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2007年8月28日

NHK討論回顧2:親米派の反論

日本の平和憲法に関するNHKのテレビ番組が8月15日に放送され、会場の参加者の間でアメリカの外交政策と日米関係が議論された。これは平和憲法の再考には重要な問題だが、それは世界の安全保障をめぐる環境が変化したからである。また、日米同盟のステップ・アップのために憲法改正を望んでいるのが他ならぬアメリカだからである。 

この問題の議論では右派も左派もアメリカの外交政策を厳しく批判した。彼らはアメリカが武力に頼り過ぎると言い、またアメリカの強大な力によって日本の独立性が損なわれると心配している。女性の権利と平和運動の活動家である米田佐代子氏を筆頭とする左派の参加者はアメリカがテロリストに攻撃されるのは当然の報いだとまで言い放った。米田氏が覇権安定論という国際政治経済学の基礎理論を知っていたなら、あのように馬鹿げた意見は言わなかったであろう。かのロバート・ケーガン氏なら保安官と酒場の主人の例え話でこうした左翼の人達に反論したであろう。

残念なことに司会の三宅民夫アナウンサーはこのような猛烈な反米気運のSturm und Drang(疾風怒濤)に対して親米派に充分な反論の機会を与えてくれなかった。そこで番組でのSturm und Drang に反論したい。

ナショナリストの参加者の中には保守派団体の指導者の細川一彦氏保守系ネット活動家の天羽絢子のようにリアリスト的な観点から日米関係の強化を訴える者もいた。彼らが日米関係の強化の必要性を訴えるのは、ただそれが日本の国益に適うという理由だけである。必要とあれば日本はアメリカに対して「ノー」を突きつけるべきだと彼らは言う。確かに日本もアメリカも主権国家である。だが日米同盟はそのような矮小なリアリズムを超えたものである。そこでアメリカによる世界秩序の性質と近代国家としての日本の基盤について述べたい。

まず、アメリカによる世界秩序の性質を理解することが非常に重要である。これについては2月27日の「英米の覇権を哲学から考える」という記事で述べている。この記事では覇権安定論について述べている。イギリスとアメリカは自由主義に基づいた政治及び経済の秩序という公共財を提供し続けている。この分野は私がロンドン・スクール・オブ・エコノミックスの大学院に在学していた頃の主要テーマであった。詳細は本文中のリンクを参照して欲しい。ならず者が酒場に侵入すると危険に直面するのは保安官であって酒場の主人ではない。覇権国家は世界の安全保障のために保安官の重責を担う。アメリカがテロリストに攻撃されるのは当然の報いだと言った左翼陣営はこうした無知な発言を恥じ入らねばならない。米田佐代子氏、秋元裕美子氏、その他数名の左翼の人達がそのようなことを口走ったように思われる。

よろしい、それならこうした左翼の人達に尋ねてみたい。貴方達は誰の味方なのか?貴方達は我々自由世界の味方なのか、それともテロリストとならず者国家の味方なのか?貴方達は我々の社会に味方なのか敵なのか?彼らが右翼であろうと左翼であろうと、親米であろうと反米であろうとかまわない。しかし公衆の面前であのような発言をしたことは日本にとって最も信頼すべき同盟国に対する完全な侮辱である。次に彼らがテレビに出演する機会があるなら、あのように非道な発言を謝罪するよう助言したい。

また世界の中での日本の立場についても言及したい。自由な同盟国が日本に敬意を払うのはアメリカと緊密な関係にあるからである。戦前の日本は西欧列強の一員であり、戦後の日本は西側民主主義国クラブの主要国である。ヨーロッパ諸国が日本を受け容れているのはアメリカの重要な同盟国だからである。オランダの歴史学者で織田信長の研究書“Japonius Tyrannus”の著者であるユルン・ラマース氏は、日米関係が強固になれば日蘭関係ひいては日欧関係の強化にも多いに役立つと言っている。日本でも有数の親米派の政治コメンテーターの長尾秀美氏は自らの著書「日米永久同盟」で同様な主張をしており、ヨーロッパからオーストラリアに至る自由主義同盟諸国が日本を重要なパートナーと見なすのは日本も自由な国々もアメリカとともに共通の政策課題を追求しているからであると述べている。

