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2008年7月 7日

北朝鮮へのテロ支援国家の指定解除に対する日本国民のショックに一言

ブッシュ政権が北朝鮮のテロ指定国家を解除すると決断したことは日本国民に大きなショックを与えた。日本と北朝鮮は拉致問題をめぐって衝突している。日本のナショナリストは晴天のへきれきに怒り、アメリカがこれほど重要な人道問題を無視してアジア太平洋地域で最も信頼できる同盟国を裏切ったと非難している。

彼らの怒りは理解できるが、日本国民は拉致で他の問題が見えなくなってはいけない。私は日本国民が北朝鮮について「拉致問題に拉致られている」と発言した民主党の岩国哲人衆議院議員のように冷酷非情であれとは言わない。日本が国際社会との強い結束によって平壌の独裁者に圧力をかけるべきだと強く信じている。また、北朝鮮のテロ支援国家指定解除が早すぎると懸念している。

現時点で国際社会は北朝鮮の核兵器を全て廃棄させたわけではない。また、この国は非合法の麻薬の輸出や通貨の偽造といった非合法の経済活動にも従事している。こうしたことから私は北朝鮮へのテロ支援国家指定解除は早すぎると認識している。

他方で日本国民は六ヶ国協議の第一目的は北朝鮮の非核化で、様々な安全保障上の問題が絡み合っていることを忘れてはならない。よって以下のことを考慮に入れるべきである。

1・北朝鮮の非核化:

究極的に日本はアメリカと共通の国益を有している。選択を迫られれば、日本国民はキム・ジョンイルに拉致された数百人の被害者よりも日本国内にいる1億2000万の住民を守るであろう。核兵器は拉致よりもはるかに深刻な脅威を日本に与えている。日本国民にはノー・モア・ヒロシマ、ナガサキなのである。アメリカの現政権は北朝鮮をテロ支援国家から外そうとしているが、この国が全ての核兵器を廃棄したわけではない。 

2・中国との地政学的競合::

歴史的に、朝鮮半島はロシアと中国のような大陸の大国に対する防壁である。イギリスとアメリカが20世紀初頭に日本による朝鮮の植民地化を認めたのは、まさにこのためである。今回の取り決めでは中国が非常に大きな役割を担ったので、北朝鮮に対する早期のテロ指定解除で朝鮮半島での中国の影響力は強まるのだろうか?

まずコンドリーザ・ライス国務長官の論文(“Diplomacy is Working on North Korea”; Wall Street Journal; June 26, 2008)から検証したい。この論文は核不拡散の問題を中心に述べており、日本人の拉致問題や中国との地政学的な競合については言及していない。

こうした問題はあるものの、六ヶ国協議に代わる解決策はないというライス長官の主張には同意する。また、長官は北朝鮮との交渉で重要な点を主張している。

北朝鮮が国際法を犯し、核兵器に固執し、周辺地域に脅威を及ぼして対決を選択するなら、アメリカだけでなく日本も韓国も中国もロシアも黙ってはいないのは2006年の核実験の時と同じである。

北朝鮮が20059月の共同宣言に記された「全ての核兵器と現行の核開発計画を破棄する」という内容を遵守して協調を選択するなら、国際社会とは望み通りの良好で安全な関係を築けるであろう。これにはアメリカも含まれる。我々には永久の敵は存在しない。

しかしライス氏が言うように北朝鮮が本当に核兵器を放棄する意志があるか見守るべきなのだろうか?この札付きのワルは国際社会に嘘をつき騙し続けてきた。リビアと違い、北朝鮮はアメリカに対して敗北を経験していない。それどころか、以前の記事で私が述べたように1968年のプエブロ号事件でのアメリカに対する勝利を誇らしげに宣伝するような国である。

ニュー・アメリカ基金でアメリカ外交戦略部長を務めるスティーブ・クレモンス上級フェローは、北朝鮮政策の軟化の背後には政治的な抗争があると指摘する(BREAKING: Bush Administration to Ask Congress on Thursday to REMOVE North Korea from TERROR WATCH LIST”; June 24, 2008 および “Chris Hill BEATS John Bolton: Bush Declares New Track for US-North Korea Relations”; June 26, 2008。どちらもthe Washington Noteに掲載)。クレモンス氏はブッシュ政権が北朝鮮とは対話をしながらイランには圧力をかけていることに疑問を呈している。また、今回の取り決めの背後には多国間主義のハト派を代表するクリストファー・ヒル氏とネオコンのタカ派を代表するジョン・ボルトン氏の抗争があると言う。

テロ支援国家指定解除に関わる問題点を理解するために、元国連大使で現在はアメリカン・エンタープライズ研究所に所属するジョン・ボルトン上級フェローの論文2点に言及したい。ウォールストリート・ジャーナルへの寄稿(“The Tragic End of Bush's North Korea Policy”; June 30, 2008で、ボルトン氏は北朝鮮が建国以来ずっとアメリカとの重要な合意を破り続けていることに警鐘を鳴らしている。

ボルトン氏は北朝鮮のテロ指定解除がもたらす甚大な悪影響を指摘している。キム・ジョンイルが権力の座に居座り、政治的にも経済的にも最大限の利益を得るようになる。さらにボルトン氏は北朝鮮がシリアとイランというテロ支援国家の核開発計画を支援したことにも言及している。そのうえ、アメリカの同盟国で北朝鮮に自国民を拉致された日本と韓国との関係にも良からぬ影響を与えていると言う。

