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2005年12月23日

靖国神社:鎮魂の社か、悪魔の神殿か?

靖国神社への参拝については賛否両論があるが、多くの人がこの神社がどのようなところかわからないままに感情に任せて議論しているのではないかと思える。そこで、本日22日に靖国神社を実際に「探検」してみることにした。そして、靖国神社の何が良くて何が悪いのかを考えてみることにしたい。

実は、私は靖国神社に対して過激派ナショナリストの聖地というイメージしか抱いていなかった。そのため、どこの国から批判の声が挙がるか否かにかかわらず参拝は断固反対という立場であった。今日の訪問をへても政治家の参拝には反対であり、私個人も参拝の意志はない。それはこの神社の思想が民主化されたはずの日本とは相容れないからである。だがこれまではこの神社の何が悪いのか、そして国のために戦った戦死者への敬意はどのように払うべきかということについては深く考えてこなかった。ただし、中国や韓国のために参拝をやめるべきだとは思っているわけではない。

やはり靖国神社が何者かをよく知らないといけないと考えるようになったのは、以前から親しくしている「深夜のニュース」の真魚さん「ニッポンを生きる!」のkakuさんというブロガーの議論を読んでからである。両人とも個人として積極的に靖国へ参拝しているが、過激派ナショナリズムに走るような人物ではない。真魚さんはリベラル派の立場から過激派ナショナリズムを支持するかのような首相参拝には反対しているが、個人として戦没者に哀悼の意を示すための参拝には積極的である。一方でkakuさんの方は靖国戦没者の遺族ということもあって、国のために戦った人々への敬意を示すためには国家の指導者たるものは参拝すべきだと考えている。また、中国と韓国が靖国問題を政治的に利用して日本の言動の手足を縛ろうとしているのではという警戒の念を抱いている。こうした彼女の発想は、日本の極右勢力よりも米国ペンタゴンに近い。実際に、神社付属の博物館である遊就館で見られる軍国賛美を思わせる展示内容には違和感を持ったという。

この神社がどのような思想を抱いているかを知ろうと、まず遊就館に入ると古代からの日本の歴史に関する展示物を目にした。この辺りではまだ内容も素朴なもので、天皇制ファシズムを感じさせるものはない。それほど「悪名高い」神社でもないじゃないかと拍子抜けしていた。ただ、後から考えてみると天皇と武士道を強調する内容が多かったことには疑問が沸いてくる。これだけが日本の歴史ではないからである。

やはり過激派ナショナリズムの亡霊が顔をのぞかせたかと思ったのは、開国のコーナーに差しかかってからであった。この辺りから神国日本への礼賛・弁護のトーンが高まる。まず以下のような気になる表現があった。欧米列強のアジア植民地化を「侵蝕」と表記していたが、後に日本自身も植民地帝国の仲間入りするので、こうした表現は不適切なばかりか植民地化された歴史を盾に被害者意識を振りかざす中国や韓国を利するだけである。またペリー来航を機にした開国も遊就館が言うように「武力に屈した」のではなく、日本が自ら鎖国政策では国が立ち行かないと理解したためである。こうした矛盾や誤りがあるのは、天皇を担ぎ出して神国史観を飢え付けようという靖国神社の体質によるものであろう。

その後、明治の近代化に関する展示は特に問題はない。意欲に溢れた当時の日本を感じられるので、観る者は勇気づけられる。だが日露戦争に関する映像を観て空恐ろしく思った。ここから急激に狂信的愛国モードが高まってきたからである。映像では日露戦争の開戦をめぐって、満州や朝鮮に進出してくるロシアに対して日本が「我慢にもほどあって」開戦したなどと言っていた。これ以上のロシアの進出が日本への脅威となり、事態を座視できないから開戦したのではないだろうか?およそ一国の安全保障政策を「我慢しかねて」決定するなどあってはならない。このように感情的な愛国主義を煽り立てるような表現が随所に目立った。その一方で投降した敵に対する日本軍の「武士道精神に基づいた寛容さ」を大々的に訴えていたが、武士道精神とは無縁の外国軍でもこうした寛容さを持ち合わせているものだ。

