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2005年12月23日

靖国神社:鎮魂の社か、悪魔の神殿か?

靖国神社への参拝については賛否両論があるが、多くの人がこの神社がどのようなところかわからないままに感情に任せて議論しているのではないかと思える。そこで、本日22日に靖国神社を実際に「探検」してみることにした。そして、靖国神社の何が良くて何が悪いのかを考えてみることにしたい。

実は、私は靖国神社に対して過激派ナショナリストの聖地というイメージしか抱いていなかった。そのため、どこの国から批判の声が挙がるか否かにかかわらず参拝は断固反対という立場であった。今日の訪問をへても政治家の参拝には反対であり、私個人も参拝の意志はない。それはこの神社の思想が民主化されたはずの日本とは相容れないからである。だがこれまではこの神社の何が悪いのか、そして国のために戦った戦死者への敬意はどのように払うべきかということについては深く考えてこなかった。ただし、中国や韓国のために参拝をやめるべきだとは思っているわけではない。

やはり靖国神社が何者かをよく知らないといけないと考えるようになったのは、以前から親しくしている「深夜のニュース」の真魚さん「ニッポンを生きる!」のkakuさんというブロガーの議論を読んでからである。両人とも個人として積極的に靖国へ参拝しているが、過激派ナショナリズムに走るような人物ではない。真魚さんはリベラル派の立場から過激派ナショナリズムを支持するかのような首相参拝には反対しているが、個人として戦没者に哀悼の意を示すための参拝には積極的である。一方でkakuさんの方は靖国戦没者の遺族ということもあって、国のために戦った人々への敬意を示すためには国家の指導者たるものは参拝すべきだと考えている。また、中国と韓国が靖国問題を政治的に利用して日本の言動の手足を縛ろうとしているのではという警戒の念を抱いている。こうした彼女の発想は、日本の極右勢力よりも米国ペンタゴンに近い。実際に、神社付属の博物館である遊就館で見られる軍国賛美を思わせる展示内容には違和感を持ったという。

この神社がどのような思想を抱いているかを知ろうと、まず遊就館に入ると古代からの日本の歴史に関する展示物を目にした。この辺りではまだ内容も素朴なもので、天皇制ファシズムを感じさせるものはない。それほど「悪名高い」神社でもないじゃないかと拍子抜けしていた。ただ、後から考えてみると天皇と武士道を強調する内容が多かったことには疑問が沸いてくる。これだけが日本の歴史ではないからである。

やはり過激派ナショナリズムの亡霊が顔をのぞかせたかと思ったのは、開国のコーナーに差しかかってからであった。この辺りから神国日本への礼賛・弁護のトーンが高まる。まず以下のような気になる表現があった。欧米列強のアジア植民地化を「侵蝕」と表記していたが、後に日本自身も植民地帝国の仲間入りするので、こうした表現は不適切なばかりか植民地化された歴史を盾に被害者意識を振りかざす中国や韓国を利するだけである。またペリー来航を機にした開国も遊就館が言うように「武力に屈した」のではなく、日本が自ら鎖国政策では国が立ち行かないと理解したためである。こうした矛盾や誤りがあるのは、天皇を担ぎ出して神国史観を飢え付けようという靖国神社の体質によるものであろう。

その後、明治の近代化に関する展示は特に問題はない。意欲に溢れた当時の日本を感じられるので、観る者は勇気づけられる。だが日露戦争に関する映像を観て空恐ろしく思った。ここから急激に狂信的愛国モードが高まってきたからである。映像では日露戦争の開戦をめぐって、満州や朝鮮に進出してくるロシアに対して日本が「我慢にもほどあって」開戦したなどと言っていた。これ以上のロシアの進出が日本への脅威となり、事態を座視できないから開戦したのではないだろうか?およそ一国の安全保障政策を「我慢しかねて」決定するなどあってはならない。このように感情的な愛国主義を煽り立てるような表現が随所に目立った。その一方で投降した敵に対する日本軍の「武士道精神に基づいた寛容さ」を大々的に訴えていたが、武士道精神とは無縁の外国軍でもこうした寛容さを持ち合わせているものだ。

