ネオコン外交政策の行方と日欧の対米関係
ネオコンの外交政策ではアメリカの主要同盟国であるヨーロッパと日本を相手に衝突が避けられないと広く信じられている。しかし党利党略がどうあれ、アメリカ外交が大なり小なりネオコン的になるのは、建国の理念と覇権国家として自由主義の世界秩序を守る役割からすれば当然の帰結である。このことはアメリカが常に他の国との協調なしの単独行動に走ることを意味するのだろうか?
実際にはヨーロッパもイラクをめぐる亀裂を乗り越えて世界規模の安全保障に積極関与しようとし始めている。NATOとEUは世界全体への影響力拡大のためにアップグレードされるであろう。そこでブッシュ政権後のネオコン外交の行方に加えて、ヨーロッパと日本がグローバルな課題に対してどのような役割を担ってゆくかを述べてゆきたい。
まずネオコンの将来について述べたい。アメリカン・エンタープライズ研究所のジョシュア・ムラブチック常任研究員は、イラクで困難な事態があろうともリベラル派もリアリストも9・11後の世界で一貫性のある外交政策の指針を示してこなかったと指摘する。だからこそ対テロ戦争に直面するジョージ・W・ブッシュ大統領の心理をとらえたのである。論文の最後をムラブチック氏は以下のように締め括っている。
人は常に政策がより良く実行されることを望むものであるが、我々に突きつけられた戦争への対処に最も有効な答えを持っているのはネオコンだけである。(“The Past, Present, and Future of Neoconservatism”; Commentary; October 2007)
ネオコン外交には三つの重要な点がある。第一に道徳的価値観を重んじ、アメリカが自由主義の価値観の指導者であるべきと強く信じている。第二にリベラル派の多くと同様に国際派で、たとえアメリカの国土から遠く離れた脅威であっても早期に抑えておくべきだと考えている。第三に殆どの保守派と同様に軍事力の有効性を信じており、経済制裁や国連決議には懐疑的である。
識者の間で広く言われているように、ムラブチック氏はイラクでの困難はドナルド・ラムズフェルド前国防長官の政策の誤りによるものとしている。ラムズフェルド氏は充分な兵力を送らなかったが、AEIのフレデリック・ケーガン氏とジャック・キーン退役陸軍大将の提言に基づいた兵力増強を行ってからというものイラク情勢は好転している。
イラク戦争は誤った場所で誤った敵を相手にしていると主張する論客もいるが、こうした者が必ずしもハト派というわけではない。彼らもアメリカが特別な役割を担っており、その軍事力は道徳面でのリーダーシップに活用されるべきだと信じている。民主党のバラク・オバマ上院議員は、イラクでなくパキスタンにあるテロ根拠地を爆撃すべきだと主張している。また、アメリカン・エンタープライズ研究所でフリーダム記念研究員のマイケル・A・レディーン氏はアメリカがイラクではなくイランの脅威に対処すべきだと主張する。イラク論争でどのような立場をとろうとも、どの政権でも大なり小なりネオコン的な政策をとるものである。
これによってアメリカとヨーロッパの衝突は避けられないのだろうか?実際にはヨーロッパ人からもアメリカ帝国による世界秩序を支持する声が挙がっている。
イギリスの歴史学者でハーバード大学のローレンス・A・ティッシュ記念教授の地位にあるニール・ファーガソン氏はあまりにもよく知られている。著書の“Empire”と“Colossus”で、ファーガソン教授はアメリカがかつてのイギリスにも引け劣らぬ積極介入を行なって自由主義世界秩序を維持すべきだと主張している。
この他にもドイツのディ・ツァイト誌編集長でスタンフォード大学訪問教授のヨセフ・ヨッフェ氏がアメリカの覇権を支持している。著書の“Überpower”でヨッフェ氏はアメリカによる世界秩序をどのように維持すべきかを説いている。さらにフォーリン・ポリシー2005年1月号に投稿した“A World without Israel”という論文で、アメリカとイスラエルの特別関係を擁護している。