それから第一次大戦をへて第二次大戦のコーナーへ進む。ここでは南京大虐殺を正当化する展示物があると言われていたが、それらしきものは見なかった。あるいは私が見落としたのか?それよりも気になるのは大東亜共栄圏を大々的に礼賛する展示内容である。これは日露戦争の展示にも見られたが、日本の勝利がいかに白人支配からのアジアの解放につながったかをこれでもかと言わんばかりに強調していた。実際には日本は西欧列強と同様に植民地帝国であり、東南アジアへ進出していったのは現地民の解放ではなく日本に必要な天然資源の確保が目的であった。このことは当の遊就館の展示に記してある通りである。大東亜共栄圏のアジア観に私がどれだけ違和感を感じるかは、過去ログの「文明の衝突:日本vsアジア」あるいは「特定アジア?奇妙な造語」でも述べている。確かに日本の躍進は非西欧諸国を勇気づけた。ただ、日本に倣って富国強兵を行なった国でもトルコやイランが手本としたのは、アジアの日本ではなく西欧列強に仲間入りした日本である。このことを見落とすと、第二次大戦の過ちを繰り返すことになる。

最後に目を惹いたのは、東京裁判のコーナーでのラダ・ビノート・パール判事に関する展示である。パール判事は東京裁判の不当性を訴えており、彼の主張は日本のナショナリスト、それも過激派から穏健派にいたるまでの精神的な拠り所となっている。だが不思議なことに、靖国神社が世界に向けて最も訴えかけたいであろうパール判事の主張は日本語の説明文があるだけで英語版はなかった。翻訳をそろえられなかったのだろうか?それとも、東京裁判への不満の意を全世界に知らしめてwar shrineという非難が一層強まることを避けようとしたのか?これは不可解である。

以上より、この神社の思想のどこが問題なのだろうか。靖国の根本的な理念は幕末の尊王攘夷思想であろう。だからこそ天皇と武士道精神のつながりを強調していると思われる。だが天皇は公家の棟梁であるから武士道精神など不要である。日露戦争をはじめ、列強に対する日本の勝利を華々しく取り上げるのも攘夷思想によるものと私は見る。尊王攘夷とともに、国家の威信を重視しているのも特徴である。アジアの盟主意識を高らかに謳いあげているのは、こうした考え方が背景にあると見てよい。こうした盟主意識には中国がアレルギーなのは容易に予期できることで、戦犯の扱いや南京虐殺の記述をどのようにしても事態は変わらない。

最後に、記興味深いブックレットを紹介しておこう。「首相の靖国神社参拝は当然です!」(明成社)というもので、薄い冊子だが靖国神社の主張がよくまとめられている。そこでは以下の気になる記述がある。

 

日本軍としても捕虜に対する出来得る限りの配慮を払っている。・・・・一方、イギリス軍による捕虜の待遇は過酷で・・・・アメリカ軍兵士は捕虜を取るのを面倒がり・・・(p.9下段)

マッカーサーは・・・腹いせにありもしない「残虐行為」を並べ立てて山下大将を絞首刑にしたんだ。しかし山下対象は立派だった。・・・・理不尽な仕打ちに・・・・従容として刑場に向かわれた。(p. 44漫画)

攘夷精神の発露なのか、アメリカやイギリスをはじめとする連合国への怒りの念収まらずという態度がうかがえる。靖国神社は戦後のレジーム・チェンジを否定するつもりなのだろうか?一方で、中国と韓国の執拗な反日政策をバッサリと斬って捨てている姿勢には多いに共感を抱く。ともかくこのブックレットはお薦めである。ただし、読んでも洗脳されぬよう。

以上よりレジーム・チェンジを経た日本と靖国神社は相容れない存在であり、首相が参拝すべき場所ではない。だが戦没者への敬意は払わねばならない。そこが難題である。いずれにせよ、参拝の賛否をめぐって感情的になってはならない。この神社の何が良いのか悪いのか?そこをはっきりさせたうえで、神社にもレジーム・チェンジをしてもらおう。

