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2006年10月31日

アメリカ外交史の新刊:ケーガン氏対フリードマン氏討論会

ネオコンの論客として著名なカーネギー国際平和財団のロバート・ケーガン上級研究員が今月に入ってアメリカ外交史の新著を出版した。ケーガン氏は10月18日にカーネギー国際平和財団にてニューヨーク・タイムズのトマス・フリードマン編集長とのパネル・ディスカッションに参加するため、ブリュッセルからワシントンに戻った。

新刊の“Dangerous Nation: America's Place in the World from Its Earliest Days to the Dawn of the 20th Century”ではケーガン氏はアメリカの孤立主義的伝統を否定し、植民地時代からすでにアメリカ外交は拡張主義であったと主張している。現在、ケーガン氏はドイツ・マーシャル基金のプロジェクトでブリュッセルに滞在中である。同書ではヨーロッパ人の視点からアメリカをとらえており、アメリカと他の国々との認識の違いを克明に述べている。ディスカッションの内容を見てみよう(ウィンドウズ・メディアリアル・プレーヤーのビデオはこちら)。

討論会のはじめに、ケーガン氏は外交政策には世界の動向よりもその国の政府や社会の性質の方が大きな影響を及ぼすと述べた。アメリカ外交は独立宣言に基づいており、普遍的な人権を擁護している。ここでは人道的で自由主義的な理念の普及が重要な点である。アメリカの指導者達はジョン・アダムス、セオドア・ローズベルト、ウッドロー・ウィルソンにいたるまでこの目的を追求してきている。

アメリカ国民は自国の外交政策を利他的で、最も崇高な動機に動かされていると考えているが、他国民から見ればそうした外交政策は危険と脅威に満ちた不安定化の要因となっている。ケーガン氏は1898年の米西戦争を典型的な例として取り上げている。ヨーロッパ諸国はアメリカのキューバ介入を非難したが、アメリカはスペイン植民地政府の暴政からキューバを解放するための人道的かつ道徳的な介入であると主張した。アメリカ外交の根本的な性質は革命的な性格に基づいた拡張主義的で好戦的な態度である。だがアメリカ国民はそうしたことを意識していないうえに、自国を帝国だとは見なしていない。アメリカ国民は自国の外交の野心と好戦性を認めていない。これがアメリカと他の国との認識の違いである。

トマス・フリードマン氏は他にも「危険な国」が存在するかどうか尋ねた。ケーガン氏はアメリカほど革命理念を掲げる国は他にないと述べた。中国は普遍的な価値観を主張していない。大英帝国は現代のアメリカときわめて似ているが、民族性に基づくナショナリズムを基盤としていた。他方でアメリカのナショナリズムはイデオロギー的なもので、独立宣言に基づいている。ケーガン氏は宗教が合衆国を統合しているわけではないので、アメリカをキリスト教国家とかプロテスタント国家と見なすことは全くの見当違いであると主張している。

アメリカと他の国々との認識の違いを示す興味深い例として、モンロー・ドクトリンを取り上げている。ドクトリン自体は一般には孤立主義の象徴と受け止められている。実際にモンロー・ドクトリンはアメリカ外交の積極姿勢を示すものである。そこではアメリカが西半球で支配的な地位を確立し、世界の場でイデオロギー的な優位性を主張した。

イデオロギー的なナショナリズムと利他的な拡張主義に加えて、ケーガン氏は南北戦争がアメリカ外交に与えた影響に焦点を当てている。南北戦争以前のアメリカは奴隷の反乱を防ぐために多大な精力を注いだ。南部は第二のハイチを恐れていた。そこでは奴隷の指導者が白人のプランテーション所有者にとって代わった。イデオロギーからすれば、自由と奴隷制は相反するものである。南北戦争の結果は自由民主主義を世界に広めるというイデオロギーをアメリカのアイデンティティとして決定づけた。

ロバート・ケーガン上級研究員によると、ブッシュ政権は世界の中でアメリカが特別な場所であり、その国力は世界の進歩のために利用されるべきだという基本的な価値観を明確に打ち出しているという。こうした傾向は911によって顕著になっている。通常のアメリカの視点からすると、911のテロリスト、日本、ソ連がアメリカと敵対したのは民主的でないからである。そのため、アメリカの政策形成者達はこうした国々の体制を変革する必要があり、究極の真実である自由民主主義が普遍的であることを理解させるべきだと信じている。

