閻学通(Yan Xuetong)
清華大学教授、国際問題研究所所長、中国
グローバル・アメリカン政論では「キー・パーソン」という新しいコーナーを始める。取り挙げられる人物は名声、権力、人気や社会的地位とは関わりなく、重要なメッセージの持ち主とする方針である。初回は閻学通教授を取り挙げる。
国際政治の駆け引きで中国の考え方を理解することは難しい。特に中国が日米に対して強気な態度で臨む際には不快感を抱く。だがただ感情的になって事態を見ても何も得るところはない。中国を理性的に理解するためには、中国の論客によって書かれたものを読むのが最善である。
閻教授は1982年に黒龍江大学を卒業し、1986年に国際関係研究所で修士、1992年にカリフォルニア大学バークレー校で博士号を取得している。その後は中国外交、米中関係、アジア太平洋地域の安全保障について数多くの著作と論文を書いている。中国政府への助言を行なう一方で、国内外の専門誌にも寄稿している。
閻氏が中国の対米、対日、対アジア太平洋政策についてどのように考えているかを理解するために、二つの記事に言及したい。
まずJournal of Contemporary Chinaの2001年10月号に掲載された“The Rise of China in Chinese Eyes”という論文を挙げる。閻教授はこの論文で、中国の台頭とはアヘン戦争以前の国際的地位を取り戻そうという中国国民の長年にわたる願いであると指摘している。さらに中国の台頭によってアメリカの覇権に対する対抗勢力ができあがり、巨大市場が開発されるといったことで世界に大きな利益をもたらすと主張している。
閻氏はアヘン戦争以前の中国が世界有数の大国であったと指摘している。中国国民にとって自分達の国の台頭とは失われた地位の回復である。他方で中国の指導者達はアメリカに追いつこうとは夢にも思っていないうえに、大躍進の惨めな失敗をよく理解している。閻氏は中国が第三世界での指導的地位を目指しており、その台頭は平和的なものだと主張している。アメリカの外交政策を好戦的だと主張する閻氏は、中国がアメリカ主導の一極支配に歯止めをかける役割を担うべきだと主張する。さらに中国によって西欧的価値観への対抗軸として儒教的価値観が広まれば世界の文明を洗練されたものにできると主張している。最後に世界経済に対しても、中国の市場が良い影響を与えると述べている。
人民日報英語版の“Sino-US Relations in the Eyes of Chinese” (2005年3月4日)とい記事で、閻氏は米中関係についての世論調査の分析をしている。中国国民はアメリカの国民と社会は好意的に見ているが、アメリカ外交についてはイラクでの戦争継続(37.6%)、台湾への武器輸出(31.7%)日米軍事同盟の強化(7.9%)を懸念材料に挙げている。閻教授は以下のようにコメントしている。
中国国民のアメリカに対する不満は外交政策、特に対中政策に対してだけだと言ってもよい。その他では台湾問題が大きな障害になっている。中国では60%以上が台湾問題を米中関係で最大の障害だと答えているのに対し、アメリカでは32%が人権問題を両国間の最大の問題として挙げている。
米中関係に関する世論にメディアが与える影響は無視できない。国際問題に関しては中国国民もメディアの報道を受け入れがちである。
閻学通教授は中国国民がアメリカによる「台湾への武器輸出」と「イラク戦争の継続」には同じように高い割合で異議を唱えるのに対し、「日米同盟の強化」を懸念する声ははるかに弱いのはこうした理由からだと指摘している。この調査結果に閻氏は多いに驚いている。「一つ目は中国からはるか遠くで起きたことで二つ目はは中国の玄関口で起きたことなのに対し、最後のことは中国の存亡に関わることである。このような調査結果には驚きを禁じ得ない」と言う。閻学通教授は「我が国のメディアはイラクの報道に多大な労力を費やしており、アメリカの台湾への武器輸出の何倍もの紙面を割いている!」と警告している。日米軍事同盟の強化について、丁一団(Ding Gang)氏は調査結果から国民の多くが事態を深刻に受けとめていないか、殆ど何も知らないのではないかと考えている。
閻学通教授は国際政治の場での中国の視点と野心を明確に述べている。しかし中国が国際社会に及ぼす脅威について閻氏は意識がなさ過ぎる。アメリカ国務省のテッド・オシウス朝鮮半島担当次長は“The Rise of China in Chinese Eyes”で述べられている平和勢力としての中国という議論には疑問を呈している。
中国の周辺は不安定である。ロシアとインドとは協調関係を築く可能性はあるが、中国にとって神から与えられた同盟国ではない。南アジア、朝鮮半島、台湾海峡の情勢によっては中国が武力行使によって自国の国益を守ろうとする可能性は否定できない。近年の出来事をふり返ると、閻氏が言うように中国が平和勢力ということはあり得ない。1979年にはベトナムに侵攻し、近年では南シナ海での行動で特にASEAN諸国に脅威を与え、わずか3年前には台湾海峡でミサイル実験を行なった。現在でも中国は軍事力をちらつかせている。実際に中国は台湾問題の解決で武力行使の可能性を否定していない。
閻氏は中国指導者の中でアメリカの覇権に異を唱える者がいることを認めている。実際に中国陸軍の大佐二人が「無制限戦争」と題する書物を執筆し、弱い中国が強いアメリカにどのように立ち向かうかを議論している。
閻氏がアメリカと日本が北朝鮮に与える脅威を論ずる際にも、中国の視点は歴史をふり返って形成されていることがわかる。日本が満州に侵攻し占領したのはわずか68年前だが、現在の中国が日本の軍事力を恐れる理由は全くない。それでもなお中国は日本に謝罪を要求し続け、日本が普通の国として自らの国を守る権利すら認めようとしない。中国と同様に豊かな歴史と文化を育んできた日本にいつまでも国際社会での役割を制限し続けるべきかどうか、今や問い直す時期である。日本の安全保障に中国が拒否権を持つべきだとでも言うのだろうか?私はこれにノーと答える。
オシウス氏のコメントに加えて、私は次のことに言及したい。歴史を通じて、中国皇帝は諸外国の王を臣下扱いし続けてきた。アヘン戦争の敗北によって初めて中国はウェストファリア規範に基づく国際関係を受け入れたのである。ビクトリア女王の砲火に打ち砕かれるまで、中国人は他国民を野蛮人と見下してきた。閻教授は中国による世界秩序を主張する際に、このことを都合良く忘れている。だが閻氏の論文は中国外交の根底にある論理を理解するうえで役立つ。閻学通氏はまさに世界のキーパーソンである。
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