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2006年9月17日

アメリカと古いヨーロッパ:9・11+5の世界

911から5年がたった。冷戦後で国際社会にこれほど大きな心理的影響を及ぼした大惨事はない。これはマドリードの311とロンドンの77より大規模な殺戮と破壊が行なわれたという理由からだけではない。アメリカ国民はテロリストによる新たな脅威に対してこれまで以上に警戒するようになった。そしてアメリカとその他の国では脅威への認識の差が大きくなってしまった。これによってアメリカとヨーロッパの古くからの同盟国の間で、特にイラク、そしてアフガニスタン、イラン、レバノンでもある程度の見解の不一致が目立つようになった。

ドナルド・ラムズフェルド国防長官はフランスとドイツを「古いヨーロッパ」と揶揄したが、この語は両国がアメリカにとって古くからの友邦であることも意味している。自由と民主主義の二大勢力であるアメリカとヨーロッパの良好な同盟関係は、世界の啓蒙と繁栄の礎である。そのため、米欧関係を修復し再強化することは不可欠である。

国際社会に広く行きわたっている見解とは逆に、ミシガン大学のファン・コール教授とフォーリン・ポリシーのウィリアム・ドブソン編集長は、フォーリン・ポリシー910月号で911後の世界も基本的な構造は変わっていないと主張している。ドブソン編集長は“The Day Nothing Much Changed”という論文で、911事件にもかかわらず旅行人口は増加し、高層ビルも建築され、経済のグローバル化もとどまるところを知らないと述べている。テロ攻撃によっても世界の力のバランスは変わらなかったばかりか、アメリカとその他の国々との力の格差を拡大しただけであった。コール教授は“Think Again: 9/11”という論文で、911でもアメリカ外交は根本的に変わらず、一時的に政治的制約が除かれただけだと記している。テロ攻撃がなければ、ブッシュ政権はイラクで限定爆撃かクーデター支援を行なうにとどまったかも知れない。

アメリカとヨーロッパの政策の違いを理解するうえで推薦したいのはカーネギー国際平和財団のロバート・ケーガン上級研究員の著書“Of Paradise and Power”(邦訳:「ネオコンの論理」)である。ケーガン上級研究員は「今日のヨーロッパとアメリカの間の明確な違いは、世界がジャングルの掟に従うか理性の掟に従うかという問題に対する心理的あるいは形而上学的な見解の不一致である」と述べている原書p.91。アメリカ国民はホッブスの世界を信じ、ヨーロッパ諸国民はカントの世界を信じている。

ケーガン氏はさらに911の影響を以下のように評価している。

911によってそれまでのアメリカが劇的に変わった訳ではない。アメリカがこれまで以上に力の論理を信用するようになっただけである。」原書p.91

アメリカも古いヨーロッパもイスラム過激派が重大な脅威だと認めているが、両者のアプローチは異なる。ケーガン氏が述べた力の格差だけが米欧のいがみ合いの原因ではない。ブルッキングス研究所のジェレミー・シャピロ研究部長とダニエル・バイマン上級研究員はThe Washington Quarterlyという国際政治専門誌の2006年秋号に“Bridging the Transatlantic Counterterrorism Gap”という論文を投稿している。この論文を検証したい。

この論文ではアラブ系とイスラム教徒の人口分布の違いが米欧の政策不一致の重要な鍵となると述べている。アメリカのアラブ・イスラム人口は少なく、国内に広く散らばっているが、ヨーロッパでは特定の場所に集まって彼らだけの社会を作り上げている。そのため、ヨーロッパではパリ暴動やロンドンとマドリードの爆破のような国内の混乱に注意が向いている。他方アメリカでは大規模破壊を画策するテロリストが海外から入り込み、大量破壊兵器さえ使いかねないと警戒している。

またアメリカ合衆国は単一の主権国家であるのに対し、ヨーロッパ連合は独立国家の集まった超国家機構である。EUの条約ではイギリス、アイルランド、新規加盟国を除いて国境は共通のものとなっている。そのため、テロリストは域内の国境を超えて自由に行き来できるが、合衆国ではこうしたことはあり得ない。

人口分布、政治的一体性、力の格差といった条件から、アメリカと古いヨーロッパがとるテロ対策は違ったものとなる。アメリカはテロリストを国内から締め出し、イラクでもアフガニスタンでも他のどこでも戦おうという外部化戦略をとっている。古いヨーロッパではテロとの戦いの場は国内である。そのためアメリカとヨーロッパではテロに対する言葉使いが違ってくる。アメリカの指導者達は好んで対テロ作戦を「戦争」と言うが、ヨーロッパでは刺激的な言葉は避けられる。911以降のアメリカと違い、ヨーロッパではテロ攻撃に対して愛国心に訴えることはない。

