イスラムと民主主義
去る9月25日にアメリカに亡命中のイラン人グループが運営するレジーム・チェンジ・イランというブログから“Iranian Clerics' Angling Stirs Worry on Absolute Rule”というEメールニュースが届いた。それによると、ニューヨーク・タイムズは保守派の長老聖職者でマフムード・アフマディネジャド大統領の顧問もつとめるムハマド・タキ・メスバー・ヤズディ師が民主主義とイスラムは相容れないと言ったと報じていた。これはアメリカ外交に対する挑戦である。ヤズディ師のイスラム政治理論は以下の通りである。
ヤズディ師は1998年7月に「民主主義とは、国民が神の意志に反することを望むなら、紙も宗教も忘れ去られてしまうということである。」と発言している。さらに「騙されてはならない。イスラム教と民主主義は相容れないものである。」とまで言っている。
2002年11月にはアフタブ・エ・ヤズド紙で「投票者の多数派などろくなものではない。ウォッカで酔っ払ったフーリガンや金をもらって投票所に足を運ぶような連中ばかりだ。こんな者達の言うことが国家やイスラムの法になってはならない。」と述べている。
アフメディネジャド大統領の当選を機にヤズディ師の民主主義批判は慎重になったが、今年のマシュハドでの演説を聞けば宗教専門家会議の選挙手続など認めていないことは明らかである。ISNA通信によると、ヤズディ師は選挙など「無知な大衆に学識,者を評価させる」 ようなものだとまで吐き捨てた。
現在、最高指導者ハメネイ師とメスバー・ヤスディ師は最高視聴者の権力の拡大を目指しており、モハマド・ハタミ、アリ・ラフサンジャニ両元大統領と対立している。
歴史的にイランの政治はサファビー朝(1501~1722年)からカジャール朝(1795~1925年)に至るまでシャーとイマームの二元体制であった。シャーとイマームの関係には皇帝と教皇の関係と似たところがあった。シャーが政治的な正統性を主張するためにはイマームに認められる必要があった。スンニ派アラブ世界では、ワッハーブ派がサウジアラビアや湾岸諸国の近代化の妨げとなった。どちらの場合も宗教的権威によって政治の指導力に制約がかかった。1979年のイスラム革命を契機に、イランは中世に逆戻りした。イスラム原理主義者達はこの傾向をさらに推し進めようとしている。
実際にイスラム諸国の大多数は非民主的である。ミドルイースト・インフォというイスラエルのアドボカシー団体は、警察国家、神権政治、圧政の下にあるアラブ諸国とイランの合わせて23ヶ国がイスラエルを取り囲んでいると主張している。確かにアラブ世界とイランには民主国家は存在しない。より理解を深めるために、フリーダム・ハウスの指標を参照したい。フリーダム・ハウスは故エレノア・ローズベルト大統領夫人が設立した超党派のNGOであることは周知である。目的はアメリカのリーダーシップによって民主主義を広めるためである。ウクライナの民主化で学生運動を支援したことは余りに有名である。
イスラムと民主主義は本当に相反するものなのだろうか?注意深く事態を見守れば、そのようなことはないことがわかる。フリーダム・ハウス指標2006年によれば、マリの点数は2.0でインドの2.5より良い。この評価方法については当ブログの以前の記事「自由の格付け:フリーダム・ハウスの指標」を参照していただきたい。ブッシュ政権がインドを戦略的パートナーと認めたのは、インドが充分に自由で民主的だと見なしたからである。この事実はイスラム世界でも自らの文化的伝統を損なわずに自由と民主主義を追求できるという証しである。この点から、アメリカ外交の重要アジェンダである中東の民主化は正しいのである。イラクの民主化計画が超党派であったのは何の不思議もない。クリントン政権がこれに着手し、ブッシュ政権が引き継いだまでのことである。
