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2006年8月23日

元大統領対日政策顧問グリーン氏のコメント

日本は安全保障と戦後の平和主義を見直すべき過渡期にある。この国は中国からの圧力の高まりと北朝鮮からの深刻な脅威を受け、国民の国防に関する意識も変わってきている。靖国問題は日本と近隣諸国、特に中国、韓国、北朝鮮との間に難題を突きつけることとなった。小泉首相が9月に退陣するとあって、これらの問題は次期首相選出にも大きな影を投げかけている。

ごく最近まで大統領の東アジア政策の顧問を務めていたマイケル・グリーン氏はフォーリン・ポリシー誌8月号のウェブ版とのインタビューでこうした問題に関連した質問に答えている。グリーン氏は日本の国会と関わる経歴から、日本の権力の中枢に広い人脈を持っている。インタビューの内容を吟味してみたい。

質問1:小泉純一郎首相はまたしても靖国神社へ参拝した。これは政治姿勢だけの問題で済むのか、それとも地域の安全保障に重大な影響を及ぼすのか?

マイケル・グリーン氏は靖国問題によって中国の軍部が対日強硬論を強く訴えるようになると懸念している。グリーン氏は人民解放軍に対するシビリアン・コントロールは弱いので、反日気運が高まろうものなら中国の指導者達が軍部を宥めることは難しくなる。

グリーン氏の指摘に加えて、私が懸念するのは靖国問題によって韓国をこれまで以上に親中かつ親北に追いやることである。現在、韓国が米韓同盟に対して忠実かどうか疑わしくなっている。軍国神社の問題によって日本に対する中韓共同戦線が強化されてしまった。これはアメリカの極東戦略に良からぬ影響を及ぼしている。

質問2:アメリカは日本の政治家に靖国参拝を止めるよう圧力をかけるべきか?

グリーン氏の答えは「ノー」である。アメリカはこの問題に関して慎重であるべきで、アメリカが圧力をかけようものなら日米同盟に良からぬ影響が及ぶ。アメリカは日本を信頼していないという印象を与えるだけである。グリーン氏はさらに、「日本の首相が広島と長崎に原爆を落としたアメリカの圧力によって靖国神社参拝をとり止めることになれば、日本国民の反感が一気に高まるであろう」と述べている。

グリーン氏はこの問題に関して徹底的なリアリストである。だがグリーン氏のメッセージの裏を読む必要がある。アメリカが靖国問題に介入しないのは、日米同盟の堅持と中国との力の駆け引きを考慮してのことである。アメリカがこの問題で日本を支持すべきだとは言っていない。靖国神社が戦前のイデオロギーを守り抜いている限り、日本の戦後になされたレジーム・チェンジとは相容れないものである。

質問3:靖国神社参拝をめぐってこの地域での緊張は高まるか?

グリーン氏は中国が貿易と投資で日本に依存していることを指摘している。さらに中国当局は反日学生運動の矛先が共産党体制に及ぶことを懸念している。日中紛争を理解するうえで重要なポイントである。

質問4:日本と中国の戦略的なバランスをどのように評価するか?

グリーン氏は以下の点に言及している。日本の自衛隊は中国軍より効率で勝る。そして歴史上、日本と中国がともに大国であったのは現在が初めてである。さらに両国近海では尖閣列島のように両国は冷戦状態である。

グリーン氏は重要な問題点を論じている。しかし、日中間の文明の衝突について触れていないのは残念である。私は日本と中国の関係には西欧とイスラムの関係に似たところが多いにあると強く思っている。

質問5:中国の軍拡で日本が最も懸念することは何か?

中国が急速に軍拡を行なっていることはよく知られている。さらにグリーン氏は中国のサイバー戦争能力の向上にも懸念を抱いている。まさにその通りである。先の反日暴動の際に中国の暴徒が日本の政府機関にサイバー攻撃を仕かけたが、これには空恐ろしい思いをしたものだ。似たような事態になれば、米軍にもこのような攻撃をやりかねない。

質問6:北朝鮮のミサイル実験で日本の安全保障政策はどのように変わるか?

