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2006年12月31日

2006年の最後に:サダムを野放しにできたか?

2006年は今日で終わり、新しい年がやって来る。あたかも新年への橋渡しを記念するかのように、サダム・フセインが処刑された。今日は対イラク開戦というアメリカの決断に向けられた批判が妥当か考えてみたい。

確かにサダム放逐後には予期せぬ困難はある。しかしアメリカと有志連合がサウジアラビアとクウェートに進駐し続け、核開発の疑惑がある地点に時折の爆撃をするだけであったならば、進駐軍と現地警察に対するテロ攻撃がなかったと保証できるだろうか?

オサマ・ビン・ラディンとサダム・フセインの間には直接の関係はないかも知れない。だがテロリストの目的が何かを考えて欲しい。彼らはアメリカの力と自分達のイスラム過激思想に対する欧米の優位と関わるものなら何でも攻撃目標にしてしまう。アル・カイダとその同調者達がイラク近隣の連合軍基地に攻撃をしかけたであろうことは想像に難くない。さらにサウジアラビア、クウェート、ヨルダン、湾岸諸国といった穏健派アラブ諸国で反乱を扇動しかねない。

サダム・フセインは連合軍と国際査察官を愚弄し続けたであろう。事態は現状よりもっと悪くなっていたかも知れない。サダムは誇大妄想にとりつかれており、近隣諸国に絶え間ない脅威を与え続けてきた。サダムがイラン軍とクルド系イラク国民に対し化学兵器を使用したことを忘れてはならない。米英主導の連合軍が生物兵器や核兵器といった他の大量破壊兵器の使用を懸念し続けたのは当然である。さらに連合軍がイラク開戦を躊躇していれば、イラク国民であれば宗教や民族に関係なく未だに圧政に苦しんでいたはずだ。

終わりなき封じ込めには膨大な費用を要していたであろう。

困難があるというだけで危険な独裁者を放逐しようという決断を非難することは適切ではない。いずれにせよ、イラクはイラクであり、ベトナムはベトナムである。影響力のある近隣諸国との対話は重要だが、決して宥和してはならない!

2007年の干支は亥である。まさに野生のイノシシが猛走するようにテロとの戦いと中東の民主化が急速に進展すること願っている。

良い新年を!

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2006年12月27日

キーパーソン:中国外交の知恵袋

2002yan閻学通(Yan Xuetong

清華大学教授、国際問題研究所所長、中国

グローバル・アメリカン政論では「キー・パーソン」という新しいコーナーを始める。取り挙げられる人物は名声、権力、人気や社会的地位とは関わりなく、重要なメッセージの持ち主とする方針である。初回は閻学通教授を取り挙げる。

国際政治の駆け引きで中国の考え方を理解することは難しい。特に中国が日米に対して強気な態度で臨む際には不快感を抱く。だがただ感情的になって事態を見ても何も得るところはない。中国を理性的に理解するためには、中国の論客によって書かれたものを読むのが最善である。

閻教授は1982年に黒龍江大学を卒業し、1986年に国際関係研究所で修士、1992年にカリフォルニア大学バークレー校で博士号を取得している。その後は中国外交、米中関係、アジア太平洋地域の安全保障について数多くの著作と論文を書いている。中国政府への助言を行なう一方で、国内外の専門誌にも寄稿している。

閻氏が中国の対米、対日、対アジア太平洋政策についてどのように考えているかを理解するために、二つの記事に言及したい。

まずJournal of Contemporary China200110月号に掲載された“The Rise of China in Chinese Eyes”という論文を挙げる。閻教授はこの論文で、中国の台頭とはアヘン戦争以前の国際的地位を取り戻そうという中国国民の長年にわたる願いであると指摘している。さらに中国の台頭によってアメリカの覇権に対する対抗勢力ができあがり、巨大市場が開発されるといったことで世界に大きな利益をもたらすと主張している。

