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2006年3月25日

WBCと文明の衝突

ワールド・ベースボール・クラシックにおいて目についたのは、東アジア儒教文明圏が西欧文明圏と日本文明圏との間に起こした文明の衝突である。特に差別という問題では東アジア儒教文明が世界のどの文明よりも過敏であることが思い知らされた。この地域の国々は経済成長の高さから注目を世界の注目を集めてはいるが、彼らがこの度のような態度とり続ける限り真のグローバル経済の一員となれるかどうか極めて疑わしい。

まず儒教文明諸国と西欧文明との衝突について取り上げたい。事の起こりはボブ・デイビッドソン主審の誤審事件である。WBCのアメリカ対日本の試合で日本の打者がレフトフライを打ち上げ、外野手の捕球を待って三塁走者がタッチアップして本塁生還して1点を挙げたかに思われた。ところがアメリカ側から三塁走者のタッチアップが外野手の捕球より早かったという抗議があった。その抗議を受けて、最初の判定では日本に1点が入ったはずだったものが走者アウトとなった。こうした判定の二転三転はアメリカのファンからも厳しく非難された。

ここで奇妙なことに、普段は日本に対して敵対的な韓国や中国のメディアはデイビッドソン球審の判定を「アジア人に対する人種差別」だとして非難した。何かある度に日本を悪者に仕立て上げて喜ぶ中国や韓国のメディアが今回は日本を支持するというのは非常に奇異なことであった。

だがさらに奇妙なことに、当事者の日本側が球審の態度や判定技術の問題に焦点を当てるといった冷静な態度であったのに対し、直接関係のなかった中国や韓国の方が得意の「人種差別」をとり挙げてアメリカを攻撃するといった感情的な態度であった。

はてデイビッドソン球審は人種差別主義者なのだろうか?彼の経歴を見るとそうではないらしい。実は1998年にアメリカ白人のヒーロー、マーク・マグワイアが世紀の本塁打記録に挑戦していた折に、デイビッドソン審判は彼の66号本塁打を二塁打と判定してしまった。マグワイアの本塁打を幻にしたデイビッドソン審判に対しては全米のファンから激しい非難の声が挙がった。ともかく、デイビッドソンは白人に対しても誤審を行なうことがわかった。どうやら人種差別主義者ではなく、ただ審判としての技術に問題があるだけのようだ。それともデイビッドソンはアイルランド系カトリック教徒に偏見を持っているのだろうか(McGwireあるいはMaguireMcGuireはアイルランド系の姓)?

そこまで言ってはきりがない。人の深層心理を完全に知ろうとすれば、途方もない労力を要する。日本のチームやファンが問題にした球審の態度や技術に集中した方が現実的である。それとも中国も韓国もそれほど差別とは無縁の国なのだろうか?誰が見ても、彼らの社会がアメリカ、ヨーロッパ、そして日本よりも平等で友愛に満ちているとは思えないのだが。だから、何かあれば差別、差別と騒ぎたがる儒教文明圏の態度がいかに奇妙なものかよくわかろうというものだ。

次に東アジア儒教文明圏と日本文明圏の衝突をとりあげる。これを象徴するのがイチロー発言をめぐる日韓の応酬と、大会後の韓国プロ野球コミッショナーの発言である。

まずイチローの発言であるが、どの発言を読み返しても韓国への侮辱と解釈できる語は一つも見当たらない。日本野球の実力がアジア地区では図抜けているのは常識であり、その通りに勝ち進むべく全力を尽くすと言ったまでである。そもそも日本は何事においても世界のトップランナーの仲間入りを目指してきた。政治・経済分野でアメリカ、イギリス、ドイツ、フランスといった先進資本主義国との関係が常に重要であったように、野球でもアメリカ、キューバ、ドミニカ、プエルトリコといった強豪と鎬を削ろうと意気込んでいただけである。これはアスリートの本能を正直に口にした過ぎない。イチローの発言で侮辱された国はどこもない。

大会後の韓国プロ野球コミッショナーの発言にも驚いた。短期決戦で偶然に日本に21敗で「勝ち越し」たからといって、日本は韓国の実力を認めろなどと言ってきた。この大会で世界一を勝ち取った日本でさえ、「アメリカ野球、何するものぞ」という思い上がった発言はしていない。韓国コミッショナーの日本に対する発言は失笑ものなのだが、これも儒教文明圏特有の発想から出る挑発発言なのだろうか?日本から受けた「侮辱」なるものへの挑戦状だというのが明らかである。

