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2006年4月 5日

キッシンジャー元長官、インドを語る

先のブッシュ 大統領のアフガニスタン, インド, パキスタン歴訪はアメリカ外交では画期的な出来事である。インドとアメリカのパートナーシップはこれまでになく強まった。アメリカはアフガニスタンに全面的関与してゆく意思を示した。一方でパキスタンの相対的な重要性は低下しつつあるように思える。あれから1ヶ月たつが、インドはワシントンで重要な問題となっている。

この問題の全体像を理解するために、ヘンリー・キッシンジャー元国務長官がインターナショナル・ヘラルド・トリビューンに寄稿した” Anatomy of Partnership” という論文に触れたい。この論文の中で、キッシンジャー氏はアメリカがこの強大な英語圏の民主主義国と新しいパートナーシップを築き上げることを歓迎している。アメリカとインドはイスラム・テロという共通の脅威に直面している。9・11以来、イエメンからムンバイに至るまでの地域でイスラム過激派を敗北に追い込むためにもアメリカとインドのパートナーシップは従来にも増して重要になった。また、インドをグローバル経済に組み込むことも必 要である。グローバル化には利益も損失もあるが、米印両国は相互協力によってこうした問題を克服できる。

他方で新しい世界秩序の構築にインドが加わることはアメリカの世界戦略にとって多いに有益であるが、キッシンジャー氏はインドを中国その他のアクターに対してアメリカの外交カードとして使用しないように警告している。また、チベットをめぐって対立しているにもかかわらず、インドも中国もユーラシア大陸中心部での力の優位を追求していないという。キッシンジャー氏によれば、アメリカもインドもの中国との建設的な関係を築く必要に迫られており、インドを中国に対する封じ込めに利用することはアメリカの国益にはそぐわない。

最も重大な問題は核協定である。キッシンジャー氏はインドの核保有は後戻りできないが、インドが拡散防止に取り組むことを明確にすることは必要であると主張している。R・ニコラス・バーンズ国務次官はヘリテージ財団での講演で同じような内容を述べている

アメリカとインドのパートナーシップについての賛否の議論で, 最も深刻な問題は核拡散防止の問題である。アメリカは現行の拡散防止体制に対する効果を考慮しないでインドを信頼しても良いのだろうか?

親インド派の論客はインドを信頼に足る民主主義国家と見ている。彼らは現行の現在NPTの枠外で現実的な合意に至れば核軍備管理に有益であると考えている。

カーネギー国際平和財団のロバート・ケーガン上級研究員は、インドのように強大で経済的にも繁栄している民主主義国なら中国とロシアの力を牽制できると述べている。最も注目すべきは、イランとインドに対してアメリカがとっているダブル・スタンダードを支持していることだが、それはイラ ンが瀬戸際外交をとるのに対してインドはそのようなことはしないからである。ケーガン氏は現行のNPT体制は核拡散を防ぐ有効な道具であることは認めながらも、この体制が崩壊しつつある現状ではインドとの現実的な取り決めは避 けられないと主張している。

こうした考え方はネオコンやブッシュ政権支持者の間で広く行き渡っている。ヘリテージ財団ダグラス/セーラ・アリソン外交政策センターのヘル・デール所長は、インドに批判的な主張は、犯罪者が拳銃を所持しているの善良な市民は銃を持てないワシントン市の銃規制法のようなものであるとまで例えている。

IAEAもこの協定を歓迎している。アメリカの保守主義者と国連官僚機構の間の冷え切った関係を考えると驚くべきことである。インドはNPTへの署名を拒否しているが、モハメド・エルバラダイ事務局長はインドのエネルギー需要の増大を満たしながら拡散防止体制でより重要なパートナーとなってもらうためには米印協定を支持するという。今回のような取り決めは過去30年間にインドによる核拡散がなかっためで このように特別な取り決めがインドの隣国でライバルでもあるパキスタンその他の国には適用されないとR・ニコラス・バーンズ氏がロイター通信社に語ったことは注目に値する。バーンズ氏が言うには、これが北朝鮮のような核拡散国家とインドとの決定的な違いである。

