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2007年6月30日

ダビデとゴードン:英国新首相と大西洋同盟

トニー・ブレア前首相は6月27日に退任した。ゴードン・ブラウン財務相が首相の地位を引き継いだ。

ところでゴードン・ブラウン氏とはどのような人物だろうか?まずブラウン氏の経歴を手短に述べたい。ブラウン氏は頭脳明晰で経済政策に精通している。何と16歳で、チャールズ・ダーウィンとアーサー・コナン・ドイルを輩出したスコットランドの名門校のエジンバラ大学に合格している。ブレア内閣ではNo.2の地位を占め、経済政策の最高責任者であった。ブレア政権の誕生以来、イギリス経済は好調である。今や一人当たりのGDPでは日本を抜いたとも言われる。ブラウン氏の経済政策によって、イギリスはアメリカ型の開放的で柔軟な市場経済とヨーロッパ型の弱者救済という二つの目的をうまく達成している。(“Britannia Redux”, February 1, The Economist

政治家としてゴードン・ブラウン氏にはトニー・ブレア氏のようなスター性はない。ブラウン氏はバランスの調整が得意で、理念を高らかに訴えるタイプではない(”Brown May Loosen Ties to Bush”, May 11, Washington Post)。これはエリザベス1世からピット父子、ソールズベリー侯爵に至るまでのイギリスの政治家の伝統的な性格である。こうした性格がイギリスをヨーロッパ列強のパワー・ゲームをうまく乗り切らせたのである。だが優れたバランス感覚が常に首相職で役立つわけではない。アーサー・バルフォアは知性に優れていたが、信念に欠けていた。

歴代のイギリス首相にはパーマストン卿、ローズベリー伯爵、ウィンストン・チャーチル、マーガレット・サッチャーといった全世界への普遍的価値観の普及に尽力した指導者もある。偉大な政治家になるために一貫性を持つことはバランス感覚に劣らず重要である。ゴードン・ブラウンという人物は一貫性に欠けると批判されることがあるのは、核保有をめぐる議論で明らかである。かつてブラウン氏は先頭に立ってイギリスの非核化を訴えていた。それが今ではニュー・レイバーの一員としてトライデント・ミサイルの更新による核抑止力の継続を支持している。

ゴードン・ブラウン氏は過激左派のジョン・マクドネル氏を破って労働党党首の座に就いた。だがこれによって中道路線のニュー・レイバーが党内に定着しているとは言い切れない。ブレア前政権の公共サービス改革に穏健左派が抵抗したことから、労働党議員が全体としてどのような感情を抱いているかわかると英エコノミストは述べている(“How much is Left the Left?”, May 17)。トライデント論争のように、左派が党内でのブラウン氏のリーダーシップを阻む可能性もある。

ブラウン氏がいくつかの弱点を抱えているので、デービッド・キャメロン党首の保守党は巻き返せるだろうか?サッチャー政権下のノーマン・ラモント前財務相が強く要求したにもかかわらず、キャメロン党首は政策ビジョンを明確に打ち出していない。以前の「保守主義と環境保護は両立可能か?」という記事で述べたように、アメリカン・エンタープライズ研究所のデービッド・フラム氏はキャメロン氏の政策を「中身のない保守主義」だと批判している。実際にキャメロン氏が「デービッド・カメレオン」とまで揶揄されるのは一貫性のなさからである。キャメロン氏は多数派を占める労働党に対抗しようと、左派の自由民主党との選挙協力まで模索した。旧約聖書ではダビデ(英語名デービッド)がゴリアテを破った。今日の現実政治ではそのダビデよりもゴードンの方が優勢である。

外交政策についてはもう一人のデービッド、すなわちデービッド・ミリバンド新外相について言及する必要がある。BBCはイラク戦争に批判的で温室効果ガスの排出削減に熱心なミリバンド氏の外相起用は、ブラウン新政権がブレア政権よりもブッシュ政権とは距離を置くことの表れだと述べている(Profile: David Miliband, 28 June)。だが私はそのことがそこまで重要とは見ていない。アメリカの次期政権がどうなるのかわからないからである。イギリスはヨーロッパのミサイル防衛や次期戦闘機JSFの共同開発をはじめ重要な政策課題をアメリカと共有しているので、新政権が対米関係を損なう行動に出ることは考えにくい。むしろBBCがミリバンド外相の起用はブラウン政権がアジアとアフリカを重視することの表れだと述べていることの方が注目に値する。

ブラウン首相は慎重な性格で、イラクからの早期撤退をちらつかせて対米関係を悪化させるような失敗は犯さないであろう。ブラウン氏がヨーロッパ統合に懐疑的であることは、通貨統合と犯罪司法にブリュッセルの法的権威が及ぶことへの反対姿勢からわかると英エコノミストは指摘する(Gordon Brown and Foreign Affairs, June 14)。これに対してヨーロピアン・ボイスのコラムニストを務めるディック・レナード前下院議員は、現実主義者のブラウン首相はイギリスの立場を守るためにヨーロッパとの関係を強めると述べている。(Foreign Policy Centre, Article 371)。

ゴードン・ブラウン首相はアメリカとヨーロッパの間で重要な役割を担うと見てよい。イラク、イラン、ヨーロッパの共通安全保障にいたる問題でそうした役割を担うであろう。またブラウン政権のアジア・アフリカ政策にも注目すべきである。内政ではキャメロン保守党が新政権に大きく立ちはだかることは当面はないであろう。労働党内の穏健左派にうまく対処できるだろうか?イギリスと世界の動向にブラウン政権がどのように関わってゆくか、これから目が離せない。

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