また冷戦後の世界の安全保障をめぐる環境についても言及する必要がある。現在、NATOはグローバルな作戦展開を模索しており、日本、オーストラリアばかりか韓国とまで新しい戦略提携を考慮している。また日本はインドとオーストラリアと共にアジア太平洋地域での新しい安全保障の枠組を発展させようとしている。日本とこうした国々との共通の絆はアメリカとの同盟関係である。言い換えれば、強固な日米関係によって、ここで挙げた尊敬に足る民主主義国と日本との関係も強まる。

遺憾なことに、この番組に出演した6人の有識者達はこの点について何も議論しなかった。集団安全保障の議論ではこれを考慮することが重要である。有識者は以下の顔ぶれである(敬称略)。

高坂 節三、元経済同友会憲法問題調査会委員長

渡辺 治、一橋大学大学院教授

小林 節、慶應義塾大学教授

小林 よしのり、漫画家

伊勢崎 賢治、東京外国語大学教授

斎藤 貴男、ジャーナリスト

何とも豪華な陣容だが、この重要な点に関しては何も述べていない。すなわちアメリカとの緊密な関係は尊敬に値する民主主義諸国との関係も強化することになる。お歴々は何をしに出てきたのだろうか?

さらに日米関係の強化に及び腰な人達には「イングリッシュ・レッスン」が必要である。イギリスはアメリカと極めて緊密な関係を維持して世界を運営している。以前の「英米同盟と日米同盟:ウィルソン・センターでの会合を振り返る 」という記事で英米特別関係の重要点を述べ、日米関係のアップ・グレードのあり方を模索した。英米特別関係には4つのキー・ポイントがある。

(1) 他の国とは隔絶した存在となる

英米特別関係によってイギリスはアメリカにとって他の国とは比べものにならないほど重要な同盟国となる。よく言われるように、アメリカのローマに対してギリシアの役割を果たすのである。

(2) アメリカの力を活用する

アメリカとの緊密な関係によって、ヨーロッパでも世界規模でもイギリスの立場を強化する。

(3) アメリカの政策形成に影響を及ぼす

ローマに対するアテネのように、イギリスが世界の運営に関してアメリカの相談役になる。

(4) ヨーロッパとアメリカの仲介役となる

イギリスはアメリカに対してヨーロッパの声を代弁すべきである。また米欧間の政策にギャップが生じた際には調整役となる。

(1)番は日本が世界でより大きな影響力を行使するには最も重要である。ジャック・シラク元フランス大統領、ドミニク・ド・ビルパン元フランス外相、ゲルハルド・シュレーダー元ドイツ首相がアメリカのイラク戦争支持の要請をきっぱりと拒絶した時にどれほど惨めな結末を迎えたかを思い返して欲しい。彼らは全く影響力を行使できず、ほどなくして退陣に追い込まれただけである。厳しい批判を浴びたものの、トニー・ブレア元イギリス首相はアメリカの政策形成者に影響を行使できた。この点を決して忘れてはならない!

最後に近代国家たる日本の精神的基盤について述べたい。近代日本の精神的基盤とは脱亜入欧である。これが日本を劇的なサクセス・ロードに導いたことに異を唱える者は誰もいない。日米同盟は単なる安全保障上の取り決めにとどまらず、欧米先進民主主義国の一員という日本の地位を保証するために必要不可欠なものである。サンクト・ペテルスブルグでのサミットの際にアメリカのジョン・マケイン上院議員とジョセフ・リーバーマン上院議員が権威主義的なプーチン政権のロシアは議長国の資格を持つのか疑問を投げかけたが、日本がエリート・クラブの一員に相応しいかという疑問を投げかけた指導者はアメリカにもヨーロッパにも始めからいなかった。本当に愛国心のある日本人ならこのことに誇りを持たねばならない。

以前の「新年への問いかけ2:ビクトリア女王が東アジア史に残したもの」と「日本人の歴史認識に問題提起」という記事で、近代日本の幕開けはビクトリア女王の砲弾による中華秩序の粉砕とともに始まると述べた。日本人は西洋文明の衝撃を理解したがアジア人は暗黒時代に浸りきっていた。日本国民は悔いも迷いもなく暗黒時代と決別し、「プロテスタント的」な勤勉さと倫理観によって一直線に近代化と啓蒙化に邁進していった。日本国民はロックとスミスの価値観に基づくビクトリア女王の世界秩序を受け容れたが、アジア諸国民は西洋文明を学ぶ努力をまるでやろうとしなかった。