小泉首相の最有力後継者と目される安倍晋三氏は北朝鮮への先制攻撃に言及している。グリーン氏は以下のように述べている。

日本がアメリカの核の傘をどこまで頼るべきか、そして日本独自の核武装をどこまで行なうべきかについて議論が高まると予想される。最終的に日本はアメリカの核の傘に入るべきだと考えている。しかしアメリカは日本の安全保障に高い注意を払い、日本との同盟に深く関わることをしっかり示しておく必要がある。

この意見には賛成である。また日本も核不拡散がアメリカ外交の重要課題であることを認識するべきである。日本の政治家達はアメリカの政策関係者を驚かすような刺激的言動は慎むべきである。

質問7:日本の平和憲法の改正はどのように解釈すべきか?

グリーン氏は以下のように答えている。

日本の政治家で憲法改正に中国が拒否権を持つべきだと考えている者はまずいないだろうが、近隣諸国との安定した関係なしに憲法改正の議論を進めるのは難しいという意見が根強い。今後数年のうちに憲法が改正されることはないであろう。だが安倍氏が小泉首相のように長期政権を担えば、任期中に憲法改正に乗り出すであろう。

私はこの問題は日米同盟の強化という観点から推し進められるべきだと考えている。

マイケル・グリーン氏の分析は示唆に富む。しかしインタビューが中国、朝鮮半島、靖国ばかりに集中したことは残念に思う。日米同盟を基盤にした日本は欧米先進民主主義国の一員である。日本にとって世界の運営でアメリカとヨーロッパとのバードン・シェアリングをどうするかという課題は、アジア近隣諸国との紛争にも劣らず重要である。実際に日本の首相候補達がこのことに無関心なことにがっかりしている。

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コメント

>しかしインタビューが中国、朝鮮半島、
>靖国ばかりに集中したことは残念に思う。

  確かにそうですね。インド洋やマラッカ海峡のシーレーンについて、もう少し触れるべきかと。もちろん、政治家自身がこの地域の安全保障について論点を提起すべきだとは思います。

投稿: ろろ | 2006年8月25日 22:21

>靖国神社が戦前のイデオロギーを守り抜いている限り、日本の戦後になされたレジーム・チェンジとは相容れないものである。

先月でしたか、産経朝刊でアーミテージ前国務副長官が靖国の遊就館をその具体例としてさらっと挙げていたのが目に止まりました。M.グリーン氏もテロ朝の日曜番組で田原から遊就館についてコメントを求められた際は、「遊就館は国会ではないから」とさらっと交わしていましたが、個人的にもA級戦犯云々よりこちらの方が気になってはおりました。(あそこは10年位前に一度赴いただけで、開戦の経緯等の説明にはちょっと無理がある
かなと苦笑した記憶がありますが)
東京裁判云々の是非を今更「対外的に」、「あれは不当だ」等と強弁してもはっきり言って通るものではありませんし、それを頑張ることに「対外的な」意味があるとは私自身思いません。
健全なナショナリズムの発露は結構なことですが、偏狭なナショナリズムとして「飛び火」すると厄介なことになるなという懸念が低意にあるのは間違いないでしょう。私自身もそれを懸念します。
「中韓の内政干渉に対する抵抗」という図式を超えてこの件がボトルネックになるのは好ましくないことだと思います。

投稿: tsubamerailstar | 2006年8月25日 22:52

ろろさん、

FP誌のインタビューは日本の次期首相選出をにらんで行なわれたものなので、選挙の争点を中心にしたのはやむを得ないかなとも思います。

ここにきてどの首相候補も日米同盟基軸を主張する用になりましたが、その意味をしっかり考えて欲しいです。ただアメリカに守ってもらうだけでなく、西側同盟の一員という日本の地位を強化するために。

投稿: 舎 亜歴 | 2006年8月27日 18:11

tsubamerailstarさん、

遊就館の問題を解決するには妙案があります。新しく「タイムマシーン遊就館」としてオープンする。展示内容に偏りがありますが、それを逆手にとるわけです。実際にあそこを見学した際にはタイムマシーンで戦中に行ってきたような感覚になりました。こうすることで・・・

