ブッシュ大統領は1月10日にイラクの暴徒に対処するため兵力を増強すると発表した。この案自体は何も目新しいものではなく、この決定には特別に驚くところはない。サダム・フセイン打倒後の占領の早い時期から、ロバート・ケーガン氏、ウィリアム・クリストル氏をはじめとする論客やジョン・マケイン上院議員らが大統領に対してバグダッドとイラク国内の危険地域への兵員増強を訴え続けてきた。ワシントン・ポスト2003年9月1日号に“Why Iraq Needs More U.S. Troops”という論説を寄稿したロバート・ケーガン氏はバース党政権打倒後のイラク再建に向けて治安維持のためにアメリカ軍の増員を主張した。ロバート・ケーガン氏は予備役の動員の必要性を指摘していたが、現政権がこの選択肢には乗り気でなかったことも認めていた。
米軍増員が必要となったのはどのような事情からだろうか?この問題に答えるためには中東全体とイラクの現状を理解する必要がある。
イスラエルの学際研究センターのバリー・ルービン国際問題部長は中東では1950年代以来で最も大きな政治的地殻変動が起こっていると主張している(“The New Mideast Alignment” エルサレム・ポスト1月14日号)。ルービン氏は中東が二つのグループに分かれてしまったと言う。一方はHISH(ヘズボラ、イラン、シリア、ハマス)で、もう一方はアラブ穏健派である。現在、イラクはHISHとアラブ穏健派の衝突の最前線となっている。さらに重要なことに、国家安全保障委員会が2007年1月に発行した“Highlights of the Iraq Strategy Review”によれば、ブッシュ政権はイラクを対テロ戦争の最前線と位置付けており、イラクでの勝利がアメリカ、中東地域、そしてアメリカの同盟国にも死活的だと見なしている。ホワイトハウスは、HISHの中でもイランがイラクに及ぼす好ましからざる影響力が最も深刻なものだと受けとめている。
さらに事態を理解するため、イラクに焦点を絞ってみたい。中間選挙直後にイラク研究グループがアメリカの可能な限りの早期撤退、イランとシリアとの協調を提言した。ファイナンシャル・タイムズ11月13日号に共同投稿したウィリアム・クリストル氏とロバート・ケーガン氏は“Bush Must Call for Reinforcements in Iraq”という論文でこの案を否定している。両氏はこのような名誉ある敗北では事態の改善に役立たないと主張している。イランとシリアとの協調関係については両氏とも懐疑的である。だがジェームス・ベーカー氏とリー・ハミルトン氏が主宰するイラク研究グループがブッシュ大統領に自らの政策に対する超党派の支持を求めるよう提言したことには賛成している。両氏は「共和党の敗北はブッシュ氏にはイラクでの勝利戦略がないと思われたためで、早く撤退すべきだという世論のためではない。大統領が明確な勝利戦略を示せれば、必要な政策に対する支持を得ることができる。」と指摘している。
先に述べた“Highlights of the Iraq Strategy Review”ではイラクの現状を分析している。 このレポートによれば、多国籍軍は以下の目的を達成した。
–サダム・フセイン体制がイラク国民、近隣諸国、アメリカに対して組織的な脅威となることはなくなった。
–イラクでは憲法に基づく自由な選挙が行なわれるようになった。
–民主主義が確立し、イラク国民が自らの国作りに参画できるようになった。
–国民一人当たりの所得は増加(インフレはあるが、世界銀行の試算では$743から$1593に上昇している)したが、これはIMFの指導下での実績である。(グローバル・アメリカン政論では以前、「イラク再建:リベラルが見ても成果は挙がっている」という記事でこのことを述べている。)」
しかしアメリカ主導の多国籍軍は以下の問題に直面している。
–アル・カイダのテロ活動と悪意に満ちた暴徒に加えて、今や民族と宗派が関わった暴動も起きている。
–イラク政府は権限の移譲を求めているが、政府機構の能力は不充分で民族と宗派の対立も深まっている。
–権力の中枢は拡散し、国際管理地域の外側の情勢がイラクの国政に大きな影響を及ぼすようになっている。
このレポートではバグダッド周辺の事態は改善しておらず、多国籍軍に対するイラク国民の支持は低下して地域社会の「自助努力」に頼るようになってきている。イラク情勢に対する主な前提条件が変わってきていることに注目する必要がある(p.7)。敵はスンニ派を基盤とした暴動から様々な民族と宗派に基づく蜂起になってきている。反乱分子との対話は暴動の鎮静化につながると思われてきたが、今やそれが治安の改善に役立たないことがわかった。
イランの脅威の増大も深刻な問題である。ブッシュ政権はイランもアメリカと同様にイラクの政治的安定を望むものと考えてきた。今やイランがシーア派の反乱分子を支援してイラクでの影響力の拡大をはかっていることが明白になっている(“Vindicating Larry Franklin”、ニューヨーク・サン1月16日号)。
そのような危機的な事態に対してアメリカン・エンタープライズ研究所(AEI)のフレデリック・ケーガン常任研究員は, “Choosing a Victory: A Plan for Success in Iraq”と題するレポートでイラクの暴徒に対する勝利戦略を示している。アル・カイダ、旧バース党、スンニ派とシーア派の反乱分子、からイランにいたるまでの敵を分析したうえで、イラクでの軍事作戦、復興、兵員拡大の戦略を提言している。イラク戦略を語る前に、フレデリック・ケーガン氏は基本的な前提条件を述べている。
「2001年から2006年にかけてアメリカがこの戦いに費やした労力は国力から見て小さなものであった。現役と予備役で100万人以上の兵力があるにもかかわらず、イラクに駐留している兵力は14万人に過ぎない。」
ケーガン常任研究員は、まずバグダッド地域に兵力を集中するよう主張している。そこの鎮圧に成功した暁には、スンニ派とシーア派の地域を一つづつ平定すべきだと述べている。また、アメリカとイラク政府はスンニ派反乱分子に対する鎮圧とスンニ派住民もシーア派住民も守る意志を明確に示すべきだと主張している。そうすることでそれに続くシーアは民兵の掃討作戦も政治的にやりやすくなると分析している。(p.33 ~ 34)
さらにフレデリック・ケーガン氏はアメリカがイラクに決然と関与すべきだと言う理由を明確に述べている。ケーガン氏は一般に広まっているイラク軍への訓練と権限委譲を進めるべきだという考え方を否定し、民族・宗派間の暴動の激化はイラク軍の着実な能力向上を上回っていると述べている。アメリカ軍はこうした暴徒を撃破すべきで、イラクから撤退すればイランの影響力がシーア派地域に広まる恐れがある。ケーガン常任研究員はアメリカがサダム・フセインを打倒した目的を達成するにはイラクへの関与を拡大するしかないと主張している。(p.40 ~ 44)
最後にAEIのマルク・ルエル・ジェレクト常任研究員の一言を引用する。
アメリカにとって現時点でのイラク撤退は、米軍以上の犠牲者を出したイラク国民に対する裏切り行為である。 (“Should We Surge?”, The New Republic Online, January 11)
メディアはよくイラクとベトナムを混同する。しかしジェレクト氏が述べているように、イラクの民主化は進展しており、ベトナム戦争時とは異なってアメリカが支援しているのは腐敗した独裁者ではない。メディアは絶対にこの点を忘れてはならない。
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