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2007年10月28日

ミリバンド外相新設の英国外務省ブログによる世界市民との対話

イギリスのFCO(Foreign and Commonwealth Office:外務英連邦省)がこの9月にブログを開設した。FCOには6人のブロガーがいて、学位取得分野、外交実務経験、現職、そして個性は実に様々である。FCOのブログはイギリスの外交官達がどのように世界の平和と繁栄に取り組んでいるかを知るうえで多いに役立つ。

デービッド・ミリバンド外務英連邦相はブログによる世界市民とイギリス国民との対話に熱心な理由を以下のように語っている。

政治とは対話と討論であるべきで、新しい技術によってこれまで以上にそうしたことが可能になった。しかし政治家と市民の間のギャップは拡大しているように思える。

私が先の内閣の閣僚としてブログを始めたのはこのような理由からである。市民との対話にはブログがきわめて有効だとの確信に至った。自分の仕事と考え方を説明するには通常の大臣会見よりはるかに個人的見解を述べやすく、しかも肩肘を張らなくて良い。私の仕事を国内外の人達がどのように思っているか直接聞くこともできる。

こうしたインターネットによる民主主義への熱心な態度はアルバート・ゴア氏を思わせるものがある。現職の前にミリバンド氏はブレア内閣の環境相であった。ただの偶然なのだろうか?

イギリス外交の数多くの問題の中で、私はアメリカ、ヨーロッパ、そして中東との関係を中心に述べたい。

以前の「ダビデとゴードン:英国新首相と大西洋同盟」という記事で述べたように、デービッド・ミリバンド氏はブッシュ政権のイラク政策に批判的であった。さらにイギリスがイラク南部から部分的に撤退したことは、スンニ派地域でのアメリカの増派とは著しい対照をなすものとなった。ブラウン政権の下で英米関係はどのように変化したのだろうか?ミリバンド外相の最近のブログ記事からは、イギリスがアメリカの中東政策の重要なパートナーであることに変わりないことがわかる。

1023日の“Deeds Not Just Words in Northern Iraq”という記事と1025日の“The Search for Peace in the Middle East”という記事で、ミリバンド氏はアメリカのコンドリーザ・ライス国務長官との会談について手短に述べている。イラク北部に関してミリバンド氏とライス氏の両外相は、イラクとトルコの両政府に対して英米両国がPKKによるクルディスタン地域でのテロ活動に対抗する決意を固めたというメッセージを送った。イスラエル・パレステチナ紛争に関しては、ミリバンド氏はイスラエルとの平和共存をはかるパレスチナ国家の建設によりパレスチナ人の苦境を救うべく政治プロセスを後押ししようとしている。ミリバンド外相はアメリカのリーダーシップの重要性を強調する一方で、ヨーロッパ諸国の指導者との話し合いも通じて米欧協調を推進しようとしている。こうした記事からブレア政権後もイデオロギー的な相違はありながらイギリスがアメリカの重要なパートナーであることがわかる。さらに詳しくはFCOニュース・リリースでイラク北部とパレスチナに関する米英外相共同記者会見の記事を参照できる。

実はデービッド・ミリバンド氏はアメリカとの緊密な関係には熱心である。ニューヨークのブルームバーグ市長とは「最も長い会談」を行なった。また、首都ワシントンのハワード大学ではアメリカ国民とグラスルーツ民主主義と少数民族の教育について議論した。

ヨーロッパも重要な問題である。そこでヨーロッパを中心に論じているジム・マーフィー氏リンゼイ・アップルビー氏のブログを紹介したい。ジム・マーフィー下院議員はヨーロッパ担当閣外相である。最近の記事ではヨーロッパ統合の推進を目指したリスボン会議とルクセンブルグ外相会議について言及している。EUの対外関係も重要である。ポルトガルのマフラで開催されたEU・ロシア首脳会談では気候変動、エネルギー、安全保障が話し合われた。マーフィー氏はヨーロッパ連合の域内政策と対外政策を理解するうえで有益なリンクを数多く示している。

