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2010年10月21日

ホワイト・ハウスは「ポスト・アメリカ」外交をやめられるか?

バラク・オバマ氏は大統領に就任してからというもの、アメリカの大統領ではなくまるでポスト・アメリカの大統領のような外交姿勢をとってきた。それはジョージ・W・ブッシュ氏の単独行動主義のアメリカから、ズビネフ・ブレジンスキー氏の言う好かれるアメリカCHANGEすることしか念頭になかったのではないかと思われた。私が一貫してオバマ政権に批判的であったのは、これが大きな理由である。

しかし、帝政時代の野心を取り戻したロシア、平和的な台頭をする中国、核拡散に手を染めるイランと北朝鮮といった危険の増大により、ブルッキングス研究所のロバート・ケーガン上級研究員は、任期の後半に入るオバマ政権はアメリカの立場をより強く主張するようになるだろうという興味深い論説を記している。ケーガン氏は第二段階に入るオバマ政権は、第一段階での大国間の協調路線と方向性も定まらないG20による政策協調から転換し、民主的な同盟国との関係を重視するようになると述べている(“America: Once engaged, now ready to lead”; Washington Post; October 1, 2010)。ヒラリー・ロッダム・クリントン国務長官が昨年行なった演説(“Clinton: U.S. Urges 'Multi-Partner World'”; Washington Post; July 16, 2009)と今年のもの(“Clinton declares 'new moment' in U.S. foreign policy in speech”; Washington Post; September 9, 2010)を比較したうえで、ケーガン氏はアメリカ外交に上記のような変化が見られると言う。

中国の拡張主義的な野心は、日本との尖閣諸島紛争に見られるように強まる一方である。さらに劉曉波氏へのノーベル平和賞授与に対して中国がノルウェーに圧力をかけたことは、国際社会に大きな懸念を抱かせている。ヒューマン・ライツ・ウォッチでアジア・アドボカシー部長のソフィー・リチャードソン氏は、中国当局がどれほど受賞に憤慨しようとも「このノーベル賞は劉氏の不屈の戦いを称えるだけでなく、民主化のために戦う中国市民に対する賞でもある」と述べている(“China: Liu Xiaobo’s Nobel Spotlights Rights Deficit”; Human Rights Watch News; October 8, 2010)。アジア太平洋諸国は専制国家中国の平和的な台頭に強い警戒の念の抱き、アメリカとの同盟関係を強化しようとしている。他方で上海協力機構は劉曉波氏の受賞が欧米中心の視点だと批判した(“SCO comes out against the Nobel Peace Prize”; EurasiaNet—The Bug Pit; October 15, 2010)。スウェーデンのストックホルム大学の池上雅子教授が主張するように、中国とロシアが主導する上海協力機構は専制国家の枢軸であり、NATOとアジア太平洋地域の民主主義諸国は彼らの拡張主義に対して団結するべきである

ロシアも安全保障上の課題である。クリントン長官は今年の7月にグルジア、ポーランド、ウクライナを訪問して対露関係のリセットをリセットし、ロシアの拡張主義を牽制した。リセットの象徴となる新STARTは現在、上院での批准に向けて議論されている。ロバート・ゲーツ国防長官は2008年11月にブッシュ政権の閣僚としてカーネギー国際平和財団で行なった講演で、アメリカが核兵器の新規開発を行なっていないうちに、ロシアは新核兵器を開発したという深刻な懸念を述べた。ジョージ・H・W・ブッシュ氏とボリス・エリツィン氏が前回のSTARTを締結した時とは違い、オバマ政権は力のバランスがアメリカ優位でない時に合意形成をしようとしている。保守派は新STARTを批判している。ロシアは10月初旬にブラバー・ミサイルの発射実験に成功した(“Russia's Bulava missile hits target in test”; RIA Novosti; 7 October, 2010)。対露関係リセットは性急で、今や再検討が必要である。

さらに、イランとの対話路線も何の前進も見られない。イランのマフムード・アフマディネジャド大統領は、経済不振、民主化運動の活発化といった国内問題から国民の注意をそらそうと躍起である。以下のビデオはフランス24が9月10日に放映したもので、ロンドンのミーパスというシンクタンクを主宰するメイール・ジャベダンファール氏は、イスラム革命以来のイラン経済は悪化し、頭脳流出と薬物濫用は増加したと述べている。そのように絶望的な内政がアフマディネジャド氏を核開発に駆り立てている。

