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2007年7月 4日

アメリカの覇権に関する英エコノミスト記事の論評

今日は独立記念日である。そこで英エコノミスト誌が取り上げた世界におけるアメリカの指導力とイラク戦争がアメリカ外交に及ぼした影響についての記事について述べたい。ここでは628日号の二つの記事について述べる。イラクの暴徒と厳しい戦いを強いられてはいるがアメリカの地位は揺るがない。アメリカの覇権に対する対抗相手で最も重要となるのは中国である。

まず“Still No.1”という記事で、エコノミスト誌はアメリカの優位を妨げようとする要因を数多く取り上げている。現在、アメリカはイラク、アフガニスタン、そして全世界でイスラム過激派と戦争状態にある。中国はアメリカの覇権に対する潜在的な対抗相手である。ロシアは権威主義的なナショナリズムに逆戻りしている。北朝鮮とイランは核不拡散の要求に反抗している。 

アメリカと同盟国の関係もぎくしゃくしている。カントのヨーロッパとホッブスのアメリカはテロやならず者体制といった世界への脅威への対処のあり方をめぐって、しばしば見解の相違に直面する。アラブの同盟国はアメリカによる中東民主化には乗り気ではない。さらに、私は普通の国を志向する日本が自主外交を模索し始めていることにも言及したい。久間章生防衛相がアメリカによる広島・長崎への原爆投下を是認する発言をしたことは、日本国民の怒りをかった。

これらの困難に直面してもアメリカのハード・パワーとソフト・パワーは衰えていない。イラクで難しい事態にあるのはドナルド・ラムズフェルド前国防長官の戦略の誤りによるものであるということはよく指摘されている。イラクのレジーム・チェンジには送る兵力が少な過ぎた。しかもイラク軍まで解体してしまった。エコノミスト誌はこれらの点に関してブッシュ政権に批判的で、今後アメリカがレジーム・チェンジを行なう際には同じ過ちを繰り返さないであろうと述べている。

他方でジョージ・W・ブッシュ大統領がアメリカの優位を損なったという民主党の見解は否定している。イランと北朝鮮は数十年にわたってアメリカと敵対している。世界各地でアメリカのポップ・カルチャーの広がりは自分達のアイデンティティーと伝統への脅威だと見なされている。皮肉にもアメリカの圧倒的なハード・パワーによって、同盟国も自国民も自分達が直面している脅威を深刻に受け止めないでいる。イランと北朝鮮の暴走を食い止められるのはアメリカだけである。パレスチナ和平交渉から地球温暖化に至るまで、世界はアメリカを必要としている。ソフト・パワーについて、エコノミスト誌はグアンタナモでの捕虜虐待と移民の制限は、自由と開かれた社会というアメリカの理念を損なった。

全体として、エコノミスト誌はブッシュ政権が多国間主義を受け入れるようになっていることからアメリカという株は「買い」だと評価している。アメリカはベトナムの痛手からも巻き返してきた。中国の経済がどれほど力強くても政治的基盤は脆弱である。

もう一つの“The Hobbled Hegemon”という記事では、エコノミスト誌は図表を駆使してアメリカの力により詳細な評価を下している。6年にわたる対テロ戦争によって海外での戦闘配備の期間が長引く一方で本国に戻れる期間が短縮されるため、陸軍と海兵隊の兵士には精神的な負担となっている。戦略予算査定センターのアンドリュー・クレピネビッチ所長はアメリカ軍が「坑道のカナリア」のように疲弊していると警告している。退任を控えたピーター・ペース陸軍大将はアメリカが朝鮮半島から台湾、キューバ、イランまでの紛争に介入しようとしても、対応は遅く死傷者を多く出すものになろうと懸念している。両者ともアメリカ軍の規模は世界各地に広がる作戦行動には充分でないと憂慮している。アメリカ軍は世界で最も優れたハイテク装備をしており、図1からもわかるように軍事予算の規模は他の追随を許さない。

外交問題評議会のリチャード・ハース所長とカーター政権期のズビネフ・ブレジンスキー元国家安全保障担当大統領補佐官は、アメリカの衰退を警告している。しかし戦略家の間でもイラク戦争によってアメリカの優位がそれほど損なわれたかどうかについて、見解ははっきりしていない。