民主化と近代化のために、アメリカン・エンタープライズ研究所のルエル・マルク・ジェレクト常任研究員の論文を参照したい。ウィークリー・スタンダード誌の2月20日号に掲載された“Selling Out Moderate Islam”という論文の中で、ジェレクト氏はイスラム世界の文化改革を主張している。中でも欧米で教育を受けた穏健派のイスラム教徒に期待を寄せている。他方で「欧米が乱暴な脅迫を振りかざすイスラム教徒に宥和してしまえば、アメリカやヨーロッパ在住の自由主義で進歩的なイスラム教徒に対する冒涜になってしまう。祖国でイエスやマリアやモーゼについて言えたことと同じことが預言者ムハマドについても言えるアメリカやヨーロッパは、進歩的なイスラム教徒にとってもはや離れられない土地である」。さらに「イスラム文明はエドワード・ギボンのように厚い信仰心を持ちながらもそれに懐疑的で批判的、そして時には極端に非宗教的な視点から自らの文明の土台を見つめ直した人物を輩出していない。」とまで述べている。
ジェレクト常任研究員は「自由世界の基準が崩壊して恐怖に屈してしまえば、長期的にはイスラム教徒達にとっても不利益となる。欧米の反帝国主義左派はイスラム世界に被害者意識を植え付けたが、欧米人がそうやってイスラム教徒たちを対等な競争もできず自分達の宗教も守れない子供扱いしてしまえば事態は悪化の一途をたどるであろう。」とまで述べている。
中世キリスト教世界にも言及しながら、ルエル・マルク・ジェレクト常任研究員は以下のように結論づけている。
キリスト教世界がそうであったように中東のイスラム世界も近代化のあり方を考えねばならなくなるだろう。民主主義の定着が早ければ早いほど、神と人間の関係についての本格的な議論の開始も早まる。それはイスラム側にとっても西側にとっても辛辣なものとなろう。だが権威主義体制が続けば過激派のメッセージが強い影響力を持つようになり、イランのような血みどろの革命が起きるだけなので、他に道はない。ハマスが選挙で勝利を収めたからといって民主化を後退させてはならない。それも西側にとって希望をあたえるものであり、アメリカの国益から最も重要となるエジプトとイランでの本物の選挙が開催されるための強力な後押しとなるべきである。またキリスト教徒、イスラム教徒、ユダヤ教徒を問わず、彼らの言論が程度の高いものであれ低いものであれしっかり守られねばならない。選挙と言論の自由はイスラム社会の近代化の基盤を成す。
近代化と民主主義の成功は、アメリカそして西側全体の外交的勝利である。過激派に対してチェンバレン的な優柔不断は問題解決とならない。もちろん、チャーチル的な断固とした力の政策はイスラム社会の啓蒙化を促すようなソフトな政策と併用されねばならない。
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コメント
作業中お邪魔します。
イラン シーア派原理主義としてはまさしく正論を言ったに過ぎないですね。
社会の規律の理解がイスラムでは「No(という自由)」は規律を乱すこと以外の何モノでもないですから。
法律(憲法も)も政治も全てはコーランの教えに沿ってなされるが故にそれは世界で唯一絶対に正しいアッラーの言葉で書かれているが故に正しいのであって、それにNoということ等背教以外の何物でもない。
YesとNoが同時に成立するからこその自由・・・というのは混乱の極みを象徴しているに過ぎない。
それと、指導者という存在は「無知な大衆を導くことが責務」なのでいわゆるイスラムの寛容の下で行われる民主主義とは
”指導される民主主義”へ自動的になってしまう。
それに加えて、上位層が持つ下位層への徹底的な差別意識と言うか偏見(とは必ずしも言い切れない程に下位層の人間はヒドイのも事実ですが)から今のままでの民主化は悲惨な事態になるのは火を見るよりも明らかなので、こうした発言をしても
国民から反発を喰うなんてことはないでしょうね。
一般的な国民サイドからすると長きに渡って「非統治者」の立場しか知らない訳ですから、なかなか外部からのレジームチェンジは難しい。
投稿: asean | 2006年10月17日 16:53
イラクと違い、イランの場合は学生運動の他に海外で民主化活動を行なう亡命者も多いので、自覚あるリーダーの候補生には恵まれているのでは?ただ、こうした反体制民主化運動がまとまれるのかは予断を許しませんが。ワシントン郊外のレザ・パーレビとロンドンのマリアム・ラジャビは王政時代からの仇敵同士。
それにしてもイランの歴史でシーア派イマームが国の進歩と発展にどれほど貢献したかとなると、マイナスの評価に行き着いてしまうのですが。
投稿: 舎 亜歴 | 2006年10月18日 20:44