こうした背景の違いを考えれば、ドイツとフランスがテロ対策でアメリカと見解を違えることは何ら不思議ではない。アメリカにとって最も頼れる同盟国のイギリスでさえ、トニー・ブレア首相に対する労働党左派からの突き上げが激しくなっている。現状認識と戦略での米欧間の違いは大きいが、ジェレミー・シャピロ氏とダニエル・バイマン氏はヨーロッパとの緊密な関係はアメリカの国益にかなうと主張している。この目的のために、両人ともアメリカはヨーロッパ同盟国がとる国内テロを中心にした対策を支援するように薦めている。他方、ヨーロッパもアメリカが海外で行なう対テロ作戦に協力的であるべきだと述べている。また米欧が共同で中東の民主化に取り組むべきだと主張している。

ヨーロッパ側からも米欧がテロ対策で協調を進めるような進言がなされている。米欧共同の中東の民主化について、マドリードのFRIDEというシンクタンクの上級研究員も兼任する英ウォーリック大学のリチャード・ヤングス講師は「アメリカもEUも穏健派イスラム教徒との対話の必要を認めており、共同フォーラムに彼らを招けば情報交換にも多いに役立つ」と提案している。ヨーロッパ改革センターのマーク・レナード所長はイラク戦争の長期化とイランと北朝鮮に対する多国間交渉の非効率ぶりから、アメリカがウィルソン的理想主義から孤立主義に陥ることを懸念している。ヨーロッパ側がイラクでのアメリカの一国中心主義をどれほど嫌おうとも、コソボのような場合にはアメリカの介入がなければ立ち行かない。レナード氏はファイナンシャル・タイムズ2004年1月26日号で“The US heads home: Will Europe Regret It?”こうした重要な点を強調している。

あれから5年がたち、アメリカとヨーロッパの双方が互いのイメージを回復することが望まれている。アンジェラ・メルケル独首相とニコラス・サルコジ仏内相が古いヨーロッパに対してアメリカが抱く印象を改善するかも知れない。ゴードン・ブラウン英蔵相はトニー・ブレア首相に対する左派の突き上げを宥めた。アメリカ国民もヨーロッパ諸国民も大西洋同盟が世界の難題に立ち向かう中軸であることを再確認する必要がある。

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コメント

  ロバート・ケーガンというと、「アメリカ=リヴァイアサン」という話ですね。安倍晋三氏の著書にも出ていました。
  確かに、冷戦=米ソによる世界共同管理時代後、フランスやドイツは世界の自然状態に適切に対処してきたとは言い難い面がありますね。NATOに加わっていれば十分と思っていたのでしょうか。特に、ソ連製の安価な武器が世界中に拡散した事に対して、認識が甘かったように思います。

投稿: ろろ | 2006年9月18日 00:00

ケーガンのホッブス対カントの理論は先制攻撃論やブッシュ・ドクトリンにも影響を与えました。

冷戦後の独仏ですが、共産主義の脅威が去ってヨーパの統合と拡大が進んだことからEU域内に内向きになってしまったことは否めません。また新しい時代に即応した軍備を整えなかったため、コソボでは「バックパッカー」の汚名までつきました。

投稿: 舎 亜歴 | 2006年9月18日 20:37

>ホッブス対カントの理論

  まさに英米の経験論対大陸の観念論ですね。ケーガン氏が形而上学という言葉を使うのがよくわかります。
  経験論は融通無碍に流れるきらいはありますが、その時代の状況に即した現実的な考えができますね。19世紀のイギリスや今に至るまでのアメリカの政治哲学にもそれが現れているような気がします。
  冷戦後に、独仏が観念論(ヨーロッパ主義ともいうべきか)に流れたのは残念です。それによってロシアがエネルギーをテコに力をつけて、中国にEUの武器が流れることになってしまったからです(フランスの武器売却は未遂だったかも?)。
  メルケル首相には西独のシュミット首相を思い出し、日・米・英の「海洋国家同盟」側についてもらいたいです。ブッシュ大統領にいきなり肩を揉まれたショックで反米にならないといいのですが。(笑)

投稿: ろろ | 2006年9月18日 23:19

メルケル首相は旧東ドイツ、すなわち「新しいヨーロッパ」出身なので肩も揉みくらいで反米に転じはしないでしょう。ただ、さすがにマーガレット・サッチャーでは怖くて肩揉みどこではなかったのでは?それでも首相としては頼りになりました。

投稿: 舎 亜歴 | 2006年9月20日 01:11

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