米・インド間にイラン問題の影
前回の「インドとアメリカの戦略的パートナーシップ」という記事では、インド・イラン間の天然ガス・パイプラインと米印間の戦略提携について述べた。ブッシュ大統領は7月にワシントンを訪れたインドのマンモハン・シン首相に対して、インドが核保有国の道を歩むことを認めた。9月の国連首脳会議の際に二国間の会談を行なった両首脳はイラン問題について話し合った。アメリカはイランへの核拡散を防ぐために、インドがイランとのパイプライン建設を中止するよう圧力をかけた。インドがアメリカとイランの狭間で態度がゆれる中で、アメリカはインドが最終的にイランより西側につくかどうかを試している(“Iran Issue Strains India’s Tie to US”, September 14, International Herald Tribune / New York Times)。
前回も述べたように、インドがグローバルな大国にのし上がってゆくためにはアメリカとの緊密な関係が重要である。また、テロとの戦いでインドはイスラム過激派というアメリカと共通の敵をかかえている。他方でイランもインドにとって重要な国である。人口の増大と経済成長によってインドのエネルギー資源需要は急増している。インド・イラン間のパイプライン建設は、将来にわたってこうした需要をまかなうための国家的プロジェクトである。またインドにとってイランはアフガニスタンや中央アジアに通じる道でもある。インドはイランとの軍事協力を進めながら、この地域への足場を築こうとしている。さらにインドは世界第二位のシーア派人口を抱えている。そうしたインドにとって、イランとの対立は避けたいところである。
アメリカ政府の情報機関が今年の1月に行なった推定では、イランの核開発には10年を要するという。だがブッシュ政権にも大きな影響力を及ぼしているネオコンのシンクタンク「新世紀アメリカのプロジェクト」のゲーリー・シュミット上級研究員は、アメリカと同盟国にとってイランは要注意だと主張している。イランが核開発の野心を捨て去ったわけではない。またイランの核開発についての正確な情報は入手が難しい。エルサレム・ポストはイスラエル情報筋の話として、イランは2012年までに核兵器を保有すると見られ、2008年にも核兵器製造能力を得ると伝えている。さらにブッシュ政権が先制攻撃戦略を採用した理由も思い出すべきだと言う。アメリカや同盟国がどのようなタイミングで攻撃を受けるかは、相手が国家であれテロ集団であれ誰も予測できない。イランについては現体制がどのような性質なのか、どのような戦略的意図があるのかあまりよくわかっていない。そのためイランの行動はますます予測しにくくなっている。そうした事情からシュミット氏は国際社会がイランに対する警戒を怠らず、危険な計画の資金源となるようなことは慎むべきだと主張している。
イラン問題の解決にはアメリカとEU3(イギリス、フランス、ドイツ)がロシア、中国、インドにもイランへの核拡散を防ぐ取り組みに関与するよう要求する必要がある。イランとは地理的に近いインドの役割はかなりなものとなろう。石油価格の高騰はイランのテロ支援や核開発に追い風となっている。インドとのパイプラインの建設が進めば、イランの現体制にはさらなる追い風となろう。
アメリカは7月の首脳会議でインドの平和的核利用への支援に同意した。現在のところ、原子力はインドのエネルギー生産高の2.7%に過ぎない。アメリカがインドの平和的核利用での支援を拡大すれば、イランからのパイプラインの穴を充分に補える。パイプライン計画は中止しないまでも、9月の国連総会でシン首相はイランを批判する票を投じた。これはアメリカにとってインドが頼れるパートナーかどうかを判断するうえでは重要な試金石であった。問題はインドの自尊心である。ヒンドゥーやタイムズ・オブ・インディアといった主要紙では、英国から独立してから非同盟諸国のリーダーであったインドがアメリカの意を受けた票を投じたことを嘆いている。インドはロシアや中国とは緯線を画し、アメリカとEU3の側につくことを明確に示したのである。
このことはイランとのエネルギー資源開発プロジェクトに取り組んでいる他の国にも重大なメッセージとなった。日本は現在、イラン西部のアザガデンで石油開発合弁事業を行なっている。欧米とイランの対決において、これが日本にとって三度目の失敗とならねばと願っている。最初の失敗は1952年にモハマド・モサデグ首相がアングロ・イラニアン石油会社の国有化に踏み切った時である。日本は急進左派政権から石油を輸入したことでイギリスとアメリカの怒りをかった。幸運にもモサデグは追放され、シャーが復権した。二度目はテヘランのアメリカ大使館人質事件でアメリカとイランが対立した際に、日本が三井物産による石油開発プロジェクトを継続した時である。またイランと西側が対決するようになれば、今回は三度目の失敗となるのだろうか?「三振!」だけはごめんである。
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コメント
コメント・ありがとうございました。
お説は妥当なもので、諒解いたしました。
”舎 亜歴”さまの知識・情報収集力はもちろん、分析力も他を圧するものがあります。
私も日本の国家戦略を考える上で参考にさせていただきますので、今後ともよろしくお付き合いのほどお願い申し上げます。
投稿: 紫藤ムサシ | 2005年10月22日 18:42
こちらこそありがとうございます。紫藤ムサシさんの得意な科学的分析を楽しみにしています。
投稿: 舎 亜歴 | 2005年10月22日 20:36
舎 亜歴さん、TBありがとうございます。
不安の弧と言うかアジアの安定は遠そうですね。
豊富な知識感服します、小生もその地域について意見を記しています。
http://geru2.cocolog-nifty.com/geru2/2005/09/post_1032.html
よろしければご意見ください。
投稿: げるげる | 2005年10月29日 19:59
どうもありがとうございます。
今後も折りに触れてげるげるさんのブログを閲覧しにゆきます。
投稿: 舎 亜歴 | 2005年11月 1日 23:02