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2005年11月27日

アメリカのイラク開戦をめぐる賛否を振り返る

イラク戦争の是非をめぐってアメリカの世論は割れてしまったが、アメリカの有力な言論人でイラクの脅威を軽く見た者はいない。このことについては党利党略もイデオロギーも関係ない。イラクで起こることについてブッシュ政権が何もかも悪いかのように言うのは不公平である。今やこの戦争に反対を唱えている者も開戦当時は賛成していたのだ。

ここであるブログと論文を引用したい。まず、私がよく閲覧するポリティカル・イェン・ヤンというブログにある“Did Bush Lie?”という記事よりイラク開戦前の政策過程を簡単に振り返りたい。さらにカーネギー国際平和財団のロバート・ケーガン上級研究員がワシントン・ポストに投稿した論文に触れる。このブログと論文を読めば、たとえアルバート・ゴア氏が大統領に選出されていたとしてもアメリカがイラクを相手に開戦したと考えるようになるであろう。

まずポリティカル・イェン・ヤンのブログ記事にもあるように、イラク攻撃の計画を最初に立てたのはクリントン政権である。議会下院はイラク解放法案を1998年に通過した。そしてこの法案に署名してほどなく、ビル・クリントン大統領は対イラク開戦に向けて準備を始めた。レジーム・チェンジが議論されたのはクリントン政権であり、アーマッド・チャラビ氏が指導するイラク国民会議も同政権から支援を受けていた。

こうした経緯を振り返れば、ブッシュ政権のイラク政策はクリントン政権の政策から継続したものであることがわかる。ではイラク戦争をめぐってアメリカの世論がこれほど分裂しているのはなぜだろうか?これについてはロバート・ケーガン氏の寄稿が何らかのヒントを与えてくれる。ケーガン氏はベストセラーにもなった「ネオコンの論理」(原題Of Paradise and Power)の著者としても有名なネオコンの論客である。また、ウィリアム・クリストル氏とともにブッシュ政権に大きな影響を与えているシンクタンクである「新世紀アメリカのプロジェクト」の設立者として名を連ねている。

この論文からクリントン政権期からのイラク問題の推移がわかる。1997年にサダム・フセインが国連の査察を妨害したのを機にイラクの危機が深刻化し、戦争勃発の瀬戸際までいった。クリントン大統領は大量破壊兵器の貯蔵が疑われる地点を爆撃したが、それでもサダムは湾岸地域の支配と大量破壊兵器保有の野望を捨てなかった。そのような重大な危険を目の前にしたクリントン政権は、サダム・フセインを権力の座から引きずり降ろしてイラクを民主化しようと考えるようになった。リベラル派から保守派、そしてネオコンにいたるまでサダム・フセイン政権の打倒が広く支持されるようになった。

安全保障の専門家の中にはイラク攻撃に慎重な意見を表明する者もいた。同じくカーネギー国際平和財団のジョセフ・シリンシオーネ上級研究員は、アメリカがイラク攻撃に踏み切る前に国連の最終査察結果をよく吟味すべきだと主張していた。ブルッキングス研究所のマイケル・オハンロン上級研究員も同様の主張を述べた。だが注意すべきは、こうした慎重派であってもイラクの脅威を深刻に受けとめており、早くそうした脅威は取り除かれるべきだと考えていたということである。シリンシオーネ氏の研究グループは戦争よりリスクの少ない「強制」査察という方法まで考案し、武装査察団がイラク国内にある全ての疑惑の施設を検査すべきだと主張した。これからもわかるように、イデオロギーや対イラク開戦への賛否がどうあろうとも、専門家の間ではサダム・フセインの態度が深刻な脅威と映っていた。

イラク論争の性質をおかしくしたのは左翼系のプロ市民である。左翼の活動家はアメリカが好戦的で、石油利権に動かされていると非難した。さらに彼らデマゴーグはアメリカが無慈悲な殺戮者でサダム体制下のイラクが被害者に過ぎないかのようなプロパガンダを広めて扇動していた。こうしたデマは問題から的外れなのだが、不思議なことにマスコミにはこうした考え方が大きな影響を与えた。これに対して日本の福田康雄官房長官は「まるでフセインが正義でブッシュが悪者みたいじゃないか」と怒りをあらわにした。福田氏の言う通りである。左翼のプロ市民は問題の焦点を中東の安全保障から違うものに摩り替えてしまった。

左翼はイラク問題で本当に議論すべき問題を捻じ曲げてしまった。彼らによって理性のある議論は感情むき出しの激昂に変わってしまった。プロ市民の反米スローガンによって多国籍軍の信頼を損ない、テロリストが利益を得るようになった。彼らがどのように扇動を行なっているかは、いつか別の記事で書いてみたい。

