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2007年6月30日

ダビデとゴードン:英国新首相と大西洋同盟

トニー・ブレア前首相は6月27日に退任した。ゴードン・ブラウン財務相が首相の地位を引き継いだ。

ところでゴードン・ブラウン氏とはどのような人物だろうか?まずブラウン氏の経歴を手短に述べたい。ブラウン氏は頭脳明晰で経済政策に精通している。何と16歳で、チャールズ・ダーウィンとアーサー・コナン・ドイルを輩出したスコットランドの名門校のエジンバラ大学に合格している。ブレア内閣ではNo.2の地位を占め、経済政策の最高責任者であった。ブレア政権の誕生以来、イギリス経済は好調である。今や一人当たりのGDPでは日本を抜いたとも言われる。ブラウン氏の経済政策によって、イギリスはアメリカ型の開放的で柔軟な市場経済とヨーロッパ型の弱者救済という二つの目的をうまく達成している。(“Britannia Redux”, February 1, The Economist

政治家としてゴードン・ブラウン氏にはトニー・ブレア氏のようなスター性はない。ブラウン氏はバランスの調整が得意で、理念を高らかに訴えるタイプではない(”Brown May Loosen Ties to Bush”, May 11, Washington Post)。これはエリザベス1世からピット父子、ソールズベリー侯爵に至るまでのイギリスの政治家の伝統的な性格である。こうした性格がイギリスをヨーロッパ列強のパワー・ゲームをうまく乗り切らせたのである。だが優れたバランス感覚が常に首相職で役立つわけではない。アーサー・バルフォアは知性に優れていたが、信念に欠けていた。

歴代のイギリス首相にはパーマストン卿、ローズベリー伯爵、ウィンストン・チャーチル、マーガレット・サッチャーといった全世界への普遍的価値観の普及に尽力した指導者もある。偉大な政治家になるために一貫性を持つことはバランス感覚に劣らず重要である。ゴードン・ブラウンという人物は一貫性に欠けると批判されることがあるのは、核保有をめぐる議論で明らかである。かつてブラウン氏は先頭に立ってイギリスの非核化を訴えていた。それが今ではニュー・レイバーの一員としてトライデント・ミサイルの更新による核抑止力の継続を支持している。

ゴードン・ブラウン氏は過激左派のジョン・マクドネル氏を破って労働党党首の座に就いた。だがこれによって中道路線のニュー・レイバーが党内に定着しているとは言い切れない。ブレア前政権の公共サービス改革に穏健左派が抵抗したことから、労働党議員が全体としてどのような感情を抱いているかわかると英エコノミストは述べている(“How much is Left the Left?”, May 17)。トライデント論争のように、左派が党内でのブラウン氏のリーダーシップを阻む可能性もある。

ブラウン氏がいくつかの弱点を抱えているので、デービッド・キャメロン党首の保守党は巻き返せるだろうか?サッチャー政権下のノーマン・ラモント前財務相が強く要求したにもかかわらず、キャメロン党首は政策ビジョンを明確に打ち出していない。以前の「保守主義と環境保護は両立可能か?」という記事で述べたように、アメリカン・エンタープライズ研究所のデービッド・フラム氏はキャメロン氏の政策を「中身のない保守主義」だと批判している。実際にキャメロン氏が「デービッド・カメレオン」とまで揶揄されるのは一貫性のなさからである。キャメロン氏は多数派を占める労働党に対抗しようと、左派の自由民主党との選挙協力まで模索した。旧約聖書ではダビデ(英語名デービッド)がゴリアテを破った。今日の現実政治ではそのダビデよりもゴードンの方が優勢である。

外交政策についてはもう一人のデービッド、すなわちデービッド・ミリバンド新外相について言及する必要がある。BBCはイラク戦争に批判的で温室効果ガスの排出削減に熱心なミリバンド氏の外相起用は、ブラウン新政権がブレア政権よりもブッシュ政権とは距離を置くことの表れだと述べている(Profile: David Miliband, 28 June)。だが私はそのことがそこまで重要とは見ていない。アメリカの次期政権がどうなるのかわからないからである。イギリスはヨーロッパのミサイル防衛や次期戦闘機JSFの共同開発をはじめ重要な政策課題をアメリカと共有しているので、新政権が対米関係を損なう行動に出ることは考えにくい。むしろBBCがミリバンド外相の起用はブラウン政権がアジアとアフリカを重視することの表れだと述べていることの方が注目に値する。