その結果、日本は中華秩序の白昼夢に浸り惰眠を貪るアジア人とは全く違う存在になったのである。戦後の日本は「プロテスタント的」な勤勉さで、ウィリアム・エドワードズ・デミング総合的品質管理のようにアメリカ人が考案した経営技術をアメリカ人以上にすばやく学びとった。いわば、日本経済の奇跡は日本人がアメリカ人以上にアメリカ的になれたからできたことなのである。オランダの歴史学者ユルン・ラマース氏は長野商工会議所とのインタビューで同様なことを語っている。

急速な西洋化、悔いも迷いもない啓蒙化、そしてロックとスミスの価値観は日本人の精神に深く浸み込んでいる。日本のとって最良の友好国がアングロ・サクソンの世界帝国であるのは何ら不思議ではない。アメリカとの強固な同盟関係がなければ、日本は中華巨竜の沖合いに浮かぶ惨めな列島に堕ちてしまう。日本人にとって好ましいのは明らかに儒教のアジアよりも啓蒙主義の欧米である。

強固な日米同盟は自由主義の世界秩序を守り抜くためにも、欧米先進民主主義国の一員という日本のアイデンティティーを守るためにも必要不可欠なのである。

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2007年8月21日

NHK討論回顧1:日本は中東の良い子ちゃんたれだって?馬鹿な!

先の記事でも述べたように、8月15日にNHKのテレビ討論会に参加した。議論は過剰に白熱したものになった。私としてはテレビで発言できなかった二つの問題について述べたい。第一は中東での日本の良い子ちゃん(pretty boy)外交である。第二は日本のナショナリズムと日米同盟についてである。今回は第一について記す。

日本国民の間では中東での日本の立場は欧米とは全く異なると広く信じられている。こうした議論をしたがる者は以下の理由を挙げる。曰く、第一に日本は欧米キリスト教社会と中東イスラム教社会の間の文明の衝突に関わっていない。曰く、第二に日本は中東では利権と関わりのない大国で、この地域で帝国主義政策をとったこともない。曰く、第三に中東の人々が帝国主義に走らぬ経済大国の日本を賞賛している。だが私はこうした甘い夢に浸った発想に徹底的な反論をしようと決意し、日本が中東のプリティ・ボーイたることを止めよと主張する。さらに、私は日本が西側同盟の中核として啓蒙主義と民主主義の拡大に努め、暗黒時代の理想に精神的に漬かりきっているイスラム過激派を打倒するべきだと主張する。

不運にもピース・オンの相澤恭行代表が日本は上記にあるように中東での良い子ちゃん外交を続けるべきだと主張した際に、私は挙手したが反論の機会はなかった。そこで、以下の議論を行ないたい。

愛憎がどうあれ、中東の諸国民は欧米を日本とは比較にならぬほど賞賛している。「イスラム過激派に関する5つの問題点」という過去の記事では、フォーリン・ポリシー誌200611月号の電子版に掲載された“What Makes a Muslim Radical?”という論文を引用した。この記事ではジョージタウン大学ウォッシュ外交学院のジョン・エポスティーノ教授とギャラップ社イスラム研究部のダリア・モガヘド部長が、中東のイスラム教徒は穏健派であれ過激派であれ欧米の自由民主主義を賞賛していると結論づけている。

中東の市民社会とシンクタンクがそれに対応する欧米の団体と緊密な関係を築いているのは何ら不思議ではない。これは重要な事実で、先の「中東の民主化とはネオコンの陰謀なのだろうか?」という記事でさらに詳しく述べている。

きわめて重要なことに、反体制活動家は欧米に亡命拠点を求めるが日本には求めない。そこを拠点にして活動家達は(自国の)人間の自由のためにショッカーと戦うのだ。そうした活動家は枚挙暇がない。アーマッド・チャラビ氏が指導したイラク国民会議はロンドンを拠点とした。レザ・パーレビ氏はワシントン近郊に住んでいる。マリアム・ラジャビ氏はロンドンを拠点としているなどなど。民主化活動家は欧米のメディアに訴えかけ、欧米の市民社会との関係を築こうとする。反体制活動家がどれほど欧米を称賛しているかは、ペルシアン・ジャーナルのようなネット社会を見れば明らかである。これはイランの進歩的なジャーナリストとブロガーのオンライン・フォーラムである。しかしこのサイトは英語で書かれている。このことはイランの市民社会が物質的にも精神的にもアメリカとヨーロッパからかなりの支援を期待していることの表れである。不幸にも中東の市民が日本にここまでの期待をしている兆候は見出せない。