閻氏はアヘン戦争以前の中国が世界有数の大国であったと指摘している。中国国民にとって自分達の国の台頭とは失われた地位の回復である。他方で中国の指導者達はアメリカに追いつこうとは夢にも思っていないうえに、大躍進の惨めな失敗をよく理解している。閻氏は中国が第三世界での指導的地位を目指しており、その台頭は平和的なものだと主張している。アメリカの外交政策を好戦的だと主張する閻氏は、中国がアメリカ主導の一極支配に歯止めをかける役割を担うべきだと主張する。さらに中国によって西欧的価値観への対抗軸として儒教的価値観が広まれば世界の文明を洗練されたものにできると主張している。最後に世界経済に対しても、中国の市場が良い影響を与えると述べている。

人民日報英語版の“Sino-US Relations in the Eyes of Chinese” (2005年3月4日)とい記事で、閻氏は米中関係についての世論調査の分析をしている。中国国民はアメリカの国民と社会は好意的に見ているが、アメリカ外交についてはイラクでの戦争継続(37.6%)、台湾への武器輸出(31.7%)日米軍事同盟の強化(7.9%)を懸念材料に挙げている。閻教授は以下のようにコメントしている。

中国国民のアメリカに対する不満は外交政策、特に対中政策に対してだけだと言ってもよい。その他では台湾問題が大きな障害になっている。中国では60%以上が台湾問題を米中関係で最大の障害だと答えているのに対し、アメリカでは32%が人権問題を両国間の最大の問題として挙げている。

米中関係に関する世論にメディアが与える影響は無視できない。国際問題に関しては中国国民もメディアの報道を受け入れがちである。

閻学通教授は中国国民がアメリカによる「台湾への武器輸出」と「イラク戦争の継続」には同じように高い割合で異議を唱えるのに対し、「日米同盟の強化」を懸念する声ははるかに弱いのはこうした理由からだと指摘している。この調査結果に閻氏は多いに驚いている。「一つ目は中国からはるか遠くで起きたことで二つ目はは中国の玄関口で起きたことなのに対し、最後のことは中国の存亡に関わることである。このような調査結果には驚きを禁じ得ない」と言う。閻学通教授は「我が国のメディアはイラクの報道に多大な労力を費やしており、アメリカの台湾への武器輸出の何倍もの紙面を割いている!」と警告している。日米軍事同盟の強化について、丁一団(Ding Gang)氏は調査結果から国民の多くが事態を深刻に受けとめていないか、殆ど何も知らないのではないかと考えている。

閻学通教授は国際政治の場での中国の視点と野心を明確に述べている。しかし中国が国際社会に及ぼす脅威について閻氏は意識がなさ過ぎる。アメリカ国務省のテッド・オシウス朝鮮半島担当次長は“The Rise of China in Chinese Eyes”で述べられている平和勢力としての中国という議論には疑問を呈している。

中国の周辺は不安定である。ロシアとインドとは協調関係を築く可能性はあるが、中国にとって神から与えられた同盟国ではない。南アジア、朝鮮半島、台湾海峡の情勢によっては中国が武力行使によって自国の国益を守ろうとする可能性は否定できない。近年の出来事をふり返ると、閻氏が言うように中国が平和勢力ということはあり得ない。1979年にはベトナムに侵攻し、近年では南シナ海での行動で特にASEAN諸国に脅威を与え、わずか3年前には台湾海峡でミサイル実験を行なった。現在でも中国は軍事力をちらつかせている。実際に中国は台湾問題の解決で武力行使の可能性を否定していない。

閻氏は中国指導者の中でアメリカの覇権に異を唱える者がいることを認めている。実際に中国陸軍の大佐二人が「無制限戦争」と題する書物を執筆し、弱い中国が強いアメリカにどのように立ち向かうかを議論している。

閻氏がアメリカと日本が北朝鮮に与える脅威を論ずる際にも、中国の視点は歴史をふり返って形成されていることがわかる。日本が満州に侵攻し占領したのはわずか68年前だが、現在の中国が日本の軍事力を恐れる理由は全くない。それでもなお中国は日本に謝罪を要求し続け、日本が普通の国として自らの国を守る権利すら認めようとしない。中国と同様に豊かな歴史と文化を育んできた日本にいつまでも国際社会での役割を制限し続けるべきかどうか、今や問い直す時期である。日本の安全保障に中国が拒否権を持つべきだとでも言うのだろうか?私はこれにノーと答える。

