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2006年12月15日

イランとの対話は可能か?

イランは中東で問題になる国の一つである。神権政権はテロ活動を支援し、核不拡散体制を侵し、過激なイデオロギーを輸出しようとしている。こうした問題にもかかわらずジェームス・ベーカー元国務長官が主導するイラク研究グループは、アメリカが現在のイラクの混乱を収めるためにはイランとシリアを相手に対話すべきだと提言している。メディアの中にもこれを引用してブッシュ政権のイラク政策を批判する声もある。だが考え直して欲しい。研究グループは別に神の声を代弁している訳ではない。イラク、核兵器、中東全土でのテロ活動といった問題でイランとの対話が可能かどうか注意深く検討する必要がある。

サダム・フセイン体制が崩壊してから、イランはイラクのシーア派地域での影響力を拡大している。外交官と専門家からはイラクに対するイランの影響力はシリアをはるかにしのぐと指摘されている。ではイラクの混乱を鎮めるためにイランに何らかの譲歩をすべきだろうか?事態はそのように単純ではない。マフムード・アフマディネジャド大統領はイスラエルの抹殺を口にしている。イランへのハト派政策は事態を悪くするだけである。

この問題をさらに深く検証するために、12月5日に行なわれたロバート・ゲーツ国防長官に対する就任承認のための公聴会での答弁について言及したい。アメリカのイラン攻撃がもたらす影響についてゲーツ長官は、イランに直接の反撃能力はないであろうが生物兵器や化学兵器といった大量破壊兵器をテロリストに供与することは考えられると述べた。イランがイラクに及ぼす影響力については、イラクでの事態打開に役に立つどころかアメリカの国益を脅かしているが、話し合いがなければもっと深刻な被害を我々に与えるだろう」と答えている。さらにゲーツ長官はアフマディネジャド大統領が本気でイスラエルの抹殺を考えていると答えている。こうした答弁を考慮すれば、イランとの対話の必要性を長官が認めているとは言っても実際に行なうことは容易でないと思われる。

カーネギー国際平和研究所のジョージ・パーコビッチ副所長はイェール・グローバル・オンライン1212日号に投稿した“Washington’s Dilemma: Why Engaging with Iran Is a Good Idea” という論文で西側とイランの対話の必要性を主張している。その論文では「イランにも弱点はあり、対話によってそれが明らかになる。おそらくイラン国内の分裂を促す。対話に応じなければアメリカは何の利益もなくイランの立場を有利にするだけである」と結論づけている。しかし、イラク研究グループのメンバーやヘンリー・キッシンジャー氏といった重鎮もイラン神権政権の首脳にどのような対話と圧力をかけてアメリカの死活的国益を飲ませようかとなると具体的な方法は語っていない。

イランとの対話に当ってはいくつかの懸念を考慮しなければならない。ロサンゼルス・タイムズの1210日号では“Iran Looks Like the Winner of the Iraq War”という記事で興味深い分析をしている。それによるとイラク研究グループはアメリカ主導のイラク戦争を機に中東でのイランの影響力が増大し、問題解決のためにアメリカはイランの支援を求める必要があるという。しかしドバイにある湾岸研究センターのムスタファ・アラニ部長はイランの影響力が増大してブッシュ政権がその野望を食い止める有効な方策を持たないからといって安易な妥協に走れば、その対価は高くつくと指摘している。ロンドンの国際戦略研究所のマーク・フィッツパトリック上級研究員はイランの要求がウラン濃縮の承認から制裁解除にいたるまでとどまるところを知らなくなると述べている。こうなるとアメリカとEU3による核拡散防止の努力は無駄になってしまう。またサウジアラビア、エジプト、ヨルダンといったアラブ穏健派とイスラエルにとってイランとアメリカの妥協は由々しき事態である。

レザ・パーレビ元皇太子は対話によって過激派のアフマディネジャド氏が得をするだけで、イラクの事態解決にも核不拡散にもテロ問題にも良いことは何もないと主張している。だが我々はただイランとの対話を拒んでイラン国内の政治的抵抗を支援するだけで良いのだろうか?

ワシントン近東政策研究所のパトリック・クローソン上級研究員とマイケル・アイゼンスタッド上級研究員は“Forcing Hard Choices on Tehran”という小冊子で具体的なイラン対策を述べている。それによると経済制裁も外交制裁もそれだけでは神権政権に対して大きな効果は望めないのは、現政権の指導者達が国際的な孤立に慣れているからである。こうれらの方策は他の手段と併用されるべきである。幸いにも北朝鮮と違ってイランでは民主化運動が根強く、海外からもかなりの支援を受けている。国内の圧力によってムラー達を慌てふためかせることができる。さらに「イランが軍事力の行使を思いとどまるような対策をとる」ように提言している。この目的のためにアメリカはヨーロッパと中東の同盟国との安全保障体制を築き上げてイランを封じ込めねばならない。アメリカと同盟国にはイランによるペルシア湾の石油輸送路への海上封鎖に対抗するだけの海軍力が必要である。またアメリカはイランのミサイルを撃ち落すだけの防空体制も提供するよう提言している。両氏は攻勢に転じる必要も主張しており、通常兵器による攻撃でイランの指導者と経済インフラを狙うと恫喝するよう訴えている。さらに予防的軍事行動によりイランの暴走を思いとどまらせる対策をとる」ことも主張している。イランの神権政権がアメリカを弱く厭戦気分に冒されていると見れば、このパワーゲームでさらに多くのものを得ようとするであろう。ソフトな政策もこれらに劣らず重要である。クローソン氏とアイゼンスタッド氏は核計画を廃棄すればイランへの攻撃をしないことを保証するといった相手に有利な交換条件も提示するよう主張している。同時に核問題がどのように進展しようとも西側がイランの改革を促すことも必要だと両氏は主張している。

