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2005年12月 4日

米、対欧改善も中韓とは緊張

今月8日から9日にかけてブリュッセルでNATO外相会談が開催される。先に釜山で開催されたAPECを機にブッシュ大統領が中国、韓国と行なった会談ではアメリカと両国の間の意見に食い違いが目立ったが、米欧関係は修復されつつあるようだ。

最近になってイラク戦争を機に米欧関係冷却化が目立つようになったが、ここに来て情勢は変わってきている。これまでのヨーロッパはコンラッド・アデナウアー独首相とシャルル・ドゴール仏大統領が築いた独仏枢軸が指導力を発揮するものと思われてきた。こうしたヨーロッパ像はEEC設立時の6ヶ国だけなら通用したが、現在のように「新しいヨーロッパ」にまでEUが拡大してしまっては時代遅れである。そうした事情を反映してか、ここに来てアメリカとヨーロッパの関係が改善に向かいつつある。

まずドイツでゲルハルド・シュレーダー前首相に代わってアンジェラ・メルケル首相が就任した。これによってドイツ外交の重心は独仏枢軸より対米同盟に移るであろう。またフランスもアラブ系住民の暴動によって、対テロ戦争でアメリカとの協調関係を強める必要に迫られるようになった。そのためかR・ニコラス・バーンズ米国務次官はアメリカとヨーロッパの間ではイラクをめぐる対立は終わったと述べている。今年に入って、ドイツもフランスもイラクの安定と民主化が自分達の国益につながると考えるようになってきたとバーンズ国務次官は言う。政権が交代したドイツは言うまでもないが、国連安全保障理事会でアメリカのイラク攻撃にあれだけ激しく抵抗したフランスさえもアメリカと共同でシリアを牽制するようになった。

米欧関係の亀裂は修復されつつあるが、NATO外相会議を前に今後はどのように事態が動くであろうか。その中でも注目すべきはドイツの新政権であろう。メディアはメルケル首相が女性であることを大々的に報道しているようだが、もっと重要なことがある。それは新首相が旧東ドイツという「新しいヨーロッパ」の出身で、外交政策がド・ゴール=アデナウアー以来の独仏枢軸を中心としたヨーロッパから対米協調重視へと方向転換されるということである。メルケル政権の外交政策についてはヘンリー・キッシンジャー元米国務長官が1122日のインターナショナル・ヘラルド・トリビューンに”A New Generation in Germany”という興味深い論文を投稿している。その中でも注目すべきは共産主義の圧政の下で青年期を過ごしたメルケル首相にとって大西洋同盟は希望の星であり、ヨーロッパ統合の強化はアメリカとの関係をさらに強くするものと映っている。この点は戦後復興の達成を背景に1968年のデモでアメリカからの自立を訴えた旧西ドイツの指導者層とは全く異なる。メルケル新首相にとって欧州統合とは「休日をフランスで過ごしてもブルガリアで過ごしても同じような気持ちでいられること」である。この一言からも、もはやド・ゴールとアデナウアーのヨーロッパは過去のものとなりつつあることがわかる。

ヨーロッパとは対照的にアメリカの対アジア外交は難題を抱えている。ブッシュ大統領は先のAPECを機に日本、中国、韓国と首脳会談を行なった。日本との会談はきわめて友好的だったが、中国と韓国を相手に持たれた首脳会談は緊張に満ちたものだった。アメリカはどのような東アジア外交をしてゆくのだろうか?

その中でも中国は急激な軍事力拡大や周辺諸国との領土紛争などもあって、東アジアの安全保障の不安要因となっている。一方で巨大市場の開拓や対テロ戦争や北朝鮮の核問題ではアメリカも日本も中国との協調が必要となっている。そうした事情からニューヨーク・タイムズは1119日(インターナショナル・ヘラルド・トリビューンでは22日)の社説では日本とインドとの関係を強化して中国に対処しようとするブッシュ政権を冷戦さながらの封じ込め政策だとの懸念を述べている。だが日米同盟と中国は、人権、台湾、東シナ海の安全保障をめぐって対立している。単純な対決路線はとるべきではないが、こうした危険な国の台頭は黙って見過ごすべきではない。日米両国にとって中国は対立と協調の相手である。

保守派のシンクタンクとして有名なアメリカン・エンタープライズ研究所(AEI)のダン・ブルメンソール訪問研究員とトマス・ドネリー訪問研究員は1127日のワシントン・ポストへの投稿でニューヨーク・タイムズの社説に反論し、日本は世界の民主化では重要な同盟国であり、中国を牽制するうえで日本との関係強化を強く主張している。またブルメンソール訪問研究員はクリス・グリフィン助手との共同論文で、日本が国際政治の場でもっと実力を発揮したいという考え方には理解を示しながらも歴代首相の靖国神社参拝には懸念を述べている。やはり靖国が第二次世界大戦での日本軍の非行を正当化しているのは問題である。私の目からも、今の日本の一般世論には危険なものが多い。大東亜共栄圏を白人支配からのアジア解放だと言ったり、東京裁判に異を唱えたり、戦後の民主主義教育を否定したりといった具合である。

