キーパーソン:共和党に新風を吹き込む有権者層
サムズ・クラブ・リパブリカン(Sam's Club Republican)
肩書き:様々
学歴:様々
アメリカ
(写真“Sam’s Club Politics”; In These Times; May 30, 2008)
今回とりあげる人物は個人ではない。しかしこのカテゴリーの最初の記事で述べたように「このコーナーでは取り挙げられる人物は名声、権力、人気や社会的地位とは関わりなく、国際政治で重要なメッセージの持ち主とする方針である」。以前の記事ではマラ・ライアソン氏の発言を引用し、マケイン上院議員が大統領候補の指名を勝ち取ったのは共和党の政治基盤がカントリー・クラブ・リパブリカンからサムズ・クラブ・リパブリカンへと移ったためだと述べた。共和党は保守の社会理念と政府による福祉への積極介入を訴えて若い労働者階級の有権者を取り込もうとし始めた。
ミネソタ州のティム・ポーレンティー知事は従来の支持層を乗り越えて共和党の支持の拡大に努めた先駆者である。ウィークリー・スタンダードのマシュー・コンティネッティ編集員はグラスルーツ志向を強める共和党について述べている(“Tooting the Horn of Pawlenty: Meet the first Sam's Club Republican”, Weekly Standard; May 7, 2007)。
コンティネッティ氏は18歳から29歳の若年層はブッシュ共和党政権に幻滅を感じていると指摘する。さらに、カリフォルニア州のアーノルド・シュワルツネッガー知事やマサチューセッツ州のミット・ロムニー元知事のように近年に成功を収めている共和党知事は保守主義をア・ラ・カルトで政策に反映させていると述べている。その場合は減税のような保守理念を強調する一方で、何らかの「リベラル」な手段を混合するだけの柔軟性がある。彼らは保守的な社会理念と労働者階級への政府の積極支援を併用した政策をとっている。
2006年の選挙で民主党が多数派となったのは、若年層がカントリー・クラブ・リパブリカンに嫌気がさして民主党の候補を選んだからである。共和党がこれを将来への深刻な打撃と受け止めたのは、若年層が将来にわたって民主党を支持しかねないからである。そうした政治情勢から、ポーレンティー氏の「サムズ・クラブの政党」というスローガンが出てきたのである。
コンティネッティ氏はこの論文を以下のように締め括っている。
ティム・ポーレンティー氏が保守主義者であることを疑うものは殆どいない。問題は「保守主義者」の定義が難しくなる一方だということである。ジュリアーニ氏、マケイン氏、ロムニー氏という3人の共和党の有力大統領候補は、こうしたグラスルーツの保守主義運動が掲げる理念に対して意見が一致しているわけではない。南部を除いて、共和党の政治家達は選挙で勝つためには政治理念を左に動かす必要があると感じ始めている。熱心な活動家の間では保守主義の定義は絶えず変化している。いずれは激しい議論の末に新時代の保守主義の定義も定まるであろう。問題は、私たちが「保守主義」と考えるものがどれだけ残されているかである。
この論文の前にアトランティック・マンスリーのロス・ドゥザット編集員とフリーランス・ライターのライハン・セーラム氏はサムズ・クラブの有権者の動向を分析している(The party of Sam’s Club”; Weekly Standard; November 14, 2005)。両氏は社会保障の民営化に見られるようなブッシュ政権の企業本位の社会経済政策を指摘している。しかし両氏とも共和党支持者の大多数は社会理念のうえでの保守主義者と政府の役割に肯定的な保守主義者で、大企業に批判的なばかりかグローバル経済から家族を守るためには政府の介入を支持している。
社会経済的な変化を反映して、共和党は男性と企業の政党から女性と家族の政党へ変わりつつある。ドゥザット氏とセーラム氏は結論として以下の提言を行なっている。
よって今日の共和党は最近になってやって来た移民の支援に乗り出すとともに不法移民労働者の流入を抑えねばならない。勤労意欲の高い貧困層には支援の手を差し伸べるとともに、働かざる者への補助金は削減しなければならない。労働者階級と生産性のある富裕層を優遇する税制を導入せねばならない。何よりも小さな政府を信奉し、政府の肥大化を極力抑えながらも苦境にありながら自らの手で生活を立て直そうとするアメリカの家族を支援するために政府の力を最大限に活かさねばならない。
その後、ロス・ドゥザット氏はこの論文内容を再検討する投稿をしている(“The party of Sam’s Club”; Atlantic Monthly; May 8, 2008)。ドゥザット氏はジョン・マケイン上院議員とマイク・ハッカビー元アーカンソー州知事が予備選でロン・ポール下院議員を上回る票を得たのは、共和党がカントリー・クラブの政党から労働者階級の政党に変化しているからだと言う。その多くは熟練労働者で、教師、ジャーナリスト、学者といった中産階級よりも経済的に豊かである。彼らは高い税金を課される福祉国家を信奉しているのではなく、家族の価値観を守るための政府介入を支持している。そして自由貿易に代表される企業本位の自由競争経済には批判的である。
大多数の上流階級と貧困層の支持を受けている民主党を破るために、ドゥザット氏は共和党が労働者階級とともに上流階級の一部の支持を得る必要があると主張する。よって共和党はサムズ・クラブの有権者ばかりでなくブッシュ政権の支持層も固めるべきだということになる。このことはマケイン氏の副大統領候補選びにも重要になるであろう。
イン・ジーズ・タイムズ誌のアダム・ドスター上級編集員は、ドゥザット氏とセーラム氏の労働者階級による保守主義によって道徳的価値観の弱い民主党への打撃になると称賛している。しかしドスター氏はドゥザット氏とセーラム氏がブッシュ政権下での社会経済的不平等について充分な分析をしていないと指摘する。アダム・ドスター氏はジョン・マケイン氏が真の労働者階級による保守主義を訴える必要があると言う("Sam's Club Politics"; In These Times; May 30, 2008)。
サムズ・クラブ・リパブリカンは今年の大統領選挙の行方を大きく左右するであろう。メディアはイラク、対テロ戦争、サブプライム・ローン問題に注目している。しかしグラスルーツの動きは今回の選挙でこうした問題に劣らず重要である。従来とは違う共和党(the Grand New Party:共和党の俗称はGOPすなわちGrand Old Partyであるため。)はアメリカ政治をダイナミックに変えてゆくのだろうか?
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<<南部を除いて、共和党の政治家達は選挙で勝つためには政治理念を左に動かす必要があると感じ始めている。
リーガン大統領は左に動いたから選挙で圧勝したのではありません。1994年の共和党は圧勝して、民主党大統領のもと、Welfare Reformを行ったのです。共和党の首脳部は左や中道を、左や中道のまま、共和党に取り込もうとしています。これが間違えです。
MikeRossTky
投稿: マイク | 2008年6月26日 06:40
共和党が左に動くだのというのはコンティネッティの引用部分ですが、実際の有権者は問題ごとに右であったり左であったりします。
またグローバル経済の進展で、かつての左右の軸も今に通用するのかという疑問もあります。労働者の保守主義は経済では「リベラル」かも知れませんが、家族の価値観など社会規範では企業経営者達よりもずっと保守本流だったりします。
はて、新しい支持層は共和党を活性化するのかどうか?
投稿: Shah亜歴 | 2008年6月27日 22:24