アメリカ次期政権の新戦略:民主主義連盟による世界運営
アメリカの外交政策は岐路に立っている。大統領候補達はイラクと対テロ戦争について語っている。大量破壊兵器の不拡散、ならず者国家、中国とロシアに代表される非民主的な資本主義の台頭も重要な問題である。新しい政策課題を前に、合衆国の次期大統領は同盟国との協調関係を再強化する必要がある。
英エコノミスト誌のエイドリアン・ウールドリッジ、ワシントン支局長は両党の討論がイラクと対テロ戦争にとらわれて、アメリカがロシアと中国の挑戦に対する準備ができていないと警告する(“America and the World: After Bush”; The Economist; March 27, 2008)。こうした難しい状況にもかかわらず、ウールドリッジ氏はアメリカが依然として世界の人々を魅了していると述べている。世界の市民が大統領選挙に多いに注目しているのは、それがダイナミックで劇的だからである(“Special Report: America and the World”; Economist Interview; June 8, 2008)。
共和党のジョン・マケイン上院議員は民主主義連盟の設立を提唱し、今世紀においてアメリカによる世界秩序の中核にしようとしている。この案はリベラルから保守にいたる政策形成者の間で広く支持されており、その中にはイボ・ダールダー氏とジェームズ・リンゼイ氏、ジョン・アイケンベリー氏とアン=マリー・スローター氏、ロバート・ケーガン氏などが名を連ねている。このイニシアチブによってアメリカが指導力を再建し、自由な諸国がロシアと中国のような非民主的資本主義国、イランと北朝鮮などのならず者国家、そしてテロリストに立ち向かうのに一役かうであろうか?
民主主義連盟に対する賛否両論を検証し、ブッシュ政権後のアメリカと同盟国の関係を模索してみたい。今年の5月29日にカーネギー国際平和財団で「民主主義連盟は名案か?」というパネル・ディスカッションが開催された。この討論の司会を務めたのは、ジョージ・ソロス氏によって設立された公益団体、オープン・ソサエティ研究所のモートン・ハルペリン米国支部長である。討論に参加したのはブルッキングス研究所のイボ・ダールダー上級研究員とフーバー研究所のトッド・リンドバーグ研究フェローである。ダールダー氏は民主党大統領候補のバラク・オバマ上院議員の資金調達役と外交政策顧問を務めており、リンドバーグ氏は保守派の政策研究者である。このことはイデオロギーの枠を超えて連盟の設立が支持されていることを意味する。他方でカーネギー国際平和財団のカロザース副所長はこの案を否定しているが、それは民主主義国の国益は必ずしも一致しないからである。
トマス・カロザース氏は討論会でアメリカは独裁国家とも協調してゆく必要があると指摘した。対テロ戦争ではサウジアラビア、湾岸アラブ諸国、エジプトが、北朝鮮に対しては中国が、そしてイランに対してはロシアが必要になってくるという。またカロザース氏はインド、ブラジル、南アフリカのような発展途上の民主主義国は必ずしもアメリカの外交政策に同意していないと言っている。さらにヨーロッパの同盟国はアメリカほどこの案に乗り気ではないと述べている。
他方でイボ・ダールダー氏はグローバル化と相互依存の増大によって、はるか遠くの危険が自国の本土をただちに破壊するまでになり、アメリカのような強国さえこれを逃れられなくなったと主張する。また、既存の国際機関は新しい脅威に対処するために国際協調の普及には効果的でないとも述べている。しかしダールダー氏はヨーロッパ、アジア、その他の地域の民主主義国はアメリカのパートナーとなるべき国だと指摘する。さらに世界の経済力と軍事力は圧倒的に民主主義国で占められている。そのため、ダールダー氏は民主主義連盟を支持している。
トム・リンドバーグ氏も意見を付け加えた。リンドバーグ氏は「国際連合の利点はどの国も加盟できることである。その国際連盟の欠点はどの国でも加盟できることである。国連でしか効果的に対処できない問題もある一方で、国連では絶対に効果的に対処できない問題もある。どの国でも加盟できるという性質の限界が、国連での対話の性質を決定づけている」と述べている。
ダールダー氏とリンドバーグ氏が述べたように、民主主義連盟はある程度に既存の国際機関にとって代わるものと期待されている。
このイベントの最後にジャーナル・オブ・デモクラシーのマーク・プラットナー氏がNATOのグローバル化と民主主義連盟の関係を質問した。三人のパネラーは国連安全保障理事会が機能しないケースが多いことから、これを非常に刺激的な質問と答えた。しかし明確な結論には至らなかった。