ラムズフェルド元長官による迅速で発見されにくく正確な行動のとれる軍隊という戦略はイラクでは不適切であった。ポール・インリン陸軍中佐はアームド・フォーシズ・ジャーナルにとうこうした論文でこの戦略を批判し、イラクの現状をベトナムになぞらえている。現在、アメリカ軍はイラクでのゲリラ戦に適応しようとしている。ロバート・ゲーツ国防長官は、地上軍の増員を表明した。海軍力と空軍力でならず者体制を封じ込められるが、これだけでは核開発の阻止とレジーム・チェンジにはまだ不充分である。 

アメリカの覇権に挑戦する国としてエコノミスト誌は中国に多いに注目しているが、それはロシアとインドがそれほど重大な挑戦者ではないからである。ロシアでは権威主義的なナショナリズムが強まり、エネルギー外交を展開し始めている。しかしアンドリュー・クレピネビッチ氏はロシアの石油と天然ガスの生産高が落ちていると指摘している。膨大な量の核兵器を保有しているものの、ロシアの通常兵力ではグローバルな軍事行動は望めない。インドはアメリカに対抗するよりも戦略提携関係を強めたがっている。他方で中国は重要な懸念材料を持ち込みつつある。

現在、中国は地域の支配権を確立しようとしている。しかし経済成長に伴って、軍事予算は急増している。エコノミスト誌は図3でゴールドマン・サックス社のGDP予測を引用し、2027年までに中国がアメリカンに追いつくと警告している。中国がアメリカの優位に対抗しようとしているのは明らかである。中国はアメリカの空母に対する長距離対艦ミサイル、対衛星ミサイル、その他の開発を手がけている。さらに私は中国政府が国際記者会見を英語でなく中国語で行なっていることにも言及したい。

ソフト・パワーに関しては、サダム・フセインを権力の座から引きずり降ろしてから2年間は、アメリカは開かれた社会と自由民主主義が世界に拡大したと誇ることができたとエコノミスト誌は述べている。アメリカの影響力は中東全土から中央アジアにまで及んだ。ウクライナのオレンジ革命は見事であった。だがイラクの不安定化によってアメリカの信頼性は損なわれた。北朝鮮とイランに対する交渉で見られた多国間主義は事態を乗り切る方法の一つかも知れない。しかし私はある海兵隊幹部の発言を引用したい。「アメリカは強くあり続けられるか?イエスだ。だが力の行使に踏み切れるか?それは別の問題である。」という。

私はアメリカが世界での指導力を刷新できるかどうかは同盟国との関係にかかっていると見ている。メディアはイラク戦争に反対したジャック・シラク氏、ドミニク・ド・ビルパン氏、ゲルハルド・シュレーダー氏ふぁ対米関係を悪化させただけで、何ら影響力を行使できなかったことに言及していない。大西洋同盟の亀裂は修復されつつある。イラク戦争と同様に、ミサイル防衛でも米英と新しいヨーロッパのグループと独仏の古いヨーロッパのグループの見解の相違が浮き彫りになった。だが両者は先のNATO国防相会議で核ミサイルに対する防衛システムの導入で合意した。

太平洋同盟は懸念材料が見られ、エコノミスト誌がこの地域の同盟国、特に日本とオーストラリアに言及しなかったのは残念である。現在、日本は自らの国家アイデンティティーを再確立し、アメリカとはより対等な関係を求めている。原爆投下に関する最近の久間防衛相の発言に対する怒りの嵐は日本国民の深層心理を物語っている。それはアメリカも日本と同様に第二次大戦中の過ちを悔いるべきだというものである。その是非はともかく、私はこうした感情への対応を誤れば将来の日米関係に禍根を残しかねないと懸念している。

結論として、私はカーネギー国際平和財団のロバート・ケーガン上級研究員の次の発言に同意する。「超大国はベトナムやイラクで負けても超大国のままでいられる。アメリカ国民がアメリカの覇権を支持し、アメリカに対抗しようとする国が周辺諸国にとって友好の対象より脅威と映る限りはアメリカの覇権は安泰である」。図4に見られるように、アメリカの国防支出はGDPの4%に過ぎない。ハーバード大学のニール・ファーガソン教授がアメリカは大国の衰退の兆しとなる過剰な拡大に陥ってはいないというのはこうした理由からである。

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