それから第一次大戦をへて第二次大戦のコーナーへ進む。ここでは南京大虐殺を正当化する展示物があると言われていたが、それらしきものは見なかった。あるいは私が見落としたのか?それよりも気になるのは大東亜共栄圏を大々的に礼賛する展示内容である。これは日露戦争の展示にも見られたが、日本の勝利がいかに白人支配からのアジアの解放につながったかをこれでもかと言わんばかりに強調していた。実際には日本は西欧列強と同様に植民地帝国であり、東南アジアへ進出していったのは現地民の解放ではなく日本に必要な天然資源の確保が目的であった。このことは当の遊就館の展示に記してある通りである。大東亜共栄圏のアジア観に私がどれだけ違和感を感じるかは、過去ログの「文明の衝突:日本vsアジア」あるいは「特定アジア?奇妙な造語」でも述べている。確かに日本の躍進は非西欧諸国を勇気づけた。ただ、日本に倣って富国強兵を行なった国でもトルコやイランが手本としたのは、アジアの日本ではなく西欧列強に仲間入りした日本である。このことを見落とすと、第二次大戦の過ちを繰り返すことになる。

最後に目を惹いたのは、東京裁判のコーナーでのラダ・ビノート・パール判事に関する展示である。パール判事は東京裁判の不当性を訴えており、彼の主張は日本のナショナリスト、それも過激派から穏健派にいたるまでの精神的な拠り所となっている。だが不思議なことに、靖国神社が世界に向けて最も訴えかけたいであろうパール判事の主張は日本語の説明文があるだけで英語版はなかった。翻訳をそろえられなかったのだろうか?それとも、東京裁判への不満の意を全世界に知らしめてwar shrineという非難が一層強まることを避けようとしたのか?これは不可解である。

以上より、この神社の思想のどこが問題なのだろうか。靖国の根本的な理念は幕末の尊王攘夷思想であろう。だからこそ天皇と武士道精神のつながりを強調していると思われる。だが天皇は公家の棟梁であるから武士道精神など不要である。日露戦争をはじめ、列強に対する日本の勝利を華々しく取り上げるのも攘夷思想によるものと私は見る。尊王攘夷とともに、国家の威信を重視しているのも特徴である。アジアの盟主意識を高らかに謳いあげているのは、こうした考え方が背景にあると見てよい。こうした盟主意識には中国がアレルギーなのは容易に予期できることで、戦犯の扱いや南京虐殺の記述をどのようにしても事態は変わらない。

最後に、記興味深いブックレットを紹介しておこう。「首相の靖国神社参拝は当然です!」(明成社)というもので、薄い冊子だが靖国神社の主張がよくまとめられている。そこでは以下の気になる記述がある。

 

日本軍としても捕虜に対する出来得る限りの配慮を払っている。・・・・一方、イギリス軍による捕虜の待遇は過酷で・・・・アメリカ軍兵士は捕虜を取るのを面倒がり・・・(p.9下段)

マッカーサーは・・・腹いせにありもしない「残虐行為」を並べ立てて山下大将を絞首刑にしたんだ。しかし山下対象は立派だった。・・・・理不尽な仕打ちに・・・・従容として刑場に向かわれた。(p. 44漫画)

攘夷精神の発露なのか、アメリカやイギリスをはじめとする連合国への怒りの念収まらずという態度がうかがえる。靖国神社は戦後のレジーム・チェンジを否定するつもりなのだろうか?一方で、中国と韓国の執拗な反日政策をバッサリと斬って捨てている姿勢には多いに共感を抱く。ともかくこのブックレットはお薦めである。ただし、読んでも洗脳されぬよう。

以上よりレジーム・チェンジを経た日本と靖国神社は相容れない存在であり、首相が参拝すべき場所ではない。だが戦没者への敬意は払わねばならない。そこが難題である。いずれにせよ、参拝の賛否をめぐって感情的になってはならない。この神社の何が良いのか悪いのか?そこをはっきりさせたうえで、神社にもレジーム・チェンジをしてもらおう。

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日米同盟と国際的リーダーシップ」カテゴリの記事

コメント

TBありがとうございます。
これは国内問題だと私は思っているので、行きたくない人は行かなければいい。
外交問題から外して、静かな地に戻してあげるにはどうしたらいいのか。

投稿: らんらん | 2005年12月23日 19:55

基本的にはそうです。中国や韓国に口出しされるゆわれはありません。他方、日本人自身がこの神社のあり方を問い直す必要はあると思います。

投稿: 舎 亜歴 | 2005年12月25日 00:24

 トラックバックを頂戴したので伺いました。お久しぶりです。頂戴したコメントについて私のブログにも返事を書かせていただきましたが、保守の方であっても感情的にならず冷静に分析しておられることに勉強させていただきました。

