キッシンジャー元長官ら、世界非核化構想を提言
去る1月4日に強烈な印象を与える論説が登場した。ヘンリー・A・キッシンジャー元国務長官、ジョージ・P・シュルツ元国務長官、ウィリアム・J・ペリー元国防長官、そしてサム・ナン元上院軍事委員会委員長といった顔ぶれがウォールストリート・ジャーナルに“ A World Free of Nuclear Weapons”という論文を寄稿した。4人は世界の非核化に向けてアメリカがリーダーシップを執るべきだと主張している。
政策形成のトップの地位にある者からこうした絵空事とも思われかねない構想が語られることは奇異に感じられるかも知れない。このような提言が行なわれたのはなぜだろうか?その論文を吟味してみよう。
そこでは冷戦期から現在にかけて安全保障をめぐる環境が変化したことが説明されている。冷戦期にはアメリカとソ連の間で相互確証破壊(MAD)を維持するために核兵器が必要であった。しかしこの論文では核兵器への依存は「危険度を増すばかりで効果の少ないものになっている」と述べられている。北朝鮮とイランのようなならず者国家は世界の安全保障に難題を突き付けている。さらに非国家のテロ集団が核兵器を入手する可能性があり、抑止戦略では対応しきれなくなっている。新たな核保有アクターには事故による核兵器の発射を防ぐために信頼性のある安全装置がなく、これがさらなる脅威となっている。
米ソ両国が軍備管理に注いだ努力のおかげで核兵器の意図的な使用も偶発もなかった。今、世界は岐路にあり、これからも人類が核の悲劇に遭わないために何か行動をおこさねばならない。
この論文ではアメリカのロナルド・レーガン大統領とソ連のミハイル・ゴルバチョフ書記長が1987年のレイキャビック会談で核の全面廃棄を訴えたと指摘している。当時は冷戦の終結期であった。20年も前に両核大国の首脳がそのような大胆な構想を抱いていたことは驚くべきことである。
この危険な時代に長年の目標を実現するために、4人は以下の提言を行なっている。
•冷戦期の体制を改めて配備中の核兵器に対する警告時間を延長し、核兵器の偶発や最高司令官の許可を得ない使用の危険性を低下させる。
• 核保有国の核兵器保有量の大幅削減を継続する。
• 前線配備のための短距離核兵器を廃止する。
•上院と共に超党派で以下のことを全世界に呼びかける。相互理解のための信頼の強化と定期的な査察の実施、包括的核実験禁止条約の批准の達成、最新科学技術の進展の活用、批准を確実のするために他の主要核保有国への働きかけといった事柄である。
• 世界中の全ての核兵器、核兵器転用可能なプルトニウム、高濃縮ウランに対して考えられ得る限りで最高水準の安全基準を科す。
• ウラン濃縮工程を管理し、原子炉核燃料用のウランが適正価格で入手できるよう保証する。そうした核燃料の供給源はまず核燃料供給国グループ(NSG)、そして国際原子力機関(IAEA)あるいはその他で国際的に管理されたものである。また原子力発電所の使用済み核燃料の問題についても対処する必要がある。
• 世界規模で兵器転用可能な核分裂物質の生産を禁止する。民間利用で高濃縮ウランの利用を禁止し、全世界の研究機関から軍事転用可能なウランを一掃して安全な核燃料のみを使用するようにする。
• 地域紛争の解決に向けてこれまで以上に取り組み、新たな核保有国を出さない。
最後に、4人は核兵器の全廃に向けて現実的な手段を講ずるために大胆なリーダーシップを執ることはアメリカの理念とも合致すると主張している。注目すべきは、これが超党派の政策提言だということである。この論文でも述べられているように、世界の安全保障は岐路に立っている。ヘンリー・キッシンジャー元長官のような典型的なリアリストさえ核兵器のない世界という理想主義的な主張をするまでになっている。
善かれ悪しかれ、ブッシュ政権は中東の民主化を通じたテロ抑止という将来に向けた第一歩を踏み出した。核兵器のない世界の建設もアメリカと世界にとって重要な問題である。ブッシュ大統領は任期を終えるまでに核の全廃に向けた第一歩を踏み出すだろうか?
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はじめまして、突然失礼します。旅の者です。
3/3~5/5の停戦の呼びかけにあちこち行脚しています。
ご賛同頂けると有り難いです。
投稿: 雑草うに | 2007年1月19日 20:53
停戦が必要な場合もあれば、武器を取ることが必要な場合もあります。ショッカーの性質は様々です。十把一絡げにはできません。
投稿: 舎 亜歴 | 2007年1月28日 23:14