アメリカは自国を帝国だとは見なさず、イラクとアフガニスタンでも占領者としては振る舞わない。19世紀のイギリス首相パーマストン卿とは違い、アメリカの指導者達は支配的な地位を担おうという野心を認めていない。イギリスの歴史学者でハーバード大学のニール・ファーガソン教授はこうした態度を批判し、アメリカは19世紀のイギリスのように世界最強国として振る舞うべきだと主張している。しかしアメリカ国民は自国の利他主義が示す暗黙の意味について意識していない。それは他国民に対して「我が国と同じようになれ」と言っているということである。

ケーガン氏はアメリカ外交の重要な側面を指摘している。アメリカ以外の国の国民はアメリカ特有の道徳的拡張主義を危険と見ている。このことは世界各地の反米主義を理解するうえでも重要である。イギリスもアメリカも自由主義の理念を世界に普及させようとしている。イギリスが自国の勢力圏に自分達の思考様式を押し付けようととしたのに対し、アメリカは他国に対して自らが文化的優位にあるとは考えていない。共和党であれ民主党であれ、アメリカと他国との基本的な認識の違いは避けて通れない。他の文明の国々は独立宣言に基づく最も崇高な理念の実現を掲げた政策と共存できるだろうか?これは今世紀の世界安全保障の重要な問題である。

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コメント

こんにちは。

翻訳、お疲れ様です。

読んだ感想ですが、一部なので、決め付けることは、できませんが、
W.R.MEADや、特にHENRY・Nauに近い印象を持ちました。

ヨーロッパからみる視点は、おもしろいですね。
アイデア(理念・価値などアイデンティティを構成するもの)によって、内を束ねると同時に、それには、国境はありません。つまり、内外の区別がないんですね。また、統治が非公式な形をとるのもアメリカの歴史的潮流ですね。国益(価値も含む)のためには、軍事力の行使も厭わず、拡大していく。MEADに言わせれば、ウィルソン流とジャクソン流の混合ですね。


アメリカの孤立主義といっても、ヨーロッパには、絶えず、干渉ですから。個々、細かいところは、何とも言えませんが、私の認識でも、アメリカは、建国以来、『危険な国』という認識です。
読んでないので、買ってみようかな 

投稿: あいけんべりー | 2006年11月 4日 09:39

返答遅れて申し訳ありません。実は私もまだこの本は読んではいません。しかし講演内容は興味深いです。

ブログ記事には書きませんでしたが、フリードマンがアメリカの革命性の象徴としてペルシア湾の沿岸警備を挙げています。それはまるで「女子海軍」とでも言うべきもので、士官から水平まで女子だけの艦船が臨検を行なっていたとか。

イスラム教徒の水夫や漁師にとって、こうした革命性は受け入れられるものかどうか?こうしたところにも崇高な理念と現地の文化の衝突が見られそうです。

投稿: 舎 亜歴 | 2006年11月11日 22:24

舎さん、

アマゾンで注文していたケーガンの"Dangerous Nation"が今日届きました。植民地時代から拡張主義であったというのは、一般的なアメリカ史の理解では議論をかもすと思います。そもそも先住民族との協調なくして、初期の植民者たちは生活すらできなかったのですが。外交においても、建国の父たち、特にジェファーソンの外交政策に拡張主義があったのかどうか。フランスの援助なしに独立戦争に勝利できたのかどうか。そのへんをケーガンはどう書いているのか興味あるところです。パッド・ブキャナンはかつて、アメリカは共和国であって帝国ではないと書きましたが、このへんケーガンはどう考えるのか。ローマ帝国のようになれるとでも考えているのか。たいへん興味深いところです。

投稿: 真魚 | 2006年11月12日 01:15

植民地時代の拡張主義については講演でも触れられています。英本国が勢力均衡を考えるのに対して、アメリカ植民地では北米大陸そのものを自国の勢力範囲であるかのように考えていたということで、後の時代のmanifest destinyの発想を思い起こさせます。

アメリカ植民地はイギリスの白人植民地の中でも拡張主義と使命感に燃えた異色の存在であったということは、ニール・ファーガソンの"Empire:The Rise and Decline of the British World Order and Lesseons for Global Power"に記されています。

ローマ帝国になれるのか?現実にはそれに近い存在でありながら、そうなりきれないアメリカを講演では述べています。

投稿: 舎 亜歴 | 2006年11月13日 00:19

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