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2010年4月29日

オバマ氏の謙虚で温和なアメリカに異議あり

今年の1月より政策形成者達はオバマ政権の業績について議論を続けている。11月には中間選挙を控えており、オバマ外交の1年を語ることは非常に重要である。

大統領選挙からほどなくして、カーター政権のズビネフ・ブレジンスキー国家安全保障担当補佐官は、新任のバラク・オバマ大統領の下で世界の中でのアメリカのイメージは改善するだろうと述べた。これはある意味では正しい。前任者のジョージ・W・ブッシュ氏の「アメリカの敵か味方か」というやり方に嫌悪感を抱いた者にとって、オバマ氏は長らく待望された救世主と思われている。しかし国際世論を動かすオピニオン・リーダーでも特にリベラル、左翼、あるいは本来なら反米であったような陣営から人気が高いからというだけでオバマ外交を称賛してはならない。

外交政策イニシアチブは“Foreign Policy 2010” と題する報告書を発行し、オバマ政権下でのアメリカ外交に評価を下している。このレポートでは基本的政策アプローチ、対テロ戦争、中東、ロシア、中国、国防、そして人権といった広範囲の問題を分析している。

このレポートの冒頭で、外交政策イニシアチブはオバマ政権の1年間の外交政策を総括している。最初に掲載された“FPI Analysis: President Obama's Foreign Policy, Year One” (p.8 ~ p.14)と題する論文で、外交政策イニシアチブはオバマ大統領がイラク駐留兵の撤退期限の延長とアフガニスタンへの追加派兵という正しい決断を下したと述べている。しかし バラク・オバマ氏は自らの外交政策をアメリカの衰退を必然と考える人達に迎合させ、アメリカの軍事力(二つの戦争を同時に行なう能力)、自由民主主義諸国との同盟、そしてアメリカの理念の普及を軽視している。

中東に関しては、オバマ大統領はこの地域でのアメリカの役割に関する見方を急激に変える姿勢を見せた。オバマ氏は1953年にイランのモサデグ首相を政権の座から引きずり降ろしたクーデターへの謝罪を述べたばかりか、昨年6月の民主化運動にもかかわらずイランの現体制を尊重するとまで言い放った。FPIのロバート・ケーガン所長は、イランはオバマ氏のメッセージをアメリカが自由を求めるイラン国民を支持しないという意味だと理解してしまうと批判している(”Obama's Year One: Contra”; World Affairs; January/February 2010)。

中東だけが問題ではない。ケーガン氏は同じ論文で、ロシアや中国との対話路線はNATO諸国、日本、オーストラリア、韓国、フィリピン、インドとの同盟関係の比重を低下させてしまうと辛辣に論評している。昨年11月にオバマ氏が中国を訪問した際には人権問題を取り上げなかった。“Nuclear Showdown: North Korea Takes on the World”の著者であるゴードン・G・チャン氏北京の冷徹で実利本位の指導者達は我々が人権問題で強く出なかったことは弱さの象徴だと受け止めている。我々が弱いと思われてしまえば、彼らが協調する理由はなくなる。よって、人権の普及はアメリカの安全保障につながる。」と述べている(“Obama’s Fundamental Misconception”; National Review Online――The Corner; November 23, 2009)。ロシアに関してワシントン・ポストのチャールズ・クローサマー論説員は、旧ソ連及び東ヨーロッパ諸国でのオバマ氏の宥和政策は、クレムリンがこの地域を正当な「勢力範囲」と信じている現状では非生産的だと主張する(“Debacle in Moscow”; Washington Post; October 16, 2009)。

“Foreign Policy 2010”の最初に掲載された論文に記されているように、アメリカが弱いと見られてしまえば世界各地での宗教的狂信主義と権威主義は勢いを増すであろう。バラク・オバマ氏を今世紀のジミー・カーターと見なす意見がかなり強いことは何ら不思議ではない。 

世界各地での現在の課題と危険に鑑みて、アメリカン・エンタープライズ研究所のトマス・ドネリー常任フェローとゲーリー・シュミット常任研究員は、F22ラプター戦闘機、海軍力、宇宙・ミサイル防衛計画の急激な縮小によって制空、制海、科学技術でのアメリカの優位が揺らいでしまうと深刻な懸念を述べている(“Obama and Gates Gut the Military” Wall Street Journal; April 8, 2009)。

プリンストン大学生のクリスティナ・レンフォ氏が述べているように、「大統領は自分の人気の維持を究極の目的とすることはやめて、果断な決断を下すべきである。それで国際社会の中に失望する者が出るとしても」である(“A Paradoxical Burden: Obama’s Popularity Abroad”; Princeton Student Editorial――American Foreign Policy; 15 February, 2010)。

恐るべき多くの国際市民がオバマ氏の提唱するチャーミングな白昼夢にとり憑かれているが、ジョン・ボルトン元国連大使は冷戦期から冷戦終結期にかけてアメリカの安全を守ってきたオーソドックスな戦略思考に敬意を払わぬオバマ氏を非難している。オバマ氏はロシアとの新STARTは核なき世界に向けた大きな一歩だと高らかに主張するが、核削減を行なってもイランと北朝鮮が核計画を廃止する動機付けにはならない。ボルトン氏はさらに、ロシアの経済事情からすれば最終的にはクレムリンはアメリカとの核均衡を追及できなくなるので、戦略兵器協定は不必要で拙速だと主張している。また、ボルトン氏はロシアがアメリカのように「世界の警察官」の役割を担っていないことに指摘している。ジョン・ボルトン氏は「大統領は(一般教書)演説で国家安全保障に関して何も述べなかった方が良かったのではないか」と厳しい文言でこの論文を締め括っている(“More Mr. Nice Guy”; Weekly Standard; February 8, 2010)。ボルトン氏がオバマ氏をミスター・ナイスガイとまで皮肉を込めて呼ぶのは当然である。オバマ大統領がプラハとカイロで行なった演説はナイーブな国際市民には非常に心地よく響くが、中味は全くない。

何と言ってもバラク・オバマ氏が就任するまでのどの大統領も大統領候補も、アメリカ衰退論がもたらす結末に何の考慮も払わずにそうした議論を躊躇なく受け入れる者はいなかった。日高義樹氏が自らの著書「不幸を選択したアメリカ」で述べた通り、オバマ氏はアメリカの価値観に自信を持てないのかも知れない。オバマ氏の謙虚で温和な外交は批判的な観点から検証される必要がある。

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