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2005年12月15日

独米ブログ祭に参加

去る12月11日にアトランティック・レビューとジョージ・M・ローパー氏が主催する独米ブログ・カーニバルに参加しました。アトランティック・レビューはドイツのフルブライト奨学生が3人で設立したブログで、米独間の相互理解の進展を目的としています。このブログでは米欧関係を幅広く取り扱っていて、外交、防衛から経済、アメリカ政治、そしてイラン問題までトピックに取り上げられています。ローパー氏はドイツ育ちのアメリカ人で、テキサス・パンパシフィック大学でカウンセラーを務めています。ローパー氏は自分のブログでアメリカ政治の様々な問題を保守の観点から論じています。

このブログ・カーニバルには21人のブロガーが招かれましたが、アメリカとヨーロッパ以外からの参加者は私だけのようです。私が投稿したのは“Bush Foreign Policy: Improving with Europe, Straining with Asia”と題する記事で、日本語版の先号「米、対欧改善も中韓とは緊張」という記事を土台にしています。ただ、独米関係に比重を移しており、「新しいヨーロッパ」出身のメルケル首相によって米欧関係に新たな展開が期待できるのに対し、「新しいアジア」が不在の東方では米亜関係の改善はままならないと述べました。そして、ド・ゴールとアデナウアーのヨーロッパは過去のものだと記しています。

参加者の間で話題になっているのは、冷戦後の新しい米欧関係とイラク戦争が米独関係に及ぼした影響についてです。参加者はこうした問題を様々な側面や観点から述べています。詳しくはCarnival of German American Relationsを参照して下さい。このカーニバルは世界の平和と反映の要とも言うべき米欧関係についての理解を深める良い機会です。

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2005年12月 4日

米、対欧改善も中韓とは緊張

今月8日から9日にかけてブリュッセルでNATO外相会談が開催される。先に釜山で開催されたAPECを機にブッシュ大統領が中国、韓国と行なった会談ではアメリカと両国の間の意見に食い違いが目立ったが、米欧関係は修復されつつあるようだ。

最近になってイラク戦争を機に米欧関係冷却化が目立つようになったが、ここに来て情勢は変わってきている。これまでのヨーロッパはコンラッド・アデナウアー独首相とシャルル・ドゴール仏大統領が築いた独仏枢軸が指導力を発揮するものと思われてきた。こうしたヨーロッパ像はEEC設立時の6ヶ国だけなら通用したが、現在のように「新しいヨーロッパ」にまでEUが拡大してしまっては時代遅れである。そうした事情を反映してか、ここに来てアメリカとヨーロッパの関係が改善に向かいつつある。

まずドイツでゲルハルド・シュレーダー前首相に代わってアンジェラ・メルケル首相が就任した。これによってドイツ外交の重心は独仏枢軸より対米同盟に移るであろう。またフランスもアラブ系住民の暴動によって、対テロ戦争でアメリカとの協調関係を強める必要に迫られるようになった。そのためかR・ニコラス・バーンズ米国務次官はアメリカとヨーロッパの間ではイラクをめぐる対立は終わったと述べている。今年に入って、ドイツもフランスもイラクの安定と民主化が自分達の国益につながると考えるようになってきたとバーンズ国務次官は言う。政権が交代したドイツは言うまでもないが、国連安全保障理事会でアメリカのイラク攻撃にあれだけ激しく抵抗したフランスさえもアメリカと共同でシリアを牽制するようになった。