リンゼイ・アップルビー氏のブログもジム・マーフィー氏のブログとほぼ同様な問題をとりあげている。しかしマーフィー氏と違ってアップルビー氏は政治家ではなく職業外交官である。そのためかブログでは、政策よりもEU官僚機構について語ることが多い。

中東からはサー・シェラード・カウパー=コールズ駐アフガニスタン大使のブログが多国籍軍と現地市民による民主化と国家建設の模様を伝えている。カウパー=コールズ大使は中東で長年にわたるキャリアを築き上げてきた。アフガニスタンの政治的進展の他にも、国や地域の指導者についてメディアが報道しないようなことも書き込んでいる。

残念なことに、イラクからのFCOのブログはない。左翼の間で広まっているイラクでの多国籍軍の取り組みに対するネガティブな印象を払拭するためにも、イギリスの外交官によるブログ開始が待たれる。

最後に二人のブロガーについて言及したい。マリア・ピア・ガゼラ氏はチリのサンチアゴ駐在の商務官である。大使館の現地スタッフのガゼラ氏にはイギリス人とは違った視点からのブログを期待したい。セーラ・ラッセル氏はロンドン大学キングス・カレッジをファースト・クラスで卒業してほどなく、今年の10月に外交官になったばかりの新人である。専攻分野は軍事研究である。愛らしい笑顔が印象的な彼女だが、頭脳も明晰でイギリス外交の将来を担う人材である。

FCOのブログからイギリスの外交政策の視点と英国外交官の仕事ぶりについて様々な情報が得られる。巨大メディアに遮られることもなく、政策形成者との対話もできる。素晴らしいことではなかろうか?

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2007年10月24日

イラクとその後をめぐるアメリカの中東政策

アメリカのイラク介入は中東の新秩序に向けた第一歩に過ぎず、これが最終目的ではない。よって現在のイラクをどのように管理し、イラク後の中東政策を考えてゆくことは重要なのである。そのために以下のイベントに言及したい。

(1)   「イラク駐留継続はアメリカの国益にかなうか?」 (ビデオPDF

日時:2007年9月18

主催:バージニア大学ミラー公共問題センター

司会

ジェラルド・バリレス:ミラー公共問題センター所長

マーガレット・ウォーナー:PBS放送局”The News Hour with Jim Lehrer” 上級特派員

                                                       

討論参加者

賛成派

フレデリック・W・ケーガン:アメリカン・エンタープライズ研究所上級研究員

ルエル・マルク・ゲレクト:アメリカン・エンタープライズ研究所上級フェロー

反対派

ジェシカ・タクマン・マシューズ:カーネギー国際平和財団所長

チャス・フリーマン:元アメリカ駐サウジアラビア大使

まず、バージニア大学で開催された現在のイラクに関する討論をとりあげたい。この討論で重要な論点となったのは、イラクに対するアル・カイダとイランの脅威である。賛成派は米軍の駐留継続がアル・カイダの打倒とイランの脅威への対処に重要だと主張する一方で、反対派は駐留継続によってイラクでアル・カイダの活動が活発化するとともにイランの影響力が浸透してくると言う。

フレデリック・ケーガン氏はイラクのアル・カイダは同組織の世界的ネットワークと緊密につながっていると指摘している。ケーガン氏は「我々がイラクでの民族宗派対立をそのままにして撤退するだけなら、スンニ派に対してシーア派の攻撃からの守護者としてふるまい、自分達がスンニ派に対して行なっている暴力から目をそらせようとするアル・カイダ指導者の目論見通りになってしまう。我々がアル・カイダに勝利を収め始めた時期にこうしたことが起こっている」と述べている。

もう一人の賛成派ルエル・ゲレクト氏はアメリカがこの戦争に敗北してしまえばアル・カイダとイランはイラクのスンニ派とシーア派を過激化させるだろうと言う。こうなると台湾海峡のように他の場所での米軍の関与にも支障をきたしてしまうと述べている。

