イランと北朝鮮に対するアメリカの核不拡散政策
イランと北朝鮮に対するアメリカの政策には違いがある。ブッシュ政権はイランには国連決議を厳しく適用しようとする一方で、北朝鮮に対しては核廃棄の見返りに食料とエネルギーの供給をしようとしている。アメリカはイランを北朝鮮よりも深刻な脅威と見なしている。このため、前者に対しては後者よりも強硬な態度で臨んでいる。しかし二つのならず者国家が協力関係を深めるようになったからには、この政策は考え直されるべきである。
両国に対する政策の違いについて、カーネギー国際平和財団のジェシカ・マシューズ所長はアメリカにとってイランの方が北朝鮮よりも大きな脅威である理由を説明している。マシューズ所長は3月29日のチャーリー・ローズ・ショーに出演し、北朝鮮は六ヶ国協議で管理されているが、イランと交渉相手国の間には信頼関係がないと述べている(リンク先のカレンダーで2007年3月29日をクリック)。確かにイランは北朝鮮以上に危険である。交渉相手となるアメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、ロシア、中国でイランに直接の影響力を行使できる国はない。番組のインタビューで述べているように、イランの核保有によってサウジアラビア、エジプト、トルコの核保有に拍車がかかる。
さらに危険なことに、イランは湾岸諸国に接近してアメリカとの関係を裂こうとしている。アメリカのディック・チェイニー副大統領とイランのマフムード・アフマディネジャド大統領はこの5月に湾岸アラブ諸国を訪問した。アメリカがアラブの同盟諸国にイランの核保有阻止という共通の国益を強調する一方で、イランはアラブ諸国とアメリカの間に楔を打ち込もうとしている。だがドバイの湾岸研究センターのムスタファ・アラニ安全保障・テロ問題プログラム部長は、「湾岸諸国はアメリカとイランの双方に根強い不信感を抱いている。どちらもこの地域での重要な国益を守ろうと躍起である。だが両国とも大した成果を挙げないだろう」と述べている。(“Iran, US Court Gulf Arab Allies”, Kansas City Star, May 10)
アメリカとイランはイラクをめぐっても鋭く対立している。メディアはエジプトのシャルム・エル・シークでのイラク安全保障会議がアメリカの対イラン軟化の象徴のように報道する傾向がある。しかしエコノミスト誌はこうした見方に反論している。会議の最中、コンドリーザ・ライス国務長官はシリアのワリード・アル・モアレム外相との会談に多大な時間を割いた。シリアを手懐ける一方で、イランに強硬姿勢を貫くアメリカは両国の関係を裂こうとしている。(“A Cagey Game; America and Iran Spar over Iraq”, Economist, May 5)
他方で北朝鮮に対するワシントンの態度は軟化している。イランと違い、北朝鮮は中国の衛星国である。北朝鮮には宗教過激派と直接の関係もない。さらに重要なことに、北朝鮮の核実験によって近隣諸国が核開発に走る可能性はそれほど高くはない。韓国は太陽政策によって北朝鮮を手名づけようとしている。日本は核保有によって日米同盟を危うくしようとまでする気はない。
しかしだからと言って北朝鮮にハト派政策をとることが正当化される訳ではない。六ヶ国協議によって北朝鮮に対する経済制裁の解除と民間利用核燃料の供給が決定された。しかし北朝鮮には合意に従う気などない。日本の保守派はこの合意にきわめて批判的である。北朝鮮での認識の差異を埋めることは日米同盟には重要なことである。
ロバート・ジョセフ元軍備管理及び国際安全保障担当国務次官は現在の合意では核不拡散の目的に得るところは不充分でキム・ジョンイル体制を延命させるだけだと批判している。ジョセフ元国務次官は今年の3月に退任したばかりで、ブッシュ政権の軍備管理政策には精通している。4月24日のアメリカン・エンタープライズ研究所での講演で、ジョセフ元国務次官は北朝鮮が国民生活を犠牲にしてまで大量破壊兵器の保有に執心していると述べている。また北朝鮮が海外で日本人の拉致、マネーロンダリング、国際核不拡散協定の違反といった危険な行動に出ていることも指摘している。リビアと違い、北朝鮮は国際社会からの孤立をものともしていないとも述べた。北朝鮮への圧力を強めるために、米中協力と地域同盟の強化を主張している。もっとも重要なことに、合意によって完全査察が実行され、1994年合意のような失敗は繰り返されてはならないと主張している。
専門家からも懸念されたように、イランと北朝鮮は国際社会の核不拡散に対抗するために協力関係を築こうとしている。イランのマヌーシェル・モッタキ外相と北朝鮮のキム・ヨンイル外務次官は、政治、経済、文化での関係拡大を目指す合意に調印した(“Iran, North Korea reportedly agree to cooperate more”, Boston Globe, May 12)。イランで民主化を目指すジャーナリストとブロガーが投稿するオンライン・ジャーナルでは、圧制国家同士の関係強化を懸念している(“Iran, North Korea tyrant regimes to boost ties”; Persian Journal, May 11)。
悪の枢軸は悪の枢軸である。標準的な外交テクニックは通用しない。融和など事態を悪化させるだけである。何らかの強制的措置が必要である。
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