ブラウン首相は慎重な性格で、イラクからの早期撤退をちらつかせて対米関係を悪化させるような失敗は犯さないであろう。ブラウン氏がヨーロッパ統合に懐疑的であることは、通貨統合と犯罪司法にブリュッセルの法的権威が及ぶことへの反対姿勢からわかると英エコノミストは指摘する(Gordon Brown and Foreign Affairs, June 14)。これに対してヨーロピアン・ボイスのコラムニストを務めるディック・レナード前下院議員は、現実主義者のブラウン首相はイギリスの立場を守るためにヨーロッパとの関係を強めると述べている。(Foreign Policy Centre, Article 371)。

ゴードン・ブラウン首相はアメリカとヨーロッパの間で重要な役割を担うと見てよい。イラク、イラン、ヨーロッパの共通安全保障にいたる問題でそうした役割を担うであろう。またブラウン政権のアジア・アフリカ政策にも注目すべきである。内政ではキャメロン保守党が新政権に大きく立ちはだかることは当面はないであろう。労働党内の穏健左派にうまく対処できるだろうか?イギリスと世界の動向にブラウン政権がどのように関わってゆくか、これから目が離せない。

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2007年6月23日

東京都法務局出張所へ

去る21日木曜日に法務局の田無出張所に出向きました。以前の記事で述べた通り、中間法人の設立に関して相談するためです。

日本法令登記研究会より「中間法人登記の手続」という本が出版されており、設立の手続きには大いに参考になります。しかしながら法令に関する文献なので、法律学科出身でない者にとって容易に理解できるものではありません。担当の係りの方から必要な書類を揃えていただきました。

聞き慣れぬ専門用語に戸惑いながら、最後の仕上げで書類を提出したいと思います。

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2007年6月17日

中国の経済成長と農村社会に関する注目の研究報告

今回はカーネギー国際平和財団から出された中国経済と農村社会をテーマにしたレポートを取り上げたい。このレポートは“China’s Economic Fluctuations and Their Implications for Its Rural Economy”という題名で、アルバート・カイデル上級研究員が中国の国家経済開発改革委員会の所管にある国際協力センターの劉建興(Liu Jianxing博士の協力を得て書き上げている。これはこのレポートの大きな利点で、アメリカ人や日本人あるいはヨーロッパ人の視点からだけでは中国という巨大で歴史も古く複雑な国を理解することは難しい。

このレポートによると中国の経済成長は内需中心で、貿易黒字の急増に目を奪われてはならないという。またカイデル氏は中国の経済政策が農村社会を組織的に疎外してきたとも述べている。論文の内容を検証したい。

このレポートでは毛沢東時代以降の中国の経済政策の歴史を振り返っている。毛沢東が1976年に他界すると、華国鋒国家主席は新たな経済政策の立案に着手した。中国政府は1978年に市場改革、開放経済、農産物価格改革に乗り出した。カイデル氏のレポートは政策提言よりも1978年の改革以降の中国の経済循環の背後にある原因の分析を中心に行なっている。

アルバート・カイデル上級研究員は改革以降の中国経済が急成長と低成長のサイクルを繰り返していると指摘している。他の東アジア新興経済諸国と違い、中国の経済成長は内需中心である。1990年代にアメリカ経済がIT景気に沸いていた時期には中国経済は低成長にあえいでいた。他方で中国が高い成長を謳歌した2002年にはアメリカと輸出依存のアジア諸国の経済成長は鈍かった。貿易と外資流入は海外の技術と経営を中国に導入する契機にはなるが、経済成長の原動力となるわけではない。

このレポートは4章から成っている。1章では経済循環の基本的な傾向を述べている。図表によって、急成長と低成長の基本的な動向と変動を比較できる。2章では経済循環の原因を説明する方法論について述べている。こうした方法論によって、カイデル氏は3章でマクロ経済の動向を分析している。

統計と歴史からの証拠に基づき、著者は過去30年間の中国の経済成長は外資導入、貿易、その他の対外的要因では説明できないと述べている。アルバート・カイデル氏は経済の循環を以下のように時代区分している。

