英米の覇権を哲学から考える
バートランド・ラッセル著 “A History of Western Philosophy”
正直なところ、私は哲学に関して全くの素人である。しかし19世紀より世界の自由主義の王者として君臨してきた英米の覇権を理解するうえで哲学的な背景を理解する必要があるのではと思えるようになった。パックス・ブリタニカとパックス・アメリカーナを哲学から理解するにはバートランド・ラッセル著の“A History of Western Philosophy“を推薦したい。なぜか?それはこれから説明し、その著書に関しても手短にコメントしたい。
私がロンドン・スクール・オブ・エコノミックスの大学院に在学時の主要テーマは覇権安定論であった。アメリカの政治経済学者チャールズ・キンドルバーガー氏とロバート・ギルピン氏はこの理論を基に自由主義秩序が戦間期に崩壊した原因を考察し、イギリスの国力が低下する一方でアメリカが新たな覇権国家としての責務を果たそうとしなかったことが世界大恐慌と第二次世界大戦につながったと結論づけた。
現在、私はニール・ファーガソン著の“Empire: The Rise and Demise of the British World Order and the Lessons for Global Power” と“Colossus: The Rise and Fall of the American Empire” に加えてロバート・ケーガン著の“Dangerous Nation“という3冊の歴史的洞察力に富む著書を読んでいる。そうした著書を読むうちに、イギリスとアメリカの覇権において道徳面でのリーダーシップが私の想像よりももっと重要なものであると理解し始めるようになった。“A History of Western Philosophy”では両覇権国家の哲学的な拠り所について基本的でしかも深く掘り下げて論じている。
ハーバード大学のニール・ファーガソン教授は奴隷制度の廃止でイギリスがリーダーシップを発揮したことを述べている。ロックの啓蒙主義に基づき、大英帝国首相の座にあったパーマストン卿はイギリスには道徳、社会、政治のいずれにおいても文明の指導者という特別な役割があると主張した。パーマストン首相は奴隷貿易を阻むために砲艦を差し向けたばかりか、ベルギー、ギリシア、イタリア、ポーランド、イベリア半島での自由主義運動も支援した。カーネギー国際平和財団のロバート・ケーガン上級研究員はアメリカが拡張主義外交を推し進めるうえで自由主義の理念がどのように強力な武器となったかを詳細に述べている。“A History of Western Philosophy”で近代イギリスの哲学者について参照すれば、大英帝国とアメリカ合衆国による「慈善的な帝国主義」のイデオロギー的基盤を理解するえで役立つ。
歴史を通じて数多くの超大国が出現した。しかしその殆どは人類の進歩と福祉のための普遍的理念を持っていなかった。大英帝国とアメリカ合衆国は歴史上の他の帝国とは全く異質の存在なのである。歴史上の超大国を数例ほど取り上げて、こうした国による世界秩序と英米両帝国による自由主義秩序がどれほど違うものか述べてみたい。
まず世界史上初のグロ-バル帝国となったスペイン帝国について述べる。スペインは大英帝国と現代のアメリカとは似ても似つかぬ超大国であった。スペイン建国の基になったのは「レコンキスタ」であり、イベリア半島のキリスト教徒がイスラム教徒より祖国を取り戻そうという情熱がこれを突き動かした。それは一種の十字軍であった。歴代のスペイン国王は宗教的情熱が強過ぎて非寛容的なカトリック主義政策を追求していった。本国ではイスラム教徒、ユダヤ教徒、そしてプロテスタントが悪名高き異端審問の弾圧を受けた。ハプスブルグ家よりカルロス1世が王位に就くとスペインはカトリックの守護者を自認するようになり、プロテスタントへの弾圧はさらに激しくなった。フランシスコ・ピサロとヘルナン・コルテスがアメリカ大陸で現地の文明を抹殺したもの何ら不思議ではない。
もう一つの超大国として中国を挙げる。歴史を通じて中華帝国は周辺アジア諸国ばかりかインドからヨーロッパにいたる諸国に対しても圧倒的な経済力と軍事力を誇ってきた。主人を敬うという儒教の理論を利用して、歴代の中華皇帝は内政でも外交でも権威主義的なヒエラルヒーを押し付けてきた。自らを天帝より遣わされた地上の支配者と位置付ける歴代の皇帝は、アヘン戦争でイギリスに敗北するまで諸外国の「夷荻」の王を見下し続けてきた。イギリスは東洋の巨龍をロック、スミス、リカードの理念に基づく新しい秩序に引きずり込むことに成功した。中華秩序は自由とか普遍的という概念とは程遠いものであった。
イギリスとアメリカとは違ってスペインにも中国にも道徳面でのリーダーシップがとれるだけの知的基盤がなかった。その他の歴史上の大国も同様である。“A History of Western Philosophy”では西洋哲学の進化をギリシア文明の初期から眺めている。バートランド・ラッセルはギリシアで哲学がどのように始まったかを述べている。また西洋哲学の進化の背景を歴史的視点からも分析している。近代自由主義については、商工業に従事した中産階級の役割を述べている。さらに初期の自由主義が勃興する市民階級を反映して楽観的で活力に満ち、哲学的であったと指摘している。これはイギリスとアメリカの拡張主義を理解するうえで押さえておくべきポイントで、こうして自信に満ちた自由主義が世界の覇権国家となった両国の外交政策に大きな影響を及ぼすからである。この本は大変な分量なので、全てを読みこなすのは難しい。それでなくても素人が哲学の考え方と専門用語に慣れるのは大変なことである。この本を偉大な思想の百科事典として利用すれば、現在の世界情勢をより深く理解するうえで役立つであろう。
この記事で挙げた文献については別の機会にもっと詳しく取り上げたい。冒頭で述べたように私は哲学に関して全くの素人なので、この分野に詳しい者からコメントいただくとあいがたい。道徳面でのリーダーシップはアメリカ外交の重要課題、中でも対テロ戦争と民主主義の拡大ではきわめて大きな地位を占める。必要な“A History of Western Philosophy”を参照し、将来を形成する基本的な思想を理解することができる


最近のコメント