オシウス氏のコメントに加えて、私は次のことに言及したい。歴史を通じて、中国皇帝は諸外国の王を臣下扱いし続けてきた。アヘン戦争の敗北によって初めて中国はウェストファリア規範に基づく国際関係を受け入れたのである。ビクトリア女王の砲火に打ち砕かれるまで、中国人は他国民を野蛮人と見下してきた。閻教授は中国による世界秩序を主張する際に、このことを都合良く忘れている。だが閻氏の論文は中国外交の根底にある論理を理解するうえで役立つ。閻学通氏はまさに世界のキーパーソンである。

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2006年12月19日

米独ブログ・カーニバルと米欧関係

Atlantic ReviewGM’s Cornerというブログが主催する米独ブログ・カーニバル1211日に開催された。以前にも述べたように、このブログ・カーニバルは四半期ごとに開かれ、米欧間の対話と理解を促進している。およそ20のブログが大西洋の両側と太平洋(すなわち私)からこのイベントに参加した。参加したブログでは政治や経済ばかりでなく、ポップ・カルチャーや市民生活に関するものもある。

アトランティック・レビューから昨日受信したEメールによると、そのブログがタイム誌に「情報化時代の寵児」として「今年の注目人物」の一人に選ばれたという。ブロガーが国境を超えて知的な対話と情報交換を行なえることは喜ばしい。同カーニバルでは米独関係と大西洋同盟が主題となり、レベルの高い本格的な国際関係の議論に参加したい者にはうってつけである。

今年の秋にはラトビアのリガでNATO首脳会議が開催され、自由民主主義の拡大と世界の安定に米欧のパートナーシップがこれまで以上に大きな役割を担うことになった。全てが楽観的なわけではない。このブログの議題に関連したものをいくつか取り上げたい。

このカーニバルの主宰者であるアトランティック・レビューからは“Germany and the United States Failed to Train Afghanistan’s Police”という記事が提出され、アフガニスタンの安定化に向けて死活的な問題が述べられている。アメリカとドイツはアフガニスタンの警察と軍の訓練に充分な人員と装備を提供していない。このブログの編集者達は、アメリカがアフガニスタンでもイラクと同じ間違いを犯していると指摘している。さらに深刻な問題として、麻薬問題がアフガニスタンの警察を蝕んでいるというクリスチャン・サイエンス・モニターの記事を引用している。ドイツが戦闘激化地域への部隊の移動を拒否したことで、米独の亀裂が生じていることにも触れている。

Observing Herman …The Assistant Village Idiotではそれぞれが“Lame duck”“The German American Economic Collapse.”という記事でアメリカとドイツの現政権のリーダーシップの現状を比較している。

Mitteleuropa(中央ヨーロッパ)とエネルギー問題も重要な議題である。The International Affairs Forumはエネルギー開発をめぐるドイツとロシアの協力の進展にポーランドが懸念を抱いているという。“Merkerl’s Geopolitical Menage Troisという記事によれば、独露関係が緊密になるとポーランド自身が疎外されるのではという疑念が生じているようだ。,

予想された通り、イスラム過激派の脅威を取り上げる者もあり、Chicago Boyz“The Future Doesn’t Belong to Islam, Thank You Very Much”という記事を寄せている。このブログの著者はイスラムの人口が若くて急増しているのに対して欧米の人口は高齢化が進み減少しているという保守派コラムニストのマーク・スタイン氏の主張を批判している。このブログでは、スタイン氏の議論は全く誤った人口資料に基づいているとしている。

私は“NATO Summit at Riga, Latvia”という記事(日本語版はこちら)を寄せ、NATOのグローバル化について述べている。 日本やオーストラリアなどにまで拡大するNATOについて議論している。また核不拡散、テロ、ならず者体制といった国際社会への共通の脅威に対するNATOの取り組みについても記している。

この他にも数多くのブログから記事が寄せられているが、ここで全てに触れられないのが残念である。このブログ・カーニバルを閲覧すれば米独あるいは米欧関係で今は何が重要か理解するうえで役立つこと請け合いである。メディアの注目が低いながらきわめて重要なものもある。

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2006年12月15日

イランとの対話は可能か?

