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2010年11月11日

日米欧と新興経済諸国の衝突

最近のメディアと財界は、新興経済諸国を成長著しい魅力ある新市場として語ることが多い。しかし本当に新興諸国に将来の希望を見出してよいのだろうか?近視眼的な商業主義とは裏腹に、新興諸国は国際政治経済の自由主義秩序に大きな挑戦を突きつけている。先進国は低賃金の新興諸国と熾烈な競争にさらされている。新興経済諸国の中には西側の自由体制を否定し、自分達の専制体制を擁護する国もある。

新興経済諸国はBRICs、ASEAN、韓国、メキシコ、南アフリカなどが挙げられる。それらの国々の事情は、国ごとに異なる。民主的で親欧米の国もあれば、中国のように「平和的台頭」を口にして全く新しい世界秩序を主張する国もある。

新興経済の中で最も重要なグループはBRICs諸国で、これらの国々は経済的な繁栄を背景に政治でも影響力の拡大を主張するようになってきている。ロシアと中国は西側に挑戦を突きつけて指導的地位を目指しているのに対し、インドはアメリカとの戦略的パートナーシップによって台頭してゆこうとしている。ブラジルはトルコと共にイランと国際社会の仲介を試みたが、アメリカの覇権に挑戦する気はない。よって、中国とロシアに特別な注目をする必要がある。

10月15日に日本国際フォーラム主催のAPECに関する円卓会議で、私は中国の政治環境について3点の問題に言及した。中国では外国企業の経済活動の自由が充分に保証されていないのに、なぜ財界人がこの国の市場に期待するのか理解しがたい。第一に、中国は為替相場に介入して国際市場競争を不公正に勝ち抜こうとしている。第二に、人権問題は深刻なリスクとなっている。尖閣紛争の際に、中国当局は何の躊躇もなくフジタの社員を報復逮捕した。第三に、共産党の情報管理によってグーグルは中国から撤退してしまった。

19世紀に日本の明治政府が西洋列強に「不平等条約」の改正を要請した際に、日本の法制度が未整備なために自国民の人権が侵害されかねないとの懸念から、列強は日本の要請を拒否した。明治政府が日本は充分に「文明化」されたと西洋列強を説得して初めて、日本は条約改正できた。外国企業にとって、現在の中国の政治環境は、徳川時代と明治初期の日本より酷いものである。

相互依存を主張する者達は、中国とロシアの体制がどうあろうと対話によって良好な関係を築けると主張するが、両国とも我々の自由主義世界秩序を自国に有利なように利用している。中国の資本家達は共産党と緊密に連携して、アメリカ、ヨーロッパ、日本の戦略産業を買い取って知識を海賊利用し、世界経済の支配を目論んでいる。ロシアの新興財閥資本家がサウス・ケンジントンの高級マンションを買い漁ったので、FSBの工作員がロンドンに身を潜めてアレクサンドル・リトビネンコ氏を暗殺することも容易になった。権威主義的な政府と特権的な企業との緊密な協調関係を通じて、両国とも利益を軍拡につぎ込んで自由諸国に脅威となっている。バブル期に日本企業がニューヨークのロックフェラー・センターを買い取ってアメリカ人の不興をかった。確かにこうしたシャイロックさながらの行為への嫌悪感は理解できるが、「誰もロックフェラー・センターをどこにも持ってゆくことはできない」ので日本企業のやったことは何の脅威にもならない。しかし中国とロシアの資本家達は西側の自由な資本主義に公然と異議を唱えている。

体制のあり方と大国間の競合の他にもナショナリズムも問題となる。1990年代には東南アジア諸国が「アジアの価値観」を訴えて、自国民への家父長的な権威主義を正当化した。当時の経済好況を背景に自信を強めていた東南アジア諸国は、欧米の優位に反旗を翻すようになった。アジア通貨危機によって初めて、東南アジア諸国は欧米の自由主義に対する「アジアの価値観」を高らかに主張することはなくなった。

経済的側面に関しては、新興経済諸国を語る際には低賃金労働による競争力の優位だけが問題ではない。HSBC銀行のスティーブン・キング主任エコノミストは、西側諸国と新興諸国の間で希少資源の争奪が激化すると警告している。生活水準の向上と需要の増大を背景に、天然資源の価格設定で新興諸国の影響力は増大するであろう。グローバル化によって世界経済全体は成長するものの、新興諸国の低賃金下請業務によって西側の消費者は将来への展望が持てなくなっている。自由市場経済には第二次世界大戦のような資源争奪戦を回避するための自動的安定装置の役割が期待されているが、ロシアと中国の専制政治家達は経済成長を高めるだけのために資本主義を利用し、自分達の政治的な立場を強化しようとしている(“Stephen King on scarce resources”; The Economist Online; October 13, 2010)。実際に、中国は10月に日本との間で尖閣紛争が勃発すると、レアアース資源の輸出削減を表明した。

新興経済諸国の台頭で最も深刻な問題は、自由主義世界秩序の脆弱化である。ユーラシア・グループのイアン・ブレマー社長とニューヨーク大学スターン・ビジネス・スクールのヌーリエル・ルービニ教授は、世界が一極覇権による安定から無極で無責任な不安定に変貌しつつあると述べている(“Paradise Lost: Why Fallen Markets Will Never Be the Same”; Institutional Investor; September 2010)。覇権安定理論では、自由主義の国でなければ自由世界秩序という国際公共財を提供することはできない。戦間期のイギリスがアメリカとの両頭体制を模索したように、覇権国家が他の大国と責任を分担することはあり得る。しかし責任を分担する国は単に国力があればよいというものではなく、自由主義国家でなければならない。イギリスがナチス・ドイツやソ連と責任を分担しようとしたことはない。現在の新興経済諸国には日米欧と責任分担するだけの充分な資格を備えていないので、G20による政策調整がうまく機能しないのは当然である。

もちろん、日米欧と対等な関係を築きたいという新興諸国の希望は尊重すべきである。真の問題は、これらの国々の体制の性質である。特に、どのような基本理念で国家建設を行なってきたかに注目すべきである。毛沢東主義の中国による「平和的台頭」は危険であるが、民主主義のインドによる競争力の向上は平和的である。独立以来、インドはイギリス労働党の基本理念であるフェビアン主義による経済開発を追求してきた。だからこそ、インドの台頭は歓迎できても中国の台頭は歓迎できないのである。

近視眼的な財界人は世界を「カントリー・ファースト」の視点から見直す必要がある。新興経済諸国について、相手が何者かを見極める必要がある。危険な体制の国々と取引を行なう多国籍企業は、短期的には利潤を挙げられるかも知れないが、長期的には損失を被るであろう。かつて日本の大平政権は、在テヘラン米大使館占拠事件の際にアメリカとヨーロッパの同盟諸国がイランに経済制裁を科したにもかかわらず、IJPC石油化学プロジェクトの建設を継続した。ならず者国家との商取引は、結局のところイラン・イラク戦争によって頓挫してしまった。

新興経済諸国をただ新たな市場としてしか考えない者達は、あまりに単純な朴念仁かシャイロック的な金儲け主義者かである。新興国は経済的な競合相手にも安全保障上の脅威にもその他の何にでもなり、我々の自由主義世界秩序を破壊するかも知れないのである。日米欧の指導者達は、新興経済諸国にどう向き合うかを見つめ直すべきである

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