1978年~1982年:毛体制後の歳出・価格改革と組織変革 

過大な投資計画、中越国境紛争、農産物価格の引き上げといった政策の相互作用によって、経済が過熱状態に陥ってしまった。そこで政府が財政支出の削減や公共投資の抑制によって経済の過熱を抑えると成長は落ち着いた。華北の旱魃と不作は経済全体には大きな影響を及ぼさなかった。

1983 1987年:土地改革と工場経営の刷新

この時期は経済成長の過熱、通貨供給拡大、インフレが起こり、金融引き締めその他の行政手段によって経済の過熱が抑えられた。後に一層顕著になるように、市場の力とマクロ経済の不安定化が政府と共産党の影響力を凌ぐようになっている。

1987年~1990年:インフレ、銀行恐慌、深刻な不況 

市場の力が予想外に強まり、経済の循環が極端に大きくなっていった。1988年のインフレはこれまでのものより深刻で、同年後期には1989年から1990年を目標に2年にわたる投資抑制によるインフレ対策がとられた。こうした引き締め政策は都市部では不人気であったので、1989年には政府の強い指導によって政策が実行にうつされた。1989年後期には生産高の成長は弱まり、1990年には生産高の成長もインフレも収まった。1990年後期には2年間のインフレ抑制目標が達成できたので、政府は再び経済成長に乗り出すことになった。この時期は短い間に激しい経済変動が起こった。

1991年~2000年:都市の価格改革、レイオフ、成長の鈍化

この時期は経済循環そのものと消費者需要も含めた内需の役割の解明には最も興味深い時期である。1990年代初期には外国からの直接投資の急増、不完全ながらも価格改革の終結、インフレの過熱(1993年~1994年)、都市部に遅れて農村部での経済成長があり、1990年代後期には企業の改革とレイオフが実行された。農村部が経済循環に入り込んできたことは画期的であるが、これについては残りの章で述べる。

2001年~2005年:SARS、投資拡大、輸出急増

2001年から2005年の高経済成長は今も続いている。50ページの表313に示されているように、内需と外需が中国のGDPに占める割合を見ると中国の経済成長が輸出によるものではないことがわかる。カイデル氏は国内資本の形成が今日の経済急成長をもたらしたと示唆している。2001年の急成長には国内需要も国内資本の投資も影響を及ぼしていないと分析している。著者は在庫管理によって急成長がもたらされたと推定している。2003年のSARS流行で経済に影響は出たが、中国政府は投資の促進で事態を乗り切っている。

4章では農村部の経済が食料、原材料、低賃金労働の供給源以上の役割を果たしていると主張している。著者は以下の点から議論を進めている。

1.      農村部の経済には独自の力学が働くか?

2.      1978年以後の中国の経済成長の循環がもたらした影響は、他のどこよりも農村部に深刻なものだったか?

3.      中央政府と都市部の政策と経済変動が、農村部にどれほど直接の経済変動をもたらしたか?

4.      農村部の経済が全国の経済に影響を及ぼしていたのか?

こうした問題を検証したカイデル氏は、1990年代に入って全国の経済動向に影響を及ぼすようになるまでの農村部は中央政府の政策に受け身でしかなかったと結論づけている。農村部の役割を正当に評価できないようだと、1990年代と同じようにマクロ経済の激しい変動に直面するという。カイデル氏は中国の指導者がこの教訓を忘れぬようにと述べている。

アルバート・カイデル氏はアメリカ財務省と世界銀行北京事務所での経験を積んだ経済の専門家である。このレポートは経済政策に関して上級レベルの知識を持つ者にはお薦めである。冷静な分析とよく整理された図表によって中国経済を詳細に把握できる。

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2007年6月10日

ブッシュ政権後のアメリカの外交政策

来年の大統領選挙を控え、フォーリン・アフェアーズ7・8月号では“America’s Next Foreign Policy”という特集を組んでいる。共和党のミット・ロムニー氏と民主党のバラク・オバマ氏がこの特集に投稿している。イラクをめぐる議論の対立にもかかわらず、共和党も民主党もアメリカが世界の平和と安全保障に特別な役割を担っていることを確信している。両候補の論文を検証してみたい。

