2006年の最後に:サダムを野放しにできたか?
2006年は今日で終わり、新しい年がやって来る。あたかも新年への橋渡しを記念するかのように、サダム・フセインが処刑された。今日は対イラク開戦というアメリカの決断に向けられた批判が妥当か考えてみたい。
確かにサダム放逐後には予期せぬ困難はある。しかしアメリカと有志連合がサウジアラビアとクウェートに進駐し続け、核開発の疑惑がある地点に時折の爆撃をするだけであったならば、進駐軍と現地警察に対するテロ攻撃がなかったと保証できるだろうか?
オサマ・ビン・ラディンとサダム・フセインの間には直接の関係はないかも知れない。だがテロリストの目的が何かを考えて欲しい。彼らはアメリカの力と自分達のイスラム過激思想に対する欧米の優位と関わるものなら何でも攻撃目標にしてしまう。アル・カイダとその同調者達がイラク近隣の連合軍基地に攻撃をしかけたであろうことは想像に難くない。さらにサウジアラビア、クウェート、ヨルダン、湾岸諸国といった穏健派アラブ諸国で反乱を扇動しかねない。
サダム・フセインは連合軍と国際査察官を愚弄し続けたであろう。事態は現状よりもっと悪くなっていたかも知れない。サダムは誇大妄想にとりつかれており、近隣諸国に絶え間ない脅威を与え続けてきた。サダムがイラン軍とクルド系イラク国民に対し化学兵器を使用したことを忘れてはならない。米英主導の連合軍が生物兵器や核兵器といった他の大量破壊兵器の使用を懸念し続けたのは当然である。さらに連合軍がイラク開戦を躊躇していれば、イラク国民であれば宗教や民族に関係なく未だに圧政に苦しんでいたはずだ。
終わりなき封じ込めには膨大な費用を要していたであろう。
困難があるというだけで危険な独裁者を放逐しようという決断を非難することは適切ではない。いずれにせよ、イラクはイラクであり、ベトナムはベトナムである。影響力のある近隣諸国との対話は重要だが、決して宥和してはならない!
2007年の干支は亥である。まさに野生のイノシシが猛走するようにテロとの戦いと中東の民主化が急速に進展すること願っている。
良い新年を!
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