他方でジェシカ・マシューズ氏はイラクでの民族宗派間の紛争に軍事的な解決策がないことは、アルジェリアでのフランス、チェチェンでのロシア、パレスチナでのイスラエルの例から明らかだと主張する。政治的な解決策があるのみだとマシューズ氏は言う。

また、チャス・フリーマン氏はアメリカの介入とイラク国家の崩壊によってイランとアル・カイダの侵入の余地が生まれてしまったと主張する。フリーマン氏は世論調査の結果を引用してイラク国民の大多数がアメリカの駐留によって自国の主権が侵害されているように感じていると述べている。フリーマン氏はアメリカがイラクから撤退してしまえば、イラク国民はアル・カイダとイランの脅威に対処することに焦点を当てるようになると主張している。これはアメリカにとって大きな収穫になるとフリーマン氏は言う。

フリーマン元大使の発言はイラクでのアメリカの作戦任務に対してやや悲観的な一方で、アメリカの撤退がもたらす結末に関しては余りに敗北的平和主義のように思える。私はフレデリック・ケーガン氏の見解に同意したい。フレデリック・ケーガン氏はジャック・キーン陸軍大将とともにイラクへの増派を説いた“Choosing Victory: A Plan for Success in Iraq” というレポートを書いたことでよく知られている。このレポートはブッシュ政権のイラク問題に対する戦略の基本的な方針となった。

フレデリック・ケーガン氏は親米的な民主主義の普及の意味を明確に語っている。重要な点はイラク国民がジョージ・W・ブッシュ大統領を好むかどうかではなく、イラク国民が対テロ戦争でアメリカの同盟者であるかどうかである。ケーガン氏が単純な早期撤退によって中東でのアメリカの威信が低下するだけだと述べていることは理に適っている。思い出して欲しいのは、ハーバード大学のニール・ファーガソン教授がテロリストはイラク戦争以前にサウジアラビアとクウェートで活動しており、彼らはサダム打倒後のイラクに移っていったと述べていることである。

イランとの対話に関してフレデリック・ケーガン氏は全く反対してはいない。だがケーガン氏が指摘するように、アメリカのイラク撤退のためだけに対話を行なうなら意味がない。ケーガン氏はイランとアル・カイダのつながりについて言及している。さらに私は現在のイランのシーア派体制が自らの神権政治を中東に広めようとしていることにも注意すべきと考えている。そのような体制にチェンバレン的なアプローチでは致命的な危険を負いかねない。

(2) 「イラクでの作戦任務終了後のアメリカの中東戦略」ビデオPDF

日時:2007年9月17日

主催:デモクラシー誌

     カーネギー国際平和財団

司会

ケネス・ベアー:Democracy: A Journal of Ideas共同編集長

討論参加者

ジェシカ・タクマン・マシューズ:カーネギー国際平和財団所長

ウィリアム・マーシャル:進歩的政策研究所所長

レイ・タケイ:外交問題評議会上級フェロー

次にイラク後のアメリカの中東戦略に関するイベントについて述べたい。イラクは最終目的ではない。アメリカと同盟国にとって重大な脅威を突きつけるテロと危険な体制を撃破するための中東の改革の手始めに過ぎない。デモクラシー誌とカーネギー国際平和財団は9月17日にイラク後の政策討論会を開催した。デモクラシー誌(Democracy: A Journal of Ideas)は進歩派の政策ジャーナルで、保守派の「コメンタリー」、「ナショナル・インタレスト」、「パブリック・インタレスト」に対抗して刊行されている。このイベントはイラク撤退後のアメリカの政策を主に進歩的(すなわちリベラル。最近ではこちらの語を使うことが多い。)な視点から議論している。重要な論点は核不拡散、民主化、イランの三点であった。

