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2010年10月 9日

オレンジ体制崩壊後の対ウクライナ政策への指針

オレンジ革命の崩壊以来、ウクライナはロシアの属国のようになってしまった。最近、チャタム・ハウスが刊行したレポートではウクライナ政治と黒海地域の安全保障への理解の鍵が示されている(The Mortgaging of Ukraine’s Independence”; Chatham House Briefing Paper; August 2010)。この論文のレビューを述べたい。

チャタム・ハウスでロシア・ユーラシア・プログラムの部長を務めるジェームズ・シャー氏は、このレポートでソ連崩壊後のウクライナ政治の概観を述べ、ロシアと欧米の地政学上のパワー・ゲームを分析している。民主主義の希望とは裏腹に、「ウクライナ社会はソ連崩壊後にお決まりのシニシズム、無気力、他者への不信感、家族と自分以外の者全てに対する無関心に戻ってしまったようだ」というオレンジ体制の状況がウクライナ国民を失望させてしまった。しかしシャー氏は、ポーランド・リトアニア支配とハプスブルグ朝の伝統を受け継ぐウクライナにはロシア型の力の統治は馴染まないと言う。これはウクライナがヨーロッパとロシアの間で立場が定まらない理由を理解するうえで重要な点である。

この論文で最も重要な論点は今年の4月21日にロシアとの間で締結されたカルキフ協定である。シャー氏はビクトル・ヤヌコビッチ大統領がこの協定に署名するという致命的な誤りを犯してしまったと言う。ウクライナはガス輸入価格の30%割引という好条件の見返りにロシア軍の駐留延長を認めることになった。ベルギーにあるヨーロッパ政策センターのアマンダ・ポール政策アナリストは、ウクライナの新聞社とのインタビューに応じ、カルキフ協定は予想されていた内容だったので、EUとウクライナの関係悪化にはつながらないと述べた。この協定によってウクライナのEU加盟の希望が阻まれるわけではないが、その協定によってクレムリンがウクライナはロシアの勢力圏であることを再確認させたとポール氏は述べているExpert: Kharkiv accords between Medvedev, Yanukovych 'Moscow's stamp' for Kyiv”; Kyiv Post; April 22, 2010)。

ウクライナ国民はガス紛争によって独立以来で最悪の経済危機を経験したので、経済に目を奪われて安全保障は眼中にない。結果としてウクライナはロシアに依存した経済政策をとるようになった。ウクライナが協定を破棄すれば、それまでの割引分を支払わねばならない。また、クレムリンとガスプロムがウクライナの経済政策に強い影響力を及ぼすようになった。シャー氏はロシアの野心を宥めて予防するためとして協定を結んだヤヌコビッチ氏の政策を批判し、ウクライナが実質的にロシアの支配を受けるようになったと指摘している。 

これはロシアと欧米の地政学的競合に重要な意味を持つ。初代大統領のレオニード・クチュマ氏と同様に、ビクトル・ヤヌコビッチ氏もロシアとの関係を深めながらEUに加盟しようとしている。しかし安全保障環境は一変している。クチュマ政権期には、エリツィン政権のロシアはヨーロッパ・大西洋地域の枠組で欧米とは良好な関係にあった。現在のロシアは帝政時代のナショナリズムに逆戻りしている。さらに9・11事件と中国の平和的な台頭によって世界の安全保障のあり方は大きく変わった。そのように危険な世界の中で、ヤヌコビッチ氏はウクライナの国益を保証するための地政学的なバランスに充分な考慮を払わずにロシアとの関係を強化してしまったが、クチュマ氏はNATO加盟も模索していた。シャー氏はヤヌコビッチ氏が1990年代と現在の地政学の違いを理解していないという死活的な点に言及している。

ウクライナの対ロシア依存が危険な水準にある現在、西側はどのように対処すべきだろうか?ヤヌコビッチ氏が大統領に就任した時、アメリカもヨーロッパも実利的な中道主義者だとして新大統領を受け入れた。しかしヤヌコビッチ政権下の統治の混乱によって、不正のない選挙で誕生した同政権もこの国の民主主義を破滅させてしまった。これは黒海地域の安全保障に重大な損失である。シャー氏はEUがウクライナの加盟に信頼性のある道筋を示し、民主化の取り組みを支援すべきだと主張している。またオバマ政権には、ロシアとの関係リセットで周辺諸国を犠牲にはしないと言うだけで行動が伴わなければ意味がないと提言している。シャー氏はヒラリー・ロッダム・クリントン国務長官が7月3日にキエフで行なった演説に対し、アメリカはロシアとウクライナの関係強化を反米と見なさないと言っただけで、アメリカと西側の国益を明確にしていないと批判している。

ジェームズ・シャー氏は非常に重要な点を議論している。バラク・オバマ大統領はロシアとの関係リセットにとらわれるあまり、「ポスト・アメリカ」的な行動をとってポーランドからカフカス地域の諸国民の不安をかき立てている。さらにヨーロッパ諸国の指導者達もロシアの拡張主義に歯止めをかけるにはあまりに「ポスト・モダン」である。しかし事態はある程度の進展を見せている。この10月に開催されたヤルタ・ヨーロッパ戦略会議において、ステファン・フュール(チェコ)拡大・近隣諸国政策担当欧州委員は、近々結ばれるEU・ウクライナ連携協定によってウクライナの政治面での統治状況と経済面での透明性は改善されると述べた(“Ukraine and the World: Rethinking and Moving on”; Europa; 1 October 2010  協定に関しては以下を参照“Ukraine close to finalizing Association Agreement with EU – Yanukovych”; RIA Novosti; 6 October 2010)。シャー氏は最後に、「ロシアが万が一にもウクライナを統合しようという野心を成し遂げようとも、ウクライナは主権国家であり、その主権は尊重されねばならない」と述べていることを忘れてはならない。

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