワーブロックを形成し、英連邦とアメリカとの開戦を避けようとするものでした。

しかしながら、この三国同盟こそ、アメリカが承認できないものになります。ドイツはポーランドに侵攻し、第二次世界大戦が勃発。さらにドイツはソ連に進行します。アメリカはイギリスの対独戦に参加し、それはすなわち日本とアメリカは敵対関係になるということを意味しました。松岡が行った三国同盟と日ソ中立条約によって、日本は外交的窮地に陥ったようなものです。もちろん、それは松岡洋右の真意ではなかったわけですが。

投稿: 真魚 | 2005年8月 7日 21:59

確かに松岡洋右にはそのような大戦略があったことは知られています。しかしながら、その後の首相や外相は太平洋地域での対米戦しか眼中になかったように思われます。

何よりもドイツが降伏した時点で日ソ中立条約の前提条件が完全に崩れてしまいました。前門の虎を下したソ連にとって、自分が最も労少なくして利の多いタイミングを見計らって日本に宣戦するのに何の躊躇もなかったしょう。スターリンのような信義など一顧だにしない独裁者に対し、日本が見返りに与えられるものは全くなかったわけです。

ヨーロッパでのスターリンの所業から、当時の政府や軍部の指導者はこんなことも思い至らなかったのは残念に思えてなりません。

投稿: 舎 亜歴 | 2005年8月 9日 01:10

舎さん、いつも素晴らしい記事を有難うございます。

日本の外交スキルって日本の缶きりみたいだといつも思ってしまいます。

エネルギーを使って一生懸命、不器用に缶を開けるけど蓋は複雑ギザギザで間違って指を切ったら大変、直りが遅い。

それに比べてアメリカの缶きりはスムーズにあっという間に開いちゃうし、指を切ってもシャープな切り口なので直りが早い。

それでも何故か日本の缶きりに愛着を持って使ってしまうんですよね。

投稿: レア | 2005年8月11日 06:11

缶切りへの比喩なんてユニークでいいです。どうして日本が不器用なのか?国民性?それとも外務省の体質?

どうもこれは簡単に答えは出ないようです。ただ、一つ言えるのは大戦末期の日本の指導者達は国民の犠牲を少なくすることよりも、敗戦後も天皇制を中心とした体制の維持に腐心していたように思えます。

こんなことは器用とか不器用とかいう以前の問題です。あれだけの惨事は多くの過ちの積み重ねによるもの。もちろん、当時の日本政府ばかりは責められません。

投稿: 舎 亜歴 | 2005年8月12日 12:23

はじめまして。自由帝国主義。いいですね。というか、私も以前より主張しています。珍しく、自分と似た政治思想の持ち主を発見した感じです。まあ私は国際政治は専門ではないのでやや自由主義に傾斜しがちですが…。ちょくちょく読みにくることにします。よろしく。

投稿: Hiroii | 2005年8月13日 09:25

どうもコメントありがとうございます。こちらからもそちらのブログを閲覧しに行きます。

投稿: 舎 亜歴 | 2005年8月13日 23:55

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