核不拡散に関してジェシカ・マシューズ氏は、権威主義体制の国には強硬だがインドのような民主国家の核保有には寛大にという現行の二重基準政策を批判している。またイランと北朝鮮の非核化にはロシアとの緊密な協力が必要だと説いている。イラクとその後のアメリカの中東政策でイランが重要になることには異論はない。しかしウラジミール・プーチン大統領はイランを欧米に対する戦略カードに利用しようとしているのではないかという疑念は晴れない。

民主化に関してはウィリアム・マーシャル氏がグローバル経済の下で取り残されている中東の人達の問題に取り組む必要があると指摘する。実は保守派のルエル・マルク。ゲレクト氏も“Selling out Moderate Islam”という論文で同様な点に言及している。この問題は冷戦後の時代にますます重要性を帯びてくる。

最後にレイ・タケイ氏がイランについて述べている。タケイ氏はイランもアメリカもイラクの安定と統一という共通の国益を有しているという。よって両国はイラクの将来について対話を行なうべきだと主張している。確かに対話そのものは否定されるべきではない。問題はイランがイラクでの影響力強化のためにシーア派過激グループを支援していることで、これがアメリカ主導の中東改革と真っ向から対立することである。

三人ともブッシュ政権の中東政策に批判的であるが、進歩派でも中東の民主化という共通の課題を追求していることは見落としてはならない。エジプトやサウジアラビアのような西側の同盟国での温和な改革は、イラクとアフガニスタンでの戦況の進展に劣らず重要である。

現在、イラクは重要な局面にある。ここでの成功は中東の将来への有意義な第一歩となる。また、アメリカとヨーロッパの政策形成者達はイラク後の拡大中東戦略を考え始める時期である。イデオロギー的な立場がどうあろうと、二つのイベントはアメリカの外交政策と中東問題に鋭敏な問題意識を持つ者にとって見過ごせない。

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2007年10月14日

米露外交200周年記念と両国歴代大使の提言

ロシアとアメリカが正規の外交関係を結んでから今年で200年になる。現在のプーチン政権下でロシアと欧米の関係は必ずしも良くはない。国粋主義的なナショナリズムと帝政さながらの権威主義の高まりの中で3月のロシア大統領選挙は行なわれる。

現在のロシアの政治と外交に鑑みて、米露両国の歴代大使は国交200周年の記念記事をインターナショナル・ヘラルド・トリビューンに寄稿した(“Relations for a New Century”; September 24, 2007。そこでは五つの提言がなされている。

(1)    アメリカとロシアの間には世界の政治と経済をめぐって見解の相違と不一致があるのは当然だが、両国ともに共通の利益を特定して追求してゆかねばならない。

(2)    冷戦後の目まぐるしい情勢の変化から、アメリカとロシアは世界戦略を練り直す必要がある。暴力的な反米感情の高まりは世界にとって重大な脅威である。

(3)    米露関係が改善されるのは両国が共通の国益を追求し、共に解決に当たる時である。テロや大量破壊兵器の不拡散といった問題は解決されておらず、さらなる両国の協力の余地がある。

(4)    正規の外交チャンネルだけでなく、閣僚及び次官級での対話も制度化するべきである。

(5)    学界、社会運動界、宗教界も含めた広い範囲での両国の交流を活性化させる。この目的のためにはビザ発給のあり方を変える必要がある。また、ロシアのWTO加盟をさらに超えて経済関係の拡大をはかるべきである。

確かに、この二大国の協調関係の推進は重要である。しかし、この論文はいかにも「外交」辞令に満ちており、米露関係の理解にはもっと率直な意見の交換が必要である。

カーネギー国際平和財団は9月24日及び25日に「米露外交200周年記念:歴代大使座談会」を開催した。25日に開かれたパネル・ディスカッションではカーネギー国際平和財団のマーク・メディッシュ副所長とCNNでアメリカ担当のジル・ドゥガーティ編集局員が司会を務めた。討論内容を簡単に述べたい(PDFウィンド・ズ・メディア・プレーヤークイック・タイムPod Cast)。