イランは中東で問題になる国の一つである。神権政権はテロ活動を支援し、核不拡散体制を侵し、過激なイデオロギーを輸出しようとしている。こうした問題にもかかわらずジェームス・ベーカー元国務長官が主導するイラク研究グループは、アメリカが現在のイラクの混乱を収めるためにはイランとシリアを相手に対話すべきだと提言している。メディアの中にもこれを引用してブッシュ政権のイラク政策を批判する声もある。だが考え直して欲しい。研究グループは別に神の声を代弁している訳ではない。イラク、核兵器、中東全土でのテロ活動といった問題でイランとの対話が可能かどうか注意深く検討する必要がある。

サダム・フセイン体制が崩壊してから、イランはイラクのシーア派地域での影響力を拡大している。外交官と専門家からはイラクに対するイランの影響力はシリアをはるかにしのぐと指摘されている。ではイラクの混乱を鎮めるためにイランに何らかの譲歩をすべきだろうか?事態はそのように単純ではない。マフムード・アフマディネジャド大統領はイスラエルの抹殺を口にしている。イランへのハト派政策は事態を悪くするだけである。

この問題をさらに深く検証するために、12月5日に行なわれたロバート・ゲーツ国防長官に対する就任承認のための公聴会での答弁について言及したい。アメリカのイラン攻撃がもたらす影響についてゲーツ長官は、イランに直接の反撃能力はないであろうが生物兵器や化学兵器といった大量破壊兵器をテロリストに供与することは考えられると述べた。イランがイラクに及ぼす影響力については、イラクでの事態打開に役に立つどころかアメリカの国益を脅かしているが、話し合いがなければもっと深刻な被害を我々に与えるだろう」と答えている。さらにゲーツ長官はアフマディネジャド大統領が本気でイスラエルの抹殺を考えていると答えている。こうした答弁を考慮すれば、イランとの対話の必要性を長官が認めているとは言っても実際に行なうことは容易でないと思われる。

カーネギー国際平和研究所のジョージ・パーコビッチ副所長はイェール・グローバル・オンライン1212日号に投稿した“Washington’s Dilemma: Why Engaging with Iran Is a Good Idea” という論文で西側とイランの対話の必要性を主張している。その論文では「イランにも弱点はあり、対話によってそれが明らかになる。おそらくイラン国内の分裂を促す。対話に応じなければアメリカは何の利益もなくイランの立場を有利にするだけである」と結論づけている。しかし、イラク研究グループのメンバーやヘンリー・キッシンジャー氏といった重鎮もイラン神権政権の首脳にどのような対話と圧力をかけてアメリカの死活的国益を飲ませようかとなると具体的な方法は語っていない。

イランとの対話に当ってはいくつかの懸念を考慮しなければならない。ロサンゼルス・タイムズの1210日号では“Iran Looks Like the Winner of the Iraq War”という記事で興味深い分析をしている。それによるとイラク研究グループはアメリカ主導のイラク戦争を機に中東でのイランの影響力が増大し、問題解決のためにアメリカはイランの支援を求める必要があるという。しかしドバイにある湾岸研究センターのムスタファ・アラニ部長はイランの影響力が増大してブッシュ政権がその野望を食い止める有効な方策を持たないからといって安易な妥協に走れば、その対価は高くつくと指摘している。ロンドンの国際戦略研究所のマーク・フィッツパトリック上級研究員はイランの要求がウラン濃縮の承認から制裁解除にいたるまでとどまるところを知らなくなると述べている。こうなるとアメリカとEU3による核拡散防止の努力は無駄になってしまう。またサウジアラビア、エジプト、ヨルダンといったアラブ穏健派とイスラエルにとってイランとアメリカの妥協は由々しき事態である。

レザ・パーレビ元皇太子は対話によって過激派のアフマディネジャド氏が得をするだけで、イラクの事態解決にも核不拡散にもテロ問題にも良いことは何もないと主張している。だが我々はただイランとの対話を拒んでイラン国内の政治的抵抗を支援するだけで良いのだろうか?