ブッシュ政権が充分な見返りのないままにインドにあまりに利益を与えたことを懸念する 論客もいる。カーネギー国際平和財団の大量破壊兵器拡散防止プロジェクトのジョセフ・シリンシオーネ部長によれば、ブッシュ大統領はどの核施設が査察から免除されるかについての決定権をインド側に委ねてしまったという。これでは交渉当初から追求してきた通常通りの全面的な査察とはかけ離れたものになっていると言う 。さらにダブル・スタンダードによってアメリカがイランの核保有を防ごうとしている努力が正当性を失うのではないかと警告している。

共和党の中からもリチャード・ルーガー上院外交委員長、ヘンリー・ハイド下院国際関係小委員長、エド・ロイス下院国際テロ及び拡散防止小委員長といった有力政治家が、今回の取り決めがインドに対して余りに寛大で拡散防止の目的が犠牲にされているのではないかと懸念の声が挙がっている。

米印両国の取り決めが効力を発する前にインドがロシアからのウランを輸入しているので, 反対派の意見には一考の価値がある。

こうしたの賛否両論の中で、カーネギー国際平和財団のジョージ・パーコビッチ副所長インドを組み込むためにも拡散防止体制は柔軟なものに変わる必要性があると言う。ただ今回の取り決めでは不明瞭な文言があり、合意に至るまでが早過ぎるのではと懸念している。「平和利用」と「軍事利用」の文言は厳密に定義されなければならないと述べている。パーコビッチ氏はブッシュ大統領のアプローチに全面的に賛成しているという訳ではないが、ダブル・スタンダードについては次のように弁護している。

「イランは法的義務を果たしておらず、それらを説明責任がある。また、イランはインドとは違って特定の国が存在する権利を認めていない。イランはインドと違いテロ活動を支援している。両国の違いは著しい。」

最後にアフガニスタンとパキスタンについて手短に触れたい。アフガニスタンへの抜き打ち訪問のためにブッシュ大統領はタージ・マハールを訪れなかった。ビル・クリントン前大統領とは 違ってインドでタイガー・サファリを楽しむことはなかった。こうした事実からもブッシュ政権がアフガニスタン問題をいかに重視しているかがわかる。一方でアメリカにとってパキスタ ンの重要性は低下している。それはバーンズ氏がヘリテージ財団で行なった講演内容を見ればよくわかる。そこではインドについて余りに多く語られているのに対し、パキスタンについては余りに少なく語られている。

基本的に,インドをグローバル経済に組み込み、この強大な英語圏の民主主義国との戦略的なパートナー シップを確立しようというブッシュ政権の方針は正しい。しかしインドは自らの判断で自らの国益に沿って行動することを忘れてはならない。アメリカはこの国を盲目的に信頼してはならない。現在はニュークリア・スレット・イニシアチブという団体の会長を務めるサム・ナン元上院議員は、今回の取り決めではインドには充分な義務を課さないでアメリカの国益を損なう事態に陥るのではいう深刻な懸念を述べている。こうなると議会での賛否論争は激化する。今後の議会での討論の行方はアメリカ外交と全世界の核拡散防止の将来を左右する。

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コメント

 核協定=インドとの現実的な取り決め=米印協定=ブッシュ政権が充分な見返りのないままにインドにあまりに利益を与えたこと、ですか?その中身はどのようなものですか?
 イランはイラクにテロリストを送り込んでいると聞く。アメリカはイラクにおいてイランとすでに戦争しているようなもので、インドとは扱いが違うのはあたりまえですよね。
 インドはアメリカをパートナーと認めてはいるが、中国との貿易も盛ん。いまのところ、アメリカべったりではないと思う。しかし、アメリカ議会の懸念は的外れと思いますが、いかがでしょうか。

