ロシア大統領選挙の見通し
今年は主要国で選挙の準備が目白押しである。アメリカは2008年に大統領選挙を控え、候補者同士の競争は熾烈を極めている。イギリスではトニー・ブレア首相が今年の夏に退任するとあって、ゴードン・ブラウン蔵相とデービッド・キャメロン保守党党首の政策論争は激しくなる見込みである。ロシアでもウラジミール・プーチン大統領が退陣を公約したことにより、来年の大統領選挙を控えている。フォーリン・ポリシー誌インターネット版の1月号に掲載された“The List: Next President of Russia”という記事でモスクワにあるユーラシア・ヘリテージ財団のジュリアン・エバンズ研究員はプーチン大統領の後継者について手短にコメントしている。どの候補にも強みと弱みがある。
大統領候補者の中で、ドミトリ・メドベーデフ副首相とセルゲイ・イワノフ副首相が有力だとエバンズ氏は述べている。メドベーデフ氏がプーチン大統領の後継者となる可能性が最も高いが、それは人気、資金力、若さ、ルックスの良さがあるからである。10年前にはプーチン氏と共にサンクト・ペテルスブルグで経験を積んでいる。欧米のアナリストはメドベーデフ氏を市場経済志向で親欧米派だと見ている。だがまだ41歳のメドベーデフ氏には行政の要職での経験が少な過ぎる。もう一人の副首相であるセルゲイ・イワノフ国防相はNATOに対決姿勢をとっている。連邦情報局(Federal Service Bureau、かつてのKGB)の官僚出身のイワノフ氏の行政手腕と英語力は目を見張るものがある。コンドリーザ・ライス米国務長官をはじめ欧米外交筋にはイワノフ氏の能力に敬意を払う者が多い。メドベーデフ氏ほどの人気はないものの、プーチン大統領が欧米からロシアを守る必要性を感じた時にはイワノフ氏がチャンスをつかむ可能性がある。
ロシア鉄道のウラディミール・ヤクイニン最高経営者とサンクト・ペテルスブルグのバレンティーナ・マトビエンコ知事といったダークホースにも要注意である。ヤクイニン氏にはKGB人脈があるが、一般国民の間での知名度は低い。女性政治家がメディアの注目を集める近年の状況はマトビエンコ氏に有利である。しかしサンクト・ペテルスブルグ知事と駐マルタ大使を歴任したとはいえ、マトビエンコ氏の業績は高く評価されてはいない。
来年に誰が大統領になろうとも、ロシアはピョートル大帝型(親欧米、啓蒙主義)とイワン雷帝(ナショナリスト、権威主義)の間を揺れてきたことを忘れてはならない。ツァーの専制政治であろうと共産主義であろうと、はたまた資本主義であろうと、ロシアは歴史を通じてこのサイクルを繰り返してきた。ここで例を挙げてみる。
ピョートル大帝型:
ピョートル大帝、アレクサンドル2世、ニキタ・フルシチョフ、ミハイル・ゴルバチョフ、ボリス・エリツィン?
