ライス国務長官の過去と現在
アメリカの次期政権の外交政策は好むと好まざるとにかかわらずブッシュ政権が残したものに基づくことになる。初期のブッシュ外交がどのように変化してきたかを理解することは重要である。イラク戦争への世界的な批判とロシア、中国、インドの台頭によってアメリカの優位は揺らぎつつあると議論するものも少なからずいる。最近のイランと北朝鮮への宥和は多極化衰弱論者の間では象徴的に受け止められている。
以前の記事で述べたように、イランと北朝鮮に対するアメリカの政策の変化は懸念すべきものである(1、2、3を参照)。しかし衰弱論者の見解に同意できない私は、コンドリーザ・ライス氏がワシントンに乗り込んでからの政策ニュアンスの大きな変化に注意を払うことは重要である。
ライス国務長官がフォーリン・アフェアーズに寄稿した二つの論文を検証したい。一つはジョージ・W・ブッシュ大統領の就任以前の選挙運動の期間中に書かれたものである(“Campaign 2000: Promoting the National Interest”; January/February 2000)。もう一つはブッシュ大統領が人気を全うしようとしている最近になって書かれた(“Rethinking the National Interest: American Realism for a New World”; July/August 2008)。両論文で最も重要な違いは、ライス長官がメッテルニヒ的なリアリストからウィルソン的な理想主義者に変わったことである。また、世界の安全保障をめぐる状況もクリントン政権の末期から変わった。アメリカは冷戦の脅威が去った歴史からの休暇より戻ってきた。今やアメリカは9・11事件を経験し、権威主義的な資本主義国の台頭にも直面している。
こうした違いに留意したうえで、私は過去のライス氏と現在のライス氏を比較してみたい。全体的な政策ガイドラインを見ると、過去のライス氏はアメリカの国益を明確にし、その優先順位に従って行動せよと強調している。また、過去のライス氏は「単独行動主義者」で、多国間の合意や機関への固執を批判している。ライス氏は京都議定書と包括的核実験禁止条約について中国やならず者国家に対する拘束力がない合意などアメリカの国益を損ねるだけだと主張している。人道的介入に関してライス氏は、人道的問題は人道を超えた政治的あるいは戦略的な考慮に基づかないと介入への最終決断はできないと主張する。
他方で現在のライス氏はアメリカ特有のリアリズムを強調し、リアリズムと理想主義の融合に基づいた人権と民主主義の拡大を力説している。過去のライス氏は冷徹なリアリズムによるアメリカの国益追求を重視していたが、現在のライス氏は先進民主主義国による共通の価値観と責任に基づいた連携を訴えている。イラク戦争への批判にもかかわらず、現在のライス氏は過去のライス氏よりもアメリカの理念を高らかに主張している。
また、現在のライス氏はアメリカの特別な役割を以下のように強調している。
おそらくより懸念すべきは、アメリカが国際政治でリーダーシップを発揮する能力を欠くことではなく、その意志を欠くことである。
ライス氏はネオコンに転向したのだろうか?そうとも言えない。ライス長官は理念と現実主義のバランスを理解している。
当然のことながら、我々の国益と理念は短期的には矛盾することもある。アメリカはNGOではなく、多くの国との複雑な関係を考慮に入れなければならない。しかし長期的には我々の安全保障は、我々の理念である自由、人権、開かれた市場、民主主義、法の支配の普及によって達成される。
コンドリーザ・ライス氏が説くアメリカ特有のリアリズムとネオコン思想の顕著な違いは、ロシアと中国に代表される権威主義的な資本主義国に対する政策に見られる。過去のライス氏も現在のライス氏もロシアと中国をアメリカ主導のグローバル経済に組み込もうとしている。過去のライス氏が東ヨーロッパや台湾海峡をめぐる中露との戦略的対立関係に言及したのに対し、現在のライス氏は両大国を国連安全保障理事会で特別な責任と影響力を分かち合う常任理事国の盟友と見なしている。これは自由な民主主義諸国と権威的な資本主義国との対立が不可避だと説くネオコンとは全く異なる。
過去のライス氏と現在のライス氏では重要視する政策課題にも違いが見られる。過去のライス氏はならず者体制について多くを語ったが、現在のライス氏は中東和平とイラクの安定について多くを語っている。ブッシュ政権がイランと北朝鮮に宥和的になったのは、これが理由かどうかは知る由はない。ライス長官はホッブス的な単独行動主義者からカント的な多国間主義者へと変貌を遂げた。しかしイラク戦争の正当性については一貫して肯定している。カント主義者への変身はイラク攻撃に対する謝罪の念からではない。左翼達はこの点をよく認識するとともに、開戦前の情報の誤りを過剰に喧伝するのは止めるべきである。
忘れてはならない!2000年の論文に記されているように、ブッシュ政権の外交政策はクリントン政権が残したものを引き継いだ。コンドリーザ・ライス氏は冷戦後の不確実性の時代に問題ごとの解決をしてきた外交政策をどのように改善すべきかを主張している。同様に、次期政権もブッシュ政権が残したものを引き継ぐ。メディアは不屈の海軍パイロットと中味空っぽなロック・スターの選挙戦に注目している。しかし、ブッシュ政権の下でアメリカ外交がどのように進展したかを理解することは重要である。よって、私はライス国務長官の二つの論文を精読して比べてみることを推奨する。読めば読むほどアメリカ外交とその将来に関する理解が深まるであろう。
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確かに、2つの論文をいま一度読み比べることは有益そうです。早速やってみることにします。
情勢に応じてスタンスを適合させてくるあたりが、ライス氏のリアリストとしての真骨頂なのでしょう。
日本のマスコミはライス氏が国務長官に就任した頃までは、ネオコンの強硬派扱いでしたね。「なんと不勉強な」とマスコミに呆れていた記憶があります。
投稿: 高峰康修 | 2008年7月30日 23:30
読んだ時期や人によって、両論文の比較から学ぶことは様々だと思います。どのような読み取りが正解かはありませんし。
欲を言えば2000年時点での民主党側の論文まで読むと、ブッシュ政権への評定がより深くできると思います。全世界のリベラルたちが叫ぶ「あの時ゴアが大統領なら」は、どこまで信頼できるか?
投稿: Shah亜歴 | 2008年7月31日 21:52