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2008年9月 2日

パキスタンのムシャラフ政権後はどうなるか?

パキスタンの混乱についてはベネジール・ブット氏の暗殺からほどない時期に投稿している。その後の事態の推移を記すことはきわめて重要である。パルベズ・ムシャラフ大統領への厳しい批判にもかかわらず、アメリカは対テロ戦争の重要な同盟国であるムシャラフ政権への対応でジレンマを抱えていた。外交問題評議会のピーター・バイナート研究員は、パキスタン情勢への対応を誤れば第二のイランにしてしまうと警告した。カーネギー国際平和財団のロバート・ケーガン上級研究員はパキスタンには他にも親米派の指導者がいるのでアメリカがムシャラフ氏に固執せぬようにと述べた。

その後、ムシャラフ氏は半年以上も権力の座を何とか維持し続けたものの、退陣を余儀なくされた。暗殺事件による混乱の直後、アメリカとイギリスは野党指導者のアシフ・ザルダリ氏とナワズ・シャリフ氏に対してパルベズ・ムシャラフ氏と協調してパキスタンの政治を安定させるよう促した(“Coming to Terms”; Economist; February 28, 2008)。

しかしムシャラフ氏の強権支配はザルダリ氏とシャリフ氏による大統領弾劾を呼び起こした。ムシャラフ氏は自身が10月の選挙で軍人の身分のまま大統領に就任したことを無効だとしたイフティカル・ムハマンド・チョードリー最高裁判事を罷免した。ザルダリ氏とシャリフ氏は憲法などものともしないこうした態度を非難し、大統領の辞任を要求した。

英エコノミスト誌は「パルベズ・ムシャラフ氏の退陣は西側同盟諸国にとって、つまずきではなく大きなチャンスだ」と主張している(“Another Bushman down”; Economist; August 21, 2008)。ムシャラフ氏がリベラルでも政教分離でもないのは、9・11以前にはタリバンを支持していたことからわかる。さらに重要なことに、ムシャラフ氏が選挙を経ずに大統領に就任したことは民主的な正当性で問題があり、パキスタンとアフガニスタンでの対テロ戦争での障害となっている。実際にブット氏の暗殺直後に国際危機グループはムシャラフ氏の辞任とパキスタンで憲法の支配の復活を勧告している(“After Bhutto's Murder: A Way Forward for Pakistan”; Asia Briefing; 2 Jamuary, 2008)。

ムシャラフ大統領の後継選挙は9月6日に行なわれ、主として故ベネジール・ブット首相の夫であるアシフ・ザルダリ氏とムシャラフ氏による1999年のクーデターで首相の座を追われたナワズ・シャリフ氏の間で争われる。次期大統領候補達はテロリストが跋扈する国を救えるのだろうか?

選挙について語る前に、パキスタンの政党について簡単に言及したい。外交問題評議会のジェイシュリー・バジョリア記者の記事が基本事項の解に役立つ(Pakistan's Institutions and Civil Society”; Backgrounder; August 25, 2008)。

パキスタン人民党(Pakistani People’s PartyPPP

アシフ・ザルダリ党首。ベネジール・ブット氏の父であるズルフィカル・アリ・ブット首相が1967年に設立した中道左派政党。社会主義インターナショナルに加盟

パキスタン・ムスリム連盟ナワズ派(Pakistan's Muslim League-NawazPML-N

ナワズ・シャリフ党首。イギリス統治下でパキスタン建国の父モハマド・アリ・ジンナーにより設立されたムスリム連盟を起源とする。1999年に当時のナワズ・シャリフ首相が追放されると、PMLはナワズ派と親ムシャラフ政権のカイド・エ・アザム派(PML-Q)に分裂。

ムシャラフ政権後のパキスタンの動向を見据えるために、パキスタンの政治学者がウルドゥー語とペルシア語で「国の友」を意味するワタンドストと題したブログに言及したい。このブログはハーバード大学ケネディー行政大学院のハッサン・アッバース研究員が運営している。アッバース氏は民主的な指導者のベネジール・ブット氏と軍事独裁者のパルベズ・ムシャラフ氏の両政権で公務に従事した経歴の持ち主である。

インターナショナル・ヘラルド・トリビューンへの投稿で、最近のザルダリ・シャリフ連合の崩壊にもかかわらずパキスタンはムシャラフ政権後の混乱を乗り越えるとアッバース氏は述べている。パキスタンは民主的制度によって独裁政治よりもうまく国政を運営できるであろうし、アッバース氏は欧米が民主化の動きを辛抱強く支持するよう主張している。

考えてみれば、冷戦期のアメリカは権威主義的あるいは腐敗した独裁政権に寛容であった。対テロ戦争ではアメリカの理念の普及が重要な課題である。パキスタンはそうした政策変更の典型的な事例である。

他方でパキスタン国民も忘れてはならないのは、過去に軍事クーデターをしばしば招いたのは議会政治家が無能であったからである。ドイツのワイマール民主主義と日本の大正デモクラシーが崩壊したのも同様な理由からである。ムシャラフ政権後の指導者は同じ誤りを繰り返してはならない。さもないとパキスタンはアル・カイダやタリバンのような過激派の手に落ちてしまう。

パキスタンの次期政権は対テロ戦略と国民の自立支援(エンパワーメント)で欧米と緊密に協力しなければならない。

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