この昼食会での討論はインターナショナル・ヘラルド・トリビューンに掲載された米露国交200周年記念の論文より率直であった。司会のジル・ドゥガーティ氏はミシガン大学でロシア研究の学士号を取得して90年代にはCNNのモスクワ特派員を務めるなど。ロシアに関する経験が豊富である。冷戦後のロシアの変化に関する討論の司会にはうってつけである。

まずドゥガーティ氏は両国の大統領選挙の時期に摩擦が生じやすくなっている米露関係について問題を投げかけた。現在はカーネギー国際平和財団のロシア・ユーラシア・プロジェクト部長を務めるアメリカのジェームス・コーリンズ元駐露大使は、選挙によって米露関係が損なわれてはならないと述べた。ロシア側ではウラディミール・ルーキン元駐米大使が両国の共通の国益と相違点を指摘した。米露両国ともテロ対策や大量破壊兵器不拡散といった問題では死活的な利害を共有している。他方で地域の問題ではコソボや中東のように両国の不一致が目立つものもあるとウラディミール・ルーキン氏は言う。ジル・ドゥガーティ氏が説明したように、アメリカがコソボの独立に前向きなのに対してロシアは強硬に反対している。ルーキン氏はコーリンズと同様にロシアの大統領候補たちが選挙目当てに強いロシアを訴えようとすることに懸念を示した。

「ヤルタからマルタ」期のソ連のユーリー・ドゥビニン元駐米大使は、今や米露両国とも民主主義国なのでコソボでの立場の違いを埋めるには「我々は何が求められているのかという両国民の声を知る必要があり、問題解決に当たっては一方の国民が他方の国民の意思を押し付けてはならない」と述べている。

こうした著しい相違にもかかわらず、アメリカのアーサー・ハートマン元駐ソ大使はアメリカ国民にロシアの変化を辛抱強く見守るようにと訴え、自国の目線のみで世界を見ないよう呼びかけている。

もう一つの重要な課題はエネルギーで、ロシアが西側に対して政治的あるいは経済的な要求をつきつける道具に使うことを考えているかどうかというものであった。この問題に関してウラディミール・ルーキン氏もジェームス・コーリンズ氏も石油とガスの価格を決定するのは市場メカニズムであって、ロシアと旧ソ連共和国の独特の関係が変わってゆくこと不可避であるとの見解で一致している。

この昼食会は友好的な雰囲気であったが、米露両国の歴代大使達はロシアでの選挙に伴うナショナリズム感情の高まりについて言及している。カーネギー国際平和財団モスクワ・センターのドミトリ・トレニン副所長は"Russia’s Strategic Choice"というレポートで、ロシアの究極的な国益はアメリカと中国に対して世界の大国として伍してゆくことだと述べている。トレニン氏はロシアがバルト諸国へのNATO拡大、そして中央アジアとジョージアへのアメリカの軍事的影響力の拡大に不満を抱えていると指摘している。旧ソ連諸国がますますロシアの手を離れるようになっている。トレニン氏はアメリカがABM(弾道弾迎撃ミサイル制限)条約から離脱したこともロシア側の不安を高めていると言う。

米露外交関係200周年記念イベントの雰囲気は友好的であったが、二大核保有国の関係は緊張が走る見通しである。来年3月に行なわれるロシアの大統領選挙はブッシュ政権後のアメリカ外交に大きな影響を及ぼすであろう。

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2007年10月 7日

米印核協定と核不拡散体制の狭間で悩む日本というハムレット

グローバル・アメリカン政論では今年に入って初めてインドに関する記事を投稿する。中東とアジア太平洋地域の安全保障でのインドの重要性を考慮すれば、10月になってやっとこの国に関する記事が投稿されるというのは遅すぎると言える。過去に米印核協定に関する記事をいくつか書いてきた。この協定は賛否両論を巻き起こしたがブッシュ政権の中東及びアジア戦略で重要な地位を占めている。