カーネギー財団から出た“Is a League of Democracies a good Idea?” (May 2008)という政策レポートで、トマス・カロザース氏は民主主義諸国の意見が完全に一致しているわけでもなく、アメリカは非民主主義国とも戦略的な取り引きを行なう必要があるという理由から、民主主義連盟に反対している。しかしカロザース氏はアメリカが民主化の促進と外交政策前編で信頼を再興する必要があると認めている。また、権威主義勢力の台頭は全世界の民主主義国に深刻な困難を突きつけている。カロザース氏はアメリカは大々的なイデオロギーの吹聴よりも、パキスタンやエジプトのような権威主義的な同盟国での民主化改革の支援、国連や地域機関のような既存の多国間機関との協調による民主化の促進といった静かな信用醸成手段を通じて民主化普及政策を再興すべきだと主張している(トマス・カロザース氏の他の論文“An Unwanted League”; Washington Post; May 28, 2008も参照)。
高圧的な態度で民主化を進めれば反米感情を刺激するとカロザース氏が述べたことは正しい。問題は既存の多国間機関では新時代の課題に対応できず、そうした機関を通じて行動を起こそうにも非民主的な国に阻まれてしまうことである。
民主主義連盟が必要な理由とアメリカのリーダーシップをどのように再構築するかを理解するために、カーネギー国際平和財団のロバート・ケーガン上級研究員の論文二点とテレビ・インタビューに言及したい。現在、ケーガン氏は共和党大統領候補のジョン・マケイン上院議員の外交政策顧問を務めている。マケイン陣営のロバート・ケーガン氏もオバマ陣営のイボ・ダールダー氏もアメリカ主導の民主主義連盟によって世界規模の問題を乗り切ろうとしていることは注目に値する。
ファイナンシャル・タイムズへの寄稿(“The Case for a League of Democracies”; 13 May 2008)で、ケーガン氏は民主主義諸国の政策協調とは本来はリベラル国際主義者が考え出したもので、共和党からではないと指摘している。この案はヨーロッパでもデンマークのアンダース・ラスムッセン首相やフランスのベルナール・クーシュネル外相らから歓迎されている。ロバート・ケーガン氏は一般に広まっているような民主主義連盟が国連に取って代わるという誤解を否定する。ケーガン氏は民主主義諸国の政策協調が必要になるのは、ダルフールやコソボのような人道的な危機を前にして国連安保理が機能しない時だと言う。民主主義諸国による政策協調が新たな冷戦を引き起こすという警告主義者の見解は退けながらも、ケーガン氏は中露の権威主義と欧米の自由主義のイデオロギー上の相克はすでに起きていると指摘する。
そうであれば、我々民主主義陣営は重大化課題にどのように立ち向かうべきだろうか?ロバート・ケーガン氏は共産主義の崩壊はあったものの、冷戦終結直後の前提は誤りであったと指摘する。経済のグローバル化によって国民国家は消滅することもなく、国際政治でハード・パワーは依然としてソフト・パワーに劣らず重要である。ロシアと中国では市場経済の導入が政治改革にはつながらなかった。今日では西側民主主義と中露の権威主義、そしてイスラム過激思想と近代啓蒙主義との間でイデオロギーと地政学上の対立と衝突が起きており、国際政治の力のぶつかり合いの重要な要因となっている。権威主義とイスラム過激思想が我々の自由主義世界秩序に脅威となるに及んで、ケーガン氏は民主主義国の固い結束を主張する(“Is Democracies Winning?”; Prospect; May 2008)。
テレビ・インタビューでのケーガン氏は、権威主義勢力が民主主義の拡大に抵抗するのは自国の領内での民主主義の影響を恐れるからであると述べている。またNATO拡大に対するロシアの反対を見てもわかるように地政学も大きな要因である。ケーガン氏は自由な国々の共同戦線に賛成ながら、カロザース氏が主張するアメリカが民主主義連盟の設立過程で傲慢な印象を抱かれぬようにすべきだと意見には同意している(“A Conversation with Robert Kagan”; Charlie Rose Show; May 15, 2008)。
私はジョン・マケイン氏が民主主義諸国の団結を強く打ち出したことは良い兆候と信じている。ブッシュ政権初期の質素な外交がヨーロッパの同盟国から一種の自国中心の孤立主義と受け止められていたからである。アメリカは新しいイニシアチブでリーダーシップを再構築できるのだろうか?この案がどのように発展してゆくか目が離せない。
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