NHK討論回顧2:親米派の反論
日本の平和憲法に関するNHKのテレビ番組が8月15日に放送され、会場の参加者の間でアメリカの外交政策と日米関係が議論された。これは平和憲法の再考には重要な問題だが、それは世界の安全保障をめぐる環境が変化したからである。また、日米同盟のステップ・アップのために憲法改正を望んでいるのが他ならぬアメリカだからである。
この問題の議論では右派も左派もアメリカの外交政策を厳しく批判した。彼らはアメリカが武力に頼り過ぎると言い、またアメリカの強大な力によって日本の独立性が損なわれると心配している。女性の権利と平和運動の活動家である米田佐代子氏を筆頭とする左派の参加者はアメリカがテロリストに攻撃されるのは当然の報いだとまで言い放った。米田氏が覇権安定論という国際政治経済学の基礎理論を知っていたなら、あのように馬鹿げた意見は言わなかったであろう。かのロバート・ケーガン氏なら保安官と酒場の主人の例え話でこうした左翼の人達に反論したであろう。
残念なことに司会の三宅民夫アナウンサーはこのような猛烈な反米気運のSturm und Drang(疾風怒濤)に対して親米派に充分な反論の機会を与えてくれなかった。そこで番組でのSturm und Drang に反論したい。
ナショナリストの参加者の中には保守派団体の指導者の細川一彦氏と保守系ネット活動家の天羽絢子氏のようにリアリスト的な観点から日米関係の強化を訴える者もいた。彼らが日米関係の強化の必要性を訴えるのは、ただそれが日本の国益に適うという理由だけである。必要とあれば日本はアメリカに対して「ノー」を突きつけるべきだと彼らは言う。確かに日本もアメリカも主権国家である。だが日米同盟はそのような矮小なリアリズムを超えたものである。そこでアメリカによる世界秩序の性質と近代国家としての日本の基盤について述べたい。
まず、アメリカによる世界秩序の性質を理解することが非常に重要である。これについては2月27日の「英米の覇権を哲学から考える」という記事で述べている。この記事では覇権安定論について述べている。イギリスとアメリカは自由主義に基づいた政治及び経済の秩序という公共財を提供し続けている。この分野は私がロンドン・スクール・オブ・エコノミックスの大学院に在学していた頃の主要テーマであった。詳細は本文中のリンクを参照して欲しい。ならず者が酒場に侵入すると危険に直面するのは保安官であって酒場の主人ではない。覇権国家は世界の安全保障のために保安官の重責を担う。アメリカがテロリストに攻撃されるのは当然の報いだと言った左翼陣営はこうした無知な発言を恥じ入らねばならない。米田佐代子氏、秋元裕美子氏、その他数名の左翼の人達がそのようなことを口走ったように思われる。
よろしい、それならこうした左翼の人達に尋ねてみたい。貴方達は誰の味方なのか?貴方達は我々自由世界の味方なのか、それともテロリストとならず者国家の味方なのか?貴方達は我々の社会に味方なのか敵なのか?彼らが右翼であろうと左翼であろうと、親米であろうと反米であろうとかまわない。しかし公衆の面前であのような発言をしたことは日本にとって最も信頼すべき同盟国に対する完全な侮辱である。次に彼らがテレビに出演する機会があるなら、あのように非道な発言を謝罪するよう助言したい。
また世界の中での日本の立場についても言及したい。自由な同盟国が日本に敬意を払うのはアメリカと緊密な関係にあるからである。戦前の日本は西欧列強の一員であり、戦後の日本は西側民主主義国クラブの主要国である。ヨーロッパ諸国が日本を受け容れているのはアメリカの重要な同盟国だからである。オランダの歴史学者で織田信長の研究書“Japonius Tyrannus”の著者であるユルン・ラマース氏は、日米関係が強固になれば日蘭関係ひいては日欧関係の強化にも多いに役立つと言っている。日本でも有数の親米派の政治コメンテーターの長尾秀美氏は自らの著書「日米永久同盟」で同様な主張をしており、ヨーロッパからオーストラリアに至る自由主義同盟諸国が日本を重要なパートナーと見なすのは日本も自由な国々もアメリカとともに共通の政策課題を追求しているからであると述べている。
また冷戦後の世界の安全保障をめぐる環境についても言及する必要がある。現在、NATOはグローバルな作戦展開を模索しており、日本、オーストラリアばかりか韓国とまで新しい戦略提携を考慮している。また日本はインドとオーストラリアと共にアジア太平洋地域での新しい安全保障の枠組を発展させようとしている。日本とこうした国々との共通の絆はアメリカとの同盟関係である。言い換えれば、強固な日米関係によって、ここで挙げた尊敬に足る民主主義国と日本との関係も強まる。
遺憾なことに、この番組に出演した6人の有識者達はこの点について何も議論しなかった。集団安全保障の議論ではこれを考慮することが重要である。有識者は以下の顔ぶれである(敬称略)。
高坂 節三、元経済同友会憲法問題調査会委員長
渡辺 治、一橋大学大学院教授
小林 節、慶應義塾大学教授
小林 よしのり、漫画家
伊勢崎 賢治、東京外国語大学教授
斎藤 貴男、ジャーナリスト
何とも豪華な陣容だが、この重要な点に関しては何も述べていない。すなわちアメリカとの緊密な関係は尊敬に値する民主主義諸国との関係も強化することになる。お歴々は何をしに出てきたのだろうか?