体制派も日本より欧米に目が向いている。アラブの王侯と富豪がショッピングと観光を楽しむのはロンドン、パリ、ニューヨークで、東京ではない。東京には欧米の大都市に劣らぬ魅力ある町があることを考えれば、これは不思議なことである。かつて東京は日本株式会社の本部と見なされた。それ以外の何物でもなかった。しかし今日では東京はポップ・カルチャーの中心の一つである。そうした評判を背景に、麻生太郎外相はアニメ外交によって日本のソフトパワーを向上させようとまで主張している。そうした名声にもかかわらず、中東の体制派は欧米の都市を訪れる方を好んでいる。

明らかに、日本の良い子ちゃん外交では中東の反体制派にも体制派にも印象が弱いのである。

より重要なことに日本国民はイスラム過激派の脅威に警戒を強める必要がある。イデオロギーの観点から言うと、イスラム過激派は日本にとって不倶戴天の敵である。これはイスラム過激派がトルコとイランで近代化と啓蒙化を否定し続けているからである。これは暗黒時代の真っ只中にあるアジアから抜け出して西欧列強の仲間入りを目指す日本のイデオロギーに対して深刻な難題を突きつけている。よく知られているように、日本は明治維新から大正デモクラシーへという見事な進化を歩んでいた。この進化については「新年への問いかけ2:ビクトリア女王が東アジア史に残したもの」と「日本人の歴史認識に問題提起」で述べている。日本は両国にとってロール・モデルであった。ケマル・アタチュルクとレザ・パーレビ1世は日本が行なったように急速な西洋化を推し進めた。

トルコ語の表記はアラビア文字からローマ字に代わった。トルコはNATOに加盟し、EUへの加盟も申請し続けている。イランは白色革命を断行した。イランという国名自体が「アーリア人の国」を意味する。パーレビ王朝二代のシャーは明らかに自分達の国と近隣のアラブ・イスラム諸国とは一線を画そうとしていた。日本はアヘン戦争を機に惰眠をむさぼるアジア諸国と袂を分かった。トルコとイランの両国は日本の近代化と同じ途を歩んだ。

しかしイラン革命を契機としたイスラム過激派の台頭は日本の価値観を脅かし、日本国民のアイデンティティーに対する重大な脅威となっている。今日ではイスラム過激派によってヨーロッパの中核にあるトルコというケマル以来の宿願は、重大な岐路に立たされている。

中東で良い子ちゃん(pretty boy)外交を続けるなど日本にとって恥辱でしかない。日本は先進民主主義国の重役クラブの一員である。よって中東での日本の関与は欧米と同レベルにまでステップ・アップすべきである。歴史的に日本は中東諸国民の近代化と啓蒙化のロール・モデルであった。神権政治家、ジハード主義者、テロリスト、そしてならず者の独裁者は、アメリカにもヨーロッパにも日本にも共通の敵なのである。よって欧米とともに中東の民主化に乗り出すことは日本の国益に適うのである。当記事で述べた事実から、中東での日本のプリティー・ボーイ外交では労なくして得るもの少なしになってしまう。

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2007年8月14日

明日のNHK番組出演

先の「NHK「日本のこれから」:憲法9条 という記事でも述べたように、平和憲法に関する番組が明日に放映されます。私は視聴者の代表としてスタジオに招かれました。日本語版ブログでの友人、アラメイン伯さんもスタジオに行きます。彼と私は改憲、親米、戦後レジーム・チェンジ賛成の立場から議論することになると思います。その議論は未来志向のもので、過去志向から主張をしてゆく右翼とも左翼とも全く違ったものになります。

これまでのアドボカシー(政策及び政治理念の主張)活動では、現在デンバー大学のMBAコースに在学中のアルビオンと連絡をとってきました。彼には感謝しています。しかしブログの友人の殆どとは面識がありません。中にはショッカーの特定を誤る友人もいますが、皆の魅力ある人間性と知性はよく理解しています。まあ、彼は余りにリベラルなわけですが。

アラメイン伯さんとの顔合わせは素晴らしい機会です。では皆さん、明日の番組で会いましょう!

