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2007年4月15日

パーレビ元皇太子、ハドソン研究所で講演

国際社会に広く知れ渡っているように、イランのレザ・パーレビ元皇太子は母国の神権体制の打倒を目指す運動を繰り広げている。1979年のイスラム革命よりイランは中東の安全保障で最も大きな脅威となっている。イランが安定して、強力で、親欧米であれば、サダム・フセインは夢にも近隣諸国を恐怖に陥れようとはしなかったであろう。イランは対テロ戦争とイラク戦争の元凶なのである。だからこそイランのレジーム・チェンジを模索し、将来にさらなる脅威が及ばぬようにすることが重要なのである。講演内容をまとめてみたい。

元皇太子はまず核問題に触れた。パーレビ氏はMAD(相互確証破壊)という概念は、自己破壊を聖戦として美化するような体制には通用しないと指摘している。これはイランとの核交渉を議論するうえで重要な点だと私は言いたい。核不拡散の専門家は核保有国が増えればMADの信頼性が揺らぐという見解で一致している。

メディアと知識人の中にはイラクでの困難からレジーム・チェンジの推進には批判的な声もあるが、レザ・パーレビ氏はこうした考え方を否定している。ソ連・東欧圏での共産主義体制の崩壊に触れながら、パーレビ氏は以下のように述べている。

レーガン大統領はソビエト体制の行動を変化させるにはアメリカが本気でそれを求めていると思い知らせる必要があることを熟知していた。実際に起きた変化は西側が望んだ以上のもので、マルクス主義体制が崩壊してしまった。東ヨーロッパの若者が西側を旅行して自分達の友人にマルクス主義が誇らしく語る理想と惨めな現実のギャップを伝えるようになった。ブエノスアイレスからパリまで、世界の多くの国々の大学でマルクス主義の講座が姿を消していった。

イラクと違ってイランは植民地になったことはなく、イラン人が自らの手で議会政治を始めた20世紀初頭にはロシアでさえツァーの専制政治の下にあったとパーレビ氏は述べている。私は自由民主主義への希求が広まっていることが外国の介入によるレジーム・チェンジを行なうための重要な前提条件であることを強調したい。日本とドイツはアメリカ主導のレジーム・チェンジの成功例である。外国の介入以前に、日本には大正デモクラシーがありドイツにはワイマール民主主義があった。こうした観点からイランのレジーム・チェンジはイラクでのものより成功の可能性が高いと言える。パーレビ氏はイランのジャーナリスト、知識人、学生が欧米との接点を持ち、自国の神権体制を批判的に見るようにすべきだと主張している。これはソ連と東ヨーロッパで起きたことである。

パーレビ氏はベーカー・ハミルトン報告書ではアメリカの面子を失わせることを目的としているイランのような国とどのように対話すべきか実現可能な方法を示していないと批判している。イランは世界の中で孤立しているが、アメリカと国際社会からの圧力はこの国に充分な効果を及ぼしていない。現体制はホロコーストを否定してイスラエルの抹殺を試みている。また、核兵器を持とうとしている。

イランには冷戦期の中国がソ連と対立していたようなアメリカと共通の敵があるわけではないので、キッシンジャー外交を行なっても意味はない。レザ・パーレビ氏はイランへの宥和政策からは何も得るものがないと言う。

国務省とペンタゴンは国家を中心に世界を見ているが、パーレビ氏は、女性、青年、少数民族、専門職の団体といったイランの市民組織に西側が支援を行なうよう主張している。現在、イランの民主活動家は外部との接触が殆どない。政府がメディアを支配し、少数の閲覧者しかいないブロガーも逮捕されてしまう。このような問題を解決するために、パーレビ氏はイラン国内でアマチュア用の衛星テレビ局を持つグラスルーツに対してVOAとBBCがより積極的に放送してゆくよう勧告している。

他方で元皇太子はイランとの戦争には反対している。それは以下のような理由である。

イラン国民は今ほど必要に迫られなくても自らの手で自国の体制を変革してきた。独裁者は歴史を通じて繰り返された変化の兆候を注意深く見極めようとしている。こうした兆候を見出して初めて、独裁者は行動を変えるであろう。

アメリカ主導のレジーム・チェンジに高い関心を抱くものにとって、レザ・パーレビ元皇太子の演説から学ぶところは多い。反欧米の左翼が考えることとは違い、中東のレジーム・チェンジとは好戦的なものではない。また現地の文化的伝統を否定して欧米の思考様式を押し付けるものでもない。この政策の目的は中東全土の市民へのエンパワーメント(政治的そして経済的な自立支援)である。「レジーム・チェンジ」という語にアレルギー反応を起こす人達にはアメリカと主要同盟国が将来のために行なっている取り組みに対する誤解を解いて欲しいものである。

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