結論として、我々は宥和と対話を混同してはならない。西側はイランに強さと断固たる姿勢を示さねばならない。ただイラクから撤退するだけでは事態を悪化させる。イランが関わる問題の全ては、核兵器であろうとイラクであろうとテロであろうと互いに強く関わりあっている。アメリカとEU3の結束は固くあるべきで、またイラン国民の政治改革への要望を後押しすべきである。

最後に重要な当事国として日本についても触れたい。イランの現体制は日本にとってイデオロギー上の敵である。パーレビ王政下の西欧型近代化政策は日本とトルコを模範としていた。イラン革命によって宗教勢力による抑圧が啓蒙専制君主にとって代わった。日本の指導者達がこの事実を軽く考えていることは遺憾であり、別の機会にこれについて詳しく述べたい。

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コメント

さん、

ジェームス・ベーカーが言っていることは、かつて米ソ対立時代、我々はソ連と対立はしていたが常に対話はしていた。しかし、今のブッシュ政権は敵(イランやシリアや北朝鮮)と対話すらしないではないか、偏ったものの見方はやめろということだと思います。

これはソ連帝国末期の時代の文脈で考えれば、ソ連はロシアの時代のピョートル以来、西欧型近代国家であろうとしていたということと、サッチャーが(あくまでも敵国の指導者としてですが)信頼できると判断できたゴルバチョフという(日本の徳川幕府で言えば徳川慶喜みたいな)指導者が出現したからとも言えます。そうした対話ができる背景のようなものが、当時の米ソにはあったわけです。では、今のイランや北朝鮮にそれがあるのか、と考えることもできます。

しかしながら、ゴルバチョフ以前であっても、スターリンやフルシチョフともそれなりの対話をしていたわけですから、アフマディネジャドや金正日では話にならないとは言えないと考えることができます。しかしまあ、ルーズベルトやトルーマンやケネディ(あら、みんな民主党)にできたことが、(共和党の)ブッシュには果たしてできるのか、とは言えますが。

そう考えると、イラクのバース党というのは「対話」の相手としては適当であったと思います。バース党は、宗教的価値観よりも、世俗的近代化を傾げていた政党でした。これを消滅させてしまったのは、やはり誤りであったと思います。

では、なぜブッシュ政権はフセインをつぶしたのかというと、イスラエル問題ですね。フセインはイスラエルを攻撃する可能性があったわけです。あくまでも可能性であって、実際にそれを行ったかどうかは疑問ですが。結局、イスラエル問題がアメリカの外交の足かせになっています。すなわち、ネオコンとキリスト教右派の原理主義が、中東で対話の相手になりうるフセイン体制をなくし、イラクとシリアに反米指導者をもたらしたのではないでしょうか。北朝鮮もアメリカへの過剰反応ですね。これらはすべて、ブッシュ政権の政策の鏡のようなものです。相手がとても対話できる相手ではない。だから対話をしない、できない。ではなく、そもそも、その対話できない相手(その状況)を生み出したのはアメリカ側なのです。従って、根本的な政策転換が必要です。イラク研究グループの報告は、そういうことなのだと思います。

あっ先頭の「舎さん」という文字が途中までになってしまいました。すみません。

この記事でも述べている通り、イランと全く対話しないというのではどの問題も全く進展しません。その点では真魚さんに同意します。ただ、どのように対話をするかが問題です。宥和と受け取られるような対話ならしない方が良い訳です。

イランに対する対話と圧力はどうあるべきかという点で多いに参考になるのがパトリック・クローソンとマイケル・アイゼンスタッドの論文です。PDFでこの記事にリンクしています。まだ粗読しただけですが、交渉のテーブルにつくまでに力の行使をどうするか、微に入り細に入り述べられています。クローソンはペルシア語が堪能とあって、イラン人の心理もうまく突いた議論をしています。ブッシュ政権の首脳にこれがどこまで受け入れられるか?