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2007年8月10日

米国民主党は建設的なイラク政策を示せ

今回はアメリカン・エンタープライズ研究所(AEI)のマイケル・バロン常任研究員がクリエイターズ・シンディケート8月6日号に寄稿した“Perceptions on Iraq War Are Starting to Shift”という論文に言及したい。バロン氏は民主党の政治家達の反戦派を敗北主義者と批判し、彼らがイラクの難局を自分達の選挙戦略に利用することを厳しく問い詰めている。その寄稿文を検証したい。

ブルッキングス研究所のマイケル・オハンロン、ケネス・ポラック両上級研究員がニューヨーク・タイムズ7月30日号にStability in Iraq: A War We Just Might Win” という論文を投稿した際に、民主党の反戦派議員は当惑した。オハンロン氏とポラック氏は以前に「ブッシュ政権のイラク政策の失態」を批判したが、今回は戦況の進展を認めている。

民主党はブッシュ政権がイラクの現実にうまく適応できていないことを批判し続けてきた。バロン氏はアル・カイダの自爆テロとの戦いが民族宗派紛争になっていったと述べている。ブッシュ大統領と政権首脳はAEIのフレデリック・ケーガン常任研究員の提言を受け入れて兵力増強を行なった。その後、事態はアメリカ軍にとって良い方向に向かった。

マイケル・バロン氏は今回の中間選挙で初当選したカンザス州選出の新人のナンシー・ボイダ下院議員を民主党の敗北主義者の一例として挙げている。ボイダ下院議員はイラクの混乱を利用してブッシュ政権を非難し続けてきた。しかしボイダ議員はジャック・キーン退役陸軍大将が議会の公聴会でイラクの戦況好転を述べると狼狽した。

世論とは戦況によって移ろいやすいので、バロン氏は民主党が早期撤退を求める強固な支持基盤と勝利を求める国民の多数派との間でどちらをとるかのジレンマに陥っていると指摘している。

敗北主義者についてのもう一つの論文としてウィークリー・スタンダード(ネオコン系の有名な専門誌)712日号に掲載された"’Orderly Humiliation’ and ‘The New Strategy in Iraq’"という論文に言及したい。フレデリック・ケーガン氏とキンバリー・ケーガン軍事研究所所長と共同でこの論文を執筆したAEIのトマス・ドネリー常任研究員は、民主党のヒラリー・ロッダム・クリントン上院議員と共和党のリチャード・ルーガー上院議員そして新アメリカ安全保障センター(Center for a New American SecurityCNASというワシントンの新設シンクタンクによる枢軸関係について述べている。CNASが公式に発足したのは7月27日で、ヒラリー・クリントン議員の他に共和党のチャック・ヘーゲル上院議員というブッシュ政権のイラク政策に批判的な賓客が祝辞を述べている。

ドネリー氏によると、CNASが2008年の選挙でクリントン陣営の政策立案を担うと見られている。CNASはイラクからの早期撤退とイラクに影響力を持つ隣国、特にイランとシリアとの本格的な対話を提言している。トマス・ドネリー氏はそうした議論を批判し、アメリカの撤退によってイラクの各民族宗派への影響力が強まることはなく、イランとシリアの脅威を増大させるだけだと主張している。

AEIの二つの論文はイラク問題と2008年大統領選挙に向けた政治的動向との相互関連を理解するうえで推薦したい。事態は予測できない。政治家とシンクタンクの提携関係ももっと注目すべきである。そうした枢軸関係が主戦であれ反戦であれ、現実にどのように適応してゆくかは注目の価値があるが、それは戦争に関わる事態が移ろいやすいからである。 

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2007年8月 2日

ヨーロッパ人と日本人がアメリカの覇権に懐疑的な深層心理は?

アメリカと主要民主主義同盟国の健全な関係が世界の平和と繁栄に重要なことに疑問の余地はない。しかしヨーロッパ人も日本人も自分達がその傘の下にありながら、アメリカの覇権に懐疑的である。ヨーロッパ人と日本人がパックス・アメリカーナに対して抱く不平を理解する鍵を見出そうと、ロバート・ケーガン氏の著作「ネオコンの論理」(原題:“Of Paradise and Power”)を読み返してみた。この本はイラク戦争以前に出版されているが、アメリカと主要民主主義同盟国との関係を語るうえで重要な問題を投げかけている。

歴史的に見て、アメリカはヨーロッパや日本とは次の点で大きく異なっている。植民地時代の初期からアメリカはとどまるところを知らない拡大を追及してきた。アメリカの影響力は西部の荒野からヨーロッパとアジアにまで拡大した。冷戦後には東ヨーロッパと中央アジアにまで拡大している。他方でヨーロッパ人と日本人は戦後に入って自らの勢力圏の縮小を経験してきた。ヨーロッパ諸国は植民地帝国から撤退し、日本は大東亜共栄圏を放棄した。

