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2010年5月 3日

イギリスの選挙と大局的国家観

イギリスは5月6日に総選挙を控えている。自由民主党の躍進によって、ラムゼー・マクドナルド政権が1924年に成立して以来続いてきた保守党と労働党の二大政党体制が変わるかも知れない。現在、この選挙の世論調査からは熾烈な競争が予想され、保守党が他の党より若干優位にある(“State of the Race for 30 April”; LSE Election Blog; 30 April 2010)。この選挙の全体像を述べた後に、外交及び国防政策を中心に語りたい。また、テレビ討論では各党党首が言及しなかった重要な政策案件も論じたい。

まずこの記事に掲載された英国エコノミスト誌4月30日のポド・キャストを聴いてみよう。4月29日の公開討論は殆ど経済に関するものであった。エコノミスト誌のアンディー・ミラー政治編集員は、ゴードン・ブラウン首相は全英のテレビ視聴者を印象付ける経済政策を示せなかったと述べている。

「チェンジ」が重要なテーマとなったので、首相は対立候補のデービッド・キャメロン氏と支持を拡大する自由民主党のニック・クレッグ氏の影にかすんでしまった(“Bagehot: The last days of Gordon Brown”; Economist; April 29, 2010)。

首相は有権者に印象を残せなかったかも知れないが、トニー・ブレア氏とゴードン・ブラウン氏が政権を担った労働党内閣の13年がどのようなものかを見極める必要がある。グローバル経済の中での情け容赦ない競争の下で、労働党政権は経済的平等と市場資本主義のバランスをとって社会的公正を追求した。保守党と実業界の批判はあったが、最低賃金法案によって貧困層が救われた。学校、病院、雇用センターといった非効率的な公共部門は、民間資金調達の導入で改善された。他方でブラウン政権下では政府債務の総額は急激に増大した(“Labour's record: Things could only get better”; Economist; April 29, 2010)。

イラク戦争は国民的な論争を呼び起こしたが、労働党政権であれ保守党政権であれ、イギリスがサダム・フセインを攻撃したことに変わりはない。それなら、なぜ今が政権交代の時期なのだろうか?

まず、財政赤字がGDP116%という恐るべき水準に達してしまった。ブラウン氏は公共サービスでのブレア氏の改革を逆行させてしまった。世論調査で驚異的な支持率の伸びを示した自由民主党だが、政策については労働党よりも左寄りである。国防では自由民主党はイギリスが持つ唯一の核抑止力であるトライデント・ミサイルの廃棄を主張している。経済ではキャピタル・ゲインへの課税を50%まで引き上げるという労働党以上の税率を掲げている(“The British election: Who should govern Britain?” Economist; April 29, 2010)。

英国エコノミスト誌が三人の中でデービッド・キャメロン氏を選ぶのは理解できる。問題は、選挙での議論が短期的で身近な課題で占められたことである。しかし首相を選ぶ選挙ともなれば、長期的で大局的国家観を問う課題もこれに劣らず重要になってくる。

現在、イギリスは対テロ戦争、核兵器の拡散、アジア諸国の製造業の成長など、世界から新たな課題を突きつけられている。よって、外交政策についても掘り下げた議論が必要不可欠である。ロンドン・スクール・オブ・エコノミックスの教授陣は三人の候補者の外交政策について手短に論評している。EUに関しては、EU政治が専門のサラ・ヘイジュマン講師がヨーロッパ統合懐疑派のキャメロン氏に対して統合推進派のブラウン氏とクレッグ氏の間の見解の相違に言及している。ヘイジュマン氏はキャメロン氏が抱くブリュッセル官僚機構への不信感は有権者も共有していると言う。他方でクリス・ブラウン教授とレアンドロ・カレーラ研究員は、ハト派のクレッグ氏に対して実利的な視点を持つブラウン氏とキャメロン氏の間では基本的な政策での食い違いがあると語る。自由民主党のニック・クレッグ氏はトライデント・ミサイルの廃棄と国防費の大幅な削減を主張している(“Second Debate – International Affairs: What our Experts said”; LSE Election Blog; April 23, 2010)。

アフガニスタンは緊急の国防問題である。クリストファー・コーカー教授はアメリカ主導の多国籍軍がタリバンの追放とネーション・ビルディングの支援に成功したと言う。しかし最終段階の「政情安定の可能化」についてはNATO内部でも見解が一致しないと言う。イギリスはソマリアやイエメンでも対テロ戦争に参加すると思われるので、コーカー氏は戦争目的をもっと明確化する必要があると言う。いずれにせよ、テロリストに自らの力を見せつけて自国の安全を保つことは、イギリスの国益に重要である(“The Conflict in Afghanistan”; LSE Election Blog; April 20, 2010)。大西洋同盟はこの点から理解される必要がある。

イギリスの大局的国家観を考えるうえで、外交と国防だけが唯一の問題ではない。BBCのスーザン・ワッツ科学編集員はどの候補者も討論では科学政策について述べなかったと指摘する。ワッツ氏は王立化学協会のリチャード・パイク会長の発言を引用し、科学は一国の経済成長にも保健や環境水準の向上にも重要だと述べている(“Let's talk about science”; BBC――Newsnight; 29 April 2010)。

私はワッツ氏の主張に賛成で、先進国が急成長するアジア新興諸国に対して圧倒的に優位にあるのは科学であることを強調したい。また、イギリスやアメリカ、日本などは国際公益のためにも科学で指導力を発揮することが望まれる。

デービッド・キャメロン氏は次期首相の最有力候補だが、イギリスという国の運営で大局的国家観を持っているのだろうか?公開討論では議論されなかった重要な政策課題もある。イギリスの次期首相に注目しよう。

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