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2006年12月 9日

米印核協定の上院通過と今後

先の中間選挙の直後には、ブッシュ政権は民主党が多数派となった議会への対応に苦慮するだろうという政治評論が多かった。だが1116日には大きな議論をよんだ法案が上院を通過した。当ブログでこれまで数度言及してきたように、ブッシュ政権はインドの民間核利用への技術的支援を決定したが、これにはワシントンの政界で賛否両論が渦巻いた。賛成派は以下の理由を挙げている。対テロ戦争での戦略提携、アジアと中東での勢力均衡、そして巨大市場への参入である。だが反対派はNPT非加盟国との核協定によって現行の核拡散防止体制が崩壊するので、査察を強化すべきだと主張している。以前の「キッシンジャー、インドを語る」という記事でも述べたように、共和党内でもインドと核協定に慎重な声もあった。そうした障害を乗り越えて、インドとの協定は上院を通過した。

これほど議論を引き起こした法案が民主党多数の上院を通過したのはなぜだろうか?以下の理由が重要である。すなわち、テロ対策、市場、中国、中東といった問題に対処するためである。アメリカ企業はインドの市場開拓に熱心である。ワシントン・ポスト12月1日号に掲載された“US Nuclear Firms Eye on Indian Market”という記事によれば、ジェネラル・エレクトリック、ウェスティングハウス・エレクトリック、ベクテルといったアメリカの主要企業がインドでの原子力発電プロジェクトに参入しようと代表を送り込んでいる。 さらに上院では核不拡散のためにより厳しい条件を盛り込んでいる。今回の核協定によってアメリカは上記の目標を追求できる。核不拡散に関してはR・ニコラス・バーンズ国務次官が上院で以下のように証言している

こうした合意がなければ、インドという大規模で高度な原理力技術を持つ国が核関連技術の流出を取り締まる輸出規制体制に縛られずに野放しになってしまう。インドは過去30年にわたって核技術の拡散防止に取り組んできた。今回の合意によってアメリカと国際社会はインドに対し、原子力利用に関する情報の公開、核施設の民間利用と軍事利用の分離、民間核施設への国際的な査察と安全基準の受け入れを要求できる。それらを通じてインドでは国際的な基準に従った民間核開発計画ができるようになる。

上下両院の外交政策で指導的な役割を果たしているリチャード・ルーガー上院議員、ジョセフ・バイデン上院議員、ヘンリー・ハイド下院議員、トム・ラントス下院議員らはインドとの協定は支持しているものの、核不拡散の目的とインドとイランの関係に懸念を表明していた(Lawmakers Concerned about US-India Nuclear Deal, Washington Post, November 15)。そのような問題に対処するためにより厳しい条項が挿入された。上院の法案では核燃料濃縮と再処理、重水の生産といった核兵器開発につながる技術をインドに移転することを禁止する条項が盛り込まれたが、ライス国務長官はこれを削除することを望んでいる。イラン問題に関してバーンズ氏は「我々はイランが核兵器開発能力を得るべきでないというインドの方針に敬意を抱いている。イランがアメリカ、ヨーロッパとの交渉を行なうよう説得するためにもインドの協力は欠かせない」と述べている。上院の法案ではインドが「イランの核開発計画を思いとどまらせ、制裁や封じ込めも科そうというアメリカと国際社会の取り組みに全面的な協力を惜しまぬよう」要求している。

最終的に立法化するには上下両院による協議が必要となる。コンドリーザ・ライス国務長官は上院の法案の内容を緩和するよう求めている。ライス長官は公開書簡の中で「核技術の流出防止に責任を持って関わってきたインドに対してそこまで厳しい態度で臨むのは適切でない」と記している。さらにインドはイラン問題でIAEAの場では二度もアメリカ案に投票した。今後も協力し続けてくれるものと思われる」と続けているDemocrats: White House seeks to weaken India bill”, Washington Post, December 4)。

核協定の動機として最も疑わしいものは、インドを中国に対する外交カードとして利用しようという考え方である。実際にエネルギー需要が逼迫しているインドは中国とも同様な協定を結ぼうとしている。両国は経済で相互の通商を拡大することに合意した。英エコノミストは中印関係について次のように問いかけている。

インドと中国は経済的に補完し合えるというのは魅力的な考え方である。工業生産の成長が目覚しい中国は世界の工場である。インドはIT産業と外注企業が急速に発展しており、世界の下請企業となりつつある。中国のハードウェアとインドのソフトウェアが合わされば両国は一層の発展を望めるのだろうか?The Myth of Chindia, November 22

ボストン・グローブでは両国の政策形成者の発言を引用している。北京にある中国科学学士院アジア太平洋研究所の孫士海副所長はアメリカの覇権に対抗するために「中国はインドとの関係を強化して中露印の三国の提携を進める必要があると感じている」と述べている「何らかの形で三国の提携が進展しつつある」とも言う。またインドのある高官は「インドは伝統的に非同盟であり、独自の外交政策を貫いてきた」と述べ「近年のインドはアメリカに急接近しており、今回の核協定によって米中の間でうまくバランスがとれるようになるだろう」とも語っている(China and India on Verge of Nuclear Deal, November 20)。

ヘンリー・キッシンジャー氏がインターナショナル・ヘラルド・トリビューン3月10日号に掲載された“Anatomy of Partnership”という論文で述べたように、アメリカはインドを対中外交のカードとして利用しようと考えるべきではない。中印関係が急速に発展するとは思えない。英エコノミスト1116日号の“Still Treading on India’s Toes”という記事では、中国がパキスタンや東南アジア諸国と軍事的な関係を持ち、インドと国境紛争を抱えていることが障害になると記している。

民主党が上下両院で多数を占めたものの、ブッシュ政権は歴史的な一歩となる協定をとりつけた。現政権を死に体と見るのは不適切である。インドとの核協定では、アメリカの政策形成者達は核不拡散とテロ対策、経済関係の拡大に集中すべきである。中国に対する外交カードにインドを利用しようとは考えるべきではない。IAEAのモハメド・エルバラダイ事務局長が言うようにこれは現実的な協定なのだろうか?R・ニコラス・バーンズ次官が言うようにアメリカはインドを核技術の輸出を規制する国際体制に取り込む必要はある。 合意には充分な拘束力が必要である。

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