共和党のミット・ロムニー氏はRising to a New Generation of Global Challenges”という論文の中で、アメリカはイラクをめぐる分裂を克服して国民が一致団結して強いアメリカと安全な世界を作るための勇気ある行動に出ねばならないと主張している。またロムニー氏はアメリカと同盟国の関係の再強化も訴えている。ロムニー氏は以下の点を論じている。

ワシントンでの外交政策をめぐる分裂について、ロムニー氏はあるグループを理想主義のネオコンだとか、あるいは他のグループを思慮深いリアリストだとかというレッテルを貼ることは無意味だと述べている。ネオコンは現実に則した政策形成の必要性を理解しており、リアリストもアメリカのソフトパワーが思想と理念に基づいていることを認めている。ロムニー氏はアメリカと同盟国は特定のイデオロギーに偏らず共通の認識に基づいて世界戦略を確立して新しい時代の課題を乗り越えるべきだと主張している。

今日の世界はテロ、核不拡散、権威主義的な指導者、AIDSに代表される伝染病、中国の台頭などといった新しい課題に直面している。ロムニー氏は第二次大戦と戦後の指導者がそうであったように、現在のアメリカの指導者もこうした課題に立ち向かうために国際情勢に積極関与すべきだと主張している。イスラム過激派の脅威について広い範囲にわたって言及し、イラクとアフガニスタンで過激派の討伐に失敗すればテロリストを勢いづけてしまうと警告している。イラク論争について、ロムニー氏は「最近の世論調査と政治力学によって、アメリカが自らの力に自信を持てず世界の中での役割を見失うあまりにかつての過ちを繰り返してはならない。過去数十年間ではベトナム戦争と1990年代の冷戦終結の二度にわたって、アメリカの国際問題への関与に対する準備不足は危険なレベルにまで低下した」と述べている。新たな課題に対してロムニー氏は以下の四つの問題点を挙げている。

第一にロムニー氏は国防予算の増額を訴え、少なくともGDPの4%は必要だと言う。また、チャールズ・クローサマー氏のアメリカは歴史の中で休暇を過ごしていたという発言を引用してクリントン政権期の大幅な軍備削減を批判している。アメリカは全世界でテロリストと危険な国家に対して広範にわたる作戦を行なう準備ができていなければならない。強力な軍事力の維持には経済の活性化も必要で、小さな政府、福祉の改善、研究開発への投資、自由貿易の促進といった政策が実行にうつされるべきである。また理念と道徳面でのリーダーシップが重要だとも述べている。

第二にロムニー氏はイラン、ロシア、ベネズエラといった産油国からのエネルギーの自立を訴えている。エネルギーの自立には効率的なエネルギー利用と代替エネルギーの研究開発が必要となる。ロムニー氏はこうした政策によって国防、外交、経済、そして環境にも好影響をもたらすと述べている。

第三にロムニー氏はアメリカ政府の文民機関は行政機関の縄張りの枠組みを超えて政策立案と実行の能力を向上させるべきである。レーガン政権期のゴールドウォーター・ニコラス法によってアメリカ軍は統合参謀によって効率的に行動できるようになった。文民部門もどうレベルの改革が必要である。

第四にロムニー氏は同盟国との関係を再活性化して21世紀の課題に対処すべきだと主張している。ロムニー氏はアメリカ国民が多国間主義を信用していない理由には理解を示している。例を挙げれば、国連人権委員会は民主主義国家のイスラエルを非難しながら、圧制国家のキューバ、イラン、ミャンマー、北朝鮮、スーダンに対しては沈黙を守っている。このように新しい課題に対処する能力がないからと言って、単独行動政策が正当化される訳ではない。むしろアメリカがそうした期間の改革を推し進めるべきだと主張している。またアメリカがイスラム過激派を打倒するにはイスラム世界の友人の協力が必要だと述べている。

結論としてロムニー氏はイラク情勢が依然として不安定であっても、アメリカが世界の平和と安全保障に積極的に関与すべきだと主張している。シモン・ペレス氏が述べたように、アメリカは特別な国でドイツと日本から領土を割譲しなかった。今世紀に突きつけられた課題への対処で指導的役割を担える国は他にない。