さらに日米関係の強化に及び腰な人達には「イングリッシュ・レッスン」が必要である。イギリスはアメリカと極めて緊密な関係を維持して世界を運営している。以前の「英米同盟と日米同盟:ウィルソン・センターでの会合を振り返る 」という記事で英米特別関係の重要点を述べ、日米関係のアップ・グレードのあり方を模索した。英米特別関係には4つのキー・ポイントがある。
(1) 他の国とは隔絶した存在となる
英米特別関係によってイギリスはアメリカにとって他の国とは比べものにならないほど重要な同盟国となる。よく言われるように、アメリカのローマに対してギリシアの役割を果たすのである。
(2) アメリカの力を活用する
アメリカとの緊密な関係によって、ヨーロッパでも世界規模でもイギリスの立場を強化する。
(3) アメリカの政策形成に影響を及ぼす
ローマに対するアテネのように、イギリスが世界の運営に関してアメリカの相談役になる。
(4) ヨーロッパとアメリカの仲介役となる
イギリスはアメリカに対してヨーロッパの声を代弁すべきである。また米欧間の政策にギャップが生じた際には調整役となる。
(1)番は日本が世界でより大きな影響力を行使するには最も重要である。ジャック・シラク元フランス大統領、ドミニク・ド・ビルパン元フランス外相、ゲルハルド・シュレーダー元ドイツ首相がアメリカのイラク戦争支持の要請をきっぱりと拒絶した時にどれほど惨めな結末を迎えたかを思い返して欲しい。彼らは全く影響力を行使できず、ほどなくして退陣に追い込まれただけである。厳しい批判を浴びたものの、トニー・ブレア元イギリス首相はアメリカの政策形成者に影響を行使できた。この点を決して忘れてはならない!
最後に近代国家たる日本の精神的基盤について述べたい。近代日本の精神的基盤とは脱亜入欧である。これが日本を劇的なサクセス・ロードに導いたことに異を唱える者は誰もいない。日米同盟は単なる安全保障上の取り決めにとどまらず、欧米先進民主主義国の一員という日本の地位を保証するために必要不可欠なものである。サンクト・ペテルスブルグでのサミットの際にアメリカのジョン・マケイン上院議員とジョセフ・リーバーマン上院議員が権威主義的なプーチン政権のロシアは議長国の資格を持つのか疑問を投げかけたが、日本がエリート・クラブの一員に相応しいかという疑問を投げかけた指導者はアメリカにもヨーロッパにも始めからいなかった。本当に愛国心のある日本人ならこのことに誇りを持たねばならない。
以前の「新年への問いかけ2:ビクトリア女王が東アジア史に残したもの」と「日本人の歴史認識に問題提起」という記事で、近代日本の幕開けはビクトリア女王の砲弾による中華秩序の粉砕とともに始まると述べた。日本人は西洋文明の衝撃を理解したがアジア人は暗黒時代に浸りきっていた。日本国民は悔いも迷いもなく暗黒時代と決別し、「プロテスタント的」な勤勉さと倫理観によって一直線に近代化と啓蒙化に邁進していった。日本国民はロックとスミスの価値観に基づくビクトリア女王の世界秩序を受け容れたが、アジア諸国民は西洋文明を学ぶ努力をまるでやろうとしなかった。
その結果、日本は中華秩序の白昼夢に浸り惰眠を貪るアジア人とは全く違う存在になったのである。戦後の日本は「プロテスタント的」な勤勉さで、ウィリアム・エドワードズ・デミングの総合的品質管理のようにアメリカ人が考案した経営技術をアメリカ人以上にすばやく学びとった。いわば、日本経済の奇跡は日本人がアメリカ人以上にアメリカ的になれたからできたことなのである。オランダの歴史学者ユルン・ラマース氏は長野商工会議所とのインタビューで同様なことを語っている。
急速な西洋化、悔いも迷いもない啓蒙化、そしてロックとスミスの価値観は日本人の精神に深く浸み込んでいる。日本のとって最良の友好国がアングロ・サクソンの世界帝国であるのは何ら不思議ではない。アメリカとの強固な同盟関係がなければ、日本は中華巨竜の沖合いに浮かぶ惨めな列島に堕ちてしまう。日本人にとって好ましいのは明らかに儒教のアジアよりも啓蒙主義の欧米である。
強固な日米同盟は自由主義の世界秩序を守り抜くためにも、欧米先進民主主義国の一員という日本のアイデンティティーを守るためにも必要不可欠なのである。


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