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2007年10月 7日

米印核協定と核不拡散体制の狭間で悩む日本というハムレット

グローバル・アメリカン政論では今年に入って初めてインドに関する記事を投稿する。中東とアジア太平洋地域の安全保障でのインドの重要性を考慮すれば、10月になってやっとこの国に関する記事が投稿されるというのは遅すぎると言える。過去に米印核協定に関する記事をいくつか書いてきた。この協定は賛否両論を巻き起こしたがブッシュ政権の中東及びアジア戦略で重要な地位を占めている。

この協定に関して日本は支持すべきか否か深刻なジレンマに直面しているが、それはインドがNPT(核不拡散条約:Non-proliferation Treaty)とCTBT(包括的核実験禁止条約:Comprehensive Test Ban Treaty)に加盟していないからである。カリフォルニア州モンテレーにあるジェームス・マーティン不拡散研究所のトキ・マサコ研究員はアジア・タイムズ9月28日号に掲載された“Japan’s New Prime Minister Faces India Dilemma” という論文で、米印核協定を承認してしまえば日本が長年にわたって築き上げてきた不拡散と軍縮の努力が無駄になってしまうと懸念している。トキ氏は米印協定ではインドが仮に核実験を行なってもそれへの対抗措置はなく、これは日本にとって深刻な問題である。

また、日本国民にとって核問題はきわめて感情を刺激しやすいものであることに言及する必要がある。今年の夏には当時の久間章生防衛大臣が不注意にも「アメリカが日本に核攻撃を行なったのは戦争の早期終結のためにはしょうがない」と言った際に、厳しい批判をされた。メディアも世論もこの発言は被爆者への侮辱だと非難した。

そのように根強い反核感情にもかかわらず、日本政府はこの協定に対する態度を明確にすることにはきわめて慎重である。トキ氏は「東京が論争を引き起こさないようにしていることは賢明ではあるが、軍縮と核不拡散の旗手としての日本の立場をもっと強く訴える必要がある」と述べている。トキ・マサコ氏は日本が米印協定のようなNPTの例外を認めないように主張しているが、新任の福田康夫首相も安倍晋三前首相と同様に2007年アーミテージ・レポートの勧告に従ってインドとの戦略提携関係を強化してゆく見通しである。

トキ氏は短期的にはインドともアメリカとも関係を悪化させることがあっても日本は軍縮と核不拡散に対して積極的に関与してゆく立場を明確にする必要があると主張している。「長期的に見れば、核不拡散と軍縮への揺るぎない貢献こそ日本のアイデンティティーと国益に重要である」とトキ氏は言う。

私はトキ氏の勧告では余りに理想主義であると思う。インドがアメリカとNATOとどのような戦略提携をしようとしているのか理解する必要がある。インドは対テロ戦争の重要な同盟国である。米印戦略パートナーシップに関して、インドのプラナブ・ムケルジー外相は10月1日にニューヨークの外交問題評議会での演説で「新しい課題にはコンピューター・ネットワークでつながり相互依存を強める世界をテロや組織犯罪から守るといった、これまでとは比較にならないほど複雑な問題がある」と述べ、「また意思決定を民主化できずに国際機関がそうした複雑な問題を解決できると期待するのは余りに純朴である」と主張した(“India Sees Nuclear Deal as Key to Global Cooperation”; Global Security Newswire; October 3, 2007)。

インドの元外交官のM・K・バドラクマル氏はインドがインド洋からアジア太平洋地域でのNATOの作戦行動に重要な地位を占めると言う。アメリカはこの地域での力の真空を埋めようとしてNATOとインドの協力関係を後押ししている(“India Holds Key in NATO’s World View”; Asia Times; October 6, 2007)。

しかしナショナリストのインド人民党(BJP:Bharatiya Janata Party)と与党の統一進歩連盟(UPA:United Progressive Alliance)左派は米印協定によってインドの主権が損なわれたと見ているが、それはインドの民間核施設がアメリカの査察を受けるからである。これらの勢力は現在のマンモハン・シン首相ほど親欧米ではない。インドの党利党略がどうあろうとも、米印協定は破棄されることがあってはならないと私は考えている “Feature”, South Asian Perspectives by the Carnegie Endowment for International Peace, September 2007)。

インドが自由主義諸国と戦略提携を深めたいなら、将来は米印二国間協定をNATO、日本、そしてオーストラリアを含めた多国間の協定にする必要がある。インドがIAEAの査察に置かれる現行の核不拡散体制を信頼できないと見ていることは理解できる。しかし、共通の信条と国益による多国間協定なら、より安定して持続的である。これによってナショナリストと左翼の反対を鎮めることができるであろう。こうすれば日本のジレンマも解決できる。

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コメント

>来は米印二国間協定をNATO、日本、そして
>オーストラリアを含めた多国間の協定にする必要がある。

  つまり、海洋国家とその同盟国による中ロ包囲網ですね。全面的に同意いたします。

>共通の信条と国益による多国間協定なら、より安定して
>持続的である。これによってナショナリストと
>左翼の反対を鎮めることができるであろう。

  まさしくその通りだと思います。アメリカはかつてのような、スパイクマン(スピークマン)のリムランド理論を発展解消する時期に来ているのだと思います。

投稿: ろろ | 2007年10月10日 08:03

私も全面的に賛成します。

インドは英連邦の一員。まだまだ国内に抱える問題は少なからずあるだろうけど、欧米先進国と共通の価値観に近づきつつあると思います。またチベットの亡命政権を受け入れています。それだけでも中国への牽制になるでしょう。

インドの核武装に対するアメリカの反応もフランスが核武装したときほどは、反対が少ないように思えます。
中国の政策を複雑にする効果もあるのではないでしょうか?

投稿: アラメイン伯 | 2007年10月10日 22:26

ろろさん、アラメイン伯さん、

二人のコメント内容が重複するので、まとめて答えます。海洋国家同士の戦略提携ということでは、文中のバドラクマルがインド洋と太平洋での軍事協力の強化を記しています。元々、インドとアメリカの関係が強化されてきたのは9・11をい契機としたイスラム過激派の脅威への対処です。インドとパキスタンの関係が好転したことも一因です。

ただし、中国とロシアへの抑えとして過大な期待はしない方がよさそうです。このブログの以前の記事「キッシンジャー、インドを語る」で述べたように、インドが好んで中国やロシアと対決することはないからです。そうは言うものの、インドが中国やロシアに接近し過ぎないように欧米や日本が関係強化することは必要です。

投稿: 舎 亜歴 | 2007年10月14日 22:16

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  同タイトル●その(1)および●その(2)に続く記事です。今回は、中国東北部にとってのもう一つのリスク要因である「朝鮮」について検討したいと思います。   以前、「大連で日本のコールセンターを請け負う計画が... [続きを読む]

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