投稿: アッテンボロー | 2005年12月25日 00:41

TBありがとうございます。
何かと議論の多い遊就館ですが、これは結局は歴史観の問題ですね。靖国の起源から考えてその根幹は当然薩長史観です。帝国陸軍海軍は薩長の流れを汲んでいるわけですから、大東亜戦争に関しても、何かしら変な記述になってしまうのでしょう。一方で、遊就館にも人間として素晴らしいと思えるようなものはあるわけであり、要するに完全に満足できる歴史観なんていうものは存在しないということだと思います。
私も遊就館の歴史観に全面的に賛成するというわけにはいきませんが(正直、鬼畜米英を色濃く残す怨念めいた史観には反対だし、もののふの道に反すると思っています)問題はあっても、やはり靖国はそういうものを超えて慰霊の地として定着しているのだと認識しています。もちろん、遊就館に象徴される歴史観を穏当なものに改めていただければ、それにこしたことはありません。

投稿: 猫研究員。 | 2005年12月25日 10:02

アッテンボローさん、

私もネトウヨにはうんざりしています。ただ、彼らは本物の右翼というよりは何かの憂さ晴らしをしているようですが。

猫研究員さん、

この記事では靖国神社のネガティブな側面を中心に論じましたが、遊就館にもよいところは当然あります。何よりも、当時の人達がどのような目線で世界をとらえていたかが「体験」できます。まさに、タイムマシーンで戦中に戻ったような感覚ですが、他のどの博物館でも味わえない感覚です。

靖国神社の歴史観について是非はともかく、小冊子やパール判事の展示に英語版がないのは残念です。やはり、日本語では世界に主張が届きません。「言いたいことがあるなら言ってみろ」という観点から、英語版も充実させた方が良いと思います。

投稿: 舎 亜歴 | 2005年12月28日 17:37

舎さん、

私のブログでのコメントの続きです。

宗教団体としては、靖国神社は(公式には)平成日本でのいち宗教法人団体にすぎません。16世紀の叡山や本願寺のような巨大な政治的かつ軍事的な抵抗勢力ではありません。そのいち宗教法人にすぎない靖国神社が、なにゆえ今日の日本でかくも騒がれているのか、ということです。必要なことは、靖国神社を平成日本のナショナル・アイデンティティのシンボルとするのか、それともたんなる歴史的な史跡と捉えるのかということではないかと思います。私の立場は後者です。靖国神社は、昭和の歴史を考える上での重要な場所のひとつであり、それ以上、それ以下でもありません。乃木坂にある乃木邸や横須賀にある戦艦三笠と同じです。しかし、戦没者や遺族の方々にとっては宗教的な聖地であるわけですから、その聖地は聖地として尊ぶべきだと思います。ただ、それもあと20年か30年ぐらいなのではないでしょうか。あの戦争を知る人々がいなくなれば、聖地としての靖国神社の意味もなくなるのではないでしょうか。戦前、政府は日本各地に英霊を祭る神社として護国神社を置きましたが、戦後、護国神社は寂れる一方です。その存在すら知らない人が多い。靖国神社はあそこまではならないでしょうが、今のような衆目を集める場にはならないのではないかと思います。

私の考えでは、靖国神社は変わる必要はありません。あれは、ああいう神社なんです。もともと、明治政府が九段に作った鎮魂の神社であったものを、昭和の大日本帝国が作り替えた国家神道の神社なんです。大日本帝国は滅びましたが、その残像がまだ残っているようなものです。しかし、それもやがて時と共に消え去ると思います。変わらなくてはならないのは、我々の方です。舎さんの言葉をお借りすれば、我々日本人の、戦後日本のレジームでの日本のナショナル・アイデンティティが明確になっていないため、アジア諸国は日本をいまだ信用できないのです。

投稿: 真魚 | 2006年1月 5日 13:34

舎さん、本年もどうぞよろしくお願いいたします。

さて、拙文を取り上げていただき恐縮です。年末の舎さんのこの文章を読まずに、偶然にも本日靖国関連の記事を書きましたので、宜しければご一読願います。

靖国については、舎さんでも真魚さんでも、私との最大の相違点は、私は靖国を祀られる側の視点に立ち見つめる、と言うことではないかと思います。

舎さんらに限らず多くの知識人たちが、諸外国との関連を意識しつつ、神社側の過去の思想や現在のあり方について「まず」論ずるのは何故でしょうか。

自身の記事にも書きましたが、私は厳密な意味で英霊の遺族ですが、現在の日本国民は精神的にはすべからく英霊の遺族である、と思っています。真魚さんのコメントを拝見すると「靖国は“遺族”の聖地」と何か特殊枠かのように押しやられてしまっているようですが、別の言い方をすれば、英霊は現在の日本人に等しく敬われるべき礎、であります。