また、外交問題評議会のバーナード・グワーツマン編集顧問は、最高指導者アリ・ハメネイ師とアリ・ラリジャニ国会議長との相克によってアフマディネジャド氏は指導力を発揮できないと言う(“Iran's 'Shaky' Ahmadinejad”; CFR Interview; September 21, 2010)。 そうした事情がアフマディネジャド氏を一層強硬外交に駆り立てているのである。

上記のような変化により、アメリカの外交政策は平常に戻るかも知れない。ロバート・ケーガン氏が述べる通り、ヨーロッパとアジアの民主主義諸国との同盟は再強化されるだろう。問題は、オバマ大統領が敵対勢力の撃破と脅威の封じ込めのために、充分な軍事的関与を行なう意志があるかどうかである。

アフガニスタンでの戦争は、オバマ氏がアメリカの大統領なのか、ポスト・アメリカの大統領なのかを判断するうえでのリトマス紙試験となる。チャールズ・クローサマー氏はボブ・ウッドワード氏の著書「オバマの戦争」を参照し、「オバマ氏は心理的にアフガニスタンから撤退している」と語る。昨年の12月1日にオバマ氏がアフガニスタンの兵員増派を公表した際には、米軍を18ヶ月以内に撤退させるとも表明した。オバマ氏は出口戦略を模索しているが、対反乱戦略に必要不可欠で、スタンリー・マクリスタル大将もデービッド・ペトレイアス大将も推奨している制度構築には消極的である。オバマ氏は中間選挙を目前に控え、内政と民主党内の支持取り付けに手一杯である(“Why is Obama sending troops to Afghanistan?”; Washington Post; October 1, 2010)。オバマ大統領が対テロ戦争での重要な任務を信じていないことは、由々しき問題である。さらに、早期の撤退による力の真空により、中国が中東でもアフリカで行なっているような勢力拡大の野心を抱きかねない。

軍事的な関与を減らしたからといって、決して経済成長が保証されるわけではない。外交政策イニシアチブのウィリアム・クリストル所長は、世論に間で広まっている軍事支出がアメリカ経済の負担になっているという誤解に反論している。イラクとアフガニスタンの戦費を含めても、今年の国防支出はGDPの4.9%で、第二次大戦以降の年平均の6.5%を下回っている。他の予算と比較しても、9・11以降で国防支出が大幅に増額されたわけではない。きわめて重要なことに、クリストル氏はアメリカの軍事的関与がなくなって世界各地が不安定になれば、長期的な経済成長など望めない情勢になってしまうと指摘する。クリストル氏が主張するように「弱小で安価な軍事力によって財政改善を望むことはできない」のである(“Peace Doesn't Keep Itself”; Wall Street Journal; October 4, 2010)。

不充分な軍事関与の問題には、もっと根深いものがある。冷戦終結以来、アメリカは「歴史の終焉」を前提にして、充分な国防支出を行なわなかった。よって、今日の安全保障に突きつけられた課題は、オバマ政権だけの責任ではない。最近、保守派の主要シンクタンクが共同発行したレポートでは、国防費の過剰支出という誤った見方に反論している。購買力平価で見れば、中国の軍事支出はアメリカに近づいている。国防費の持続性については、ヘリテージ研究所のマッケンジー・イーグレン研究員が1976年以降の動向を基に、社会保障費ほど伸びていない国防費は財政赤字の原因にはならないと指摘している。この共同レポートは世界の警察官としてのアメリカ役割を支持し、世界を不安定に導くような潜在的な攻撃を防ぐためにもアメリカ軍はあらゆる事態に対処する準備ができていなければならないと説いている(“Defending Defense”; Joint Paper of AEI, Heritage Foundation, and Foreign Policy Initiative; October, 2010)。

ロバート・ケーガン氏が述べるように、オバマ政権はアメリカ外交のリセットをリセットするかも知れない。しかし、それは潜在的な敵対勢力や現在の敵を圧倒する軍事的な優位に基づかねばならない。また、オバマ政権は内政の制約を超えて行動しなければならない。第一段階のオバマ氏は健康保険と経済にかかりきりであった。第二段階のオバマ大統領は、来る中間選挙での保守派の勢いの強さを考慮すれば、内政で共和党の説得に多大な労力を割かれるかも知れない。しかしそれは無意味な言い訳にしかならない。世界の安全保障でのアメリカのリーダーシップは党利党略を超えたものである。オバマ大統領は民主国家連盟の再強化をはかる必要がある。潜在的な敵対勢力や現在の敵がアメリカを弱いと見てしまえば、政治および安全保障環境は自由な同盟諸国とアメリカ自身の経済繁栄に望ましくないものになってしまう。好かれるアメリカなど世界は必要としていない。

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