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2005年11月19日

英米同盟と日米同盟:ウィルソン・センターでの会合を振り返る

去る1116日にジョージ・W・ブッシュ米国大統領と小泉純一郎首相は京都で会談した。両首脳は日米関係の緊密化を再確認した。だがこれをもって小泉首相がアメリカの頼れる同盟者となったとは思えない。戦後の歴代首相がそうであったように、小泉首相も”no pain, no gain”(労なくして益無し)の態度をとり続けているからである。首相はいつも口にするように「日本は日本にできることをする」という消極的な態度を変えてはいない。これでは、従来の古い平和主義とは何も変わらない。これをよく理解するために、ウッドロー・ウィルソン・センターで開催された「イギリスがアメリカとヨーロッパの間で果たす役割」についての会合を振り返りたい。英米特別関係から日本が学ぶことは多いにある。

先にワシントンを訪れた際に、11月7日にウッドロー・ウィルソン・センターのイベントに参加した。同じ時期に開催されていたカーネギー国際平和財団の大量破壊兵器不拡散国際会議と違って、こちらは小じんまりとしたものであった。参加者は20人ほどであったろうか。ウィルソン・センターのスタッフの他には学生らしき参加者がいた。その内の一人はジョージ・ワシントン大学のヨーロッパ史の教授であった。

ゲスト・スピーカーに招かれたのは、英国ノッティンガム大学のアレックス・ダンチェフ教授であった。ダンチェフ教授はブレア政権の外交には批判的な立場から講演した。ブレア首相の政策はアメリカの政策に深入りしすぎだと述べていた。また、冷戦終結によってドイツ問題が解決したので、英米同盟の性質も変化せざるを得ないと指摘した。

トニー・ブレア首相には批判的ではあったが、ダンチェフ教授は英米特別関係についてきわめて重要な点を述べた。アメリカの政権がどのようなイデオロギーに基づいていようとも、両国の特別関係はイギリス外交の要である。以下の目標によってイギリスの重要な国益を守ろうとしている。

(1)       他の国とは隔絶した存在となる

英米特別関係によってイギリスはアメリカにとって他の国とは比べものにならないほど重要な同盟国となる。よく言われるように、アメリカのローマに対してギリシアの役割を果たすのである。

(2)       アメリカの力を活用する

アメリカとの緊密な関係によって、ヨーロッパでも世界規模でもイギリスの立場を強化する。

(3)       アメリカの政策形成に影響を及ぼす

ローマに対するアテネのように、イギリスが世界の運営に関してアメリカの相談役になる。

(4)       ヨーロッパとアメリカの仲介役となる

イギリスはアメリカに対してヨーロッパの声を代弁すべきである。また米欧間の政策にギャップが生じた際には調整役となる。

そうした理由からイギリスはアメリカとの緊密な関係を維持し続けている。冷戦が終結した現在、ダンチェフ教授はこうした戦略に疑問を投げかけている。だがアメリカ人の参加者からダンチェフ教授に向けられた質問は印象に残るものだった。アメリカ人の間でのブレア人気は高く、リベラル派から保守派まで支持されている。リベラル派はニュー・レイバーの経済政策を賞賛し、保守派からはアメリカの最も頼れる同盟者と見られている。また「新しいヨーロッパ」ではブレア首相は自由民主主義と市場経済の象徴として人気を誇っている。

確かにイギリスはアメリカの同盟国として他の国とは一線を画す存在である。特にグラスルーツのアメリカ国民の間ではそうである。アメリカのブログでは星条旗とユニオン・ジャックが並べてあるものが多い。また、私は「サンキュー・トニー・ドット・コム」と題する興味深いサイトを見かけた。これはブレア首相に対してイラク戦争での対米協力に感謝の手紙を送ろうというサイトである。私自身もこのサイトを通じて、ブレア首相宛ての感謝の手紙を3回送信している。善かれ悪しかれイギリスは他の追随を許さぬほど重要なアメリカの同盟国である。英国にとってこれは特別な強みである。

ひるがえって見ると、小泉首相には日米関係の強化に当たって上記のような明確な目標があるのだろうか?私の知る限り、歴代の日本の総理大臣、外務大臣、そして外務官僚にはこれほどの明確な目的意識はない。これでは「サンキュー・純・ドット・コム」がないのは当然である。

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2005年11月12日

ワシントン会議の報告:全米人気ラジオ番組にも「出演」

長らくご無沙汰していました。先の記事にも記したように、去る11月7日と8日にワシントンの国際貿易センター、通称ロナルド・レーガン・ビルにてカーネギー国際平和財団の大量破壊兵器拡散防止プロジェクトが主催する定例国際会議に出席しました。この会議は18ケ月おきに開かれ、カーネギー国際平和財団でも異例の大規模なものです。先の記事にも挙げたように大物ゲストが世界の核拡散の現状について講演を行なうのですが、ここに招待される参加者の顔ぶれも凄いもので、政府、メディア、ワシントンの有力シンクタンク、在米大使館、NGOなどの人達が世界各国から集まってきました。テーマごとに開かれるパネルでは、講演者と質問者が同じレベルで議論を交わす様子はすさまじいものです。というのも、招かれた参加者の多くは講演者にも劣らぬ専門家が揃っているからです。