他方で民主党のバラク・オバマ氏は“Renewing American Leadership”という論文でアメリカは人類共通の理念のために共通の安全保障を追求し、イラク情勢の進展がどのようになろうとも世界に積極関与し、国際社会でのアメリカのリーダーシップを新しい時代に対応させてゆかねばならないと主張している。 ミット・ロムニー氏と同様に、オバマ氏も大戦時と戦後のアメリカの指導者を賞賛している。しかしオバマ氏は911後のブッシュ政権がテロリストによる従来とは異なる攻撃に対して従来からの国家間の紛争の解決策であった軍事的手段で対応したと批判している。その結果、現政権は対テロ戦争で資金と人的資源を浪費していると主張している。そこでオバマ氏は世界におけるアメリカのリーダーシップを刷新すべきだと主張している。このために、オバマ氏はアメリカが責任を持ってイラク戦争を終結させる必要があると述べている。アメリカがイラクの民族宗派間の紛争に軍事的解決を押し付けられない以上、現地勢力に対して漸次撤退をちらつかせて圧力をかけるべきだとオバマ氏は主張している。最終的にはイラクの問題はイラク人に委ねるべきだと述べている。

またアメリカは中東全体の安全保障の枠組みを作り上げねばならない。オバマ氏はイランとの対話を主張する一方で、イラン国内の市民社会を支援して核拡散を防ぐよう主張している。イスラエル・パレスチナ対話についてもアメリカが指導力を発揮すべきだと主張している。またオバマ氏はシリアを穏健化させるようにアメリカが圧力をかける必要があると主張している。世界におけるアメリカのリーダーシップを刷新するために、オバマ氏は以下の問題点を挙げている。

第一にアメリカは軍事力を再強化せねばならない。アメリカ軍は世界規模での多様な作戦を行なう準備ができていなければならない。同時にオバマ氏は軍事力の賢明な利用について語り、必要ならば力の行使も辞さないと言う。オバマ氏は自衛の範囲を超えた軍事行動もためらわないが、そうした行動は湾岸戦争でブッシュ・シニア大統領が行なったような多国籍で行なう必要性を強調している。

第二にアメリカは核不拡散という国際社会に差し迫った脅威への対処で指導力を発揮しなければならない。オバマ氏は核兵器によるテロ攻撃を懸念している。そうした災難を避けるためにロシアとの緊密な協力関係が必要だとオバマ氏は言うが、クレムリンには自由と民主化では妥協してはならないと述べている。さらにイランと北朝鮮に対する世界規模の連携も必要だと訴えている。

第三に世界規模のテロとの戦いでオバマ氏はアフガニスタンとパキスタンというアル・カイダの活動家が潜んでいる地域に注目しなおすよう強調している。そのためにはインドとパキスタンの対話と中央アジアからインド亜大陸にわたる安全保障の枠組みを支援するとまで述べている。オバマ氏は軍事的手段だけでなく、市民の自立支援といった包括的な対テロ戦略も主張している。

第四にオバマ氏は同盟関係の再編について言及し、もっと効果的なものにすべきだと主張している。同盟国との関係は冷戦に対応したものから平和へのパートナーシップに変わってゆかねばならない。またオバマ氏はブラジル、インド、南アフリカといった新興諸国との関係強化も訴えている。

第五にオバマ氏は安全で民主的な社会の建設という人類共通の目的の達成を訴えている。貧困にあえぐ社会と統治に失敗した国家は疫病、テロ、紛争の温床となるとオバマ氏は言う。よってオバマ氏はそうした社会での貧困の撲滅、福祉の促進、民主化の支援がアメリカの安全保障の利益にもつながると見なしている。

こうした手段によってアメリカは同盟国と国際社会から信頼を回復できると主張している。

アメリカの次期政権の外交政策について両者の主張と現状認識は概ね共通している。イラク政策をめぐってはいくつかの相違点も見られるが、両氏とも世界の中でアメリカが指導的な役割を積極的に果たすべきだという点では一致している。さらに重要なことに、共和党であれ民主党であれ、911以降にブッシュ政権が敷いた路線に基づいた政策をとるようになる。賛否はあるものの、ジョージ・W・ブッシュ大統領は今世紀のアメリカ外交の方向性を定めたと言ってもよい。アメリカはクリントン政権期の歴史からの休暇より戻ってきたのである。誰が大統領になろうとも、ブッシュ政権が残したものから逃れることはできない。アメリカは世界に関与してゆかねばならない。アメリカはベトナム戦争後の過ちを繰り返してはならない。イラク戦争後にはジミー・カーター氏のような人物は必要ない。