であるならば、守られるべきは靖国が「英霊が敬われる場」たらんと言うことでありますから、偶然にも?私の結論は、国家の礎となった人々を敬うことを目的として「この神社の何が良いのか悪いのか?そこをはっきりさせたうえで、神社にもレジーム・チェンジを」どの様にしたら行えるか、と言うことにオチます。

投稿: kaku | 2006年1月 6日 20:53

真魚さん、

歴史的な史跡ですか?確かに遊就館に入るとタイムマシーンで過去に逆上ったような感覚になります。「我慢しかねて」の日露開戦にしても、当時の日本のメディアや一般国民の感情があのようなものだったという事実を実体験できます。

ただ、靖国神社はあまりにも政治的な存在になってしまいました。戦争を知っているか否かにかかわらず、そこでの参拝が中国や韓国に対して屈しないという政治姿勢を示す儀式にまでなってしまいました。過激派から穏健派までナショナリストにとって、靖国神社とは大日本帝国をしのびながらナショナル・アイデンティティを確認する場になっています。

こうした現状を打破するためにも神社のレジーム・チェンジができないものかと思っています。

戦後の日本のレジームについては、日本人が自ら明確にはしていないのはご指摘通りです。民主主義は中途半端、西側かアジアか日本独自の外交かについても国民的な合意ができていません。

それにしても靖国神社は私的な組織なのか、公的な組織なのか、曖昧です。公的な組織であれば、政治のリーダーシップによって日本人が自ら神社をレジーム・チェンジできそうです。私的組織なら、いかに望ましくても政治の干渉は難しいところです。

で、ありながらも靖国神社から政治を拭い去れないという現実、ただの一宗教法人として安穏に戦死者を祀れる場にするのは何かの行動が必要だと思います。

投稿: 舎 亜歴 | 2006年1月 8日 21:55

kakuさん、

この記事にも記してある通り、真魚さんとkakuさんの議論を読むまでは靖国神社をファシズムの神殿とだけ見てきました。批判や問題はあるものの、鎮魂の社としての側面にも気をつけねばと思うようになったのはそれからです。そう言えば、robitaさんのブログで中国人観光客が靖国神社にいたという記事で「実際に行かずに批判するだけよりもずっと良い」などどコメントされていたので、「これは私のことかな?」と思い、実際に靖国神社を訪れてwar shrineとは何者かを見極めようと考えるようになりました。

>現在の日本国民は精神的にはすべからく英霊の遺族である、と思っています。真魚さんのコメントを拝見すると「靖国は“遺族”の聖地」と何か特殊枠かのように押しやられてしまっているようですが、別の言い方をすれば、英霊は現在の日本人に等しく敬われるべき礎

本来はそれが望ましいのでしょうが、あまりにも靖国神社は政治化されてしまいました。中国や韓国が日本を抑えつける口実にしているのもさることながら、日本側も靖国神社参拝を中韓の圧力に屈しないという政治的ゼスチャーに利用してきました。

それでも現状で靖国参拝から政治色を拭い去ろうというなら、遊就館に展示された思想と英霊の追悼は全く無関係だと説得力のある理論武装が必要と思えます。

先の小泉首相の参拝では政治家のVIP席ではなく一般参賀という形式でした。政治色をできるだけ抑えたのは評価できます。それでも多くの政治家が「大日本帝国の残像」たる靖国神社を政治利用し、増殖するネトウヨたちがそれを狂喜している事実は見逃せません。

そうした意味でも、真魚さんのブログで私がコメントしたように、かつての延暦寺や本願寺を意識させてしまうところがあります。もちろん、靖国神社が武装しているわけではありませんが。

投稿: 舎 亜歴 | 2006年1月 8日 22:34

舎さん、

私は、靖国神社が政治化するのはあまり問題ではない、と思っています。政争の具となるのはダメですが、政治化すると言うことは、ある程度、世論の影響を受ける、と言うことですから。