以上のように何かあれば差別だ侮辱だと騒ぎ立てるようでは、とてもではないが中華儒教文明圏をグローバル経済の一員に迎え入れられるものではない。今回の大会ではっきりしたことは、彼らは日本に対してだけでなく欧米に対してもあの独特の論理を持ち出して相手をやり込める癖があるということである。

こうした中華儒教文明圏のあり方を変えるには一種のオレンジ革命が必要かも知れない。その参考になるのはイスラム文明についてアメリカン・エンタープライズ研究所のルエル・マルク・ジェレクト常任研究員がウィークリー・スタンダード誌220日号に寄稿したSelling Out Moderate Islam”という論文の一節である。そこではテロリストがはびこる現在のイスラム世界について次のように述べている。

イスラム文明は、まだエドワード・ギボンのような人物を輩出していない。ギボンは信仰心の厚いキリスト教徒でありながら、西欧文明の根本を研究するに当たっては自らの文明に批判的で時には非宗教的な視点に徹した。このように自らの文明を自己批判できる人物がイスラム文明にも必要である。

この一節は中華儒教文明に対しても見事なまでに当てはまる。事あるごとに差別だ侮辱だと騒ぎ立てる彼らの文明には、今こそエドワード・ギボンのような人物が必要である。アメリカもヨーロッパも日本も彼らのギボンを支援するだけである。このように彼らの文明のオレンジ革命が成功すれば、その時は儒教文明圏もグローバル経済の一員として歓迎されるであろう。

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2006年3月16日

イラン・レビュー:ハーバード大学にて神権政治打倒集会

イラン・フリーダム・コンサートという団体の企画委員会から以下のようなメールを受信しました。ご一読いただき、シーア派神権政治の打倒の運動に参加しましょう。

緊急のお知らせ

ハーバード大学にてイラン・フリーダム・コンサートが開催され、イラン国内の学生による民主化運動を支援

【マサチューセッツ州ケンブリッジ】―― 来る318日土曜日にハーバードにてイラン・フリーダム・コンサートを迎え、イランの学生民主化運動を支援する集会が開かれる。イラン人の学生運動の指導者アクバル・アトリ君とハーバード大学学部生委員会会長のジョン・ハドック君が演説を行なう。

今回の集会の委員でハーバード・ミドルイースト・レビューの編集者の4年生アダム・シャウアー君は「核問題をめぐって緊張が高まる中で、我々学生運動としては人権問題にも焦点を当てたい」と語っている。

「イランの学生にはアメリカの学生が当然だと思っているような権利さえ認められていない。だがイランの学生は変化を求めて勇気ある活動をしており、アメリカ人としても彼らを支援したい」ということだ。イランでは近年に入って学生運動が全国に広がり、警察当局の厳しい取り締まりにもかかわらず衰える気配はない。

コンサートは当日の午前9時よりレベレット・ハウスにて開催され、イランの圧政に抗議するための演奏と演説が行なわれる。9団体が参加し、民主・共和両党の学生委員会が呉越同舟するという異例の盛り上がりである。

実行委員の1年生アレックス・マクリース君は「集会では軍事介入のような政策論議は行なわれない」と言う。「しかしイラン国民の基本的人権が核交渉のうえで犠牲にされてはならないということでは、皆一致している」という。

ペルシア暦で正月に当たるノルーズを前にイラン・フリーダム・コンサートは開催され、新年がイランの自由の幕開けとなるようにという学生達の願いが込められている。

1年生の実行委員ニック・マンスク君は「イランの学生はブログに書いた内容で逮捕されてしまい、手錠をかけられて試験を受ける羽目になっている」と言う。「このようにライブ・ソングや男女混合のダンス、そのうえ政治討論までありというコンサートをイランでやろうものなら法によって罰せられる。女性や少数民族、ジャーナリストへの抑圧がいかほどかわかろうというものだ」とまで述べている。

こうした運動はアメリカ各地に広がり、ジョージタウン、ペンシルバニア、デュークといった大学でも集会が予定されている。イラン人の反体制派や全米イスラム会議も参加して、運動への支持を表明することになっている。

「イランにとって今が正念場だ」とシャウアー君は言う。「イランの民主化運動はアメリカの学生達の支援があることを忘れないで欲しい。イランの活動家は私たちの支援を追い風に市民の権利拡大を達成して欲しい」と語っている。

