ロシアの民主化がうまくゆくかどうかはヨーロッパ、アジアそして中東の安全保障にも大きな影響を及ぼすが、最近はこの国に対する注目度は低くなっている。そうした中でアメリカでも有数のシンクタンク、カーネギー国際平和財団のアンダース・アスランド上級研究員が”Putin’s Decline and America’s Response”(プーチン政権の崩壊にアメリカがどう対処すべきか)と題するレポートを書いている。そのレポートによると第二期プーチン政権では中央集権化が進んだために、腐敗がはびこり政情が不安定になっているという。アメリカはロシアの民主化を推し進めるために全力を尽くすとともに、政情如何を問わず大量破壊兵器の不拡散やエネルギー資源開発といった共通の利害に関わる問題では両国の協調関係を推し進めるべきだと主張している。
アメリカには多くの有力シンクタンクがあり、そうしたシンクタンクが政治にも大きな影響力を振るっているのはよく知られている。その中でもカーネギー国際平和財団はモスクワに研究センターを設置して現地の研究スタッフを抱えているように、ロシアとの関係は深い。そうした事情からも、このレポートは非情に興味深い。
このレポートで注目すべき問題は、第一期(2000~2004年)には民主化と資本主義化を推し進めていったプーチン政権が第二期(2004~2008年)に入って権力集中化に走ったことと並行して外交政策にも良からぬ影響が出ているということである。実際に西側との関係も悪化するとともに、ウクライナの大統領選挙への干渉にも見られたように旧ソ連諸国には高圧的な態度で臨むようになってきている。アスランド上級研究員が記しているように、第一期プーチン政権の下でロシアの経済成長は年間7~8%と好調であった。法の支配も徹底させるなど、近代国家に向けた改革も順調であった。それでもプーチンは、エリツィン政権期に台頭した新興寡占資本家の政治的影響力を抑えるためとチェチェン紛争に対処するためには権力集中によって自分の政権を安定させねばならないと考えるようになった。このレポートに記されているように、プーチン政権は旧KGBを権力基盤としている。彼らにとって新興資本の政治的影響力の増大、イスラム系テロ活動の活発化、隣国ウクライナの民主化は座視できるものではない。まず手始めに2003年10月に新興財閥ユーコス石油のミハイル・コドルコフスキー社長を逮捕した。これ以後は新興財閥が政治に口出しを控えるようになってしまった。その後のロシアの内政と外交では権威主義化とナショナリスト化が進んでいったのは周知である。
こうしてプーチン大統領一人に権力が集中するようになって、政局はさらに不安定になっている。まず、議会や地方自治体の権限が弱められてしまったために中央政府の権力に歯止めをかけられる存在がなくなってしまった。KGB人脈ばかりが大統領を取り巻くようになると、腐敗も進行して政府の流す情報も信用されなくなってくる。反対勢力を一掃したプーチン政権にとって最大の脅威は、政権の権力基盤であるKGB人脈そのものであるという。政情悪化を見るに見かねてしまえば、かつてゴルバチョフに対して軍が行なったようにクーデターもあり得る。プーチンはKGBでは中佐に過ぎなかった。彼より高位にあった者がプーチンに敬意を抱くだろうか?またポーランドの「連帯」運動のように民衆が権力に対して立ち上がる可能性もある。このレポートではこのような懸念を論じているが、いずれにせよ由々しき事態である。
こうした事態にアメリカはどのように対処すべきであろうか?アスランド上級研究員は次のような提言をしている。
・ アメリカからの民間選挙監視団の派遣。ロシアの民主化を阻害してきたのは不正選挙であり、この監視団を受け容れるか否かでロシア側はアメリカが行なう民主化に協力的かどうかわかる。
その他、選挙監視について諸々の提言をしているが、ここでは割愛する。そして以下の提言にも触れておきたい。
・ セルビア、グルジア、ベラルーシ、ウクライナの例から見ても、旧ソ連・東欧地域では権威主義体制への民衆の抵抗で最も有効な手段は学生運動である。
ウクライナのようにプーチンが旧ソ連諸国の独裁政権を支援するようなら、アメリカは民主化抵抗運動を強力に後押しすべきであると主張している。ロシアが旧ソ連諸国を支配しようとしても、もはやそれだけの力はない相手をアメリカが恐れる必要はないと言う。確かにウクライナではフリーダム・ハウスをはじめとしたアメリカのNGOが学生運動による民主化を支援して成功したやり方はあまりにも見事であった。
その一方で、このレポートでは米露の共通利益が損なわれてはならないと主張している。大量破壊兵器の不拡散は両国にとって重要な課題である。ロシアを西側主導の国際経済体制に取り込んで、エネルギー開発でも西側とロシアの協調を進めるように主張している。
果たしてロシアに民主化を強く要求しながら両国の共通利益を追求するという離れ業は可能なのか?これについてアスランド上級研究員は、次のG8で議長国を務めるロシアは西側の要求する改革を推進してゆかざるを得ないと述べている。
注目すべきはタイトルにもあるようにアスランド上級研究員は元スウェーデンの外交官ということである。すなわちここでの主張はアメリカやイギリスの立場だけを反映しているのではない。アメリカを中心とした民主化の推進という考え方は、大陸ヨーロッパでも受け容れられていると見るべきである。日本人もこうした考え方の普及に乗り遅れてはならない。
民主化が進んだロシアからはプーチンを取り巻くKGB人脈は国営企業から一掃され、西側にとってもエネルギー開発がやりやすくなる。また最近になって問題になったように中国との軍事協力を進めてアメリカを牽制しようともしなくなるだろう。旧ソ連諸国への新帝国主義外交に見られるような、力の外交が影を潜めるからである。北方の巨人、ロシアの行方はヨーロッパにもアジアにも中東にも大きな影響を及ぼす。
そうした意味でも、このレポートには注目すべきである。
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