私の以前の記事に先日追記したのですが、靖国神社の最大の問題点は、一部の変な集団の力を借りていること、ではないかと思います。逆に言えば、普通の遺族の支持を得られていない、ことでしょうか。

私の親族は、神社側の生き残る為の節操の無さに不快感をあらわにしているのですが、私個人は、神社側もそうまでしなければ生き残って来れぬほど、戦後の日本で特殊扱いされてきたのだろうと少し、同情の気持ちを持っています。

靖国が本当の意味で「弔いの場」となるのは、これから、で良いのだと思います。いや、そうするのが現代の私たちのシゴト、ですかね。

投稿: kaku | 2006年1月 9日 17:33

追伸 

>「これは私のことかな?」と思い

舎さん、行かれたこと無かったのですか、知りませんでした・・・ってか、ダメじゃないですかぁ(^^)

でも、それだけ「靖国アレルギー」が国民にあった時代が続いた、と言うことですね。あの戦争を生き抜いた人たちにとっては、「やすくに」から想記させられる全てが、苦痛だったのでしょう。私は、現代の日本社会にその傷の後遺症をそこここに見受けられるようにいつも感じています。でも、そろそろいいでしょう、とも・・・

投稿: kaku | 2006年1月 9日 20:22

kakuさん、

二度もコメントいただきながら、返事が遅れて申し訳ありません。

これまで靖国に行ったことがなかったのは確かですが、東京の有名スポットでも他に私が行っていないところは数多くあります。アレルギーというより、近年になって靖国問題がこれまで以上に大きくなったので神社を訪問することにしました。良かれ悪しかれ、今ほど靖国神社が国民の関心を集めることはありませんでした。多くの日本人や外国人と同様に、私もただ無条件に靖国を"war shrine"と見てきました。

ともかく「世界一有名な神社」とあって、遊就館では白人の訪問者も多く見かけました。参拝までは至らなかったものの、中庭も散策しましたし、相撲の土俵も見ました。

>靖国神社の最大の問題点は、一部の変な集団の力を借りていること、ではないかと思います。逆に言えば、普通の遺族の支持を得られていない、ことでしょうか。

これについては、神社側も国民の神社として透明性を高めて欲しいとしか言えません。それほど、この神社を一朝一夕には理解しきれるものではないと感じています。

最後に護国神社ですが、こちらの方は軍国神社とは思われていません。それどころか、私の郷里である広島では「ただの」最も有名な神社に過ぎません。真魚さんが言われるようにさびれてもいません。何せ、広島城や広島市民球場に近く、小学生などの遠足の場でもあります。交通の便は最高に良い場所にあります。知事や市長が護国神社を参拝したとメディアが騒ぐことは全くありませんし、実際に私自身が何度も参拝したことがあります。

後に護国神社を靖国の地方神社と知っても、ここに軍国賛美をうかがわせるものはないうえに、そうした扱いをする人は皆無です。

真魚さんのコメント通りなら、靖国神社もやがてこうなるのでしょうか?

投稿: 舎 亜歴 | 2006年1月10日 13:02

コメント有難うございます。

朝日新聞が靖国というものを政治問題化しだしたところに大きな間違いがあるのです。
ただ静かにさせておけば、自然と一般の神社のようになったものだと思いますが、外交問題化させたために、中朝による外交カ-ドとなり、又、神社側でも、当然その存在感を表に出さざるをえないになった。

日本人の本質である土着信仰。
自然と共生するという意識による、祖霊祭祀に明治以降の国家形成の犠牲者として、英霊という、たたりを逃れる意識が靖国にはあるのではないのでしょうか。
日本人の神道と仏教への無意識なよりどころを中朝が触れてカ-どかしたことに対しての反発が、戦前の戦争賛美展示などにもあるのだと思います。
大東亜戦争の原因は、欧米からの植民地支配を受けるアジアで、日本もひとつ間違えれば植民地化される。であるならば、帝国主義に走らざるを得なかった維新政府の富国強兵策のための『招魂神社』から、政治化された『靖国神社』があったのではないのか、と思っております。

投稿: hide | 2006年1月17日 08:13

返事が遅れて申し訳ありません。中国、韓国、北朝鮮が靖国を外交カードにするやり方には私も同意できません。

ただ、日本側も靖国参拝で中国や韓国に断固とした姿勢を示そうというやり方は考え直した方が良いと思います。参拝によって中国の脅威を封じ込められるわけではありません。靖国の神様にそんな力はありません。対抗手段ならもっと実効力のある手段の方が良いです。