デイリー・テレグラフへの投稿(“North Korea Nuclear Deal with U.S. ‘Like Police Truce with Mafia’”; July 1, 2008ではボルトン氏の語調はさらに強まっている。 

北朝鮮の非核化で唯一の前進は、昨年9月6日にユーフラテス河畔で完成間近だったヨンビョンに酷似したシリアの施設をイスラエル空軍が破壊した時だけである。 

気鋭の専門家が言うように、イランや北朝鮮と交渉を行なうのは警察官がマフィアと一緒にテーブルについて法の遵守という共通の利益の追求に向けて話し合おうというようなものである。ブッシュ大統領が北朝鮮と話し合いをやろうと言っているのは政権が末期症状にあることを白日の下にさらしている。

私はジョン・ボルトン氏に賛成で、あの札付きの悪者に対するテロ支援国家指定解除は早すぎると懸念している。

他方でブッシュ政権への一方的な批判はあまり有益ではない。考えてみれば、日朝平壌宣言に基づく国交正常化を決断したのは小泉政権である。しかし小泉純一郎氏はキム・ジョンイルとの外交関係の樹立がどうして必要なのか日本国民に充分な説明をしていない。その後の政権も説明はしていないし、平壌宣言は破棄されていないのである。

技術的に言えば、日本政府はホワイトハウスよりも北朝鮮に対してハト派外交なのである。ブッシュ政権は非核化に向けた交渉をしているに過ぎない。日本の右翼達はこのことを忘れてはならない!

ともかく、核問題の交渉で北朝鮮に虚偽と欺瞞を許してはならない。核で嘘がなければ、拉致でも非合法経済活動でも嘘がなくなることにつながる。アメリカと日本の北朝鮮へのアプローチはこうした観点から批判的に検証されるべきである。

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コメント

僕も基本的には同感ですが、やはりテロ国家指定の解除はケシカランと思います。
この融和的な政策はネオコンとよばれる人達が政権から去ったことが大きいでしょう。日本の言論界のおかしなところは、あれほどネオコンを批判しておきながら、こういう事態になってもなんの反省もない。アメリカのとる政策が日本の国益にとって望ましいかまったく考えてませんね。

アメリカにとっては何も合衆国市民が拉致されたわけではありません。拉致は日本政府が解決しなくてはならない問題です。アメリカは協力しかできないでしょう。
フォークランド紛争の際にアメリカは南米諸国との関係悪化を恐れて英国の武力行使には反対でした。しかしマギー・サッチャーが外国の軍隊が英領土を占領しているのは許せないとして武力行使を辞さずだったからアメリカも英国支持になりました。
今の日本をこの例に例えるなら英国がフォークランドの奪回をアメリカに依頼しているようなものです。
アメリカに強い態度を望むなら当事者である日本自身がもっともっと強い態度をとらなければいけません。


御説にもろ手を上げて賛成。
指定解除はどう贔屓目に見ても時機尚早ですが、「拉致問題も6カ国協議の問題」とブッシュ大統領がわざわざ明言してくれているのだから、これで経済カード(日本の唯一の持ち札)が使い易くなるというものです。
先日、安保理のプレス向け声明に米国が拉致問題を入れようとして中露(とりわけ中国)に潰されたのですが、それでも一番憎いのはアメリカなのか、理解しかねるところです。裏を返せば、右翼と自負していても、究極のところでは無意識のうちに「アメリカ依存」だということなのでしょう。

アラメイン伯さん、高峰さん、

二人とも同様な趣旨のコメントなので、まとめて返答します。

本文中では指摘していなかったのですが、以前の記事で今年の4月6日のアメリカ議会レポートで拉致がテロであると記されていることに言及していました。

日テレZEROでの村尾信尚のインタビューでもこうしたことに触れて欲しかったです。それ以上に私が違和感を覚えたのは、あれでは日本国民が拉致ばかりを気にかけて核には無関心のような印象を与えかねないことです。これも仕方ないのかも知れません。メディアも「企業の論理」で動くので。個人での質問なら、もっと違ったのでしょうが、あいにく組織を代表しないとホワイトハウスなど今や入れません。

何やらロバート・ケーガンの「ネオコンの論理(Of Paradise and Power)」を思い起こさせます。どれほど死活的な核問題であろうと、大きな問題は覇権国家に任せてしまうという。

フォークランドの比喩は疑問が残ります。中南米諸国は本気でアルゼンチンを支援するよりも、紛争を早く終わらせてECとの経済関係を維持したかったでしょう。

アメリカにしても植民地時代の時代がかった問題よりも、NATOの中核であるイギリス軍(海軍にいたっては2/3)がヨーロッパを離れることを懸念したのが本当でしょう。当時は冷戦の最中でしたし。こうなったら早くけりをつけてくれというのが本音だったのでは。

これに対して北朝鮮はアメリカにとって深刻な脅威ですし、核にしてもヤミ経済にしても拉致にしても、北朝鮮が言を左右に国際社会を誤魔化してもらうものだけもらおうとしているなら由々しきことです。

そこは日本もアメリカに再確認しておくのは当然です。いずれにせよ右翼連中も本心はアメリカ依存なのは仕方ありません。フォークランドと違って日本が特殊部隊を送って拉致被害者を救出できるわけでもなく、しかも被害者がどこにいるのか全くわからないのです。

間違ってその日の食事にも事欠く貧農の家でも襲ったら、風車小屋を襲ったドン・キホーテです。

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