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2007年8月 2日

ヨーロッパ人と日本人がアメリカの覇権に懐疑的な深層心理は?

アメリカと主要民主主義同盟国の健全な関係が世界の平和と繁栄に重要なことに疑問の余地はない。しかしヨーロッパ人も日本人も自分達がその傘の下にありながら、アメリカの覇権に懐疑的である。ヨーロッパ人と日本人がパックス・アメリカーナに対して抱く不平を理解する鍵を見出そうと、ロバート・ケーガン氏の著作「ネオコンの論理」(原題:“Of Paradise and Power”)を読み返してみた。この本はイラク戦争以前に出版されているが、アメリカと主要民主主義同盟国との関係を語るうえで重要な問題を投げかけている。

歴史的に見て、アメリカはヨーロッパや日本とは次の点で大きく異なっている。植民地時代の初期からアメリカはとどまるところを知らない拡大を追及してきた。アメリカの影響力は西部の荒野からヨーロッパとアジアにまで拡大した。冷戦後には東ヨーロッパと中央アジアにまで拡大している。他方でヨーロッパ人と日本人は戦後に入って自らの勢力圏の縮小を経験してきた。ヨーロッパ諸国は植民地帝国から撤退し、日本は大東亜共栄圏を放棄した。

さらにアメリカ人は自国の建国理念の普遍性を一点の曇りもなく信じている。そのため、アメリカ人は自らの国際政治上の使命感に自身を持っているが、ヨーロッパ人と日本人は自分達が過去に行なってきたことに対して自己批判的である。ベトナムとイラクの経験によってこの自信が揺らぐことはない。

これら二点はアメリカと日欧の同盟国の間に大きな隔たりをもたらす。日本の保守派のように戦時中の朝鮮人慰安婦問題に関するマイク・ホンダ下院議員の決議案にヒステリーな反応をした者にとって、そのような自らの正義に対する一点の曇りもない自信は嫉妬すべきもの以外の何物でもない。日本人はもっと過去志向で、自分達の民族的特殊性に目が向いている。アメリカと共通の政治的基盤と文明を持つヨーロッパ人も、これほど自らの正義を疑うことを知らない信条を抱いてはいない。

「自由帝国主義」の伝統を持つイギリスだけがこうした精神的背景に幾分か近いものを持っている。しかしイギリス人は自らの19世紀の帝国主義にもっと自己批判的である。トニー・ブレア前首相が述べたように、イギリスの指導達はこの語の使用を避けている。むしろ「自由介入主義」(liberal interventionism)という語で代用して、国際社会に傲慢で高圧的な印象を与えぬようにしている。

ケーガン氏は戦後の力の差を背景にこうした歴史的そして心理的な違いが強まったと述べている。アメリカの軍事力は世界でも他の追随を許さない。こうした力の差によってヨーロッパも日本も世界全体の安全保障よりも自国の周りのことを気にかけるようになった。テロリストもならず者国家も叩くのは「アメリカ・ファースト」なので、ヨーロッパ人も日本人もこうした脅威に寛容になっている。そのため、アメリカと同盟国の関係は保安官と酒場の主人の関係になってしまっている。

その著書の中でロバート・ケーガン氏はポストモダンのヨーロッパを成立させた哲学的背景について述べている。戦後のヨーロッパ統合の基本的な考え方は、近代ヨーロッパを支配した力の政治の拒絶である。イギリスの外交官ロバート・クーパー氏はポストモダンのヨーロッパの秩序がカントの理想、中でも力の行使の否定と自らが科した法と規範に基づく行動によって成り立っていると述べている。皮肉にもカントのヨーロッパが平和と反映を謳歌できるのはホッブスのアメリカの覇権に守られてのことで、アメリカが軍事力の行使を躊躇しないからこそヨーロッパはロシア、ならず者国家、その他危険な非国家アクターから安全でいられる。

日本人について言うなら、私はヨーロッパ人よりも過去志向で自らの文化的伝統を取り戻しながら国際社会での影響力と威信を得ようとしていると見ている。しかしそうした望みを叶えるにはアメリカの支持が必要である。日本の超保守派は日本人の政治、文化、生活スタイルにまでアメリカの影響が及ぶことを苦々しく思っている。しかし唯一の超大国との緊密な関係なしに日本が国際社会で何かをなすことはできない。またアメリカとの同盟関係なしに中国と北朝鮮の脅威に対処することはできない。

そうした依存とフリー・ライドにもかかわらず、ヨーロッパ人も日本人もアメリカの覇権を積極的に受け容れたがらない。ロバート・ケーガン氏はヨーロッパ人が恐れていたのはサダム・フセインの脅威よりもアメリカによる一国中心主義で超法規的なイラク攻撃がもたらす結末であったと指摘している。攻撃が不首尾に終われば中東が不安定化してしまう。成功してしまえばカント的な理想に基づくポストモダンのヨーロッパが否定されてしまう。過去志向の日本人もこうした感情をある程度は共有しており、力によるごり押しを進めるアメリカ人が自分達の価値観を日本国民に「押し付け」続けることに嫌気がさしている。

健全な大西洋同盟と太平洋同盟は当ブログの重要なテーマの一つである。アメリカの行動にどうしてヨーロッパ人と日本人が不安感を抱くのか理解する必要がある。ヨーロッパ人も日本人もアメリカ人のような自らの正義に何ら不信を抱かない拡大主義とマニフェスト・デスティニーなど信じてはいない。アメリカと同盟国の関係をより深く理解するためにも「ネオコンの論理」は推薦したい。アメリカがイランと北朝鮮に関して多国間主義での対応に転じているからと言っても、この著書がアメリカ外交について語ることは重要な示唆に富んでいる。ヨーロッパ人と日本人は力の外交に訴えるアメリカと本当に良好な同盟関係を維持できるのだろうか?

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