詳しくは http://www.IranFreedomConcert.com または電話 617.661.0053へ。

Shah Alex

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2006年3月10日

イラン・レビュー:日米欧と神権政治の核兵器

この度の独米ブログ祭に「イラン・レビュー」の初版を提出できたことは多いに喜ばしく思います。以前のお知らせでも記しましたが、これは当ブログの新規プロジェクトです。以下、宜しくお願いします。

今回はアメリカ、EU3、日本の間での政策の協調と食い違いについて述べたい。注目すべきは、イラクをめぐってあれほど対立したアメリカとヨーロッパがイランについては行動を共にするようになったことである。米欧関係が修復されつつある一方で、日本は自らのイラン政策を明確に示していない。こうした日本の態度は西側同盟の結束を乱すことになるのだろうか?

この記事では、軍事行動、外交交渉、制裁といった選択肢の中でどのような政策をとるべきかを論ずる。この問題では、西側諸国からのイラン国民による抵抗運動への支援についても触れる必要がある。また、現在の神権体制の性質についても理解しておく必要がある。.

まずイランの神権政治について述べたい。現在亡命中のレザ・パーレビ元皇太子は、イランの神権体制が核開発の野望を捨て去ることはないと言う。パーレビ氏によるとイランの現体制はイスラム革命の輸出を目標としており、国際社会との衝突は避けられない。イタリアのスカイTVとのインタビューに応じたパーレビ氏は、マフムード・アフマディネジャド大統領の反ユダヤ政策によってキュロス大王がバビロニアの圧政からユダヤ人を解放してから他民族に寛容であったペルシアの伝統が損なわれていると非難した。さらに現体制はイランの国民を代表していないと述べた。

アメリカン・エンタープライズ研究所(AEI)のマイケル・ルービン常任研究員もパーレビ氏と同じ見解である。ルービン常任研究員はAEIオンライン “Iran Means What It Says”という論文で、イランはイスラエルに次いで中東第二位のユダヤ人人口をかかえていると指摘している。さらに興味深いことにイスラエルのモシェ・カツァフ大統領はイラン出身であるが、イラン人の多くはそのことに誇りを感じている。アフマディネジャド大統領の反イスラエル政策は国民からの広い支持を受けてはいない。

イスラム過激派が跋扈するようになったのは1979年のイラン革命からである。それからというもの、イランはヘズボラ、ハマス、パレスチナ・イスラム・ジハードといったテロ組織を支援するようになった。このような体制の下にある国が核開発をしようというのである、国際社会にとって深刻な脅威と言わざるを得ない。

イランの脅威を抑えるためにはどのような政策をとるべきか考えておかねばならない。現在のところ、軍事的な攻撃、外交交渉、そして懲罰としての制裁が議論されている。こうした政策と並行して、西側はイラン国民による反体制運動も支援する必要がある。上記の選択肢の内、軍事行動は余り考えられない。レザ・パーレビ氏は2月6日のBBCとのインタビューで、イランの現体制に西欧の侵略に対する聖戦という絶好の口実を与えてしまうと述べている。またブルッキングス研究所のフリント・L・レベレット上級研究員は以下のように述べている。

「アメリカ(あるいはイスラエル)はイランの核関連施設に軍事的攻撃を加えられるだろう。しかしこうした施設はイラン国内に広がっているので、全ての攻撃目標がどこにあるか知ることは難しい。さらに、攻撃によってイランの態度が硬化してしまえば逆効果である。」

そうなると残りは外交交渉の継続か制裁の実施かである。国際社会は現体制と交渉しても成果を挙げられるであろうか? レザ・パーレビ氏はフォックス・ニュース(1月7日)とのインタビューで、体制存続のためには外部世界との抗争が必要なファシスト政権に外交交渉は通用しないと応えている。パーレビ氏のコメントを検証するために、いくつかの論文を参照したい。先のロシアとの交渉でもそうだったが、イランはなぜあれほど譲歩しないのだろうか?