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2007年6月 4日

ブレア政権後の英米関係

イギリスのトニー・ブレア首相は国際政治の場で最後の外遊の途上にある。首相は6月27日に退陣し、ゴードン・ブラウン蔵相がその地位を引き継ぐ見通しである。ブレア首相の政策は次期政権にも引き継がれるのだろうか?ここでトニー・ブレア首相の業績をふり返ってみたい。さらにこの点を強調しておきたい。一般にブレア首相をブッシュ米大統領のプードルと見る向きが多いが、実際にはブレア首相自身の信念に基づいて行動していたということを。

トニー・ブレア首相の政治的功績の全体像をつかむために、英エコノミスト510日号の“The Great Performer Leaves the Stage”“Tony Blair’s Farewell”という記事に言及したい。ブレア政権が掲げるニュー・レイバーは保守党の皮を被っていると見る向きも多い。だがブレア氏は都市の中産階級出身でベビー・ブーマー世代であり、保守党のエスタブリッシュメントを快く思わない有権者の支持を得てきた。内政ではブレア首相は労働党の統治能力が低いという悪評の払拭に成功した。経済は繁栄し、雇用創出と失業削減にも成果を挙げた。さらにブレア政権下ではスコットランドとウェールズの自治も認められた。英エコノミストで述べられているように、内政での業績は高く評価されるべきである。

ブレア首相の経済政策と社会政策はマーガレット・サッチャー元首相に負うところが大きい。ブレア氏は市場競争原理に基づく公共サービスの改善に努め、中産階級からの幅広い支持を勝ち取った。ゴードン・ブラウン蔵相もデービッド・キャメロン保守党党首もブレア政権下のサッチャー的社会経済政策を引き継ぐ見通しである。ブレア政権が掲げたニュー・レイバーはイギリスにとってそれほど目新しいものではないが、それはマーガレット・サッチャー元首相や故クレメント・アトリー首相のようにイギリスの政治と社会の変革が要求された訳ではないからである。

ブレア政権の評価が分かれるのは外交の分野である。特に一部メディアと左翼はイギリスのイラク戦争参戦を批判し、トニー・ブレアとはジョージ・W・ブッシュのプードルだと揶揄している。こうした者達は明らかにブレア政権の自由対外介入主義を理解していない。またイラクでのブレア首相の役割の評価も考え直す必要がある。

ブレア政権の自由対外介入主義に関してはヨーロッパ外交評議会のマーク・レナード所長が、メージャー政権時のマイケル・ポルティーヨ元国防相が議長を務めた外交政策センターとプロスペクト誌共催の討論会で以下のように指摘している。

ブレア首相はルールに基づく世界秩序というヨーロッパの立場を主張しているが、そうした世界秩序が機能するためには力の裏づけが必要で、現在それができるのはアメリカの力だけであるということを知っている。そのため、そうした世界秩序の正当性はアメリカの正当性と強く関っており、アメリカ政府が世界の不安定化を招く行動をとればヨーロッパは厳しい二者択一を迫られる。すなわち、アメリカから距離を置いて対米批判に徹してアメリカ主導の国際プロジェクトの正当性を損なわせるか、さもなければアメリカを支持してその正当性を高めて自国に不都合な部分だけは修正させるべきかになる。そうした二者択一からこれまでのイギリスは常にアメリカと行動を共にしてきた。常にこうした観点から問題を投げかけてみれば、ブレア首相がアメリカと行動を共にし続けた理由がよくわかる。(“Liberal Intervention: The Empire’s New Clothes”, p. 18, 26 July 2003

レナード氏はブレア首相がイラク戦争に参戦したのはアメリカとの同盟関係の強化によって国際政治でのイギリスの立場を有利にしたかったという一般に信じられている見方に反論している。むしろブレア首相を動かしたのは、上記のような原則である。

レナード氏が討論会で述べたことに加えて、イギリスは自国の国益を超えて世界の平和と安全保障のために介入をしてきたが、それはパーマストン卿やローズベリー伯爵の時代から続く自由帝国主義の伝統に基づいている。 