この会議の先頭を切って講演を行なったのは、今年のノーベル平和賞受賞者となったモハメド・エルバラダイIAEA事務局長でした。エルバラダイ事務局長の講演で印象に残ったのは核兵器の拡散防止に最も現実的な対策をとるということで、そのためにはNPT(核拡散防止条約)にはこだわらないという点でした。エルバラダイ事務局長といえばイラクをめぐってブッシュ政権と何かと対立した印象が強かったのですが、インドに対するブッシュ政権の現実的対応を好意的に評価していたのは驚きでした。

またサムエル・ボドマン現エネルギー長官はブッシュ政権の核拡散防止政策について、ロシアとの協調を中心に述べていました。特に旧ソ連諸国からロシアへの高濃縮ウランやプルトニウムの運び出しとそうした核燃料の平和利用への転換での米露協調を述べていました。プーチン政権の権威主義化でアメリカとロシアの関係は必ずしも良好とは言えません。それでも核不拡散という共通の目標に向かって国際協調の道を歩むブッシュ政権を単独行動主義と批判するのはいかがなものでしょうか?

何と言っても今回のワシントン滞在で私にとって最大の場は、NPR(National Public Radio)の人気番組のトーク・オブ・ザ・ネーションに登場してしまったことです。この番組は様々な時事問題をゲストと一般聴衆が語り合うもので、日本でもAFN(米軍放送)のラジオで聴けます。当日8日の生放送では核兵器についての現在の情勢や歴史について司会者のニール・コナン氏がゲストを交えて語り合っていました。この日はカーネギー核不拡散会議の会場からの生放送ということで、一般聴衆だけでなく会場の専門家にもゲストに質問してもらおうという企画でした。NPRのスタッフからは会場を盛り上げる拍手の他に、あまり専門的なものに走らず一般聴衆にもわかりやすい質問にして下さいとの要請がありました。NPRが用意した紙に質問内容と氏名を書き、スタッフの選考を通過した者がゲスト・スピーカーに質問できるというやり方がとられました。

そうした要請を受けて核の歴史のコーナーに私が出した質問が採用され、マイクの前に進んでゲストに質問することになりました。内容は「朝鮮戦争とベトナム戦争でアメリカが核使用に踏み切らなかったのはなぜですか?」というものです。朝鮮戦争についてはユージン・E・ハビガー退役将軍が「使用しても効果に疑問があったと答えてくれました。ベトナム戦争については、ケネディ政権に入閣していたロバート・マクナマラ元国防長官が「使用に踏み切れば中国の介入を招く恐れがあり、アメリカが大量殺戮の汚名をかぶる懸念があった」と答えてくれました。

今回のカーネギー大量破壊兵器不拡散会議、そしてウッドロー・ウィルソン・センターの会議については今後の記事でも書いてゆきたいと思います。まずは、報告まで。

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2005年11月 1日

ワシントン国際会議参加

この度、11月7日及び8日にかけて開かれるワシントンでの国際会議に参加することになりました。一つはカーネギー国際平和財団の大量破壊兵器不拡散プロジェクトが主催する大型の会議で、世界の大量破壊兵器の現状について影響力のあるゲストを迎えて講演や討論が行なわれます。大量破壊兵器不拡散プロジェクトはカーネギー平和財団の中心となるプロジェクトで、このイベントは同財団が主催する他のものに比べて桁外れに大規模です。

主なゲストは以下の通りです。

モハメド・エルバラダイ国際原子力機関事務局長

サムエル・ボドマン米エネルギー長官

ウィリアム・ペリー元米国防長官

サム・ナン元米上院議員(民主党)

リチャード・ルーガー米上院議員(共和党)、上院外交委員長

ブッシュ現政権のエネルギー長官とクリントン前政権の国防長官の「呉越同舟」をはじめ、見どころが多いです。この他にもハビエル・ソラナEU委員長の側近や駐米エジプト大使といった内外からのゲストも加わります。出席者にはワシントンのシンクタンクや政府、メディアなどの関係者が多いのですが、NGOの他に学生も多く参加しています。

特にイランと北朝鮮の核兵器の問題はかなり白熱しそうです。

大量破壊兵器の不拡散は今やアメリカ外交の重要な課題です。当ブログでも折りに触れて核兵器についての記事を投稿してきました。そうした意味でも、東京に戻ってからこの会議の報告記事を投稿するのは有意義だと思われます。余裕があれば、滞在先ホテルの共有パソコンからでも生の記事が書ければとも思っていますが、そこまでできるかどうかはわかりません。

もう一つはウッドロー・ウィルソン・センターが主催する会議で、英国ノッティンガム大学のアレックス・ダンチェフ教授を迎えてアメリカとヨーロッパの橋渡し役となるイギリス外交をテーマにしています。ウッドロー・ウィルソン・センターは1968年に議会の承認を得て設立されたシンクタンクで、ホワイトハウスの目の前にあります。英米特別関係と大西洋同盟も当ブログの重要な課題です。こちらの方も良い報告ができればと思います。

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