いずれにせよ、靖国神社の現状が新しい時代に適合するかどうかは日本人自身が考えてゆくことです。戦後レジーム・チェンジを経た日本にふさわしくないところは日本人の手で改めるのが最善です。もちろん、土着信仰には敬意を払ったうえで。

投稿: 舎 亜歴 | 2006年1月21日 01:01

TBと御丁寧なコメントを有り難うございます。靖国神社の成り立ちと来し方に関する、地に足の着いた御見識に感服しました。

これから度々お邪魔させて下さい。

投稿: 大滝三千夫 | 2006年1月23日 12:23

どうもありがとうございます。今後も宜しくお願いします。

投稿: 舎 亜歴 | 2006年1月24日 21:31

トラバどうも。
長文に対し、失礼な意見を書きますが、決して、あなたの意見を否定するものではありません。
僕は信教の自由、憲法が絶対的であると考えます。
(当然、神格化し、思考停止することは認めませんが。)

これは思想の自由という戦時中に奪われていたものを許していることであり、現代であるから得られる財産であると思います。
誰かが誰かに疑問を持つことは、この自由が許されているから、許されているといえます。
僕は武士道精神だとか、英霊であるとか、逆に戦犯であるからと否定することなどに、深い関心はありません。
知識が無いことが一番の原因です。
参拝もしていないし、しません。
軍国主義化すれば、思想も憲法も無いと思います。
「靖国が原因で、再び軍国主義の道をたどる」論は非現実的であると思います。
批判する理由のための理由ではないかと。

他人の思想は絶対否定しきれないと考えていることは、理念として持っています。
そのために、小泉が参拝することに不満や批判があってもよいが、政治家が分祀するなどして靖国を破壊することを認める気にはなりません。
逆に、「自分が賛成であるから、小泉は行くべきである」ということにも納得できません。

信仰が持たれ、批判され・・・・
この状態で悪くない。いえ、これで一番良いと思うのです。

投稿: ハト♂ | 2006年3月 7日 19:20

ハト♂さん、

返事が遅れて申し訳ありません。個人の思想、信仰であれば誰もとやかく言う必要はありません。

ただ靖国の場合、半ば公的な慰霊機関となっているうえに、参拝する政治家達があたかも遊就館思想の賛同するかのような言動をとるのは問題だと思います。

もちろん、中国や韓国に「屈して」参拝をやめるのではなく、日本人自身が靖国は戦後レジーム・チェンジに適合するか判断すべきものです。

投稿: 舎 亜歴 | 2006年3月11日 10:37

 はじめまして、こんばんわ。趣味としている夜のネットサーフィンの途中に、貴ブログに会いました。
 『コメントを書く』という部分を見つけました。「このページを見て、何か思ったことがあるなら書いていいよ」という趣旨なのだろうと思いましたので、コメントを書かせていただきます。