この協定に関して日本は支持すべきか否か深刻なジレンマに直面しているが、それはインドがNPT(核不拡散条約:Non-proliferation Treaty)とCTBT(包括的核実験禁止条約:Comprehensive Test Ban Treaty)に加盟していないからである。カリフォルニア州モンテレーにあるジェームス・マーティン不拡散研究所のトキ・マサコ研究員はアジア・タイムズ9月28日号に掲載された“Japan’s New Prime Minister Faces India Dilemma” という論文で、米印核協定を承認してしまえば日本が長年にわたって築き上げてきた不拡散と軍縮の努力が無駄になってしまうと懸念している。トキ氏は米印協定ではインドが仮に核実験を行なってもそれへの対抗措置はなく、これは日本にとって深刻な問題である。

また、日本国民にとって核問題はきわめて感情を刺激しやすいものであることに言及する必要がある。今年の夏には当時の久間章生防衛大臣が不注意にも「アメリカが日本に核攻撃を行なったのは戦争の早期終結のためにはしょうがない」と言った際に、厳しい批判をされた。メディアも世論もこの発言は被爆者への侮辱だと非難した。

そのように根強い反核感情にもかかわらず、日本政府はこの協定に対する態度を明確にすることにはきわめて慎重である。トキ氏は「東京が論争を引き起こさないようにしていることは賢明ではあるが、軍縮と核不拡散の旗手としての日本の立場をもっと強く訴える必要がある」と述べている。トキ・マサコ氏は日本が米印協定のようなNPTの例外を認めないように主張しているが、新任の福田康夫首相も安倍晋三前首相と同様に2007年アーミテージ・レポートの勧告に従ってインドとの戦略提携関係を強化してゆく見通しである。

トキ氏は短期的にはインドともアメリカとも関係を悪化させることがあっても日本は軍縮と核不拡散に対して積極的に関与してゆく立場を明確にする必要があると主張している。「長期的に見れば、核不拡散と軍縮への揺るぎない貢献こそ日本のアイデンティティーと国益に重要である」とトキ氏は言う。

私はトキ氏の勧告では余りに理想主義であると思う。インドがアメリカとNATOとどのような戦略提携をしようとしているのか理解する必要がある。インドは対テロ戦争の重要な同盟国である。米印戦略パートナーシップに関して、インドのプラナブ・ムケルジー外相は10月1日にニューヨークの外交問題評議会での演説で「新しい課題にはコンピューター・ネットワークでつながり相互依存を強める世界をテロや組織犯罪から守るといった、これまでとは比較にならないほど複雑な問題がある」と述べ、「また意思決定を民主化できずに国際機関がそうした複雑な問題を解決できると期待するのは余りに純朴である」と主張した(“India Sees Nuclear Deal as Key to Global Cooperation”; Global Security Newswire; October 3, 2007)。

インドの元外交官のM・K・バドラクマル氏はインドがインド洋からアジア太平洋地域でのNATOの作戦行動に重要な地位を占めると言う。アメリカはこの地域での力の真空を埋めようとしてNATOとインドの協力関係を後押ししている(“India Holds Key in NATO’s World View”; Asia Times; October 6, 2007)。

しかしナショナリストのインド人民党(BJP:Bharatiya Janata Party)と与党の統一進歩連盟(UPA:United Progressive Alliance)左派は米印協定によってインドの主権が損なわれたと見ているが、それはインドの民間核施設がアメリカの査察を受けるからである。これらの勢力は現在のマンモハン・シン首相ほど親欧米ではない。インドの党利党略がどうあろうとも、米印協定は破棄されることがあってはならないと私は考えている “Feature”, South Asian Perspectives by the Carnegie Endowment for International Peace, September 2007)。

インドが自由主義諸国と戦略提携を深めたいなら、将来は米印二国間協定をNATO、日本、そしてオーストラリアを含めた多国間の協定にする必要がある。インドがIAEAの査察に置かれる現行の核不拡散体制を信頼できないと見ていることは理解できる。しかし、共通の信条と国益による多国間協定なら、より安定して持続的である。これによってナショナリストと左翼の反対を鎮めることができるであろう。こうすれば日本のジレンマも解決できる。

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