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2010年1月 4日

新年への問いかけ:岐路に立つ資本主義

67649138_w5kniswi 謹賀新年!東洋の干支によると今年は寅年である。直前の記事で述べたように、今年は波乱に満ちた年明けとなる。年頭に当たって、グローバル資本主義について以下の問いかけを行ないたい。一つは資本主義と倫理について、後一つは資本主義への移行と自由な社会についてである。

まず資本主義の道徳的側面について述べたい。社会経済的な不公平の拡大と21世紀初頭の世界経済危機のため、国際世論は欲深な資本家に批判的になっている。中にはミハイル・コドルコフスキー氏や堀江貴文氏のように「稼ぐが勝ち」といった傲慢な発言をする財界人も現れた。しかしこのような私欲に基づく利潤追求は近代資本主義の価値観ではない。

資本主義の道徳的な基盤を築いたのはジャン・カルビンである。歴史を通じて商人は尊敬されなかった。近代になるまでは貴族、武人諸侯、僧侶が社会を支配し、彼らは商人の利潤追求をあからさまに軽蔑した。ヨーロッパ、イスラム世界、インド、中国、日本にいたるまで、商人は社会のヒエラルヒーで低い地位を占めた。プラトンは国家の指導者の資質として哲学を重視し、商業を軽視した。

ジャン・カルビンが予定調和説と神から与えられた職業への献身を主張してはじめて、商業活動は神と社会全体への奉仕となったのである。商業活動はもはや私欲のための利潤追求ではなくなり、それによってブルジョワ革命で貴族支配の体制を打破できたのである。アダム・スミスはカルビン主義の倫理に基づいて市場システムのメカニズムを説明したに過ぎない。ジャン・カルビンこそが近代資本主義の父なのである。

堀江氏やコドルコフスキー氏は自分達の事業で巨大な富を築けるほど明晰な頭脳の持ち主だったかも知れないが、近代資本主義の倫理を理解していなかった。堀江氏は東京大学の出身かも知れないが、所詮は中退者である。彼がこのことを見落として芸能人相手のドンチャン騒ぎに大金を費やしたのは何の不思議もない。ともかく今日の資本家はしばしばカルビン主義の倫理観を忘れている。

世界各地の政策形成者達は資本主義のメカニズムの修繕に躍起だが、カルビン主義の道徳的価値観に確固と基づいたものでなければそうした方策はほとんど無意味である。

第二の問いかけは資本主義への移行である。昨年秋にベルリンの壁崩壊20周年記念式典が行なわれた。しかし東ヨーロッパと旧ソ連諸国の中には共産主義崩壊後に困難に直面している国もある。ヨーロッパ連合への新規加盟国ではルーマニアのように経済、開発、社会の透明性といった観点でヨーロッパの基準に追いつくうえで厳しい事態に直面している国もある。将来の加盟を希望するウクライナのような国は腐敗防止対策でヨーロッパの水準に達することができていないので、まだEUに加盟できない。さらにロシアと中国では反欧米のカルト・ナショナリズムが猛威をふるっている。

今日の資本主義は岐路に立っている。ジャン・カルビンによる道徳的基盤の再評価がなされねばならない。さらに資本主義への移行にある国々にもっと注意を払わねばならない。さもないとカルト・ナショナリズムによってそれらの国々はかつての権威主義体制に逆戻りしてしまうだろう。

写真:ライガー、まさにスーパー・タイガー!混血のため、両親よりはるかに巨大でパワーのある体躯となる。虎の年が明けましておめでとうございます。

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