ワシントン近東政策研究所のパトリック・クローソン上級研究員とマイケル・アイゼンスタッド上級研究員は“Forcing Hard Choices on Tehran”という小冊子で具体的なイラン対策を述べている。それによると経済制裁も外交制裁もそれだけでは神権政権に対して大きな効果は望めないのは、現政権の指導者達が国際的な孤立に慣れているからである。こうれらの方策は他の手段と併用されるべきである。幸いにも北朝鮮と違ってイランでは民主化運動が根強く、海外からもかなりの支援を受けている。国内の圧力によってムラー達を慌てふためかせることができる。さらに「イランが軍事力の行使を思いとどまるような対策をとる」ように提言している。この目的のためにアメリカはヨーロッパと中東の同盟国との安全保障体制を築き上げてイランを封じ込めねばならない。アメリカと同盟国にはイランによるペルシア湾の石油輸送路への海上封鎖に対抗するだけの海軍力が必要である。またアメリカはイランのミサイルを撃ち落すだけの防空体制も提供するよう提言している。両氏は攻勢に転じる必要も主張しており、通常兵器による攻撃でイランの指導者と経済インフラを狙うと恫喝するよう訴えている。さらに予防的軍事行動によりイランの暴走を思いとどまらせる対策をとる」ことも主張している。イランの神権政権がアメリカを弱く厭戦気分に冒されていると見れば、このパワーゲームでさらに多くのものを得ようとするであろう。ソフトな政策もこれらに劣らず重要である。クローソン氏とアイゼンスタッド氏は核計画を廃棄すればイランへの攻撃をしないことを保証するといった相手に有利な交換条件も提示するよう主張している。同時に核問題がどのように進展しようとも西側がイランの改革を促すことも必要だと両氏は主張している。

結論として、我々は宥和と対話を混同してはならない。西側はイランに強さと断固たる姿勢を示さねばならない。ただイラクから撤退するだけでは事態を悪化させる。イランが関わる問題の全ては、核兵器であろうとイラクであろうとテロであろうと互いに強く関わりあっている。アメリカとEU3の結束は固くあるべきで、またイラン国民の政治改革への要望を後押しすべきである。

最後に重要な当事国として日本についても触れたい。イランの現体制は日本にとってイデオロギー上の敵である。パーレビ王政下の西欧型近代化政策は日本とトルコを模範としていた。イラン革命によって宗教勢力による抑圧が啓蒙専制君主にとって代わった。日本の指導者達がこの事実を軽く考えていることは遺憾であり、別の機会にこれについて詳しく述べたい。

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2006年12月 9日

米印核協定の上院通過と今後

先の中間選挙の直後には、ブッシュ政権は民主党が多数派となった議会への対応に苦慮するだろうという政治評論が多かった。だが1116日には大きな議論をよんだ法案が上院を通過した。当ブログでこれまで数度言及してきたように、ブッシュ政権はインドの民間核利用への技術的支援を決定したが、これにはワシントンの政界で賛否両論が渦巻いた。賛成派は以下の理由を挙げている。対テロ戦争での戦略提携、アジアと中東での勢力均衡、そして巨大市場への参入である。だが反対派はNPT非加盟国との核協定によって現行の核拡散防止体制が崩壊するので、査察を強化すべきだと主張している。以前の「キッシンジャー、インドを語る」という記事でも述べたように、共和党内でもインドと核協定に慎重な声もあった。そうした障害を乗り越えて、インドとの協定は上院を通過した。

これほど議論を引き起こした法案が民主党多数の上院を通過したのはなぜだろうか?以下の理由が重要である。すなわち、テロ対策、市場、中国、中東といった問題に対処するためである。アメリカ企業はインドの市場開拓に熱心である。ワシントン・ポスト12月1日号に掲載された“US Nuclear Firms Eye on Indian Market”という記事によれば、ジェネラル・エレクトリック、ウェスティングハウス・エレクトリック、ベクテルといったアメリカの主要企業がインドでの原子力発電プロジェクトに参入しようと代表を送り込んでいる。 さらに上院では核不拡散のためにより厳しい条件を盛り込んでいる。今回の核協定によってアメリカは上記の目標を追求できる。核不拡散に関してはR・ニコラス・バーンズ国務次官が上院で以下のように証言している

こうした合意がなければ、インドという大規模で高度な原理力技術を持つ国が核関連技術の流出を取り締まる輸出規制体制に縛られずに野放しになってしまう。インドは過去30年にわたって核技術の拡散防止に取り組んできた。今回の合意によってアメリカと国際社会はインドに対し、原子力利用に関する情報の公開、核施設の民間利用と軍事利用の分離、民間核施設への国際的な査察と安全基準の受け入れを要求できる。それらを通じてインドでは国際的な基準に従った民間核開発計画ができるようになる。