1・展示が「タイムマシーン」である以上、そこの説明文や思想は過去のものである。これによって現在の靖国神社と戦時イデオロギーは無関係だと主張できる。
ただし、見学者には「当館の説明文には偏りがありますが、当時の日本人の考え方を忠実に復元したしました。説明文と当神社の思想とは一切関係がありません」との注意書きを配っておくこと。

2・遊就館の説明文では都合が悪そうなものは英訳されていなかった。これは姑息であるが、タイムマシーンとなった以上は現在の神社と遊就館の思想は何ら関係がないことになる。英訳説明も躊躇なく作れる。靖国にそれくらいの予算がないとは思えない。

3・遊就館の展示内容そのものは変更されないので、右翼に騒がれる筋合いもない。暴動にもならずに済む。

もう一つ言うならば、知日派の意見は参考にしても過信はしない方が良いと思っています。ワシントンの外交政策の中枢にいるのは、ロシアを含めたヨーロッパと中東の専門家です。意思決定に関わるのは彼らです。
例えばマイケル・グリーンの「日本の首相が広島と長崎に原爆を落としたアメリカの圧力によって靖国神社参拝をとり止めることになれば、日本国民の反感が一気に高まるであろう」というコメントなど、余りに日本人的な発想です。大統領や国務長官などにここまで日本人の心情を理解してもらうとは期待しない方が無難です。

ちなみに、手嶋龍一はイラク戦争前の日本政府関係者は、開戦の主役であるネオコンとは接触せずに親日派とばかり話していたと記しています。これでは日本に耳ざわりの良い情報しか入ってきません。

「民主主義国」日本を「共産主義国」中国より重視するネオコンだから良かったものの、中国との関係も良くしようという民主党政権下でこのようなことをやっていては大失態につながりかねません。

投稿: 舎 亜歴 | 2006年8月27日 18:48

>タイムマシーン遊就館

  そのアイデアはいいんじゃないでしょうか。私もあそこの展示物は少しはらはらします。
  どこかの国が核兵器で民間人を殺害した件は、別の場所でガンガンPRできますからね。(←舎さんの思想とは相容れないと思いますが、私の意地で敢えて付け加えました)

投稿: ろろ | 2006年8月28日 23:40

>展示が「タイムマシーン」である以上、そこの説明文や思想は過去のものである。

確かにこの意図が明確に伝わるのであれば「対外的」にもよいでしょうね。
手嶋支局長(もはや・・・・ではないのか)はテレビでも危うい部分を指摘していましたが、全般的に議員外交が不足している面が否めないのではないでしょうか。例えばこっちの野党が米民主党とパイプがある何て話は聞いたことがありませんし、その辺が問題ですよね。オルブライトみたいな無能な国務長官が再登場したら目も当てられないような・・・・
まぁ、それと米国が小回りが利かない中央アジアとかインド等とのパイプを作っておくことでしょうか。

投稿: tsubamerailstar | 2006年9月 3日 01:23

>>つばめさん

>オルブライトみたいな無能な国務長官

  これには笑いました。あの大統領にして、あの長官あり、ですか?

投稿: ろろ | 2006年9月 3日 02:22

tsubamerailstarさん

>こっちの野党が米民主党とパイプがある何て話は聞いたことがありませんし

日本民主党の岡田元党首は大統領選挙の最中にケリー陣営の集会に顔を出していました。こういうやり方はまずいです。相手国の野党とのパイプは大事ですが、まるで現政権に真っ向から異議を唱えるのは避けるべきです。とにかく、変な刺激をせずに上手にパイプを作って欲しいです。

中央アジアは小泉首相が歴訪しました。インドはアメリカとの核協定が結ばれ、準同盟国になりそうか???

投稿: 舎 亜歴 | 2006年9月 4日 12:18

ろろさん、

原爆投下について、私は以下のポイントを挙げてみたいです。

1.戦時特派員の存在
不幸にして第二次大戦中の日本には連合国の特派員はいなかった。もしいればどうだったか。昭和天皇の側近の間で終戦に向けて動き出していた情報はとれたであろう。無理やり原爆投下に踏み切ったか?