米欧関係の亀裂は修復されつつあるが、NATO外相会議を前に今後はどのように事態が動くであろうか。その中でも注目すべきはドイツの新政権であろう。メディアはメルケル首相が女性であることを大々的に報道しているようだが、もっと重要なことがある。それは新首相が旧東ドイツという「新しいヨーロッパ」の出身で、外交政策がド・ゴール=アデナウアー以来の独仏枢軸を中心としたヨーロッパから対米協調重視へと方向転換されるということである。メルケル政権の外交政策についてはヘンリー・キッシンジャー元米国務長官が1122日のインターナショナル・ヘラルド・トリビューンに”A New Generation in Germany”という興味深い論文を投稿している。その中でも注目すべきは共産主義の圧政の下で青年期を過ごしたメルケル首相にとって大西洋同盟は希望の星であり、ヨーロッパ統合の強化はアメリカとの関係をさらに強くするものと映っている。この点は戦後復興の達成を背景に1968年のデモでアメリカからの自立を訴えた旧西ドイツの指導者層とは全く異なる。メルケル新首相にとって欧州統合とは「休日をフランスで過ごしてもブルガリアで過ごしても同じような気持ちでいられること」である。この一言からも、もはやド・ゴールとアデナウアーのヨーロッパは過去のものとなりつつあることがわかる。

ヨーロッパとは対照的にアメリカの対アジア外交は難題を抱えている。ブッシュ大統領は先のAPECを機に日本、中国、韓国と首脳会談を行なった。日本との会談はきわめて友好的だったが、中国と韓国を相手に持たれた首脳会談は緊張に満ちたものだった。アメリカはどのような東アジア外交をしてゆくのだろうか?

その中でも中国は急激な軍事力拡大や周辺諸国との領土紛争などもあって、東アジアの安全保障の不安要因となっている。一方で巨大市場の開拓や対テロ戦争や北朝鮮の核問題ではアメリカも日本も中国との協調が必要となっている。そうした事情からニューヨーク・タイムズは1119日(インターナショナル・ヘラルド・トリビューンでは22日)の社説では日本とインドとの関係を強化して中国に対処しようとするブッシュ政権を冷戦さながらの封じ込め政策だとの懸念を述べている。だが日米同盟と中国は、人権、台湾、東シナ海の安全保障をめぐって対立している。単純な対決路線はとるべきではないが、こうした危険な国の台頭は黙って見過ごすべきではない。日米両国にとって中国は対立と協調の相手である。

保守派のシンクタンクとして有名なアメリカン・エンタープライズ研究所(AEI)のダン・ブルメンソール訪問研究員とトマス・ドネリー訪問研究員は1127日のワシントン・ポストへの投稿でニューヨーク・タイムズの社説に反論し、日本は世界の民主化では重要な同盟国であり、中国を牽制するうえで日本との関係強化を強く主張している。またブルメンソール訪問研究員はクリス・グリフィン助手との共同論文で、日本が国際政治の場でもっと実力を発揮したいという考え方には理解を示しながらも歴代首相の靖国神社参拝には懸念を述べている。やはり靖国が第二次世界大戦での日本軍の非行を正当化しているのは問題である。私の目からも、今の日本の一般世論には危険なものが多い。大東亜共栄圏を白人支配からのアジア解放だと言ったり、東京裁判に異を唱えたり、戦後の民主主義教育を否定したりといった具合である。

このような不安を突いたのか、ブルッキングス研究所のジン・フアン上級研究員は日本でナショナリズムが高まっているのは、自国が不景気なのに対して中国経済が躍進していることへの焦りと疎外感のためだと言う。彼は中国人として我田引水の発言をしているという疑いは晴れない。いずれにせよ、日本はアメリカの同盟国として世界とアジアでどのような政策を追求するのかを理解していかねばならない。さもないとリベラル派はもちろん、日本に理解ある態度を示す保守派からも信頼を得られなくなる。

ヨーロッパはアメリカと共通の価値観と安全保障観を有しているので、イラクでの対立を乗り越えてゆけるだろう。それに対してアジア、特に中国と韓国には対立や世界観の不一致を抱えながら、協調もしてゆかねばならない。アジア人として民族意識の高まった両国に対してアメリカも日本も自分達の死活的国益と理念に関しては妥協してはならない。対立と協調のバランスはうまくとらねばならない。

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