上下両院の外交政策で指導的な役割を果たしているリチャード・ルーガー上院議員、ジョセフ・バイデン上院議員、ヘンリー・ハイド下院議員、トム・ラントス下院議員らはインドとの協定は支持しているものの、核不拡散の目的とインドとイランの関係に懸念を表明していた(Lawmakers Concerned about US-India Nuclear Deal, Washington Post, November 15)。そのような問題に対処するためにより厳しい条項が挿入された。上院の法案では核燃料濃縮と再処理、重水の生産といった核兵器開発につながる技術をインドに移転することを禁止する条項が盛り込まれたが、ライス国務長官はこれを削除することを望んでいる。イラン問題に関してバーンズ氏は「我々はイランが核兵器開発能力を得るべきでないというインドの方針に敬意を抱いている。イランがアメリカ、ヨーロッパとの交渉を行なうよう説得するためにもインドの協力は欠かせない」と述べている。上院の法案ではインドが「イランの核開発計画を思いとどまらせ、制裁や封じ込めも科そうというアメリカと国際社会の取り組みに全面的な協力を惜しまぬよう」要求している。

最終的に立法化するには上下両院による協議が必要となる。コンドリーザ・ライス国務長官は上院の法案の内容を緩和するよう求めている。ライス長官は公開書簡の中で「核技術の流出防止に責任を持って関わってきたインドに対してそこまで厳しい態度で臨むのは適切でない」と記している。さらにインドはイラン問題でIAEAの場では二度もアメリカ案に投票した。今後も協力し続けてくれるものと思われる」と続けているDemocrats: White House seeks to weaken India bill”, Washington Post, December 4)。

核協定の動機として最も疑わしいものは、インドを中国に対する外交カードとして利用しようという考え方である。実際にエネルギー需要が逼迫しているインドは中国とも同様な協定を結ぼうとしている。両国は経済で相互の通商を拡大することに合意した。英エコノミストは中印関係について次のように問いかけている。

インドと中国は経済的に補完し合えるというのは魅力的な考え方である。工業生産の成長が目覚しい中国は世界の工場である。インドはIT産業と外注企業が急速に発展しており、世界の下請企業となりつつある。中国のハードウェアとインドのソフトウェアが合わされば両国は一層の発展を望めるのだろうか?The Myth of Chindia, November 22

ボストン・グローブでは両国の政策形成者の発言を引用している。北京にある中国科学学士院アジア太平洋研究所の孫士海副所長はアメリカの覇権に対抗するために「中国はインドとの関係を強化して中露印の三国の提携を進める必要があると感じている」と述べている「何らかの形で三国の提携が進展しつつある」とも言う。またインドのある高官は「インドは伝統的に非同盟であり、独自の外交政策を貫いてきた」と述べ「近年のインドはアメリカに急接近しており、今回の核協定によって米中の間でうまくバランスがとれるようになるだろう」とも語っている(China and India on Verge of Nuclear Deal, November 20)。

ヘンリー・キッシンジャー氏がインターナショナル・ヘラルド・トリビューン3月10日号に掲載された“Anatomy of Partnership”という論文で述べたように、アメリカはインドを対中外交のカードとして利用しようと考えるべきではない。中印関係が急速に発展するとは思えない。英エコノミスト1116日号の“Still Treading on India’s Toes”という記事では、中国がパキスタンや東南アジア諸国と軍事的な関係を持ち、インドと国境紛争を抱えていることが障害になると記している。

民主党が上下両院で多数を占めたものの、ブッシュ政権は歴史的な一歩となる協定をとりつけた。現政権を死に体と見るのは不適切である。インドとの核協定では、アメリカの政策形成者達は核不拡散とテロ対策、経済関係の拡大に集中すべきである。中国に対する外交カードにインドを利用しようとは考えるべきではない。IAEAのモハメド・エルバラダイ事務局長が言うようにこれは現実的な協定なのだろうか?R・ニコラス・バーンズ次官が言うようにアメリカはインドを核技術の輸出を規制する国際体制に取り込む必要はある。 合意には充分な拘束力が必要である。

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