アメリカン・エンタープライズ研究所のマイケル・A・レディーン特別フリーダム研究員は、イランは西側の強みと弱みを自ら基準で判断したうえで行動していると言う (“A Mullah’s-Eye View of the World”, National Review Online, 217) 現体制の指導者達はアメリカもイスラエルも国内世論が分裂していてイランに強硬な態度はとれないと見ているので、世界からの孤立などなんとも思っていない。またマイケル・ルービン氏はAEIの論文でイランが過激なイデオロギーを標榜し続ける限り、外交交渉を行なっても核武装のための時間稼ぎに過ぎなくなると主張している。

事態はルービン氏の言う通りになっている。ロシアとイランの交渉を前に、レザ・パーレビ氏はアメリカのCスパンTVの番組で、外交交渉はイランの現体制が時間稼ぎに利用するだけだと語った。実際に交渉は実を結ばなかった。

外交交渉では成果を挙げられないなら残るのは制裁である。レザ・パーレビ氏も主張するように制裁は少ない犠牲で大きな効果がなければ意味がなく、制裁のための制裁は科すべきではない。効果を挙げながらイランの一般市民への犠牲を最小限にとどめるにはどうするべきであろうか?

レジーム・チェンジ・イランからのEニュースで、興味深いファイルを見かけた。それによると、アメリカのリック・サントラム上院議員は3月2日の上院外交委員会で以下の制裁案を提出した。

1) イランの指導者の海外渡航禁止

2) 国際線でのイラン航空の受け入れ禁止

3) イラン政府所有の貨物船からの積荷の受け取りの禁止

4) イラン政府首脳による人権侵害と刑の執行を司法の場に持ち込む手続きの整備

カーネギー国際平和財団のジョージ・パーコビッチ副所長は下院軍事委員会の証言で、拙速に制裁を口にしないようにと助言している。制裁を科すなら、イランに対する重要な投資国と貿易相手国の全てが行なうべきだと述べている。パーコビッチ副所長は、イギリスとフランスが制裁を行なう際のモデルを検討していると証言している。

制裁は現体制に打撃を与えるできもので、イラン国民に打撃を与えるべきものではない。これはただ人道的な観点からだけではない。過激な聖職者達を政権から引きずり降ろすうえで、イラン国民は西側と共に行動できる。英国外交政策センターのクリス・フォスター氏とジェームス・オーウェン氏の論文によると、イランの若年層は近隣アラブ諸国よりずっと親米で、自国の警察の横暴さや経済の不振に不満を抱いている。AEIのマイケル・ルービン氏によると、テヘラン周辺部でアフマディネジャド大統領の政治的ビジョンを支持しているのは人口の10%に過ぎないという。ルービン氏はアメリカとヨーロッパがこうした国民の自由への希求を支援できれば、イランは中東の民主化の牽引役になれると主張する。

先のロシア・イラン会談は物別れに終わったこともあり、西側は制裁を真剣に検討すべき段階にさしかかっている。

最後に、イランをめぐっての米欧関係の改善について述べたい。ドイツのアンジェラ・メルケル首相がワシントンを訪問した際に、イラクをめぐって米欧間の食い違いの根深さが浮き彫りになった。だが頑迷なアフマディネジャド大統領の「お陰」で米欧の絆は再び強まっている。ワシントン・ポストのジム・ホーグランド論説委員とAEIのルエル・マルク・ジェレクト常任研究員は、こうした傾向を歓迎している。過激思想を振りかざす聖職者の野望を打ち砕くには西側同盟の結束が不可欠である。

アメリカとヨーロッパが協調を深める中で、日本の対イラン戦略は明らかになっていない。目下、日本はイラン南西部のアザガデンで大規模な油田開発を行なっている。このプロジェクトは見直すべき時が来ている。日本は西側同盟の主要国としての役割を理解せねばならない。さらブッシュ大統領の発言を真剣に受け止める必要がある。インドに核の平和利用への支援を申し出た際に、大統領はイランからのパイプライン建設の中止を要請した。また、今年の一般教書演説では中東の石油への過剰な依存を戒めた。

事態が深刻になる中で西側同盟の結束強化は重要になってくる。アメリカとヨーロッパは協調関係を深めてゆく。日本も国際政治での指導的役割を担いたいと本気で思っているなら、アメリカとヨーロッパの取り組みに加わることを躊躇している場合ではない。

Shah Alex

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2006年3月 6日

独米ブログ祭のお知らせ

来る3月11日に、独米ブログ祭が開催されます。主催は前回も紹介したアトランティック・レビューという、ドイツのフルブライト奨学生が運営するブログです。米独関係を中心に、大西洋同盟をめぐる様々な問題が取り上げられます。

前回は大西洋地域以外からの参加は私だけでしたが、今回はどうでしょうか?ちなみに、参加予定の記事はイラン問題をめぐるアメリカ、EU3、日本の対応についてです。今年の新企画、「イラン・レビュー」の第一号でもあります。

やがて掲載されるその記事の方も宜しくお願いいたします。

Shah Alex

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