フランスではジャック・シラク氏が去り、ニコラ・サルコジ氏が政権の座に就いた。
ヨーロッパの識者達がアメリカの覇権を支持しているだけにとどまらず、ヨーロッパ諸国もより積極的に世界に関与しようとしている。カーネギー国際平和財団のロバート・ケーガン上級研究員によると、ウクライナ、バルカン半島、トルコ、北アフリカでの流動的な情勢によってヨーロッパ人も拡張主義政策をとるようになりつつある (“Embraceable EU”; Washington Post; December 5, 2004)。ウクライナの民主化支援に当たって、ヨーロッパが果たした役割はアメリカに引け劣らぬものであった。
イギリスの元外交官でヨーロッパ外交問題評議会のロバート・クーパー委員は、東ヨーロッパ諸国とトルコの加入を誘致して、自由帝国主義政策を追求すべきと主張している。このようにしてヨーロッパが世界全体と自分達の安全保障のために民主主義を拡大できるという。またNATOの拡大によって自由主義世界秩序を強化するための米欧協調が強まるであろう。ロバート・ケーガン氏はこの論文で「それはアメリカにとって、ヨーロッパが数千の兵をイラクに派遣するよりもはるかに戦略的に有意義である」と結論づけている。
今年の10月にイギリス政府が“Global Europe”と題する新しいレポートを出した。このレポートは内閣府と外務英連邦省が共同出版したもので、EUが共同で東と南の近隣諸国に自由で民主的な社会を普及させ、そしてミャンマー、イラン、北朝鮮といった圧制体制下の国には共同で制裁措置をとるよう提言している。
ヨーロッパが世界規模での関与に積極的になろうとしている矢先に、日本ではインド洋での作戦行動の再開をめぐって議論する価値もない法律論争に精力が浪費されている。世界規模の対テロ戦争の時代にそのように瑣末な議会論争に多くの時間を費やすことは全く馬鹿げている。悪名高き平和憲法に過剰に固執してしまえば、日本は落ちこぼれになってしまう。忘れてはならないのは、日本が最優等生の仲間に入れたのは「遅れたアジアから脱け出し、西欧列強になる」ことを成し遂げたからである。日本の指導者達が本気でNATOに加盟したいなら、このことは銘記するべきである。
ネオコンの外交政策は必ずしもアメリカの単独行動主義につながるものではない。むしろ世界の運営に関しては他のイデオロギーより明確なビジョンを打ち出しているネオコンが提起する政策はヨーロッパにも日本にも重要なものである。究極的には、誰が合衆国の大統領であろうと大なり小なりはネオコン的な政策をとるものである。
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ヨーロッパ諸国がアメリカに協力して世界の民主化をすすめるのは何もアメリカのいいなりというわけではないですよね。アフガニスタンに派兵してるのも同様にアメリカのためというわけではない。それがヨーロッパ諸国の国益になるからでしょう。日本でこの種の議論すれば必ずアメリカのいいなりって言われます。
まったく世界情勢がみえてないですよね。
最近、アメリカも北朝鮮に融和的ですが、政権からネオコンが去ったことが多分に大きい。日本の言論界はとてもネオコンに批判的ですが何が日本の国益にかなうかという視点が欠落してます。拉致の当事者は日本という意識も薄いように感じられます。
投稿: アラメイン伯 | 2007年12月 7日 23:35
>>ヨーロッパ諸国がアメリカに協力して世界の民主化をすすめるのは何もアメリカのいいなりというわけではないですよね。アフガニスタンに派兵してるのも同様にアメリカのためというわけではない。それがヨーロッパ諸国の国益になるからでしょう。日本でこの種の議論すれば必ずアメリカのいいなりって言われます。
まったく世界情勢がみえてないですよね。
このことは本文中にリンクされたケーガン論文でも述べられています。
しかし、絶好のタイミングでしたね。アラメイン伯さんがコメントをくれた時には次に北朝鮮に関する記事を準備していたので。
投稿: 舎 亜歴 | 2007年12月11日 00:36