中台関係と日米台同盟
今回はAHよりの投稿です。
今年は親台湾運動と独立派の陳水扁大統領の年である。陳氏は中国(中華人民共和国)本土で操業している台湾企業の増加に見られるような企業投資の拡大から、旧正月休暇期間中の台北からの本土への直接飛行を再開し増便しようという合意まで取りつけた。その一方で台湾ではタカ派の民主進歩党(DDP) の党首の座を守り続けた。昨年初頭には台湾と中国の関係は緊張がやわらぎ, 台湾財界人は中国との経済的関係強化による利益を強引に主張した。こうした経済関係の強化とは裏腹に, 台湾民主進歩党の指導者達は独立への希望を捨ててはいない。陳大統領は中国に対して硬軟両方を上手く使い分けた外交政策をとっていることが明らかである。陳大統領は大陸への投資を活用して中国との経済関係を強化しながら、他方では台湾の主権に関しては妥協を許さぬ政治姿勢を示して独立派の動きを勢いづけている。
経済的な視点だけで見ると中台関係はかなり一方的で、海峡間の投資の急速な拡大に見られるように中国は台湾の最大貿易相手国となってしまった。これは以下、二つの理由のから重要である。
(1) 歴史的に見て、経済統合が進めば国家間の友好関係が進む場合が多い。
(2) 中国への投資によって台湾は膨大な貿易黒字の恩恵に与り、経済成長を一層推し進めようとしている。
貿易と投 資によって経済関係の強化は進むが、その裏で両国関係の政治的あるいは軍事的要素に触れる必要がある。陳大統領が台湾の独立を守りきれるかどうかわからないが、経済関係だけが中台関係を決定づけるわけではない。
中台の経済関係の発展とは裏腹に、政治と軍事の面では両国関係の緊張は続いている。両国の貿易は活発になっているが、1972 年以来は両国民の間での建設的で持続的な対話が行われることはなかった。1949 年以来、台湾と中国は別々の政府と政治体制を維持してきたが、大陸政府にとって「二つの中国」は許容できないうえに正当なものとは考えられない。中国が台湾独立派に対して「国家分裂反対法」を制定してから1年が経過し、その間に政治関係も悪化した。台湾と中国の立場は正反対で、台湾はますます独立意識を強める中で中国は時代に逆行した政治宣伝や軍事的恫喝に訴えている。
台湾海峡問題は台湾, 中国, 日本そしてアメリカにとっては中台二国間問題を超えた地域全体の問題となっている。また地域機構も国際機関も中国の直接的な軍事行動を抑止している。こうした機関にはASEANやAPECに代表される地域協定と国連がある。周辺諸国が中国の意図に疑念を抱いていることもあって台湾海峡をめぐる政治情勢は不安定なので、中国が台湾を併合して再統一のしようにも国際社会の支持は得られないということは銘記すべきである。現在、台湾与党は台湾の独立を主張する中で、これに対して中国が異を唱えて台湾海峡の緊張は高まっており、アメリカも現状維持を呼びかけている。中国が台湾をならず者の省と見なしていることは驚くほどのことではない。両国の政治経済体制は共産主義者と民主主義とう互いに相容れないものだからである。このような政治経済的な文化衝突は、中台関係において一層重要になってくる。
台湾海峡問題でのアメリカの立場は、台湾の市場経済と民主政治への長年にわたる支持から明らかである。だがワシントンは台湾の独立を支持しているわけではない。それどころかアメリカは「三つのNo」という方針をとり続け、一 貫して現状維持を訴えた。 具体的には
(1) 台湾の独立を拒否
(2) 二つの中国を拒否(一つの中国政策)
(3) 主権国家が加盟する国際機関または同盟ならばどのようなものでも台湾の加盟を拒否
さらに台湾関係法(TRA)も台湾独立を支援するものではない。TRAは本質的に一国複数制度による中国の経済的そして文化的な統合を求めている。だが両国の政治的あるいは軍事的な統合を求めている訳ではない。2003年にアメリカのブッシュ大統領が中国の温家宝首相と会談した際にもアメリカは台湾の独立を支持せず、台湾海峡を紛争での単独行動には反対するというこの方針は再確認されている。台湾問題で中国と軍事的に対決することはアメリカの望むところではない。だがアメリカは台湾に武器を売却して軍事的な支援を行なっており、海峡の向こうから台湾に700基のミサイルを向けつける中国軍に睨みを利かせることになる。
陳水扁大統領のここ数年の国内政策ではアメリカとしても台湾への支援に疑問視せざるを得ないが、アメリカの台湾政策自体は変わらない。陳氏が民主進歩党の公約通りに国家統一審議会(NUC)を廃止して台湾が独立国同然に振る舞ったとしても、アメリカが「一つの中国」という方針を変えることはない。
日本政府は自国の与党自民党と良好な関係にある台湾民主進歩党に対して好意的である。だが日本の支持も軍事的には当てにならず、政治的にも弱まってきている。中国は日本の最大貿易相手国としての地位を利用して、日本の対台湾認識について大きな影響をもたらすようになってきている。日本は台頭する中国市場での経済的利権に熱い視線を注いでおり、台湾問題のために中国との関係を犠牲にしようとは思っていない。軍事力の弱さは言うまでもないが、紛争が生じても日本の軍事行動には憲法9条が効果的な歯止めとなっている。実のところ日本は中国との貿易拡大という経済的な利権を追及すべきか、日本の文化的あるいは政治的な影響力を頼みとするアジア民主主義の友邦を支援すべきかの狭間で揺れている。日本が本当に影響力を及ぼせるのは軍事力ではなくソフトパワーであるのは明らかで、政治的には中国が主張する「一つの中国」の原則を認めながらも台湾との文 化的そして経済的な関係を強化してゆくべきである。2005年に日本はアメリカとともに台湾海峡の緊張緩和のための共同宣言に署名したが、いかなる形でも台湾への軍事支援を行なえるのはアメリカであって日本ではない。