さらにアメリカ人は自国の建国理念の普遍性を一点の曇りもなく信じている。そのため、アメリカ人は自らの国際政治上の使命感に自身を持っているが、ヨーロッパ人と日本人は自分達が過去に行なってきたことに対して自己批判的である。ベトナムとイラクの経験によってこの自信が揺らぐことはない。

これら二点はアメリカと日欧の同盟国の間に大きな隔たりをもたらす。日本の保守派のように戦時中の朝鮮人慰安婦問題に関するマイク・ホンダ下院議員の決議案にヒステリーな反応をした者にとって、そのような自らの正義に対する一点の曇りもない自信は嫉妬すべきもの以外の何物でもない。日本人はもっと過去志向で、自分達の民族的特殊性に目が向いている。アメリカと共通の政治的基盤と文明を持つヨーロッパ人も、これほど自らの正義を疑うことを知らない信条を抱いてはいない。

「自由帝国主義」の伝統を持つイギリスだけがこうした精神的背景に幾分か近いものを持っている。しかしイギリス人は自らの19世紀の帝国主義にもっと自己批判的である。トニー・ブレア前首相が述べたように、イギリスの指導達はこの語の使用を避けている。むしろ「自由介入主義」(liberal interventionism)という語で代用して、国際社会に傲慢で高圧的な印象を与えぬようにしている。

ケーガン氏は戦後の力の差を背景にこうした歴史的そして心理的な違いが強まったと述べている。アメリカの軍事力は世界でも他の追随を許さない。こうした力の差によってヨーロッパも日本も世界全体の安全保障よりも自国の周りのことを気にかけるようになった。テロリストもならず者国家も叩くのは「アメリカ・ファースト」なので、ヨーロッパ人も日本人もこうした脅威に寛容になっている。そのため、アメリカと同盟国の関係は保安官と酒場の主人の関係になってしまっている。

その著書の中でロバート・ケーガン氏はポストモダンのヨーロッパを成立させた哲学的背景について述べている。戦後のヨーロッパ統合の基本的な考え方は、近代ヨーロッパを支配した力の政治の拒絶である。イギリスの外交官ロバート・クーパー氏はポストモダンのヨーロッパの秩序がカントの理想、中でも力の行使の否定と自らが科した法と規範に基づく行動によって成り立っていると述べている。皮肉にもカントのヨーロッパが平和と反映を謳歌できるのはホッブスのアメリカの覇権に守られてのことで、アメリカが軍事力の行使を躊躇しないからこそヨーロッパはロシア、ならず者国家、その他危険な非国家アクターから安全でいられる。

日本人について言うなら、私はヨーロッパ人よりも過去志向で自らの文化的伝統を取り戻しながら国際社会での影響力と威信を得ようとしていると見ている。しかしそうした望みを叶えるにはアメリカの支持が必要である。日本の超保守派は日本人の政治、文化、生活スタイルにまでアメリカの影響が及ぶことを苦々しく思っている。しかし唯一の超大国との緊密な関係なしに日本が国際社会で何かをなすことはできない。またアメリカとの同盟関係なしに中国と北朝鮮の脅威に対処することはできない。

そうした依存とフリー・ライドにもかかわらず、ヨーロッパ人も日本人もアメリカの覇権を積極的に受け容れたがらない。ロバート・ケーガン氏はヨーロッパ人が恐れていたのはサダム・フセインの脅威よりもアメリカによる一国中心主義で超法規的なイラク攻撃がもたらす結末であったと指摘している。攻撃が不首尾に終われば中東が不安定化してしまう。成功してしまえばカント的な理想に基づくポストモダンのヨーロッパが否定されてしまう。過去志向の日本人もこうした感情をある程度は共有しており、力によるごり押しを進めるアメリカ人が自分達の価値観を日本国民に「押し付け」続けることに嫌気がさしている。

健全な大西洋同盟と太平洋同盟は当ブログの重要なテーマの一つである。アメリカの行動にどうしてヨーロッパ人と日本人が不安感を抱くのか理解する必要がある。ヨーロッパ人も日本人もアメリカ人のような自らの正義に何ら不信を抱かない拡大主義とマニフェスト・デスティニーなど信じてはいない。アメリカと同盟国の関係をより深く理解するためにも「ネオコンの論理」は推薦したい。アメリカがイランと北朝鮮に関して多国間主義での対応に転じているからと言っても、この著書がアメリカ外交について語ることは重要な示唆に富んでいる。ヨーロッパ人と日本人は力の外交に訴えるアメリカと本当に良好な同盟関係を維持できるのだろうか?

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