今日のようなテレビ戦争であれば、爆撃のやり方も違ったのではないか。実際に連合国の政府や軍部でも一般市民の殺傷に批判はあった。

1発目は防げなくても、広島に特派員がすぐに乗り込んでしまえば、その惨状はすぐに知れわたる。それでも長崎まで原爆を投下したか?

2.戦略思想の変化
初めのうちは連合軍は軍事施設に限定した爆撃をしていたが、戦果は挙がらなかった。となると、相手国の産業や生活のインフラを爆撃して戦力を奪おうという「戦略爆撃」が行われるようになる。

ニュルンベルグや東京の爆撃はまさにそれ。原爆の使用は戦略爆撃の思想の延長にあるもの。焼き殺され、破壊されるの恐怖は通常兵器も核兵器も同じ。


こんなところです。今日の軍事専門家が見れば、原爆投下は不要でしょう。しかし限られた情報と戦時の雰囲気の中で、指導者は正しい判断が下せるのか?そう考えると多くの教訓が引き出せそうです。

投稿: 舎 亜歴 | 2006年9月 4日 12:43

ご無沙汰いたしております。マイケル・グリーン氏のインタビュー、興味深く拝見しました。グリーン氏は色々言ってますが、少なくとも日米政府間では、小泉首相が昨年11月にブッシュ大統領との首脳会談で「もし大統領が反対なさると仮定しても、それでも靖国には行く」と言って、ブッシュ大統領が諒としたという経緯があるので、何も問題になることはないでしょう。大統領が変わればどうなるか分からないという可能性もあるかもしれないですが、日米同盟が拡大深化していれば靖国が問題化することは益々ありえなくなります。舎亜歴さんの仰られるように、日米のバードンシェァリングに踏み込んだ世界戦略を共有すべく、日米同盟を再構築していくのが何よりも肝要なことでしょう。
遊就館を先の大戦の「戦時博物館」としてしまうのは一案ですね。これは率直にかなり面白いと思いました。

投稿: 猫研究員。 | 2006年9月 6日 00:52

>原爆投下について、私は以下のポイントを挙げてみたいです。

  非常に冷静な分析です。検討すべき価値はあるでしょうね。私は、「多くの人が死んだ」という教科書の記述を、「殺された」とすべきとは思いますが。
  この辺は、思想信条の問題なので、もうこれ以上は論じません。

>中央アジアは小泉首相が歴訪しました。

  これは非常に評価したいと思います。
  リビアとブラジル(?)を松田大臣が訪問したニュースもいいですね。ヒズボラに対しても、カダフィは少し距離を置いているように思います。アメリカと和解したからでしょうか?スエズ運河経由でリビアの石油が入ってくるなら、メリットは大きいと思うのですが。

投稿: ろろ | 2006年9月 7日 03:24

猫研究員さん、

靖国が日米間では問題にならないというよりは、少なくとも政府レベルではアメリカは問題にしたくないようです。

とはいうものの、アメリカの識者の間では日本と中韓の対立を仲介しなければアメリカのアジア戦略に支障をきたすという声も根強いです。実際には、日本のナショナリズム感情を変に刺激しかねないこうした動きをアメリカ政府がするとは考えにくいのですが、上記のような議論が一部にあることは要注意です。

ちなみに、あのタイムマシーンでは憲兵か特高に捕まらないかと冷や冷やしていましたが、無事に帰還できました。あ~良かった。

明治村のように、遊就館にも憲兵や特高役がいれば臨場感があって面白いです。アルバイト俳優なら東京にはいくらでもいます。

投稿: 舎 亜歴 | 2006年9月10日 00:30

ろろさん、

原爆について言えば、本来はナチス・ドイツより先に抑止力として開発されました。アインシュタインが進言し、多くの亡命ユダヤ人科学者がマンハッタン計画に参加したのもそのためです。

原爆の完成を前にドイツは降伏し、残るは日本だけ。本来の目的でなかった広島、長崎へ投下されてしまいました。

石油の輸入先の多角化は必要です。日本の中東湾岸依存度は先進諸国の中でも異常に高いので。カダフィもおとなしくしているなら、悪くない輸入先です。

投稿: 舎 亜歴 | 2006年9月10日 00:46

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