投稿: プライム | 2006年4月10日 23:05

 イラク戦争は、原油高を招き、結果としてロシア、サウジなどを利する行為となった。インドに対しては無条件で原子力技術の供与をし、中国に対しては台湾問題に慎重な姿勢を見せている。明らかに多極化を容認する動きである。一方、アメリカ自身は衰弱する一方だ。
 アメリカは何を考えているのか。一説には、多極化を望んでいるのはユダヤ資本家グループであるという。経済の行き詰まりを打開するために世界の多極化を望んでいるというのだが、事実としたら、なんと犠牲の多いたくらみなのか!

投稿: プライム | 2006年4月11日 00:37

コメントする際には自分のブログかメールアドレスにリンクできるようにして行なうのが通例ではないでしょうか?

本来なら、こうした最低限のこともしていないコメントに返事はしたくないのですが、折角なので返信します。ここの記事にある通りインドの核で問題になっているのは、軍事転用と核拡散に結びつかないか、そして現行NPT体制の枠外で協定を結ぶことが拡散防止体制を崩壊させるか否かということです。そうしたことは、文中の記事に引用された論客の議論を読めばわかるはずですが。

多極化云々が言われますが、新興諸国は今のところローカル・パワーに過ぎません。ユダヤ資本がどうとかいう陰謀理論はまともなオピニオン・リーダーは相手にしません。

裏の裏を読むよりも、もっとオーソドックスな考え方を学んだ方が良いのではないでしょうか?

最後に、どのような意見を書かれても結構ですが、貴方の文は随分と攻撃的な語調ですね。事と次第によってはIPアドレスで身元を割り出せるということをお忘れなきよう。

投稿: 舎 亜歴 | 2006年4月15日 23:59

グローバル経済では、もはやインドは重要な一画を占めています。サービス産業やソフトウェア産業が今後急速に発展するでしょう。その意味で、同じ核保有国であってもイランや北朝鮮とインドは違います。

キッシンジャーの言う、インドはイスラムテロの脅威にさらされているというのは興味深いです。冷戦時代は、ソ連に対抗するために、アメリカはパキスタンと手を組んでいたわけですが、冷戦以後の今日ではパキスタンは、むしろ警戒すべきイスラム国家になり、アメリカはインドと共通の利害関係を持つというわけですね。

投稿: 真魚 | 2006年4月17日 01:53

TBありがとうございます。
アメリカ以外を安全保障のパートナーにできない日本とインドの関係が、対中国に果たして有効なのかどうかも含め、今後も注目していきたいですね。

投稿: nick | 2006年4月18日 21:17

真魚さん、

インドをグローバル経済の仲間入りさせることに異議を唱える人はまずいません。

西側との関係で最も深刻になるのは核不拡散の問題ですが、インドに例外的な待遇を与えてしまうと現行のNPTが完全に崩壊するのではないかという懸念の声があります。

これに対してネオコンとIAEAは違った理由から米印協定を支持しています。ネオコンから見ればもはやNPTによる核不拡散は空洞化しており、現実的な取り決めによってインドからの核拡散を防止すべきという考え方になります。

一方でIAEAは二国間でもインドを核不拡散協定に引き込んでしまえば、いずれはNPTに引き込めると考えています。

いずれにせよ、今後の米議会での動きに注目です。

投稿: 舎 亜歴 | 2006年4月21日 20:50

nickさん、

日本とインドの軍事同盟は考えにくいですが、政治的に親密な日印関係が中国への牽制にはなり得ます。

日本企業が中国市場を重視していますが、より政治的リスクの少ないインドにもっと進出しても良いです。インドの頭脳は中国にない魅力です。

投稿: 舎 亜歴 | 2006年4月21日 21:25

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「あらためて日本の国連安全保障理事会常任理事国入りに反対する一方、インドが日本とたもとを分かつなら、インドの常任理事国入り支持を検討し得ると述べた」 ということだが、... [続きを読む]

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