アメリカン・エンタープライズ研究所のリチャード・パール常任研究員は、イラク戦争と対テロ戦争でトニー・ブレア首相が果たした役割は単にジョージ・W・ブッシュ大統領と行動を共にした以上のものだと指摘している。パール氏はブレア首相が対テロ戦略の立案でブッシュ大統領より先んずることも多かったと言う。このことは外交政策センターで行なわれた首相の演説から明らかである。“In the News. co.uk” で述べられているように、ブレア首相はテロと過激思想に対する戦いは文明の衝突といった小さな枠にとどまらず国際社会への脅威だと主張している(Blair: Global intervention is vital, 21 March, 2006)。トニー・ブレア首相はこれがイラクとアフガニスタンへの介入を決断した究極の理由だと明言している。

また、パール氏はブレア首相がビル・クリントン大統領に対して力による問題解決が必要となったコソボへの派兵を強く要請したことにも言及している。これはサダム・フセインのクウェート侵攻に際し、マーガレット・サッチャー首相がジョージ・HW・ブッシュ大統領に行なったことと軌を一にするものである。

ブレア首相はブッシュ大統領と共にサダム・フセインを権力の座から引き吊り降ろした。だがイラクとの戦争ではブッシュ大統領を説き伏せて国連決議による出兵を行なおうとした。トニー・ブレア首相は自らの信念に基づいて行動したのだが、事態を理解しないで批判を行なう者はこの点をしばしば見落としてしまう。

ブレア首相が盲目的な対米従属論者だとしか見られない者は、リチャード・パール氏の一言を肝に銘じて欲しい。「英米両国が外交政策の決定をめぐって行なうやりとりは、反ブレア論者が考えているよりもずっと複雑で微妙なものである。」

現時点ではイギリスの対米関係がゴードン・ブラウン氏の下でどのように変わるのかはわからない。ブラウン氏はアメリカ政界に強い人脈を持っている。その人脈たるや共和党のポール・ウォルフォビッツ氏から民主党のエドワード・ケネディ上院議員にまで広がっている。しかしワシントン・ポストは511日付の“Brown May Loosen UK Ties to Bush” という記事で、両国の関係がトーン・ダウンするのではと警告している。マーク・レナード氏は「労働党がイラク戦争をめぐる党内分裂から立ち直るためにブラウン氏はブレア路線からの変更を余儀なくされるが、当面はブラウン政権下でも微妙なバランスの舵取りがなされるであろう。ブラウン首相がプードルとして振る舞うことはなく、イギリスの国益を強く主張してくるであろう。だがホワイトハウスとのあからさまな決別はないであろう」とコメントしている。

エセックス大学のアンソニー・キング教授によると、ゴードン・ブラウン氏は理念の人ではなく、「イラクについては意図的に明確な発言を避けており、真意はわかりにくい。これほど発言に慎重だとスフィンクスさえ多弁に見えてしまうほどだ」という。

他方で、オピニオン・ジャーナル(ウォールストリート・ジャーナル紙が発行する保守系週刊誌で、当ブログがリンクしている「保守思想」のマイク氏の大のお気に入り)はより楽観的な議論で、「強力なイギリスはアメリカとヨーロッパの双方にとって利益である。大陸諸国にとって聞いて愉快な一言ではないかも知れないが、イギリス経済はヨーロッパ連合が採るべきモデルである」と記している。そして以下のように結論づけている。

ロンドンはワシントンにとって旧世界では最も信頼できる相談相手であり続けるだろう。イギリスのメディアで反米主義が蔓延しようとも、イギリスはアンジェラ・メルケル首相のドイツやサルコジ大統領のフランス以上にアメリカとの精神的な絆の強い国である。ブレア首相をブッシュ大統領のプードルだとするのは事実の歪曲で、ワシントン政界では両国の特別関係に対する敬意は党派を超えたものである。

ゴードン・ブラウン蔵相が沈黙を守っているので、ブラウン政権が英米関係の難しい舵取りをどのように行なうのかはわからない。ブラウン氏は過去10年の間に優れた模範を目にしてきた訳で、前任者を見習っているのは当然だと見なして差し支えない。(“Britain after Blair”, Opinion Journal, May 10

テロと圧制国家に対する戦いを成功に導くには、強固な英米同盟の維持が不可欠である。そこで、今後はゴードン・ブラウン蔵相とデービッド・キャメロン野党党首についてより詳しく取り上げてみたい。

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