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2009年6月17日

イランの解放に冷淡なオバマ政権:一体、カイロ演説のどこが賞賛に値するのか!

イランは6月12日の大統領選挙を経て混乱状態にある。これは革命からイランの政情が改善していないことを示す。イランはテロ支援と核兵器開発の誇大妄想から国際社会の問題児となっている。明らかに現在の神権政治の下でのイランはシャーの時代よりも酷い統治が行われている。こうした事態にもかかわらず、バラク・オバマ大統領はあの世界に名高いカイロ演説でCIAによるクーデターで当時のモハメド・モサデグ首相を政権から放逐したことを謝罪した。

不思議なことに、オバマ大統領は正当な反共クーデターを非難しながら、マフムード・アフマディネジャド氏に反対する民主化運動には冷淡な態度を示すだけである。

ここでイランの歴史を振り返りたい。1952年から1953年にかけてのアングロ・イラニアン石油紛争で、モサデグはソ連への接近をはかった。冷戦の政治力学からすればこうした行動は受け入れられない。イランが共産主義勢力の手に落ちてしまえば、ペルシア湾周辺の全地域の安全保障が脆弱になってしまう。アメリカがイギリスを支援して共産主義勢力の拡大を阻止したことは正しい。アメリカが当時は二度目の首相の座にあったサー・ウィンストン・チャーチルと手を組んだ時は、常に世界の良心を代表したことを忘れてはならない。中西部出身の田舎弁護士だったハリー・トルーマンが世界を代表する本物の政治家になったのは、チャーチルの「鉄カーテン演説」を受け入れてからである(救世主オバマにこのような素晴らしい演説ができるだろうか?)。また中東でのナショナリズムの高揚も抑えておく必要があった。サダム・フセインはスエズ危機でのガマル・アブデル・ナセルに触発された。クウェートに侵攻したサダムは自らをイギリス支配下にあったスエズ運河を国有化したナセルに重ね合わせていた。モサデグはナセルのように危険なナショナリズムを触発しかねなかった。

1970年代末の経済危機まで、イランはシャーの下での近代化を謳歌していた。クーデターによってイランが反欧米化したというのは完全に誤っている。パーレビ時代には多くのイラン人が喜び勇んでアメリカの大学に留学した。アメリカと他の西側諸国に留学したイラン人達が政府、軍、財界のトップを占めた。オバマ氏がカイロ演説で述べたこととは逆に、これは当時のイランで親米気運が広まっていた証拠である。

世界中に賞賛されているカイロ演説でのオバマ氏の発言に関して、ワシントン・ポストでコラムニストを務めるチャールズ・クローサマー氏は大統領がアメリカ側を不当に非難していると批判している(“Obama Hovers From on High”; Washington Post; June 12, 2009)。ロバート・ケーガン氏が述べるようにバラク・オバマ氏はウィルソン的な理想主義者かも知れない(“Woodrow Wilson's Heir”; Washington Post; June 7, 2009)が、こうした理想主義もアメリカならではの正義に自信を持てなければ外交にマイナスである。クローサマー氏はアメリカがクーデターによって民主的に選ばれたモサデグを放逐したことによって1979年のアメリカ大使館占拠事件とテロ支援が正当化されるわけではないと主張する。私はこの主張に同意する。クローサマー氏はその投稿でオバマ大統領のカイロ演説はイスラムと欧米の衝突に関しては極端にイスラム過激派に寛容だと指摘する。これはメディアがひれ伏して礼賛するその演説を理解するうえで重要な点である。

大統領選挙を前にフォーリン・ポリシー誌はウェブ上で特集を組み、選挙に絡んだ腐敗と混乱を予測していた。カーネギー国際平和財団のカリム・サドジャプール研究員は、この選挙がテヘラン対地方の争いだと記した。信頼できる出口調査もない状況では結果の予測は難しく、国際メディアは地方の声を見落としがちである。最終的には選挙を経ていな聖職者達が勝者を決定するので、事態は2000年のアメリカ大統領選挙でのフロリダの票のように結果をめぐって議論を呼ぶようになる(“Why Iran '09 Could Be Like Florida '00”; Foreign Policy, June 2009)。ドイツのディ・ツァイトとシュピーゲル・インターナショナルに寄稿しているキャメロン・アバディ記者は現在の選挙を1979年にシャーを追放した革命になぞらえている。マフムード・アハマディネジャド氏でもミール・ホサイン・ムサビ氏でも、大統領に選出されれば保守派と改革派の対決を反映した反対勢力からの激しい抵抗を覚悟しなければならない"Iran's New Revolution"; Foreign Policy; June 2009)。

これがイランで次の革命が起きる前兆なら、アメリカは介入すべきなのだろうか?1979年の革命の際には当時のジミー・カーター大統領は過激派聖職者を食い止めるための手段を何一つ講じなかったので、アメリカはイランを失ってしまった。ウィリアム・クリストル氏はオバマ大統領が本当に民主主義の理念に忠実であるなら、どうしてアメリカのソフト・パワーを行使しないのかと疑問を投げかけている(“Kristol: Where's the Soft Power?”; Weekly Standard Blog; June 14, 2009)。ジミー・カーター氏は教育水準の高い親西欧派の将軍達が狂信的で反西欧的な聖職者達に対して立ち上がることを支援しなかった。その結果はあまりによく知られている。バラク・カーター・オバマ氏は民主化を求めるイラン人を支援せず、狂信的な聖職者達がこの国を支配し続けることを認めるのだろうか?

ジョン・マケイン上院議員はオバマ大統領に選挙の腐敗と不正を問い質すように要求を突きつけている(“Obama refuses to 'meddle' in Iran”; BBC News; 17 June 2009)。その通り、これぞアメリカのソフト・パワーの使い方である。

カイロ演説での救世主によるご神託を聴いて感動した人達は考え直すべきで、イラン危機は若く素晴らしい大統領を判断する本物の機会である。大統領は今や試されている。バラク・カーター・オバマ氏はジェームズ・アール・カーター氏と同じ過ちを犯すのだろうか?

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