このような不安を突いたのか、ブルッキングス研究所のジン・フアン上級研究員は日本でナショナリズムが高まっているのは、自国が不景気なのに対して中国経済が躍進していることへの焦りと疎外感のためだと言う。彼は中国人として我田引水の発言をしているという疑いは晴れない。いずれにせよ、日本はアメリカの同盟国として世界とアジアでどのような政策を追求するのかを理解していかねばならない。さもないとリベラル派はもちろん、日本に理解ある態度を示す保守派からも信頼を得られなくなる。

ヨーロッパはアメリカと共通の価値観と安全保障観を有しているので、イラクでの対立を乗り越えてゆけるだろう。それに対してアジア、特に中国と韓国には対立や世界観の不一致を抱えながら、協調もしてゆかねばならない。アジア人として民族意識の高まった両国に対してアメリカも日本も自分達の死活的国益と理念に関しては妥協してはならない。対立と協調のバランスはうまくとらねばならない。

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コメント

>Merkel becomes chancellor at a moment of crisis for her country, poised between domestic reform and economic doldrums and social deadlock; between stalemate and new creativity on European integration; and between tradition and the need for new patterns in the Atlantic alliance.

この部分が肝でしょうか。舎様がご指摘されている

>共産主義の圧政の下で青年期を過ごしたメルケル首相

この部分もなるほどそうだなぁと思いました。

>私の目からも、今の日本の一般世論には危険なものが多い。

同感です。ちょっと極端に走りがちと申しますか、まぁ、先の大戦は白人vs黄色人種、帝国主義と軍国主義からの訣別という意味での天命だったかなとは思いますが、私自身は東京裁判の是非とかは置いておいて、戦後の日本に歩みをはせる「東京五輪史観」でよいではないかと思っているんですが。
<大アジア主義>というのは結果的には間違いだったなと思っています。国際連盟で人種差別の撤廃を訴え、「我が代表、堂々と退場す」には日本なりの大儀もあったのでしょうが、日英同盟破棄後の日本は坂道を転げるような塩梅でしたからねぇ。

ブルメンソール&ドネリー投稿の主旨にほぼ完全に賛成します。「日本は世界の民主化では重要な同盟国であり、中国を牽制するうえで日本との関係強化を強くすべし」ということの具体例が、14日に予定されている小泉首相の東アジアサミットでの「自由と人権を尊重すべし」との演説なのでしょう。

>今の日本の一般世論には危険なものが多い。大東亜共栄圏を白人支配からのアジア解放だと言ったり、東京裁判に異を唱えたり、戦後の民主主義教育を否定したりといった具合である。

ここら辺はバランス感覚の問題だと思います。「先の大戦は結果として植民地支配を終焉させた」という認識は何ら問題ないでしょうが、「先の大戦は植民地支配を終わらせるための聖戦だった」となるとバランス感覚を疑われます。

メルケル首相に関する考察、大変納得できました。EUの性格を変える可能性を秘めているといっても過言ではないようですね。

tsubamerailstarさん、猫研究員さん、

どうも返事が遅れて申し訳ありません。実は米独ブログ・カーニバルにこの記事を編集したものを出展しました。その作業でしばらく返事を書けなかったのですが、遅ればせながら返事ができました。カーニバルは米独関係がテーマなので、内容をそれに合わせています。

メルケル独首相には多いにきたいしたいところです。

日本での世論の動向ですが、上記のような傾向を「プチ右翼」とでも呼ぶのが良いのでしょうか?すなわち右翼めいた発言はしていても、本心から戦中ファシズムを賛美している訳ではないでしょう。ただ、戦後60年間ずっと膝を屈してきた日本をどうにか普通に戻したいというのが、彼らの本音と思います。特に中国と韓国の圧力を過大にとらえて、彼らへの嫌悪感を示すのは、そうした背景でしょう。

危険な発言はあっても、本物の右翼とは違うでしょうね。もし本心から戦中日本を賛美しているなら、憎しみの矛先はアメリカに向かうはずなので。

「プチ右翼」の分析記事を書くのも面白いでしょう。

> 舎 亜歴さま
米独ブログ・カーニバルとは、なかなか興味深そうな企画ですね。
日本の風潮ですが、右翼っぽい言動がファッショナブルといった感じになっているのかもしれません。反米右翼は国益にとって有害だとは思いますが、多数派には到底なりえない勢力ですね。反米右翼って元々は反米極左だったりしますよね。例えば西部氏などがそのよい例です。

戦後60年をへて、もう敗戦国扱いから抜け出したいという気持ちは日本国民に広く共通していると思います。国連常任理事国入りを目指すのはその表れでしょう。

ただタイミングが悪いことには、中国や韓国も経済発展を背景にアジア人としての民族意識が高まっています。それで日米を挑発しているのだと思いますが、新しい時代を模索するヨーロッパに対して古い時代の出来事で争うアジアは実に奇妙です。

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