この問題は事態が流動的なので、最終的にどのような結果となるか予言することは不可能である。 だが、アジア太平洋地域の急速な経済成長を考慮すれば、経済発展を妨げるような衝突は回避されなければならない。 確かに陳氏が独立を押し通すのは、支持率の低下や自分の政治的業績を残そうという欲望に突き動かされているといった内政事情の影響もある。陳大統領は来る選挙で憲法改正問題を取り上げると明言した。どのように憲法が改正されても、台湾の完全独立を促進してしまう。陳氏は2008年に大統領職を退くので、台湾の戦略的な不均衡と中国との対立が続くようなら, 台湾の次期政権は分離か現状維持かの選択を迫られることになる。これはきわめて重要で最終的には地域にも国際社会にも大きな影響を与える。
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>経済統合が進めば国家間の友好関係が進む場合が多い。
こわいですね。大陸に利害を持つと、日本の戦前のように
向こうの非人道的脅迫で国策が歪みますよ。
投稿: ろろ | 2006年4月14日 00:06
コメントを頂いた際には記事は完成していませんでした。翻訳終了してみると、確かに中国のしたたかさは油断ならぬものがあります。
投稿: 舎 亜歴 | 2006年4月15日 23:25
経済的結びつきの緊密化=即統合、というわけではないと思います。こと安全保障の話は経済とは別物なのでしょう。経済的に統合されるよりは、台湾国民が「民主主義慣れ」しないことといいますか、独裁を忌避する心を維持できるかが重要なポイントになるんじゃないかと考えております。今のところ、中国と商売したい人はいても「独裁体制自体に擦り寄る」という動きではないようには見えます。
「日本が行使すべきはソフトパワー」という論には首肯できる点が大です。日本が地域の民主主義を鼓舞する必要があるように思います。
投稿: 猫研究員。 | 2006年4月18日 21:20
猫研究員さん、
どうも返事が遅れました。中国市場の魔力にとりつかれてしまうのは台湾だけではないようで、先の米中首脳会談でもそうした傾向は見られます。
いすれにせよ、中国をグローバル経済に組み込みながらも、その脅威には厳しく対処するという難しいバランスをとらねばならなくなります。
ところでこのポストの著者AHには以下のメールアドレスで日本語のコメントができます。
albionjhargrave@yahoo.co.jp
投稿: 舎 亜歴 | 2006年4月23日 16:15
>だが日本の支持も軍事的には当てにならず
NUC廃止問題の米台の駆け引きを陳水扁総統の立場から見ると「どこまで米国を譲歩させられるか」の危険水域を測るものだったかというように見えます。
個人的に懸念しているのは陳水扁総統が「現時点」では明らかに当てにならない日本の軍事的支援をかなり当てにしている節が見受けられるところです。築城や新田原の後方支援体制も独立加勢のためでは決してないのですが。もっとも「独立志向の陳総統」という世間一般の見方も正確とは言いがたいところです。
陳総統のワシントンポストとのインタビュー記事をTBしておきます。
投稿: tsubamerailstar | 2006年5月22日 10:52
>「三つのNo」という方針をとり続け
これはクリントンが言い出したことでそれが現在に引き継がれている訳ではないですね。大筋はその前後でも変わらないのですが、わかり易い例を言うとWHOへの台湾のオブザーバー参加への日米の一貫した支持表明とブッシュ政権になって台湾がWTOに加盟したことでしょうか。
経済・保健衛生といった「生活実態」に関することは現状追認だが、「国家主権」にかんする国連加盟云々に関しては「支持しない」というコントラストです。NUC廃止問題で揺れている最中に台北を訪問したM・グリーン特使もその件を匂わせるコメントをしていました。
>陳大統領は来る選挙で憲法改正問題を取り上げると明言した。どのように憲法が改正されても、台湾の完全独立を促進してしまう。
これも現時点ではないでしょうね。旧正月前の段階でも改正する憲法は「新・中華民国憲法」であろうことは明らかでしたが、それすら難しい公算が高いと現時点では思われます。
改正の急所は領土に関する規定ですが、大中華帝国的なその領土を現在実効支配している範囲に「取り下げ」て実態に即したものにするというのも「一方的な現状変更」として撥ねられるでしょう。侵略的野望の放棄だから問題ないように見え理不尽な話ではあるのですが、これが〝One China Policy〟の深遠なのかもしれません。
投稿: tsubamerailstar | 2006年5月22日 11:13
どうも貴重な情報をコメントいただきありがとうございます。関連記事は「パックス・アメリカーナの三銃士?:英国、日本、インド」にTBいただいているようですね。
ワシントン・ポストのインタビューはTBされていないようですが。
投稿: 舎 亜歴 | 2006年5月26日 06:46