日本国民のキュートなHOPE OF THE CHANGE
昨日の日本の衆議院総選挙は世界で今年行なわれた大きな選挙では、インドとアフガニスタンに続いて3番目である。まるでこのビデオの若い女性か秋葉原のアニメさながらのキュートなHOPE OF THE CHANGEが国民全体に広く行きわたったおかげで、民主党は地滑り的な勝利を収めた。しかし事態はそれほど愛らしくも楽観的でもない。第一に、在京のアメリカのロビイスト達が懸念を示したように、新人議員の大量当選でこれまでのロビー人脈が崩壊してしまった。第二に、中道左派で親アジアの鳩山由紀夫氏が政権を担うとあっては日米関係と日欧関係にも微妙な影響が及びかねない。第三に、民主党は国家統治の能力を証明しきっていない。市場は日本民主党を信頼しておらず、選挙後にほどなく株価が下落した。
昨日の総選挙報道でNHKのインタビューに応えた石破茂農林相は、有権者が自民党より民主党を選んだのは古い政治への閉塞感からで、民主党のマニフェストを全面的に信頼したわけではないと述べている。
率直に言えば、私は政権交代そのものには反対しない。議会制民主主義なら当然のことである。私が懸念するのは民主党が480議席の内で308議席を獲得したという圧勝についてである。議席配分のバランスが悪いと日本の政治は権威主義的で劣悪な統治に陥ってしまいかねない。新人議員の多くは政治とは無縁で、中には明らかに私より能力がない者もいる!このような国会に信頼を置くことができるだろうか?
日本の有権者が民主党に史上かつてない勝利を許した主な理由は小泉政権下での改革への反動である。郵政民営化に代表される経済の規制緩和によって、社会、経済、地域開発での格差が広がった。世界的な不況は自民党への怒りに追い討ちをかけた(“FACTBOX: Policy challenges facing Japan's next government”; Reuters; August 29, 2009)。
しかし新政権にはキュートな有権者が期待するような経済再建の青写真はないように見受けられる。市場は公共支出を増額する一方で減税と官僚機構の力を抑えるという民主党の経済政策を信用していない。選挙の直後に株価が下落した(“Yen Strengthens, Japanese Stocks Drop After DPJ Wins Election”; Bloomberg News; August 31, 2009)。
外交政策では日米同盟が最重要課題であることに変わりはないが、何らかの変化はあると思われる。鳩山氏はアメリカからの自立を模索する一方で、アジアとの関係強化を考えている。日本の「ボイス」という政治誌の9月号で鳩山氏は「世界の覇者としての地位を守ろうとするアメリカと大国としての地位を求める中国との間に挟まれた日本が政治経済的な自立を維持して国益を守るには、どうすればよいだろうか?」と問いかけている。これは日本外交の二大支柱である対米関係と対欧関係を損ないかねない(“Japan's Ruling Party Swept From Power in Historic Election”; ABC News; August 30, 2009)。民主党はさらにアメリカ海兵隊のグアム移転に対して日本が資金を拠出することにも批判的である (“Will Japanese Power Shift Change U.S. Relations?”; NPR; August 30, 2009)。
他方で右から左にいたるアメリカの政策形成者達は自民党と競合して政権を任せても安心できる政党が誕生したとして、この政権交代を受け入れている。自民党は長く安定した日米協調に貢献してきたが、市場開放に向けた改革の遅れと見返りもなくアメリカの核の傘に頼るだけの消極的な態度は数十年にわたってアメリカ側の不満となってきた(“U.S. Poised for Change as Tokyo Leadership Shifts”; Wall Street Journal; August 31, 2009)。
確かに自民党支配の下での日米関係の全てが好ましいとは言えない。強大な官僚機構はウォール・ストリート・ジャーナルの記事が述べるような世界の中での日本の積極的な役割には障害となってきた。一般国民に広がるキュートなHOPE OF THE CHANGEが全面的に悪いわけではない。
私が懸念するのはバランスである。実際に小泉政権下の郵政民営化選挙では自民党からおかしな候補者が群れをなして当選したことに不快感を覚えた。今回の選挙での民主党の勝利は小泉劇場のパクリである。これから政治の振り子が急激に振れるだけで充分に満足な結果を得られないなら、欧米先進諸国にとってもアジア太平洋諸国にとっても大きな損失である。東洋と西洋の間の巨人は岐路に立っている。
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小泉郵政選挙との違いは、マスコミ対策の有無だと考えます。郵政選挙の場合は、飯島秘書官の手によりマスコミ対策が行われましたが、今回の郵政選挙の場合は、結果的にマスコミ側が率先して民主党のキャンペーンを行ったきらいがあると考えます。
偽メール問題などで、民主党はマスコミ対策の不十分な点を露出したこともありますし、今後が気になります。
投稿: 木村一尭 | 2009年9月 2日 17:12
マスコミ対策より党内、連立内閣内の結束が乱れる懸念はありますが、ここで二大政党が定着するのが良いのか?それとも自民党も民主党も分解してさらなる政党の再編成が進んでくれるのが良いのか?
できれば両党がもう少し拮抗して欲しかったです。
投稿: Shah亜歴 | 2009年9月 2日 21:18