ところで
>なぜブッシュ政権はフセインをつぶしたのかというと、イスラエル問題ですね。

これはイスラエルを過剰に強調してませんか?サダム・フセインはクウェートに侵攻しましたし、革命でろくな将校や戦闘機パイロットのいなくなったイランを叩いてアラブの盟主に成り上がろうという野心が露骨でした。イラン軍とクルド人に対して化学兵器を実際に使用しました。イスラエルよりも周辺諸国や国内少数民族の方がずっとサダムの脅威を深刻に受けてきたわけです。サダムはナセルを真似ようとしていましたが、やったことははるかに劣化かつ危険化した政策でした。ネオコンやキリスト教右派でなくても対話の難しい危険な指導者だったわけです。

ともかく対話と宥和は混同しないことです。イラク問題では事態の鎮静化に向けてイランに宥和せよと解釈されかねない報道が横行しています。対話は重要ですが、相手が相手だけに恫喝をうまくかみ合わせたものでないと弱く厭戦気運にある者として軽んじられます。

それから民主党賛歌はマイクさんへのコメントでやった方が良いです。私のアジェンダは日米「永久」同盟で、別に民主党を目の敵にしているわけではありません。共和党でもアイゼンハワー、ニクソン=キッシンジャー、レーガン、ブッシュ・シニアがソ連や中国と対話しています。事実は公平に見ましょう。

  イラクとイランが対立していた10年間は、実際のところイスラエルやその他の湾岸諸国が極めて安定していたのは事実ですよね。うまく分断工作が出来ていたのだと思います。
  パイプライン事業などで、ロシアが露骨にイランを助けており、また中国も相当の資本をイランに投下しています。イランがこれ以上増長すれば、アメリカを中心とした海洋国家同盟が望まない事態になる可能性が高いです。イラク国内のシーア派とアハマディネジャドが本格的に手を組むのを防ぐ妙案がないものでしょうか。

舎さん、

サダムがとても対話の相手にならなかったことはわかります。しかし、サダムを追い出した後、出てきたのはサドル師であり、イスラム全体を敵にしたことが賢明なやり方だったのでしょうか。嫌米主義のイランより、バース党の方がまだましだったと思いますが(今となっては、繰り言ですが)。

むしろ、ブッシュにはニクソン=キッシンジャーの訪中のようなことをやって欲しいものです。ニクソンは反共、反中国だったからこそ訪中の意味があったのです。私はオリバー・ストーンの映画「ニクソン」を見て、ニクソンの評価を変えました。ジョン・ケリーやヒラリーがイランに行っても意味はありません。

ろろさん、

イランは地理的に海洋国家と大陸国家がぶつかり合う場になっています。かつてはイギリスとロシア、冷戦期にはアメリカとソ連。何やら朝鮮半島と似たところもあります。ロシアも中国も核拡散に反対という立場は西側とも共通していますが、イランと対立してチェチェンなど国内のイスラム教徒を刺激したくないというお家事情もあります。

イラクのシーア派は全てがイランのような宗教国家を望んでいるわけではありません。サドルのような過激派から穏健な一般市民を分離する必要があります。イランの影響力拡大に対しては、リンク先のクローソン&エバースタッド論文にあるような恫喝をうまく織り込んだ対話で対抗するのが良いでしょう。硬軟両用でイラン国内の民主化運動を支援してゆくこともそこでは述べられています。

真魚さん、

やはりサダム排除すべしの気運が高まったのはクウェート侵攻からです。イラン・イラク戦争の最中にはむしろサダムを「穏健派」(今日からすればとんでもない見解ですが)と見なした者もいたほどです。メディアの報道とは違って、アメリカは親ソのバース党と緊密な関係は築きませんでしたが(サダムのイラク軍の主力兵器はソ連製かフランス製でアメリカ製はまずない)、それでもクウェート侵攻以前はビジネスが行なわれていました。

湾岸戦争に敗北してもなお、大量破壊兵器開発の執念を捨てませんでした。サダムはアメリカとの瀬戸際外交で何かを得ようとしていたのでしょうか?最大の誤算を犯した人物は彼自身です。

ブッシュにニクソン訪中のような電撃外交を期待、ケリーやヒラクリでは意味がない?あれれ、何だかんだと言って、実は真魚さんは共和党支持者だったのですか???????

舎さん、

タカ派のニクソンだからこそ意味のある訪中ができました。JFKでは毛沢東とわたり合えたか疑問です。ちなみに、キューバ危機はJFKだからこそ切り抜けられたのであって、あれがニクソンであったらどうなっていたかわかりません。

私はキングリッチの「Contract with America」は高く評価しています。大体、今のブッシュ政権は本来の共和党のやるべきことをやっていません。民主党も新しいことを生み出していません。共和党も民主党もうまく機能していないのが、今のアメリカです。

本来の共和党ではないとは?どうやら真魚さんのいつもの論調からするとネオコンとキリスト教右派の影響が強過ぎということでしょうか?これらの勢力の影響はメディアが大きく取り上げ過ぎとは自身がネオコンであるリチャード・パールのコメントですが、私もそう思います。

民主党もうまく機能していない・・・・・先のインドとの核協定があっさり通過したのはその表れでしょうか?中間選挙で敗北したばかりの与党が以前から紛糾していた法案をいとも容易く通したことに驚きを感じています。今後2年間のアメリカ内政は大統領選挙に向けてどのように動くのか、一層の注目が必要になります。

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