イワン雷帝型:
イワン雷帝、ヨセフ・スターリン、レオニード・ブレジネフ、ウラディミール・プーチン
こうした二分法はいつも当てはまる訳ではない。エカテリーナ2世はどちらの性質も併せ持っていた。即位してから初期のエカテリーナ2世は典型的な啓蒙専制君主であった。しかし後には権威主義的な専制君主へと変貌し、封建的秩序の維持と領土の拡大をはかった。
ロシアの最高指導者をめぐる選挙はアメリカとイギリスの選挙にも劣らず重要である。メディアの注目がどれほどであろうと、国際情勢に問題意識を持つ者にとってこの選挙は見過ごせない。ロシアの次期大統領はピョートル大帝型だろうか、それともイワン雷帝型だろうか?これは世界の安全保障にもエネルギー問題にも大きな影響を与える
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前回までの認識に基づいて、日本が取るべきランドパワー対策について述べます。
基本となる方針は、これです。
1.海洋への進出を封殺する
2.最も強力な中国に対して、ロシア・朝鮮を対立させる
隣接するランドパワー同士は対立するという原則が守られるためには、その国の意識が内陸に向かせることが必要です。
たとえば、資源・エネルギー政策で有れば、日本近海の海底資源にはアクセ... [続きを読む]
舎さん、
ロシアの選挙にはぜひ、カーター元大統領をオブザーバーとして選挙に不正があったかどうかを見極めてもらえば良いとおもうのですが。独裁政権が関わる選挙で、不正があった選挙のほとんどにたいして彼は、”不正がなかった”と報告していますので…
MikeRossTky
投稿: マイク | 2007年3月18日 23:34
この分類は非常に興味深いですね。
そして、ピョートルだろうとイワン雷帝だろうと、日本にとっては危険であることは変わりませんね。
投稿: ろろ | 2007年3月19日 00:26
マイクさん、
カーター元大統領の基準は独特です。啓蒙専制君主であったイランのパーレビ国王を圧政者呼ばわりしたとか。イラク戦争の遠因はこうした政策にあるのですが、どうもメディアはこのことを指摘しません。あの時にニクソン&キッシンジャーがいれば、チリでアジェンデ共産政権を倒したように、ホメイニなど潰していたのではと残念に思います。
投稿: 舎 亜歴 | 2007年3月19日 22:05
ろろさん、
あの分類は私が勝手にしたものです。少なくとも親欧米の開明派の方が日本にとっても対話はしやすいです。
ロシア人も色々です。女性は白い肌と神秘的な瞳が魅力的ですが、北海道の漁港にやってくる毛むくじゃらのオッサンは何もしなくても恐ろしいです。
投稿: 舎 亜歴 | 2007年3月19日 22:11
微妙な分類だと思うのですが、私が尊敬するウラジミール・イリイッチ・レーニンはどうなるのでしょうか?
投稿: アッテンボロー | 2007年3月21日 00:31
レーニンってRed Terror (http://en.wikipedia.org/wiki/Red_Terror)で数十万人の人を殺したり、7万人もの人をGulag(http://en.wikipedia.org/wiki/Gulag)に収容した人でしょ?そのような残虐な人を尊敬しているのですか?
確か、Cheka(http://en.wikipedia.org/wiki/Cheka)と言う秘密警察も設立したんでしょ。拷問で有名だったと思うのですが。
毛沢東・スターリン・レーニンってヒトラーと代わらない人殺しを行う政治環境を作り上げた人たちですよね。ヒトラーとの違いはファシズムと共産主義だけでしょ?皆、隣同士で監視する環境を作って恐怖の中で一般の人が住む。犠牲者の山を作った人が尊敬できるんですか?
投稿: マイク | 2007年3月21日 00:51
アッテンボローさん、
レーニンはドイツ学界の影響を強く受けているうえに、スターリンのようなナショナリストではなくトロツキーと同様のインターナショナリストです。強いて分ければピョートル大帝型でしょうか?
彼の名誉のために言えば、資本主義が未発達のロシアで共産革命をやらざるを得なかったことです。中世の農奴同然の意識のロシア人を後回しにして、ロシア国内のドイツ系住民入植地から共産主義革命を進める案さえ持っていたようですが。
何と言っても皇帝一家への処遇はレーニンの名声に暗い影を落としました。
投稿: 舎 亜歴 | 2007年3月21日 21:00
マイクさん、
やはり資本主義国がマルクスの「警告」にうまく対応したから、そうしたことが言えるわけです。あのまま「格差社会」が酷くなっていたら、マルクスの予言通りに最先進資本主義国で共産革命が起こったかも知れません。そうなると、我々も統制社会の中で過ごしていたかも知れません。
投稿: 舎 亜歴 | 2007年3月21日 21:13