9・11コーラン焼き討ちの背景を探る
9・11テロ攻撃から9周年の記念日はコーラン焼き討ちの騒ぎにみまわれた。それはバラク・オバマ大統領がグランド・ゼロ付近にモスクの計画を許可したことへの抗議である。確かに9・11攻撃によってアメリカ国民の間での反イスラム感情が高まったので、国民全体が惨事のトラウマからいまだ覚めやらぬ時期に物議を醸すような許可を与えたことは、政治的な誤りだと私は考える。
しかし、事態は反イスラム感情を超えてオバマ政権への不信感に根ざしていると私は考える。ティー・パーティー運動に見られるように、グラスルーツの保守派はオバマ氏の経済および健康保険政策によって市民生活への政府の介入が「過剰」になると批判している。保守派の勢いは、ティー・パーティーがなくても強まっている。USAトゥデーとギャラップが最近行なった世論調査によれば、「民主党員の59%、共和党員の55%、無党派層の50%がオバマ政権の成立によって共和党が保守化したと答えた」ということである(Poll: GOP more conservative but not because of the 'tea party'; Los Angels Times; September 17, 2010)。人種やイデオロギーの壁を超えた国民の団結を訴えた有名な演説を行なったオバマ氏が大統領に就任したことで、アメリカの分裂が深まるとはなんとも皮肉である。コーラン焼き討ちとティー・パーティー運動は「オバマ・ディバイド」の氷山の一角に過ぎない。
ヨーロッパの福祉国家と違い、アメリカはジョン・ミクルスウェイト氏とエイドリアン・ウールドリッジ氏が共著で記しているように“Right Nation” である。アメリカでは保守派の運動は根強いものがある。両著者はイギリス人としての立場からアメリカとヨーロッパの保守派の政治基盤を比較し、アメリカの保守派はグラスルーツのネットワークでも権威のあるシンクタンクでもはるかに強い基盤を築いていると述べている。バラク・オバマ氏はそうしたRight Nationとは水と油のような存在なのである。
オバマ・ディバイドは外交政策でも強まっている。メディアの中にはオバマ氏のプラハ演説とカイロ演説をブッシュ氏のカウボーイ外交からの決別として歓迎する者もあるが、保守派の論客達はアメリカの指導的地位を謝罪するかのようだとして両演説を批判している。APECシンガポール首脳会議で、オバマ氏はアメリカが中国の台頭を歓迎するとまで述べた。オバマ氏はイラクでの米軍戦闘任務終結演説で見られたように、自らのリベラル思想と大統領の職責をうまく整合させようとしているが、保守派と中道派が大統領の「非アメリカ性」に向ける疑念を宥めることは容易ではない。コーラン焼き討ちによって、国民の間に深く根ざしている感情が表面化することになった。
焼き討ちの背後にある現実を理解するには、オバマ大統領のバックグラウンドを検証する必要がある。大統領が保守派にも受け入れられる選挙基盤から出ていれば、過激派キリスト教徒もコーラン焼き討ちを止めていたであろう。ハドソン研究所の日高義樹訪問研究員は、自らの著書「不幸を選択したアメリカ」でオバマ氏と過激左翼の間の「暗黒の人脈」について記している。ニューヨーカーは表紙にオバマ夫妻がタリバンの衣装を着た有名な挿絵で物議を醸したが、それはアメリカ国民が心底でオバマ氏に抱く疑念をまざまざと見せつけた。実際に、ブッシュ政権期には焼き討ちのような野蛮な行為は起きなかった。
私はこのような中世さながらの非文明的な暴虐を決して支持しない。アフガン戦争でもイラク戦争でも対テロ作戦の重要な同盟国の指導者達の中でも、イギリスのトニー・ブレア元首相とNATOのアナス・フォー・ラスムッセン事務局長がコーラン焼き討ちを非難した。ブレア政権のイギリスはアメリカ主導の対テロ戦争では最大の貢献をしている。ラスムッセン氏はデンマーク首相在任時にイラク戦争を積極的に支持した。さらに、現在アフガニスタンで戦争指揮に当たっているデービッド・ペトレイアス陸軍大将も焼き討ちを非難した。しかし特定宗教への狂信的な嫌悪感の背景を探るうえで、私はオバマ・ディバイドへの注目を訴えたい。
AFL-CIOの調査によれば、オバマ氏はかつて最もリベラルな上院議員であった。「過激左派」のオバマ氏がRight Nation を統治できるのだろうか?中間選挙はオバマ・ディバイドに評価を下す重要な機会である。アメリカは誤った大統領を選んでしまったのだろうか?それが重要問題だ
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