 まず、ブログの記述の三段落目までは、田原総一郎ばりに「この人はこんな思想、だからこの物事についてはこうだ」というトーンじゃなかったですか?人間や事象に、過激派ナショナリズムであるとか、リベラルであるとかいったタイトル貼りをして話をするという姿勢には、少なからず不快感を感じます。
 というのも、戦前の石原莞爾のような人もいれば、戦後の日米安保否定派のような人もいるわけですから。あなたがどう思うか分かりませんが、いわゆる進歩的文化人とやらの感覚では、前者が過激派ナショナリストで、後者がリベラルの立場になるんでしょ?ちなみにあなたは『私は靖国神社に対して過激派ナショナリストの聖地というイメージしか抱いていなかった。そのため、どこの国から批判の声が挙がるか否かにかかわらず参拝は断固反対という立場であった。』と書いておられますがね。
 四段目からの記述は、どうにも読むのが大変でした。一段上から世間を見下してる気分の軽度ネトサヨの靖国見学レポートと言ったところでしょうか。見方が偏りがちなんじゃないですか?ある一定の思想をベースにした「探検」だったんじゃないでしょうかね。
 『天皇と武士道を強調する内容が多かった』というのは、靖国神社では当たり前じゃないんでしょうか?大日本「帝」国に「武」をもって仕えて戦死した人たちを祭る神社ですよ?
 それに、あなたの周囲には、天皇と武士道が日本の歴史の全てだ、なんて思ってる狂人がいるんですか?少なくとも靖国神社側はそのようなことは一言も言ってないし、また、そうでないことを強調明示する義務も無いでしょう。
 『やはり過激派ナショナリズムの亡霊が顔をのぞかせたかと思った』というこの記述が、あなたの「探検」の目的を表すのでは?亡霊が居るかいないかを見極める探検なのか、亡霊を探しに行く探検なのか。『やはり』という語句が特に気になります。
 欧米列強のアジア植民地に関する靖国の表現において、「侵蝕」では不適切であるとしていますが・・・理解できませんな。今流行の薄っぺらい「地球市民」思想とやらでしょうか。目的の無い戦争はない。武力の伴う歴史事実と言うのは、それぞれにそれを実行した義があるのです。ましてや中韓を利するから止めろとは?まさにそれこそが中韓の目的でしょう。
 あと、日本に「白旗」の意味を教えたのはペリーですよね?違いましたっけ?また、ペリーの採った外交手法を、艦砲外交と呼ぶのもご存知なのでしょう?相手を艦砲で照準しながら、自分の要求と共に白旗を渡す。これは私の目からみれば、武力による恫喝であり、その際の要求を呑むことは、完全な主体的判断ではないと思います。たしかに、幕府自身の理解や判断もあったでしょう。ただし、靖国神社の主張もその面では正しいのではないですか?
 これをもって『矛盾や誤りがあるのは、天皇を担ぎ出して神国史観を飢え付けようという靖国神社の体質によるものであろう。』とは・・・。もう一度書きますが、どういう「探検」をしに行ったんですか?ということですよね。
 あと、日露戦争の開戦のくだりですが、あなたの書いている開戦理由は、だれでも知っていることです。当然靖国もね。本気で我慢がどうこうというのを鵜呑みに聞き入れているのは、相当に一部の人間だけでしょう。そしてこの表現をもって狂信的愛国主義と感じられるのは、いわゆるサヨクの流れを汲む狂信的な人だけだと思います。ま、どっちの頭が狂ってるのかってことですよね。
 南京大虐殺を正当化する展示物なんてのは、靖国にはありませんよ。そもそも、あの事件自体、存在自体が相当に怪しいですから。大陸人や半島人の言うこと真に受けるのは止めませんか?
 日本の勝利が白人支配からのアジア開放に繋がったことと、太平洋戦争の日本の戦略目的のうちの一つである天然資源の確保とは、矛盾するものではないと思いますが?日本は、白馬の王子様じゃないといけなかったのでしょうか?
 アジアの有色人種の国家でありながら、西欧列強に伍した。だから他の有色人種国家は、日本に注目したわけで、単にアジアだからということで注目されたのではないことくらい、高校卒業した人なら分かるでしょ。
 どうにも、あなたの文章からは「靖国は理論的・歴史事実的におかしいよ」というより「靖国は僕とは思想的に違うからおかしいよ」という匂いがするんですが。私の気のせいでしょうか。
 東京裁判についての批判は、あなたの言うところのナショナリストとやらの専売特許ではありませんよ。ニューヨークタイムズや米国連邦最高裁も東京裁判については不当なものとしています。東京裁判への不満を強く言った場合に、公に非難してくるのは大陸人と半島人くらいのものでしょう。大陸人を半島人の立場からすれば、あなたの記述は正しいんでしょうけど。不可解ですね。
 結局のところ、神社の思想がどうこうと言う前に、あなたの思想が問題なのではないでしょうか。天皇と武士道に全てを還元するのは、正直、無理がありすぎるんじゃ無いでしょうかね。自分の打った命題に靖国は合わない、だから靖国は問題である。という論法なのではないですか? 
 最後に、レジュームチェンジを経た日本って、何ですか?
 今の日本と靖国神社は相容れない・・・日本はレジュームチェンジを経たから・・・と。戦没者とそれを祭る神社は、この日本という国に生きる民族に連続して受け継がれていく精神に係る問題であって、体制が転換したからと言って相反するようになるという存在では無いはずだと思います。まさに総理の言うように「心の問題」です。
 あなたの言っていることは「戦没者へ敬意を払うのは良いが、靖国参拝は許さない。なぜなら帝国日本は侵略国家であり、靖国はそれを美化している上にA級戦犯も祭っている」という奇妙な趣旨の言い掛かりを付けてくる三国人の主張と、一致しています。参拝について、一番感情的になってるのはあなたみたいな方なんですよ。大概はね。だから、神社という、宗教の係る(それが国家神道に近いものであっても)ものについても「神社にもレジーム・チェンジをしてもらおう。」なんて言葉が出る。あなた、ご自分の言ってることに怖気を感じませんか?もう一度書きますが、大陸人やら半島人やら反日サヨクやらの言うこと真にうけて、その土俵にのっていい気になるのは、止めませんか?

 

投稿: testarossa | 2006年3月15日 02:12

testarossaさん、

長々と熱心なコメントをありがとうございます。ところで、コメントをするからには自分のブログ、HP、メールアドレスにつながるようにするのが最低限のエチケットではないでしょうか?貴方のやってる事は自分の言いたい事だけを言って、相手からの反論を自分のところに載せまいという言い逃げでしかありません。

それに何ですか?三国人とか大陸人とか半島人とか。意識過剰にもほどがあります。そもそも私は今の日本のメディアもブログも、ただ近いだけという理由でこれらの国について騒ぎることに不快感を持っています。

それほど、彼らが嫌いな割には貴方は日本を彼らと同列に置きたがるんですね。開国について言えば、日本とアジアが明確に分かれたのはアヘン戦争による西欧の衝撃を正しく理解したかしなかったかです。それが理解できた日本は西欧列強の仲間入りが出来た訳です。理解できなかった「三国」は征服され、植民地化されました。反日左翼ならこうした事実を冷静に受け止めないのですが。

>最後に、レジュームチェンジを経た日本って、何ですか?<

貴方、バカですか?現代史について初歩的な知識が絶望的に欠けていますね。これではアメリカが推し進めるテロとの戦いも世界の民主化も理解できませんね。

バカはバカでも結構です。コメントはご自由に。しかし、貴方の文は随分と生意気で私に対する悪意に満ちていますね。荒らしコメントだけは止めていただきたいですね。

投稿: 舎 亜歴 | 2006年3月15日 16:07

いろんなコメント、読むのが大変そうで。がんばってください。
歴史って難しいですね。

投稿: ikeo | 2006年9月14日 12:45

どうもありがとうございます。時には変わったコメントも来ます。

投稿: 舎 亜歴 | 2006年9月14日 21:37

 なんか感覚狂ってるのかなぁ、俺は。
 普通に御霊祭りなんかで盆踊りを靖国神社の前で踊ってるしなぁ。因みに最近は外人さん(観光客?東南アジア、中近東系の人もいる)も盆踊りやってます(明らかに三年連続で踊りに来てる外人さんもいるしね。もっとも帰化した人かも知れない。さらに言えばオーストリア人、ロシア人、米国系日本人の人も靖国には祭られていると言うし、という事はその縁者さんかも知れない)。
 普通の観光名所の一つで、それプラス、チョット(←失礼)歴史や平和について考える所と思っていましたが。
 屋台で綿飴なんか外人さんと食べながらブラブラできる、「慰霊の場」というのはノホホンとしていて良いと思う。世界に対して寧ろ「こういうのんきなの、良いでしょ」と言いたい気がするが(物凄い右翼的主張なのだろうか)。
 あと、建物(神社ね)もクール(特に屋根のライン)だと思う。神主さんの服もファニーだと思う。(「わんこ」が祭られているのも世界的に見て珍しいんじゃないかな)

 感覚狂ってるのかな、俺は。
なんで「靖国」って言うと「日本の戦争責任をどう考えるか!!」という妙に硬直した視点ばかりになっちゃうのかね。「切り口」「語り口」は一つだけなんだろうか(この点で左右は見事に一致)。
 「慰霊」(→宗教)ってイデオロギーだけの視点で議論しつくせるものじゃないと思う。
 「満開の桜が綺麗だから、『靖国』は良いなぁ~。世界中の人に参拝して見て欲しい」という、とんでもない主張があっても良いと思う。

 非難に対してワザと「脱力」させる、という手もあるんじゃないか。

投稿: チョット書いてみる | 2007年7月16日 01:17

脱力とは妙案です。本来は日本の近代化の貢献した人達を祀るのが靖国神社だったはずですが、第二次大戦によって「軍国神社」になってしまいました。やはり遊就館史観はどうしても諸外国からファシズムの象徴視されてしまいます。

ただ、それが逆に外国人観光客から他の神社とは違った特別な関心を抱かれてもいます。そうした人達が盆踊りに来ていたのでしょうか?

投稿: 舎 亜歴 | 2007年7月22日 21:18

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